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December 7, 2011
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カテゴリ: 死に方は生き方

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 あの頃の日本人は活力があった。明日を信じて生きていた。これからだという気概があった。今はどうだろう・・・この閉塞感はどうしようもない。あの頃の人は失うものがないからあのような生き方ができたという人もいるだろう。いまは守るべきものがあまりにも多くて動きがとれない。

 しかしそうだろうか。あの頃の日本人は、死に方を知っていたのではないだろうか。どう生きてこうなったらそこで終わりにしよう、という自分へのケジメを持っていたと思う。たとえば「好古」は旅順攻略が使命でありそこで死ぬことは本望だと願っていた。「真之」は戦略をたてその半ばで死のうともそれでいいと思っていた。

 死というものは常に隣り合わせであり、いつそれが訪れようともそれを受け入れることができる心を保持していたのが当時の日本人だった。それがいつのころからか死を遠ざけ死に慄き恐れる日本人が多数を占めるようになった。健康で長生きが美徳だと思うようになった。自分だけは健康で長生きできると信じようとしている。

 サプリメント、健康食品、それに類するものをこれでもか、と服用している。健康でなければいけないと信じ込んでいる。不健康は悪であり健康は善だとでもいうように。

 「健康で長生き」これが使命だと今の日本人は思い込んでいる。長生きするためには、早期に病気を発見し治療を受けることだと信じ込んでいる。何でもかんでも早期発見だ、だから検診車が山間部に乗り付け検診を行う。そこで異常があれば速やかに治療が始まる。それで治るのならばそれもいいだろうしかしすべての人が治るのではない、治らない人も多数いるのが現実だ。

 例えば脳梗塞で倒れたとしよう。半身が付随になり言葉を発することができなくなり、飲み込めなくなった。自分がおかれている現実は理解できているのか否かは不明だ。そういう状態になって、医師が考えるのが、栄養をどうやって取るか。当分は輸液で保持できるが、それもそう長くは続けられない。そこで、流動食を開始する。これで長期間の栄養補給は可能だ。鼻から胃にかけて管を入れてそこに流動食を一日三回流し込むだけでいい。これならば自宅でも、施設でも可能だ。

 もう問いかけても反応はない、息はしている、排便・排尿はしているがそれだけだ。こんな状態でいつまで生きられるのですか?と問えば医師は「まあ、寿命までとはいきませんが数年から十数年生きておられる方は多いですよ」と軽く応じる。

 さあてこのような状態で、十数年生きていくことにあなたは・・・・





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Last updated  December 7, 2011 04:54:45 PM
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