マールの映画日記

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カテゴリ: アニメ
昭和20年神戸。いつ襲ってくるか分からない空襲に怯えながら、4歳の節子と14歳の清太は、戦地に行っている父親の留守を母と共に待っている。そんなある日、空襲によって母を失ってしまい、おばの家で新しい生活を始めるのだが、働きもせず食料も減らすばかりの2人はやがて、邪魔者扱いにされてゆく。 そんな暮らしに別れを告げ、明るい生活を夢見ながら幼い兄妹は、防空壕で2人きりの生活を始める・・・  【1988・日】
声優:辰巳努、白石綾乃   監督:高畑勲


火垂るの墓



私はどんな映画でも、あまりひどい批評をするのは控えたいと思っています。
読んでくれている方を不快な気持ちにさせるのはやはり避けたいと思うのですが、それでもこの映画はあまりに許せない映画なので酷評することを許して頂きたく思います。


毎年8月になるとTVで放映するので、大抵の人は一度は見たことがあると思うのですが、何度も見たいと思う人はそうはいないでしょう。
理由は賛否両論の中でも共通して、“見ているのが辛いから”なのではないでしょうか。


とにかく全編通して露悪趣味が目立ちます。
原作者の野坂昭如氏がTVで語っていた話ですが、「作者はどのような気持ちでこの話を書いたのか?」という質問に対して、野坂氏曰く「あのときは締め切りに追われてヒイヒイ言いながら書いてただけ。。。」というセリフ。
作者の思想が色濃く出ており、尚かつ美しい映像が見ているものをミスリードして行くようで、悲しい映画でした。


また「戦争の悲惨さを描いた映画」という認識が多いと思うのですが、それっておかしくないでしょうか?
父親は職業軍人で一般家庭に比べ不自由しない生活を送っていたはずです。
いわば「甘やかされた子供」でしょう。その子供が自らの我が儘を通すことで、自分の妹までも犠牲としてしまうという内容は、戦下であろうとも許されることではないと思います。
同様の状況であっても、様々な労苦を堪え忍び、今に生きている人がどれほどいるか。何事にも我慢をしないことを美談とされることが非常に腹立たしいです。

戦争をなぜ避けなければならないのか、ということを主眼とするならば、見る映画を間違っていると思います。
「戦争ってこんなに悲惨ですよ」という事を伝えたいのは分かるし、そう言う意味では充分悲惨さは伝わっています。
しかし、節子を殺したのは、清太の「今は戦争という非常事態である」という状況を弁えない身勝手な行動によるものだという事を忘れてはならないでしょう。
軍事教練にも参加せず遊びほうけ、当時の厳しい状況下で出来る限りの保護と援助をしてくれる叔母の家を些細な不満から飛び出し、自分達が被害者なのだからと、当たり前のように火事場泥棒を働く清太は、権利だけを主張して義務を果たさない「悪しき戦後個人主義者」であり、原作者の代弁者そのものに見えます。

「悪いのはすべて国家や社会で、自分達は被害者だ」と無自覚に主張する身勝手さや、想像力のなさが「悪いことではない」と、これを見る人の多くが気付かず、感動までしていることが恐ろしいです。
この映画のように、子供の死を殊更に強調されるだけで、その死にばかり気を取られてしまい、こんなものを「誇りある生き方」だとして、自分の身勝手なふるまいを自己正当化する想像力の無さ、無責任さはまさに「権利のみを主張する現代人」の姿そのもの。
しかもそれを「純真な子供」にやらせるといういやらしい演出。最低です。 

当時の強大な帝国主義が覇権を争う弱肉強食の国際情勢の中で、「植民地にされるか、植民地を持って強国になるか」の二択しかなかった当時の日本の置かれた立場を含めた正しい歴史認識や公の論理を無視した反戦映画は、このように子供はおろか、大人までも思考停止を促す結果にしかならないのではないでしょうか。

泣かせるという目的に対しては「非常によく出来た」作品です。
たしかに私もはじめて見たときは泣きました。
声優の演技も、演出もずば抜けていると思います。
この映画にとっての戦争とは、「悲惨さ」を描くための道具でしかない様にも感じてしまいます。



またこの映画をノンフィクションとして評価せず、映画として評価するならば、あまりにも暗すぎで、救いがなさすぎます。
そこにはカタルシスも、希望感も感じることができず、ただ鬱な気分だけが残ることでしょう。
映画を見た人を“泣かすために創られた”映画にしか見えません。



戦争は悲惨で、絶対に引き起こしてはならないものだと思います。
また、もし戦争になったら必ず一番の被害者になるのは一般市民になることも承知しています。
ですが、その教訓としてこの映画を評価することは、道義的にも倫理的にも全くお門違いなのではないでしょうか?
私が小学校時代に見た、被爆映画の方がよほど戦争の無残さを描いていたと思います。



オススメ度:評価不能・・・


もしこのレビューを見て気を悪くされた方は申し訳ありませんでしたm(__)m
単に私一個人の意見だと思って、どうか聞き流してくださいね^^






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最終更新日  2006.06.01 00:38:02
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