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長い長いお休みをいただいてしまいました。更新しない日記を毎日見にきてくださった皆様、本当に有難うございました。いつの間にやら2万アクセスを超えていました。6月から毎年出品している肢体不自由児・者の美術展の応募作品の制作を始めました。それに集中するため、ブログやSNS等の活動を停止しました。今年は絵とデジタル写真の部にも挑戦しました。作品の方は9月の初めに未完成のまま提出しましたが、一度休んでしまうと再度始めるのは本当に難しいものですね。私のブログをお気に入りに登録してくださっている方から更新リクエストが届き、こんな拙いブログでも読んでくださる方がいると感激し、なんとか再開しなければいけないと思いました。えーと、まず私と家族の近況から。母は退院後、近くの病院で毎週2度のリハビリを受けていました。最近は3ヶ月しか受けられないのですね。今は右足を少し引きずりますが、杖をついて歩いています。相変らず買い物好きです。グラウンドゴルフも始めましたし、11月中旬には身障者の互助会から父と二人で鳥取旅行へも行きました。でも少し無理して片付け物などすると痛むようです。1年間は無理しないよう言っているのですが。父は…今年の8月に伯父が亡くなりました。父の長兄です。無口ですが、優しい人でした。父は亡くなった日からお通夜・お葬式と3日間2時間近い距離を車で通い、色々な手配を手伝いました。伯父は89歳で、ほとんど車椅子生活、最期は病院で意識もはっきりしない状態になっていましたが、父の一番の心の支えだったようです。お葬式が終わった翌日、突然服を着替えて出かけようとするので母と二人びっくりして「どこ行くの?」と訊くと「兄貴の葬式や」という返事。私達は仰天してすぐにかかりつけの医者に診てもらいました。先生は病院に紹介状を書いてくださり、一刻も早く診てもらうよう言われました。病院でMRI検査の順番待ちが3日ほどかかり、結果待ちが同じだけかかり、結局1週間ほど経ってようやく結果が出ました。脳梗塞だそうです。もう少し位置がずれていたら半身不随になるか、命も危なかったそうです。病院の医師はすぐなら薬で治療できたが、時間が経ってしまっているのでもうどうしようもないとのこと。でも待たせたのは病院ではないの?と言いたかったところです。父は無口になり、あらゆることに無関心になりました。短気で皮肉屋でおっちょこちょいで冗談ばかり言っていた人が、こちらが話しかけると返事はするけれど自分からは話しかけない、固有名詞が出てこない、物をどこへ置いたかすぐに忘れる、電話を誰よりも早く取るけど誰からか名前が出ない…こういう状態が続きました。もちろん車の運転は禁止。不思議なことにメロンも言葉を話さなくなりました。大好きなおじいちゃんが話しかけてくれない上に肩に止まるとすぐ追い払われるのですから。でも段々と戻ってきました。脳には修復機能があるのでしょうか?今は以前と変わらず、よく笑い、冗談も言い、母を茶化しています。運転も近くならできるようになりました。ここは車なしには高齢者や身障者には暮らしにくい所です。伯父がお前はまだ来るのは早いと追い返してくれたのかもしれません。半身不随にもならず、日を追って良くなっている父を見るとそう思えてならないのです。優しい伯父でした。メロンもまたおじいちゃんベッタリになりました。「メロン、なんや?」とか「おはよう、おはようしゃん」なんておしゃべりしています。私はインプラント手術を受けることを決意しました。子供の頃から目と歯が悪く、最近前の上の差し歯がボロボロと取れてきて、歯医者さんもどうしようもないし、入れ歯は無理と言われたからです。だいぶ以前から考えていたのですが、脳性マヒでぐらぐら動く首には手術は無理だろうと思っていたのです。先生に相談すると、手術には問題ないがレントゲンでじっとしていられるかどうかだと言われました。一番ベストな選択だけどネックは保険がきかないことだとも。でもこのままでは歯がなくなってしまいます。で、決心しました。インプラントを10本入れることになりました。レントゲンの結果、上あごの骨が薄いそうで補強しなければなりません。9月初めに補強手術を受けました。生まれて初めての手術です。ぐらぐらしていた2本と根だけ残っていた歯を抜き、歯茎を切って補強剤を挿入。部分麻酔で2時間近く、よく耐えました。その翌日から微熱が1週間ほど続きました。実は絵画の最後の仕上げは先生のアドヴァイスを受けて仕上げようと思っていた日の発熱で、デイを休んでしまいました。作品は義妹が届けてくれました。だから署名もしていません。補強剤が固まるのに3ヶ月かかるそうで、そろそろ2度目の手術を受ける時期です人間はこんなふうですが、鳥達は元気です。セキセイインコのメロンとミント、スズメのチー(もしくはみっちゃん)に加えて桜文鳥のヒナを父が買ってくれました。妹が以前飼っていた文鳥の名前をもらってチェリーにしました。桜文鳥ですし。男の子同士なのに仲のいいメロンとミント 施設ではみっちゃんと呼ばれているチーも大人の毛に生え変わりました。 半年前まで赤ちゃんだったチェリーもすっかり大人紅一点なのに気が強くて女ボスです。最後になりましたが、私の施設から始めて厚生労働大臣賞を受賞された方が出ました。コンピューターアートの部門での受賞です。口にくわえた棒でキーボードを操り、ツタンカーメンを描いての快挙ですもう一人絵画部門で佳作で入賞されました。私はデジタル写真部門では落選、絵画部門ではどうやら努力賞だったようです。作品は12月3日から6日まで東京芸術劇場5階展示ギャラリーで展示されるそうです。お近くにお住まいの方で興味がおありの方はいらしてみてはいかがでしょうか?
2009年12月03日
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なんだか月日の経つのがものすごく早いような気がします。更新しようと思っている間に日が過ぎてしまい、全然季節にそぐわない話題になります母の誕生日は4月29日なのですが、入院中だったので携帯にコメントを送っただけですませました。そのかわり母の日に、誕生日と退院祝いも兼ねて、大奮発のプレゼントをしました。ル・クルーゼです。楽天さんで半額近い値段で、ポイントを半分使って購入しました。このお鍋、重いんですよね。杖を手放せない母が使えるようになるにはもう少しかかるでしょう。ル・クルーゼのお料理は「遠い日の天使」さんのページで、多数ご紹介くださっているので、ぜひ参考にさせて頂きたいと思います。これはクレマチス、日本名テッセンカキツバタ我が家では今、紫色の花が満開です。
2009年05月19日
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ご無沙汰しました。4月になってしまいましたご心配頂いているだろう皆様に早くご報告しなければ、と焦っていたのですが。母は3月2日に入院、5日に手術を受けました。手術はちょうど3時間。手術後、担当医師からレントゲン写真を見ながら詳しく説明がありました。擦り減った関節を切除し、ステンレスの関節を入れてあるそうです。切り取った関節も見せていただきました。あの…母のスペアリブでした手術は無事成功。今はリハビリ専門の病院に転院して、リハビリに専念しています。手術前後はバタバタして、パソコンをゆっくり触る余裕もありません。あれ持ってきて、これ持ってきてとメールが届き探し回ったり、雑用の多いこと。主婦がいなくなると、たいへんだと思い知らされました。その内、私が風邪で寝込みました。インフルエンザではなかったのですが。病院で薬を貰い、少し起きられるようになり、もう一度薬を貰った方がいいかなと思ったのですが、父も忙しくて言い出しかねている内に、今度は胃の調子がおかしくなりました。痛みと重い感じ。何も食べられず、また寝込んでしまいました。市販の大○漢方胃腸薬を服用して重湯のようなお粥に梅干を食べていました。いつもならこの薬で2,3日すれば良くなるのですが、今回は5日たってもよくならず、一昨日また病院へ。胃腸風邪だそうです。先に引いた風邪がきちんと治っていなかったのでしょう。今もまだお粥と消化の良い物を食べています。先生は、当分の間お粥とスープにしてくださいと言われました。ホワイトデーに親友がレトルト食品をどっさりと送ってくれました。それが今、ものすごく役立っています。父はカレーを食べ、私はスープを頂いています。今のレトルト食品は美味しいですね。とはいえ、こちらでは見たこともないような物ばかりなのですが。FURUちゃん、有難う。感謝してます。皆様の所へもなかなか訪問できず、ごめんなさい。これからぼちぼちとお邪魔させていただきます。ご心配頂いた方、暖かいコメントを頂いた方、本当に有難うございました。今日はご報告まで、でした。
2009年04月01日
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今日、母が入院しました。手術が決まったのが昨年の11月。順番待ちの日々、ようやく順番が回ってきました。長く歩いた後などに足が痛いと言いだして数年。今年の5月頃から、休んでもシップしても治らなくなりました。医師からはリウマチだと言われ、リウマチの薬を飲みましたが、この薬には糖尿病を悪化させる副作用があり、血糖値が急激に上がって入院。奈良医大病院で診てもらって、軟骨の擦り減ったのが原因とわかりました。辛抱強い母が痛みに涙を流していました。さすってもシップしても消えない痛み。暖めると少し楽になるようでした。痛みの辛さは私には本当によくわかります。ついに手術をしてもらうしかないと、覚悟しました。それから4ヶ月、ようやく5日前に病院から電話が。父と義妹に付き添われて、今日、入院しました。海外旅行でもするのか?というほどの荷物を持って。手術は5日です。80歳近くなって始めての手術、どんなに不安だろうと、母の気持ちを察するにあまりあるのですが、先生にお任せしてゆったりしていてほしい。帰ってきたら、痛みがなくなっていること、元通り歩けることだけを祈っています。退院の頃は春爛漫。
2009年03月02日
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昨日のバレンタインデー、我が家の男性3人の中でチョコレートを一番たくさんもらった人は・・・82歳の父でした。家族からはもちろん、グラウンドゴルフで一緒のおば・・・いえ、おねえさんたちからもどっさり父はお酒を一滴も飲めない甘党なので、嬉しそうでした。でもこんなにたくさんのチョコレート、食べるのがたいへんチョコレートはたまに無性に食べたくなる時があるけれど、どちらかと言えば苦手な私、人ごとながら心配しています。こちらは小学生の姪が贈ったもの。可愛いハートゆっくりと味わってね。
2009年02月15日
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今日は母の誕生日 78歳になりました☆♪昭和天皇と同じ日だったので、付いたあだ名が“天長節”女学校の先生がお付けになって、同窓会でもそう呼ばれたそうです。高齢ですが、元気です。老人性難聴で、補聴器を付け、昨年身障手帳をいただきました。腰も曲がって、杖を突いて歩いてますが、2つのスポーツサークルに所属し、シルバーコーラスのメンバーでもあります。両親共に元気なこと、こんなに幸せなことはありません。私の事で、心配いっぱいさせてごめんね。今は自分の事をまず考えて、夫婦で人生を楽しんでください。お誕生日おめでとう去年は父と一泊温泉旅行をプレゼントしたのですが、今年は金欠で飲むお酢にしました。血糖値が高いので、お酢がいいいかな、と。元気でいてください。
2008年04月29日
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