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数は多くないけれど、デモンストレーションを依頼するメーカーの中には、「前日挨拶電話」なるタスクを義務付けているところがある。これは、当のデモンストレーションを実施する日の前日、デモンストレター自らが「明日、〇〇社発売の△△という商品を、そちらのお店様にて宣伝販売させていただきますので、よろしくお願いいたします」と、実施店舗に電話をするもので、電話ついでに販売商品の納入、および案件の性質によっては派遣会社やエージェンシーから送り込まれることになっている資材の到着を確認する意味合いもあり、したがって重要なタスクなのだが、実はこれがどうにも苦手なデモンストレーターがいる。私もその1人である。皆さんは不思議に思われるかも知れない。「デモンストレーターの人って、ぶっちゃけ、商品についてお客さんに話すことがメインの仕事よね。だったら、オハナシは得意なんじゃなくて? 少なくとも好きな部類には入るのではないかな」。まあ、高確率で当たってはいますねえ。ただ、微妙に違うんだな。人間相手に直接オハナシをするのと、電話という「キカイ」を通して間接にオハナシするのとでは。なぜって、オハナシする相手が目の前にいれば、その人の全体の雰囲気も含めて顔の表情や身体の何気ない仕草から「人となり」や「背景」が割と容易にうかがえるのに、電話はそんなわけにはいかないからだ。受話器の向こう側から響いてくる声のトーンや口ぶりやオハナシのスピード、すなわち「見えないものもの」から推察するしかない。これって、けっこうしんどい作業よねえ、、、。こんな私でも、時給の高さに惹かれて電話セールスのアルバイトをしたことが、実は一度だけある。一種の健康食品の案内で、アルバイト業務に入る前に受けた研修で、トレーナーにこう言われた。「単に商品をPRしてお薦めするだけでなく、電話応対しつつ、言葉の端々から電話を受けたお客様の性格や生活状況、大げさに言えば人生そのものも想像すること。なかなか難しいことだけれど、これが出来るようになったら(セールスの)結果は自然とついてくる」。確かに。宣伝販売の仕事に就いて、この言葉の重みをしかと知った。けっきょく、販売する基本は、根っこで同じ。対面も、電話も、ね。接客態度の前に、イマジネーションと共感が求められるのだ。そして、このことこそが、電話苦手症を克服するヒントにもつながるのだろう。写真は、夕暮れのくずはモール(大阪府)。
2026.04.14
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たびたび書いてきたように、路線バスの廃線や減便があいついでいる現在、今後は我々デモンストレーターも自家用車を運転して現場へ行ける人が優遇されてくると思う。とは言え、どうなのだろう?仮に先だって訪れた亀岡市にある店に私が行くとなると、自宅がある京都から車を走らせるわけだが、ガソリン代だけならともかく他の料金もかかってくるとなると、うーん、電車などの公共交通機関を利用した場合と、どちらがお得なのかな。私は車を運転しない(できない)のでわからない部分も多いのだけれど、調べてみたら、ざっくりと「京都駅〜亀岡駅」までは21キロ。時間24分とある。ただし、ご注意!これは、走行途中で沓掛インターチェンジを経て高速道路に入り、そこを利用した上での数字である。高速道路。ただでは使わせてくれないよね?それとも、近頃はフリーWi-Fiみたいに「無料でもオッケイよ」の高速道路もあるのかしら?高速道路を使わず、一般道を走って京都駅から亀岡駅まで行くのなら、まあガソリン代だけですむのだろう。でも、その場合、時間はどれほどかかるのかな?それに、現場の店に着いても、そこの社員用の駐車場に車をとめられたらよいが、そうでなかったらどこかへ預けないといけないから、そのぶんの費用もかかるわなあ、、、。何より、自家用車で移動中に起こりうるイレギュラー事態、具体的には交通事故。我々デモンストレーターの身分は、ほとんどは日雇いか業務委託ゆえ、ここいらも交通費を支給する側にとってはややこしい問題となりかねないため、やはりデモンストレーターの自家用車勤務は難しい面があるのだろう。写真は京都市内。
2026.04.08
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4月1日。新しい年度の始まりである。それを契機に、あらためて痛感。路線バスの便、また減ったね。3月度最後の仕事(3月度最終土曜日である3月28日に実施されたサイダーの試飲)現場は、JR京都駅から一駅北寄り、すなわち、隣県の滋賀方面に上がっただけの山科にあるスーパー。山科は、ぶっちゃけ、京都という大きな市の一部で、ある意味「まち」なのに、、、駅に着くや、バスの減便に驚き。特に土日のダイヤが以前にも増してスカスカ。それでも、行きはヨイヨイ。困るのは、帰りの便。大げさでなく、本当に帰りは怖いのだよ。店の最寄り駅からは遠いし(仮に店のホームページに徒歩10分とあったら、初めて行く人は5割増しの15分と考えてよい。更に調理器具を詰めたカートを引いていたらその倍の時間がかかる)、今日日のことでタクシーをよんでもなかなか来てくれないし、仕事を終えたら我々デモンストレーターはどうして帰ったらよいのだね?こんな状態では、デモンストレーターも、自家用車を持つ人しか引き受けられない案件が、今後は増える気がする、、、車なしでは買い物に行けない「交通弱者」と同じだ。写真は、京都市営バス。この便も、路線によって違いはあるけれど、全般に少なくなったね。
2026.04.04
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先日は、京都府中西部にある静かな市(まち)、亀岡市の大型スーパーで仕事。予定通り18時に仕事を終え、帰宅すべくスーパーの最寄りバス停に駆けつけるや、停留ポールに貼られた時刻表の数字に唖然。「えっ? まだ夕方の6時台なのに最終バスが出てしまったの?」残念なことに、そうだったのである。バスのダイヤがいつのまにか変わっていたのだ。ううむ、、、。この店にはデモンストレーター歴22年の間に何度も来ていて、いつも帰りはそこを夕方6時34分発の便に乗っていた(一昨年の9月に塩麹の宣伝販売で訪れた時もそうだった)のだが、、、はぁ、、、ついにここも、なのね。数年前より感じていた、鉄道が通らない地方に住む人たちの足であったバスの運行回数が減ってきていると。1時間に3本が2本になったり、土日祝日は休みになったり、今回のように最終便が早くなったり、ジワジワと、でも確実に。原因は複数あるだろうけれど、1番は、地方の人口減による乗客数減か。乗る人が少なければ収支のバランスにひずみが出るから、バス会社は経営を圧迫される。プラス、バスだけではなくトラックやタクシーにも通じるドライバー不足。この問題。いわゆる「交通弱者」と呼ばれる人をますます増やしているだけでなく、落ちゆく日本の一断面を如実にあらわしている。写真は、亀岡市で仕事をする時はよく買う「保津川あられ」。湿度が高い亀岡は米どころでもあり、こんな美味しい米菓子も出来るのだ。もっとも、今後は、記事に述べた事情で亀岡に行けるかどうかも微妙なので、保津川あられを買うのも今回が最後かも知れない。
2026.03.13
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繰り返す。令和7年度(2025年)の確定申告は、3月3日に済ませた。確定申告は主に個人事業主が行い、私もそこに含まれるのだが、私の「事業」は販売業の業務委託で、商品を抱えてもいないし機械や事務機器なども必要ない。したがってそれに関する項目(棚卸関連や減価償却の費用)の記入は不用で、まさにシンプルそのものの、ぶっちゃけ家計簿に毛が生えた程度の申告書を書くだけである。なのに、生来の計算嫌いゆえか、ややもすれば後回しにしがち。こんな私でも、今年と去年の申告の数字を比較して見えてきたものがあるのだ。それは、ズバリ、食品をはじめとする生活必需品価格の上昇。昨年の秋。派遣会社Aより業務委託された「寄せ鍋」のデモンストレーションを例にとろう。日当〇〇円と荷物手当△△円、事情によれは遠方手当や煩雑手当などの◇◇円も加わった額が収入。寄せ鍋を作るための食品材料費、業務を遂行するにあたって不可欠な備品(キッチンペーパーなど)、通信費、現場への行き帰りの交通費は経費(これらは、たいがいは業務実施日にこちらでいったん立て替えとなり、収入と共に支払われて清算となる。もっとも、メーカーによっては備品や通信費の一部を立て替えてくれないところもあり、そんな場合はこちらで購入することとなるので、あらたに「消耗品費」なり「雑費」なり勘定項目を作る)。で、今回気づいたわけだ。経費のうちの、特に「試食準備費」が昨年よりグンと多くなっているとね。実際、食用油も乳製品も粉類も値上げ幅のスゴイことよ!トマトやレトルトご飯もね!本当、値引きシールを探す人の気持ちがわかる。
2026.03.08
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一昨日のひな祭りの日、令和7年(2025年)度の確定申告書の提出を終えた。本当は2月中に済ませたかったのだけれど、いためた腰の症状が落ち着いた2月後半、今度は風邪をひいて、そこから持病の喘息が悪化して夜も寝られぬほどの咳き込みに襲われるようになり、またその咳き込みのたびにせっかくよくなりかけた腰にも響いたため、仕事自体も無理してこなす日々だったから、プライベートでは申告準備どころではなかった。ひな祭り日の早朝、やっと書類をまとめたので、午後から申告会場へ。そう! イヤなことは少しでも早くすませろ! の精神なのだ。申告も、毎月毎月こまめに収支を計算していたらそんなに大変ではないのだろうが、数字をにらむことはどちらかと言えば好きではないことと関係あるのか、いつも申告シーズンになって重い腰をあげる。もっとも、いざ出来上がってみれば、数字と数字の狭間から見えてくるもの、確かにあるなー。ほら、企業のホームページで公開されている財務諸表みたいに。やはり、ほとんどの人間は、数字とはほどよくお付き合いせねばならぬのだ、、、数字ばかりが人生ではないが、数字が教えてくれるものもあるからね。
2026.03.05
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昨日の「思いがけない人に再会」ネタの続き。仕事で訪れた大阪府中部の某スーパーで、お客さんとして来店した元同業者と久方ぶりに会ったことは述べた。さらに、彼女の口から、これまた思いがけなく共通の知人であるBさんの話題が出たことも。話を進める前に、このBさんを少し紹介しておこう。私がBさんに会ったのは、デモンストレーターになって2年目。大阪府内の某町にあった大手スーパー(Cストアとする)の系列のA店に仕事で赴いた時のことだった。Bさんは当時、そこの一部門の責任者(チーフ)。仕事には熱心に取り組むものの無表情で口数が少なく、たまにしゃべってもどこか愛想のないものの言いようをする、正直、あまり良い印象は持てなかった人だった。まあ、全体的にはおとなしいタイプではあったと思う、、、上司らしき人にきつく当たられてもただ黙って聞いていることが多かったから。もっとも、それだけに、と表すべきかどうか。私には、Bさんの全身から、諦念にも似た、こんな雰囲気が漂っている気がしてならなかった。「Cストアにいる限り、オレは社会保障も退職金も保障されているもんね」。そのBさん。再会した元仕事仲間によると、60歳でCストアを定年退職。再就職はせず、奥さんの自営を手伝ったり、同居している長男一家の子どもたち、つまり孫たちの面倒をみる生活に入った。「すっかり育じいになっていたわ。現役時代と比べると、物腰も柔らかくなっていて。あの人、真面目やけど、性格があんなさかい、上からは小馬鹿にされて都合よう使われていたところがあったわな。けっこうストレスかかえていたんとちゃうかな」。Bさんの変貌ぶりは他にもあった。何と、ピアノを始めたと、彼女に打ち明けたのだ。「はぁ、、、。Bさんがピアノ、ですか?」驚く私に、「びっくりくりっくりやろ? およそピアノなんてガラじゃないもんな、Bさんは。聞いたら、孫の1人が通うピアノ教室の送り迎えをしているうちに、先生にうまくおだてられたみたいで。おじいちゃんも習ってみませんか、なんて感じで。で、今度、孫のピアノ発表会では自分も演奏するんで、よかったら来て下さいと」。発表会当日。彼女は自分の孫を連れて会場へ。Bさんの出番は最後の方。パリッとしたスーツ姿でステージに現れたBさんは、観客に一礼して椅子に座り、おもむろに鍵盤へ指を走らせた。残念なるかな。演奏は、別の教室でピアノを習っている彼女の孫が、「あのおじちゃんよりワタシの方が上手」と彼女に耳打ちしたレベル。事実、会場の一部ではクスクス笑いも。それでも、曲が進むに連れ、不思議な感動が皆の間に広がり始めたそうだ。「Bさんがニコニコニコニコと、本当に楽しそうにしてんねん。孫が可愛くて可愛くてしゃーない。その可愛い孫が好きなピアノを自分も弾いて、孫と一緒に発表会にも出て、嬉しくて嬉しくてしゃーない。そんな気持ちが伝わってくんねん」彼女は心より感じたとか。「Bさん、いい人生を送っているなあ」。「いい人生」とは何だろう?もし、自分の内部(なか)から湧き起こる「楽しい」「嬉しい」を、自然体で自分にも他人にも見せることが出来る人生が「いい人生」なら、人は幾つになっても「いい人生」を得ることが可能だね、、、今までが冴えなくてもね。ついでに。これは私の勝手な想像ながら、Bさんは出世などとは無縁でも敵は作らなかったのではないか。これも「いい人生」だよ。
2026.02.24
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(注)2月22日に書いた記事。今日は大阪府内中部にある某スーパーで仕事。何度も行っている店だし、担当商品の資料も読み込んでいるし、デモンストレーションの予行演習もバッチリしているし、でもデモ開始時に一抹の不安感と緊張をぬぐいえないのは、業務の性質上しかたないか。いつものことだ。 結果?大成功とは言わないまでも、そこそこの売上。少なくとも実施店舗には満足していただけた数字。さてさて。今日行ったこの店で、コロナ前、思いがけない人に再会したことがある。まだまだデモンストレーター駆け出しだった20年ほど前、やはり大阪府内の別のスーパー(A店と称す)で、ちょこちょこ出会っていた他社の同業者(彼女は当時はA店の専属として常駐していた)。お客さんで訪れた彼女。私のことは「声。声であんたとわかった」と語った。聞けば、彼女は2010年代初めにご主人を失い、一人暮らしとなったが、嫁いだ娘さんとそのご主人が心配して声をかけてくれ、「うちは共働きだから育児のフォローもして欲しいし」ということで同居とあいなり、この町に引っ越してきたそうな。しばらくぶりなので昼食を一緒にと提案され、昼休憩が始まった13時に店内のビュッフェで待ち合わせ。四方山話に花を咲かせるうち、またまた思いがけない人物が彼女の口から飛び出した。「な、Bさんを覚えている?」「Bさん? A店で〇〇部門のチーフだった人? 2回か3回かな、Bさんのもとで仕事をしたけれど、何か恐い人でしたね。いつもムスッとしていて」「いやいや、それはあの人が職人気質で人間関係に不器用やからそんなふうに感じられるだけで。ホンマは真面目で飾り気のないエエ人やよ」と彼女。ついで、「実はな、あんた、私、ここへ越してきて、意外や、孫の保育園の行事でBさんにバタリと会って」と続く。「うちの孫娘とBさんの孫娘が、保育園で同じ組やってん。Bさんと久方ぶりに話して、つくづく思うたわ。人生は楽しんだもの勝ちだってね」人生は楽しんだもの勝ち?ん? それって、何のこと?これまでの投稿記事で少しでも関心を抱いた方は、明日にアップする続編をお楽しみに(8時間の立ち仕事をした後のせいか、けっこう疲れている)。、
2026.02.24
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(注)2月20日に書いた記事。プロの治療師が使う温熱マットと温熱コルセットのおかげで、腰の具合は95%まで回復した。ところが、腰がほぼ治りかけるのと入れ違いに風邪。しばらくおとなしくしていた持病の喘息が再びアタマをもたげ、夜も眠れぬほどの激しい咳に苦しめられている。結果、腰が完治するための残りの5%の要素が埋まらない。なぜなら、強い咳は腰に響くからだ。それでも、1日中何もせず、ゆっくりと休む日が続けば違うのだろうけれど、仕事はしなくてはいけないし、仕事がない日もあれやこれや野暮用が押し寄せてきて、つまりはチョコチョコと動かざるを得ない。どこまでも中途半端なのだ。もっとも、こういうケース、特に女性には体験したことがある人は多いのではないか。娘が小さい頃、娘が通う保育園の中に「昨夜は下の子がひどい熱を出してうなされ、一晩中看病。でも勤務シフトが組まれているし、その前に人手不足なんでたやすく欠勤は出来ない。病院は実家の母に1時間かけて来てもらって連れていってもらった。明日と明後日は私は休暇日だけれど、旦那は土日がかき入れ時の業界にいるし時期柄いそがしいシーズンだから出勤。私は溜まった家事を片付けないといけないし、もちろん子どもたちの面倒もみないといけないし、クタクタに疲れていても一息つくことも出来ないな。母? パートながら働いているのよ。いつもいつも頼れるわけじゃない」と嘆いていた人がいたけれど、この嘆きがわかる女性はとても多いのではないか。いや、家事育児に専念している専業主婦でも、病を得た時、自身の体調は二の次にして家族の面倒を優先する人は少なくないはずだ。ここいらの事情を明確にして、対策を立てないと、いつまで経っても、そして、どんなに金銭や特典をばら撒きしたところで、少子化は変わらないと思う。写真は今日の現場、大阪は京橋近く。
2026.02.24
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「よっ」の掛け声と共にグリル鍋などの仕事道具一式が入ったカートを、仕事先の店舗の建築構造上からやむを得なかったとは言え持ち上げたばかりにいためた腰の具合は、少しずつよくなってきた。嬉しいことだ。わけても徒歩に関しては、今はほとんど異常なし。ただ、未だに右足がじゅうぶんに上がらない状態にあっては、やはりいつもの徒歩ではない。歩き続けていると、右足首がだるくなってくる。まして、階段の上がりではまだまだ痛みが消えない。もっとも、我が家はうちは旦那が東洋医学の治療院をしており、診察室においてある温熱ベッドの上に横たわり、かつ、温熱コルセットを巻いてじっとしていたら、明らかによくなる。で、そのまま休んでいたら早く骨もくっつくのだろうけれど仕事に出るから(この仕事、業務の性質上、よほどのことがないと休めない。私も過去、38度台の熱を解熱剤で封じ込めたり喉から出血しても痛みをこらえて現場に立ったことがある)中途半端になって、また痛み出す。困るのは、カラダというものは一つの部位で綻びが生じると、連携して他の部位の働きもうまくいかなくなることがあることだ。一部分であってもどこかしらに支障があると、免疫力を削いでしまう現れだろう。そこに加齢が加わる。医療関係者に聞いたところでは、免疫力は個人差もあるけれど、おおよそ20歳を境に下がり始め、70歳を過ぎると全盛期の10%程度しか残っていないのだそうだ。たったひとつのマイ・ボディ。真実たいせつに労わりたいもの。ここで、気になる、あるお説がある。免疫力をアップさせる最強の方法は「笑い」。笑うこと。とにかく笑う。笑って、笑って、笑い倒す。ううむ?確かに、心からの笑いなら、免疫力はつくだろうと感じる(作り笑いはどうかな?)。写真は、近所にある神社、白峯神宮にある笑い龍。
2026.02.14
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どうやら腰部を圧迫骨折したようだ。いや、歩けるのは歩けるのだ。2月3日の節分の日も、自治会主催のウォーキング・ツァーに無理なく参加出来たほどだからね。ところが、階段を上がる時や、座っている姿勢から立ち上がる時、右足がじゅうぶんに上がらない。右の腰に刺すような痛みが走るのだ。最初は昨今の寒気、すなわち冷えからきているのかなと思い、お風呂に入ったり整体師である夫に治療してもらったりしたが、一向によくならない。夫は、「こんなに長引くということは、患部を圧迫骨折しているんとちゃうか」と語る。実際に、いくら施術しても回復しない患者さんが過去にいて、圧迫骨折を疑った夫がその患者さんに「一度、整形外科でレントゲンをとってもらっては?」と薦め、患者さんがそのようにしたところ当たっていた、ということがあったのだそうだ。圧迫骨折。思い当たる節はあるんだな。1月の最終日だった。京都市内の某大型店を鍋物関連の仕事で訪れた朝。従業員出入り口をくぐって受付にまわるべく、2段ある階段を登った(スロープタイプになっている店もあるけれど、階段タイプの店もまだまだ多い)。この時だったっけ。グリル鍋や調理器具一式が入っているカートを「よっ」の掛け声と共に持ち上げたら、なんか腰のあたりにグッときたのは。もっとも、違和感はその瞬間だけ。以後は普段と同じ。ところが、翌日から違和感が広がり、痛みが始まり、どんどん増していった。たった一度の「よっ」で圧迫骨折なんて!デモンストレーター歴22年の中で、「よっ」なんて、数えきれないほど体験している。1000回? いや、もっと多いはず。そもそも、バスで移動する時は必ず「よっ」と持ち上げないと乗れないのだからね。今まで何ともなかったのにここにきてこんなことになったということは、加齢による骨の老化か。歩けるし、降りれても、片方の足が自由にならない状態は、不便なことこの上なし。日常生活の営みに、立ったり座ったりは不可欠だ。写真は、節分の日に参加した自治会ウォーキングの途中で見かけた桜の木。この蕾があと2ヶ月もすれば花開き、ピンク色の壮観を見せてくれるのだ。
2026.02.10
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短期間のうちにいろいろな出来事があり、少しブログをお休みしてしまった。最大の出来事は、やはり1番上の孫の中学受験が吉と出たことだろう。幼い頃から、科学関連、特に動物や植物などの生物分野に強い関心を抱いていた孫。それは、小学校入学後に一段と顕著になり、学科では理科が得意。学校の授業以外にも自分でトマトや茄子などをプランター栽培し、カメ、カエル、カナヘビ、イモリ、ヤモリなどの爬虫類・両生類を飼って観察するようになった。そんな孫を、母親である娘は、虫さえ苦手ということもあり、プランターの件はともかく小動物の飼育の方はひどく嫌がっていたが、それでも教師としての職業眼が働いたのだろう。「そんなにまで動植物が好きなら、中学は全生徒一律で学ぶ地元校より科学教育に力を入れている地元校以外の学校で学んだ方がこの子のためにもなるのではないか」と思いはじめ、広範囲に資料を集めた上で、公立ではあるけれど中学と高校が一体になっているA校をピックアップ。孫に受験を薦めた。かくして、小学校4年生になるや進学塾通い。もっとも、昨年の夏に志望校を見学するまで勉強には全く熱心ではなく、ぶっちゃけ、イヤイヤ机に向かっていたようだ。ところが実際に志望校を見学に行ってみれば、科学重視のこの学校に絶対に入りたいと思ったみたいで、それまでとは打って変わって勉強に打ち込み、他の生徒に追い付き、追い越し、合格を手に入れた。将来は生物関連を活かせるコース、例えば農学部などに進みたいと望む反面、理科以外に国語や歴史も好きなので「博物館の職員になりたい」と、娘に話したこともあったそうだ。まだ12歳。夢は無限に広がるね。写真は、その孫。
2026.02.10
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前々から「うーん」と首を傾げていたこと。スーパーなどで買い物をしている時、お店の従業員の方が商品を出していると、「ジャマや。どけ!」なんて怒鳴るお客さん、いるよね? あれ、どうかと感じるね。と言うのは、その店の建築的構造上、どんなに配慮してもお客さんの進行を妨げてしまうケースはあるのだ。ここいら、品出しなるものを体験した方、また目の当たりにした方なら、わかっていただけると思う。それを、何やねん。従業員が商品を出していると(品出しと言う)、「ジャマや。どけ!」なんて!従業員が顧客が求める商品を売場に持って来て出すから、消費者は欲しいものが買えるのだ。このことを考えたら、「ジャマや、どけ!」のセリフは出てこないのでは?少なくとも、もう少し違う言い方をするんじゃないかな。やっと、カスハラ規定が出来たこの国。でも、根本は変わらないね。「お客様は神様です」。売る側も買う側も、この意識があるからこそ、こんな現象がまだ起きるのだ。
2026.01.31
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カレーの宣伝販売ネタを続けよう。22年間のデモンストレーター歴において、レトルトやドライカレーのタイプも含めたら、カレーの宣伝販売は数限りなくこなしてきた私。その私が、ここ数年、つとに感じるのは、レトルトカレーの全体的な向上である。まず、品質は本当によくなった。レトルトカレーとくれば、ある時期までは男性の単身者や1人暮らしの老人専用のように扱われ、味もイマイチ(少なくとも世間一般にカレーと呼ばれるルゥ型よりは明らかに落ちた)だったものだが、現在ではどうして。カレー専門店にもひけをとらないほどの香りと美味をほこるレトルトカレーは、決して珍しくない。次にレトルトカレーに対する社会的な見方の変化。お湯で温めるだけで具材もろともすぐにご飯にかけて食べられるという便利さゆえ、どこか「手抜き」的な安易感が否めなかったレトルトカレーは、しかし、メーカー側が打ち出した「ご当地もの」とか「銘店もの」とか「キャラクターもの」などの企画がつぎつぎ当たったことにより、そのイメージは完全に逸することが出来た。何せ、天下の郵便局までが、「全国カレー祭り」と称してご当地のレトルトカレーを販売しているご時世なのだ。こうした情勢を背景に、店によっては、従来のルゥ型カレーよりレトルト型カレーの売場の方が広いところも出てきた。消費者の方々にも「うちはじいさん(ご主人のこと)と2人きりだから、レトルトの方が(カレーを)食べ切れてええねん」「夜食や1人の昼食にホンマ助かる」「忙しいと、料理をするのが億劫で。レトルトなら、ご飯さえあればメインが出来るからねえ」などなど、熱くレトルト愛を語る人が増えてきた。この数は、レトルトカレーが電子レンジに対応するようになってからというもの、より多くなっている。レトルトカレーは、今後、どのような変化を見せるのか?写真は、レトルトカレーの元祖、大塚のボンカレー。小学校6年生の1番上の孫も、昼食や軽食に、1人でレトルトカレーを作って食べている。
2026.01.30
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22年間のデモンストレーター生活を振り返れば、あらためて、今や国民食の1つであるカレー(レトルトやドライカレー用も含む)の宣伝販売をたくさんたくさん請け負ったことに気づく。いわゆる「普通」のカレーライスを作るカレー・ルゥを扱った場合、カレーライスの中身にどんな具材を使うかによって売上が違うことを知ったのは、いつだったかな?ぶっちゃけ。オーソドックスな「肉・ジャガイモ・にんじん・玉ねぎ」のカレーと、いわゆる変わりカレー(きのこカレー、トマトカレー、サバカレー、カボチャカレー、さつまいもカレーなど)とでは、試食されるお客様の反応からして、違う。素材の好みが明確にあらわれるのだ。例えばきのこカレー。きのこがお好きな方は「きのこのシコシコ感が美味しいね」と言ってくださる。反面、きのこが苦手な方は、そこにこそ違和感を持ち、食べる気が失せるとおっしゃる。他の変わりカレーも然り(しかり)。とは言え、変わりカレーを好む方もいらして、、、。皆さんがお好きなカレーの具材は何ですか?写真は我が家で作ったオーソドックスカレー。ただし、ライス部分は、小豆入り玄米である。
2026.01.28
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大寒波が日本列島を叩いている。一昨日の25日は、こちら近畿方面でも記録的な冷気に襲われ、雪景色となったところもあった。ヨーグルトの宣伝販売で出向いた滋賀県彦根市もそうだった。それでも、現場であったスーパーの裏庭に除雪車がとまっていなかったぶん、ご当地的にはまだマシだったのだろうか。そう思わせる根拠に、速度の速い特急や新快速は取り止めになっていたけれど、他は普通に動いていたことがある。もっとも、雪や寒さと同じくらいに、その日の最大の辛さは腹痛だった。そっ、冷えからくる、あの独特の痛み。激痛や疝痛では決してないものの、痛みの波の程度によっては顔面が攣ってしまうほどの、けっこうこたえる痛み。「これから7時間、ひんやりした冷蔵食品売場でヨーグルトの宣伝販売せにゃならんのに、困ったことだ。仕事に差し支えるわい。お腹にカイロでも貼って応急対策しようか」と考えつつ入店手続きを済ませ、いつもそうしているように、店の担当者への挨拶、デモ場所の確認、試食台のセッティングと一通りの準備作業をこなした。ふと時計を見上げれば、開店=デモ開始スタートまでまだ15分ある。「従業員食堂にある自動販売機で何か温かい飲み物でも買ってリラックスしよう」。結果的にこれがよかったのだ。適度に甘味が効いたホット・ミルクコーヒー(カフェオレではない。コーヒーよりミルク風味がまさった、かつてはミルクコーヒーと呼ばれていた飲み物)は、痛みを持つ下腹部のみならず全身にやさしく作用し、不快感を大いに軽減した。ほどなく痛みも治った。腹痛ばかりではない。冷えからくる様々な症状には、身体をうちから温ためる対策を!写真は、当日の琵琶湖線沿線(JR)。この路線は、滋賀県中部にある近江八幡を過ぎると一度に雪国となってしまう。
2026.01.27
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YouTubeを見ていると、主に東欧系の山脈の村で一人暮らしをしている80代90代の女性が、よく紹介されている。動画を見ていると、ああいう方は、生活自体が「仕事」ということがうかがえ、ゆえに老け込む暇がないのだと思う。それにしても、8090になって腰も曲がらず、畑を耕し、家畜の世話もし、自分一人だけのぶんではあっても家事をこなしているのは、単純にすごい。まあ、われわれ都会生活に慣れている身のように「ちょっと〇〇を切らしたからコンビニへ」などというわけにはいかないから、野菜も自分で作り、ミルクも飼っている牛の乳を絞るんだろうし、火を炊くための焚き木も集めるんだろうけれど。11月に訪れた京都市山科区に仕事で来ていた85歳の現役デモンストレーターも、足腰はシャン。仕事がない日は家庭菜園をしている(メロンも作るそうだ)ことからも、その健脚ぶりがわかろうというもの。足腰。自分で歩けることを感謝したい。
2026.01.18
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昨年の11月だったか。京都市山科区(京都市を構成する区の1つ。京都府の北東部に位置する滋賀県とは1番近い)にあるローカル・スーパーに、米を使った郷土料理の宣伝販売で訪れた時、鍋ものの宣伝販売のため大阪中南部のまちから来ていた85歳の同業者に会って昼食を共にし、雑談ついでに「あんたも私みたいになり」と言われた。彼女の住むまちからそこのスーパーまでは、利用する交通機関にもよるが、片道ざっと2時間かかる。そんな距離を、グリル鍋をはじめとする調理器具を詰めたカートを引きつつ、電車とバスで移動するのだ。現在68歳の私ですら、脳裏にイメージするだけでゾッとする。まして、85歳の身で、、、。とてもとても自信がない。しかも、仕事が休みの日は家庭菜園をしているとかで、どこまで体力があるのかと、素直に驚嘆する。85歳で現役。この仕事を始めたばかりの2004年、それに近い同業者がいて(当時の彼女は84歳。居住する大阪北部のまちから滋賀県北部の大型スーパーに毎週一度、冷凍食品のデモンストレーションで来ていた)、そのパワーに圧倒され、憧れたものだけれど、、、デモンストレーターの仕事が肉体的に辛くなってきた2年前から、そのことがどんなにすごいことか、辛くなったのが肉体なぶん、身に染みた。「この仕事、70歳で一区切りしよう」と思い始めた主なる理由ともなった。その流れで、仕事をメインとする生活そのものを縮少する準備をすすめていたおり、この「85歳現役」さんに直に会い、また、他にも理由があって、さまざまな思惑が入り乱れる今日この頃なのだ。繰り返す。歩きながら、考えよう。写真は、廬山寺で咲いていた梅の花。
2026.01.14
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1月11日は、歩いた、歩いた、歩いた、現在の我が居住地、上京(かみぎよう。京都市の中心部に位置する区域の1つ)のまち。コースは、上京区内のゆうちょ銀行に置いてあった「京都 上京を歩く〜上京区散策マップ」の「京都御苑周辺を歩くプラン」が参考。京都考古資料館をスタートに、白峯神宮、室町幕府址碑、護王神社、菅原院天満宮へ。そこから、京都御苑を抜けて、清浄華院、廬山寺、梨木神社、おのおのを経たのち、ゴールの京都市歴史資料館まで、とにもかくにも歩いた。昼食は、京都御苑内のベンチにて、持参した紅くるり大根のおにぎりを2個。この時点で粉雪がちらついてきたが、あまり寒さを感じなかったのは、ウォーキングで身体が温まっていたから?プランを終了したあとは、丸太町通りまで出て右折。当日おこなわれた女子駅伝の影響で大会のボランティア・スタッフやら警官やらが大勢いる中、堀川通りに向かった。またまた歩いたわけだ。歩きながら、目と耳に入ってくる諸々を見、聞き、考えた。今までのこと。これからのこと。丸太町通りと堀川通りが交差する場所に建つスーパーで、ぜんざいを作るための小豆と砂糖を買って帰路に着く。堀川通りを登るのだ。4たび歩く。やはり、歩きながら、見て、聞いて、考えた。課題の答は出ない。ただ、これだけは確か。しばらくのあいだ、私は、歩きながら考えようと。少なくとも、座ってじっと考えるより、よほど建設的な展開が期待できそうな気が、直感としてある。写真は、白峯神宮にて。ここには、鞠の神様もいるだけに、こんな球技関連のスポーツをしている人がお詣りによく訪れる。
2026.01.13
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1月9日金曜日は初仕事。担当商品は、麺つゆとしても鍋つゆとしても、また煮物やら炊き込みご飯やらの味付けにも使える、いわゆる汎用性のある液体出汁で、それだけ聞くと「アラァ、応用が効くから、よく売れるでしょう? 販売、ラクでしょう?」と捉えられがちなのだが、どうして。現実はそう簡単なものではない。なぜなら、汎用性があるぶん取り扱いのある店舗数も多いうえ、その商品がセールの対象とされている時には「買い溜め」している人が多いからだ。これは、やはり万能調味料としても使える「焼肉のたれ」も同じ。折しもこの物価高。消費者の財布の紐はどこまでも固いのである。午年の今年。馬のように、颯爽と前を向いて走りたいところだが、なかなかそうはいかない。とりあえずは、このあと、まち散策といこう。目の前に横たわるさまざまな課題。歩きながら考えるのだ。写真は、真ん中の孫と1番下の孫。
2026.01.11
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生活上の事情から、年末年始に関係なく年中無休で働き続けた数年間があることは、既に述べた。その生活上の事情がひとまず落ち着きを見せてからは、世間一般通りに正月休みを取るようになったが、それでもしばらくの間は一足先に正月気分を抜け出したい気持ちもあって、3日には仕事を再開していたものだ。折よく、3日は「3日とろろ」の宣伝販売の仕事が必ずあった。3日とろろ。日本の一部の地域(主に北関東や中部地方)に残る風習の1つ。正月の3日(中部地方では2日)に、だしで伸ばしたとろろ(山芋のすりおろし)をかけた麦飯を食べるのだ。栄養豊富な山芋はよく伸び、また麦飯は食物繊維が豊富でビタミンも期待出来るところから、健康と縁起の良さを祈願する、とされている。残念ながら、私が住む関西では知る人が少ない3日とろろ。それでも、試食を提供すると、素朴に美味しい上、お節をはじめとする豪華な正月料理に疲弊した胃にやさしく働きかけるから、毎年、好評だった。もちろん、販売商品(とろろを伸ばすための白だしであったり、とろろの原材料である山芋だったり、麦を含んだ雑穀米であったり、その年によって変わる)の売れ行きも上々。我々デモンストレーにとっては、人気な部類に入る案件ではあった。2010年も半ばに入った頃から、徐々に宣伝販売しなくなったのは、何でだろうね?ぜひ、また復活して欲しいものだ。写真は3日とろろの日に食べられる、麦飯にとろろ汁をかけたもの(Wikipedia)。
2026.01.07
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1番上の孫の中学受験対策のため、昨年に続いて今年の正月も娘一家の我が家への帰省はなし。ただ、学問の神様を祀っている北野天満宮(京都市)への参拝ついでに、ほんの2時間だけ顔を見せてくれた。文の前に掲載した2つの写真を見比べて欲しい。どちらもも、いま話題になっている1番上の孫である。2013年の9月。生後3ヶ月の孫と、2024年6月。12歳の孫。あらためて、時間(とき)というものは前に進むもの、いや、前にしか進めないものだということが、よくわかる。これは、誰にも当てはまる、残酷な真実。美容研究家の故佐伯チズ氏が自伝エッセイに書いていた 「60歳を過ぎたら優等生もそうでない人も同じ。70歳を過ぎたら美人もそうでない人も同じ。80歳を過ぎたら金持ちもそうでない人も同じ」の比喩に通じるものがある。そのことを踏まえ、今年のデモンストレーションは「量より質」を心がけたい。現場に入る回数やそこでの売上高へのこだわりから、さらにワンステップ上がりたいのだ。
2026.01.05
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2026年の正月が終わった。昨年に続き、今年も1番上の孫の受験の関係で、恒例となっていた娘一家の帰宅はなし。老夫婦2人だけの、静かな年の始めとなった。元旦は京都御苑の散策と下鴨神社への初詣。2日目は二条城見学。そして3日目の今日は自宅でまったり。まあ、いい正月だったのではないか。写真は、暮れにパン作りを楽しむ3人の孫。
2026.01.03
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諸々の事情により、正月もこちらから進んで働いた時期があったことは、昨日のブログ記事で述べた。印象に残っている「正月勤務」のひとつが、2006年元旦のアルプラザ長浜でのヨーグルトの宣伝販売。それはそれは寒い日だった。湖北特有の、鉛を流し込んだような重苦しい曇天に粉雪が舞い、足元も膝近くまでの積雪。そんな日に、初詣帰りのお客さんの購買を狙って、ヨーグルトを試食提供するのだ。現在みたいにヒートテックの衣料などまだなかった頃だから、冷気は身体の芯はもちろん末端にまで染み渡り、手足は氷みたいにガチガチ。昼食で食べたラーメンが、真実、身も心も温め、癒してくれた。もっとも、20年後の今年。エアコンが効いた部屋でお節をつまみながら振り返ってみれば、「いくら生活があったとは言え、よくぞ元旦早々、自宅から高速度の新快速を使っても2時間近くかかる滋賀の北部のまちに出かけ、7時間もの立ち仕事が出来たものだ」と、素直に思う。まだまだ若く、体力があったんだね。68歳になった今では、仮に同じ条件(生活を背負っている)でも、絶対に無理だ。良かったことも悪かったことも、楽しかったことも辛かったことも、過ぎてしまえば何とやら。半分は、スクリーン上の出来事のようにぼやけ、少なくとも肉体的な感覚は忘却しつつある。人生、けっこううまく出来ているのかも知れないな。写真は、本日の散歩の途中で立ち寄った二条城前にての夫。
2026.01.02
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2026年が明けた。午前中は、夫と共に、自宅近くの京都御苑を散策したあと、初詣のため、そのまま下鴨神社に。大変な人出だった。振り返れば、負債を抱えていた20年前は年末年始に変わりなく、つまり、正月も仕事をしていた。1円でも収入を増やし、負債を返すために。時代か。当時は、スーパーもコンビニ同様に年中無休の形態をとっているところが多く、初詣帰りのお客さんをねらっての宣伝販売の仕事が多かったのだ。プラス、ほとんどの派遣会社では、12月28日頃から1月4日までは、現場に入ってくれる人に年末年始勤務特別手当を出す。これも魅力だった。時は流れ、世間一般化した働き方改革風潮もあって、年中無休の店舗は激減。それに伴い、宣伝販売の仕事も激減。こんなところにも、時代の推移を見る。写真は、2026年に初詣に訪れた下鴨神社と、そこで行われていた焚き火。
2026.01.01
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食品をメインにした宣伝販売の仕事を始めて22年目。振り返れば、いろいろな商品が現れては消えていったように、案件(デモンストレーション)自体も、時代の変化その他の理由でなくなってしまったものが多い。例えば、手作りケーキを作るための生クリーム。2010年頃までには、クリスマス時やバレンタイン時を中心に、頻繁に仕事があった。例えば、やはりクリスマス時に特に依頼が多かったベビーリーフ。コロナ禍に見舞われるまでは、夏場をのぞき、月に一度はデモンストレーションが実施されていた。例えば、お中元お歳暮用のギフトセット。販売がさほど難しくないことからデモンストレーターの間では人気がある案件だったのに、お中元お歳暮文化の廃れと共に2010年代前半で姿を消した。例えば、パン。今でもないことはないけれど、めっきり見かけなくなったねえ、、、パンを品出ししながら食パンや菓子パンを試食販売しているおねえさんやおばさん。何より、業界用語で言うハム・ソー。ウィンナーや各種ハム、焼き豚、チキンナゲットなど、メーカー製造の加工肉食品を扱い、宣伝販売の言わば「華」だったのに、なくなったねえ、、、恐らくは上のパンと同じ理由で。そう、コロナ禍以降、メーカーや店舗側の衛生基準が厳しくなり、かつてのように大皿に一口大に切ったウィンナーやパンをドカッと載せて試食に出すことが出来なくなったのだ。世は変わる。人も変わる。仕事も変わる。写真は、孫たちが子ども料理教室で作ったケーキ。
2025.12.29
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結局、2025年度の仕事納めは、12月23日に大阪北部の中型スーパーで実施された、新潟米の宣伝販売となった。12月の土日に仕事がない週があるなんて、ぶっちゃけ、コロナ期をのぞいたら業界にとっては月と地球が衝突する確率並みに珍しいことだ(つまり、限りなくゼロ)。その米のデモンストレーション。炊飯場所が売場ではなくバックヤードだったことを考慮しても、試食人数も売上数も厳しかった。価格そのものは、昨今ならこんなものだろうと思わせる範囲だけれど、米って、味噌同様に使う銘柄がみなさん割と決まっているからね、、、。プラス、まだまだ知名度がない米だと、「毎日食べるものだし、やはり今まで食べていた(銘柄の)ものの方が無難」というところに落ち着くのだ。味はコシヒカリも真っ青の美味しさなので、食べてもらえば高評価をいただく。ただ、お米ではなくても、その時に必要でなかったら、嵩張ることではあり、買わないよねえ(溜息)。それにしても、最近のお米は精米をきちんとしていて、研ぐ回数がせいぜい2回までなのは嬉しい限り(むしろ研ぎ過ぎると米の旨味が抜ける)。なーんて、今の世には「米を研ぐ? 研ぐって何ですか?」と真顔で聞く人もいて、しみじみ時代を感じる。
2025.12.28
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昨日の夕方。無事に仕事を終え、帰宅すべく現場からバスに乗って近鉄京都線高の原駅まで着いたら、あらあら、肝心の電車が動かない。何でも、午前中に高の原駅の少し手前にある新祝園駅付近で踏切事故があり、以後の新祝園駅も含む「高の原〜新田辺」までのルートが不通になっていると言う。駅の人によると、現段階では復旧はいつになるか確かなところはわからないとの話だったので、仕方がない、帰る方向とは逆の線に乗って大和西大寺まで行き、そこから大阪の鶴橋に出ることにした。鶴橋まで行けば、あとはJR一本で京都へ。結果、通常の帰宅予定時間より2時間も後になり、身体はクタクタの極み。仕事に使うグリル鍋その他の調理器具をつめたカートを引いていたこととも関係しているだろう。それにしても、町中なら、事故なり天災なりのアクシデントがあって一部の交通が完全遮断されても別の路線や交通手段を使うことで何とかなるけれど、仮に過疎の地域だったら、どうなるのだろう?やむを得ずその地で一晩過ごすことになっとしても、ホテルもないだろうし。
2025.12.21
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2日連続で実施される、ウィンナー・ソーセージの第1日目。今、現場に向かっている途中。今日の現場であるスーパーが所在する場所から想像すると、恐らくは節度ある試食をされるお客さんがほとんどの店だろう。そう!先の記事内で書いた「(試食品を)ハイエナ顔負けに食べ散らかすお客さんが多い店」の大半は、町にある大型店である。ハイエナ顔負けは、決して大袈裟な表現ではない。ここいら、ハムやソーセージ、あるいは焼肉などの宣伝販売を担当した体験のある方は、切実にわかって下さると思う。なんたって人間、基本的に「自分以外の人間がトクをしているのが許せない」気持ちを心の奥底に色濃く持っているイキモノなのである。だから、例えば「俺が食っていない(試食の)ウィンナーをあいつはタダで食っている。あいつはズルい」となるわけだ。実際「お前、独り占めするな」とか「お兄ちゃんばかり食べて!」とか、お客さん同士で喧嘩をおっ始めるケースもある。もっとも、こんなタイプのお客さんのシンボルとして出された、当のハイエナはどう感じるだろう。剥き出しされた欲望をギラギラとたぎらせなから食べ物にがっつく人間どもに対し、多分こう言い放つのではないか。「わてら、もっと行儀よう食べまんがな。一緒にせんといてや」。飽食の時代なればこそ、考えさせられることが、試食の現場ではたくさんある。
2025.12.20
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本当に本当にオヒサである。ウィンナー・ソーセージを主とするハム・ソー(業界用語。ウィンナーやロースハム、焼き豚など、加工肉全般を指す)の宣伝販売の仕事が入ってきたのだ。この週末、奈良県郡部にある某店で実施する。「ワァーッ、大変だね」と言う人は、われわれの仲間でなくても大勢いそう。「ウィンナーを焼いたりハムを切って売っているおばちゃんたちっていつも忙しくしていて、時間によってはキリキリ舞いのことがあるよね」と。確かにそんな面はある。それでも、店によりけりだ。ハイエナも真っ青の食べ散らかしぶりを見せるお客さんが多いところもあれば、ほとんどのお客さんが節度ある試食ぶりを見せてくれるところもある。ぶっちゃけ、その店が所在する「地域」の差だな。ところで、ハムソーの中でも1番人気はやはりウィンナー・ソーセージなんだけれど、皆さんはどうしてか、考えたことある?「うーん、味がはっきりしていて、そのことが子どもからお年寄りまで受けるからじゃない?」「焼いたり茹でたりするだけで食べれるもんね」「お弁当のおかずの定番だよね」「冷めても美味しい」。「冷蔵庫に入れておけば、けっこう長く持つ」はい。どれも当たっています。つまり、調理の仕方や保存方法も含め、素人にも扱いやすい食材なのだ。基本的に味付け不要だからウィンナーを使った料理を失敗することもほぼなく、そこいらも嬉しいし。ただ、毎日摂るのは、健康上、どうなんだろう?市販ウィンナーに含まれている食品添加物もさることながら、大腸がんとの関連の疑いを聞くと怖くなるよね。塩分も心配だし。ここは、メーカーにも頑張ってもらって、なるべく添加物が少ない、安全性が高いウィンナー・ソーセージを開発して欲しいところだ。繰り返すが、こんなに扱いやすい商品はないのだからね。写真はウィンナー・ソーセージ(Wikipedia)。
2025.12.19
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先だっての現場での話。夕方に店舗責任者が持ってきた販売実績の書面の数字があまりに「?」だったので、よくよく見たら日付が前日になっていた。コンピュータを操作したチーフのミスだね。たまにあるんだよ、こういうの。過去にもあった。夕方、店舗は本当に忙しい。だから、ミスも仕方がないのかもしれないし、そもそも売上データを出すのを面倒くさがる人もいる。そんなこともあり、私は、おおまかな売上数提出を求められるメーカーの案件を受けた場合、撮影禁止の店でなければ業務開始前と業務終了後に、売場の写真を撮ることにしている。業務中、店からの商品追加(品出し)がなければ、そのまま写真に写っている商品数の最初と最後の差額で総売上数が弾き出されるし、品出しがあればその品出し数(ケースで出すことが多いから数は簡単にカウントできる)を控えておけば、これまた総売上数はわかる。驚くのは、写真撮影に対する店側の変化。ほんの数年前には「店内撮影禁止」のところが珍しくなかったのに、現在では少数。それどころか、「店内撮影、歓迎いたします。お客様のお気に入りの商品やディスプレイはどんどん写して下さり、インスタなどにアップして下さい」と、堂々とPOPで告知している店もある。時代なのか。ただ、アップする時には、個人情報に配慮すべく、人が写っている写真は慎重にならないといけないね。私も、仕事で撮った写真は絶対に公にはしないし、役目を果たすや速やかに削除しているよ。
2025.12.17
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オーガニックネタ、ベジタリアンネタを引っ張ろう。15年前、いや、もっと前か。1990年代半ばにインターネットで知り合い、長らくメール交換してきた某国の人が、夫婦ともども日本に観光旅行に来ることになった。「距離から察するに、幾度も会えるわけではないから、この機会を逃す理由はない」とお互いに感じ、それを伝え合った結果、会うことになった。場所は、彼らが宿泊しているホテル近くにある、精進料理に近いメニューを出す和食専門店(ただし、卵は食材に出す)。以前に食品関係の仕事をしていた関係もあり、納豆や豆腐などの日本の食材に関心を抱く奥さんの嗜好を考慮したのだ。驚いたのは、彼らが、メニューの一品であるだし巻き玉子や茶碗蒸しを食べたばかりか、ことのほか気に入っていたこと。と言うのも、それまでのメールのやり取りから夫婦がベジタリアン(菜食主義者)であることを知っており、ならば卵は食べないのではないかと勝手に想っていたからだ。「あなたたちがベジタリアンであることは知っています。でも、卵を食べるのですか?」失礼を承知で私が尋ねると「はい。確かに私たちはベジタリアンだけど、卵を食べます。私たちが属するベジタリアン・グループにはそれが許されているのです」。つまり、こういうことだ。一口にベジタリアンと言ってもいろいろな考え方をする人がおり、その主義、思想、行動は、個々や個々が所属するグループによって異なる。完全菜食者(ヴィーガン)はもちろん、原則、ベジタリアンは魚介をも含めた動物肉食を御法度としているが、魚介はオッケイのグループもあるし、肉のうちでも鶏肉だけは許されるグループもある。また、乳製品は食べても卵は食べないグループも(その反対もあり)。なんともエエ加減なのだ。もっとも、これでよいのだと思う。ベジタリアンも人間。菜食をすることも修行のひとつである身分、例えば僧籍にいるわけじゃなし、となるとベジタリアリズムはライフスタイルの問題だからだ。これは、オーガニックも同じなのではないかな。
2025.12.17
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デモンストレーター以外に出来るかも「しれない」仕事として、オーガニックもののガレージショップの経営がふと頭をかすめたけれど、これにあたいする商品の宣伝販売の体験は、25年のデモンストレーター歴で、ただ1回。「えっ? そんなに職歴があって? ほとんどないに等しいじゃないの」と、驚かれるあなた。よく考えてみて。私たちデモンストレーターが「現場」と呼ぶ店舗のほとんどは、いわゆる「普通」のスーパーやデパートやドラッグストアその他。並んでいる商品も「普通」だし、来店されるお客様も「普通」の方々。オーガニックなどの特別な付加価値と言うか「こだわり」は、どの面からも必要とされないのだ。それでも、ここ数年は、それら「普通」の店舗でも、ごく一部のコーナーながら有機野菜や化学調味料無添加の食品、すなわちオーガニックものを置くケースが増えてきた。とは言え、まだまだ少ないな、、、そもそもお値段がお値段で、そのこともあってか、売上はイマイチなので、店側にしてもオーガニック品の販売はあくまで「実験段階」なのが現状。そのオーガニック商品のただ1回のデモンストレーションを体験したのはコロナ禍の1年前。場所は都会のど真ん中にある某大型店で、担当は動物性食材をいっさい使用していない粉末タイプのスープだった。わかりやすく説明するなら、ベジタリアン・スープね(ベジタリアンとは菜食主義)。このスープ。一般に市販されているク◯◯社やポ△カ社のそれと比べると味も香りもあっさり気味で、人によっては物足りないと感じられるだろうが、反面、飲んだあと喉奥に変な引っかかりがなく、飲みやすい。それでも、いわゆるインパクトに欠けることは事実で、ベジタリアンが持つ思想、すなわちベジタリアニズムのメリットもデメリットも含めた上で、うーん、これは最終的には好みの問題なのだろうな、と思った。売上は、まあ、その種の商品にしてはそこそこ。少なくとも店の担当者は「普段は1個も売れないのに、、、」と喜んでくれた。驚いたのは、購入者の過半数が外国人(顔立ちや言葉で推測して欧米人)だったこと。店の周辺にはホテルが多く、部屋で飲むのにちょうどいいとの理由からだろうけれど、でも、「ベジタリアン」の言葉からして、日本人のお客さんよりはるかに反応したことは事実。やはり、ベジタリアニズムの浸透度が日本と欧米では違うと感じた。逆にとらえたら、そのぶん、日本での今後の伸びしろが期待される分野が、ベジタリアンも愛好するオーガニック部門だろう。写真が、ベジタリアンが食べられるもの(Wikipediaより。Public Domain)。(注)ベジタリアンにもいろいろなタイプがあり、卵や乳製品、さらに肉も鶏肉はオッケイのベジタリアンもいる。事実、欧米のある国の人と結婚した友人のご主人のお姉さん一家はベジタリアンだが全員チキンソテーが大好き。
2025.12.10
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今日からまた連続仕事。考えてみた。仮に、天職と感じているデモンストレーター以外に仕事をするとなれば(会社社長やYouTuberや作家や漫画家など、今現在の段階での私の経歴やスキルでは雲を掴むような職業ではなく、少なくともほんのチョイの背伸びがあれば、もしかすると実現するかもしれないと想像される職業)、、、ぶっちゃけ、私は無農薬野菜やオーガニック食品を扱う小さなガレージショップをやりたいなあと思う。以前にも書いたけれど、無農薬、例えばほうれん草なんか、ゆがくだけで美味しい。それに醤油をかけるか、せいぜい鰹節だけでじゅうぶん。トマトも、無農薬のもぎたては塩すらいらないよ。そのままガブッで、極上の味。鶏肉も、平飼いのものなら肉に弾力があり風味にコクがあるから、塩胡椒だけでイケる。その平飼い鶏が産んだ卵もめっちゃ濃くて、ご飯にかけて醤油を一滴垂らせば、感動もんなんだわあ。つまり無農薬やオーガニックは確かに価格が高いが、味付けの調味料はホンマに最低限でいいことを考慮すればそんなに高いもんでもないなあと、個人的に感じている。プラス、例えば食べた後の無農薬みかんの皮を干して挽いて陳皮(風邪に効果が期待できると、漢方薬にも使われているね。もちろんスパイスとして料理やお菓子作りにもオッケイ)を作ったりするのは、お金には変えられない喜びで、そのことを、時には試食やレシピカードを通して伝えたい。何より、消費者と生産者を極力つなぎたい。これも以前に書いた。「卵が高くなったと騒いでいますよね。でも、鶏の肥料、その鶏や鶏が住む鶏舎の管理費、採れた卵をパック詰めして運ぶ際の手間賃や運送費。それらすべてを考えたら、今までの卵が安過ぎたんですよ」と。このことは、やはり、生産者と消費者が向かい合わないと、しんからは互いに分かり合えないのではないか。私は販売は慣れているし、POPも描ける。ついでに文章を書くことも嫌いではない私。レシピカードやPOPに添える文案も考えられる。さらに、ガレージショップなら、実は場所があるのだ。課題は、うーん、資金面も含めた計数管理や交渉事、何よりメンタル。こう見えて、関西弁でいう「気にしい」なんですよ、ワタクシは。匿名がアタリマエ(?)で顔が見えないSNSも、何度も嫌な思いをした。過去に、幾度か、宣伝販売に関する分野にいる人たちからお誘いを受けた。「一緒に会社を設立しましょうよ(あるいは、今度会社を設立するから基幹スタッフとして参加して欲しい)。あなた、これからトシとってくるし、生涯デモンストレーターでいるつもりですか?」人に管理されるのが嫌いな私は、その逆の人を管理するのも嫌い。この理由で、誘ってくれたことに対する感謝は述べつつ、いつもお断りしてきた。縦の関係ではなく、横の関係。そこからまた横の関係が広がり、みんな win-win。そんな雇用関係は、しかし、資本主義の社会ではしょせん夢物語か。
2025.12.06
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柿ネタ。まだまだ引っ張ろう。昨日の昼。柿好きの夫が毎年作っている干し柿を、今年はじめていただいた。柿本来の美味しさが凝縮しているのか濃厚な甘味で、しっかりした果肉ながら、いざ口に含むと驚くほどすうっととろける。ちょこんとおさまったディープなオレンジカラーのカタチにも、豪華なケーキやタルトにはない、素朴で可憐な美しさがある。こりゃ、スイーツとして、カフェのメニューに加えられるな。しんからそう思った。同業者仲間がよく口にする。「柿はいちごやオレンジみたいにお菓子や飲料に使われることがほとんどないから、昔と違って果物だけでもいろいろな種類がある今の世では、どうしても馴染みが薄くなる。結果、ますます食べられなくなる」確かに、それはあるよなあ、、、。もっとも、そのことは、例えば緑茶もそうだけれど「食わず嫌い」な面もあるのではないか。緑茶のデモで、温度や時間に気を使いつつ丁寧に急須で淹れたお茶をゆっくりと試飲してもらうと、普段はペットボトルの緑茶オンリーだと語る人のほとんどが感動するのよ。「葉っぱのお茶って、こんなに美味しいんですねえ、、、」と。柿も、きっとそうだ。柿を人気フルーツにするには、何はともあれ、「柿は美味しい」という、この1番肝要なことを、あらためて広い世代に知ってもらわねはならない。これを大前提にした上で、その「美味しい柿」を使ったスイーツをどんどん開発して欲しいものだ。写真は干し柿(Wikipedia)。
2025.12.05
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先だっての記事で、令和の現在においての柿の不人気、及びその理由について、私見を述べてきた。もう少し引っ張ろう。柿が不人気と言っても、それは、あくまで市場での売上高をメインにして判定した一般的な傾向。「私は柿が大好き」とおっしゃる方は、もちろんいる。ほとんどは柿や柿の木に郷愁感をも抱く高年の方で、なかには「熟し柿の、あのねっとりとした甘味と歯触り。わけてもゼリー化寸前のものはたまらんわ。こんなに美味しい蜜を味わえるのかと思うと、心より生きていてよかったと感動に打ち震える」と、過剰なまでの「柿愛」を公言してはばからない人も。実は、我が夫もソノクチなのだ。子どもの頃、少なくとも庶民層には時代の関係で甘いものが手に入りにくい環境にあったそうで、そんな中、柿はスイカやブドウやイチジクなどの季節の果物同様、数少ないスイーツの1つであった。そうした思い入れから、夫は毎年11月も終わりになるとメルカリで渋柿を取り寄せ、手ずから干し柿を作っている。これも、郷愁感がなせるわざ。そう! ある背景を持つ人にとっては、郷愁も美味しさのうちなのだ。地味なイメージもあって、一部にコアなファンはいても大衆的な人気はイマイチな柿がメジャーな存在になりうる秘訣の1つが、ここにある気がする。「郷愁=古き良き日本」の象徴的存在としての柿を打ち出すマーケティングを練り、柿を人気フルーツに押し上げよう!写真は干し柿(Wikipedia)
2025.12.03
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少し前に記事ネタにした柿を、今一度取り上げてみようと思う。と言っても今回はクマ抜きで、純粋に「果物」としての、さらには「商品」としての柿を私なりに考察してみたい。柿のデモンストレーションは2度ばかり体験したか。これは、他の果物、例えばりんごやバナナ、キウイフルーツなどに比べると段違いに少ない。まあ、そこからして、柿の不人気ぶりがうかがえるのだが。アボカドやドリアンとは違って特にクセのある味でもなく、ジャクソン・フルーツみたいに一般にはまだまだ品名自体が浸透していないわけでもない柿が、なぜ大衆に受け入れられないのか。地味なんだな。味や香りや食感が、ではなく、イメージ的に。不人気の原因は、まずそこにいきつく。同じ果物でも、他の果物は、歌や物語の中にもちょくちょく登場するし、ケーキやお酒などにもよく利用されるでしょう?柿はどうですか?歌には童謡、物語には昔話くらいにしかあらわれないし、お菓子や飲食物にもあまり使われない。せいぜい葉っぱが健康飲料としての「柿の葉茶」になる程度。本当に、どこまでも地味なんですよ。地味だから、目立たない。目立たないから、広く認知されにくい。認知されにくいから、イヤでも忘れられていく。もっとも、これって、果物以外のことにも言えるんだけれど。写真は柿(Wikipedia)。
2025.11.28
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一昨日11月25日は憂国忌。55年前のこの日に自決した作家の三島由紀夫をしのび、全国から愛読者や信奉者が集まって追悼集会を開く日だ。三島由紀夫。個人的には、決して嫌いではないけれど、さりとて決して好きでもない。その思想や信条はとりあえず横に置き、純粋に物書きとしてとらえても、だ。何と言うか、どの作品に対しても、イマイチ主人公に感情移入出来ないのだ、、、24歳の若さであの「仮面の告白」を書いた天才ぶりとか、同性でもあらわしえないような力を見せる女性心理の微妙な表現とか、「美」に対する独自の世界観とか、本当に素晴らしいとは思うけれど。その点、三島と仲が悪かったとされる太宰治や松本清張の作品群に登場する主人公にはそんな違和感は感じないので、これは、まあ、単に感性の違いなのだろう。ただ、この「感性の違い」なる極めて原初的な感覚。小説をはじめとする芸術の好き嫌いを超え、ヒトの人生そのものに隠然たる影響を与えている気がする。もちろん、モノの売買に関してもね。写真は三島由紀夫(Public Domain).
2025.11.27
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この週末は、かの赤穂浪士とそのリーダー、大石内蔵助を祀る大石神社の近くのスーパーで仕事。赤穂浪士については、「忠臣蔵」の題名で、古くから舞台や小説、映画などにさんざんえがかれて広く知られているから、ここでは割愛する。とは言え、あの「忠臣蔵」ってどこからどこまでが史実なんですかね? そうとうに脚色されているような、、、。まあ、善人と悪人が分かれ、単純明快にまとめているからこそ、一般大衆にもわかりやすいのだけれど。歴史的な「真実」はとりあえず横に置き、次のことだけは正真正銘の「真実」。それは、赤穂藩士たちにとっての主君(現在に例えたら勤務先の社長)であった浅野内匠頭の一大事を伝える書状が、わずか4日と半日で江戸(東京)から赤穂に届いたこと。電話などなかった当時。事の次第は、書面にしたため、早かごに乗る使者に託すしかなかったのだが、令和の時代になっても、東京と赤穂は片道3時間半、時間帯によっては4時間ほどかかる(新幹線と通常路線を乗り継いで)距離。そんな道のりを、エッホエッホの掛け声と共に人力で移動するのだ。もちろん、かごの担ぎ手は地域ごとの交代制。それを考慮しても、舗装されていない道路をわらじで走る。そんな環境の中、よくぞ4日と半日で着いたもので、江戸時代のかご屋の脚力にあらためて敬服する思いである。
2025.11.24
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さる19日は、兵庫県は宝塚市の一地域、仁川で手羽元の塩胡椒焼き。阪急仁川駅から現場である店舗に向かう途中、もしかして以前にここへ来たことがあるかも知れないと景色を見ていて思い出し、やがて「あ、あ、10年以上も前になるけれど柿の宣伝販売で来たな」と、完全に記憶が蘇った。この柿。実は今年に入ってあちらこちらに出没して問題となっているクマの好物なんだそう。クマは、見ての通りずんぐりとした体型ながら、実はとてつもなく敏捷。木登りも得意で、柿の木などスイスイのスイ。しかも、いったん木に登るや、実った柿のほとんどを食べてしまう大食漢。そりゃ、まあ、あの図体だから。北陸出身の友人がいる。実家は、東北ほどではないにしろクマが出没する地域にあり、山を背景に、ひところの典型的な日本の農家といった感じの造りで、庭には古くからの大きな柿の木が。この柿の木を、ご両親亡きあと家を守ってきた1番上のお兄さんが、年齢的に収穫が難しくなったこと、とっても誰も食べる人がいないこと、柿がクマを寄せ付けること、この3つの理由から切ることを検討しているとか。たわわに実った田舎の家の柿の木は、かつては日本の秋の風物詩の1つで、作家の壷井栄が「柿の木のある家」という童話に書いたくらい。そんな親しい存在だけに、まことに残念だが、他に打つ手はないのかな。「クマのプーさん」をはじめ、絵本やマンガや童謡に登場するクマさんは可愛いくて愛嬌があるのに、実際は大違い。もしかして、10年ばかり前に住んでいた京都市山科区の小山地区当たりにも、現在ではクマは降りてきているんじゃないかしらん、、、当時はよく1人ハイキングをしていて、サルやシカには時々出会ったものだな、、、。
2025.11.21
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今日は兵庫県は宝塚沿線にあるまちで仕事。1日だけの単発。それにしても、2004年にこの仕事を始めて今更ながら感じていることは「継続はチカラなり」ということ。この21年の間に、本当にどれだけの小売店が消え、現れ、また消えていったことか。店舗の撤退は過疎化が進んでいる地で特に顕著なのだけれど、最近では「ええっ! あの店が? まさかぁ、、、」と絶句するケースもあらわれはじめた。例えば、大阪府の某商業複合施設にあった大型スーパー。炊き込みご飯その他のデモで何度か訪れた限りでは活気のある店で、試食数も販売数も平均よりは多く、時折り開かれる店のイベントではお相撲さんをゲストに招んだ(30分だけだが)こともあったほど。なのに、遠からぬ場所にそこを上回る規模の、やはり商業複合施設が現れてからというもの、右肩下がりに集客が落ちていたと言う。はあ。はやっている店ほどあらわれるのね、「あそこの客を取ったれ」と、ライバル心をむき出しにするヤカラが。まあ、それが資本主義なんだろう。そのことも含めて、「継続はチカラなり」。
2025.11.19
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2025年の秋は、ことのほか水産関連のデモが多かった。そんな中、気がついたことの1つ。魚をはじめ、貝やイカ、タコ、そして海藻類その他もろもろの水産物が好きなお客様って、港町出身者が多いね。あるいは、仕事や転校などの関係で、いっとき港町にいたとか。港町の具体名は、鳥取の境やら京都の舞鶴やら和歌山の太地やら千葉の銚子やら。「そりゃそうでしょうよ。お魚ばかりでなく、ワカメだのスルメだの、毎日フレッシュな海産物を前にしていれば、自然と親しみもわくよ」とおっしゃる方もおられよう。確かにそれもあるだろうと思うけれど、要は港町全般にある独自の雰囲気そのものに郷愁を感じ、それを海産という「食」に具現化しているのではないか。私のように農村で生まれ育った人間には、海の向こう側と接触する港町は、良くも悪くも開放感ただようエキゾチックな風情があると感じる。仕事でも、いろいろな港町を訪れた。印象に残っているのは、大阪府は阪南市の尾崎、兵庫県の明石、京都府の日本海側に位置する舞鶴か。特に舞鶴は、駅に着くや、マドロスさんの帽子をかぶった海上保安学校生の姿をたくさん見かけるしね。港町。今後、また行くことはあるだろうか。
2025.11.18
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ときおり甘いものが無性に欲しくなるのだけれど、偶然なのか、こういう時に限って家にはアイスクリームもチョコレートもクッキーもない。こんな時、あなたはどうしますか?近くのスーパーやコンビニまで出かけますか?作りましょうよ、いま台所で転がっているもので。「甘いもの」なのだから、糖分、すなわち砂糖やはちみつがあれば、けっこういろいろと作れる。プリン、フレンチトースト、焼きリンゴ、その他。しかも、レンジもトースターもある今日日のこと。活用すれば、時短で、美味しいスイーツが作れるのだ。本当に、お菓子ひとつのことで、小売店の扉を開けなくてもよろしい。欲深いのが人間の本性。行けば、必ずやお菓子以外のものも買ってしまう。もっとも、市販菓子が侮れないのも事実。菓子ばかりではない。パンコーナーに並ぶ、おやつ系パン、すなわち菓子パンにも、そのことは言える。その菓子パンを、先だってはデモ。二十数年ぶりだったね、菓子パンの担当なんて。と言うのは、菓子パンは販売が難しくない、ぶっちゃけ「誰がデモしても一定の成果は出る」商品の1つなので、デモンストレーター初心者に任せるケースが多いのだ(ここいらのこと、派遣会社の人選係はよくわかっている。私も駆け出しの頃は、フ◯パンやパ△コの菓子パンをよく宣伝販売した)。菓子パンとくれば、私たちシニアの世代では「あんパン・ジャムパン・クリームパン」のイメージが強いのだが、現在ではどうして。見た目も一見ケーキと間違うほどオシャレな菓子パンがたくさん登場している。味もいい。生地はふんわり。クリームはしっとり。フルーツがたっぷり乗ったりナッツを練り込んだヘルシー菓子パンもある。味と見た目だけなら、家や職場の休憩室でドリップコーヒーを入れて、切った菓子パンをお皿に置くだけで問題ない。費用面でもぐっとお得。となれば、今やカフェとかスイーツ店は、味ではなく空間を売るべきなのかも知れない。ステキなインテリア、心地よい音楽、ゆったりとした雰囲気。こういうものだ。
2025.11.17
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昨日の続きである。カレーライスと並ぶ国民食の1つであり、つい10年ほど前まではワンコイン(500円)から600円で食べることが出来たラーメンは、なぜかくも高くなったのか?識者は言う。「ラーメンの原材料費、それに付随する水道光熱費、ラーメンの作り手である人件費。どれも上がった」。「特に都市部では競合店が多く、競争が激しい」。「インボイスの関係」。さらに、「高くなったのは、ラーメンだけじゃないよ。他の麺類も定食も丼ものも、軒並べて値上げ。もう外食なんて、やっていられないよ」と続く。確かに。それに、例えばラーメンなら、インスタントラーメンでも、現在では工夫次第ではお店で食べるラーメンとは変わらないくらいに美味しいものも少なくないのよ。ご当地ラーメンや有名店ラーメンの店頭版もたくさん出ているしね。このことは、レトルトカレーや菓子パンでも同じ。だとしたら、物価上昇に賃金アップが追いつかない今日日、外食は極力ひかえて特別な日だけにしようと考える人が増えてもおかしくない。現に、先週に担当した菓子パンのデモンストレーション。クリーミーで生地もふんわりの菓子パンを試食前に自分で試して「こんなに味も食感も香りもいい菓子パンが家庭や会社の休憩室で食べられるのなら、わざわざカネ払ってカフェとかに行くのはもったいないと感じる人、多いやろなあ」と感じたものだ。次回はその話をしたい。
2025.11.14
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コロナ明けから、何かのご縁か、秋季は水産関連のデモが多い。各種お造り、焼き魚、練り物などのおつまみ系その他。水産系デモは、しかし、打ち明けてしまうと、ほとんどのデモンストレーターにとって「嬉しい案件」ではない。むしろ、その逆。理由は単純。扱う商品の性質上、売場の冷えが半端ではないからだ(この度合いは、同じ生鮮品である畜産や農産と客観的に比べても、やはりきつい)。ただ、ヒートテック衣料が充実している現在。かつてのように「南極にいるのかと思う」ほどの寒気は浴びないが、それでも寒いことには変わりないから、昼食は暖かいものが食べたくなる。その筆頭がラーメン。で、このラーメン。今年に入って、ますます高くなったね。私が知る限り、「餃子の王将」以外の店では、平均で1000円前後。先日も、ラーメン街道があるほど多くのラーメン店があることで知られる京都市の一乗寺で数軒物色したけれど、1番安いので900円だった。量も、少食の私が「これでちょうどいい」と思ったくらいだから、以前よりは減っているのだろう。ラーメン。なぜこんなに高くなったのか?
2025.11.14
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今日からまた連続仕事。これからの季節、我々デモンストレーターの仕事はかきいれ時だ。ただ、私自身は、仕事は徐々に縮少方向に持っていくつもりでいて。繰り返しになるが、連続仕事を受けたら早くも2日目の午後には腰のだるさに見舞われるようになって(この症状はここひと月ほどから)。かつ、働いた日数と同じ日数(仮に2日働いたら2日)ぶんグウタラしないと疲れが回復しなくなっている。仕事以外にガーデニングや保存食作りなど、やりたいことがたくさんあるのに、残念なことだ。2027年の7月でいちおうリタイアすると決めた。それからあとは5年、つまり75歳になるまでは何とか頑張って週に1度くらいは働いて。あとはホンマにリタイア。仕事を辞めたら収入激減だけれど、そこは、収入なりの生活をしたらよく、そうするよう知恵や工夫を絞るのもなかなかに楽しいことではないかと思う。気になる病と介護。それも、ここは日本。最低限のセーフティネットは保証されているだろう。それらの情報も集めておこう。生活のための仕事はさんざんにしたのだから、これからは楽しみのための仕事をやるよう持っていきたい、、、減らしながら。
2025.11.13
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業界の人手不足もあり、何より年金だけでは生活出来ないという家計の事情により、この10月まで体力が持つ限り仕事を頑張ったけれど、例えば連続仕事を受けたら早くも2日目の午後から腰がだるくなってくるこの頃。痛いのではない。だるいのだ。まあ、太ってきたことも関係あるんだろう(もっとも、体重は昔より3キロ増程度。身長を考えたら問題ない。ただ、加齢もあって肉がたるんできて、それが腰部でプルプルしていて、そういうのもだるさの原因か?)。少ないなりに貯金はあるが、病を得たり介護が必要になった時のことを考え、それは大事にとってある(子どもにはなるべく負担をかけたくないのでね)。つまり、身体が動く限りは働いて今現在の生活を支えるという選択を選んだ。我が家みたいな熟年家庭。実は多いのではないか。ただ、個人の努力や工夫では限界があるわなあ、、、。
2025.11.10
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今日は、内科の定期検診日。何の、血圧をチェックするだけ。整形外科に行っても眼科に行っても、本来の病気以外に高血圧を指摘され、降圧剤を服用し始めて5年。若い頃は低血圧の貧血症だったのに、トシとったら、どうしてこうなったんだろうね?結果、血圧の数値そのものは落ち着いた。大好きなラーメンを汁一滴残さず食べても(ラーメンは麺もさることながらスープが美味しいのよ。あれを残すなんて、私にとっては拷問に等しい)、薬を飲んでいれば血圧は正常範囲。裏返せば、それだけ薬は恐ろしいということか。たまに、動悸その他の副作用がおそってくるたびにそう思う。反面、喘息は確かに薬で救われているなー。喘息の咳は普通の咳ではなく、その最中には咳き込む反動で肋骨が痛くなり、腰もだるくなってしまうほど激しいものだが、そこから解放してくれているものなー。がんなどの疼痛も同じだろう。ただ、使い過ぎると、やはりいろいろな問題が出てくる。薬。うまく付き合うことは、なかなか難しい。
2025.11.06
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今日は園芸をする日。ささやかながら、プランターや鉢で花や野菜を育てている、一応セオリーにしたがってトライしているが、天候や湿度、植物に群がる生物、土壌もろもろの要素で結果が違ってきたり、収穫時がずれることも多く、そんな中で懸命に咲き、実る植物は、それを取り囲む世界をも含めて本当に愛おしいものだ。例えば、一昨年の夏、草ばかり育って肝心の花は全く咲かず、もう抜こうかと思っていた玉すだれが、食物で言えば「旬」とされた季節を2ヶ月ずらした10月半ばになってポツリポツリと咲きはじめ、やがてプランターを埋め尽くした時には感動したね。きっと、玉すだれも、1番きれいに咲くときを待っていたのだろう。玉すだれ自身のエネルギーと外のエネルギーがマッチした、その時が一昨年は10月半ばだったのだ。私たち商売の世界にも、こういう農的な感覚があっていいと思うものの、現実は、、、ねえ! ほど遠いよ。求められるのは、即効性ばかりだ。もう少し、「商品を育てる」意識と余裕が、商品を作る人、売る人、買う人、三者にあってよいはずなのだけれど、現実は目の前の事がらに対応するだけで精一杯。それだけ経済が疲弊してきているのだろう。こんなところにも、日本という国の「凋落」を見る思いなのだ。
2025.10.31
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連続勤務明けの昨日は眼科の定期健診日。白内障の症状がおさまった今年からやっと半年に一度の頻度となったが、皮肉にもこの半年で、視力が落ちたと感じることが多くなった。それも、読書や針仕事など、特に眼を使うわけでもない、何気ない日常の作業をおこなう場面で。具体的には、宅配便の送り状を書いたり、栄養素を知りたく食品パッケージを裏返して記載されている成分をチェックしたり、そんな時。文字の輪郭は見えるのに、細かい部分が認識できないため、しばしば不都合な現象に見舞われるようになったのだ。いや、最近では図柄や罫線までも曖昧になってきているかな。なぜって、仕事関連の書類を眼鏡を使わずに書くと、文字が本来書くべき場所から下にはみ出していることがあるもの、、、時々。そう、はっきりとは見えないのよ、いま自分が書いている文字まで。反面、DVD画面をはじめ、遠くを見る時はもう眼鏡(近眼用)がなくても不自由しないほど。と言うか、眼鏡があってもなくても、「見える度」に変化がなくなった。ん?つまりは、近眼と老眼のバランスがこれまでとは違ってきている?この眼のことも含め、「老化」をイヤでも突きつけられてきている現在、今いちど今後のライフ・スタイル、特にワーク・バランスを仕切り直そうと考えている今日この頃なのだ。
2025.10.30
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