2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全9件 (9件中 1-9件目)
1
昔は、会社のストレスをぜ~んぶ家に持ってきて、母に当たっていた父。母は、いっさい反抗しなかった。ずっと耐えていた。父もきっと大変だったんだろう。気に入らないことがあると、娘達にすぐ手をあげる父。何度、ぶたれたかわからない。何度、出てけ~!と言われたか、わからない。その原因がなんだったかは、思い出せない。夫婦喧嘩なんて毎日のようだった。そのたび、私と妹は、二階に逃げた。耳をふさいで、嵐が過ぎ去るのをひたすら待った。私は父が大嫌いだった。18歳の時、私は東京へ。妹は、16歳で家を出た。十代で、家を出た娘達。二人きりの父と母。どんな生活をしていたんだろう。私が25歳の時、母は、自ら命を絶った。突然のことだった。10年前のお正月、2日の出来事だった。私はそのときまだ東京に住んでいて、群馬に帰っていた時だった。妹も帰ってきていた。家族が揃っていた。朝起きたら、母の姿はなかった。どこにいったんだろう?でもみんな、そのうち帰ってくるだろうと、そんな心配もしなかった。その日の夕方、母は、線路にうずくまって、電車が来るのを待って、轢かれて亡くなった。見つかったのは、その数日後。父からの電話「何日か滞在できる用意をして帰ってきなさい」父の暗い声から、ただならぬことを感じた。私は、帰るお金が手元になかった。電車に乗れない。私はなにかを察したのか、新宿の駅の公衆電話で「そんなこと言ったって、お金ないんだよ!帰れないよ!」と泣きながら、大きな声を出していた。周りの人がびっくりしてみんな私を見ていた。駅まで妹が迎えにきてくれて、お金を払ってくれた。その妹の様子を見て、何かがあったんだ…と思った。いつも、化粧も服もばっちり決めている妹が、素顔で着の身着のままの格好でいた。車に乗ったら、妹が言った。「お母さんが死んだ」「え?何が?どういうこと?」「お母さんが、電車に引かれて、、、、」何が起こったのかわからなかった。あまりの出来事に、悲しむこともできない。家に帰って玄関を開けると、父が申し訳なさそうに、私の前で泣き崩れた。床の間を見ると、お棺があった。何が起きたんだろう。。。私は泣いていた。でもよくわからないまま、ただ泣いていた。あれから10年。。。昨日、ずっと手をつけられなかった、母のバックやら、手帳やらを整理した。お父さんは、見たくないと言って、ずっと手をつけられなかったものだ。遺品として、箱にしまった。もう涙はなかった。悲しみも怒りも後悔もない。懐かしいような気持ちで、お母さんと話をしながら、整理した。この間、私が辛かったとき、妹の家で二人でお酒を飲んで、母の話をした。妹はまだ、母の死の悲しみを背負っている。妹は、母の死がわかって、私が東京から来るまでの出来事を語った。警察で、母の死を知ったときの父。いつも気丈で、涙なんか見せたことのない父が、その場に倒れ、泣き崩れ、とても見ていられなかったと言う。妹はそんな父を見て、「私がしっかりしなきゃ、私がお父さんを守るんだ。」そう思ったそうだ。警察が家にきて、親戚が帰った後、妹は一人になった。お父さんはまだ警察の事情徴収から帰ってこない。親戚から、お姉ちゃんには、帰ってくるまで言うなと言われた。誰にも言えず、誰にも頼れず、妹は一人で耐えた。どんなに辛い時間だったろう。そのときだ。母が帰ってきた。庭の石畳をコツコツという足音。玄関をガラガラと開けたと思ったら、ぴしゃ~ん!と勢いよく閉める音。「お母さんだ。。。」妹は思った。「私はここにいるよ!みんな何してんの!?」母は妹に知らせていた。自分が死んだことをわかっていない。それからも、何度も妹は、階段を登る音や、戸を閉める音を聞いたという。私も母が死んでから、家にいても、会社にいても、ラップ音がひっきりなしに鳴っていた。それはしばらく続いた。妹は怖かった。「お母さんは、私のことを怒ってるんだ。。。」不良で、ずっと親に迷惑をかけてきた妹は、母に申し訳ない気持ちがあった。それから、それぞれの苦しみが始まった。それぞれが、母の死と向き合った。同じ苦しみを味わった、お父さんと私と妹。でも、それぞれに違う痛みと悲しみを背負ってきた。今だから、こうして妹と笑いながら、泣きながら、母のことを話せる。妹は、母の写真を持ってきて、「お母さん、聞いてる?きっと今頃、ここにいるよ」と笑う。母のことがあったからこそ、気づいたことも、学んだこともいっぱいある。家族の大切さ。父がいて、母がいて、妹がいて、それが当たり前だと思っていた。誰かが欠けるなんて想像もしていなかった。ある日突然、その大切な家族がいなくなる。私は、ここに来るとき、このことを自分で選択してきた。今も、わかっているけど、これは一生かけて、学んでいくことだろう。それぞれの身に起こること。嬉しいことも、辛いことも悲しいことも、それはすべて必要なこと。そこから、私たちは、「愛すること」を学ぶんだ。2005年も、あと少しで終わる。今年は、いろんなことがあったなぁ。来年は、もっといい年になるだろう。明日は、山梨のカウントダウンのイベントに、行ってきます!ぱ~っと!こころを解放して、いっぱい感動してこようと思います。皆さんもよいお年を~☆ありがとう♪
2005年12月30日
コメント(16)
今日は、昨日に引き続き大掃除をした。今日は、絶好のお掃除日和。群馬の冬は、天気がよくても、風が強いことがほとんどなので、風もなく晴天な日は、めったにない。だから気合いも入る。昨日は、ひとりだったので、やる気もいまいち、進みもいまいちだったけど、今日はお父さんと一緒にやったので、がんばったぞ☆とりあえず、終了~ お疲れ様、私。今年は、外出も多くて、大掃除。。。。いっかな~って思ってたけど、やらないとな~んか年越せない気がする。小さい頃から、大掃除してたからかな~ 習慣だよね。私たちの役目は、窓拭きだった。家中の窓拭きを妹と二人でしたっけ。その当時は、マイペットとか使わないで、ぞうきんで水拭きしてから、から拭きしてたから、相当時間かかったよ。嫌々やってた気がする。今日は、楽しくできたな~歌、歌いながら、やったよ。お父さんとお母さんの結婚記念日に親戚からもらった置時計を拭き拭きしてたら、「お~お~きなのっぽの古どけい~♪おじい~さんのとけい~♪」それをしばらく歌ってた。しかもノリノリで。その後、掃除しながら、色々沸々考えてたら、オンセンズの「Born to love」がやってきた。「ぼ~んつぅ~ら~ぶ~ ぼくらは愛するために~ 生まれてきたんだ~♪」 ほんとそうだよな~と思いつつ、布団を干しながら歌ってたら、うっ。。。涙でそうになった。あきらっち、やっぱ、あなたはすごいわ。お隣りさんから、あんぴん餅のおすそ分け。しかもできたて♪ すぐさまほおばる。うまいっ!朝ごはん抜いたから、それが朝食。お返しに、頂いたうどんとりんごをあげたら、しばらくして、また食べ物がやってきた。今度は、辛味もち。これも作りたて。もちろん、その場でいただき☆うま~い。これってエンドレス?夜は久々に、お父さんと一緒に鍋をしようと材料を昨日買ってきていた。お昼が遅かったので、夜は8時過ぎでいいなと思っていたら、6時半ぐらいに、父 「おなかすいた。。。」え???4時にうどんと辛味もち、食べたばっかじゃん。まあ、動いてるからね。はいはい、すぐ支度しますよ。その間、お父さんは近所のスーパーにお買い物へ。私はすぐ食べられるように用意をして待っていたが、なかなか帰ってこない。お~い、どこまでいったんだよ~帰ってきた。買い物袋の中に、いいちこがある。父はほとんどお酒が飲めない。私「これ、どうしたん?」父「これ、うまいんだ。」私「じゃあ、今飲む?」父「うん」私は気を利かせて、コップにいいちこを入れた。父は向こうの部屋にいって、なかなか戻ってこない。「お~い、先に食べちゃうよ~」私は、待ちきれず、先に食べだした。戻ってきた父は、コップを見て、「なんだ!先にお酒を入れちゃだめなんだ!」 と怒り気味。「はいはい、わかりました。」ちょっとむかっとくるが、抑える私。気まずくなったのか、なかなか席につかない父。「早くすわれよ」(←私の心の声)やっと座ったが、なかなか鍋を食べようとしない。私「どうしたの?食べないの?」父「おなかすいてない。。。」はぁ?さっきおなかすいたっていったじゃんよ~ だから急いで作ったのに!!!どうやら、お隣にもらったお餅を食べて、胃がもたれたらしい。父は胃腸が弱く、ちょっとのことで、すぐやられる。まったくこのおやじ。。。。仕方ないけど、ほんと子供みたいだな。ちょっとのことで、すぐ切れるし、自分の思い通りにならないと、すぐ怒るしよぉ。ちなみに私は、父からいままで一度も「ありがとう」という言葉を聞いたことがない。京都に一緒に旅行にいって、年のせいか疲れていたようなので、キネシとクラニアルをやってあげたら、ありがとうと言うかと思いきや、父の口から出た言葉は、「ごくろう」・・・・・ お父さんには、それが精一杯だったのね。口下手で、劣等感が強く、根は優しいが、不器用な人。これが、外では、社交的なんだけどね。そう、これが私の父なんだ。 つづく。。。
2005年12月30日
コメント(0)
今日は友達とガストに6時間もいた。女ってまあよくもそんなに話すことがあるもんだよね。尽きないのよ。人と話すのって面白い。人の話を聞いたり、自分の話をすることで、いろんなことに気づく。その友達と私は、育った環境だったり、似たとこもあるんだけど、性格は間逆。でもそれがお互いのいい刺激になっているようで、彼女は、私が気づかない視点で物を見ているので、はっとさせられることがよくある。私にいろんな刺激をくれる大切な友達だ。しかし、時に私の大胆な行動は、彼女にとってはひやひやものみたいで、今日はダメだしされてしまった。私的には、なんで???何がいけないんだろ???大丈夫じゃんって思ってしまうのよね。私たち、足して2で割ったらちょうどいいかもなぁ。あ、そしたら普通でつまんない人間になってしまうかも。でも、今日、彼女と話していて、ひとつ大きなことに気づいてしまった。気づいてよかった。ほんとよかった。また、同じこと繰り返しそうになってたよ。Mちゃん、ありがとう~
2005年12月28日
コメント(0)
イブの日、スリリングなことが起きた。それは、まるで、ドラマのような出来事。自分にこんなことが起きるなんて思ってもいなかった。彼と私が、これから一緒に学ぶための大きな試練。起きたことは、とても辛く悲しいことだったけど、私たちにとって必要なことだった。乗り越えられる準備ができたからこそ、やってきたのだ。起きたことに対して、受け入れられない自分。不安と恐怖と怒りと、いろんな感情が、私の中でぐるぐるしていた。こんなとき、過去の恋愛で傷ついた私が、前に進むのを邪魔する。またああなったらどうしよう。。。私は同じことを繰り返しているのだろうか?泣きながら、私のこころが、助けて~ 助けて~と叫んでいた。もうこれ以上、傷つきたくない。泣き疲れて、寝る。起きてまた思い出して泣く。ああ、このままずっと寝ていられたら、考えなくてすむのに。。。過去の出来事が、走馬灯のように、浮かんできた。それは物語のようにすべてつながっていた。意味があった。「わたし」という人生の物語。起きた出来事はまさに過去の自分を表していたのだ。それを見せられたのだ。「自分を受け入れなさい。」そう言われてる気がした。この現実も私が望んだから、やってきた。それはこころのどこかで分かっていた。彼を信じようと思った。これは自分が選択したことなんだ。彼を信じることは、自分を信じること。自分を信じようって思った。いつまでかかるかわからないけど、信じて待ってみようって。そう決意したら、彼から電話があった。あまりに、嬉しくて安心して、声にならなかった。ああ、自分を信じてよかった。ほんとうによかった。彼もおんなじことを考えていた。私たちは、ちゃんとつながっていた。もう大丈夫。迷わないよ。すべては自分が作り出した世界。過去も現在も未来も。だとしたら、自分のやりたいように、やってみよう。結果なんてどうだっていいんだ。大切なのは、プロセス。神様、ありがとう。
2005年12月27日
コメント(6)
行ってきました。奈良の三輪山へ。漫画「アマテラス」に出てくる。三輪山。ここに行って見たいと思ってから、たくさんのシンクロが起きた。先日のヒプノで出てきた、前世は大和の時代。あの山は、たぶん、三輪山。だから、余計行って見たいと思った。私のルーツの旅。これも偶然で、高校の友達が、結婚して奈良に行ったんだけど、彼女が結婚式をあげたところが、三輪明神だった。そして、ダンナさまは小さい時から、三輪明神に親しんでいるそうだ。前日から、奈良は雪が降って、近畿地方は、大寒波。友達から、日を変えた方がいいのでは?とのメール。でも、私は、大丈夫だろうと、行くことにした。夜行バスで、京都まで行って、そこから電車で三輪山のある三輪駅まで。なんだか、わくわくのひとり旅。三輪駅は、無人駅みたいに静かな駅だった。私、こういうとこ好きなんだよね。天気は、晴れていた。ほらやっぱり来てよかったよ。しかし、、、寒い。。。寒すぎる。。。駅から5分くらい歩くと、三輪明神に着く。今日は、冬至の前で、「南瓜振る舞い」というのをやっていた。山に登る前の、腹ごしらえにちょうどいい。めっちゃ寒い中で食べる南瓜煮は、すんごいうまかった。おかわりしたくなったけど、我慢した。三輪山に登るには、狭井神社での申し込みが必要。300円を払って、たすきをもらって、いざ山へ。もくもくと登る。結構、坂がきつい。久々の山登りで、ぜーはー言ってる。体力不足だな。途中、小さな滝があった。そこで、大阪からきたご夫婦と合流した。彼らは、年に3~4回、三輪山に登っているらしい。「三輪さんは、日本最古の神社で、とてもいい神様なのよ。あなたいいとこにきたわね。」群馬から一人で、ここに登るためにきたと行ったら、たいそう驚いていた。えらいね~としきりに感心してた。ひとりじゃ寂しいだろうから、一緒に登ろうと言ってくれた。まあ、ひとりでも寂しくないんだけどさ。奥さんの優しさに、甘えることにした。奥さんは65歳、旦那様もそれくらいだろうか。二人は軽い足取りでどんどん登っていく。とくにダンナさまの足取りは軽やか。すごいな~ 若い私の方がへばってるよ。途中、木に抱っこしたり、赤い小さなイチゴみたいな実を食べて、生き返ったり、眼下に広がる景色をみたりした。山頂にやっと着いた。片道一時間くらいなんだけど、なんか長く感じたなぁ。山頂には、小さな拝殿があった。旦那様は、お酒をリュックから出した。さすが。。。私も途中で思ったけど、遅かった。神様は礼儀を重んじるそうで、お酒などのお供えものを持っていくのが礼儀なのだ。まあ、今回は、このご夫婦に便乗しちゃえ。私は、ふと、その奥の道が気になった。そしたら、ご夫婦は、そっちへ向かっていく。にこにこしながら、「本当の場所は、この奥にあるんだよ」と旦那様。一緒にきなさいと言う。旦那様をそこで初めてよく見たら、神官のような風貌をしていた。ああこの人は、昔、神に仕える仕事をしていたんだろうなぁ~と思った。そこには、大きな黒い石がたくさんあった。周りは枠で囲われていた。「ここには、本殿がないんです。この石が神様なんです。この山自体が神。こんな大きな石を人間が運んできたとは到底思えないでしょ。」たしか、こんなことを旦那様は言っていた気がする。たしかに、そこに鎮座する石は、とても神秘的だった。その周りをお酒をまいて、廻った。こころから、手を合わせた。「ここに来れたことに感謝します。ありがとうございます。」三輪山頂の空気は、とっても澄んでいて、気持ちよかった。おなかいっぱいにその空気を吸った。そこから、眼下に広がる景色。私はむかしむかし、ここにいたんだと感じた。その景色を見て、少し懐かしく、嬉しい気持ちになった。「また来ます」と、こころの中でつぶやいて、下山した。下山してから、もう一つ、気になる神社に行った。そこから歩いて、20分くらいのところにある、桧原神社。桧原神社は、元伊勢と呼ばれ、豊鍬入姫が、天照大御神を最初に祭った場所だ。桧原神社は「山の辺の道」という細い田舎道をず~っといった所にある。その道は、何かとても気持ちがよかった。桧原神社は、とても地味な神社だった。ここには、三輪山の拝殿と同じ、三ツ鳥居があった。普通、鳥居が一つだが、ここの鳥居は、それが三つ連なっている。初めてみた。意味は聞いてみたが、わからないそうだ。私は、こういう知る人ぞ知るみたいな、じみ~な神社が好きだ。しかし、、、寒かった。。。茶屋でかす汁を食べた。これがまたすんごいおいしかった。あまりの寒さに、あったまったのも、一瞬だったけど。彼へのお土産に、三輪のお酒を買った。その後、友達夫婦が神社まで迎えにきてくれた。次の日は、京都の鞍馬山に行く予定だったけど、寒さと山に登った筋肉痛で、、、、やめた。友達と、あったかいこたつに入りながらのおしゃべりは楽しかった。またくればいいもんね。今年の誕生日は、ひとり京都の街中で過ごした。自然食のバイキングレストランに、一人で入った。もちろん周りは、カップルや、友達同士で和気藹々楽しそう。一人なのは、私だけ。でも寂しくなかった。こころは、あったかかった。幸せだった。ごはんもおいしかった。キネシの友達に、今年の誕生日を迎えてから、大きな変化があるって言われていた。そして来年は、仕事もプライベートもすごくよくなるって。だから誕生日が来るのが、楽しみだったんだ。これから何が起こるのか、ワクワクするよ。帰りのバスは、雪のせいで、7時間も遅れて、バスに15時間も揺られていたけど、全然疲れなかった。だって、ほとんど寝てたんだよね。京都&奈良の旅は、静かな旅だった。
2005年12月27日
コメント(2)
☆☆★☆☆東京セッションのお知らせ ☆☆☆★☆ あなたの望むことはあなたの体が知っています ~こころとからだの声を聴いてみましょう~ 幸せになりたいと思っているのに、うまくいかない。 何をしたいかわからない。けど現状にも満足できない。 何故か、同じことを繰り返してしまう。などなど。。。 キネシオロジーを使って、心身のバランスを整えると、 自分が本当はどうしたいのか、何を望んでいるのかがわかるようになります。そして、その方向に自然と向かえるようになります。 「魂は、自分自身になるように創られています。あなただけの目的を理解しています。あなたが自分の目的を知っている時には、力に満ち、実現する情熱に満ち溢れているのです。」(TFH創始者 Dr.ジョン・シー) せっかくこの世に生を受けたなら、こころからワクワクする人生を送りたいと思いませんか? キネシオロジーは、あなたが活きたい人生をサポートします。 ラビングタッチのセッションでは、キネシオロジーの他に、クラニアルバランスを使っていきます。 クラニアルは、私達の大切な脳を守っている脳脊髄液を整え、活性化することにより、全身の活液(血液・リンパ液など)の流れをよくし、自然治癒力を呼び戻します。 全身の緊張を解きほぐし、リラックスします。 とっても気持ちがよく、ほとんどの人が寝てしまいます。 来年から、笑顔で新しい年を迎えられるように、 今年の締めくくりにセッションを受けてみませんか? ☆ 個人セッション 15,000円(100分) 日時 12月21・24日の二日間 ☆ 午前10時~11時40分 ☆ 午後1時~2時40分 ☆ 午後3時20分~5時 場所 東急池上線沿線 新宿から30分くらいです。ご予約、お問い合わせはメールにてお願いします。 キネシオロジスト はとりのりこ E-mail nori12198@hotmail.com
2005年12月13日
コメント(2)
日常の小さな幸せ。先日、街中を駐車場まで歩こうとしたら、ちょっと小腹が減ったので、駐車場とは、逆方向のセブンイレブンまで、歩いた。寒い。。。おっ!新作おにぎりだ。発芽玄米、鮭のおにぎり。しかも残りの一個。もちろん買う。冬によく食べる、大好きな中華まんが10パーセントオフ♪「デミグラチーズまん」?おいしそう。肉まんと数秒迷ったけど、チーズまんに挑戦。おっ! お釣りが、777円。なんかいいことありそう☆駐車場まで、歩きながら、食べちゃう。隣は、信号待ちしてる車がいっぱい。でも気にしない。飲み屋風の強面の兄ちゃんたちが歩いてる。でも気にしない。わ~! これはうまい!やばい! デミグラチーズまん。はまりそう。風はとっても冷たいけど、三日月がきれいだよ~ほくほくしながら、こころはスキップしてる。前の車のナンバーが、ぞろ目。(これはよくある)なんかいいことあるかも???昨日行った本屋の駐車場、全部埋まってたのに、店に一番近いとこがぽっと空いていた。らっき~♪ちょっとした幸せが、いっぱいになったらいいな。
2005年12月09日
コメント(4)
先週の土曜日、東京で行われた「ヒーリングダンス」というワークショップに参加してきた。ダンス関係の舞台やら、ワークショップやら、ピピっとくるものがあったら、行ってみようと思って、ネットで探したら、ピピっときた。先生は、精神科医で医者のとっても素敵な先生だった。声がいいのよ~ やわらかくって、優しくって、気持ちのいいバイブレーション。全身を震わせて、声となって出ているって感じかなぁ。バランスが整っている人の声ってこうなのかもって思った。声ってその人が出るんだな~ワークショップは、言葉を一切使わず、ダンスでコミュニケーションをとるというものだった。初対面の人と、目と目、手と手を合わせて、ダンスで自己紹介。こんなの初めての経験。恥ずかし~! 笑顔が引きつっちゃうよ~いつも使っている、頭を今日はオフにして、ハートで感じる。音を感じながら、自分を表現しつつ、相手も尊重して、波長を合わせていく。これがなかなか難しいのよ。自分の要らぬ殻を破らないとできないし、気持ちもよくない。からだに要らない力が入ってるのがわかる。先生は、相手のこころの隙間にす~っと自然に入っていく。どんな人のこころも開いてしまうのだ。その目は慈愛に満ちている。すごいな~と思った。私は、波長を合わせやすい人もいれば、合わせにくい人もいた。そのたびに、自分を表現できたり、できなかったり。。。つまり、相手によって自分が変わってしまうのだ。これでは、疲れてしまうよね。ひとりで踊るのは、ある意味簡単なのかもしれないと思った。みんなと波長を合わせて、踊ること。愛をもって、踊ること。最後は、みんなから愛を受け取るワークをした。面白いことを考えるな~と正直、感心してしまった。愛を与えることももちろん大事だけど、私は愛されているんだって、受け取ることが必要なんだよね。みんなからたくさん愛を受け取りました!愛を受け取って、自分の愛の電池が充電されると、自然を愛を与えたくなるんだよね~ 受け取り上手になろう☆ ダンスを通じて、人間関係の奥深さを教わった。ありがとう☆
2005年12月06日
コメント(6)
ヒプノセラピーを受けてから、なにやら、色々変化が起きている。☆ 新しい出会いがたくさん。しかも私に必要な人が集まってくる。☆ 声が変わった。☆ シンクロがいっぱい起こる。先日、スプリームというエステを経営している、友達のゆかちゃんの集まりがあった。彼女は、男まさりでやり手のキャリアウーマンで、熱いハートを持っているとっても素敵な人。太陽みたいで、いるだけでみんなに元気を与えてくれる。そして、彼女の周りには、自然と人が集まってくる。前世で王様だったというが、すごく納得。ゆかちゃんの大切なお友達達が12人集まった。みんな素敵な人達ばかり。すぐに打ち解けて、食べ物そっちのけで、個々に話が始まった。気づいたら、5時間経っていた。そんで二次会へ~ 久々に楽しい飲み会だった。こんなの何年ぶりだろう。。。次の日は、講演会。エステのお客様を呼んで、代替医療のお話。ホメオパシーとレイキとキネシの三本立て。私はキネシのお話をさせてもらった。人前で話すのが、すんごく苦手な私だったのに、この日が来るのが、なんか楽しみだったし、全然緊張しないで、自分らしくできた。私ってこんな人だったっけ?って自分でもびっくり。もっとやりたいな~なんて欲も出てきたりして。最後に素敵な詩をプレゼントした。その詩は「わたしにふれてください」私は触れることをとても大切にしている。私たちにとって、愛をもって触れ合うことは、とっても必要なこと。手当てが治療の原点だしね。今、触れることがみんな少なくなっているように思う。だからこそ、私は触れることの大切さ、すばらしさを感じてほしいと思う。私はこの詩を初めて友達に教えてもらった時、涙が止まらなかった。その詩を私のつたない朗読で読み始めると、会場からすすり泣く声があちこちで聞こえた。それにつられて、うっ・・・と途中何回かなきそうになったけど、どうにか、がまんがまん。。。みんなのこころにも響いたようで、よかった。この詩は、また後で、日記に載せよう。それと、声が変わったのだ。明らかに。これが私の本当の声なのか?気管が太くなったというか、通ったというか、呼吸も楽になった気がするし、声がいままでにも増して、低くなって安定した感じ。あと、シンクロがいっぱい起こる。ビデオ屋で、題名もわからないビデオを探していて、ないな~と諦めかけたら、目の前にあったり、今年中に行こうと思っている、気になってる神社が奈良にあるんだけど、実は奈良に引っ越した高校の友達が、結婚式をあげたとこだったことを知りびっくりしたり、セラピーする場所を探していたら、話が舞い込んできて、借りることになったり。他にも色々あったけど、忘れた(笑)なにやら、動き出したぞ。とにかく、気の向くまま、こころの向くまま、しばらく行動してみようと思います☆
2005年12月01日
コメント(7)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


