マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2011.01.20
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カテゴリ: 日本史全般
 女の戦い 

 「世界ふしぎ発見」の第2問は、「琉球王朝時代のお妃候補の選び方はどれか?」で、3択問題。1)ゲームをする 2)踊りを踊らせる 3)歌を詠ませる。答えは1)で、ゲームに夢中になってる姿を見て人柄を判定したようだ。だが、最終的には複数の候補者の中で「金の鋏」を隠した畳の上に座った女性を選んだ由。お妃には隠れた人徳があるはずと考えたのだろう。

 次に出たのが聞得大君(きこえおおぎみ)の話。琉球王国には大勢の祝女(のろ)がいて、神行事を司っていた。聞得大君はその祝女の頂点で、王の未婚の姉妹か叔母の中から選ばれ、王の政治を助けて王国の繁栄を祈った。当時は政治と宗教が一体化していたのだ。あたかも邪馬台国の卑弥呼を彷彿とさせ、天皇家と斎宮との関係に酷似している。

 久高島はアマミキヨとシネリキヨの男女神が辿り着いた神聖な島だが、薩摩藩の侵攻以降琉球王の巡幸が禁止される。このため王に代わって聞得大君が、島の対岸にある知念半島の斎場御嶽(せいふぁうたき)から、久高島を遥拝することになった。斎場御嶽は世界文化遺産の一つ。神々しさに満ちた沖縄第一の聖地である。

 神の島久高島では年間に数十の神行事が行われたと言う。その頂点が午年(うまどし)に行われるイザイホー。島の女性のほとんどがこれに参加したようだ。琉球王朝当時、島の男は王国の貿易船に乗り組んで外国まで出かけ留守になることが多かった。神行事が多かったのは留守中の女性の密通を防ぐためとの説がある。

 不義を犯した女は罪の発覚を恐れ、地上に描かれた「橋」を渡れなかったとか。そのイザイホーが行われなくなってから30年以上になる。祝女(のろ)には幾つかの階層と役割があるが、この島の祝女の家で生まれた女性しかその役に就けないと言う規則があるためだ。

 さて沖縄の古い言い伝えである「イナグは戦の先ばい」は、「女性は戦の先駆け」の意味を持つ。戦争の際、祝女は戦に先駆けて相手を呪い殺そうとしたわけだ。石垣島でオヤケアカハチが反乱した時、首里の王府は宮古島の豪族である仲宗根豊見親(なかそねとよみやー)と久米島の大祝女である君南風(きみはえ)を派遣し、見事に打ち破っている。祝女(のろ)は呪うの「のろ」や祝詞(のりと)の「のり」と通じるようだ。

 琉球ではこのように、女性には特有のシジ(霊力)があると考えていた。男性が長い旅に出る際に肩に掛ける「てぃーさじ」(手拭)には、姉妹の月経血が付けられていた。姉妹の血が男の旅の安全を守ると信じられていたためだ。私も沖縄を去る時に、花織りの赤い布を肩に掛けていただいた。

 天照大神が弟の悪行に怒って天の岩戸に隠れたため、世の中が真っ暗になった。困ったアメノウズメノミコトは、岩戸の前で女陰を曝す。観ていた男達が歓声を上げ、一体何事かと天照大神が覗いた所をタジカラオノミコトが思い切り戸を開け、再び世の中が明るくなった。

 月経血で手拭を染めたのも、女陰を曝す神話も、女陰には穢れを払う神聖な霊力が潜むと考えた証しだろう。沖縄には既に日本が失った古い姿が、今も形を変えて残っていると考えて良いのではないか。<続く>







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Last updated  2011.01.20 16:04:29
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