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かましょーは最近、パソコンの前か冷たいホットカーペットの上で眠っている。職場へ行っても、恐ろしく眠い。仕事の合間にトイレへ行った。用が済んで、手を洗おうと洗面台に立って一瞬、世界がゆがんだ。グラッときた。ひざから落ちるかと思った。仕事のペース配分がどうも苦手。がんばってるつもりでも、トロいと言われる。仕方がないといえば、仕方がないが。要領が悪いのだろう。何とかせねば。そういえば最近、針金を触ってもいないな。何か作ろうかな。
2004年03月31日
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かましょーは現在、次の習い事へ通っている。ピアノ(主として保育士試験対策)エレクトーンピアノ&声楽演劇(生涯学習講座・表現教室)本日、ピアノ&声楽の教室で発表会が行われた。僕はピアノで「summer」を声楽で「セレナーデ(シューベルト)」をさせていただいた。ピアノは間違えまくりの止まりまくりで汗だく。練習のときにもうまくできなかったが、本番では文字通り「玉砕」だった。正直言います。クヤシイ。できなかった自分が、練習を甘く見ていた自分が。歌のほうは、先生からも「今までで一番よかったね」とお褒めの言葉をいただいた。それくらい、自分でも伸びやかでハリのある声で歌うことができた。ただ、音程が下がってしまうのと、発音がいまひとつ不明瞭な点を指摘された。今回の反省を踏まえ、4月4日に行われるピアノとエレクトーンの発表会を成功させたい。ピアノは同じ曲だが本日の演奏よりもテンポが速くフルバージョンで演奏しなくてはならない。エレクトーンは「Let It Be」を演奏する。来週の1週間が勝負だ。今でも緊張がとれない。体がすこし固まっている様な感じ。演劇も、今度の火曜日で15年度が終了する。次は約半年先だ。最後を大切にしたい。
2004年03月28日
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日曜日、100円ショップで針金を購入してきました。アルミの針金が7種類と真鍮、銅の細い針金。それと先細ラジオペンチと先曲がりラジオペンチ。ついでを言わせていただくと、金属製品補修用のパテも買ってきました。さっそく針金アートを更新しておきますね。色や太さにバリエーションがあるって、素敵なことですな。
2004年03月15日
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--xxx-xxx-xxxxx1xxx-xxx-xxxxx=:95857Content-Type: text/plain; charset=iso-2022-jp ねむい。どうしようもなく、ねむい。睡魔に勝てないきょうこのごろ。
2004年03月12日
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今までいろんな宗教に触れてきた。実家は仏教。伯父が禅宗の住職をしていることもあり、年末年始は座禅を組んで過ごすことが日常となっている。そんな伯父は宗教の枠組みを超えた考えを持っており、伯父と一緒にクリスマスに教会でキリストの誕生を祝ったこともある。父は仏教を礎としつつも彼独自に宗教について研究していた。父について「大霊界」や「神との対話」に没頭した時期もあった。学生時代、新興宗教に興味を持ち、入信したこともあった(オウム真理教ではない)。現在の職場は他力本願を根本にすえる仏教の一派である。先日、祖母が他界した。それまでの数年で、驚くほど祖母が衰弱しているのを感じていた。足腰が弱り、歩くことをやめ、むくんだ足が痛み、記憶や呂律も不安定になっていった。そうして意識も薄れていき、病床を見舞った1度の接触が最後となった。テレビで先日、長渕剛がガンジス川を訪れたときのことなどを語っていた。彼は「死のうとしていた人間が生きる道を選択したとき、本当に強くなる」と言っていた。人が生きていくうえで変わったり揺らいだりすることのない「よりどころ」すなわち「宗教」だと考える。家族や家庭、彼氏彼女、車やぬいぐるみ、ブランド物のバッグなど、目に見えるものを信じる人にとって、それらのものが「よりどころ」であると言えなくもない。しかし、それらのものはいつか消える。人智を超えたところで働いている力、時代や教祖が変わっても変わらずに受け継がれていくであろう教義、そういったものに「すがる」ことで、人々は心の平安を得ようと考えたのではないだろうか。一人で立っているよりも大樹に寄り添っているほうがはるかに安寧できるのが人間である。独りで拳を振り上げるより、集団でリンチをおこなったほうが心強いという心理に通じるのかもしれない。「すがる」以外にも宗教とのかかわり方はある。「探求」である。世界の仕組み、死後の世界観、宇宙の法則など、科学だけでは解明に時間のかかる物事を、神秘的な方法で知りたいと思う欲求が昇華したとき、人は「神」について思い巡らせる。宗教についてはいろいろな考え方があるが、僕は父同様「神との対話」に書かれていることがもっとも真実に近いのではないかと考える。この駄文にふれた方、あなたの意見を聞かせてほしい。
2004年03月11日
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財部町民のみなさま、これから僕はひどいことを書きます。これ以後の文章は読まないでください。財部町長選挙が終わり、僕はちょっぴりがっかりしている。どうして財部町の未来を左右する重要なステージを使って前町長に対しての個人的な恨みを晴らそうとするのだろうか。今回の選挙の結果で、財部町が現状維持、活性化か衰退の一途をたどると言うのは他の市町村の合併などを見ても予測はできる。合併後、数年という時間をかけて財部町が朽ちていくのは目に見えている。流されるのが好きなら、水源になれないだろうか。せめて何かできることは・・・。
2004年03月09日
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財部町の未来を左右する重要な投票が、そして開票が、終わりました。財部町は今後、末吉町、大隅町との合併へむけて始動します。有権者8千人分の開票作業は午後8時半ごろに始まりました。それから1時間ほどで終了。結果が出ました。僕は教育機関に勤めている以上、どちらの立候補者にもエールを送らない「中立」の立場でいなくてはなりませんでした。そのため、選挙期間中も表立って選挙の話ができず、開票時も自宅にて祈るよりほかありませんでした。「祈る」そう、僕自身としては合併反対でした。なんとしても人口1万人の小さな町、財部町を守りたいと思っていました。有権者のうちどれほどが、本気で財部の未来を考えてくれたのだろう。当選した立候補者を支援していた人々のなかには、街宣車を執拗に尾行したり、合併反対派を支援する人へ脅迫文を送ったり、集団で訪問しては老人や合併に知識のない人々を無理やり、不在者投票へ連れて行ったりしたそうです。その結果、暴力的ともいえる力に屈服した町民の票が、合併推進派の立候補者を暫定町長に押し上げてしまいました。当事者である立候補者自身、有権者の集まりに現金や焼酎などを手土産としてあがりこんでは「よろしく」と言って回っていたそうです。暗い噂の耐えない、アンフェアな選挙でした。財部町をよくするための選挙というよりも、一方が他方を椅子に座らせないようにするためだけの選挙にしか見えませんでした。大好きな財部町が、財部町に住む町民が、これからギクシャクした関係になるのかと思うと、哀しくて仕方ありません。
2004年03月07日
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さて、いよいよ楽天さんに場所をお借りして、かましょーのこどもたち(針金アート)を披露することになりました。みなさま、どうかごひいきに。
2004年03月06日
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