mamatamさんへ
おはようございます。

暑さやらにかまけて、ブログ更新もままならずという日々が続いています。
そこにもってきて、7月末には義兄が、一昨日には従兄弟が逝ってしまい、このところいいことがありません。
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2023.08.29
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カテゴリ: 男声合唱




 7月26日のブログで紹介した「諏訪昌一 歌とお話のひととき」が8月19日(土)南さつま市の丁子屋の石蔵で開催された。
車の免許証を返上して4年目に入る私は、楠声会の練習が鹿児島市以外である時に乗せてもらう仲間にお願いし、乗せてもらって小1時間のドライブで南さつま市に到着した。
当日の会場は歴史のある醤油屋さんの石蔵。
彼は当日のお客さんは30人くらいか、50人にみえればいい方と思っていたらしいが、なんと80人超の人に来ていただいて驚いたと後に語っていたが、演奏の始まる前に私たちも2回椅子を前に進めて、後を空けて椅子を並べるような状態だった。立ち見の人もいたそうだ。

 上の写真は歌う前に挨拶をする諏訪くん。デジカメを操作するとフラッシュが炊かれたので演奏の時は遠慮して、この写真しか写さなかった。

 諏訪くんは南さつま市の市議会議員という要職にありながら、楠声会の毎週日曜日の練習には往復2時間かけて鹿児島市の練習会場に駆けつけて指揮をしてくれる。


 当日のプログラム
1,小さな木の実
2,ラ・ゴロンドリーナ
3,叱られて
4,帰れソレントへ
5,フニクリ フニクラ
             休憩
6,銀河鉄道の夜  ~星めぐりの歌~
7,白銀の糸
8,初恋
9,トスティのセレナータ
   アンコールに応えて2曲

 日本の歌、外国の歌を組み合わせて、一曲づつの合間にはおしゃべりを入れての1時間50分があっと言う間に過ぎてしまった。
一番目に彼が歌った「小さな木の実」は妻が生前所属していた「めぐみコーラス」に葬儀など一段落した後に私と娘が挨拶に行った時、団員の方々が妻が生前好きだった歌だったということで私と娘のために思い出の曲として歌っていただいた曲でもある。歌を聴きながら妻が好きだった理由がわかるような気もする歌である。最近はYouTubeでもよく聞いているが・・・。

 諏訪くんの奥様もいろいろな合唱団でソプラノとして歌っておられるので、当日は夫婦での見事なデュエットが披露された。一曲だけだったがもう少し聞きたかった。
フニクリ フニクラは一部聴衆も一緒に歌う部分もあり大いに盛り上がった。
アンコールの2曲目の最後の歌として披露されたのはあの福島の「群青」だった。
ソロでは初めて聞いた気がするが、いつものように目から汗が噴き出した。





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Last updated  2023.08.29 08:51:10
コメント(16) | コメントを書く


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Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
「諏訪昌一 歌とお話のひととき」、楽しそうですね!

プログラムの最初の歌、「小さな木の実」、リュウちゃんが地元の公民館で指導している「歌声クラブ」で、愛唱曲の一つとなっていまして、3年ぶりに開催された今年の公民館祭りでも歌いました。
この歌は2年前の9月の例会で初めて「新曲」として採り上げました。以下にその時のこの歌の説明文を張り付けます。

◎「小さな木の実」(詞・海野洋司、曲:ジョルジュ・ビゼー)

歌劇「カルメン」や「アルルの女」で有名なフランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーのオペラ・コミック「美しきパースの娘」の中のアリア「セレナード」に海野洋司が原詩とは全く別の歌詞をつけた。昭和46年、NHK「みんなのうた」で採り上げられ、有名になった。

詞は、少年を主人公にして、その父親との関係を表現した歌詞となっている。秋の日に少年は、かつて父親と一緒に拾った木の実を手に持って、草原を走り抜ける。その時少年は、父親が昔語ってくれた言葉を思い出す。

歌詞は海野洋司が1969年に作成した「草原の秋」と題する詩が元になっている。海野は長男が生まれたのを記念してこの詩を作成した。しかしこの詩は作成されたときには発表されることはなく、「小さな木の実」として書きなおされるまで海野の引き出しの中に入れられたままとなっていた。
海野は「草原の秋」を作った時の思いを次のように述べている。

人はいつかこの世から去る……私も。それがいつになるかは
天のみが知ることだが、私がいなくても、しっかりと生きて
くれるのだろうか……そんな子になってくれるのだろうか。
どうか、たとえひとりぼっちになっても、希望を持って、
この素晴らしい世界を強く生きていって欲しい。

この「木の実」には、父親が少年に託した少年の未来が詰まっています。
なので、この歌のクライマックスは2番の「♪~坊や 強く生きるんだ 広いこの世界 お前のもの~♪」の部分になります。この部分を力を込めて、しっかりと歌いましょう。

以後、例会の度に歌っていますが、何度繰り返し歌っても飽きない「名歌」だと思っています。

「白銀の糸」、高校時代に英語で歌ったことを懐かしく思い出しました。
リュウちゃんは髪が白くなる前に抜けてしまったのがちょっと残念なのです(苦笑) (2023.08.29 15:37:23)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
かずまる@  さん
クマタツさんお疲れ様です!
「歌とお話のひととき」楽しまれて良かったですね?d( ̄  ̄)
歌や音楽って・・・生きていく上では、空気や食べ物同様に、大切な栄養素のひとつのように思います。
ワタシも2年半前からメンタルの病を患い・・・それを痛感しました。
ビタミンが欠乏すると、唇が荒れたり、口内炎が出来たりしますが・・・音楽が無いと、心が淋しくなります。
音楽に満たされていると・・・常に明るく、落ち着いた心境で居られる気がします(*^^*) (2023.08.29 16:45:32)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
リュウちゃん6796さんへ
いつも丁寧で詳細なコメントありがとうございます。
「小さな木の実」は私も今では忘れられない歌の一つになっていますが、その曲を今回の演奏会でいの一番に歌うということを事前のチラシで知って、何か運命的なものを感じて聞きに行きました。

 とはいえ、私もこの歌の詳細は知りませんでしたが、リュウちゃんの解説でよくわかりました。ありがとうございます。妻が子供や孫たちのことを思いながら「めぐみコーラス」の打ち上げ会などでリクエストしていたのでしょうか。いろいろ知ってますますこの歌が好きになりました。 (2023.08.29 17:17:34)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
かずまる@さんへ
 私も全く同感です。

下手の横好きで学生時代に男声合唱を始めましたが、この歳になるまで歌い続けられたことを自分でも不思議に思っています。そこには、説明の出来ないような歌に魅かれるものがあったからだと思うのですが、一生ものになりました。

 現在は11月3日の県合唱連盟の「世代と仲間をつなぐコンサート」に向けて男声合同ステージとシニア混声合唱の二つに出演すべく練習中です。
同時に来年4月の私たちの合唱団の創立70周年記念演奏会に向けての練習もあり、忙しくなりました。 (2023.08.29 17:29:15)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
以前、ちょっとコメントで触れましたが、今、指導している「歌声クラブ」で、「島原地方の子守歌」を「新曲」として歌っています。

この歌についての「説明文」を以下に張り付けます。

◎「島原地方の子守歌」
邪馬台国は九州の島原にあったとする著作「まぼろしの邪馬台国」の作者であり、島原鉄道の役員として実業家でもあった宮崎康平が、昭和25年頃に作詞作曲した歌で、昭和32年にう島倉千代子、昭和34年にペギー葉山のレコードが発売されて全国的に有名になった。
作詞作曲となっているが、メロディは山梨民謡の「甲州縁故節」と酷似している。おそらく宮崎は無意識の内に、このメロディが自分のオリジナルだと錯覚したと考えられる。

<島原弁の歌詞の意味>
〇おどみゃ=私、自分、〇「鬼池(おんのいけ)」=天草地方の地名、〇「久助どん」=鬼池で活動していた女衒(ぜげん・女性を遊郭などに斡旋していた仲介業者)、いうことを聞かない子供に親が、「鬼池の久助が連れに来るぞ」と子供を脅した。〇バッタンフール=香港にあった船会社、転じて外国向けの貨物船の総称、〈久助どん〉などの女衒によって島原、天草から集められた娘たちは〈バッタンフール〉に積み込まれ、異国に運ばれた。この女性たちは「からゆきさん」と呼ばれ、中国だけでなく、広く東南アジア一帯に連れ去られた。
女性史研究家で作家である山崎朋子の「サンダカン八番娼館」は「からゆきさん」に関するノンフィクション作品だ。総じてこの歌詞は、「からゆきさん」の運命に関する哀歌のような気がする、〇唐芋飯=サツマイモご飯、〇嫁御ん紅=嫁の口紅、

通常、レコードで聴ける「島原地方の子守歌」は、1番が「おどみゃ島原の、、」、2番が「帰りにゃ寄っちょくれんか、、」、3番が「沖の不知火、、」なのですが、今歌っている歌詞は2番が以下のような歌詞になっています。

♪~姉しゃんな何処(どげ)行ったろうかい 
姉しゃんな何処(どげ)行ったろうかい
 青煙突のバッタンフール、、、~♪

この、ほとんど歌われない歌詞によって、この歌が戦前まで島原地方などで行われていた「からゆきさん」への哀歌であることが浮かび上がってきました。上掲の「説明文」は、この歌詞に沿って書いたのです。

この歌、島原弁が難しく、なかなかスンナリと歌うことが出来ないのですが、何とかモノにして、「小さな木の実」と同じように愛唱曲にしたいと思っているのです。

(2023.08.29 21:05:27)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
人間辛抱  さん
いつもコメントを頂きまして、
誠にありがとうございます。
本当にお疲れ様でした。
いかがでしたか。 (2023.08.30 10:31:11)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
蕗さん8256  さん
石蔵での コンサート 盛況でしたね。歌が 身近に感じられますね。奥様の好きだった歌 懐かしかったことでしょう。 (2023.08.30 10:44:49)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
リュウちゃん6796さんへ
「島原の子守歌」も思い出の歌の一つです。
前にも書いたと思いますが、島原の普賢岳爆発の後、私たちの合唱団は縁あって3回島原に行きました。チャリティーコンサートの為です。

 島原の女声合唱団「コール島原」の賛助出演もありました。そのメンバーの中に宮崎康平さんの奥様もおられました。

 リュウちゃんの解説で改めてこの歌についてもたくさんのことを知ることが出来ました。ありがとうございます。 (2023.08.30 13:19:20)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
人間辛抱さんへ
 こちらこそ何もしないのにいつもコメントありがとうございます。 (2023.08.30 13:20:28)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
蕗さん8256さんへ
 私は妻の生前には「小さな木の実」が妻の好きな歌だったとは露ほども知りませんでした。めぐみコーラスにお礼の挨拶に行ったときにそのことを知って驚いたのが実情です。
しかしその後、本当に身近な歌になりました。 (2023.08.30 13:23:53)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
kopanda06  さん
こんばんは。

いつもありがとうございます。

アメリカもハリケーン被害が……。

石蔵とは素敵な場所。

アンコールもあり、盛り上がりましたね。
(2023.08.31 23:14:11)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
kopanda06さんへ
石蔵は音が何とも言えないいい響きをします。

私の合唱団もその昔、焼酎屋の石蔵で一曲だけ歌ったことがありますが、いい気分になれますよ。 (2023.09.01 11:05:41)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
yokota115 さん
こんばんは。

あかいめだまのさそり…
ほしめぐりの歌、いいですね。
石蔵の雰囲気もよく、さぞかし素敵な演奏会だったことでしょう。

11月3日は男声とシニアの2つに出演なんですね、さすがです!
私は混声のみですが、4年ぶりに開催される県民第九にも申し込みました。
ドイツ語と高音との戦いです^^;
(2023.09.01 21:07:36)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
yokota115さんへ
諏訪くんの演奏会には楠声会の会員が20数名駆けつけました。奥様連れも数組いましたよ。ここに書いた通り大盛会でした。

 11月3日の男声合唱の合同練習は毎月最終日曜日ということになっていますが、8月の最終日曜日に他の合唱団から見えたのは4名だけでした。これでは盛り上がりませんよね。これからどうなるのか見守るしかありません。
シニア混声は、男声となると出演者自体が希望者だけでは少ないので、必然的に私たちが出演することになったのだろうと思います。こちらも合同練習の日程も組まれていて、9月は2回、土曜日に「よかセンター」ということになっています。私たちの練習時間にも少しづつ「マイ・ウエイ」の練習を始めています。

 年末の「第九」にエントリーされたのですね。
素晴らしいですね。がんばって歌ってください。
私は、その昔、末吉の演奏会で1回だけ歌ったことがあります。
練習不足もあって、最後の盛り上がりの速く歌う部分はついて行けなかったことを鮮明に覚えています。 (2023.09.02 05:44:47)

Re:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  
mamatam  さん
議員活動をなさりながら、合唱団に指揮者として参加し、コンサートまで開かれるとは、超人ですね。
奥様も現役のシンガーとは。お二人で切磋琢磨されているのもいいのでしょうね。
お友達が中心の聴衆でしょうが、それでも80人もいらしたというのは日頃の活動とお人柄の賜物でしょうね。
クマタツさんも、奥様の思い出の曲を含めて、目に汗をかきながら楽しまれたご様子、次はクマタツさんご自身が立たれるステージでしょうか?
楽しみですね。 (2023.09.03 14:25:17)

Re[1]:諏訪昌一くんの 「歌とお話のひととき」を楽しんだ(08/29)  

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