マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2012.06.14
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カテゴリ: 読書
 2冊の本を連続して読んだ。いずれも古本屋で買った1冊105円の本。だが本の薄さと価格の安さに比べて、そこに書かれていた内容は、ずっしりと重いものだった。艱難辛苦に遭った時、人は思わぬ力を発揮する。2冊の本はそのことを十分に知らしめてくれた。そして著者が苦心して書いた小説から、歴史の真実の一端をも知り得た。人間の、そして読書することの奥深さを、今しみじみと感じている。


 吉村昭著『高熱隧道』新潮文庫 昭和50年初版 平成21年第52刷 ≫

 「黒四ダム」のことは誰でも知っていると思う。『黒部の太陽』として映画化もされた。だが、その20年前、第2次世界大戦に向かう時代に作られた黒部第3発電所のことは、ほとんど誰も知らないだろう。今も欅平まで続く黒部峡谷鉄道。だがその先には黒部川の急峻な渓谷を辿る「日電歩道」と呼ばれる崖道しかなかった。工事はその絶壁に沿って進められた。

 トンネル工事に伴って地中から高熱が吹き出す。初めは60度くらいだったのが、最高で165度に達する。とても人間が耐え得る熱さではない。ダイナマイトも自然発火するほどの危険さ。だが人夫に谷川の冷水を浴びせ、凍らせた竹筒にダイナマイトを仕掛けて、トンネルを掘り進む。ある時、コンクリート製の5階建て宿舎が谷から忽然と消える。

 日本初の泡雪崩(ほうなだれ)の仕業だった。急速に冷え込んだ深夜に起きるもので、雪崩の「爆風」で宿舎が丸ごと数百mも吹き飛ばされる。4年に及ぶ工事の犠牲者は300名以上。約3mに1人の異常さだった。そこまで過酷な工事を進めた理由は、近づく戦争に備えて物作りのため電力を確保すること。犠牲者には天皇から金一封の弔慰金が贈られる国策工事だったのだ。

 歴史にも残らずに死んだ多くの人々。欅平までトロッコ電車で行った際でも、谷の深さを実感したものだが、黒部には人を寄せ付けない厳しさが潜んでいたのだ。今は黒部立山アルペンルートで黒部湖までも近づけるが、技術力の乏しかった戦前は、ただがむしゃらに発破をかけ、トンネルを掘るしかなかったのだ。小説は細いトンネルが貫通したところで終わり、その先の厳しい工事までは書かれていない。


 井上靖著「『天平の甍』新潮文庫 昭和29年初版 昭和54年第35刷 ≫

 奈良時代の天平5年(733年)、難波津から4隻の船が出航する。当時の先進国である唐へ向かう遣唐使船だ。ここに5人の僧侶が乗り込んでいた。仏教を学び、唐から高僧を招くためだった。やがて4隻の船は無事唐に着き、洛陽を経て都のある長安へ向かう。5人の僧はそれぞれ寺を指定されて学問に打ち込むことになる。

 だが、時として運命は過酷。帰国の船(次の遣唐使船)がいつ来航するかは分からないまま、日本に来てくれる高僧を探し続ける僧侶達。その旅の途中で抜け出す僧もいる。唐でも有名な鑑真は、自らの意思で日本へ渡ることを決心し、20名ほどの弟子と共に船に乗り込む。だが嵐に遭って難破し命だけは助かったものの、多くの経典が海に沈む。

 そんな遭難が5度も続き、その中で鑑真は失明する。日本人僧の運命も様々。中国国内を流浪した挙句、天竺(現在のインド)まで旅しようと試みた者。30年にも及ぶ滞在で3000巻もの仏典を写経した者。彼はその厖大な経と共に海に沈む。中国の女性と結ばれて帰国しなかった僧もいたし、一番熱心に鑑真を招こうとした僧は旅先で病死した。

 唯一生き残った僧普照は現在の沖縄から薩摩に渡り、鑑真らと共に都へ上る。帰国まで実に20年。一緒に帰る予定だった阿倍仲麻呂の船は嵐で現在のベトナムに漂着し、再び玄宗皇帝に仕えることになった。鑑真は東大寺に戒壇を設け、多くの僧に真の仏教を伝える。それまでは税を逃れるため僧や尼僧になる者が多かったのだ。

 やがて鑑真のために唐招提寺が都の西に建立され、国内の僧は、先ずここで学ぶことが定められた。その寺へ、渤海国を経由して遥々唐から2個の瓦が届く。彼の地に残った僧が送った瓦は、長い旅で傷だらけ。その鴟尾(しび=鬼瓦みたいなもの)が唐招提寺の屋根に取り付けられた。小説のタイトルは、そのことを表している。

 さて、少し前に埼玉のブログ友であるしぃさんが68冊もの本をわざわざ送ってくれた。全て彼女が読破した本だ。次はその中から吉川英治の『私本太平記』全8巻を選んで読むことにした。いつ果てるか分からない分量だが、覚悟を決めて読み始めた。厖大な資料を元に小説を書く作家の苦労に比べれば楽な作業だが、作家の想いをしっかりと受け止めたいと願っている。





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Last updated  2012.06.14 16:04:57
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