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今日は、午前中は、来週名古屋で開催される「第17回合同郵趣サロン」のリーフ展に出展するリーフ「切手穴あき5方陣」の準備・製作を行い、午後は、関西郵趣サロンの会合に参加した。会は、情報交換のあと、盆まわしを主体に行われた。会のあと、徒歩で帰宅し、途中で大阪天満宮に立ち寄った。梅はちょうど見頃でどの木も半分以上の花を付けていた。境内の中、本殿に飾られている盆梅、裏庭・星合の池まわりの梅などを見てきた。写真は、境内の梅、本殿の盆梅、星合の池の梅園とそのクロースアップ。梅盛ん 天満宮を 包みゐて
2008.02.29
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今日は、午前中は図書館へ行ったり雑用をして過ごし、午後は、大丸梅田で開催されている「写真とは何か、20世紀の巨匠たち」展を見に行った。図書館への帰り道で、ヒヨドリが木に止まっているのを見かけたので、昨日買ったカメラでさっそく写してみた。10メートルほど離れていたがまあまあよく撮れたと思う。これで鳥の写真がこれまでより鮮明に撮れることがわかった。画像を下に示す。写真が発明されてから150年、写真は芸術性と記録性の2面のバランスをとりながら進化し、その用途も撮影方法もすっかり様変わりした。この写真展の趣旨は、デジカメ全盛時代の現代、写真とは何かを考えることも意義あるとして、写真の歴史からその答えを導こうとするもの。写真史を形成した重要な写真家たちとその作品を年代順に並べることにより、写真の本質、意味、役割などを理解させるのが狙いであるという。社会の矛盾や悪を告発したり、戦争の悲惨さや自然の破壊を訴えたり、人間の暖かさや自然の美しさを伝えたり、写真は文字なしで世界中のだれにも理解できるのが特徴だ。展示は、ルイス・ハイン、マン・レイ、エドワード・ウェストン、アントレ・ケルテス、ロバート・キャパ、ユージン・スミス、ウィン・バロック、ウィリアム・クライン、アービング・ペン、アンセル・アダムス、エルンスト・ハース、ヘルムート・ニュートン、アンディ・ウォーホル、ロバート・メイプルソープら14名の作品が各8~10点ずつ計120点、作家ごとに並べられていた。マン・レイ、ロバート・キャパ、アンディ・ウォーホルくらいしか有名な作家名は知らなかったが、それぞれ信念と情熱を持って自分の作品を撮っていたことがよくわかった。殆どの作品はモノクロだったが、エルンスト・ハースの世界の自然を撮った写真はカラーできれいだった。画像は、パンフレットより。ユージン・スミス「楽園への歩み」、マン・レイ「アングルのヴァイオリン」、エドワード・ウェストン「盲人」、ロバート・キャパ「撃たれるスペイン共和党兵士」、ルイス・ハイン「製糸工場で働く少年少女」、ルイス・ハイン「西ヴァージニア鉱山の労働者」、アンセル・アダムス「白い枝」写真史を 写真で学ぶ 春の午後
2008.02.28
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今日は、大阪自然環境保全協会主催の大阪城早朝探鳥会の日だった。大阪城噴水前に7時に集合、8時まで公園内の野鳥を探した。先生はトリミニストの元山裕康先生、参加者は10名ほどだった。先生から、運がよければ見られると言われていたトラツグミとキクイタダキは探したが、見つけることはできなかった。その代わり、カワラヒワの群れ、カワラヒワ、シロハラ、カイツブリ、ヨシガモなど珍しい鳥を見ることができた。また、先生と別れてから大阪城梅林で、アオジを見ることができたのはラッキーだった。アオジはこれまでもちらっと見たことはあったが、7メートルくらいの至近距離で見るのは初めてだった。ただ、暗いところにいて草に隠れがちだったので撮影することはできなかった。(撮影していてもピンボケなので、観察に集中したのは正解だった)スズメに似た形だが、頭の付近に青みがありお腹は黄色。羽の模様もきれい。今日見た鳥は上記のほか次の通り。カワウ、ササゴイ、アオサギ、コサギ、コガモ、オカヨシガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、ユリカモメ、キジバト、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ジョウビタキ、シロハラ、ツグミ、シジュウカラ、メジロ、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、ハシブトガラス 計27種。梅林は7分咲きくらい。朝早く人出が少ないので、上述のアオジのほか、ジョウビタキ、メジロなどがたくさん梅の蜜を吸いに着ていた。写真は、カワラヒワ、シロハラ、ハクセキレイ、ササゴイ、カイツブリ、コサギ、ヨシガモ、メジロ、梅林と大阪城。梅林に 青味がかりし 鳥のゐてこの写真を整理して気が付いたのだが、今日撮った写真は全部ピンボケ。どうも先日カメラをぶら下げていて石碑に当てたのがいけなったようだ。これまでにも何度かぶつけているが壊れなかったが、とうとう壊れたようだ。一昨年3月購入したのでほぼ2年使ったことになる。相当酷使して来たのでそろそろ寿命だったかも知れない。午後、さっそくヨドバシカメラへ新しいデジカメを買いに行った。いろいろ考えて富士フィルムのFinePics F8000fdを購入した。光学ズーム18倍というところが気に入った。ちなみに前のカメラはズーム7倍だった。重さは前のカメラが電池を入れて180グラムだったのに対し、505グラムとかなり重いし、図体も大きい。簡単には持ち歩けないがまあなんとかなるだろう。デジカメはこれで5台目。
2008.02.27
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今日は午前中は、パソコンのバックアップ作業を行い、午後からは大阪市立美術館へ第39回日展を見に行った。パソコンのバックアップは、パソコンの全データを外付けのHDに保存するもの。1か月に一回はしたいと思っているが、しばらくさぼっていて昨年の9月からしていなかった。だんだんとデータ量が多くなり、CD-R数十枚に保存したものを除いて、70GBほどになった。直接コピーすると恐らく数時間はかかるだろう。そこで、直接コピーするものと拡張コピーするものとに分けて行った。新しいファイルが多いフォルダーは拡張コピーをするより全部を上書きコピーした方が早いし、新しいファイルが少ないフォルダーは拡張コピーで新たに作成したファイルだけをコピーした方が早い。結局2時間ほどかかった。日展へは毎年行っているが、だんだんと馴染みの作家が亡くなり名前を知らない人が多くなって来た。彫刻から洋画、書と半分くらい見たところで、館内放送があり、2時から日展作家の先生による作品解説があるとのこと。今日は、工芸美術部門の説明だった。今日の先生は、陶器の大塩正義氏と染色の木母正一氏。70点ほどの作品を1時間10分ほとかけて説明してもらった。工芸美術は、いろいろなジャンルがあり、陶器、磁器、ガラス、木、竹、金工、プラスチック、人形、染、織、漆、七宝など。それぞれの作り方や見所、作者の特徴などについて説明を受け、これまで漫然と見ていたのが、今度からは少し見方が変わるだろうと思った。彫刻では、衣服だけで、首、手がないものや、古代の衣裳を着けたもの、文楽の人形と演者、カーテンと女、鏡8枚に映るようにしたものなど、斬新なものが目に着いた。洋画は、いい作品がたくさんあった。日本画は、洋画を見たあとでは迫力に欠ける。以前は日本画の大家がたくさんいたのに若手に代わり、力が弱くなったような気がする。画像はパンフレット、絵はがきなどより。長谷部日出男「母子」、大山忠作「夜明けの刻」、村居正之「孤」、坂根克介「舞妓像」、鍵谷節子「デイゴの咲く時」(以上日本画)中山忠彦「白い扇」、小灘一紀「おぼろ月」、小川尊一「臨界」、李暁剛「アトリエ」、網島徹夫「街の人」、三沢忠「浅間山」、塗師祥一郎「雪国展望」(以上洋画)伊藤裕司「天照ーアマテラス」(漆)、奥田小由女「樹下の慈愛」(人形)、三浦景生「和根洋菜頌」(染)、田中紀子「悠久の刻」(織)、河合誓徳「浮雲」(陶)、友定聖雄「Waterfall」(ガラス)(以上工芸)、橋本堅太郎「脱」、磯尾隆司「明日へ」、棄山賀行「演者」(彫刻)日展に 浸りし後の 春時雨第39回日展への応募作品の数と入選数は下記の通りだそうだ。(会場の掲示を写したもの) 日本画 洋画 彫刻 工芸美術 書応募 650 2044 241 1095 10648入選 226 521 166 512 952無審査 153 142 155 153 149 計 379 663 321 665 1101大阪展 90 100 53 70 386 入選と無鑑査の作品が展示対象であるが、大阪展では、地元作家のものを中心に4分の1くらいの作品しか展示されていないことになる。会場は、日本画、洋画、書がそれぞれ4室、彫刻と工芸がそれぞれ1室に展示されていた。
2008.02.26
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今日はほぼ一日中在宅で、午前中は魔方陣の原稿作成、午後は土・日に撮りおいていたビデオを見たり、映画のビデオを見たりして過ごした。日曜美術館では「楽吉右衛門」の茶室の紹介をしていたが、3年の工期をかけた物凄い拘りのものだ。佐川美術館へは昨年5月に行ったが、池の中で工事が進められていたことを思い出す。昨秋に完成したとのことなので、是非行ってみたいと思っていたら、そのあとの「アートシーン」で、今年7月に「北斎の富岳三十六景と富士百景」の全作品を集めた展覧会が開催されることを知った。その時まで待つことにしよう。映画「パトリオット・ゲーム」は、1992年のアメリカのスパイ・アクション映画。パトリオットとは愛国者、CIA(米中央情報局)とIRA(アイルランド共和軍)との戦いをテーマにしたもの。映画の舞台はロンドン、ニューヨーク、北アフリカなど目まぐるしく、銃撃戦、盗聴スパイ、カーチェイス、衛星探査ありと迫力ある場面の連続だった。ストーリーは、英国王室をねらったIRAメンバーの一人をICAのジャック・ライアンに射殺された兄ショーン・ミラーがライアンに恨みを抱いてライアンの家族に執拗な復讐を繰り返すというもの。この映画では、単なるイギリスに対するアイルランドの恨みだけではない個人感情が中心になっているが、根底には国同士のそういう怨念のようなものが流れているのだろう。映画を見たあと、ウェブサイトで調べてみると、アイルランドは歴史的にイギリスから、宗教的弾圧を受けてきたのだ。IRAはその中でイギリスに対向するため組織された。1949年にイギリス連邦を脱退して独立国となったあともIRAはさまざまな形でイギリスに対向し過激なテロ活動を行っていたそうだ。資金源は米国に移民したアイルランド系米人の組織だとのこと。映画から10数年経って、今ではIRAの活動も静かになったようだ。画像は、ビデオカバーより。愛国心 過ぎたるは悪 春嵐
2008.02.25
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今日は、大阪自然環境保全協会主催の淀川探鳥会の日。朝9時から12時まで、淀川の野鳥を見歩いた。昨日に続いて寒い日となり、時折小雪が舞っていたが昼前には晴間も見え始めた。今日もカモ類を中心にたくさんの鳥を見ることができた。今日見た鳥は下記の通り。カワウ、マガモ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、バン、オオバン、ユリカモメ、カモメ、セグロカモメ、シロチドリ、ケリ、イソシギ、シュウヒ、キジバト、ヒバリ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、モズ、ジョウビタキ、ノビタキ、ツグミ、メジロ、アオジ、オオジュリン、ムクドリ、スズメ、ハシボソガラス(31種)この中で、オオバン、ユリカモメ、ケリ、モズ、ツグミはかなり頻繁に見ることができた。また、私自身が実際に見たのは16種ほどであった。写真は、マガモ、オオバン、オオバンとユリカモメ、探鳥する参加者、モズ、ツグミ、ユリカモメ、ケリ、望遠鏡を見る子供小雪舞ふ 淀の川原に 鳥探す
2008.02.24
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今日は、朝からJR西日本主催の「京の魅力探訪ウォーク」講座というイベントに参加した。講座名は「新撰組vs薩長軍ー鳥羽伏見の戦いを検証するー」というものである。講座はこの他にもいくつかあっていずれも魅力的な内容だが、開催日が土・日だけなのでなかなか空いている日がなかったが、今日やっと日が合い初めて参加したものである。午前中が講義、午後からウォーキングというスケジュールのイベントであるが、参加の感想は、充実した内容のいい企画で、一日中楽しむことができて大変よかった。9時過ぎに京阪・天満橋駅を経ち、10時前に伏見桃山に着き、集合場所の御香宮神社参集殿にちょうど10時に着いた。受付を済ませ、配布された注意事項や講義のレジメ・資料などに目を通しているうち、講義が始まった。講師は、霊山歴史館学芸員の木村武仁氏。鳥羽伏見の戦いの直前あたりから近藤勇が死亡するまでの話をいろいろなエピソードをまじえながら1時間40分たっぷり話された。これまで知らない話が多く、引き込まれるように興味深く聞くことができた。何故幕府軍は負けたのか、淀藩の裏切り、不可解な慶喜の挙動、新撰組から甲陽鎮撫隊へ、仲間の離反、流山への移動、土方との意見の違い、近藤勇の最期のいきさつ、土佐藩の恨み、遺体の行方などなど。各自持参の弁当をで講義の場所で済ませたあと、先生を囲んで自由質問の時間になった。歴史に詳しい参加者がいて難しい専門的な質問を出していたが、先生は苦もなく答えていた。又、先生の肩書きの霊山歴史館の設立経緯についても質問があり、明治100年に当る昭和43年に松下幸之助が関西財界に呼びかけて設立されたものだと知った。1時から午後の部、ウォーキングの開始。先ずは拝殿。薩長軍が本拠地として御香宮神社は徳川家とは縁の深い神社で、瓦の紋は葵の紋が真ん中で菊の紋が左右に付けられている。続いて、「伏見の戦跡」の石碑。これは明治100年を記念して時の総理大臣佐藤栄作(山口県出身)が建てたもの。「・・・我が国が近代国家に進むか進まぬかは一に繋ってこの一戦にあったのである。鳥羽伏見の戦は我が国史上否世界史上まとに重大な意義を持つわけである。」と書かれてある。次に表門近くにある「伏見義民の碑」の説明を受けた。1785年、伏見奉行小堀政方の悪政を幕府に直訴し伏見町民の苦難を救い自らは悲惨な獄死を遂げた7人の義民を顕彰したもので1887年勝海舟によって建てられたものだそうだ。次に御香宮神社の名前の元となっている御香水をいう名水の湧き出るところを見、一口ずつ試飲する。確かに美味しい。環境庁の「名水100選」にも選ばれている水だ。続いて、石庭を見る。元は伏見奉行内にあった小堀遠州作の庭だが、伏見の戦いのあと、工兵隊基地、米軍基地に使われ荒れていたのを、返還時(昭和32年)石を引き取り神社の境内に移して中根金作氏が復元したものだ。もともとは伏見の山が借景になっていたが現在の庭は西向きなので借景がなく寂しい。御香宮神社を出たあと、薩摩藩がよく使っていたという料亭「魚三楼」の前を通った。ここには鳥羽伏見の戦のときの鉄砲の弾痕が残っている格子戸があった。京街道を南下して、御香宮神社の南一帯の住宅団地となっているところが伏見奉行跡。桃陵団地と言い、2階建ての棟の道路に面する側面が酒蔵のようにデザインされているのが伏見らしくてよい。旧奉行所の敷地はさらに南の現在桃陵中学校になっているところまでだったそうだ。中学校の敷地に中に「維新戦碑」があったが、学校内ということでそばには寄れなかった。さらに南に行くと運河に出合う。運河沿いに西に歩くとやがて酒蔵の並ぶきれいな景色が目に入る。月桂冠の酒蔵だそうだ。酒蔵が途切れてたところの橋を渡ると寺田屋はすぐそこ。寺田屋は、寺田屋騒動(1862)、坂本竜馬襲撃事件(1866)の舞台となったところで、庭には、坂本竜馬銅像、坂本竜馬の碑、寺田屋騒動記念碑などがあった。室内も木村先生から説明を受けながら見学した。竜馬の間、お龍の間、お登勢の間などゆかりの遺品を展示した間や弾痕、刀傷の柱などを見た。寺田屋を出てすぐ東の通りを北へ歩く。この通りは近年整備され「竜馬通り商店街」と名づけられている。商店街を抜け右折して桃山商店街に出再び右折して北進ししばらく行くと、松林院というお寺がありそこに、寺田家の墓があり、主人伊助の左にお登勢の墓があった。向かいの大国寺は、江戸初期から薩摩藩の菩提寺となっていて瓦や門には島津家の紋がある。ここに、寺田屋騒動で斃れた9烈士の墓があった。また、江戸中期幕府から木曽川の改修工事を命じられ苦心の末完成させ自害した薩摩藩老中平田靱負の墓もあった。今日の見学コースはここで終了。寒い日で時折小雪の舞う天候だったが、内容的には充実していて大満足の一日であった。アンケート用紙にもすべて「大変よかった」に○を付けて提出した。また、他の講座にも参加したいと思う。御香宮神社拝殿の紋、「伏見の戦跡」の石碑、元伏見奉行の石庭の亀石、弾痕のある魚三楼の格子戸、伏見奉行跡の石碑、酒蔵が並ぶ運河沿い、寺田屋竜馬の部屋、大黒寺の九烈士の墓。春の雪 伏見寺田屋 お登勢の碑解散後、丹波橋から特急に乗り、天満橋に5時過ぎに着いた。帰宅後、万歩計を見ると11386歩を示していた。大して歩いていない。
2008.02.23
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今日もほぼ一日中在宅で、魔方陣の原稿作りをした。午後、近くの郵便局へ今日発売のアニメ切手を買いに行ったら売り切れていたので、大阪中央郵便局まで行くことになった。郵便事業が民営化になったのでできるのだろうが、今日の新聞に新切手発売の広告が載っていた。これまでは、一般記事で小さく出るだけだったので探さなければ見落とすほどだったが、今日の広告はよく目だった。これが利いて売り切れになったに違いない。でも、大阪中央では無事買うことができた。切手の図案は、花咲かじじい、かぐや姫、笠地蔵、桃太郎、鶴の恩返しの5種、シートの耳紙に番組タイトルのイラストが入っている。画像は、今日の新聞に載った新切手発売の広告。実物を60%に縮小したもの。かぐや姫 生まれ出さうな 春の山
2008.02.22
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今日は、一日中在宅で、雑事の整理をしたあと「魔方陣」の原稿作成に取り掛かった。夕方から、図書館で借りた1999年の韓国映画「シュリ」を見た。シュリは、南北朝鮮の国境の流れる川に生息する淡水魚の一種。韓国秘密情報機関OPの特殊要員ユジュンウォンは、アクアショップを経営する恋人イ・ミョンヒョンと出会い結婚の約束をするまでになる。一方、最近、北朝鮮の特殊軍団によると見られる要人殺害事件が連続して起こり、そして韓国が開発した新型爆弾CTXまで強奪されてしまう。秘密情報機関OPの内部にスパイがいるとしか思われない。そしてスパイ=北朝鮮工作員は意外なところにいた。恋愛映画でもありスパイ映画でありアクション映画でもある「シュリ」。日本円で3億円をかけて製作され、韓国内で621万人の観客を動員し、日本では2000年1月に公開され18億円の興行収入をあげ、韓流ブームの火付け役になった作品だそうだ。2時間たっぷり息も付かせない迫力のある映画であった。画像は、ビデオカバー、ウェブサイトなどより。韓流の スパイ映画や 春の雷
2008.02.21
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今日は、京都国立博物館で開催されている「憧れのヨーロッパ陶磁ーマイセン・セーヴル・ミントンとの出会い」という展覧会を見に行った。昼食後、美術館に着いたのが1時45分。昨年11月狩野永徳展を見に来たときは外で1時間、中で1時間待たされたが、今回は待ち時間もなく館内も空いていてゆっくりとマイペースで見ることができた。展示はほぼ年代順、作品会社別に次の6つに分類されていた。1.ヨーロッパ陶磁との出会い(江戸後期) 陶器に関しては、古来西洋より東洋の方が優れていたが、江戸時代後期頃からその図案に興味を持たれるようになった。ドイツ・ブレッヒェンの髯徳利、オランダの薬壷(アルバレロ)、イギリスのウィローパターンなど36点が展示されていた。2.京都伝来のオランダ焼(江戸後期) 当時は西洋の代名詞としてオランダ(和蘭陀)の名が使われ、イギリスのものもオランダ焼と呼ばれていた。祇園二軒茶屋の一つ中村楼の収蔵品、究理堂(小西元瑞)の焼物など14点が展示されていた。3.ヴィクトリア時代のイギリスから(明治初期) ウィーン万博帰りに沈没したニール号から引き上げられたドイツの絵皿、イギリスのウェッジウッド社、ミントン社(クリストファー・ドレッサー)、ロイヤル・ウースター社、トークェー・テラコッタ社、ドルトン社、リンソープ・アート・ポタリー社(結晶釉)などの陶器56点が展示されていた。4.欲しかったセーヴル焼(明治初期) 瑠璃に金彩を特徴とするフランスのセーヴル焼11点が展示されていた。うち6点はセーヴルを真似た京都永楽得全の作で、必死でセーヴルに近づけようとした努力が伺える。5.伯爵からの贈り物 明治初期に京都を訪問したドイツの貴族フリッツ・ホッホベルグ伯爵から寄贈された40数点のマイセン焼、ベルリン焼などのうち35点が展示されていた。ドイツの立派な陶磁を日本人にも見て欲しいという願いだそうだ。見応えのある作品ばかり。6.ジャポニズムからアール・ヌーボーへ(明治後期) 明治29年に京都に開設された陶磁器試験所の藤江永孝所長と京都高等工芸学校設立の準備をしていた中沢岩太の二人が渡欧して収集したデンマークのロイヤル・コペンハーゲン社、ビング&グレンダール社、ドイツのヴィレロイ&ボッホ社、チェコのアナフォーラ窯、ハンガリーのジョルナイ工房などの陶磁20点と日本の遊陶園の作品1点が展示されていた。特にジョルナイ窯のエオシン釉の作品は金属光沢を持つもので神秘的な感じがした。また、会場内2か所に落合なお子セッティングによるマイセン磁器を使ったテーブル・コーディネーションが展示されていた。こんなダイニングルームが欲しいと夢見た昔が懐かしい。一通り見終わり時計を見ると1時間半を経過していた。そんなにゆっくりしていた感じはないのに時間が早く経ってしまったのは、一つひとつの作品が素晴らしく、「陶磁の世界」に没入していたためだろう。時間があればもう一度まわってみたいくらいだった。写真はパンフレット、絵はがき、ウェブサイトなどより。塩釉藍彩髯徳利(ブレッヒェン)、赤絵西洋風景人物図輪花皿〈イノック・ウッド&サンズ〉、藍絵西洋風景図煎茶碗〈オランダ〉と阿蘭陀写藍絵煎茶具〈日本〉、藍絵西洋風景図輪花皿〈イギリス〉、白磁金彩ソース入〈リモージュか〉、色絵金彩バイエルン王妃マリ-図皿〈ドイツか〉、青地白浮彫天使図合子〈ウェッジウッド〉、多彩釉白泥花唐草文飾壺〈ミントン〉金彩色絵栗鼠文皿〈ミントン〉、多彩釉唐花唐草文水指〈ドルトン〉、青地色絵花卉文皿(ミントン)、多彩釉唐花唐草文瓶〈ドルトン〉、青地色絵飛鳥文皿(ミントン)、青地色絵花卉文花瓶(ミントン)瑠璃地金彩窓絵人物図双耳壺〈セーヴル〉、瑠璃地金彩三ツ松文散洋食器セット〈永楽得全〉、色絵鳥飼童子像〈マイセン〉、色絵ウソ鳥像〈マイセン〉、色絵勿忘草飾合子〈マイセン〉、色絵薔薇花形カップ〈マイセン〉、色絵花卉昆虫文チョコレートカップ〈マイセン〉色絵花卉鳥昆虫文カップ&ソーサー〈マイセン〉、色絵楽奏猿像(猿のオーケストラ)〈マイセン〉、釉下彩花卉文花瓶〈セーヴル〉、多彩釉樹木に蔦文花瓶〈七代錦光山宗兵衛作 浅井忠図案)美術館 ロダンの庭に 梅開く常設展の会場では、近世絵画の部屋で、円山応挙の雲龍図屏風、群鶴図屏風、双鹿図、呉春の 柳鷺群禽図、長沢芦雪の朝顔に蛙図襖が展示されていた。いずれもいい作品だった。
2008.02.20
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今日は、ほぼ在宅で、昨日の句会のまとめを行った。句会の資料作りでは、いつも句会の翌日に行っている。生徒の句についていろいろ指導をいただくが、十分なメモが取れない。メモを補うため状況を思い出すのであるが、日が経つと急速に忘れるので、忘れないうちに造らなければならない。今日もほぼ一日かかった。築港誌への、例月の出句7句と誌上句会の2句も20日が締め切りなので、今日書いて郵送した。画像は、先日大阪城梅林へ行ったときに見かけた水仙。茶店の前の植え込みに植えられている。水仙は花が下を向くので、相当屈まないと花を正面から撮れない。この写真もかなり屈んだ積りだったが、もっと下から撮るべきだった。水仙の 葉っぱ真直ぐ 天を指す
2008.02.19
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今日は句会の日。午前中は出句する5句の選定と最後の推敲を行った。推敲はいつも迷う。同じような言葉の中でどれを使うのが一番よいか。ありきたりでなく、突拍子でなく、ほどほどの言葉を選ぶのはなかなか難しい。むしろ、推敲などせず初めに浮んだままの方がよい場合もある。今日の成績はまずまずだった。先生から2句選ばれたのは上出来だが、2句とも仲間から選ばれなかった句だった。逆に仲間から票が入った句は先生には選んでもらえなかった。先生から選ばれたのは次の句。 風情なき 市の経営の 梅見茶屋 薄氷を 割る指先の 心地よさ仲間から選ばれたのは次の句。 風信子* 訃報はいつも 不意に来る (5票) *ヒヤシンスのこと 霞立ち ビルの遠近 仕分けらる (1票)誰からも選ばれなかったのは次の句。 古傷の また痛み出す 余寒かな今日の先生の特選に選ばれたのは次の句。 ◎牡丹雪天は大きな万華鏡 哲子 (先生ほか4票) ◎針持つと思へぬ子等も針納 卓宏 (先生ほか1票) ◎薄氷の中に空気の動きをり 幸男 (先生ほか1票) 今日は、先生の句にたくさん票が入り、生徒の句の得票が少なくなった。生徒の最高得票句は5票で、前述の私の句と、特選の哲子の句だった。先生の句で一番人気のあったのは次の句。 いらぬ針いる針あつて針供養 塩川雄三先生 (8票)今日の画像は、昨日から開き始めた胡蝶蘭。毎年花の済んだあと植え替えをし、7か月後に咲き始める。昨年は6月30日に植え替えた。また、昨年は2月27日に一輪目が咲いたが今年は10日ほど早い。これから1か月に渡って一輪ずつ花が増え40個くらいになる。その後、ほとんど見た目は変わらず6月末まで楽しめるのだ。去年より早く花が咲いたのは、今年は部屋を暖房することが多かったためだと思われる。環境に 素直に応ふ 胡蝶蘭
2008.02.18
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今日は、朝から、NHK俳句、日曜美術館などを見たあと、京都文化博物館で開催されている「川端康成と東山魁夷-響きあう美の世界」という展覧会を見に行った。ノーベル賞作家である川端康成と9歳年下の日本画家東山魁夷とは、芸術の枠を超えた深い交流があったことはこれまでから知られていた。それを裏付けるものとして、最近両遺族から100通を越える往復書簡が公表された。今回の展覧会では、これらの書簡を軸に、川端康成が収集した優れた美術品約20点と東山魁夷の絵画約50点を展示したものだ。二人の交流は、川端のノーベル賞を受賞(1967年)を祝って魁夷が北山杉を描いた絵を贈ったことに始まり、お互いに畏敬の念を持ち合った間柄になった。川端の小説に魁夷が挿絵・表紙絵を描き、魁夷の絵に川端が讃・文を書くということで、お互いの作品を高め合った。魁夷の絵は好きで昔からよく見ていたが、こんなにもたくさん一同に会して見るのは初めてである。いずれの絵も青、緑、灰の一色の濃淡だけて描くという独特のスタイルだが、清清しい中にも深みを感じる絵である。川端の収集品は、浦上玉堂の水墨画、池大雅・蕪村の「十便十宜図」でいずれも国宝。その他、川端小説の草稿なども展示されていた。展覧会としては、ちょっとまとまりがない気がしないでもなかったが、「川端康成所蔵美術品展」と「東山魁夷遺作展」の二つの展覧会を同時に開催していると思えばよいのかもしれない。図はパンフレットより。浦上玉堂「凍雲篩雪図」、池大雅・与謝蕪村「十便十宜図」、川端から魁夷への書簡、魁夷から川端への書簡、古賀春江{燈火」魁夷は、川端から京都の景色をたくさん書き残してくれと言われ、画集「京洛四季』を初め、京都の絵をたくさん描いているので、親しみ深く見ることができた。魁夷「冬華」1964、「月篁」1967、「静宵」1967、「年暮る」1968、「北山初雪」1968、「緑ノハイデルベルグ」1971文学と 美術の出会い 京の春特別展を見たあと、常設展を見た。三橋節子、三谷十糸子、向井潤吉の絵画、藤平伸の陶器、西村喜代の人形などが展示されていた。それぞれ特徴があって興味深かった。
2008.02.17
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今日は午後から、緑懇会の例会で門真市三島神社の大楠、長谷川邸の大楠、堤根神社の楠など見学会に参加した。参加者は50数名くらいか。寒いのにみんな熱心だ。1時15分に京阪古川橋に集合し、1時30分発のバスに乗り15分ほどで三島に着いた。バス通りから細い路地を入るとすぐに大きなクスの木が見えて来た。これが今日の主目的の三島(みつしま)神社の大楠だ。インストラクターの豊島さん、菅井先生、加藤先生からこのクスの木の説明を受ける。この木は「薫蓋樟」と名づけられ、日本でも有数の巨樹で、その樹齢は1000年以上と推定されている。昭和13年に国の天然記念物に指定され、平成元年には「大阪緑の100選の1位に選ばれている。高さ30メートル、幹のまわり12.5メートルといわれている。樹齢1000年は実際には切って年輪を見ないとわからないが、少なくとも500年は経っているだろう。このクスは、木の後に祠が建ったり、境内が舗装されたり踏まれたり、周囲に民家が建ったりして痛められ、枝も切り払われているが、今のところ枯れた小枝も少なく元気そうだ。枝が密集していないのでその分弱ってはいる。野生の樹木には寿命はなく条件さえ整えば何年でも生きられる。木は古くなるほど葉が小さくなるが、新しい枝の葉は大きい。木は枝の大きさと同じだけの根を持っているので、根が張れないと枝も伸びない。楠は水を好むので水辺でよく生育する。などなど・・・三島神社のあと、下三ツ島公園を通って、長谷川邸・堤根神社のある稗島へ向った。公園には、一休禅師生母の墓という碑があったがお墓そのものは見当たらなかった。長谷川邸は古川という川を稗島へ渡る三庄橋のすぐそばにあった。橋から大楠が川にかぶさるように聳えているのが目立つ。この楠は高さ10メートル、幹まわり7メートルで民家の敷地内にある巨樹としては珍しいと府指定(S40年)の天然記念物に指定されている。この地は明治初期まで船着き場だったそうだ。巨樹が若木だった頃、このあたりは海の近くだったらしく、それは三島や稗島などの地名からもわかるこの後、すぐ近くにある堤根神社の境内に入り5本の楠の木を見た。これまでのような巨木ではないが、この神社にはこのこの5本の楠の木以外に大きな木はない。それでも境内が神社らしい静かな雰囲気をかもし出しているのは、この木のお蔭であると菅井先生は説かれた。この神社で3人の先生方から今日のまとめの話があり、今月の例会が終った。このような市街化された地域の中に日本でも有数の巨樹が元気の存在していることを知り驚いた。他の地域にもこのような木があるかも知れない。立派な建築物でも数年で再建はできるが、大木は伐ってしまえば再生するには何100年もかかる。邪魔だといって無闇に伐ることは止めさせなければならない。今日は余り歩き周らなかったので、じっとしていると寒さが身に入むほどだったが、12年前にこの例会が行われたときは雪の降るもっと寒い日だったそうだ。帰路は、門真南の地下鉄駅まで行き京橋で降りてそこから徒歩で帰った。この会では、参加するたびに多くのことを教えられる。写真は、神社の外から見た薫蓋樟、楠の木の前で説明を聞く参加者、薫蓋樟の幹、長谷川邸の大楠‐下は古川。寒風に じっと耐えゐる 楠古木
2008.02.16
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今日は午後から大阪城の梅林へ梅を見に行った。行く途中で「藤田邸跡公園」に立ち寄った。梅の木が10数本植えられているが南側に集められていてあまり目立たない。5分咲きくらいであった。大阪城の梅林は、そろそろ見頃とばかり、まずまずの人が来ていた。梅をバックに写真を撮る人、大阪城をバックに梅を写す人など、3分咲きの梅を楽しんでいた。今年は冬が寒かったので見頃が少し遅くなり、あと10日くらいであろうか。ロウバイもまだ散らずに残っている。いつも梅とともに、メジロやジョウビタキを見るのを楽しみにしているが、今日は梅林の中ではみられなかった。その代わり、帰り道の公園内では、メジロ、ジョウビタキ、ツグミ、ハクセキレイなどを見ることができた。写真は、大阪城と梅。城を背に 紅白の梅 咲き初むる写真は、メジロ、ジョウビタキ、ツグミ、ハクセキレイ
2008.02.15
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今日は、午後から心斎橋に出かけ、大阪市立近代美術館で開催されている「写真の美術・美術の写真」を見に行った。この展覧会は、大阪市近代美術館のコレクションの中から、写真作品約60点を選んで展示したもの。昭和初期の大阪では浪華写真倶楽部、丹平写真倶楽部が結成され写真家を育っていった。その活躍の中で、写真は「美術作品としての写真」から「写真による美術表現」さらには美術作品の一部に写真技術を取り入れることまで行われるようになった。展示は昭和初期から20世紀末まで時代別に3つに分類されていた。1.浪華・丹平から生まれた大阪の写真家たち 上田備山、安井伊治、梅阪鶯里、花和銀吾、天野龍一、川崎亀太郎、岩浅真雄、平井光年七、瑛久、玉井瑞夫 、岩宮武二、山沢栄子、汐見美枝子、浅田浄甫、棚橋紫水、河野徹、佐保山尭海、木住原治ら戦前・戦中写真家の作品が1~2点ずつ展示されていた。 写真を切り抜いて作品の一部にした作品や露出オーバーなど写真の特性を利用した作品が精力的に試みられていたことを知った。2.1970年代、新しい表現媒体ー写真 北辻良夫、木下佳津代、野村仁、植松杢二、福田匡伸ら戦後活躍した写真家の作品が展示されていた。少しの距離の差で写真はどう変わるか(北筋)、距離を計るとはどういうことか(植松)、図形を描いた紙を写真に撮ると図形は々変化するか(木下)、ドライアイスはどのように融けるか(野村)など面白い作品が目についた。3.1980~90年代ー多様化する写真表現 やなぎみわ、森村泰昌、杉本博司、石原友明、山中信夫らの独創的な作品が目だった。画像が大きく迫力があるのも特徴。やなぎは案内嬢の休憩時の様子をドラマのように表現したもの、森村はベラスケスの絵の中の王女になりきって写真に収まっている、杉本の水平線を画面のちょうど真ん中にして空と海だけを撮影したシリーズもユニークだった。石原の動物園の動物に焦点を合わせながら手前に自画像をピンボケで写し込むものも面白かった。画像はパンフレットより。上田備山「漁」、天野龍一「女ーソラリゼーション」、川崎亀太郎「マヌカンC」、植松杢二「水平の場」、杉本博司「Imperial Montreal」、森村泰昌「美術史の娘」、やなぎみわ「案内嬢の部屋」春浅し 浪速写真の 会ありき
2008.02.14
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今日は、今年一番の寒い日になった。最低気温が0度以下の冬日で大阪では近年珍しい。郵便局へ、郵趣展のリーフの郵送と、23日の「京の魅力探訪ウォーク」の申込みに外出した以外は在宅で、メールの返事、俳句のまとめ作成、句作り、方陣の原稿作成など、雑事で過ごした。今日の画像は、サザンカに積もった雪。今日も雪がちらついていたが積もるほどは降らず、これは9日の大雪の翌朝撮ったもの。植込みに まだら模様の 残り雪
2008.02.13
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今日は、パズる会の興奮がまだ冷めず、一日中在宅で、会場で解けなかったパズルを解いたり、入手したパズルの資料を読んだり、パズルを解いたりしながら過ごした。まず、挑戦したのは、パズル早解き大会で出題された折り紙の問題。円形の紙からオシロイバナの蕾を織り出すのだが、技巧的になかなか難しい。数時間かかってやっと完成した。これは早解きの問題ではないと思った。次に、魔方陣の歴史の資料を通読した。A4で38ページのものである。パズルコレクターのA氏の著作であるが、氏は魔方陣については素人なので、記述には、誤りや不適切な箇所が見られるものの、歴史的にはよく調べまとめられていると思った。一番悩まされているのは、箱詰めパズル。アザラシの形をした6片のピースを正方形に詰める問題。スペースが多く簡単に詰められそうなのになかなか詰らない。詰められないと意地になってああでもない、こうでもないと試行錯誤するがまだできていない。販売元「葉樹林」にメールして解を教えてもらうこともできるが、そんなことはまだしたくない。写真は、完成したオシロイバナの蕾、魔方陣の歴史の資料(表紙・部分)と、アザラシパズル。抜け切らぬ パズルの余韻 春炬燵
2008.02.12
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今日は、パズる会の2日目。昨夜は4時ごろまで起きていたが、7時に起床し、入浴、着替えをして8時から朝食。9時までにチェックアウトを済ませ、昨夜来考えてきた「じっくり問題」3題を提出した。9時から2日目のメニューが始まった。最初はパズルセミナー。5人の講師が、パズルに関する講演を行うもの。講師と演題は下記の通りだった。1.A氏:魔方陣の歴史2.K氏:見かけは違うが本質は同じパズルたち3.T氏:オランダに渡った箱根のパズル4.H氏:ピタゴラス三角形の秘密を解く5.私:立体4方陣について1は、インド、中国、アラビア、日本の魔方陣の歴史についての話であった。2は、正方形の充填問題と抵抗の組み合わせ問題は論理的には同じだということの説明とそういう問題の例をいくつか示したもの。ピアスパズルと将棋の飛車角入替え問題も同じだとか。3は、箱根の秘密箱や箱根細工が、江戸時代に来日したブロムホフ、フィッセル、シーボルトらにより多数持ち帰られたが、それがオランダの国立民俗学博物館に収蔵されていて、その博物館のホームページからDLした映像を紹介してもの。4は、ピタゴラス数の構成について数学的な解明をした結果の報告であった。5は私の発表で、鳴海風の小説「美しき魔方陣」をきっかけに研究した「立体4方陣」の歴史と最新の成果について述べた。セミナー後の休憩時間に、じっくり問題の一つ「卵落とし競技」行われた。生卵をが、配布された新聞紙、画用紙、コピー用紙だけで包み、4階屋上から落し、割れずに落ちた中で包装材の重さが少ない者が勝ちというもの。35人の挑戦者があり、7人のものが割れずに成功した。私も挑戦したが割れてしまった。休憩後、最後のメニューは、A氏によるパズル・ワークショップ。板と紐と玉で知恵の輪を作るもの。特に今回は同じ材料を使って2種類の知恵の輪を作ることができるという特徴がある。玉を紛失しないように入れ物を作り、板の面取りをするところから始まり、作り方の図を見ながら作った。知恵の輪ができ上れば、各自それを解くことを楽しんだ。二つのうち一つは易しいが一方は難しい。ワークショップのあとは、いよいよ、最後の成績発表。参加者65人のうち1点でも得点した人は36人で、最高得点者は12点獲得のソルバーA氏だった。2位は11点のO氏、3位は8点のI氏とIさん、5位は7点の2人、7位は6点の2氏、9位は5点の4人、13位は4点の6人、19位は3点の1人、20位は2点の6人、そして1点の28位が9人だった。私は5点で9位、まずまずだった。高得点の順に、並べられた賞品の中から2個ずつを貰うことができ、私も平面箱詰めパズルを2つもらった。こうして、パズル漬けとなった2日間が終った。充実した内容で本当に楽しかったが、準備いただいた方には大変なご苦労があったことと思う。また2年後の再会が楽しみだ。帰りの新幹線の中では、富士山が今日もきれいに見えたが、撮影する元気もなく、乗車してすぐ飲んだビールが効いてすぐに眠ってしまい、気がついたら名古屋だった。画像は、パズる会のブックレットとパズル大会問題集の入っていた封筒、パズルセミナー:方陣の歴史、本質的に同じパズル、箱根のパズル、ピタゴラ数、立体方陣、卵落とし競技、出来上がった知恵の輪、成績発表。時忘れ パズルに耽る 春の夜
2008.02.11
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今日と明日は、パズル懇話会および関西パズル会主催の「パズる会2008in箱根」が行われる。今日は、朝8時に家を出て、会が行われる会場へ向った。行きの新幹線の窓からは名古屋くらいまで雪景色が見られたが、名古屋を過ぎると雪は全くなくなった。雪が見られたのは富士山だけで静岡付近からきれいに見ることができた。小田原で昼食をとり、箱根登山鉄道で強羅まで行く。箱根湯本までは難なく行けたが、ここで乗換え。そこのホームにはラッシュアワーのような行列が出来ていた。新宿からの小田急線で連休中日のレジャー客がどっと押し寄せて来たのだ。まもなく電車が来るが乗れるかどうか分らないというアナウンス。次の電車は20分後なので無理してでも乗りたい。やがて電車が来て押し合いへし合いの上、やっと乗ることはできた。強羅までは40分もかかるのだ。荷物をやっと網棚に乗せ混雑に耐える。それでも、車内放送で、車外の説明を聞いたり、数度のスイッチバックを体験しながらの乗車だったので、案外早く時間が経ったように思う。強羅から徒歩10分足らずで、会場のホテルに着いた。受付を済ますとすぐに、S幹事代表の開会宣言があり、そしてH会長の開会挨拶が始まった。このパズる会は2年に一度行われ、今回は約70名の参加者が2日間に渡りパズル三昧の時間を楽しむ。スケジュールを簡単に紹介する。第1日。 1.パズルフリーマーケット 2.展示・ポスターセッション 3.パズルディスカッション 4.パズル解き大会 5.夕食・懇談会 6.パズルオークション第2日 7.パズルセミナー 8.パズルワークショップいずれも内容の非常の濃いもので、2日間緊張の連続だ。1のパズルフリーマーケットは各自が持寄ったパズルや本の重品を安価に販売するもの。私は魔方陣の資料を購入した。3の展示・ポスターセッションには、珍しいパズルが10数点展示された。箱根にちなみ箱のパズル、パズルのルーツ(根源)に関するものが面白かった。私も立体方陣、切手方陣などの新作を出展した。続いて、パズルに関するパネルディスカッション、名づけて「パズルディスカッション。パネリストは、パズルのソルバー第一人者のA氏、パズル創作・販売のI氏、パズルコレクターのK氏、パズルデザイナーのY氏、パズル研究家のT氏、パズル数理論者のH氏の6人、司会はパズルデザイナーのI氏だ。4つのテーマ、好きなパズル、パズル作品と商品、パズルの中毒性、パズルと教育について各パネリストからいろいろな意見が出され、ユニークなディスカッションとなった。記念の集合写真のあと、パズル早解き大会となった。問題は5問。各題とも早く解けた人から順に4点、3点、2点、1点がもらえるのだが、私はどの問題にも得点できなかった。皆マニアだけあって解くのが早いと感心した。なお、そのとき配布された袋の中に、じっくり部門の問題5題がありこれは明朝9時までに回答して提出するのだそうだ。これは、正解者の数により得点配分が変わる。早解き大会のあと、夕食・懇談会となった。食事もそこそこに、早解きで解けなかった問題をまだ考えている人や、早くもじっくり部門の問題を考え始める人などあり、私もその一人でどんな料理が出たのかよく覚えていない。懇親会のハイライトはO氏によるジャグリングのパフォーマンス。3つ玉から初め、順次玉の数を増やし最後は6つの玉を自在に操る大道芸人顔負けの演技に満場大拍手であった。食事後は入浴。大涌谷の湯は白濁していたがいい湯だった。そのあと、パズルのオークションが行われたが、私は特に入手したいパズルもなかったので、部屋に戻り、じっくり問題に取り掛かった。5題のうち2題はギブアップして、3題に集中した。同室の仲間も長い間、考えていたがやがて就寝した。画像は、新幹線富士川付近から見た富士山、強羅駅、箱根の大文字、パズルフリーショップの例、パズル展の例、パズルディスカッションのパネリスト、パズル早解き大会の模様、夕食懇談会、ジャグリングのO氏。右左 車窓の富士の 雪化粧
2008.02.10
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今日は、午前中は明日からのパズル会の準備をしたりテレビの「俳句王国」をながら過ごし、午後は、「オール関西 郵趣家のつどい」に参加した。大阪は8時過ぎごろから雪が降り始め、牡丹雪だがほぼ一日中降り続いた。地面に落ちるとすぐ解けるがそれでもうっすらと雪化粧し、久しぶりの「大阪の雪景色」を楽しんだ。写真は東天満公園の雪景色。雪まとひ 白鷺となる 大阪城「郵趣家のつどい」は今年はじめて企画されたもので、通常は郵趣協会、郵趣連盟の二つの団体に分かれて活動している会員を繋ぐ目的で行われたものである。内容は、使用済み切手10円市、各支部別のテーブルバザール、郵趣講演とフロアオークションなどだった。郵趣講演は、「南方切手の思い出=ビルマにおける井上五良さんのご功績」と題して大西二郎氏から、戦前ビルマなどで発行された切手についての話があった。戦前にも熱心な収集家がたくさんおられたことを改めて知った。フロアオークションもおもしろかった。100点あまりが出品されたが、半分は最低価格で買い手がつかず「引き」だった中、残りのうちの半分は最低価格で落札、残りは競り上がりがあり、1500円の最低価格のロシアの葉書が7000円で落札されるというものもあった。応札者の団扇の番号を見ながら、落札者が一人になるまで値を上げていく司会者の巧みな仕切りに感心した。写真は、切手10円市、講演のタイトル、大西氏の講演、フロアオークションの状況。
2008.02.09
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今日もほぼ一日在宅で、関西ぱずる会原稿の見直しやパズル会の準備などを行った。関西ぱずる会原稿のうち、「切手穴空き5方陣」を見直しているとき、定和が102となる方陣で面白い性質のものがあるのに気づいた。それは下記のもので、正方形の頂点となる4数の和がすべて定和になるのであった。(切手穴明き5方陣は、定和が70、75、80、85、88~90、93~95、97,98,100~102などのものを作ることができ、今年のパズル家および郵趣家向けの年賀状では、定和80となるものを用いた。)それは、101以下の定和の5方陣には見られない特性であった。縦5方向、横5方向、斜め2方向、正方形5か所と計17か所の4数和がみんな同じ102になっている。その5方陣を次に示す。春の星 不思議を秘むる 五方陣
2008.02.08
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今日も、一時図書館へ行ったほかは、在宅で、パズル会の準備などを行った。パズル会では、立体方陣について発表する予定にしている。立体方陣に興味を持ったきっかけは鳴海風の小説「美しき魔方陣」であったが、その中で、1700年頃、久留島義太が作ったと書かれている作品が、従来文献に載っているものと違うのに気がついて調べたところ、なんと、最近作られた、全相結型完全立体4方陣という高度な作品であることがわかった。本当に久留島の作だと思い込んでいたが、見事にだまされた。あとがきに書かれているように、最近のウェブサイトから引用されたものだろう。あとがきの「この物語がフィクションであることを、念のため書き添えておきます」という一文がこれほど重要で深い意味を持っていたとは知らなかった。今日の画像は、OAPの庭にある彫刻の小径に置かれている彫刻たち。これらの彫刻は2年くらいごとに新しい作品に入れ替えられている。名前も面白い。左上から順に、銘板、中川泰郎「しあわせそれともふしあわせ」、外礒秀紹「もしもしもし」、津村健一「猿のち虎」、藤本修三「逆上がりの練習」、吉野央子「ネタツボ」、水本智久「見て!見て!」、石野耕一「ほな、これでどや?」、小林陸一「ジェット風船」彫刻の 小径の木の芽 膨らみぬ
2008.02.07
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今日は、遅れていた関西ぱずる会誌用の原稿を作成し終わり、編集担当のY氏に郵送した。また、郵趣部会展へのアルバムリーフとスキャナー画像も、担当者へ送付した。パズル原稿が遅れた理由は、以前検討して完了していた結果を、実際にまとめる段になるといろいろ追加したいことや確認したいことが出て来て、そのため新たにプログラムを組んだり、もう一度計算したりしたためである。まだ、少し確認したいことも残っているが、それはあとで加筆することにして、一先ず原稿として送付した。今日の画像は、大川のユリカモメ。船やボートがよく通るが慣れっこになっていて余り怖がらない。カメラで近づいても逃げない。浮寝鳥 船通るたび 目醒めをり
2008.02.06
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今日は、午前中一時、北野病院へ糖尿病の診察に行ったほかはほぼ在宅で、昨日の句会のまとめを行った。糖尿病は境界型で、年に2回の定期検査と診察を受けている。少し体重が増え血圧が高いと言われたが、血糖値の方はあまり上っていなかった。もう一つγーGTPが慢性的に高いがこれはいくら努力しても下らない。次回の検査は8月。句会の資料作りでは、皆さんから出句された句を漢字も仮名も書かれた通りに間違えないように入力することと、選句の数と名前を一票の間違いもないように数えるのがなかなか疲れる作業である。パソコンは旧仮名使いや旧体漢字に対応していないので、ほとんどの句は一字一字再変換・再入力をしなければならない。全部の句(約100句)を打ち込むのに2時間はかかる。選を数えるのに1時間。票の多い順に並べ変えるのに1時間、さらに、先生の評や指導を書き入れていくのに2時間ほどかかる。また、あとで句に相応しい挿絵・写真を探して入れるのにも1~2時間かかる。画像は、句会資料の例。通常は3枚で、1枚目は先生選の句と合評の句一覧。2枚目は選に漏れた句など。3枚目は先生に添削されたり指導された句とその指導内容のまとめ。季語別統計など。4ページ目は名簿、これはメンバーに変動があったときのみ作成。春寒し 句会のまとめ 捗らず
2008.02.05
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今日は、午前中は句会に出句する5句の選定と推敲を行い、午後は句会に出た。句会の結果はまずまずで5句のうち1句が先生に選ばれ、2句が仲間から選ばれた。あとの2句はだれからも選ばれなかった。今日先生から選ばれたのは次の句。 目刺焼く 瓦斯の火加減 焦げ加減 (先生ほか4票)仲間から選ばれたのは、次の句。 盆梅展 管耕の軸 掛けてあり(2票) 淀川に 小さき人影 蜆取る(1票)今日の特選句は次の句。 ◎門口に 主に似たる 雪だるま 昇一 ◎ちぐはぐな 園児らの声 豆を撒く 茲子 ◎飛び立ちし 鳥の行方や 野火盛る 美代今日の最高得点句は次の句。 豆撒きの 鬼も緊張 してゐたり 卓宏(5票)今日の先生の一番人気の句は次の句。 末黒野 となって立入る 隙もなし 塩川雄三先生(4票)句会のあとは、いつもは飲み屋に行くのだが、今日は常連が休みが多く、結局女性組に合流して喫茶店での反省会となった。H氏が日本書記の物語のさわりを面白く紹介されたのに一同引き込まれるようにして聞き入った。そのあと、大阪天満宮へ梅の咲き具合を見に行った。画像は、句会のあと見た大阪天満宮に夜の梅句会果て 仲間と探す 梅つぼみ
2008.02.04
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今日も、ほぼ一日、明日の句会の準備をしたり、関西ぱずる会の原稿を作ったりしながら過ごし、夕方から、親戚が大阪に立ち寄ったので、夕食をともにしたあとホテルまで見送った。句会の資料の印刷中、プリンターのノズル詰りが頻発し、何枚もの失敗印刷が発生した。20枚印刷でセットしてプリンターから離れ、戻って見ると、1つの色が抜けて変な色になっているものが続々吐き出されている。パターン印刷をしてみるとやはりノズルの詰りだ。しかし、ノズルクリーニングをしてしばらくは正常な印刷ができるのに、しばらくするとまた変な色になる。60枚印刷するのに3回もクリーニングをしないといけないとは異常だと思う。ノズルクリーニングをするとインクを多量に消費する。印刷で消費するよりノズルクリーニングで消費する方が多いかも知れない。原因は多分、リサイクルのインクを使用しているためだろう。少し安価だからといってリサイクルインクを使っていると、反って「安物買いの銭失い」になっているのかもしれない。5時に、親戚の者を大阪駅に迎えに行き、梅田で夕食をともにし、私のマンションの近くの帝国ホテルまで連れてきた。近くのホテルなので自分では泊まることはないので、部屋の写真を撮った。なるほどきれいな部屋でいろいろな点で行き届いている。写真は、ホテル廊下、ツインの部屋、部屋、窓から見える大川側の夜景春近し 名門ホテル 夜の景
2008.02.03
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今日は、ほぼ一日中在宅で、パソコン郵趣部会展に出すリーフの作成と、関西ぱずる会の原稿作成に費やした。五十肩の方は、昨日から始めた温湿布が効いたのか、痛みが大分楽になって来た。もう両手でパココンのキーが打てる。リーフは、「並び数字の郵便消印とJR入場券」と題するもので、昭和54年3月21日、55.5.5.、56.7.8.から平成12年12月12日まで、数字が正順、逆順、ゾロ目になる日付の郵便消印、JR入場券を各一枚ずつ並べたものである。画像は、今日作成したリーフ。二月二日 並び数日を 並べけり
2008.02.02
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今日もまだ五十肩が痛むので外出はせず、在宅で懸案の事柄の処理をした。だが遅々として進まない。午後に郵便受けを見に行くと、俳句の同人誌「築港」の2月号が届いていた。ページを開いてみてびっくり。私の句が「今月の秀句」に選ばれ、さらに「誌上句会」主宰特選にも選ばれていた。さらに、他の同人から「築港集鑑賞」として私の句が評されていた。どれか一つでも有り難いことなのに、3つも重なるとはびっくりである。今月の秀句 塩川雄三先生選 年用意 力仕事は 任せらる誌上句会 塩川雄三主宰特選 天高し 天の上にも 天あつて築港集鑑賞 柴田 毅氏選 日に応へ 風に応ふる 芒原画像はその築港誌二月号より抜粋。我が俳句 秀句特選 冬うらら
2008.02.01
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