マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2016.02.07
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カテゴリ: 写真
<愛姫の霊廟・宝華殿へ>


1境内図面.jpg

 これは瑞巌寺境内の図面です。1の庫裏と2の大書院(仮本堂)を見学し、これから少し離れた山の上にある宝華殿(3)へと向かいます。宝華殿には政宗の正室である愛姫(めごひめ)が眠っているのです。


境内18トンネル.jpg

 この岩を刳り抜いたトンネルを潜って行きます。トンネルの向こうで雪かきをしている寺の職員が見えました。


境内19雪吊り.jpg

 「雪吊り」した庭木が見えます。雪の重みで枝が折れないための補強です。



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          竹やぶの間から雪の塔頭(たっちゅう=付属寺院)が見えました。


境内25塀.jpg

  竹の塀です。雪を被って一段と趣が増しています。


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             宝華殿への参道です。


境内20石段.jpg

  坂道の向こうに大きな杉林が見えて来ました。もうすぐ宝華殿に到着です。


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             石段の上に宝華殿が見えます。


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 愛姫(1568-1653)は政宗の死後剃髪して陽徳院となります。遺体は万治3年(1660年)孫の綱宗(第3代仙台藩主)によって造営されたこの宝華殿に眠っています。


愛2.jpg

 平成18年から3年をかけて創建当初の豪華絢爛な姿に復元されました。外面すべてが黒漆で塗られ、桟唐戸や蟇股は金や極彩色に彩られ、飾金具も復元されました。国の有形文化財に指定されています。



8宝華殿.jpg

 パンフレットから借用した全景です。宝形造り、堂板葺き9尺(2.72m)四方の周囲に勾欄(こうらん=手すり)付きの回廊を巡らし、正面に向拝と木階を備えています。内部は三方板壁で金箔を貼り、天井などには極彩色の花が描かれ、須弥壇に念持仏と政宗・愛姫夫妻の位牌が安置されています。


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 パンフレットから借用した愛姫(陽徳院)の座像です。眉目秀麗、才色兼備の夫人の面影を良く表しています。この像は生前の慶安3年(1650年)に制作され、現在は青龍殿(宝物館)に置かれています。

 愛姫は田村家の出自。征夷大将軍坂上田村麻呂の末裔と言われる名家の一人娘として生まれ、政宗に嫁しました。父の田村清顕は現在の福島県田村市周辺を治めていた戦国武将でしたが、政宗の取りなしで秀吉の小田原征伐には参陣しませんでした。そのため「奥州仕置」では本領を奪われて政宗に与えられ、田村氏は絶えてしまうのです。また謀反を恐れた政宗によって、愛姫の乳母や侍女達までが殺されてしまいます。愛姫は長くそのことを恨んでいたようです。


 愛姫は長らく子供を産まず、側室が生んだ長男秀宗が後年伊予宇和島藩10万石の城主となります。ところが35歳の時に長女五郎八姫(いろは=家康の子松平忠輝室)を産んだ後、嫡子の忠宗(第2代仙台藩主)などを産むのです。今なら相当の高齢出産でした。まさに執念ですね。ところが彼女の執念はそれで終わらず、孫の宗良(忠宗の三男)を一関藩主として田村家を再興するのです。大河ドラマ「独眼竜政宗」では政宗を渡辺謙が、愛姫を桜田淳子が演じました。



愛3-1扁額(宝華殿).jpg

       扁額「宝華殿」の文字は第109世住職の筆によるもの。


愛4裏面.jpg

          霊廟の裏面です。黒漆が実に美しいですね。


愛7左斜め近.jpg

 仙台伊達家三代藩主綱宗が祖母の菩提を祈って建てた宝華殿の素晴らしい姿は、明日も続きます。<続く> 





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Last updated  2016.02.07 06:18:52
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