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1月18日(金)、ゴールデンゲートパークの中にある、De Young Museumで、なんと8つのグループのジャズライブがフリーで開催されるというので、友人と一緒に楽しんできた。この詳細はミュージアムのホームページのここに。演奏もアップされています。入り口近くの廊下では、机の上に山のように盛られた写真や絵のモチーフを利用してコラージュ(貼り絵)を楽しめるコーナーがあり、夕方頃は子供たちが取り囲んで楽しそうに造っていたのが、夜10時を過ぎた頃には大人たちが真剣にコラージュつくりを楽しんでいた。ライブが終わったのが11時半頃だが、それでもまだコラージュのコーナーは満員状態。子供の心を持ったまま美しいアートとジャズライブに浸れる大人たちの贅沢な空間。もちろんアルコールも飲める。(私はアルコールは飲めないのでブラッドオレンジジュース)ジャズが大好きというわけでもなかったのだが、生でボイス、ドラム、サックス、オーボー、ピアノ、バイオリン、トランペット、ギターなどのジャムセッションを聴くと、自然に体がテンポに合わせて動いてくる。黒人女性ボーカルの迫力のあるボイスはじ~んと心に響いた。まるで、サウンドヒーリングのようだった。ライブの演奏者一覧。The Marcus Shelby Jazz Orchestra (The Peaceable Kingdom, by Edward Hicks*)Erik Jekabson's “West Coast” Quartet + Strings (Anti-Mass, by Cornelia Parker*)Howard Wiley and the Angola Project (Cotton Picker, by Robert Gwathmey*)The Kasey Knudsen Group (Cowgirl, by Deborah Oropallo, from the temporary exhibition Guise)Angela Wellman’s New Roots (Imunu figures in the Jolika Collection of New Guinea art*)The Ben Goldberg Quintet (A Bermuda Window in a Semi-tropic Character, by Marsden Hartley*)The Babatunde Lea Quartet (Hovor II, by El Anatsui*)Mitch Marcus Quintet + 13 (Lake Basin in High Sierra, by Chiura Obata*)
2008.01.28
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ミュージシャンMAYUMIさんを通じて知り合った、英月さんという、京都にある浄土真宗の寺に生まれ育ち、得度もされた美しい女性が主催されているSF写経の会に初参加した。毎週SFInsightの瞑想会に行き、40分~45分のヴィパッサーナ瞑想の後、ユージーン・キャッシュやパメラ・ウェイスのダルマトークを聞くようになってから、ブッダがとても身近な存在になっている私にとって、英月さんと写経の会との出会いは、偶然ではないのだと実感している。私は、ブッダの死後作られた数々の佛教を勉強するより、ブッダ自身のことを学びたい。子供の頃読んだ「お釈迦様」の物語を、ダルマトークでアメリカ人が話しているのを聞くのは日本人にとっては不思議な違和感を感じるが、よく考えてみればお釈迦様はインドの人であり、日本に渡ってきた仏教を日本独自の宗派としてさまざまな教えや戒律が作られただけのことなのだ。最近、何かにつけてブッダの若い頃はどんな人だったのだろう、彼はこんな時どんなことをしただろう、彼は人間界にいる間いちども石などに躓いたり、角に膝をぶつけたりしたことがなかったという。それほど、体の末端全てまでいつも神経を集中させ身の回りの空気をいつも瞬時にキャッチできたということらしい。足音をどたばた響かせて歩くなどというのはそもそもされなかったのだ。私は子供の頃、歩くときに大きな音をたてるので家族からよく注意されたが自覚がなく、かなり大人になってからも足の動きには注意を払ったことがなかった。しかし、ブッダのことを深く知りたいと思い、瞑想を始めるようになってから、いかにこれまで自分の手足に神経を集中していなかったかと気づいた。話を戻して。昨年末突然、掛け軸に書き物をしてみたくなった。チャイナタウンに出かけ、何も書かれていない掛け軸と筆、墨汁、練習用紙を購入して、昔習った先生のことを思い出しながら、漢詩、唐詩を掛け軸に清書するため、しばらく字を書く練習をしていたのが12月クリスマス前。ところが、五言絶句や七言絶句などは字数が多いのと、書きたい詩がたくさんありなかなか何を掛け軸に書くか決められずにいた。そして、友人と阿弥陀様の話をしたのがきっかけで、結局「南無阿弥陀仏」と書いた。書いている時は、瞑想と同じような空間が流れていた。日本人がこれを見たら、縁起が悪いと思うだろうなと後から思ったが、とりあえず自己満足。そして、英月さんと出会ったのがそれから一週間後だ。その時写経の会のことを知り、今日1月5日(日本は6日)、親鸞の書いた書物「正信偈(しょうしんげ)」の句を写した。譬如日光覆雲霧雲霧之下明無闇獲信見敬大慶喜即横超截五悪趣一切善悪凡夫人聞信如来弘誓願佛言廣大勝解者是人名分陀利華親鸞は、日本人。インドのブッダからずっと後世の人で、ブッダのエキスに親鸞のオリジナルが加わり、浄土真宗となった。今日は、少し日本文化に久しぶりに触れて懐かしかった。そして、なぜか最近やたら関西弁の人たちに出会う。それも、何かの縁があるんだろうな。
2008.01.06
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ちょうど一年前も、私はサンフランシスコにいた。パシフィックハイツと呼ばれる比較的高いレベルにある住宅街なので、ひょっとしたら海のほうのFire Worksが観れるかもしれないと言うので、アパートの屋上にあがって2007年1月1日になるのを待った。そして、近くからカウントダウンの声が聞こえ、花火の音がいきなり始まり、周りを見渡したが何も見えなかった。。。あれから、もう一年が過ぎた。そして、今回はフェリーポートまで歩き人ごみと歓声に飲みこまれながらも目の前で大きな花火を観ることができた。この時に見た一番近い角度で録画されているものをU-tubeから探したので、是非どうぞ。最後のフィナーレが圧巻。http://www.youtube.com/watch?v=hz94Xuih4O4&feature=relatedこんな3次元の生活も私が造り出しているんだなあと、つくづく思う今日この頃。スピリチュアルなお友達が話してくれたことは、本当はもうすでに3次元の世界はなくなっているのに、みんな気づかないだけなんだよね。そうなんだよね~。
2008.01.03
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私のスピリチュアルフレンドがサンフランシスコから日本に戻って行った。彼女が残してくれたものは数え切れないが、その中でもサウンドヒーリングをトライしてくれたことは、私にとっては貴重な体験だった。彼女が、11月中旬にインターネットのサイトからラスベガスのライトワーカーのワークショップに行きたいんだけどね、とつぶやいていた時、サンフランシスコからなら飛行機で一時間くらいだよ、となんとなく無責任に後押しをしてしまったのだが、その後彼女は本当に12月1日から5日までのトレーニングに参加した。ベガスから戻った時には、私もいろいろと忙しくあまり詳しくどんなことを習ったのか聞かなかったのだが、一昨日の朝、12月18日になって初めてそれを生身で体験することになった。私の持病ともいうべき、不定期にやってくる偏頭痛。18日は明け方頃から激しく、むくみ、めまい、吐き気も併発して、そういう時には体も冷えきってしまっていて、横たわることもできずただ夕方まで体を動かしながら治るのを待つしかない。なぜか、夕方、ひどくても一日経つといつのまにか治る。そんな私を見て、彼女が、「もしよかったら、、チューニングフォークでサウンドヒーリングをトライしてみる?気分悪くなったらすぐ止めるよ。」と提案してくれた。私が素直に「いいよ、トライしてみる。」と言ったので少し驚きながらも彼女は、ベガスから持ち帰ったチューニングフォーク(音叉)を取り出してきた。横になると気分が悪いので、チェアに座った。まず、彼女は一回ごとに自分の膝を叩いてチューニングフォークを振動させ、私の手首の内側、鎖骨の下、足の裏、こめかみ、手のひらにあてた。ものすごく細かな振動と振動音をあてたつぼから感じる。まるで、海底に打つソナー信号のように深く内部で広がっていく。「どうして膝を叩くの?」と聞いたら、「普通は靴の裏とかかかと、硬いところを叩いて振動させるんだけど、私は膝を叩いてもいたくないから。でも後であざになってたりするけど。スティーブ(先生)も膝を叩いてた。」と、真面目に答えてくれた。とても気持ちよかったので、首の後ろと頭の頂上もお願いしてみた。首の後ろはそれなりに感じたが、頭の方はものすごい衝撃があってすぐストップをかけた。実はここが一番痛いのだが、ここはさすがに第七チャクラから真下に一直線に稲妻が落ちるような感じで、効きすぎた。ここまでで結構体中の組織が活性化してくるのを感じて、ありがとう、とお礼を言おうとしたら、「じゃ、始めるね。」と言うのでびっくり。ここまでは、体に取り込む準備のための作業でこれからが本当のサウンドヒーリングだった。「目を閉じてね。もし、気分が悪くなったらすぐ止めるから。」言われたとおりにしていると、『シャ~ン』、『チ~ン』、『ジャ~ン』といういろいろな音色があちこちから聴こえてきて、しかもその音がさっき押してもらったつぼを通ってどんどん体内に入ってきた。その音は、一オクターブの違いで同時に二種類の音がするときもあれば、一つのこともあるし、深かったり浅かったり、右前方からだったり、左側からだったり、遠かったり、近かったり、、、。それら全ての音は、体内の組織をぐるぐる動かし、だんだん暖かくなった。そのうち熱くなってきたが、しばらくなすがままにして、音を全身で受け止めていた。自分で無理やり努力しなくても自然に体が音を受け止めるという不思議な現象が起きていた。ひとまずここまで。と彼女が言うまで何分経ったかわからない。15分かそれ以上かな。でも、目を開けることができない。あまりにも気持ちよくてリラックスしてず~っとそのままの状態で居たかったのだ。体も完全にリラックスして脱力状態。まだ、頭痛はしたけれどそのままチェアに持たれて、休んでいた。そして、だんだん体が軽くなり、最後はベッドに横になってしばらく休むことができた。おそらく30分くらい経って、起き上がったときには偏頭痛も吐き気もめまいも冷えもなくなり、ラジウム温泉にどっぷりつかった後の爽快感の3倍くらいの心地よさだった。まさにアメージング。彼女は、そんなにも効果があったことに「とても繊細で敏感だからだね。」と驚きつつも喜んでくれた。来年、SFに戻ってきたらまたやってもらうことにした。病み付きになるかもしれない。
2007.12.21
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ここしばらく、私のルームに日本からクリスタルな友人が滞在していて、一緒に楽しい生活を送っている。彼女のスピリットはとてもピュアで優しく、しかも一人で自分の世界をクリエイトしてエンジョイできる達人だ。犬のLilyとも波長が合う。毎日、必ずサンフランシスコの街中に一人で出かけ、珍しいものや気に入ったものを満喫している。食べ物もメキシカン、ミドルイースタン、ベトナムフード、タイフードなど、一通りのものは食べてきているし、よく私にも夕ご飯としてテイクアウトしてきてくれる。もともと、サンフランシスコに来たのは日本では探せなかった優秀なドクターにかかるためだが、そのドクターから紹介されたシャーマンからもカウンセリングを受けている。とても楽しそうだ。今月に入ってからは、ラスベガスにも行きスピリチュアルセミナーにも参加。そこで友人を作って、その友人達と出かけたりもしている。その彼女がカラオケで歌いたいと言っていたので、先日、友人たちと思いっきり歌ってきた。下の写真はその日彼女がショッピングで見つけたカップケーキをお土産に買ってきてくれたもの。子供の頃、テキサスにいた時、青い色のアニメキャラクターのケーキが青いクリームだったそうで懐かしんで買ってきたようだ。彼女いわく、青いクリームは青の味がするとか。しかし、どうみても合成着色料の色で、そうとわかっていてもみんなで食べた。体に悪いよね~といいながら。まあ、一年に一回小さな青い色のカップケーキを食べるくらいは、大勢に影響はないだろう。そんな彼女が、昨夜、まだちょっと早いけど。。といいながら私に差し出してくれたのは、きれいなクリスマス柄のパッケージ。中を開けたとたん、私はもう驚きと嬉しさで思いっきりショックを受けてその場でベッドに倒れこんでしまった。それは。。。最近、Josh GrobanのTo Where You Are とか、You Raise Me Up がいいよね、って彼女にYou-tubeを見せてあげたりしていたので、彼女は私がJosh Grobanを好きなのを知っていたのだけど、まさか、クリスマスプレゼントにNOELのCDなんて、もう思いもつかなかった。プレゼントにはあまり縁のない私にとって、新鮮に素直に嬉しいという、とてもピュアな気持ちを思い出させてくれた、このスピリチュアルフレンドに乾杯!!
2007.12.16
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彼らに出会ったことは間違いなく偶然ではない。人との出会いは、いつも何か理由があって出会う。友人から前日電話があり、「明日の5時からコンサート行くよね、人数にいれたから。」と一方的に予約され状態。友人がSF空港に友人のピアニストを迎えに行って、SF滞在中は自分のに泊まって、、、という話を聞かされていたが、ほとんど忘れていた。12月2日日曜日、ゴールデンゲートブリッジを渡り、ミルバレーの教会に着くと既にほとんどの席に観客が座っていたが、どうもエイジアンは私だけ。みなさん地元にお住まいのハイソな方たちだった。クラシックの世界はあまり詳しくない私をこの一晩で魅了してしまった彼らのパフォーマンス。世界の五本の指に入るといわれるコーリーのバイオリンと、天才的なしなやかさと強さときれのある寸分狂いのないキータッチのジュリアンの共演。全曲終わった瞬間には、全員スタンディングオーベーションと拍手喝采。前に座っていた中年の男性や他の何人かは感動して涙をぬぐっていた。私はこの素晴らしい空間に一緒にいられるだけでhappy。演奏会終了後、コーリーが滞在していた役員メンバー宅でのパーティーに参加、その後はジュリアンと私の友人たちでミッションにあるレボリューションカフェに出かけた。ここは、クラシックの演奏家たちがライブ演奏をしていて、お店の外まで人がぎっしり。ジュリアンの友人も何人か演奏をしていて、当然ジュリアンも飛び入り参加してピアノと弦楽四重奏とモーツァルトを聴かせてくれた。(この写真は、昼間撮られたものを参考に載せてます。)彼らは、間違いなく素晴らしいギフトを授かってこの世に生まれてきている。このジュリアンは、翌々日ニューヨークに移動した。DVDとCDを収録するらしい。来年の5月、6月頃、日本でも公演するので、私も友人と共に彼を応援していきたい。※参考http://www.bronsonpianostudio.com/reviews/020706r1.htm
2007.12.07
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アメリカのティーンエイジャー向けに書かれたブッダの教えを例え話にしたものがある。人間が猿を捕らえようとしかけた籠の罠には、大きなバナナが一本。猿は、その罠が危険であるということは知っているのでなんとか手を伸ばしてそのバナナを取ろうとした。そして、やっとのことでそのバナナを掴んだのだが、そのバナナは籠の隙間より大きすぎて、どうしても籠からバナナを掴んだ手を外に出すことが出来なかった。結局、そのまま猿は捕まえられてしまった。。。。とても、シンプルな話だが奥が深い。猿は、バナナを手放しさえすれば自由になれたのに、それが出来なかった。猿にとっては、バナナはそれほど欲しかったものなのだ。でも、結果、猿は自由を失ってしまった。この話を私はSFInsightの講師パメラ(参考:J-LILYスピリチュアル情報) から聞いたのだが、自分のバナナとは何かを考えた時、あれもこれも浮かんできた。これまで、かなりのものは手放してきたつもりだが、まだまだ、いろいろなもので自分自身を縛り付けている。この、猿のバナナの話。何かを所有していたい、手放したくない、誰にもそんな欲はある。しかし、それは本当にあなた自身が自由になるために必要なものかどうか、見直すためのよいきっかけになるのではないだろうか。
2007.10.05
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無であること、私は特別な者ではないこと中国の詩を紹介します。 心が平和なとき、世界もまた平和です 現実は何もなく、虚ろなものは何もなく 現実性を保持しない、 虚空には何もつき刺さらない、 あなたは聖人でも賢者でもなく、 ただ、彼の仕事を完遂した普通の人です ~ P'ang Yun (740-808)~上の詩は、英語とドイツ語に訳されています。P'ang Yunは中国の禅のマスターです。この詩の境地に至ったとき、私は本当に自由になったと言えるのだと思います。この詩から、私はどうしてもこの詩を思い浮かべます。それは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」です。宮沢賢治没後、彼の手帳に書かれたメモなので、それが詩なのかどうかはわかりませんが、日本ではほとんどの人が少なくとも「雨ニモマケズ風ニモマケズ、」の一節を聞いたり話したりしたことがあるでしょう。 雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち 欲はなく 決して瞋(いか)らず いつも静かに笑っている 一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを自分を勘定に入れずに よく見 聞きし 分かり そして忘れず 野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い 日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにデクノボーと呼ばれ ほめられもせず 苦にもされず そういうものに 私はなりたい 彼の方がP'ang Yun (740-808)より1,100年程後に生まれているので、ひょっとしたら、P'ang Yun (740-808)の詩を読んだかもしれません。でも、宮沢賢治も子供の頃から仏教徒でその教えは深く彼の作品に影響したとも言われているので、ブッダの教えを学んでいたなら、やはり、目指したものは同じことだったかもしれません。そして、前にもこのメルマガで書いたユージーン(SFInsight.org)の"To forget the self"につながります。ブッダが悟りを開いてから、中国、日本、そしてアメリカへ。真実は誰が話しても書いてもひとつです。スピリチュアルマインドのメルマガ最新号より
2007.08.24
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カリフォルニアは、フルーツ王国。どのスーパーマーケットにも、山のようにフルーツが置かれている。その種類も数え切れない。私のお気に入りは、ピーチ、ぶどう、グレープフルーツ、リンゴ。ピーチは、ネクタリン、ホワイトピーチ、イエローピーチ、その他いろいろ。日本の桃のように薄い毛で覆われているものから、プラムによく似たピーチまで、何種類もある。一山いくらで売られているものは少なく、だいたい1ポンドいくら、という表示。だから、私は、ピーチを一個か二個、かごにいれる。安い時は、1ポンド68セント。2個80円くらい。そしてぶどう。紫色のぶどうから、グリーンのぶどうまで、どっさり置かれている。ぶどうは、昨日1ポンド89セントだったので、3房買ったら200円くらい。一房の大きさは日本のぶどうの2倍はあるので、食べ放題。ピーチもぶどうも、皮ごと食べるのが普通で、ぶどうは種なしが主流。今日は、バナナの天ぷらに挑戦するため二本だけかごに入れた。バナナも一房ごと売られていなくて、自由に一本だけもぎ取ってok。2本60円くらい。サンフランシスコにいる間は、おそらくフルーツ三昧の日々が続くだろう。そして、ジュース。日本でも100%ジュースは売られているけど、どれも小さなサイズで種類も同じ会社から販売されているオレンジなら1から2種類。では、こちらはというと、大きさはご存知のとおりビッグ。日本の2倍はあっても値段は同じくらい。一番悩むのは、オレンジジュースを選ぶ時、繊維がたくさん入っているもの、繊維が少し入っているもの、繊維の入っていないもの、カルシウムいりのもの、、、いろいろあって、しばらく立ち止まってしまう。たまに、オーガニックフーズのスーパーマーケットで、本物のイタリア産ブラッドオレンジを買うけど、これはちょっと高すぎるしあまり甘くないので、やっぱりカリフォルニア産のジュース。。毎日、一種類ずつ買っても一年は持つであろうと思われるチョコレートの数。アメリカ人は、チョコレートとアイスクリームが好きという事実。その仲間入りになってしまいそうな今日この頃。こんなに、食べ物がありあまるほどもりだくさんの国は、まだまだ経済的余裕があるということなんだろう。
2007.08.19
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少し前に、知りたかったことが突然耳の近くで、人の話し声として聞こえてきたことについて日記を書いた。その後、何度も同じ経験をしているのでそれを書いておこうと思う。サンフランシスコに引っ越してきて、二番目に住んでいるこのアパートにはベッドがなかった。当然、ベッドを買おうと思ってあちこちお店を覗いたのだが、さすがベッドの国アメリカだけあってその品質の高さと種類の多さには驚かされた。品質が高いということは、価格も高い。日本ではデパートの家具コーナーとか、大手家具屋に行かないとベッドの展示販売は見られないが、こちらには、ベッド・マットレスの専門店があちこちにお店を出している。ちょうど、その昔あちこちに布団屋さんがお店を出していたのと同じと思えばいいのかもしれない。が、布団と違って、ベッドにはまずフレームという土台が必要で、しっかりした木の枠組でできているのが普通。そしてその上に、ボックススプリングというマットレスの下に置く土台が必要。その上にやっとマットレス。大きさは、シングルサイズからキングサイズまでいろいろある。一通り揃った価格で、500ドル以上で上を見たらきりがない。なんとか、格安で手に入れたくて、サンフランシスコのブレインでもあるクレイグスリストという売ります買います~恋人紹介~求人紹介~なんでも揃っているサイトで、いろいろチェックしていたのだが、なかなか、これといってヒットするものもなく、しばらくは友人がなぜか持っていた布団を使っていた。そして、とある土曜日、同じブロックの下の通りで、たまたまガレージセールをしている家族の前を通りかかったとき、目にはいったのは壁に立てかけてあったマットレス。見れば、シモンズのクイーンサイズ!価格は125ドルとなっていた。これは、やっぱり、このマットレスだけでもゲットしたいな~、絶対掘り出し物!そう思って、その場で買うことに決めた。近くに、ベッドの木のフレームがバラバラに分解されて置いてあり、もし一緒に買うなら200ドルと奥様らしい方に言われた。ただ、近くとは言え、一人でどう運ぶかという問題に突き当たり、自分で運ばなきゃだめですか?と聞いてみたら、近くなら運んでくれるというので、即決した。現金を持っていなかったので、ATMに行きお金を出して戻ってくると、だんな様らしき人がすでに、トラックに積み込んで待ってくれていて、しかも、フレーム代はいらないよ、ということで全部で125ドル!!彼の甥が使っていたが、ニューヨークに行ったのでいらなくなったそうで、買った時は7万ドルだったと言っていた。とてもいい天気で、外に立てかけてあったマットレスは日光消毒済み状態。アパートまで運んでくれて、あとは自分で組み立てた。そんなラッキーなことがあってから、一ヶ月。その後、なんとか安く机をゲットしようと今日まで来たのだが、今日がまたラッキーな日となった。今日も考えてみたら土曜日。Lilyを連れて散歩に出かけようとアパートの外に出たとたん、となりのビルの前に「Free」という紙が貼られた机がひとつ置かれていた。ん!?どうしようかなと思いつつ、あちこち見てみたが大きさとイメージしていた形とほとんど同じ。裏側の汚れたベニヤ板ははがせば大丈夫だろうと、見ていたのだが、さすがにどうしたものか、日本だったら絶対放っておくにちがいないのだが、日本では絶対に捨てないと思われるしっかりした机。只だし、汚れを落として使えそう。。。しかも、隣のビルの同じ階は今日引越したみたいでプロのクリーニング部隊が来て大掃除していた。きっとあの部屋の住人(私の記憶では、インドかパキスタンか、そのあたりのカップル)だ。お金を出せばなんでも手に入るけれど、ここではいろいろな人たちがリサイクルを日常にしている。私もすっかり、その生活になじんでいることに驚いた。とりあえず、アパートのロビーの中に引きずり込んでから散歩に出かけた。散歩から戻り、さて3階までどうやって運ぶかと思いつつ、階段の上を引きずるのではなく、下からごろごろと回転させて行った。途中角を曲がるところで引っかかって立ち往生していたところに、ちょうど上から降りてきた男性が、運ぶのを手伝ってくれた。普段、このアパートの階段で人とすれ違うことなどほとんどないのに、そんな時に限って力のありそうな男性が現れるというまたもやラッキーな出来事に、私はこの机をゲットして正解だったのだと認識した。そして、現在、窓の近くに置いてパソコン一式を置き、キーボードは引き出しになっている部分にのせて快適に使っている。そして、これがその机の写真。自己満足。
2007.08.05
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日本では、ここのところずっとお笑いブームのようだが、日本人はそれほど笑うことが好きなのだろうか。笑うことに対して、あまり警戒心を持っていないのが日本人とも言える。どんなことなのかというと、、、たとえば、誰かが、わざとではなく単純な失敗をした時、子供が折り紙を作っていてうまくできなかった時、奥さんやだんなさんが料理を失敗してしまった時、まあ、いろいろな例をあげることができるが、こんな時、日本の皆さんは、まず、笑う。そして、その場にいた人たちも続けて笑う、なにやってんだよ、とか、まあまあ、それでもいいけどさ~、とか言っているうちに、当の本人も笑い出して、とりあえず、ま、いいっか。ちゃんちゃん。笑いでその場の雰囲気を和ませることが素晴らしいことだと思っているのが日本人なのだろう。なぜ、このような話をしているかというと、サンフランシスコにいて、さまざまな国の人たちと交流を持っていると、この笑ってお茶を濁すという文化は、日本・韓国・台湾というアジア系特有の文化だということに気がついた。誰かが、あることを一生懸命にトライしようとして、うまく出来ないとき、思わずその人に対して笑ってしまうのは、アジア以外の人たちからすると、大変失礼なことなのだ。極端な場合、それで喧嘩になることもある。私も、昨年つい、アメリカの友人が小さな細工をこしらえている時に、何度も手がすべって失敗するたびに、つい、くすっ、と笑ってしまい、友人から「その笑いがとても頭にくる。」と、真剣に怒りをぶつけられた。私とすれば、みていると微笑ましいと思って、励ましのつもりでつい笑ってしまうのだが、それは日本人の勝手な思い込みなのだ。他の国の人にとっては、思いっきりばかにされたということだけでしか受け止められない。もっと言うと、たとえば、授業で先生に指されて、にやにや笑いだけで何も返事をしないアジア人がいたとしよう。それをみて、他の国の生徒は、とても嫌な顔をして見守っている。彼らにとっては、全く理解できないだろう。なぜ、笑ったまま何も答えないのだ、変な奴。日本の文化は、世界の中でもとても特異な文化だと日本人の皆さんに自覚してほしい。
2007.07.29
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Olive☆彡さんのブログで瞑想のこと書かれていて、私も、ちょうど今瞑想のことをメールマガジンに書き終わったところで、なんて、いつものように素敵なシンクロなんだろうと思った。瞑想を続けていると、いろいろな事件が起きる。それは、一言では語れない。だから、このブログとメールマガジンと両方で思いつくまま書いていこうと思う。日本では、ブッダのこと、知っているようで知らない人が多い。おそらく、仏教徒と思われる家庭には、仏壇がある。そして、おそらく毎朝、ご飯やおかず、お花をお供えして、線香とろうそくに火を灯して、おりんをち~んとならして、手を合わせる。私の実家もそうである。祖母が生きていた頃は、お彼岸になるときゅうりやナスを馬の形にして、素麺をゆでて手綱に見せ、仏壇に置いていた。ぼんぼりに火を灯して出来上がり。最初の日に焚き火をして、ご先祖様をお迎えし、最終日には、馬やお供え物を一緒に焚き火にしてご先祖様をお送りした。それは、どこの宗派なのかと聞かれるとよくわからない。お経からすると、真言宗なのか天台宗なのか。。。恥ずかしながら、親戚はお寺であり、名古屋の大須観音に仕えるお坊さんがいたりするのだが、一度も、そのお坊さんからブッダの話を聞いた記憶がない。そもそも、ブッダの瞑想の話は、アメリカ人に教わっているというこの事実。瞑想するのは、スピリチュアルな人だけなのか。。。。
2007.07.25
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日本で勤めていた会社の友人より、またまた、後輩が長期休暇になったという連絡があった。同じフロアで私が勤めていた時でも、1~3人は長期休暇中。なかなか、精神的につらい職場なのだ。そして、最悪の事態もままある。日本の大手の企業では、毎年、何人の人が自殺をしているのか統計資料がないが、前回飛び込み自殺の件数のことをブログにした時の数よりは少ないかもしれないけれど、かなりの数には違いない。ここ、サンフランシスコの自殺の名所をご存知だろうか。それは、ゴールデンゲートブリッジ。日本のツアーガイドにはあまり書かれていないようだが、世界中で一番自殺者の多い名所だ。少なくとも、一年に1,223という数が確認されているが、確認されていない数を含めるとそれ以上だ。北カリフォルニアの精神科医団体では、ゴールデンゲートブリッジでの自殺防止策を展開する運動をしている。ゴールデンゲートブリッジに自殺防止用のバリアを造るのをサポートするため、ホームページでは、コメントの書き込みや募金を集めている。彼らは、人々が自殺志願者が飛び込む前に止めることができた場合、志願者はまた戻ってくることがないと訴えている。エッフェル塔、エンパイアステートビル、シドニーのハーバーブリッジなどでは、自殺防護策がとても効果をあげていることも説明している。日本では、鉄道会社がホームに策を作っていたり、会社でも高いビルの窓は開かないようになっている。それでも、どこかの団体が大きく自殺防止運動を展開しているというのは、あまり見聞きしない。日本にいる人で日本の社会中が、精神的に病んでいるということに気がついている人はいるだろうか。
2007.07.22
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今夜のブッディストグループの瞑想会のご紹介。場所は、サンフランシスコのゲイリーストリートとオファレルストリートの間にある「Unitarian Church」。そう、教会の中にあるチャペル。ここには、いくつかレンタルスペースがあり、毎週水曜日夜は「SF Insight」というメディテーショングループがここを借りている。参加者は、日本人は私だけで、イタリアン、アフリカン、チャイニーズ、ヨーロピアン、でももちろん国籍はアメリカ。人数は、40人ほど集まっていた。教会には、マット、クッションが用意されていて、思い思いにマットとクッションを運び、椅子に座って靴を脱ぎ足をマットに乗せる人や、マットの上にクッションを置きその場で座禅を組む人など、いろいろ。私は、一番前のスペースに、マットを敷いてその上で座禅を組んだ。ティーチャーは、 Pamela Weissという、とても美しいアメリカ人の女性。先週、50歳の誕生日を迎えたそうだ。美しい額と鼻筋の通った知的で暖かい笑顔。とても崇高なスピリチュアルな魂を感じた。しばらく、インフォメーションした後、The Refuge Chant という、パーリ語のマントラを唱えた。それは、まるで、澄んだトーンの美しい歌に似ていて、一緒に口ずさむだけで心がじ~んとしてくる。そして、40分間の瞑想。パム(Pamela)が、おりんを鳴らして瞑想はいったん終了。そのあとは、10分間の休憩。紅茶やお菓子は自由にいただける。その間に、ストレッチ。休憩明けに、全員名前だけの自己紹介。そして、次は、パムのお話。今日は、若い頃のブッダの話を入れながら、叡智と思いやりについて、などなど。眠くなったりしない。最後は、質問コーナー。日本と違うのは次々に質問が出てくること。自分の病気のこと、自分の周囲で起きた事件のこと、道を歩いていてアプローチしてくる人に対する対応の仕方(アメリカの人にとっては、全く知らない同士でも、すれ違い様、Hi,とか、にこっと笑うのは普通のことだが、それでも、当然ながら下心があって声をかけてくる人もいる)、など、人によって様々。このようなグループが、サンフランシスコにはたくさんあるので、しばらくは、いろいろなところに参加して、いろいろなものを勉強したい。
2007.07.12
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カリフォルニア州には、たくさんの瞑想のためのセンターがある。サンフランシスコがアメリカ国内でも、特別なスピリチュアルな人たちが集まっている場所ということもあるが、街のあちこちにブッディスト(仏教徒)の関連施設がある。もちろん、キリスト教の教会も。日本と違うのは、ブッディストのティーチャーは誰でも袈裟を着て丸刈りにしてるわけではない。普通の人と同じ格好をしている人がほとんど。毎週月曜の夜に、ヘイトストリートで瞑想会。今週のトピックは、「怒りからの解放とリレーションシップ」。私自身持っているとてもディープな遠い過去の怒りを解放するのが私の瞑想をする上での大きな課題。そして、もちろんパートナーとのリレーションシップのあり方についてもとても神聖な気持ちで話を受け入れることができた。場所は、ヒッピー発祥の地ヘイトストリート。スピリチュアルディレクターは、チベット仏教のVenerable Geshe Kelsang Gyatso Rinpoche。http://www.kadampas.org/index.phpに、このセンターの詳細が出ている。私が参加したのは、ビギナーのクラスで、ティーチャーはこの本を手にしながら話をしてくれた。それはHow to Solve Our Human Problems The Four Noble Truths最近の、日本~サンフランシスコの慌しい日々に少し傷んでいた心を癒してくれる、とてもよい本だ。日本では、どうしても灰色の暗い世界のイメージの仏教も、ここでは、とても明るいヒーリングとスピリチュアルな世界で活き活きと生活に溶け込んでいる。
2007.06.14
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犬の散歩をした後、何に驚くかというと、犬の足が全然真っ黒にならないこと。東京にいた頃は、どこを散歩しても家に帰ってくると足の裏も足元も、さらにお腹まで真っ黒。とてもそのまま部屋にあげることは出来なかった。それが、たとえほんの数分の散歩でも。一番ひどかったのは、春日通りを歩かせた時。毎日あの汚れた空気を吸って生活しているのかと憂鬱だった。そして、日本人がマスクをよくしているのはマスクが好きなのではなく、あの汚れた空気からいろいろな病気に感染するのを防いでいるのだ。はい、そろそろインフルエンザ流行の季節です、今花粉が飛んでいます、というそれは毎年のイベントのように日本ではなんの不思議もなく人々はそれを受け入れて生活している。そして、前にも書いたが自殺者の異常な数の多さ。これらのことは、みんな共通した問題から起きている。それは、この狭い日本であまりにも増えすぎた人口。つまり人口密度が高いということ。それは、東京・大阪・名古屋などの大都市だけの問題なのかもしれないが、それでも、大陸にある国と比較したらそれは格段の差がある。それでも、現在の日本の将来の憂鬱はなにかというと、お年寄りばかり増えて年金を貰えないであろうということ。若い働き手が減り、経済大国にっぽんも日陰ってくると予想される今日。でも、毎日分刻みで働き、スピリチュアルな世界を無視し続けて、精神的な成長のための時間を持たないでお金をしっかり握り締めている。つまり、お金を持たないということに異常な恐怖を持っている。それは、第二次世界大戦後のあまりにも貧乏だった頃のトラウマなのだとはわかるが、それを持ち続ける必要はないだろう。瞑想をしながら、過去の痛みを解き放ち自由になる。それは、日本全体にも言えるし出来ることではないだろうか。もう少し、日本人に精神世界、精神の成長の過程を受け入れる余裕があったら、毎日のテレビ番組の内容も変わってくるのではないかと思う。つまり、日々の、苦しく追い立てられる毎日の精神的苦痛をコメディや漫才、バーチャルな会社物語や恋愛物語を観ることで、少しでも柔らげているという状況をもう少し、日本の人たちに自覚してほしい。
2007.06.10
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この28日、日本から愛犬Lilyを連れてサンフランシスコへ。それは、いろいな状況がいくつも重なったビッグイベントだった。その時の犬を連れた渡航の様子は、ワンLilyの日記に記している。緊張の連続と大慌ての自分がいた。まだまだ修行が足りないと思いつつ、最終的には何事も起きず、万事クリアできたのは、もちろんユニバースが導いてくれたからだと思う。その時、ずっとしていたことは、マントラを唱えること。27個の木製のビーズからなる数珠を右手に持ち、親指でひとつずつ下に送りながら一回りさせると27。それを4回続けて108となる。その時、マントラの"Om Mani Padme(Payme)Hum" を心で唱える。または、口に出して唱える。瞑想するより、はるかに精神が落ち着く。雑念を取り払うとき、一番効果があるような気がする。"Om Mani Padme Hum"は、サンスクリット語、"Om Mani Peme Hung" はチベット語、どちらも同じ意味。「オン マニ パドメ フム」または、「オン マニ ペイメイ フム」と言う。私は、祖母が毎朝仏壇の前でお経を唱えていたので、いつの間にか覚えて一緒によく唱えていたので、とてもこのマントラが身近に感じる。この言葉を唱えると、自然に涙があふれてきて止まらない。それは私の奥の方に幾重にも積み上げられた過去の痛みをリリースしている時なのだが、それがとても心地よい。友人によると、私は数え切れない怒りを抱えているらしい。それが悲しみの涙に変わり解放されているという。日本では、お経というとお坊さん、お葬式、お線香、不吉、というイメージが定着しているので、変にマントラを唱えるという話をすると、何か危険な新興宗教に洗脳でもされたかのように思われるのが普通だろう。私のブログを通して、少しでも本来のブッダのこと、瞑想のこと、マントラのこと、チベット密教のことなどを普通に受け止めていただけたらと思う。
2007.05.31
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アウターリッチモンドは、サンフランシスコのゴールデンゲートパークの北側にある、比較的平坦な住宅地で、住人の多くが中国人だ。そのアウターリッチモンドに、歩いて海とゴールデンゲートパークまで行ける素敵な場所を見つけた。一軒屋の中の別世帯になっており、In-Law Apartmentと呼ばれる形式である。この界隈は、公園に散歩に来る時によく立ち寄るのだが、下調べを兼ねて近くまで車で来る度に玄関に黄色い引越し用トラックが停まったままになっていた。前に住んでいたのは、ゲイのカップルと犬が一匹で、3日間かけてゆっくり荷物を運んでいたのだ。新しく、部屋に入る時は、ネイティブアメリカンに習ってセージで清めるといいよと友人が教えてくれた。このセージは、日本でも石の浄化に使われる。ヘイトストリートまで行って、一束購入してきた。使い方は、先に火をつけたあと、火を消して残りの火が線香状態になったところで、煙を部屋中に焚く。参考に、日本で売られているものはこちら。ホワイトセージ・スマッジバンドル(2本入り)とても良い香りで、火を消したあともバスルームに置いてある。今、起案中なのがサンフランシスコ市内だけのスピリチュアルツアー。今回もセージを購入したヘイトストリート沿いにある大好きなお店も是非、見所のひとつとしてお薦めコースに入れたい。日本の各種ガイド案内をみると、ヘイトストリートはヒッピー発祥の地、古着の街、リサイクルレコードの街などということばかり書かれていて、スピリチュアル関連については、触れられていない。ここには、ブッダや菩薩像、古代エジプトのいろいろなモチーフ像、ドラゴン像、日本の戦国時代の武将の像、キャンドル、マントラのタペストリーなど、ひとつひとつ見ていると時間を経つのを忘れてしまうほど、魅力的なものが並んでいる。それにしても、5月はじめにサンフランシスコ入した日だけ、猛烈に暑かったがその後は、あっさり普段の季候に戻り、朝から夜までまるで一日の内に四季があるような気温と天気の変化がある。日差しは強烈だが、海に近いのでいつも強い風が吹いていて結構寒い。夜は冬用のジャケット必須である。当然、部屋の中は暖炉をつけなくてはならないほどだ。特に海に近いからというのもあるが。
2007.05.23
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久しぶりに、SFでの瞑想。横になったまま静かに鼻で呼吸をすることに集中しはじめてから、20分くらいのところで、お腹の中の臍の下あたりになにかが発生して上にあがってきた。それは両手を合わせて作ったボールくらいの大きさの空気のかたまりのようなもので、徐々に上に上がり胃から喉を通って最後は口までやってきた。そのまま外に出ようとするので、口を開けた。そしてほわっと出ていった。それは、胃から何かこみあげてきたガスのようなものでも実際に体の器官を通ってきたものでもない。ただの透明なボール状で実体はなくとてもナチュラルに体の中心をすり抜けて口から出て行ったのだ。感覚としては、オーブが私の体の中からひとつ出て行ったような感じ。それが、何だったのかはわからないが、間違いなく何かをリリースしたということはわかった。何か私に憑りついていたものが逃げ出したのだろうか。。私は、古い荷物をまだまだたくさん抱えているので、生涯の時間をかけて瞑想をしながらリリースしていかなければならないと思っている。これまで確実にリリースできた実感があったのは、2回ほどある。どちらも、悪夢をみてその中でとてもつらい思いをし泣きながら目を覚ました時、それは過去にあったつらい体験を再現した内容であったことに気づき、その後のクリアで爽やかな気分を感じた時に初めて、ああ、夢の中で過去の遺物をリリースしたんだ、と思った時だ。ただ、今回のような目を覚ました状態で起きた事象は、友人に話したところ、とてもおもしろい体験だが、同じような体験は聞いたことがないという。今日も、真っ青で雲ひとつない素晴らしい天気のSF。こんなに暑いとは予想していなかったが、東京のように蒸すこともなく、風もあるのでとても気持ちがいい。とてもきれいな空気を吸い、リラックスできる環境、そういった中で体が弛緩して悪いものが出やすい環境になったのかもしれない。
2007.05.10
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おそらく、私だけではないと思う。自分を含めて周りの世界の変化が加速し始めていることを感じるのは。瞑想を始めて、宇宙を感じて、内面から知らず知らずに押し込めていた過去のひどい経験を解放し続けているうちに、今まで出会えなかった故郷の仲間たちと少しずつ繋がるようになってきた。それは、打算的ではなく、頭で考えているのではなく、自分自身との平和的共存の中で、同じ波長の仲間たちが集まってきたということだと思っている。仲間の一人として出会うことの出来た、松永 亜鈴(まつなが ありん)さん。彼女は、ものすごいエネルギーを内面に持っていて、しかも、3Dより高いレベルのスピリットと共鳴することができる素敵な人。多彩なスキルを持っていて、イラストレーターであり、作詞作曲もし、クラフトワークもプロフェッショナル。昨日、プレゼントしていただいたミニチュア妖精人形。大きさは、これくらい。そんな小さな人形の髪はフリージアで染めてある。フリージアでこの繊細なイエローの色を染めることのできる方が、亜鈴さんのお友達にいらして、そんな技を駆使できるのは世界中にその方だけだそうだ。妖精のつけている羽根は、細いワイヤー。ネックレスもつけている。そして、なんてキュートなお顔。スカートはフリージアの花びらなのかな。家庭科という科目が苦手だった私にとっては、理解の域を超える超人的な技だ。近々、亜鈴さんのミニチュア妖精人形一日教室もあるので、もし一緒に手作りしてみたい方は是非参加を。日時/5月12日(土) 14:00 ~ 16:00場所/ 布もと (西浅草2-13-7)費用/3,500円(椅子無し)、4,000円(椅子有り)※要予約 5月11日迄に、090-9319-6402へ連絡お願いします。そして、彼女はCD「ぼくらの地球」という歌の作詞・作曲もしている。このCDのイラストももちろん亜鈴さんが描いたもの。一枚1,000円で販売している。売上の一部は地球環境保護の為に寄付される。※こちらは、J-LILY Corporation とマジックガーデンのJ-LILY/ジェイリリーからもネットで入手できます。これからも、亜鈴さんの活動は続く。。。一緒に応援します!
2007.05.02
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日本のテレビ番組を見なくなってからどれくらい経つだろう。朝起きてニュースをつける時以外、テレビはCATVから海外チャンネルを英語で聴くだけになってしまった。ほとんど、コンピューターの前に座りっぱなしの仕事が多く、画面はほとんど見ないので聴くだけになっている。日本のテレビ番組を見ないために困ることがあるとしたら、たまに3D社会の人たちとの会話で、漫才師の名前を知らないということで驚かれるくらい。おそらくこの事と関係していると思うのだが、自分の着たい洋服を買いに行ってもなかなか探せない。どのデパートに行っても、どのショッピングモールに行っても、同じデザインのものばかりしか目に入らない。ファッション雑誌や週刊誌に出ているデザインと同じ。これは、どうなっちゃってるんだろう。歩いても歩いても、同じ光景にまるでナイトメアの中にいるような気分になった。少し前は、ビジネススーツを着て仕事する毎日だったので、あるブランドのものだけを選んで着ていたのだが、今はその必要もあまりない。結局は、無駄足に終わり、とりあえず靴だけ買った。あと数日中に、もう少し見てまわらないと。気がつくと、最近新しく購入したり買い替えたものというと、デジカメ、デジタルレコーダー、マウス、ノートパソコン用の増設メモリ。そういうものを選ぶのに日本は天国なのだけれど。。最近、続々できている都内の新しい商業施設のニュースにもほとんど興味がない。そういえば、東京ドームのラクーアが出来る前も、テレビ番組で前宣伝がものすごかったが、もうずっと昔のような気がする。既に陳腐化してしまっているような気もする。他のものを例にとっても、毎日のようにコンビニに新しいデザインのペットボトルが並ぶのを見ると、そのライフサイクルの回転の速さというのは、日本が世界で一番早いのではないかと思う。日々溢れかえる情報がマスコミから送り出され、新しいフードのお店に行列が出来、いかに新しい情報を入手しているかが仲間の会話では重要だったり、ここで生活する人たちにとってはそれは逆にとても魅力的なのだろう。今ここで生きているのは私自身だが、それと一緒に大きく広い宇宙が存在しているということに気がついてからは、もっとゆっくりと時間の流れる場所に行きたいと思うようになった。それは、まだ魂の成長が大人になっていないせいでもあるが。もっと成長できれば、どんな場所にいても静寂を感じられるらしい。
2007.04.27
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日本の社会でよく見聞きする一種の「美徳」というものについて。。。たとえば、男でも女でも、「言い訳はみっともない。」「たとえそれが相手のせいであろがなかろうが、まず誤る。」とか、「口数は少ないほうがいい。」いうようなことが良しとされる。もちろん、これは、パーソナルな間柄でのことであるが。。。最近、日本の知り合いの男性から「日本男子は潔く一言、俺が悪かったとだけ言って、何も言い訳などするものではない。」という言葉を聞いた。なかなか最近珍しく古風な人がいるものだと思った。これが、企業とお客様との電話のやり取りであれば、通常、理由が確定するまでは簡単にあやまってはいけない。特に、企業側のお客様との対応マニュアルには、クレームの電話があったときは、まず相手の怒りが収まるまで話を聞き、何が原因で怒っているのかを探ること、まず謝るというのは間違い。ひょっとすると、お客様の一方的な勘違いの場合もあるからだ。その場合に謝ってしまうと、逆にお客様をその気にさせて延々ごねられたあげくに何かお詫びの品を出さなければならなかったり、ひどい場合は訴訟ざたになったりする可能性がある。その矢先、アメリカの友人とちょっとしたことで行き違いがあり、とにかく、誤解させたことに「I am sorry.」と言ったのだが、返ってきた言葉は、「謝ればいいというものではない。本当に理解して言っているのかどうかが問題だ。本当に自分が悪いと思うか。もし思わないなら言う必要はなく、説明がほしい。間違っていたとしたら、その原因がわかって理解できければ、この先何度も同じことをやるだろう。謝る言葉など聞きたくない。まず、どのように考えているのか説明してほしい。何がI am sorryなのか?」と、さらに深く聞かれ理由を話そうとしたが、なかなかうまく言えずストレスを感じたことがあった。日本の男性の発言を古風と思いながらも、このように問い詰められるとやはり、日本人として育った環境の中で、謝ってすませる、という習慣が変とは思わない感覚になっていたのだなあと、つくづく再認識した。そもそも、日本の社会の裏表ということなのかもしれない。人にいいところを見せるために、まず謝るのだが、実は、利害関係が生じる場合には、全く逆の行動が必要なのだ。最近は、だんだん、美徳という観念がなくなってきてと嘆く人たちがいるかもしれないが、それはある意味、グローバル化してきたということなのではないか。その良し悪しは別として。。海外の国は、どうだろう。仕事でもパーソナルでも、自分が悪くないのに謝るという考え方はないのではないだろうか。
2007.04.20
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心理学とスピリチュアルの世界に浸り、自分がワンダラーであると再認識し、活動の場は日本だけではないと確信して、会社勤めの日々を卒業して今は自分のやりたいことのためだけに生きている。日本の女性は昔から男子の後を歩くことを教えられ、男女平等といいながらもその家庭では女性が食事を作り、掃除をして、男性は家族を養うためにお金を稼ぐというオーソドックスな形がまだまだ多い。働く女性が多くなっても、夫が転勤となると、子供の受験のために女性が夫についていかないケースはあっても、そうではない場合は女性は勤めを辞めて夫についていく場合が多い。男性が仕事を辞めて女性の転勤についていくというケースがないわけではないが、多くの人は、「え~!?」という反応だろう。魂には男性・女性の区別はない。人間として生まれてくる時は、魂は自分の成長のためにどちらかを選び、両親を選ぶ。日本人女性として生まれてきた理由は、間違いなく魂の成長のため。魂を磨くためには、女性はもっと魂を成長させる必要があるのだ。つまり、自分のことをもっともっと中心に考えてほしいと思う。たとえば、あなたは今のご主人とは別れてはいけない運命なのだ、と相談した先生から教えられたとしよう。そのご主人と生活することで、女性のやりたいこと、やりたかったことは全部あきらめ、毎日服従しながら生きていても、それが運命だと言われてつらい毎日を過ごすべきだろうか。運命というのは、自分でも他人でもどうしようもないことを言う。たとえば、魂が女性として生まれることを選んだ場合、女性は男性になれない。それは運命だ。でも、夫と別れることができない運命などない。ひとりぼっちになるのが恐いから、という理由で、現状のままの女性もたくさんいるだろう。でも、ひとりぼっちには絶対ならない。もっと魂の成長を目指せば、ひとりぼっちではないことはわかる。なにかを捨てることで、新しいものが自分に入ってくる。そんな自分の人生を豊かにするための方法は、瞑想なのだ。
2007.04.11
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ここ2週間ほど、事務局としてスコット・マンデルカー博士来日中の支援を行いながら、毎日のように初めて出会う懐かしい仲間たちとの交流が、自分の魂の成長をさらに加速させてくれたようだ。ミクシィで「スコット・マンデルカー博士」というコミュの管理人をしているので、今回はその仲間がイベントにたくさん来てくださった。草の根の繋がりの強さをあらためて感じることができたこの2週間。2月まで住んでいた普通のサラリーマンの世界から外に出て、思いっきり深呼吸をしながら持っていなくてもいいたくさんの物を自分の内側から解放。。。瞑想は、私を救ってくれる唯一の手段。人間としてどうしても納得できない時、小さな世界だけで物事を考えてしまう時、瞑想を長くすることで大きな宇宙が自分をさらに高いところに引き上げてくれる。スコット・マンデルカー博士のイベントで撮った写真をホームページにアップロードするため、あらためて見てみると、なんと全ての写真にオーブが写っていた。これまで、デジタルカメラで何千枚も写真を撮ってきたが、一度も写らなかったのに。。。それが、4月7日の夜のワンダラーたちが大勢集まったこのイベントでわずか数枚撮っただけの写真全てにそれが写っていた。スコットの周りに一番多く写っているオーブたち。この夜は、間違いなく記念すべき日として、祝福のために集まってくれたのだろう。参考 スコット・マンデルカー博士日本版サイト
2007.04.10
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3/20のエハン・デラヴィのブログにも紹介されているとおり、阿久津 淳さんが世話人の「宇宙生命研究分科会」の第一回目が3月31日(土)に開催される。英語でAstro Bio College。略してABCというそうだ。阿久津さんは竹本さん同様、というか、同じく素敵な方で、このブログでブックマークしている「MARGENAL BOX」を運営されている。UFO好きな方なら、一度はここを訪れてほしい。これまでにも、あちこちテレビで顔を出されているが、最近では、3月23日のテレビ東京みのもんたの日本ミステリーでも、UFOの研究家として出演されていた。この中の宇宙生命研究分科会について書かれている内容をご紹介すると、☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆この会は一般科学者が敬遠しがちなUFOやオーブの問題にダイレクトに取り組むことで、<宇宙生命研究>に新たなる視座を提供することになりそうです。第1回目は幾人かの研究者による報告会と討論になる予定。草の根的な研究の場にしたく考えておりますので、UFOとオーブばかりか、哲学的に「宇宙と生命」にご関心ある方の参加をもお待ちしております。宇宙と生命が繋がってこそ、初めて幸せが生まれるのではないでしょうか? 世話人 阿久津 淳日本サイ科学会 宇宙生命研究分科会(Astro Bio College)第1回 宇宙生命研究分科会テーマ「UFO&ORB最新研究報告」(日時)2007年3月31日(土)13:00~17:00(場所)品川区立総合区民会館 きゅりあん 第1グループ室(会費)500円☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆いよいよ、来週の土曜日!
2007.03.25
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先日、何気に汐留にある本屋をのぞいて最近気になっている本、といっても何か欲しい本があったわけではなく、購入するに値する本があるだろうかと店内を歩き回って、この本を見つけた。山積みされていたのではなく、ちょうど視線よりすぐ下の棚に一冊立てかけられていた。富と宇宙と心の法則この、ブックカバーのデザインと、題名になっている言葉そのものにとても強く引かれた。私がいつも考えてる、そしてこのブログを通じて表現しようとしているそのエッセンスがこの本に書かれているような気がした。この素敵なブックカバーの表紙のとびらに、「宇宙と一体になれば、どんなものでも創り出すことができます」そして後ろのとびらには、「意思を固めれば、宇宙が細かなことを処理し、チャンスを提供し、実現してくれます」と書かれている。もう、これだけで充分感動、買うしかない。そう決めつつも、少し中身をみてみると、まるで童話のような構成で、AからZまでのステップと、宇宙のなかのあらゆる豊かさの源である統一場(森羅万象の創造の源)の25の特徴を理解すること、がメインとなっている。統一場についてとなると、さらに詳しい研究がアインシュタインをはじめ数多くの研究者が研究しているが、基本的には、自然に存在する4つの力「万有引力」「電磁力」「強い力」「弱い力」を生み出す基盤であるということも、特徴の一つである。最近は5番目の力「宇宙力」も入れられるようだが、この本では、4つの力とされている。さらっと、読み流すのではなく毎日繰り返し読み直すと、忘れていた必要だったものを思い出せてくれる。今日、思い出させてくれた項目は、Gのステップ「Gratitude,Generosity,GOD,GAP,GOAL」(感謝、寛大さ、神、無心、目標)この意識は、富の意識に自然に備わっている性質で、あらゆる可能性を実現するために確実な方法は、1.思考と思考の間に沈黙という「間」(いわゆる無心の状態)に入ること。思考に邪魔されないこの沈黙の「間」は、個人の意識と宇宙の意識を交流させる窓でありろ、廊下であり、変化を作り出す渦巻きなのである。2.この沈黙のなかで、明確な目標を果たすための意思をしっかり固めること。3.求める結果に対する執着を捨てること。結果をあまりに追い求めたり結果に執着していまうと、この「間」から出てしまうことになる。4.結果を手に入れるための細かなことは、宇宙にまかせること。この章の最後にある例として、~ど忘れしてしまった名前を思い出そうとしたことは、誰にもきっとあるでしょう。そんなとき、思い出そうとすればするほど、名前はますます出てこなくなります。そして、思い出すのをあきらめると、少したってから、その忘れた名前があなたの意識のスクリーンにぱっと浮かんでくることが多いものです。それこそ、あらゆる願望を達成するためのメカニズムなのです。~~この思考と思考のあいだの「間」にすっと入っていくためのもっとも簡単な方法のひとつが瞑想で、願望を実現するのに役立つ数多くのものがあります。~と書かれている。これは、以前私の書いたブログ知りたかったことが耳元にやってきた日で言いたかったことと同じ。そう、宇宙とひとつになれば、宇宙が些細なことはやってくれる。よけいな心配はしないこと。瞑想をたくさんやって、もっと高いところにマインドを持っていけば、道は自ずから開けるはずだ。この本と出会ったことも必然だったのだろう。そして、この本と一緒に、もう一冊隣の棚にあった、株の本も買った。違う意味で、株の世界のもう少し、大きな流れを掴みたかったので。私の中では、これもok。株の勝ち方はすべて外国人投資家が教えてくれる
2007.03.24
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「太陽は核融合で燃えており、いつか燃え尽きてしまう天体」と一般的に常識と思われてた説が、実は違っているようだ。それは公式には言われていないことだが。太陽のことに興味を持つということ自体、会社生活の中ではあり得なかったことだが、今では自然に自分自身の中に取り込んでいる。きっかけは、地球温暖化の原因の探求。エハン・デラヴィの著書「フォトンベルトの真実と暗黒星ネメシス」(学習研究社)を読み、所属しているSNSの情報を読みながら、地球だけを見ていても、地球の個々の国の二酸化炭素排出量の問題だけみていても解決にならないということだけはわかってきた。それが、太陽系全体の問題で、ひょっとしたら太陽系に何かが接近してきており、それに反応して太陽系全体の惑星に異変が起きている。そして、太陽には巨大な地殻と海域があり、分厚い大気圏がプラズマ発光している。おそらく、何年も前から研究して来た人たちの中では知られていたことらしい。プラズマとは、光エネルギーで宇宙を構成する物質のほぼ100%を占めているもので、つまり宇宙は電気的なものの集まりなのだ。太陽のフレアが地球に大きく影響しており、そのフレアは増え続け大きくなっている。黒点活動も活発化しいる。それは、何か惑星が接近してきているため磁場が反応しているのではないかという。火山が爆発すると、磁場が乱れて飛行機が飛べなくなったりするのは知っていたけれども、太陽から地球に送られるすさまじい電気エネルギーが、台風や地震、地軸の移動を引き起こしても不思議ではない。なぜ、科学者ではない人たちが独自で調査して推測できるこれらの出来事が取り上げられないのだろう。それは、触れてはいけないことなのだろうか。最近、アメリカではテロ対策で、少しでも政府に反抗的なことを話したり書いたりすると逮捕されてしまうらしく、そういう人たちは日本への移住を進めているらしい。私は、SFに行ったら、こんなこと書いていられないのかもしれない。
2007.03.16
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ここ最近、サンフランシスコに行くとハミガキを買ってくるようになった。なぜなら、フッ素フリー、つまりフッ素の入っていないものが入手できるから。コンビニで「合成保存料は使っていません」とか、梅干に「合成着色料は使っていません」とか、そんな表示はよく見るものの、「このハミガキには、フッ素は入っていません」なんていう表示の日本製品をいまだに見つけることができない。それどころか、わざわざフッ素が入っているので虫歯を予防します、という表示ばかり。昔TVCMでも、フッ素が入っていることをわざわざ強調するのもあった。私の周りの人たち何人かに、フッ素は体によくないんだよと話すようになったのは最近だが、とにかく誰もがものすごくびっくりする。先週私の送別会をしてくれた、某携帯電話会社の国際営業部の友人にその話をした時、「え、うっそ~、今日も娘を歯医者に連れて行って、わざわざフッ素を塗ってもらいましたよ。それほんとですかあ!?」その前に、とあるミーティングでは、「フッ素が虫歯にいいということはあっても、体に毒だなんて聞いたことがない」と、かなり強く反論されたことがあったが、唯一「YES」とうなづいてくれたのはオーストラリア人の女性のみ。確かに、何年も前はヨーロッパでは水道水にフッ素が入れられているので虫歯の人が少ないのでうらやましい。日本の水道になぜフッ素を入れないのかというと、それは、日本にものすごい数ある歯科医院の仕事がなくなってしまうからなんだよね。という話を、そのまま受け入れていた。時代は流れて。。。その事実はまたまた違っていて、「あ~、また騙されたかも」と呆れたのは、海外に行っていた時。日本にずっといて、日本語だけのインターネット環境では、やはり情報が不足しているのだ。水道にフッ素を添加することの是非が大問題になっている欧米(特に英語圏諸国)では、インターネットの普及によって、いままで隠蔽されていた情報が広がり、各自治体における住民投票で、フッ素化法案が軒並み否認されるという形となって現れ、さらに、平気でウソをついて国民の健康を障害させてきた推進者に対して訴訟が多発している。。。。でも、日本の厚生労働省はまさに水道フッ素化を容認するとかなんとか。。。私が個人的に検索したところ、間違いなく時間を追うにつれて、フッ素が体に悪いのだと訴えるサイトが増えてきている。
2007.03.13
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My suggestion is "understanding and recognition about the truth and following to universe" what I noticed important thing is independence as one spirit and synchronise with universe, and then I can see the right way.I was talking with my friend that we should be add the sexual healing in the topics of spiritual counseling or not.We can see many troubles of man and woman in the magazine or TV these days. For example, Once I was a lover of him who is a Hollywood star or I was tricked by him.The first, she thought that we are loved each other, and she noticed that was her misunderstanding as he has many lovers. But she didn't open their love life as she loved him still. After that, he became avoiding her or be cool to her day by day. She had bad mood to him and getting angry. In the end, she leaks their relation to mass communication. What happening was he completely became avoid her and never say kindly words to her, so everything is over.What I recommend to her is only meditation. It is not sexual problem. she needs clear mind and understanding her true desire.Didn't you try to be control to him? Didn't you have romantic illusion? Didn't you push your expecting to him?After do meditation, we become too sensitive. And we can feel the deep desire of other people. If it is in following universe, we can continue the relationship with anyone. You can live as happy human life if your spirit is grow up more. You don't need feel missing someone.
2007.03.09
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アメリカに犬を連れて行くための準備として、今日はLily(シーズー犬2歳)に狂犬病予防注射を打ってもらってきた。事前に調査するまで、犬を海外に連れて行くのはかなり覚悟が必要で、途中でワンちゃんが死んでしまっても、自分を責めちゃいけないよ、と友人から言われていた。確かに、よく耳にするのは検疫があるので何ヶ月も拘留されて犬がつらい目に遭うという話ばかり。日本に犬を連れてきた人の話では、2週間拘留され、出てきたときはやせ細っていたとか、定年後オーストラリアに移民した人は、何ヶ月も犬だけ拘留されてつらい日々を過ごしたとか。。。ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランド、そして日本では、犬や猫を国内に入れるのにとても厳しい検疫がある。狂犬病予防注射もそうだが、マイクロチップが義務づけられていたりする。かかりつけの動物病院の院長によると、狂犬病の予防注射を打ったあと、6ヵ月後に抗体ができているという証明が必要なところが多く、イギリスは特に厳しい。抗体証明を出しても基準値が日本より高く、再度予防注射をしなければならなかったこともあったとか。冗談で日本に住んでいるアメリカ人が、犬に睡眠薬を飲ませるか注射を打ち、お腹のまわりに隠して、妊婦のふりをすれば大丈夫かも、というとんでもないアドバイスも、ちょっとシリアスに考えてしまうほど、ずっと悩んでいた。Lilyを日本に残していくのはつらすぎる、でも、アメリカに連れて行く途中で大変なことになったら、それもつらすぎる。とりあえずそれでも、ネットでアメリカに連れて行く場合の情報を収集してみようと検索をしたところ、予想外の結果に唖然とした。拘留はなく、アメリカに着いたら一緒に連れて行けるのだ。事前の準備は、一ヶ月以上前に狂犬病予防注射を打っているという証明書が必要ということのみ。あとは、成田の検疫所で簡単な健康診断を済ませてokなら、そのまま飛行機に乗り、到着後もスルー。この話をニュージーランド人に話すと、やっぱりアメリカは呆れた国だ。国内の動物を守るという意識もない、とんでもない国というのを再認識した、と言っていた。動物病院の先生たちも、この話は知らなかったようだ。とにかく、今日はLilyを渡航させる第一歩ということで、狂犬病の予防注射を打ち、証明書をもらった。次は、成田動物検疫所に提出するための健康診断書が必要なので、渡航する一週間前くらいに、また動物病院に行く必要がある。たまたま、今日動物病院に黒ラブを連れてきていた女性から、カリフォルニアに連れて行くんですか?私はこれからハワイに連れて行くのですが、かなり厳しいです。同じアメリカでも島は違うようですね。ということだった。彼女は、前はカリフォルニアのサンディエゴに住んでいて、そこでワンちゃんを購入したので、日本に始めて連れてくる時は、2週間拘留され、出てきた時は怖がって檻の奥の方で丸くなっていたのでかわいそうだったと話していた。さて、それ以外で準備することといえば、飛行機に乗る時の注意事項。これは、いつも使っている航空会社に問合せたところ、貨物フロアに乗せる場合は、縦・横・高さの合計が130センチ以上で32キロ以内のケージに入れなければならない。ビジネスクラスの席に同席する場合は、高さ22.5センチ、横・縦が45センチ×20センチ。エコノミーの場合は、高さ25センチ、横・縦が30センチ×35センチ。ケージの中で立って動けるスペースが必要らしいので、Lilyは無理。彼女はどうやってもそれより大きいので、貨物フロアで我慢してもらうしかない。また、6月に入ると暑くなるので乗せられないので、5月中に連れて行かなければならない。これを読んで、これからアメリカに犬・猫を連れて行かれる方の参考になればと思う。
2007.03.05
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私のジェットコースタープライベートライフ(自分で名付けた)とは裏腹に、サラリーマン人生は平穏に過ごしてきた。というより、サラリーマンをやっていたので、プライベートでたまるストレスを発散できたと思っている。会社生活についてのコメントは、また気が向いたら書くかもしれない。今日のところは、19年勤めてきた会社を退職して、たくさんの人に見送られた感慨にふけっている。昨晩は、自分の部署全体の送別会、今日は午後からフロアをまわり、お世話になった方々に挨拶。行く先々で、新しいメールアドレスを聞かれたり、プレゼントや花束をいただいたり。。。一番、聞かれた質問は、「ワンちゃんはどうするの?」「里親は見つかったの?」そう、退職後しばらくしたらアメリカに行くことは、もう知らない人はいないということで、口コミの凄まじさを身をもって感じた。で、その度に、「アメリカは狂犬病の予防注射証明書と成田の健康診断が大丈夫なら、そのまま一緒に飛行機に乗って、現地に着いたらそのまま受け取ってすぐに連れ出せるんだよ。」という説明をしていたら、あっという間に17時30分。予想していたけれど、フロア中の人が立ち上がり、部長からの花束贈呈、そして最後の挨拶。昨晩も挨拶したので、今日はもう言葉も出ない。社内専用のSNSでワンコのコミュニティの管理人をやっていたので、地方の知らない社員の人ともつながっていて、このまま無責任に放置もできず、3週間前から、管理人の後継者募集とうたったけれども、とうとう最後まで誰も名乗ってもらえずだった。でも、同僚の人たちは、名前を残してそのまま続けるよ、と言ってくれた。ありがとう!もう、これ以上会社にいるべきではないという気持ちになった理由は一つだけではない。いろいろな要素が集まり、ちょうど私の転換期になってきたということだ。すべてのことが、ひとつの流れに乗り自分もその波に押し上げられて向こう岸まで行こうとしている。だから、とても自然な成り行きなのだ。不思議と別れがつらいとか悲しいという気持ちがない。明日からは、会社の同僚たちが地球上のお友達に変わる。そして、また新しい人生の勉強ができる。これまで学べなかったことを学ぼう!自由と幸せのために。
2007.02.28
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このタイトルを見て、何人の方が驚かれるだろう。私の予想では、40代以上の年配の方は特に驚くのではないだろうか。私は、銅の緑青(ろくしょう、銅の錆び)が毒ではないということを知ったのは、2年ほど前のこと。アメリカの友人はいつも銅製のバングル(腕輪)をつけていた。ちょうど暑い時期だったので汗で手首に触れる部分が青く変色し、その色が手首に染まって色がついてしまっていたのに気づき、思わず警告した。「それは緑青という銅特有の猛毒の錆だから一刻も早くとりはずして手をあらったほうがいいよ。」私は、自分が真っ青にないった記憶がある。その友人は、今まで何年もこの腕輪をつけていた。ということはかなりの毒を体内に取り込んでしまっているはず、、、と。私の驚き方を見て、逆に驚きながら「銅は昔から殺菌作用があり、とてもクオリティが高くインドでは、体にとてもよいものとされているのだ。そんなはずはない。緑青?毒?そんな話は聞いたことがない。」と言うので、私は、あきれて何度も説得した。なぜなら、子供の時から緑青は有毒と教わってきたし教科書にも出ていた。日本の誰もが知っている常識だったから。しばらく、友人と押し問答の末、インターネットで調べて教えてあげようと思い検索をしてみた。そして。。。インターネット検索後、いろいろと表示されたのは。。。⇒⇒有毒説は根拠なし! 厚生省も認定! 銅の表面に付着する緑青は昔から有毒と考えられてきました。なぜ有毒と信じてきたのかははっきりしませんが,主な原因は学校の教科書にあったと考えられます。私たちは誰でも小学校の理科の時間で緑青について学び、ここで習った知識を潜在的に信じてきました。例えば昭和49年の理科の教科書には、「金属のさび」という項目があり、緑青について次のように述べております。「しめり気の多いところに銅を置くと緑色のさびができる。このさびは緑青といって食べると体に害がある。」とこのように書かれております。どうして害があるのかについての記述はなく、十分な説明もされておりません。この他、各種の百科事典にも有毒と記載されておりました。社団法人日本銅センターでは、何の根拠もないまま有毒と考えられてきた緑青について正しい理解を得るため、過去二回、東京大学医学部において長期動物実験を行って参りました。その結果、緑青は無害同様の物質であることが確認され、その研究の成果を細かく厚生省に報告しました。これを受けて、厚生省では昭和56年、国の研究として緑青の動物実験(研究機関/国立衛生試験所・国立公衆衛生院・東京大学医学部)に着手し、三年間にわたる研究実験を行いました。この時の研究結果は、昭和59年8月、厚生省から広くマスコミに発表されました。緑青は過去に考えられていたように有毒ではなく、無害に等しいことがはっきりと解明されたのです。こうして、過去何となく語り継がれてきた緑青の有毒?問題は、すべて誤解であることが明らかになったのです。緑青は劇物でも有毒でもありません。緑青は漢方の薬として軟膏に使われている昔から病気の治療に漢方薬が使われてきましたが、近年では更に利用の範囲が広がりつつあります。漢方には銅や緑青が使われ、漢方の薬用書で有名な「本草綱目」には「銅で薬になるのは赤銅である」と記載され、「金と銅の合金は薬として最も秀でている」と述べられています。年配の方はご存知でしょうが、おできの薬として有名な「たこの吸出し」には薬の成分として、緑青が用いられておりました。現在も薬局ではこの軟膏は販売されていますが薬効成分として硫酸銅が使われております。http://www.ion-net.co.jp/anzen.html緑青猛毒説、完全に覆るhttp://www2.ginzado.ne.jp/shayo/dou/dou.htmいくつも、いくつも検索したが、出てくるのはこのような内容のもの。そして、やっと自分が間違っていたことを認識したのだ。間違った知識を植えつけられていたというショックは大きかった。日本の教育で教わったことが間違っていた。しかも、それについて、一時報道されたらしいが、私の周りの人々に聞いても緑青が毒ではないと答えた日本人は未だに一人もいない。当然ながら、友人は、それが日本という国だよ。と、得意げに答えた。
2007.02.27
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結局、「真実を認識して理解する。そして宇宙の流れに身を任せる。」ことが、人間として平和に人生を送るために必要なのではないか。そんなことをわざわざここで取り上げようとしていることも、数年前の私からは想像もつかなかったのだが、一番の変化は、瞑想を続けるうちに、複雑怪奇に絡まってしまっていた自分の中の意識の糸がだんだんほどけてきて、「なぜ私だけ」とか「誰もわかってくれない」というネガティブな考えから「ひとつの魂として独立して宇宙とシンクロすれば自ずと道は開ける」ということに気がついてきたからだ。この表現も、まだ現在思いついただけの言葉なので、この先、もっと的を得た表現ができるかもしれない。ここ数日、友人と討議しているのは、スピリチュアルカウンセリング・ティーチング・ヒーリングの中に、セクシュアルなトピックを選択肢の中に入れるべきか否か、セクシャルな面と切り離せない、社会の中での女性と男性の精神の複雑な動きをさらに知ることも必要ではないか。という問題。週刊誌やTV、海外ではタブロイド紙で何度も目にする男女間のトラブル。数年前、私はあの有名人の愛人だった、という暴露話が後を絶たない。つい最近も、ハリウッドの映画俳優とカンタス航空のエアースチュワーデスとの愛憎劇があった。ほとんどは、当時は相思相愛でその後も愛情の発展を期待したりしたものの実はそうではなく、時間が経つにつれて、遊ばれただけだったようだということを認めざるを得ない状況になり、最初は相手をかばってはいても、最終的にはやり場のない怒りが募り、マスコミに訴える。そして、全てが台無しになる。相手は、さらにそれを利用するかのように、あなたが世間にばらすから、もう二度と関係はもどらない、と最後の追い討ちをかける。当事者のことを考えると、まさに生きながら地獄にいるようなもの。私からのアドバイスは、ひとつしかない。瞑想を続けること。セクシャルな問題として語るのではない。それだけについて論議していても、堂々巡りになるだけだろう。それより、瞑想で心をクリアにすること。自分の欲望を理解し、自分の期待をそのまま相手に投射していないか、ロマンスの幻覚に浸っていないか、相手をコントロールしようとしていないかということを自身に問いかける。瞑想を続けていくと、とてもセンシティブになるので、相手の人の隠された欲望が自然に感知できるようになってくる。それが自分の魂に相容れないものであれば、一緒にいても落ち着かないし、気分も良くないかもしれない。宇宙の流れにあっているものなら、長く一緒につきあえるだろう。自分の真の心に逆らってはいけない。もし、それでも、自分の欲に負けてしまったら、その後は自己責任として、相手のせいにしないこと。それができれば、一人の人間として強く生きることができる。特に、魂の成長は自立して生きたいと思う女性には必須だ。宇宙とシンクロできれば、ポジティブな流れに乗せてくれる。たった一人という寂しさはない。欲しかったものが自然に手に入るようになるだろう。
2007.02.23
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日本に何十年も住んでいて海外の友人ができたのは、ここ数年のこと。日本以外の国に何度も行き来することで見えてきた、おかしい事象のひとつがこれ。都内に住んでいると、朝の通勤時間において、JR山手線・中央線、地下鉄、私鉄が週に最低1回は人身事故で止まるということが日常的だ。それ以外の原因でも何かしらよく電車は止まるが、よほど一度に何名か事故に巻き込まれたりしない限り大きなニュースにはならずに過ぎていく。人々の間でも、迷惑がることはあっても、原因となった人のことを話題にすることはまずない。私も昼間、営業で電車に乗っていた数ヶ月前には行きと帰りで2回人身事故に遭遇。乗っていた電車が直近の駅で止まったまま、振り替え輸送の案内が始まる。でも、だいたいしばらく待っていれば動き出すので、昼間の場合急がない人はほとんど電車の中でじっとしている。誰も驚かない。携帯や新聞を見たり、電車広告を見たり、つまりいつもと同じ。月末や5、0のつく日に多いような気がする。最近では、飛び込み防止のため、あちこちの地下鉄でホームにガード柵が作られるようになった。まるで新幹線のホームのように。私としては、人身事故を防ぐために仕方がないのだろうとは思っていたのだが、海外から友人が久しぶりに日本に来た時、地下鉄を乗り継いで、とある駅前で待ち合わせをしたのだが、会ったとたんにものすごく興奮をして話したのは、「地下鉄のホームにガードが出来ていた。これほど異常な国を見たことがない。それほど、たくさんの人が飛び込んでいる事実をなぜ国は取り上げないのだ。なぜ、新聞でもテレビでも誰も何も言わないのだ。これが普通だと思える日本人は異常だ。」私は、内容よりまず、その驚き方にびっくりした。そんなに異常なことだったのか、と再認識できた時でもある。この後、アメリカで、この友人と他のアメリカ人と食事をした時この話題に触れた。当然、もう一人の友人も目をまんまるくして驚いていた。やっぱり、日本、特に東京の人身事故の多さは異常なのだ。若い人たちの自殺が続くことは、話題になりそれを防ぐために文部科学省がいろいろ対策を立てているが、電車への飛び込みは、どの省庁の管轄になるのだろう。。。国土交通省?厚生労働省によると、2003(平成15)年に日本で自ら命を絶たれた方は3万2109人。(男性2万3396人、女性が8713人)。日本国内に在住する外国人の自殺者も含むと3万4427人(男性2万4963人、女性9464人、警察庁調べ)!国土交通省が年度、厚生労働省が年という集計期間の差異はあるものの、運転事故による2003年度の死者数は1132人とか。。。興味深いのは、国土交通省によると、運転事故に飛び込みはカウントしないらしい。ということは??ここに根付く原因は、かなりかなり深い。日本の抱える大きな鬱。それは日本全体で抑圧されたままだ。
2007.02.18
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瞑想を始めてから、これまでに何度も古い心の傷が解放されてその度にしばらく元気になれないことがあった。その度に、また瞑想を重ねた。元気になるにはそれしか方法がないから。いつだったか、大昔に人間関係でとても傷ついた思い出の人が夢に現れて、あの当時と同じつらい気分を味わった。ふと目が覚めても涙がとまらなかった。。。次の朝、それは間違いなく古い傷みが解放されたのだと気づいた。なぜなら、もうどこにも悲しさやつらさを感じなかったし、自分自身でそれをクリアしたという実感があった。ひとつ、無意識に抑圧されてきた古い傷を表面に出すたびに苦しみ、それが解放されるたびに精神のバランスが取れていく。それでも、まだまだたくさんのトラウマを持っているので、これから何年かかるかはわからない。もっと瞑想時間を長くすればきっとさらに早くクリアできるだろう。とは言え、一日に十何時間もできるわけでもないので、とにかく毎朝、毎晩、昼間も時間のある時、静かに瞑想をしている。何かを始めるとき、何か答えを見つけたいとき、必ずまず瞑想をする。そして、クリアなマインドにしてから考える。宇宙とシンクロナイズできた時に閃いた考えや行動は、とても自然な流れで前へ進んでいく。それも、私自身が本気で心から強くなりたい、自立したい、と思ったから現在に至っている。そう気づくのに何十年もかかった。気づくべき時が来たということだと思う。たくさんつらい経験をした後でないと、気づかないように出来ていたある種のカルマなのだろう。
2007.02.16
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There are many interesting contents in this month. For example,,,"The crashing UFO case of the former USSR by Mr. Minamiyama""The American government had been making a UFO by secret agreement with the ailens ""The underground city under the Mount Shasta.""The new theory intelligent design to overrule Darwinism and to exceed a creation theory. The mystery on something Great."Presidend Bush is remaking that it should teach in the public school about both of the Darwinism and the intelligent design. The nature things become not able to be solved by the Darwinism.When I was university student, I did help my friend's examination of "moving of the eyeballs" I remember the words of Osaka professor. "You know, any cameras can't work as same as human's eyeball. Background is always blurring when camera follows the move someone or something. About human's eyeball, never happen such a thing. It is amazing." Who have created this! Many wrong common sences has been overruling day by day so far. I hope so more. I think this meaning is closing with the paradigm shift of the earth. I also have heard from my friend that the reason is not only where the cause of the global warming is due to the increase of the carbon dioxide. Many experts of many countries already know this. The earth will be not helped even if all countries agree with the Kyoto Protocol. For me, the most interesting story that was the earth's age is only about 10,000years according to the change of geomagnetic field from "intelligent design". It was almost same when Ra came to the earth? I was thinking about many opportunities our history while I read this magazine.
2007.02.16
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今月のムー(学研)を読み始めた。今月も、どれを取っても興味深い記事が盛りだくさん。この世界にずっと浸っていたい。旧ソ連の墜落UFO事件、これは南山先生の記事。旧ソ連の元KGB将校の爆弾証言で、ロシアでもロズウェル事件に匹敵するUFO墜落残骸・乗員遺体回収事件が起きていたという内容。この話は、竹本さんもサイトで触れていた。南山宏のちょっと不思議な話、これも毎号くすっと笑えちゃう。そして、今月の特集記事である、「インテリジェント・デザイン」。アメリカ人の過半数はすでに進化論を信じていないとか。ブッシュ大統領も、進化論とインテリジェント・デザイン両方について公立学校で教えるべきと発言している。そう、自然界にあふれるものを進化論で解決することができなくなっているのだ。これまでの間違った常識がどんどん覆されている。どんどん覆ってほしい。「それでも地球は回っている。」のガリレオの時代が、まさに現代のパラダイムシフトとなって近づいているのだと思う。たとえば、地球温暖化の原因がまだ二酸化炭素の増大によるものだと信じている人へ。京都議定書にアメリカが調停しない理由は、それが原因ではないと知っているためなのかも。ムーの記事では専門家の間ではすでに根拠を失いつつあると書かれているが、その理由は書かれていない。ただ、私の知人は地球自身の変化なのだと言っている。大学時代、もう、大昔の話。友人の眼球運動の実験につきあったことがありその時の教授の言葉を思い出した。「人の眼球ほど精緻にできたカメラは未だに作れない。ビデオの画像では焦点になっている物を動かした時背景にあるものはぼやけてしまう。遠近の調節も簡単ではない。でも、人間の目はそんなこといちいち考えなくても自然にクリアに見えている。目をいくら早く動かしてもどこもぼやけずに見えているだろう? 人間の目と同じことができるカメラを作ることができたらノーベル賞ものだ。」そんな眼球を進化論で説明することは難しい。最初から完成されたものと考えるほうが自然だ。この記事では、また、地球の歴史がわずか10,000年ほどという可能性も書かれている。地球磁場の変化からみるとそう考えざるを得ないらしい。ということは、ラーがちょうど地球に来た頃ではないのか?などと、この記事を読みながら自分の中では別の物語が進んでいた。。。
2007.02.14
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「ラー文書」これは、11,000年前の地球にやってきた宇宙飛行士ラーの語った語録である。ラーは、当時宣教師として地球に降りたが失敗して地球を去った。しかし、その後もずっと地球をモニターし続けている。そのラーとの交信を約20年間続けた記録である。故Don Elkinsによる前書きを読んだらきっと大勢の人が読みたくなるに違いない。これは、作り話ではない。ただ、英語版しか出ていないので日本の書店で簡単に入手できないのが残念だ。この本は、スコット・マンデルカー博士(宇宙人の魂をもつ人々:徳間書店)が強く影響を受けた本でもある。彼の"UNIVERSAL VISION"が、日本語版となり出版される予定だが、「ラー文書」も早く日本語になって出版される日が待ち遠しい。「ラー文書」英語版の本は5冊シリーズ。もし興味のある方がいらしたら、私の事務所に在庫があるのでメッセージをどうぞ。
2007.02.12
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例えば、ある人が精神的にまいってしまったとする。その人に何が起きたのだろうか。日本社会で、ありがちなのが精神的な病になってしまったと聞くと、周りにいる人たちは一線置くようになることだ。その人に同情はしても、どこかでネガティブな偏見を持ってしまう。しかし、本当はその人だけが正常で、周りにいる人たちがとんでもない人たちなのかもしれない。そういう中で日々暮らしていると、一番正常な人が具合が悪くなる。そういう人にとって、まず最初の改善策はその環境からはずれることだろう。家族と離れ一人で暮らす。会社なら辞める。それが簡単にできないから病気になってしまうのだが。。。なぜ、病気になってしまうのか。。。それは、周りの人たちへの過度な期待をしすぎるからではないだろうか。自分の家族や恋人ならこうあってほしい、お客様のためなら会社はこうすべきだ、私より年上なんだからできるはず、というような他人への過度の期待。嫉妬心。そして、イライラする反面、自分の卑下が始まる。私はつまらない人間、何も能力のない人間、そんな考えが出始めたらかなり重症かもしれない。所詮、一個人は一個人であり、お釈迦様でも、神様でもないから出来なくて当然だ。今、この時代に生まれ生きている人生は一度きり。心理学の世界では、カウンセリングをしながらその人の話に共感し、安心感を持ってもらいながら本人の意思で最終的な解決策を導き出していくが、それだけではなく、もっと広い視野で魂の成長まで意識を高めていってほしい。それが、スピリチュアルマインドの世界。誰でも一人で自由に生きられる。人に頼るのではなく、自分の心の奥の魂に触れて、宇宙と一体化して全世界と一緒になりながら日々を生きることができる。それには、学問を学校で勉強しながら成長してきたように、魂も成長させていく必要がある。その一番の道は、瞑想だ。といっても、魂がステップアップしていくためには、時間がかかる。ただ、続けるうちに、自分で変化がわかるので楽しくて止められなくなる。瞑想というと、冷たい床に座禅をして少しでも動くとびしっと肩を叩かれるイメージしかない方にはつらい修行のことと思われるだろうが、瞑想は横になっていてもできる。リラックスして、舌を歯の裏につけて鼻で呼吸をする。あとは、いろいろな思念が浮かんでは消えるかもしれないが、いつか平穏になり自分の呼吸にだけ意識を集中することができる。これを書いている私自身も、瞑想を自分の生活のベースにするまでは、何十年もかかったし、つらい経験を何度もしてきた。そのおかげて、今やっとその有りがたみがわかるのだと思う。今までの人生は魂を成長させるための下ごしらえだったのかもしれない。
2007.02.09
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質問です。1.東京はコスモポリタンな街だと思いますか?おそらく、都内近郊に住んでいる日本の皆さんなら、「はい」という答えが返ってくるだろう。でも、私個人の意見としては、「いいえ」。2.世界のどこの街がコスモポリタンだと思いますか?「サンフランシスコ」。「アムステルダム」もそうかな。もちろん「ニューヨーク」も。そもそも、コスモポリタンとは何か? コスモポリタンとは政治への信頼を失つた人間のことである。世界史上における代表的なコスモポリタン、古代的世界の末期に現はれたストアの哲學者達がすでにさうであつた。彼等の世界主義(コスモポリタニズム)は政治への信頼の喪失から生れてゐる。新しいコスモポリタンの政治に對する不信はいはば普遍的である。彼等は現代の政治に對して懷疑的である。しかも彼等自身何等かの政治のシステムを持つてゐるわけではない。一定の政治のシステムに對して絶對的な信仰を抱いてゐる者、コムミュニストの如きは屡々殉教者のタイプを示してゐる。彼等新しいコスモポリタンは自由主義者と呼ばれるのがつねである。 (三木清全集 第15卷 ~新しいコスモポリタン~1967年12月18日發行 岩波書店)40年前に、この三木清さんは、当時の新しいコスモポリタンについて語っていたのだ。現代でもこの言葉は死後にはなっていない。現代のコスモポリタンの定義は、「国籍・民族などにこだわらず、全世界を自国とみなして行動する人。世界主義者?・世界市民・国際人。」私自身、全世界を自国とみなす感覚はないが、日本だけが自分の住む国ではないと考えていることは、コスモポリタンに通じるものがある。ただ、私の中では、それは地球上だけの話なのではないかもしれない、という感覚もある。宇宙の中で放浪の旅を続けて、ここまで来たという考えが、たまに浮かんできたりする。サンフランシスコは、ヒッピー、ゲイの発祥の地であり、アメリカ中のスピリチュアル関係者が集まっている街でもある。その他、街の中には、イタリア系、メキシコ系、中東系、ロシア系、アジア系のアメリカ人が住んでいる。もちろん「外国人」という考え方はない。自由な思想や趣味、仕事を持ち、時間が日本の三分の一の速さ(私の中では)で流れているところだ。逆に、団体ツアーの日本人客こそ、彼らからみると「いつもピースサインをしながら写真を撮りあって、一箇所に一日か二日しか滞在しない滅茶苦茶ハードなジャパニーズスタイルツアーをする英語をあまり話せない変な外国人。」だ。私も、たまにカメラを持って写真を撮っていると、決まって友人が周りの人たちに、「She is Japanese.She comes from Japan.」と、もちろん冗談で言うのだが、あまりいい気分ではないので前回少し抗議をしたのでもうこの次は言わないだろう。東京に外国人が多くなったとはいえ、電車に乗っても、街を歩いてもほとんど頭の色が黒い人たち一色。聞こえてくるコスモポリタンな言葉というと、関西弁、東北弁? それから、韓国語、中国語、あとはわからないアジア系の言葉。私の考える範疇では、とうていコスモポリタンとはいえない。
2007.02.08
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今月末で、これまで二束のわらじをしていた会社を退職する。それはもう決まっていたのだが、まだ会社に届けただけで内々のことだった。今朝直属の上司より、「今日みんなにオープンにするけどいい? 送別会の案内をしないといけないし。」ということで、いよいよ部署のみんなに知られることになった。ほんの少し不安がよぎったが、どうやってもまたこの会社に戻ってくるというシチュエーションはないので、さっぱりした気分になった。明るく、退職! お世話になってきたクライアントも数名の方は、この10年近く私を支えてきてくださった(私はそう思っている)。今日は、その中の一人に、ちょっとどきどきしながらメールで退職のことを伝えた。その方より届いた返信は。。。一度しかない人生ですから、誰よりも、自分自身に正直に生きるべきと、常日頃、周りの人間にも申しておる次第です。少しの勇気が、たくさんのことを手に入れるために一番必要なことだと思います。新天地でのご活躍を祈っています。!!感激!!そうか、だから、今の彼があるのか。この言葉をこの先もずっと持って歩いて行きます。
2007.02.05
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アメリカの友人を介しておつきあいをさせていただくようになった、UFOの研究では日本では第一人者である竹本良さんより、UFO・オーブ(UFORBs)研究のための"宇宙生命研究"分科会発足の案内をいただいた。この会は、日本サイ科学会の分科会である。竹本さんのサイトであるMARGINAL BOX は、お気に入りサイトにもリンクしているが、日々更新されるのが待ち遠しい数少ないサイトである。竹本さんについてご紹介すると、とてもセンサーが繊細(ダジャレではない)でいろいろなことをキャッチできる人だと思う。とても楽しくて、人に気を遣わせない。TVでご覧になった方はご存知かもしれないが、まさにエンターテイメント。そして、日本サイ科学会とはどのようなどのような組織なのかというと、サイトに出ている文章から一部引用してみよう。サイ「PSI」とは、世の中の未知の部分、つまり従来の科学では説明できそうにない現象は、超常現象、サイ現象、変則現象などと言われている。サイ(Ψ,ψ)はギリシャ語の「魂」の頭文字であり、その流れで英語の「PSI」(サイ)とは超能力等の超常現象を意味している。ESP(感覚外知覚)とPK(念力)を包含する総称として「サイpsi」という用語を1942年に提案したのは、英国の心理学者ロバート・H・サウレス。その後、J・B・ラインもそれを採用し超心理学における学術用語として定着した。在来科学を超えて、未知の世界の解明を目指しているのがサイ科学。この会はサイ現象の広範囲な分野を科学的に解明し、その知識の普及と活用を図ることを目的として昭和51年に日本PS学会という名称で、故 関英男先生(元名誉会長)によって設立され、その後、日本サイ科学会と改称され現在に至っている。学生の頃は、超心理学を研究したいと思っても、大学に専門の教授もいないし、誰も本気で研究しようという者もいなかった。この何十年、私はたくさん回り道をしてきたが、ここに来てやっと自分の生活の中に融合させながら、伸び伸びと情報収集できるようになった。そんな中、竹本さんとお知り合いになれたのも、何か意味のあることに違いない。日本でブームになっているスピリチュアルの世界、そして、UFO、ORB、ちょっと前までは、ビジネスウーマン時代が長すぎたせいもあって、とても遠い存在だったのが、最近急に自分のまわりに集まってきたような感じだ。来月、この分科会に参加予定なので、参加報告を是非このブログで紹介したい。
2007.02.03
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「サブリミナル効果」という言葉を聞いたことのない方でも、必ず日々、それに操られている。操られているという言葉が強すぎるとすれば、取り囲まれている、もしくは刷り込まれているという表現もありかもしれない。私の大学卒業論文はまさにこの「サブリミナル効果」を題材にしたものだった。今では、あまりの稚拙な実験でここでお話するのもお恥ずかしいのだが、タキストスコープという瞬間露出装置を使っていろいろな言葉や絵を被験者に見せる。見せる時間はほんの何分の1秒なので、それが何か認識できてはいないのだが、潜在意識では認識しているというのが前提だった。どこまで、人は潜在意識領域で記憶をしているのか。。。この実験をどうしてもしたかった理由は、大昔から言い伝えられているとても有名なマーケティングを学ぶ初心者なら聞いたことがあるであろう一つの手法にとても興味がわき、広告って人の心をそんなに操られるものなのかということからだ。私のあやふやな記憶では、この話は、最初、ある街の中に、ただ「来たる!」という文字だけが1~2週間ほど貼られた。その後、「もうすぐ来る!」というのが同じくらい貼られた。次は、「いよいよ来る!」そして「あと2週間!」最後は「明日来たる!」この言葉以外に、何も説明はない。何の絵もない。ただ、文字だけだったのだが、街の人たちは、毎日これを目にすることで、「一体なんだろう?」「何が来るんだろう?」「いよいよか」「明日だって。是非見なくては。」という心理状態になり、当日になると、街にいた人ほとんどが、集まった。そして、見事、この催し物は大成功だったという。今でも、このセオリーを使ったCMや広告宣伝は多く見られる。こんな話をしていると、広告業界を目指すリクルーターへのセミナーみたいになってしまうが、これもひとつの潜在意識に訴えた刷り込みなのだ。人の潜在意識って、誰も想像できないほど許容量は大きい。記憶を詰め込むために潜在意識の領域を使えばそれはものすごい効果を発揮する。この領域を強化して、精神的に強くなると、鬱からも解放されるのではないだろうか。いつもネガティブなことを考えていると、それは潜在意識に間違いなく刷り込まれるので、そのとおりの現実になる。マーフィーの法則というのは、それに通じるものだと思う。「こんなことになったら困るな」と思うときに限ってそうなってしまうという不思議な法則が有名だが、これは、まさに本人が潜在的に無意識に刷り込んでしまっているのだ。人の潜在能力というのは、サイキックパワーの一つともいえる。誰でも持っているのに、ほとんどの人は使えない。潜在意識の中に周りのごちゃごちゃした良いもの悪いものミックスされた意味のない情報が入ってきて無意識にな操られるのではなく、自分の意思でクリアにできた時、宇宙とシンクロできるのだろう。そのためにこそ、瞑想が必須なのだと思う。
2007.02.02
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学習研究社が毎月発行している「ムー」は、世界の謎や不思議関係を取り上げている歴史の長いマガジンだ。私の尊敬する南山宏先生が毎月「ちょっと不思議な話」を連載されている他、「南山宏の綺想科学論」ということで毎回興味深い研究成果を載せている。南山先生は、日本国内でサイエンス・スピリチュアルに造詣の深い翻訳のできる数少ない第一人者の一人である。おそらく、大勢のお弟子さんたちを抱えながら、最近のスピリュアルブームもあり、あちこちの出版社からはひっぱりだこなのではないだろうか。これまでに、数回先生とは友人の出版関係で打ち合わせをした時にお会いしている。とてもシャイで純粋で笑顔がとても素敵な方だ。2月号では、「エイリアンとの極秘テレパシー交信計画”PPD”」というアメリカ空軍元軍曹Dan・Sherman(ダン・シャーマン)の証言を紹介してくださっている。アメリカの友人は、これはおそらく本当の話。是非原文も読んだ方がいいと薦めてくれた。彼の母親はダンを妊娠した時にエイリアンの高度な遺伝子操作を受けた。これにによって彼は特殊能力を授かった。それが開花するために軍隊で最高機密の中ハードな訓練を受け、最終的にはエイリアンと交信できるようになった。その後、アブダクションに関係していることに気づき、苦労して除隊。彼はまた地震予知能力も持っていた。彼が現在発行しているホームページのアドレスも紹介されている。日本では、なかなか真面目に受け取ってもらえないUFOとエイリアン問題だが、私の周りには、真剣に取り組んでいる人たちがたくさんいる。私はその人たちと関わることができてとても幸せだと思う。宇宙の彼方、何億年も昔または未来からやってくるエイリアン。スピリチュアルなマインドを広げれば、きっとシンクロできるはず。
2007.01.30
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私の卒業した大学は2校とも関西。一つは愛知県にある。私が役員をしている同窓会はこちらの大学。中部地方の大学生の割合はおそらく地元企業に就職する卒業生が半分と愛知県以西出身で地元に帰る人々が4割、あとの一割が関東出身もしくは卒業後関東の企業に就職という感じだろうと思われる。昨年までは、それでも関東で確認できるメンバーは数多くいたのだが、昨今の個人情報保護法関連で、本人の意思を確認しないと同窓会のメンバーとして認定できなくなり、このままでは、だんだん寂れていく関東同窓会の行く末が案じられる。愛知県は、元々豊田自動車のお膝元であるのと同時に、濃尾平野の土は焼き物に向くようで、ノリタケ、ナルミ製陶、東陶、瀬戸物、常滑焼き、そして、日本碍子、日本特殊陶器(NGKスパークプラグ)など、関連する企業が多い。また、元々の名古屋気質もあり、東京にも大阪にも属さず、頑固に名古屋という文化を固守している。彼らは、名古屋は都会であり、東京に次ぐ関東圏と思っている。なんていうことを平気で言えるのは、自分が名古屋出身だからこそ。そんな気質の大先輩たちが、大学の同窓会の本部を構成しており、関東同窓会はそのブランチ組織である。2年前から、この関東同窓会の役員を頼まれ、時々東京駅地下の八重洲倶楽部で開催される会合に出席しているが、何かと本部対関東という対峙した関係になり、楽しんで運営をしているという感覚ではない。。。この役目も今年後半から渡米することを大先輩たちに話して、今年度の幹事は辞退したいというお願いをしたのだが、すぐ後任がいるわけてもなく、とりあえず、後任保留のまま、ぎりぎりまで私は任務をまっとうすることになった。先輩の皆様方申し訳ございません。関東にいる後輩たち、どうかこの関東同窓会をも少し盛り上げていってあげてください。関東同窓会代表である大先輩が、J-LILY/ジェイリリーのシャンプーを使ってとても良かったので、2本送ってほしいと帰り際に注文してくださったのが嬉しかった。先輩いわく、クリーニングに出したYシャツの襟についていた合成のりで首周りがかぶれるようになり、肌がとても弱くなったので、シャンプーにもこだわって特別なものを使っていたところ、エミューオイル入りのシャンプーを使ったら、とても良かったよ。とのこと。そう、使った人だけがわかってくださる、このミラクルな製品。最近は特に宣伝もしていないのだが、細く長く使っていただきたい。
2007.01.29
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今日は、約束していたPCのセッティングのためヒーラーMさん宅へ滞在。2週間ほど前に、一緒にPCを選びに行って、いろいろと相談に乗り結局私が使っているメーカーの最新の機種をオーダー。先週届いたので、今日は古いPCのバックアップと、新しいPCの組み立て、ソフトのインストール、メールの設定等、ひととりセッティングをして完了!好きなことをやっていると、時間もあっという間に経ってしまう。それもこれも、朝の偏頭痛に一日悩まされることなく、リラックスしながらできたからだろう。朝から持病の偏頭痛目が覚め、今日はあまりクリアなマインドでいられないのが残念だな、と思いつつMさんに打ち明けると、それじゃ、今から楽にしてあげるよ、と、直接私にヒーリングパワーを浴びせてくれた。初めての経験だったが、椅子に座って複式呼吸で気分を安定させた後、私の好きなオレンジ色の光線と砂金のようなゴールドでヒーリングをしてくれたのだ。私の中にある過去のいらないものを体から押し出し、体中を暖め、グランディングで足を大地にしっかりと吸い付け安定感をもたらし、最後はなんともいえぬ体中が何か暖かいものに包まれて浮いているようなとても心地よい気持ちに浸りきることができた。そして、気がつかないうちに頭が軽くなり、その後PCを組み立てているうちにすっかり頭痛は消えていた。普通だと、朝起きるころ始まる偏頭痛は消えるまで、最低丸一日かかる。ひどい時は、吐き気が伴い体中寒くてカチカチな状態だ。Mさん宅は、そこにいるだけでほんわかした雰囲気がいつも漂っていてとても素敵な場所。特に今日は私にとってはホスピタルだった。Mさんと知り合ったことに感謝!
2007.01.28
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私の母方の祖父が御岳神社縁の者であるのと同時に、父方の親類はお寺で法事には必ずその親類のお坊さんが来てくれた。名古屋に大須観音というにぎやかなお寺があるが、そこで時々お経をあげていたようだ。私の育った実家がお寺であったわけではないが、子供の頃は祖母が毎日あげるお経を隣に座って聞きながら、御香の煙ですすけたジャバラに折りたたまれた経本を見るのが好きだった。全く意味のわからない言葉の羅列とフリガナ。でも、「ほんぎゃぼらーてぃまかぼだらーまにはんどまじんばらはらばりたやむ~」(?)のところが妙に好きで一緒になって唱えていた。大学では心理学を専攻したのだが、そこは曹洞宗が設立した大学だというのは入学してから知った。そして、その後、小学校の教師の免許を取得するために京都の佛教大学に編入。名古屋から近かったからというだけの理由だったが、今思うと、私の生活のいろいろな場面で仏教とし神道は私の潜在意識の中に組み込まれてきたようだ。社会人になってからは、もう何年も遠ざかってしまっていた。その間の人生はまさに私のカルマが重くのしかかって、その内容は思い出そうと努力しないと忘れてしまっていることが多い。それほど、つらいことがたくさんあった。最近、瞑想をしていると、昔の心を痛めた悲しいフィーリングがわっと押し寄せてくることがある。それは、奥底に押し込んで閉じ込めてしまった昔の痛みを解放しているので、瞑想をしていく段階で必ず経験するものらしい。それにめげずに、毎日毎日、できるだけ長い時間瞑想をしていくうちに、心がクリアになってシンプルになっていく。。。私の瞑想のやり方は、いたって簡単。とにかくリラックスできる姿勢、横になっていてもいいし、座禅を組んでもよいが、体に緊張感を与えないようにする。そして、舌を上の歯の裏側につけ、鼻で息をする。目は半眼でも閉じてもどちらでもok。あとは、自分の息に精神を集中させる。途中で、どこかが痒くなったり、いろいろな考えが浮かんできたりしてもかまわない。続けているうちに、だんだん息が静かになってリラックスできるようになってくる。眠い時は寝てしまうこともあるが、それでもok。タイマーを設定して、10分くらいから始めて、出来るようになったら30分、1時間。私は、とにかく長く瞑想をしたいので、もっとフリーな時間が欲しいと願っている。
2007.01.26
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My friend who is learning to become healer told me before... The one which you want will come to you. I think it is right. I can catch nice thinking or things when I have clear mind. I had many such experiences.But it was a little bit different pattern yesterday. I have heard the answer from the person who I don't know, we just passed each other at the floor in the Shinjuku Mitsui Building. He was talking with his friends, and he said to his coworker or something the word, which was my complete answer I wanted to remember the name of my old friend. I, my boss and my coworker were talking each others about our old friend when we had lunch yesterday, but no one couldn't remember her family name after marriage.I was very surprised at that time. It was not accident. I was in synch with the world, and maybe my old friend's mind.
2007.01.24
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ヒーラーMさんが、「欲しいものは向こうからやってくるよ。」って言ってたのを思い出した。マインドをクリアにしている時は、自分を取り囲む世界と調和して、知りたいと思っているものが無理をしなくても、自然に流れ込んでくる感じで頭の中に閃くことがある。そんな時は気持ちもとても穏やかで、心地よい。それは、これまでに何度も経験があった。ただ、今日のはちょっと違っていた。それは。。。新橋近くの居酒屋で昼食をとりながら、上司と同僚の三人(このサラリーマン生活は来月で終り!)で共通の知り合いの人の話題になった。あの頃は良かったね~という類の昔話だったのだが、その共通の知り合いの人の結婚後の苗字が出てこない。私は、旧性を覚えていたので、他の二人に感謝をされたのだが、上司は、「松村さんになったんだよね」と言うし、同僚は「松永さんですよ。」でも、私は間違いなくこの2つの名前ではないと確信していたので、「思い出せないけど、どちらも違うということだけは自信があるよ。」という、なんとも他愛のない会話。結局、お店を出てからも誰も思い出せず、なんかすっきりしないね、きっと午後ずっと考えてるだろうね。と話しあいながら、私はクライアント先である新宿に行くため別れた。その後、電車に乗って移動するうち、私はその会話はもう忘れて新宿三井ビルの一階エレベーターに向かって歩いていた時だった。突然、斜め右後ろから若い男性同士の会話が聞こえてきた。すれ違いざま私の右の耳元に聞こえてきたのは、ただ一言「松岡さんがさあ、、、、」。その瞬間、”そう!松岡さん!”まさに、私達が思い出したかった苗字だった。そして、私は新橋の同僚に電話をかけ、「松岡さんだよ。今ね、実は、、、」と、不思議な出来事を報告。同僚も「そうそう、松岡さん。すごいね、それ。」とびっくりしていた。私の友人が、見知らぬ人に突然耳元で不思議なことを囁かれ、それがまさに意味のある内容だったので、見知らぬ人を使って何かが自分に教えてくれたという話をしていたことを思い出した。今日の場合、私は潜在的に名前を思い出そうとしていたと思う。それが、自分の内面からではなく、外部から回答をもらった。でも、それは、偶然ではなく、私を取り囲む世界と一緒になって導き出したことなのだと思う。だったら!私は、もっと今知りたいこといっぱいあるし、悩んでることもたくさんあるのだから、もっともっとマインドをクリアにして、耳ダンボにして聞いてみよう!!そう、思えたことが今日の収穫かな。
2007.01.22
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私が、この3年ほどサンフランシスコに行くと必ず行くところがある。それが、チャイニーズドクターのところ。チャイナタウンの中ではなく、海に近いところにある中国人ばかり集まっている立派な住宅街の中にある。私のかかりつけチャイニーズドクター、名前と顔は公表できないが、彼のノートにはもうかなりぎっしりと、中国語で私のこれまでの経緯が書かれている。それを見ながら、その後の調子はどうとか、今回はどんなところが具合が悪いのか、いろいろと聞いてくれる。あまり英語は上手ではないので、時々発音がわからない時もあるけれど、最終手段は漢字。最初は、ドクターは、日本人が漢字を書くということに驚いていたが最近は大丈夫。チャイナタウンでお茶を買う時、控えに漢字でお茶の名前を書き留めるのを見て、店員の中国人女性がびっくりして「え~!?漢字書けるの~!?」って中国語で叫ばれたことがある。私の方がびっくりだった。中国人は日本人が漢字を書くことを知らないんだ。。。話を戻すと、先生に、まず体の調子や、前回飲んだ漢方薬の効果を聞かれ、次に脈をはかり、爪を見て、最後にいつも聞かれるのが、「メイアイシーユアタン?」このカタカナの通りの発音だ。つまり舌を見せてね、って意味。下がその診療場所と先生。引き出しと、周りの棚には数え切れない数のチャイニーズハーブ(漢方薬)。先生は、引き出しからいくつか取り出して、秤で計りながら、紙袋に小分けしていく。毎回、中身が違う。話を聞いて、最後に処方してくれるまでだいたい30分から1時間かかる。西洋のお医者さんに診て貰うのとは全く違うのだ。しかも、チャイニーズドクターは、年中無休。今年も1月1日から、胃の調子が悪かったので診てもらった。もちろん、中国ではお正月は2月なので、1月1日と言ってもちょっとした祝日くらいの扱いらしい。私の持っている古いChinese Tonic Herbsという英語の本から、私の処方でよく使われるものをあげると、・Ginseng "The King of Herbs" (日本で言う高麗人参 体を暖める)・Tang kuei (血液をきれいにする 心臓、肝臓、脾臓、腎臓によい 体を暖める)・Chinese Licorice Root (甘草 脾臓、胃、腎臓、肺によい)・Lycii Fructus (クコの実 肝臓、腎臓、肺によい)・Astragali Radix (脾臓、肺、体を暖める)・Red Jujube Dates (棗 ナツメのこと メインは胃によい 陰)・Cinnamon (桂皮 シナモンのこと 脾臓、循環作用、体を熱くする 陽)大体日本でも知られているものだが、他にもたくさん処方される。ほとんどは、滞在中に煎じて飲んでしまう。煎じ方-漢方用の陶器のポットに一袋の漢方薬を入れ、お水を3カップ~4カップ入れて、半日以上浸しておく。それを中火から弱火で1カップ程の量になるまで煎じる。だいたい30分位かな。ほとんどは、濃い茶、ほとんど真っ黒の状態になる。これを茶こしでこして飲む。一袋で二回分作る。つまり、一度煎じて飲んだあとまた水を追加して浸しておいてから、再度煎じる。一日に二回。私の体は冷えやすいので、だいたい体を暖める作用のものが多い。上の漢方薬の説明のところで、陰・陽という言葉を入れたが、これは中国道教の考え方でもあるが、陰の物、陽の物と分けられ、その割合で処方が変わったりする。また、体を暖めるものと冷やすものという考え方もあり、私の場合、「西瓜、大根、豆腐、生野菜、バナナは、体を冷やすから食べてはいけない。」とよく先生に言われている。西洋医学が、病気になった時になって必要になるのと違い、中国漢方は、日頃から体の滋養強壮として続けて摂取して、体の抵抗力を高めるもの。だから、毎日続けることが大切だが、それだけではない。私はこれまで、SFに滞在中に何度か、胃腸の具合が悪くなったり、日本での過労と長時間のフライトからぐったりしてしまうことがあっても、その時の症状で処方していただいた漢方を飲むと、たちまち!うそのように体が暖まり、具合がよくなるのだ。SFを去る直前に、再度先生の所を訪れるのだが、毎回別人のように元気になっている。日本で、よく病院で出される粉薬のような漢方薬と違い、本物のハーブから煮出すエキスを直接飲むので効き目が違う。最近は、本国中国でも、西洋医学を重用される傾向にあるらしい。私のチャイニーズドクターのような代々続く貴重な人材に後継者がいないということが、とても寂しい。もちろん、日本にも探せば同様のことをして漢方を処方してくれるところがあるのかもしれないが、間違いなく何倍も高くつくだろう。中国漢方は、奥が深いので、これからも研究していきたい。
2007.01.21
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