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153系・165系:急行「鹿島」「鹿島」は、昭和50年3月10日、成田線成田以東の全線電化により誕生した急行列車です。それまで、成田線の優等列車は急行「水郷」が気動車で運転されており、この改正を機に急行「水郷」は成田線経由の銚子行きとして独立、鹿島神宮発着の急行が「鹿島」として誕生。誕生当初から両国~鹿島神宮を結んでおり、2往復の設定となっていました。車両は153系又は165系7連が使用されています。乗車率が悪く、また車両の老朽化もあり、昭和57年11月ダイヤ改正で廃止されています。昭和51年6月6日 両国駅にて 165系 急行「鹿島」ポケットカメラでの撮影ですので、不鮮明な画像ですみません。房総急行も53・10辺りからはイラストが入ったヘッドマークに変更されており、写真はまだシンプルな頃のものとなります。昭和52年頃 千葉駅にて 153系 急行「鹿島」他の房総急行と完全に共通運用であったため、165系に加えて153系も活躍していました。153系も後年は低窓・高窓あり、原型ライト・シールドビーム車ありと、ある程度のバラエティーがありましたが、「鹿島」自体は有効時間帯における本数が少なかったため、「内房」「外房」「犬吠」と比較すると捉えづらい列車でした。昭和57年11月14日 両国駅にて 183系1500番台 急行「鹿島」最終日の急行「鹿島」は、翌日は特急運用を控えているためでしょうか、送り込みを兼ねて特急用の183系を使用して運転されたようです。もちろん、急行用の字幕は用意されていないため、普通列車用を掲示していました。最後はイレギュラーな運用となった急行「鹿島」。首都圏における153系の終焉でもありました。165系:急行「水郷」153系:急行「犬吠」153系・165系:急行「外房」
2025.12.31
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東武鉄道 20000系(20050型):伊勢崎線東武鉄道 20000系(20000型):伊勢崎線からの続きです。東武伊勢崎線における地下鉄日比谷線直通用電車2000系の後継として、昭和63年から導入が始まった20000系電車。平成4年後半から製造された編成は、8両編成のうち前後2両ずつを5扉と変化し、同時に進められた日比谷線03系と同形態となります。東武鉄道ではこれを20050系(20050型)と区別し、8編成が製造されました。今回は、20050系5扉車の写真を拾いました。平成29年3月12日 越谷駅にて 21853F平成24年8月1日 新越谷駅にて 21858Fたった2枚しかありませんでした。日比谷線03系との競合もあり、撮影機会が減る上、あまりにも地味な車両なのでマメには撮影していなかったのが仇となったようです。置換えによる運用離脱も5扉車から始まってしまい、早めの撤退となっています。なお、あろうことか一部は3扉化改造した上で、20400型として再出発を図った車両もあります。
2025.12.30
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583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」(秋田車)東日本の583系運用としては、東北本線及び常磐線経由の特急列車しか存在しませんでしたが、583系の運用が縮小されると波動用に使用されることが多くなり、それまでなかった奥羽本線や羽越本線に臨時列車として顔を出す機会が多くなってきました。さらに、急行「シュプール上越」のように上越線まで走るようになるとは、昭和の時代にはとても想像がつくものではありませんでした。過去ログ『583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」』で既にご紹介いたしましたように、それまで充当の予想もできなかった臨時「あけぼの」にまで運用されるようになりました。これは20系寝台客車の全廃や、14系寝台客車等の急行転用により寝台車数が減少し、寝台設備を持つ583系が活用できた例と言えると思います。583系の実質全面撤退で、団体列車以外には殆ど使用されなくなってしまった583系ですが、平成24年年末・年始臨において、突如、時刻表に載る臨時特急「あけぼの」として運転されました。※撮影は、平成24年12月29日です。583系 9081M 「あけぼの81号」夜発ですので、撮れないことを覚悟で出撃しました。ISO8000 1/100 f5.6何とかヘッドマークが判るくらいに撮れましたが、ファインダー内はヘッドライト以外のものは殆ど見えませんので、構図まで配慮することは全く不可能でした。平成25年1月4日到着、上りの「あけぼの82号」を出勤前にリベンジしようと思ったのですが、確か大雪で遅延したため、結局これだけで終わってしまいました。その後もリバイバル或いは風な列車が何本も設定されましたが、いずれも団体扱いであり、窓口発売はされなかったようです。この「あけぼの81・82号」は一般発売の列車でしたが、需要に対応するものとしてではなく、鉄道ファンに対して583系に乗るチャンスを与えてくれたサービス列車のような位置付けであったようです。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」EF641000番台牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」
2025.12.29
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個人的に待望していたED71の1次形がKATOからやっと発売されることになりました。「なぜ2次形を発売以降、1次形をスルーしているんだ?」と不満を訴えて数年。やっとここに来た感じです。しかも値上げされて。母親の実家の最寄り駅が東北本線沿線で、子供の頃から見てきた馴染みのある機関車。ED75よりも武骨なミニサイズの機関車。自分の妄想鉄道でも欠かせない存在。やっとこれで穴が埋まる感じです。旧客良し、貨物良し、12系客車でも20系もあり。単機牽引あり、同系重連あり、ED75との重連あり。もう楽しみでしかありません。マル鉄回顧録に、当ブログのED71に関するアーカイブも含めてエントリいたしましたので、是非ご覧ください。2025年12月末発表 KATO ED71 1次形
2025.12.28
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EF641000番台牽引:寝台特急「あけぼの」平成21年3月改正において、EF81牽引からEF640番台の牽引にバトンタッチされた「あけぼの」。基本的には高崎から長岡へ異動したEF6437とEF6438が牽引の任に当たりましたが、時折1000番台が充当されることもありました。平成21年5月23日 EF641032牽引まだ双頭連結器化される前の1032号機牽引の上り「あけぼの」。平成21年6月7日 EF641031牽引37号機と38号機のサイクルで単純に運用される機会が多く、双頭連結器改造の1030号機や1031号機の牽引が待たれましたが、この日、初めて双頭連結器の1000番台が充当されました。この写真は鉄道ファン誌にも掲載されました。平成23年1月23日 EF641053牽引37号機・38号機牽引による運転は、寝台特急「北陸」の廃止によってわずか1年で終了。また元の余力に戻った長岡から一般形2両は放出され、「あけぼの」は1000番台6両による運転となりました。写真は、5時間遅れでの上京。一番良い光線状態。平成23年3月6日 EF641031牽引浦和駅高架工事関連で、貨物線を迂回して走行。川口から本線に戻っています。平成23年5月21日 EF641052牽引平成23年6月5日 EF641030牽引平成24年5月4日 EF641032牽引悪天候時は基本的に撮影に行きませんが、金町のHさん乗車ということで記念撮影。1032号機は、甲種回送繁忙により双頭連結器に追加改造されました。平成24年5月27日 EF641031牽引平成24年6月24日 EF641030牽引平成24年7月28日 EF641051牽引冬の遅れは定番だが、近年になって台風や豪雨での遅れも目立った。当該列車は2時間半遅れ、「北斗星」と同じくらいの時間に通過しました。平成24年11月3日 EF641052牽引平成25年3月10日 EF641030 推進回送初めて行った日暮里駅付近での推進回送狙い。常磐線にカブられてタイミングを逸した。平成25年4月6日 EF641051牽引平成25年4月13日 EF641052牽引平成25年7月21日 EF641053牽引平成25年9月14日 EF641051牽引平成26年3月14日 EF641031牽引 下り最終「あけぼの」平成26年3月15日 EF641052牽引 上り最終「あけぼの」平成26年3月改正により、歴史ある寝台特急「あけぼの」が廃止されました。臨時列車としての運転も発表されましたが、最後は別れを惜しむファンで賑わいました。これで通勤時間前の上野口夜行列車は、すべて消え去ることになる。平成26年5月24日 EF641001 「あけぼの」好きな塗装ではないですが、これが牽いているところも見てみたかった・・・1000番台牽引の「あけぼの」だけで45コマ撮影していますが、同じアングルが多かったり、上京時間の関係でのブレ、朝日が当たってナンバーが飛んでしまっているものも多かったため、一部のみ掲載いたしました。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」
2025.12.28
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JR東日本 211系:高崎線「通勤快速」※本記事は、2021-12-04に投稿したもので、当時の表現になっています。令和3年3月のダイヤ改正において、東北本線及び高崎線から「通勤快速」が消滅することになり、過去ログ『E231系:宇都宮線3553M「通勤快速」(最終日)』で最終日をご紹介いたしましたが、かなり昔に撮影した写真で、211系による「通勤快速」の写真をご紹介していないことに気が付きましたので、今回ご紹介したいと思います。※撮影は、平成20年8月22日、高崎駅にて。高崎線 3938M 上野行き「通勤快速」この年、夏休みに18きっぷを購入し、なかなか使い切れなかったため、初めてSL「みなかみ」に乗車することになりました。往復とも「SLみなかみ」号に乗車し、帰路につく際の乗り継ぎにちょうど良く居たのがこの「通勤快速」でした。まだ置換えの話もない頃ですので、まずは積極的に撮影する対象では無かった筈ですが、この「通勤快速」という列車そのものを地元でもまず見ることが無かったので、珍しくて撮影しておいたものと思われます。当時はほぼ興味の無い分野のお題だったため、私としては珍しい記録でしたが、今となってはその姿を見ることが不可能となってしまったので、良い記録として残りました。E231系:宇都宮線3553M「通勤快速」(最終日)
2025.12.27
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国鉄 直流型電気機関車:EF661EF66シリーズで、今回はトップナンバーの1号機です。昭和53年頃 品川駅にて画像が甘くてちょっとナンバーが見づらいんですが、EF66のトップナンバーです。当時は東海道・山陽でしか見ることの出来なかったEF66。唯一近場で撮れるのが品川駅でした。汐留発着の貨物列車の牽引に当たっていました。昭和60年3月30日 高崎第二機関区にて高崎第二機関区において公開があったときのものです。様々なカマのトップナンバー車が集められました。「平和」のヘッドマークと言うのもビミョーです。トップナンバー機は、現在もJR貨物が保存しています。
2025.12.26
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EF510-502~504牽引:寝台特急「北斗星」今回は、502号機~504号機が牽引する「北斗星」を集めました。特記以外は、上り2レ「北斗星」で、南浦和~蕨~西川口間の撮影です。平成22年12月25日 EF510-502 平成23年1月10日 EF510-502平成24年2月12日 EF510-502ここまでは502号機牽引です。冬場は上りの雪ばっさ~んを狙っていました。平成24年5月19日 EF510-503平成25年3月20日 EF510-503ここまでは503号機です。たった2コマしかありませんでした。平成23年1月30日 EF510-504 回2レ上りが運転打ち切りになり、回送で定時スジで上ってきたようです。平成23年6月28日 EF510-504 1レ平成24年4月28日 EF510-504平成24年10月20日 EF510-504ここまでが504号機です。この辺りのカマは比較的にコマ数が少なかったようです。ちなみに、505号機は1枚もありませんでした。よって、次回は506号機からのご紹介となります。
2025.12.25
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E231系:みどりの山手線(クリスマストレイン)「みどりの山手線」の運転が間もなく終了という頃、平成25年12月15日から25日までの限定で、「Merry christmas」のラッピングを施した「クリスマストレイン」が運転されました。短い期間で撮影する機会はないと思っていたのですが、北王子線の撮影ついで、情報を得ることができたので1本だけ撮影することができました。※撮影は、平成25年12月23日、西日暮里駅にて。E231系 545編成 みどりの山手線「クリスマストレイン」企画モノも数回導入され、変化をもたらしながら約1年走り続けてきた「みどりの山手線」も、この企画を持って終了となりました。
2025.12.24
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EF651014牽引14系客車:団体列車「銀輪」多分独身時代だと思いますが、写真が増えすぎてアルバムを整理した際、大量の写真を処分してしまったようで、今になって思えば貴重だった写真も数多く消えてしまいました。ネガから掘り起こせば復活するものもあると思いますが、この歳になると目も悪くなったし、かなり厳しい作業になります。今般、家の片付けをしていたら、全く整理していない自分自身の写真が出てきて、懐かしく見ていたらその中から1枚の写真が出てきました。昭和56年9月14日? EF651014牽引 下り「銀輪」撮ったことは覚えていましたが、写りも良くないし、手元のアルバムになかったので全くアーカイブしていませんでした。ただ、いつごろ撮ったのか詳細な記録が残っておらず、謎の列車でした。今回、ネットにて調査したところ、2名の方がこの列車を挙げていました。どうも東北本線全通90周年として運転された団体列車のようです。自分としては出来が悪いことから考えてもう少し前だと思っており、このお二人と1件のオークション出品写真のいずれもEF651030号機が牽引しているため、同日に運転された列車かどうかの確証はありません。ただ、往復とも上野~宇都宮間の運転で考えれば、往路と復路で違うカマが牽引しても不自然ではありません。また、EF65PF牽引による「銀輪」のヘッドマークを複数回使用した記録も出てこないことから、往路が1014号機、復路で1030号機が牽引したとして間違いない・・・のではないかと思われます。※EF58牽引のものはその後に運転されたとの記録があります。1014号機は、昭和44年11月18日製造の川崎重工・富士電気製で、新鶴見配置後に宇都宮運転所へ異動。宇都宮運転所の廃止により田端機関区で晩年を過ごし、JR東日本へ継承後、平成8年12月2日付で廃車になっています。
2025.12.23
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マル鉄コレクション館で久し振りに更新しました。湖池屋「わさムーチョ」・・・ひとみちゃん鉄ネタではありませんが、ご興味のある方は是非ご覧ください。
2025.12.22
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EF510-501牽引:寝台特急「北斗星」平成22年6月から寝台特急「カシオペア」の牽引を任されるようになったEF510-500番台は、同年7月14日から「北斗星」の運用にも充当されるようになりました。しかし、平成25年3月ダイヤ改正において首都圏貨物運用から撤退し、「カシオペア」「北斗星」用の6両を除き、JR貨物に譲渡されることになりました。さらに、平成28年3月の北海道新幹線開業において、牽引する列車が消滅したことにより、残った500番台も全てJR貨物に売却されました。前のブログ時代に一旦アーカイブ済みですが、再編集の機会となりましたので、ダメダメ写真も含めて牽引機ごとにご紹介したいと思います。今回は、トップナンバーの501号機が牽引する「北斗星」を集めました。平成22年5月22日 大宮総合車両センターにて「北斗星」での運用開始前、公開でヘッドマークを付けて展示されました。平成23年1月23日平成23年2月6日平成23年3月6日浦和駅高架工事の関係で、貨物線を走行したシーン。平成24年1月9日平成24年2月5日平成24年3月3日大体は近場で撮っているので、ほぼ同じような写真です。今後も「北斗星」に関しては同じような写真をご紹介いたします。
2025.12.22
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JR貨物 EF8133EF81シリーズで、今回はJR貨物所属のEF8133です。昭和44年10月9日新製の日立製で、富山第二機関区に配置されています。以来、北陸本線を中心に活躍し、民営化の際にJR貨物(富山機関区)へ継承され、その運用範囲は関西から青森まで及び、広範囲で活躍しました。改番により+600番代が与えられ、EF81633号機となりますが、比較的に早い平成26年度に除籍されたようです。平成24年3月13日 津軽新城駅にて EF8133牽引 4096レ同年で廃止となる寝台特急「日本海」を撮りに行った際に撮影。「あけぼの」を撮影して駅に戻ると、ちょうどEF81運用のスジに当たります。1日目は戻りが間に合わず、悔しい思いをしましたので、2日目は駅近くで撮影し、余裕で駅撮りができました。この写真の年度に633号機に改番されますが、それもたった2年ほどで除籍となったため、633号機としては非常に短命となってしまいました。
2025.12.21
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E231系山手線:東京駅開業100周年記念ラッピング※本記事は、2014-10-13に投稿したもので、当時の表現になっています。東京駅100周年記念イベントの一環として、東京駅のシンボル、丸の内駅舎のレンガがイメージしたラッピング編成が運行されました。プレス記事は以下のとおり。東京駅開業100 周年記念イベントについて○本年12月20日に東京駅は開業から100年を迎えます。開業以来、首都東京とともに歩み続けてきた東京駅は、歴史、伝統、文化、学術、ビジネス、先進性が融合した街(TokyoStation City)として、これからも魅力を高めてまいります。○JR東日本では、開業100 周年に合わせて、これまでのお客さまのご愛顧に感謝し、駅構内をはじめ様々な箇所で記念イベントを実施してまいりますのでご紹介します。この機会にぜひ東京駅へお立ち寄りください。~中略~4 山手線ラッピングトレイン・開業当時の東京駅と現在の東京駅の姿を並べ、赤レンガ色にラッピングした山手線が走ります。・さらに12月18日からは、車両内部に東京駅にまつわる過去から現在の写真等を展示して、100年の歴史を振り返ります。○運行期間 : 2014年10月11日(土)~2015年3月31日(火)うち2014年12月18日(木)~2015年1月1日(木) の期間、車内装飾も実施○編 成 : 山手線1編成11車両○イメージ : 別紙参照運転開始から2日目、最近はこの手の列車の画像を押さえないと気が済まない?衝動にかられ、ちょこっとお出掛けしてきました。いつも終盤に慌てて行き、運悪く撮り逃すケースもありましたので、今回は早めの対応です。※撮影は、平成26年10月12日です。以上、西日暮里駅にて 1152G側面も撮っておこうと思ったのですが、残念なことに外回りにカブられました。以上、田端~駒込間にて 1252G無難なところでこちらの公園から。ちょっとブレてしまったみたい。何故かな・・・不満です。以前のチョコ電の例があったためか、ちょっと明るい茶色?は何か落ち着かない印象です。その後も撮影しようと思っていましたが、どうも実現には至らなかったようです。
2025.12.20
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親ブログである『マル鉄回顧録』にて、地下鉄博物館の訪問記をアップいたしました。ブログサイト引っ越しに当たってアクセス数が悲しいほど少ないため、こちらで告知させていただきます。ヨロシク!2025/12/13 地下鉄博物館
2025.12.19
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JR東日本 EF8158(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8158号機です。星ガマの指定を受けていないために「北斗星」を牽引することはありませんでした。先般ご紹介いたしましたEF8157号機と比較して何ら特徴もなく、大変地味な存在でした。平成20年12月23日 5781レ 安中貨物平成21年6月20日 5781レ 安中貨物平成22年2月6日 5781レ 安中貨物以上3コマは、地元で安中貨物を牽引する58号機を捉えたものです。地元で撮り始めてから廃車までの期間が短かったため、あまりコマ数がなかったようです。平成22年6月9日 新座駅にて EF8158牽引 列車番号不明一時期、青梅線や八王子方面への現場回りが集中した時期があり、出勤のすれ違いざまに下車して撮影したことが何度かありました。そのうちの1枚に58号機が牽引したコンテナ貨物列車がありました。58号機は、昭和47年9月11日誕生の日立製。登場時は酒田機関区配置で、長岡運転所を経て田端機関区へ転属と、57号機と全く同じ経過を辿っています。JR貨物からの委託を受け、首都圏の貨物列車の牽引に運用されましたが、EF510ー500の登場及び委託の解消に伴って余剰となり、平成23年6月4日付で廃車になっています。
2025.12.19
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EF15(東京機関区)牽引:客車併結回送EF15シリーズですが、東京機関区所属機牽引の貨物列車で、客車回送のシーンを忘れていましたので、1枚だけですがご紹介したいと思います。昭和51年頃 西川口~蕨間にて EF1530牽引 貨物列車ブレブレでナンバーは全く判りませんが、特徴のあるヒサシ形状から30号機であることが判ります。一般貨物列車だと思われますが、機関車次位に客車であるスハ43及びマニ60と思われる客車が連結されています。昔は、ある程度まとまった配転の場合に列車1本を仕立てて回送されましたが、工場入場の客車や気動車(あるときは電車までも)など貨物列車に併結して回送する姿が度々見られました。キハ28:貨物列車併結回送大体は最後部緩急車の後位に回送車+緩急車のスタイルが一般的であったと記憶していますが、これは次位に連結されています。おそらくですが、これは連結器の強度に関係すると思われ、客車は次位に連結しても問題がなかったためではないかと考えられます。このようなシーンは写真を撮っていて突然目の前に飛んでくるため、なかなか撮影できることはありませんでした。EF1530については、別途ご紹介したいと思います。国鉄旧型電機 EF15(東京機関区)EF15178(東京機関区)牽引:ワム80000 貨物列車
2025.12.18
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親ブログである『マル鉄回顧録』にて、東武博物館の訪問記をアップいたしました。ブログサイト引っ越しに当たってアクセス数が悲しいほど少ないため、こちらで告知させていただきます。ヨロシク!2025/12/13 東武博物館(その1)2025/12/13 東武博物館(その2)
2025.12.17
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ボルボアステローペ:㈱アルファ(広島)随分前の話ですが、仕事の帰りに珍しいというか、懐かしいバスを見つけました。その姿からボルボでは?一見して判りましたが、会社が良くわかりません。平成26年10月1日 西新宿にて 広島200か1587 ボルボアステローペ帰宅後に調べてみましたら、㈱アルファという広島のバス会社と言うことです。もちろん東京では有名ではありませんが、この塗装(ちょっと京王のデザインに似た雰囲気)のバスは、当時新宿で最近よく見掛けました。元富山地鉄観光の払下げらしく、大変貴重なものに出会いました。植込みの関係で前面が撮れなかったのが惜しかったです。もっとも、ケータイしか持っていなかったので写りはなんですが・・・。思えば、新宿発ディズニーランド行きのバスに運用され、JRバス関東のボルボを毎朝良く出会いましたが、そのうち撮っておこうと思っているうち、いつの間にか置き換わってしまいました。それ以来、ボルボの部分2階建てバスを目にする機会はありませんでした。当時としても「懐かしい」の範疇となった車両で、本当に久し振りに見てちょっと嬉しかったです。
2025.12.17
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親ブログである『マル鉄回顧録』にて、終活として鉄道模型を整理・処分するに当たり、その思いや悩み・決断を綴る企画です。ブログサイト引っ越しに当たってアクセス数が悲しいほど少ないため、こちらで告知させていただきます。ヨロシク!【Nステ:その1】マイクロエース 相模鉄道 ED11+ED12重連セット【Nステ:その2】マイクロエース クモニ83-800・スカ色2両セット
2025.12.16
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ボルボアステローペ:総和観光株式会社(茨城)先日ご紹介いたしました『ボルボアステローペ:㈱アルファ(広島)』とバックショットが全く同じバスを発見し、これはチャンス!と思ったのですが、どうも塗装が違うかな?当時、Fantasic Story(ファンタジックストーリー)と描いたロゴ、何度か見たというか、新宿界隈で結構見掛けましたが、この塗装のボルボアステローペでは初めてではないかと思います。平成26年10月28日 京王プラザホテル付近にて18時を過ぎて暗い上に、ケータイでしかも遠景からのトリミングと来たもんだ。なので不鮮明この上無しと言ったところ。残念です。しかし、都心で見ないと言っていたこのバスを、前回の写真と同じ短い期間で2度も遭遇するとは思ってもみませんでした。ところで、このロゴから会社を探ってみたのですが、茨城県にある総和観光株式会社のバスだということです。この会社の所有するバス、当時なかなか良い種類を持っているようで、さらに、同社のHPでは所有するバスについてかなり詳細な紹介をしていました。社長がバス趣味の持ち主なのでしょうか、非常に興味深く、「ちょっと訪問してみたくなりました」とは当時の記録です。
2025.12.16
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西武鉄道 多摩湖線:新101系(黄色編)都心の私鉄としては珍しく20m級3ドア車が使用されていた西武鉄道。しかし、ラッシュ時における遅延問題やホームドア設置の観点から主要路線の4ドア化を余儀なくされ、多摩湖線及び多摩川線が3ドア車最後の牙城となっています。そのうち、多摩湖線ではホームドア設置を見据えた完全4ドア化が実施されることになり、新101系は令和3年2月22日をもって運用が終了しました。あまり縁のない路線ですが、現場仕事をしていた頃に何度か利用する機会があり、その都度撮影してありました。枚数がそこそこありますので、2回に分けてアーカイブしておこうと思います。平成23年7月7日 青梅街道駅にて 261Fこの日はデジカメを入れ忘れてしまったため、携帯電話のカメラで撮ったようです。復刻塗装登場後、初めて出会ったのに勿体ない思いをしました。平成23年7月21日 国分寺~一橋学園間にて 263F平成23年7月21日 国分寺~一橋学園間にて 261F平成23年7月21日 国分寺~一橋学園間にて 261F平成23年7月21日 国分寺~一橋学園間にて 263F早い時期にまた多摩湖線沿線に仕事が入り、限られた時間ですが運良く2本の新101系を捉えることができました。1本は復刻塗装の261Fで、あまり良い写真ではありませんが、とりあえずリベンジ。そしてもう1本はオールM車で無動回送の牽引車として活躍する261Fでした。この車両は3ドア車としての運用以外にも使途がありますので、しばらくは残りそうですね。
2025.12.15
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24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」上野~秋田・青森を結んでいた寝台特急「あけぼの」。登場当初から20系が使用されており、地元を通るブルートレインとして非常に馴染みのある列車でした。定期最後の20系使用寝台特急となった「あけぼの」ですが、昭和55年10月、とうとう24系化されてしまいます。当然、ヘッドマークがない時代ですから、それなりに撮影していたと思われる24系「あけぼの」ですが、探してみたら一切ありませんでした。柵の設置で地元での写真が撮れなくなったこと、それなりの年齢になり地方遠征が多く、駅撮りをしなくなったこと、ヘッドマークが復活して機関車側ばかり撮るようになったことが明らかな要因でしょうね。そんなこともあり、24系客車(25形含む)の写真を撮るようになったのは、末期に向かう数年のものだけとなってました。平成19年8月4日 尾久車両センターにておそらく、24系になって初めて撮ったカニ24の写真。雑誌で青森区の寝台車車両がかなり手を加えられていることは知っていましたが、あのカニ24100番台が非貫通化されたうえ、こんなにも不格好になってしまって・・・。娘のポケモンスタンプラリーで立ち寄った際に見た光景。非常にショックでした。平成20年2月10日 大宮駅にて平成25年9月14日 南浦和~蕨間にて平成26年8月9日 蕨~西川口間にていずれも同型と思われるカニ24。最下段は既に臨時化された後の上り「あけぼの」。この出で立ちで金帯だから余計に不気味な感じでした。平成19年10月6日 蕨~西川口間にて平成23年4月30日 蕨駅付近にてこちらは貫通路が残されたまま金帯化されている100番台。老朽化修繕により雨樋の外出し改造がされていますが、概ねグレードアップ「あさかぜ」の印象を残したスタイルでした。平成25年11月2日 南浦和~蕨間にてこちらも貫通扉が存置されたままの100番台ですが、雨樋が改造されておらず、白帯化の不自然ささえ除けば原型に近い感じでした。平成22年5月9日 蕨~西川口間にて平成26年8月17日 蕨~西川口間にてカニ240番代の後期車。やはり雨樋の外出し改造で形が崩れ、白帯化、余計な裾ラインでかなり悪印象ですが、末期では唯一残っていた0番台でしょうか?平成26年5月4日 上野駅にて臨時化後に撮影したオハネフ25100番台。え?という今更の感想です。最大で定期3往復まで発展し、オリジナルの24系白帯に加え、カヤ24を含んだオール白帯の美しい編成すら長く活躍した「あけぼの」でしたが、改めて過去の写真を探してみても、オリジナルのカニ24前期・後期、マヤ24を始め、オハネフ24やオハネフ25の銀帯オリジナルスタイルが1枚も記録されていませんでした。おそらく、今まで撮ったブルトレの中でも一番身近で接していた列車でありながら、これだけ記録から脱落していた列車は無いと思われます。やはり、20系では無くなってしまったショック、地元の安全柵、ヘッドマークの復活と、様々な要因が一番影響してしまった列車だったのでしょう。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(電源車):寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」EF510代走牽引:寝台特急「あけぼの」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」EF65PF重連牽引:臨時特急「あけぼの52号」返却回送
2025.12.14
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JR貨物 EF81725EF81シリーズで、今回はJR貨物所属のEF81725です。昭和49年11月20日、湖西線開通に伴う増備車として日立製EF81125号機が誕生しています。当初配置は敦賀第二機関区で、北陸本線を中心と活躍していました。その後富山第二機関区に配置替え、民営化に伴っての際にJR貨物(富山機関区)へ継承されます。件の改番により+600番台が与えられ、EF81725号機となります。平成27年1月23日 俱利伽羅~津幡間にて 1074レ寝台特急「トワイライトエクスプレス」廃止前に撮影に行き、偶然に撮影できたものです。600番台化にあたってキレイなローズピンクとなりましたが、ラインは残ったままとなっています。JR東日本からEF510-500番台が譲渡されて整理の対象になり、前出の719号機とは違って門司機関区へ転出し九州で活躍を始めましたが、2020年(令和2年)に除籍となってしまったようです。
2025.12.13
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DE10ディーゼル機関車:大宮機関区・大宮操車場過去ログでご紹介いたしました、大宮操車場におけるハンプ入換に従事しているDE11に続き、今回は、DE10形についてご紹介したいと思います。DE10は本線仕業を想定していたため蒸気暖房装置を搭載して製造されました。一方で、500番台は入換専用としたため暖房装置は搭載されず、重量が軽くなってしまう分に対し、コンクリートや鋼板による死重を搭載しました。なお、基本番台の12~19号機は、製造時から入換用に従事させることを前提としたため、SGは準備工事のみだったそうです。今回は、大宮操車場(ハンプ入換)で運用されていたDE10写真を並べてみます。国鉄職員時代に内部から撮影したものですので、一般の方では撮れなかったアングルです。4両の機関車が並んで待機中の写真です。(再掲)向かって左2両が下り入換、右2両が上り入換に使用されます。これはハンプ入換機だけですので、他にも東部入換、西部入換のそれぞれ駅別と方向別での運用がありました。写真は向かって左からDE1010、DE1142、DE1067、DE1141。上りハンプの入換通告を行っているシーンと思われます。当番機はDE1066。上りハンプの引き上げ列車。こちらは500番台のDE10533。こちらもハンプ入換末期の情景。一部信号柱がカブって確認できませんが、左からDE10533、DE10530、DE11、DE10104。DE1010は大宮機関区の最若番機でしたが、生粋の大宮育ちではなく、一関機関区→新鶴見機関区→水戸機関区→新鶴見機関区と渡り歩き、昭和55年から大宮機関区に来たようです。DE1065~67号機は、一旦佐倉機関区に新製配置となりますが、直ぐに大宮機関区にやってきたそうです。65号機は昭和48年に転属してしまいますが、66号機と67号機は最後の入換まで残ったようです。DE10104号機は、昭和55年11月に佐倉機関区からやってきたカマだそうで、昭和59年2月まで短期間の活躍でした。入換専用の500番台のうち、DE10527~538が一気に大宮機関区に配置となりますが、このうち527~529は配置になって直ぐに新鶴見機関区に転属してしまいます。残った530~538は大宮機関区の最期まで活躍したようです。これらはいずれも59・2貨物大改正で役割を失い、田端機関区へと配置換えになり、JRには継承されずに昭和61年に廃車となりました。なお、写真等の記録も見た記憶もありませんが、1500番台のカマの配置もあったようです。
2025.12.12
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銚子電鉄:700形(デハ701・702)銚子電鉄700形は、1928年(昭和3年)に川崎造船で製造され、近江鉄道で活躍した車両です。昭和53年に譲渡を受け、銚子電鉄に入線しています。※撮影は、平成20年5月3日、中ノ町駅隣接の銚子電鉄車庫にて。デハ701集電シューがこんなにバラバラな方向を向いていますが、大丈夫なのでしょうか?デハ702こちらは復刻風塗装?この日は運用に入らず、車庫でお休みしていたようです。1度きりの対面でした。元京王2000形の入線に伴い、いずれも平成22年に廃車され、解体されずに「ポッポの丘」で保存されているということです。
2025.12.11
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E231系:みどりのリラックマ電車「Rilakkuma Yamanote Line」※本記事は、2013-08-16に投稿したもので、当時の表現になっています。平成25年に走り始めた「みどりの山手線」ラッピング電車。8月のたった2週間ですが、リラックマ電車として走り、好評を得ました。以下、企画会社の告知文をご紹介いたします。-----------------------------------------たった1編成だけの「みどりの山手線ラッピングトレイン」。山手線にみどり色の電車が登場して今年で50周年を記念し運行されています。この記念車両を10周年を迎えたリラックマがジャックします。限定商品の発売の他、Facebookキャンペーンやtwitterキャンペーンも企画中!ぜひ楽しんでくださいね。たった一編成だけのこの車両は、山手線がみどりだった頃にあった窓をイメージしてデザインしました。車内広告はリラックマ以外にもコリラックマ、キイロイトリバージョンがあり、車両によって違う雰囲気が楽しめます。さらに10号車のみリラックマ10周年記念の特別デザイン。リラックマワールド満載のみどりの山手線がこの夏ぐるっと走ります。-----------------------------------------前記事の「伊右衛門」では「邪道」的な言葉を吐きましたが、このリラックマについては想像以上の反響であったことが、実際に乗ってみて分かりました。本来なら興味を示さない企画だったのですが、戸袋窓に扮したステッカーにリラックマが覗いているイラストがあり、このアイディアと可愛らしさに思わず心を動かされました。たった1日だけですが、撮影したものをご紹介いたします。※撮影は、平成25年8月10日です。大塚駅にて撮影場所がよくわからなくて、かつて勤務したことのある大塚駅に行ってみたのですが、テツがいないと思ったら、ある意味最悪のロケーションでした。時間がないのでここで撮影し、乗ってみることに。車内はリラックマだらけ。池袋駅にてホームドアができてしまって、撮影しにくいことこの上なし。これがカワイくて今回の撮影に臨みましたが、じっくり撮れなかったのが残念。ドア窓でギロチンしてしまわないように気を付けて!田端~駒込間にて撮影場所がわからなくて、偶然見つけた公園から。編成が入らないし、光線状態も良くなかったのですが、暑いし、まぁ良いかって感じ。せっかくなのでサイドも撮っておきました。さらに、サイドをもう1回じっくり撮りたくて迎え討ちに行ったんですけど・・・有楽町駅にて見事にカブられました。発車時は解放されたのですが、上下線のホーム位置が違うため、サイドの写真は難しい。思いっきり逆光だし。最後に後部も。本当は外回り電車の方が撮りやすかったんですけどね。9日(土)は運用に入らなかったため、内回りに変わってしまったんです。運転は8月2日から16日までだったんですが、15日は朝のラッシュのみで入庫、16日は運転されずで、最後を狙っていた方はかなりガッカリされたのではないでしょうか?今回の企画は、女性に相当ウケたようで、各駅のホームにも、車内にも大勢のファンがカメラを持って熱心に撮影していました。鉄だけの動員よりも、ある意味健康的な企画だったように思います。
2025.12.10
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東武鉄道 ED5060形:ED5071かつては貨物輸送も活発に行われていた東武鉄道。今では想像が付きませんが、東武鉄道の貨物列車は蒸気機関車に頼っていたそうです。時代の趨勢により蒸気機関車に頼ってばかりはいられず、戦前から徐々に電気機関車が導入され始めたとのこと。初期に導入された電気機関車はいずれも注文流れの機体を購入したそうですが、さらなる電化に向けてED5000形が昭和25年に導入されたことを皮切りに、自社発注の同系列が増備されてきました。個人的に東武鉄道の貨物列車を狙いに行ったことはありませんでしたが、数回の利用の機会に貨物列車を目撃したことは良くありました。しかし、当時は貨物ダイヤや運用も全く知りませんので、これを捕らえる機会もありませんでした。そんな中、1枚だけ東武の電気機関車を撮ったものがありました。昭和52年 東武日光線 栃木駅?にて ED5071牽引 貨物列車確か両毛線へEF12の撮影に行く際、何故か栃木駅を集合場所としました。乗継ぎの際に、何か通過するようなのでカメラを構えていると、特急列車ではなくこの貨物列車が来たように記憶しています。柱に取り付けた吸い殻入れも懐かしく、昭和では当たり前の駅光景でした。当時は当たり前のように貨物列車を見る機会がありましたが、まだ中学生だった自分には興味は特になく、DRCじゃなかったことにガッカリした記憶があります。ED5071はED5060形に属し、東武鉄道の電気機関車の中では末期の導入車両となっています。昭和40年頃に製造され、平成5年くらいまで車籍があったようです。撮影の際に良く目撃することがあったED5000形ですが、写真に残っているのはこの1枚だけのようです。東武鉄道 ED4010形電気機関車:ED4012
2025.12.09
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ED7114牽引 旧型客車:東北本線普通列車当ブログにおいて、過去ログで何回かご紹介してきた東北本線のED71形電気機関車ですが、今回の記事がラストで、唯一撮影することができた旧型客車による普通列車の写真をご紹介したいと思います。※撮影は、いずれも昭和57年6月22日です。在来線特急「やまびこ」の最後を撮影するため、福島県を訪れました。前日に駅名が改名となる「東那須野」「「磐城西郷」と寄り道、入場券購入などをしながら初めての飯坂温泉で宿泊、早朝から撮影へと出掛けました。その際、移動に便利な藤田行きという珍しい行先の普通列車に乗ります。福島駅にて ED7114牽引 523レ 藤田行き郡山発の藤田行きという珍しい区間に設定された普通列車。牽引していたのはなんとED71。ED71そのものも終焉に向かいつつある頃で、写真を撮るようになってからも数年間、ED71が客車列車(臨時以外)は見たことがありませんでした。当該列車が郡山駅からの下り始発列車であり、早朝の通勤通学対応列車であったようです。この時代、同区間に電車による普通列車は1本もありませんでした。藤田~桑折間にて ED7114牽引 1524レ 福島行き紙焼きが良くないので画像が大荒れなのはご勘弁。藤田駅で折り返し、福島までの短距離列車となります。もちろん牽引は機回しを行ったED7114。これも福島市内への通勤通学時間にちょうど良い設定の列車です。藤田~貝田間を徒歩撮影したのですが、滅多に見ることのできないED71牽引の普通列車を見逃すわけには行かず、目的地とは反対側の桑折寄りに歩いて撮影しました。ED71は少数ながら運用は残っていたようですが、この写真を撮影した年の11月22日を最後にすべての運用から離脱したそうです。国鉄 交流型電気機関車:ED71(その1)国鉄 交流型電気機関車:ED71(その2)国鉄 交流型電気機関車:ED71(その3)ED7114牽引:12系臨時急行列車
2025.12.08
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E351系:特急「スーパーあずさ」(乗車編)富士急行で、元パノラマエクスプレスアルプスの「フジサン特急」が引退ということになり、撮影に行く機会がありました。撮影本数を稼ぐために早朝の出動となったのですが、ギリギリを避けるため、八王子から特急に乗ることにしました。その時間がたまたま「スーパーあずさ」だったわけですが、既に新型E353系の導入が決まっていたため、体験乗車を兼ねられるのは好都合でした。※撮影及び乗車は、平成26年1月18日、駅撮りは大月駅です。乗車は八王子~大月の1駅間のみですので、自由席にしました。朝早い「スーパーあずさ1号」はかなりの乗車率で、たまたま八王子で下車した人が数人おり、なんとか着席できました。振り子車両独特の絞られた形状のため、車内はちょっと圧迫感があります。乗る時は気が付かなかったのですが、降りるときにデッキに立ったら、天井は低いし、ドアと壁は頭に迫ってくる感じで、ものすごく居づらいです。立席じゃなくて良かったと思いました。高尾を出たくらいまでは振り子の感覚が全く身体にまったく伝わってこなかったのですが、最初のトンネルの当たりぐらいからグッと斜めに滑るように振られる感覚。特にカーブに入る前やカーブしているときより、カーブから立ち上がった時にグッと戻る時の感じが非常に不快感を覚えます。それでも、やはりカーブの時の遠心力は、一般車両とは全く違い、身体に負担を感じさせません。おそらく、国内の振り子型でも新型車としては初期の頃の性能であり、その後登場している他のJR振り子車には完全に引き離されてしまっていると思いますが、それでも、振り子車に乗りなれない私としては「さすがな」と思いました。そんな感想を感じつつ、乗り心地が良かったのか悪かったのかも分からないまま大月についてしまいました。朝食抜きの空腹で、乗り物酔い以前に気持ち悪い寸前まで来てましたので、良いのか悪いのか良く判りませんでした。乗るときは空席を探すのに必死で気が付かなかったのですが、乗った車両はE351系最大の特徴であるパンタグラフの車両だったようです。この最大の特徴が最大のコストを生んでしまったようですね。車端まで行くこともできず、列車は発車。仕方なく降りた場所の立ち位置から連結部を。そして後部。「スーパーあずさ」の表示は出ていないし、暗いからブレるし。最悪な写真に。せっかくの乗車もあまり記念に残せるようなものにはなりませんでした。中央本線 八王子→大月間 のB自由席特急券「スーパーあずさ1号」に乗車した時に購入した自由席特急券です。飯田線に旧型国電が居た頃は毎月のごとく通っていましたが、活動時間帯の関係で夜行急行「アルプス」を使うことが殆どで、他にも豊橋口から入ることあり、他の撮影から逆方向で入ることもあり、特急「あずさ」を利用したことはありませんでした。乗車区間が1駅間であるため、敢えて指定席とはしなかったのですが、平成31年3月ダイヤ改正においてE353系化が完了したことにより、「スーパーあずさ」は「あずさ」へと変わってしまったため、指定席にしておけば良かった、と思ったものです。しかし、合わせて特急券の発売制度も未指定券に変更となってしまったため、原則は指定席の特急券となりました。したがって、同区間において自由席特急券が発売される可能性もなくなってしまったため、それはそれで良かった思われます。E351系:特急「スーパーあずさ」
2025.12.07
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京浜急行電鉄:800形(2代)京浜急行電鉄800形(2代)は、昭和53年から61年にかけて製造された普通列車用の車両です。1000形に続き、片側4ドアの通勤輸送に適した形態となっていました。オールM車・3両編成となっていましたが、その後の急行運用充当機会の増大などがあり、中間車の新造によって6両固定編成が登場、さらに、3両編成で残った編成の運転台を撤去し、6両編成となったものもありました。時代が変わり、京浜急行にもステンレス車が導入されるようになると鋼製車である800形も平成23年度から廃車が始まり、最後に残っていた2編成のうち白帯塗装車が平成31年3月に運用が外れました。そして、最後に残ったリバイバルカラー編成も新元号6月16日の特別貸切列車の運転をもって終焉を迎えることになるようです。平成20年1月5日 六郷土手駅にて 816編成多分、初めて京急の撮影をしたような気がします。もっとも、この時も狙いは「富士」「はやぶさ」だったのですが、当時はまだ残っていた1000形の写真がたくさん撮れたので大変良い機会でした。その中では800形というのは興味の対象外でした。平成21年2月28日 仲木戸駅付近にてこれもやはり「富士」「はやぶさ」狙いでしたが、待ち時間に撮影した京急の写真の中に800形の写真が1枚だけありました。平成23年7月8日 梅屋敷駅にて現場回りの時にホームからはみ出して停車する梅屋敷駅に興味を持ち、たまたま梅屋敷駅近くの現場があったため、はみ出しの光景を記録できました。高架化工事が進んでおり、ちょっと判りづらくなってしまったのが残念でしたが、当時は普通列車と言えば800形という時代であり、この光景の主役も800形という感じでした。平成23年7月8日 北品川~品川間にて 809編成平成23年7月8日 北品川~品川間にて 814編成同日、品川への現場へ向かうついで、1駅手前の北品川で下車し、昼休みを利用して撮影していました。平成24年11月15日 青物横丁駅にて 827編成平成24年11月15日 品川~北品川間にて 807編成これも現場回りの時間調整中に撮影。平成25年10月12日 品川~北品川間にて 825編成東海道本線臨時列車撮影のついでにキャッチ。平成29年6月26日 平和島駅にて 824編成平成29年12月11日 鮫洲駅にて 819編成平成29年12月11日 鮫洲駅にて 825編成平成29年12月11日 鮫洲駅にて 824編成久し振りに現場で京急沿線がありました。800形も段々減って来たようでしたが、目標は2000形であり、800形はあくまでもそろそろ危ないくらいの感覚でした。平成29年12月11日 800形運転台気が付けば絶滅危惧化していた800形。その後京急沿線を訪れる機会もなく、この時が最後の撮影となっていました。本来ならもう少し使える車両なのでしょうが、本来なら無くても良いホームドアの設置と言う時代の流れに嫌われてしまい、悲しき運命を辿ってしまった4ドア車でした。
2025.12.06
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485系:特急「白鳥」(大阪~青森時代)「白鳥」は、言わずと知れた大阪~青森を結んでいた日本海縦貫特急です。キハ82系で誕生し、当初は信越本線経由の上野行きを併結していましたが、「はくたか」として分離後は、全ての編成が大阪~青森間を走破しました。羽越本線・奥羽本線の全線電化に合わせ、電車特急となっています。暫くは単独の「白鳥」でしたが、福井~青森間のDC急行「しらゆき」を特急に格上げした際、2往復運転されていたこともあります。昭和49年8月 大阪駅にて 485系1500番台「白鳥」初めて会った「白鳥」は小学校5年生のとき。北海道初の電車特急「いしかり」用として製作された1500番台を使用した「白鳥」。北海道の電化が諸事情により遅れたため、2年間くらい「白鳥」に暫定運用していました。ヘッドマークが用意されていなかったため、ステッカー式のヘッドマークとなっており、ポケットカメラから遠景の写真であるにもかかわらず、違和感が伝わってきます。なお、青森運転所開設当初は、ボンネット型(文字マーク)により運行された記録も残っているようです。また、当時の青森運転所の運用として、唯一クハ+サロ+サロの13両編成となっていました。昭和51年 上野駅にて クハ481300番台上野駅に「白鳥」現る?!ウソです。確か、「いなほ」から「やまびこ」だかに折り返す運用があって、サボを回転させると必ず「白鳥」のヘッドマークが出たんです。上野駅に写真を撮りに行くと、このシーンを良く見に行きました。昭和55年8月 京都駅にて クハ481200番台この頃はまだ青森運転所の485系が使用されており、貫通型・非貫通型が存在しました。53・10改正以後のため、イラストマークに変わっています。昭和55年8月 神足~山崎間にて クハ481300番台こちらは非貫通型の「白鳥」。関西のイメージの強い「白鳥」ですが、運用を考えると東北特急に分類される特急でした。53・10改正からはサロが1両減車となり、「はつかり」「やまびこ」「いなほ」「ひばり」などと完全な共通運用となっていました。昭和61年9月8日 下浜~道川間にて ボンネット型上越新幹線の開業による影響でしょうか、「白鳥」が京都車で運用されるようになり、ボンネット車が復活し古き時代の再来となったわけですが、ヘッドマークがイラスト化されてしまったため、地味な車体に大変目立ってしまいました。平成4年8月18日 八郎潟~鯉川間にて クハ481-29平成4年8月18日 八郎潟~鯉川間にて クハ4811500番台一時期、新潟「雷鳥」と共通運用となり、新潟色の「白鳥」が存在しました。新潟色もボンネット型、貫通型、非貫通型、1500番台が揃っており、バラエティー豊かでした。また、青森運転所時代を通して、「白鳥」でデビューした1500番台も返り咲くことになっています。485系の塗装変更車は余りいただけないと思いますが、個人的にはこの新潟色だけはお気に入りです。ただボンネット型にだけは似合いませんでしたね。最終的には京都車のボンネット編成が使われるようになり、「ゆうとびあ和倉」を連結するためスカートが欠き取りされるなど悲惨な状態になってしまった「白鳥」。伝統ある日本海縦貫の女王も時代の流れに逆らえず、惜しまれつつ廃止されてしまいました。その後、東北新幹線の八戸開業で青函アクセス特急として返り咲きましたが、やはり「白鳥」と言えばこの時代ですね。789系:特急「スーパー白鳥」789系:特急「白鳥」
2025.12.05
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JR貨物 EF81719EF81シリーズで、今回はJR貨物所属のEF81719です。昭和49年11月6日、湖西線開通に伴う増備車として日立製EF81119号機が誕生しています。当初配置は敦賀第二機関区で、北陸本線を中心と活躍していました。その後富山第二機関区に配置替え、民営化に伴っての際にJR貨物(富山機関区)へ継承されます。件の改番により+600番台が与えられ、EF81719号機となります。平成27年1月23日 俱利伽羅~津幡間にて 単1564レ?寝台特急「トワイライトエクスプレス」廃止前に撮影に行き、偶然に撮影できたものです。残念ながら単機。製造当初に近いローズピンクで良いのですが、600番台化後もラインが存置されてしまっていたのは各車共通。JR東日本からEF510-500番台が譲渡されて整理の対象になり、富山機関区に残ったまま休車の後、2019年(令和元年)に除籍となってしまったようです。
2025.12.04
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長野電鉄 10系:新OSカー(保存車)本記事は、2017-03-12に投稿したもので、当時の表現になっています。平成29年3月、長野電鉄須坂駅で引退以来保存されてきた10系(新OSカー)の解体が発表されました。10系(新OSカー)は、昭和55年に製造導入されましたが、ワンマン化や路線の廃止縮小など憂き目に遭い、わずか20年強の使用期間で平成15年3月に運用から離脱することになりました。平成23年5月4日 須坂駅にて 側線で留置保存中の新OSカー10系急行「きたぐに」などの撮影の帰り道、長野電鉄の屋代線が廃止されるということもあり、寄り道したのが分岐点の須坂駅でした。当時はなにも下調べをしていなかったので、ここに保存車が居るなどと言うことは全く知りませんでした。自社製最後の電車でありながら、解体してしまうというのも残念な話です。同時にやはり自社製のED5001も解体されてしまったようですが、こちらは帰り掛けに撮影しようと思ってすっかり忘れてしまい、以後訪問することもなかったので、結局は記録出来ずに残念な結果となってしまいました。
2025.12.03
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JR東日本 EF8157(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8157号機です。EF8157は、晩年の田端区の中では最若番機であったと思います。星ガマの指定を受けておらず、貨物専用機のような地味な存在でしたが、何故か同機は別付のヘッドマークステーが付けられており、異色な存在でした。平成20年8月9日 佐和~東海間にて平成21年3月14日平成21年7月4日平成21年8月16日57号機は、昭和47年2月11日誕生の日立製。登場時は酒田機関区配置で、長岡運転所を経て田端機関区へ転属。JR貨物からの委託を受け、首都圏の貨物列車の牽引に運用されましたが、EF510ー500の登場及び委託の解消に伴って余剰となり、平成22年11月3日付で廃車になっています。
2025.12.02
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旧型国電 救援車:クモエ21009(伊那松島機関区)救援車は、大規模な鉄道事故が発生した際に、現地へ出向いて救援活動を行うための車両です。そのため、車内には様々な工作機械等が用意されています。車両種別としては電車と客車があり、気動車の救援車は存在しません。非電化区間においては客車で用が足りるということによります。飯田線においては、当時機関区のあった伊那松島と中部天竜に救援車が常置されていました。飯田線は、天竜峡から中部天竜辺りまで天竜川沿いの狭い場所を通っているため、救援用の機材を車外に搬出するにあたり、サイドから降ろすことが出来ない状況にあります。このため、車外に資機材を下ろすためのクレーンを線路方向へ伸ばすために、前面が大きく観音開きで開くようになっているという特徴があります。昭和56年11月23日 伊那松島機関区にてこれは2度目に飯田線を訪れた際、初めて同機関区に訪問した時の写真です。初めてだったので中に入れてもらえると思わず、一般道から撮りました。一番奥まっていたところに止まっていたので写真は撮り易かったのですが、特徴ある反対側を撮ることができませんでした。この手の救援車は「クエ」を名乗って自走式ではないタイプが多く存在するのですが、線形の特殊性でしょうか、自走の出来る「クモエ」となっていました。昭和58年2月23日 伊那松島機関区にて記録によると、同線に6回目に訪れた時。この時は機関区の中央辺りに止まっていました。検査が上がったばかりなのでしょうか、下回りなども非常にキレイになっています。そして、特徴のある前面も堂々と撮ることができました。この時は国鉄に入社していたので、友達感覚で中に入れてもらってました。昭和58年8月6日 伊那松島機関区にて旧型国電が最終最後のさよなら運転の日に撮影したものです。機関区は入りたい放題の開放で、大勢のファンで賑わいました。この日はファン大サービスが行われており、このクモエ21009もなんとパンタグラフを上げて展示(と言うか留置)されていました。検査入場でもないと撮影できない姿です。昔の古い写真を見ると、飯田線に常駐していた救援車は、前面に白い大きな三角と、黄色い丸の警戒色が付いているのが特徴でした。ただ、それもかなり昔の話であって、私が初めて逢った頃は既に無くなっていました。救援車というのは、機関区など車両区の片隅に止まっており、なかなか撮影の機会が無いのですが、この飯田線の「クモエ21009」の特徴ある車両だけは撮りたかった。そして幸運にも、こうやって記録を残せておけて大変良かったと思います。1つ悔やむとすれば、中部天竜区に常駐していた木造救援車の写真が撮れなかったことでしょうか。こういう車両こそ模型化してもらいたいものですが、マニアック過ぎて設計費用に対して売れなそうですし。Mなし1万円でも買っちゃいそうです。旧型国電 救援車:クモエ21000(田町電車区)
2025.12.01
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