マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2011.01.07
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カテゴリ: 芸術論
 今朝の最低気温は零下4度近かったようだ。予報が外れ午前中は雪が舞っていた。午前11時の気温が零下1度だったと妻。立哨では今季初めて防寒着を着た。裏起毛のない防寒着だと暖房が入ってない玄関ホールでは寒い。そして自動ドアが開くたびに、強い北風が入って来る。堪らず、暖房が効いた室内に一時避難。

 管理室に戻って責任者の青年とお話。彼の趣味は少し変わっている。模型飛行機は旧日本軍のものを写真を参考にして作る本格的なもので、つい最近専門雑誌に出品し入選した由。もちろん自衛隊のブルーインパルスの訓練は、わざわざ休暇を取って撮影に行く。先日はD51の撮影に行ったと夢中になって話す彼。

 第2現場の休憩室に入ると、部屋の暖房でたちまち眼鏡が曇る。お掃除の小母さん達の他愛もない話を聞きながら熱いコーヒーを飲み、それが終わると読書。そのうち暖房のせいで眠気が出、10分ほどまどろむ。何も気を遣わずに済む現場はありがたい。金曜日は洗濯ものでリュックが塞がるため帰宅ランはお休み。そしてバスに揺られながら読書を楽しむ。

 昨夜大岡昇平著「わが復員わが戦後」を読み終えた。カバーには「戦争と戦後体験から生まれた名作の集成」とあった。作者がどんな風に戦争を総括したのか興味があったが、全くの私小説に過ぎなかった。確かに明晰な頭脳で終戦当時の記憶を再現してはいるが、あくまでも個人的な体験に留まり感動は受けなかった。きっとさほど苦労はしなかったのだと思う。

 私が読んだ戦争に関する本はとても少ない。唯一覚えているのは女性作家が書いた「人間襤縷」と言う中学生の時に読んだ本。襤縷は「らんる」と読み、ぼろきれの意味。広島に投下された原爆によって大勢の人が死に、生き残った者も大変な苦しみを味わった。その現場を克明に描写した上下2巻の大作だった。

 人間が襤褸切れのように傷めつけられた苦しみに比べれば、大岡が味わった捕虜生活と復員後の暮らしなどは楽そのもの。私の父は戦場で負傷し、片脚を失って帰国したいわゆる傷痍軍人だったが、子供の目から見ても当時は苦労の連続だった。その父が40歳で死んだ後、アルバイトをしながらようやく高校を卒業した私に比べても、彼はかなり恵まれているように思えた。

 戦争の本質とは何か。そしてそれに翻弄される人間の本質とは何か。当時の国際情勢はどうなっていたのか。そんなことを期待した私にはとても物足らない内容だった。ただ、作家としてデビューした背景だけは分かった。

 前日の水曜日、私は4冊の本を買った。宮城谷昌光の「香乱記」全4巻だ。今度の3連休に読もうと購入したものだ。今日から読み始めたのはその第1巻。今回の話はこれまでに読んだ中国・戦国時代、春秋時代の後、秦の始皇帝が全土を統一した時代の話だ。

 いつもながらのスケールの大きさに驚く。宮城谷の歴史小説の面白さは単にストーリーの奇抜さだけではない。人間の本質や中国人のものの考え方が、戦争と言う舞台を通じて徹底的に描かれているからこそ読者を惹きつける。やはり「本物」はどこか違う。






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Last updated  2011.01.07 15:50:02
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