全36件 (36件中 1-36件目)
1
久しぶりにブログを開いたら夫のブログが残っていました。懐かしかったです。夫が亡くなって10年目です。元気でいたらもっといろいろなことができて良かったのになぁ、と思う今日この頃です。
2025.06.08
コメント(0)
もうすぐ五月だというのに寒い日が続いています。野菜が高くなり、早くわが家も自給自足の野菜生活をしなければ、と思うのですが、この寒さで、今年の家庭菜園もどうなるのでしょうか。わが家の息子たちも寒い冬から脱したようです。まず長男、3月で勤めていたところが業務縮小ですべて沖縄に集約されたということで失業生活になっていました。親の考えでは、この際失業保険をもらいつつ、6ヶ月ぐらい講習を受けてきちんとした資格を身に付け長く入れる職場を見つけて欲しい、と思っていました。子供としては、親の考えを一応受け入れつつ、自分なりに就活をしてなんとか職につこうと努力していたようです。今まで何年かコールセンター関係に勤務していましたが、またそういう関係のところでなんとか内定を得て、5月中旬から働けるようになったようです。次男は、職場の別な上司から説得され、なんとか別の部署に移り勤務を続けられるようになりました。親としては一安心です。良かったでも、次男の方はまだまだすっきりしていないようで今後の展開はどうなるのか、悩みの種はつきません。今日は久しぶりにスクール仲間とランチバイキングです。きっと仕事の愚痴のこぼしあいになるのでしょうか楽しんできます。
2010.04.26
コメント(2)
わが家の次男、とうとう、あれだけ踏みとどまるように説得したのに、仕事をやめることにしてしまいました。学校を出てからずーっと家から仕事にでていましたから、甘ったれた生活をしてきました。親はいつまでも元気ではないのです。それを考えて行動をして欲しいものです。それを考えても我慢をするという選択肢をえらべなかったのはやはり甘いとしか言えません。もう一度いやになったら我慢できなくなってしまったのでしょう。それにしてもふがいないと思います>いまの時代の世相もあるとおもいますが、結局は頑張る力を育ててやれなかった親にも責任はあるのだなと思うようになっています。悔しいけど。彼の姿をみていて、このままではいずれ体調をくずすだろうなとは思っていました。彼はホテルのレストラン勤務、ご存知のようにホテルは宿泊者のために朝食バイキングがあり、早番のときはその準備のため、家を5時前後に出て行きます。また、ルームサービスもあり、そのときは11時、12時まで勤務で帰ってくるのは夜中の12時、1時となります。休日まえのシフトは、たいがい遅番、早番、休日というシフトになり、夜中に帰ってきて4時、4時半に起きて出勤ということになり、睡眠時間は多くて3時間ということになります。私は早起きが得意なので起してやるのですが、近頃全然起きられなくなってきていました。身支度をして風呂も入らず洗髪だけして味噌汁だけ飲んで朝暗いうちに出勤です。まさに不規則な生活です。ストレスは溜まり放題、アルコールの量もだんだん増えてきて、お腹が中年の親父のように出てきて、メタポ状態です。ストレスから毎日のようにゲェーゲェー吐く声が聞えていました。顔の肌は荒れ吹き出物がふえてくるばかりでした。可哀想だなぁと思うと同時に、自分の健康管理もできない息子を情けなくも思っていました。辞めてしまったものはしかたがない。しかたなくはないのですが、どうしようもない。この機会にきちんと体調管理をして、膨らんだお腹をひっこっませ、気力と体力を取り戻して欲しいものです
2010.03.26
コメント(2)
みなさま、またご無沙汰してしまいました。こちら、彼岸だというのにまだまだ寒い日が続いており、明日は大荒れの天気だそうです。3月9日から離島ミステリーツアーというものに行って来ました。離島というのは今までいったことがありません。暖かい地方の離島ということだったので沖縄近辺かなと思いましたが、石垣島近辺でした。まったく驚きです。私の人生の予定図の中にはまさかこんな遠くまで来るのはなかったはずですが、これも新聞広告を見ての衝動買いみたいなものでした。悪しくも日本列島大荒れの天気の日だったので、南国西表島、竹富島も一年に何べんしかないという寒さと強風で、北海道を出たときの格好でも寒く、みなブルブル震えていました。でも、三日目は温かくなり、時間が経つにつれて南国の青い空、澄み切った空気がよみがえり、人が住んでいる島では最南端という波照間島というところにいってきました。海がきれいで水が澄んでいて、沖縄本島より石垣島、石垣島より波照間島というように海の素晴らしさが増してきます。本当にもう二度とはいけないことでしょうが、素晴らしかったです。行ってよかったです。さて、我が家と言うと、天気と同じで、というか、それ以下で、まさに氷河期に達したかのようです。長男の会社は規模縮小でまたまた4月から失業、次男は配置換えで体調の関係もあり最も行きたくない部署に4月から回されるということで、辞める、と言い出しました。いまの社会環境、仕事の求人のなさを力説しましたが、一体どうするつもりなのでしょうか。私たち夫婦だけなら年金と貯金でなんとかなりそうですが、息子たち2人分まではまかないきれません。この先とうなることやら。それにしても、今の子どもたちは大変です。そして親も大変です。
2010.03.20
コメント(0)
今年もあと6時間あまりとなってしまいました。あすにかけて大荒れという天気予報ですが、北海道らしからぬしめった雪が降っています。明日、目が覚めたらどんな景色になっていることでしょうね。先週、頭痛が気になって脳ドックを受けてきました。脳は何とも無かったのですが、動脈硬化になっているとのこと。肥満と血糖値が高いことが原因のようです。来年こそはもっと深刻に自覚してダイエットと運動に精を出さなければならないようです。また来年もよろしくお願い致します。みなさんもよいお年をお迎え下さい。
2009.12.31
コメント(0)
またまたご無沙汰してしまいましたわがやの様子は主人のブログで紹介されていますのでお散歩がてらよって見てください。よろしかったら応援のぽちっとしていただければなお幸いです。元旦の目標リフォーム3,4月に息子の長期出張がありその時期をねらって敢行。リフォーム中は息子の出張先のホテルを皮切りに伊勢志摩、熊野古道、那智三山を旅行してきました壁紙はすっかりきれいになりましたが、我が家にはヘビースモーカーが二人日々日々煙草のヤニでくすんでいっています。7月からのゴミ有料化とリフォームでいらなくなったものも処分。本、衣類、食器等を大分処分しました。が、半年が過ぎまた家の中はなぜかいつも散らかっています。私の血糖値は上がったり下がったり、これも私の意志の弱さ。禁断症状のように時々が食べたくなります。でもこれでも努力はしているんですよ。は全粒粉のパンに変え、は大部前からやずやの16穀米、油はオリーブ油を使い始めました。体重は増えもせず、減りもせず。でもなぜかお腹周りは増大したような気がします北海道の経済、日本の経済も良くならず、ワーキングプアという言葉がまさか我が家に振り返ってくるとは・・・愚痴を言ったらきりがない。でも親子四人とりあえず健康でいられるだけでいいかな、と思うようにしている今日この頃です。
2009.12.03
コメント(0)
あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいいたします。おだやかなお月を迎えております。が温暖化のせいでしょうか。昨日のみぞれのせいで道路はぐちゃぐちゃ、雪がとけてひどい状態になっています。いつもなら一面雪で真っ白な中寒さに震えながらの初詣ですが、こごえることもなく無事今年のあたらしいお札をもらってきました。おみくじも引いてきましたが末吉であまりよくありません。親子四人それぞれ自分のあるべき姿で生活できるようのぞむばかりです今年の目標血糖値コントロールをして体重ダウン家の中のいらないものの処分(7月にはゴミが有料化になるため)消費税の上がる前に壁紙のリフォーム
2009.01.01
コメント(0)
すっかりご無沙汰してしまいました。お元気でしたか?母の死後、遺産の整理、使っていた部屋の撤去、衣類の整理といろいろあり、気ぜわしい毎日でしたが、11月末に一周忌をすませ、やっと一段落しました。もう1年経ってしまいました。早いものです。10月~12月は姪の癌の告知から始まり、余命を宣告されつつの闘病生活、母親の骨折から始まる寝たきりの介護などあまり楽しい思い出がなく、この時期は毎年辛い思い出ばかりがよぎる季節になっています。近頃では世界的は金融不安のために、株価、投資信託が下落し、我が家も少し影響が出ています。企業の経営にも影響は及びテレビでも派遣切り等毎日暗い話ばかりです。やっと主人が60歳になり少し公的年金がもらえるようになりましたが、世界経済がこのまま進めば公的年金の額も減らされるのが目に見えています。先行きが不安でしかたありません。自分たちの老後はなんとかなるとは思いますが、子供たちは一体どうするのでしょうね。見守るしかありません。12月に入り、仕事が少しずつ入ってきました。家でできる仕事なので本当に助かります。仕事をしながら違う世界をのぞくことが出来、どこでもがんばっている人がたくさんいることをしるとこちらも元気が出てきます。でも主婦は忙しいですね。年末になると大掃除もしなければならないし、来年夏からは一般ゴミが優良になるのでそれまでに整理しなければならないし、すっかりゆるんでしまった家計のひきしめにもとりかからなければなりません。でも、近頃は買い物の回数も減りました。余分なものを買う余裕もなくなってきました。私も少しは働かなければと思います。仙台からおいしいりんごが届きました。去年まではずーっと母に買ってもらっていたのですが、今年からは自分で買わざるをえません。残念!! 蜜がたくさん入っていて甘くてしゃきっとした本当に美味しい林檎です。これを食べるとことしもあとわずかだなぁという実感がわいてきます。 実家の近くの林檎農家で木で完熟した林檎を送ってくれます。もう20年以上のお付き合いになります。初めて行ったときは子供たちがまだ幼稚園にも入っていないときでした。庭先で買うと買った以上のおまけをくれます。近くに住んでいれば何度もいけるのに、遠くでは「ふじ」を送ってもらい楽しむことしかできませんね。これが残念です。ものを減らさなければ、とは思いつつ、いつのまにか家の中は散らかり放題です。体も家も更なるダイエットが必要なのでしょう。
2008.12.10
コメント(0)
9月に入ったというのに暑い!!これが残暑というんですね。体の方がついていけません。いつもなら恒例の仕事があって家事を二の次にして頑張っているところですが、今年は発注がなかったので、仕事にありつけませんでした。これがすこし気が抜けている部分もあると思うのですが、どうも体がシャキッとしません。だめですね。ハリー・ポッターは7巻を一気に読み上げ、さらに6巻、7巻とゆっくり読み上げ満足感で一杯です。家事は苦手であまりやる気が起こらないのですが、こういうことだけはできるのです。今は7日に町内会で行われる秋祭りジンギスカンなどの準備でおおわらわです。でもこれが終わればまた自分の時間がもてるようになります。またなにかをしなければと思います。札幌も来年の夏からゴミの有料化が始まります。それまでに家の中の不要なものを整理しなければならないのですが・・・・ 遅々として進みません。家の中がいつも煩雑でいらいらします。どうも私はかたづけられない人、みたいです。15日に遠軽のコスモス畑と納取湖のサンゴ草を見てきます。北海道に来て22年、子育て、両親の介護、夫の早期退職などいろいろなことがありました。予定外の出来事も数多く、行きたいところはたくさんあったのですが、チラシをながめてばかりいました。今、子どもたちは将来の不安がたくさんある中で暮らしていますが、私たちは健康でさえいれば老後はなんとかなるだろうといささか楽観的に思うことにしています。いつ何がおきるかわからない時代、自分たちの体だってそうですので、行きたいところに行ってみようと思っています。宗谷岬の先端に立ってみたい、東藻琴村の芝桜を見たい。今のところはそんなところかな???二十間道路の桜並木、富士山ツアー、沖縄のちゅらうみ水族館のじんべいざめは行きました。すこしずつ自分のご褒美を与えながら日々の生活をしていきたいとおもいます。
2008.09.02
コメント(0)
ついにきました。ハリー・ポッターと死の秘宝。予約発売を受け付けたのが確か昨年の秋だったような気がします。ネットで申し込んで合ったのでわざわざ書店まで行かなくてもよく、ネットでの注文のよさを改めて感じました。おまけに主人のブログから楽天ショップに入り予約注文したので双方にポイントもついたようです。いよいよ最終巻で、また分厚い2冊です。読み始めると没頭してしまうのでここしばらく家事が手につきません。土曜日に町内会の行事があるのですが、これはさぼるわけにはいかず、来週の週末は姉の13回忌でまたまた仙台に行ってきます。そのあと姪の子が遊びに来て一週間夏休みを過ごしていきます。何かとあわただしくなってきますね。ハリーの物語も最後になってきました。最初に出たのが10年前、過去の登場人物も多く、過去の話との関連がわからないと訳がわからないのです。誰が味方で、誰が敵なのか。歳とともに、カタカナの人物名は頭に入らず、この人は第?巻のどの場面に出て来たんだっけ?と自問自答を繰り返しつつの読破になるので最終章を読むのはいつになることやら。目次で最終章をみたら、19年後、という題になっていました。19年はかからないとは思いますが……私の19年後はどうなっているのだろうか? 75歳です。生きているのかどうかも定かではありませんね。できれば元気でいろんなことに挑戦している自分がいればいいなと思います。しばらくは生涯学習のパソコンもお仕事も多分テレビも一休みです。これを読み終わったころ、お盆になりまた、いつもの仕事が始まるでしょう。しばらく読書に没頭します。
2008.07.23
コメント(2)
タイトルを変更しました。母が亡くなり、介護が必要なくなったからです。姪のガン発病から2年間、さまざまな事がありストレスがたまっていたせいか血糖値が少し高くなってしまいました。ここできちんと抑えておかなければ今後の老後の生活に支障をきたしまし。肥満という因子もあったので心配はしていたのですが、自分の事はかまっていられなかった2年間でしたのでしかたがありませんね。でも、お墓を守る立場になった今、主人と子どもたちとの生活を全うするために一番重要なことは主婦である私の健康が一番です。健康保険制度がだんだん改悪になっていき、諸物価があがる一方のなか、最大の節約の一番は健康であることだと思います。幸か不幸かこの2年間で5キロ体重が減りました。でもあと10キロは痩せたいですね!!それでも肥満には変わりないのですが………血糖値を測りに行かなければならないのですが、こわくていけません。家で毎日のように血糖値を測っているので悪化はしていないとは思いますが、ふんぎりがつかなくて……。効果的に、リバウンドをしないで体重が減ってくれればいいのですが、なにかよい方法はありませんか?
2008.07.05
コメント(1)
久しぶりで更新しています。母の遺品の整理は無事終え、前にこちらに送ってあった母の桐箪笥に納まりました。終わってみるとよくやったと思うほどみごとに整理をしてきました。限られた時間だからやれたのだと思います。寂しい思いがあるのは当然ですが、あとは一周忌、三回忌と、やらねばならないことをやるだけです。夏には姉の13回忌がありまた仙台に行ってきます。冬には母の一周忌と父の13回忌を一緒に行い、翌冬には姪の三回忌でやっと落着きます。なにかと大変な事がつづきましたが、一段落したことで気持ちのたががすこしゆるんでしまったことも確かです。すこし気を張って生活していかなければなりませんね。ところで、我が家は新車を購入しました。今の車は7年目で、乗り心地もよく、走りもスムーズで靜かで気に入ってはいるのですが、なにせ燃費が悪い。リッター7キロしか走りません。おまけに夏タイヤも冬タイヤも次には変えざるを得ない状態です。11月には3回目の車検です。ましてやガソリンは上がるばかりで、7月にはいり、ついにリッター180円を超えてしまいました。本当は車自体をやめればいいのですが、今の生活では車を完全に止める訳にはいきません。前から低燃費の車にしたいとは思っていましたが、主人がセダンにこだわり続けていました。しかし、このガソリン高騰には勝てず、しぶしぶ了承したわけです。こんどの車は日産のノートです。計算上ではリッター19.3キロ走ります。実際には14か 15キロになると思います。今までの倍ぐらいリッターで走りますのでガソリン代がだいぶ安くなると思います。今、10000円から15000円掛かっています。ほかの食品もすこしずつ値上がりしています。家計を預かる主婦は大変ですね。とかいっても新車となるといかに小さく安い車といっても200万弱はかかりますので、より一層節約生活になりそうです。
2008.07.02
コメント(0)
母がなくなって早5ヶ月、やっと仏壇を購入しました。仙台の家には今まで使っていた仏壇がありましたが、マンションの狭い部屋には存在感が大きすぎ、また移送するにも大変なので上置き型の現代仏壇を購入しました。今までのご本尊が大きかったのでそれが入る仏壇を探すためいろいろ調べたのですが、結局近くの仏壇屋さんで親切に話をきいてくれたので主人にもみてもらい決定しました。又一つ肩の荷がおりました。あとは遺品の整理です。今荷物がある家は名義は姪の旦那になっていますが、家を建てるときに数百万も資金援助をしており毎月の生活費も入れていたので、一周忌までには全部整理すればいいと、甘い考えを持っていました。でも出来るだけ早く整理して今まで母が使っていた部屋を使いたいという話がありましたのでまた整理に行ってきます。結局姪の旦那にとっては母は家族ではなかったのだということになるのでしょうか。今までは母と姪が暮らしていましたので、気軽に仙台に行き来できましたが、これからはそうもいかなくなりそうです。非常に寂しい思いで一杯です。荷物の整理といっても狭い我が家に持ってこれる荷物は高が知れています。形見分けできるものはして、使ってくれる人があれば差し上げて、あとは廃棄処分にするしかないのでしょうね。親が生きているうちは、『大丈夫、残ったものは私が全部処分するから』と気軽に言っていましたが、いざその状況になってみると、なかなか踏ん切りがつかないものです。他人からみればふるくさい、ぜんぶ必要のないものばかりに見えるのでしょうが、いざ手を付けてみると思い出がよみがえりなかなかはかどりません。荷物があるうちは、荷物の整理という口実で仙台に行き、子供たちの世話をしたり、友達とも会えたりしましたが、これからはだんだん難しくなるかと思うと一層寂しくなります。でも仙台と札幌、離れている土地に生活しているのでいつまでも感傷にひたっていることはできません。思い切って最後の務めをしなければなりませんね。両親、姉、姪がなくなり、仙台との縁も薄れてきています。親戚づきあいの難しさも感じています。これからは息子たちの世代が姪の旦那や仙台の従兄弟たちと親戚づきあいをしていかなければなりません。そのための土台作り、そして息子たちに伝えていかなければならないこともたくさんありそうです。私の場合結婚を機に仙台を離れ、次女ということもあり親戚づきあいということに関しては何も親は伝えてくれませんでした。私に最後を看取られるということも想定外だったはずです。姪の看病から始まってのこの二年間の出来事のなかで起きたことは息子たちにも包み隠さず話してきました。息子たちも『死』を身近に感じ、そのなかでやらなければならないことを感じ取ってくれていると思います。帰ってきましたら積丹にうに丼を食べに行くツアーに申し込みました。楽しみです。
2008.05.19
コメント(0)
先週は沖縄に行ってきました。こちらも暖かかった週だったようですが、沖縄は26度は、東京18度ぐらいだったかな?冬から春へ、春から夏へ、一日の間に一挙に夏を経験してしまいました。やはり南国、夕方3時頃についたのですがやはり暑い。半そでで十分、札幌の真夏の気温でした。幸い旅行中天候に恵まれ(4日間観光中は雨にあいませんでした。これはいまどきは珍しいのだそうです)毎日沢山歩き、いろいろなところを見てきました。私が一番見たかった美ら海水族館、じんべいざめが3頭悠々と泳ぐ黒潮の海の巨大な水槽は圧巻でした。じんべいさめの食糧はオキアミです。それを大きな口をあんぐりとあけ、水ごと飲み込みます。両脇のえらから水だけを吐き出してオキアミを食べていました。ですからあれだけの魚たちと一緒に悠々と泳いでいられるのですね。大きなマンタやエイ、中位の鰹かな?、それに小さな魚たちが一緒の水槽で私たちを楽しませてくれました。あれを見ただけでも今回の沖縄旅行は満足です。海洋博記念公園のビーチで沖縄の水の暖かさを実感し、外国人の方達はもう泳いでいました。きれいな蘭の花を堪能し、嘉手納基地の大きさと輸送機の大きさに圧倒され、首里城にも行ってきました。どこにいくにも歩くところが多く、足を丈夫にしておかなければ観光は楽しめないと実感しました。思ったより大丈夫だったのが意外でした。ちょっとふくらはぎが痛くはなったのですが……間食する暇もなく、歩いたおかげで血糖値はすこし落ち着いたようです。やはり毎日の運動が必要なのでしょうね。実際の生活の中ではこれほど歩く事はないのでよい機会でした。主人はたくさん風景の写真をとりました。こちらをみていただければ写真や観光のくわしい内容はわかります。今回、南部の方には行かなかったので戦争のあったところというのはあまり実感がわきませんでしたが、基地の大きさ、アメリカ人の多さ、看板が英語で表記されているところがあるということで沖縄の生活の一部分を垣間見る事ができたように思います。沖縄を発つときは26度、札幌に帰ってきたときは8度、一挙に夏から冬に逆戻りです。おまけに昨日は雪まで降りました。この1週間で、冬→春→夏→春→冬を体感しました。ちょっと体にはきつかったかもしれませんがたまにはいいものです。また来年はどこに行こうか、いまから楽しみにしています。札幌もいつもより早く桜の花は咲きそうですが、早く本格的に暖かくなってほしいと思います。
2008.04.13
コメント(1)
今日から水曜日まで沖縄に行ってきます。前から主人が沖縄に行きたいと言っていましたし、私も美ら海水族館に行きたいと思っていましたが、母の介護がありいけずじまいでした。母が無くなり百か日も過ぎ、ようやく落ち着いてきましたので母に優しく接してくれた主人への感謝も込めてちょっと羽を伸ばしてきます。 ところがあいにくの雨のようなんですねぇ~、残念!!沖縄の最高気温が22、23度くらいでここ札幌とは15℃温度較差があります。この時期仙台に行ってさえ、飛行機を降りた途端、空気がぬる~い、と感じるのですから、今日はどうなることか、きっと暑~い、と感じる事でしょうね。これが済んだら時間を見つけてまた母の荷物の整理に仙台に行く予定を立てなければなりません。一周忌が済むころまでには心の整理をつけながらすっきりと部屋の明け渡しをするつもりでしたが、向こうの家の事情もあるらしく、どうもそれではだめのようなのでできるだけ早くすっきりさせたいようです。ついに糖尿病が現実となってしまいました。大部前から医者から注意を促されていたのですが、姪の癌発覚、母を連れての仙台での看病、子供たちの世話、そして姪の死、母との同居、母の入院と介護、そして母の死と相続、荷物の整理といろいろあり、その間、仙台、札幌の間を8回往復し、自分の体のこと(自覚症状はあまりありませんから)を考えるより先にやらなければならないことがたくさんありましたので後回しになっていました。肥満とストレスで本格的な糖尿病になってしまったようです。いまや糖尿病は4人に1人、5人に1人がなっている病気ですが、一生付き合わなければならない病気です。やはり不摂生というのはよくないですね。でも、お酒を甘いものを8割ぐらい今までに比べると減らしていますので、少しずつ体重が減ってきています。まだまだやることはたくさんあるので摂生して生活して行きたいと思います。
2008.04.06
コメント(0)
仕事が終わって一週間、夜はゆっくりと休み、昼間は予定した事をどんどんこなし、充実した一週間でした。まず気になっていたけれど忙しくて行けなかった親戚のお手伝いを一日かけて済ませ、お彼岸のお参りも済ませてきました。主人の兄のところへもお線香をあげに行ってきました。 金曜日には気になっていた母の準確定申告を済ませました。でも親切に書き方は教えてくれたけれど、受付の人は感じが非常に悪かった。母の場合は死亡してから4ヶ月以内に申告をすればいいのに(4月18日まで)、税金の支払期日が3月17日までだからすぐに支払いなさい、と、さも遅れて納税するような言い方をされました。ものの言い方って大事ですね。6月ごろには住民税の催促がくるでしょう。死んでしまっているのに住民税は払わなければならない。前年度の収入に対しての税額だから仕方がないといえば、そうなのですが、なぜか素直になれないのです。一週間天気に恵まれ暖かい日が続きました。気になっていたベランダの掃除もすませました。冬の間雪にうもれていたのですがとけてきて、埃とゴミにまみれたベランダが出てきました。4階なのですが、なぜかカップ麺の発泡スチロールの空き丼までころがっており、目の前が体育館の駐車場のせいか真っ黒になっていました。なにせ4ヶ月ぶりのお掃除ですから仕方ありません。はいつくばってベランダの吹き掃除です。これで洗濯物を落としても大丈夫です。土曜日、日曜日と快晴にめぐまれついにベランダに布団を干しました。すこし空気は冷たかったけどお日様の暖かさはやはり超~気持ちいい、です。冬物をクリーニングに出し、タオルケット、敷布、肌掛けなどの大物を近くのコインランドリーで1時間1000円をかけてすっきり洗濯、乾燥しました。でも頑張りすぎたのかな???、膀胱炎になってしまいました。土曜日夕ご飯を食べたあとから急に痛くなり、トイレにいっても少ししか出なくて、出た後が残尿感と痛みで眠れません。水をがぶがぶ飲み、以前なったときに余った薬を飲み、それでも痛いのでバッファリンを飲んでやっと眠る事ができました。朝になりだいぶ痛みが治まってきましたので安心しました。あまりはりきって頑張ってやりすぎるのも無理になってきているのかと、改めて歳を感じさせる一週間でした。
2008.03.23
コメント(0)
2月中旬から始まっていた伝票入力の仕事がやっと終わりました。2月8日に母の納骨が済んで帰ってきてスクールに電話をすると非常に急ぐ大量の入力があるというのでその日の夕方に説明を受けに行ってきました。車で来たからといって段ポール1箱渡され家事をする時間、寝る時間を削り、連休だというのにPCに向かい頑張りました。スクールでも連休にかかわらず教室をあけ総動員体制で頑張っていたようです。(私は家で仕事です。)家族はご飯もまともに作ってもらえず家の中は煩雑になり非常に迷惑だったと思います。ごめんなさい。それが終わってからは例年の仕事が待っていました。ミスが少なく入力が非常に速い方が在宅の仕事を見つけ参加されていませんでしたので、その分をみんなで少しずつ頑張るよりほかありません。毎回思うことですが、目も疲れ肩もこり頭痛もしてくる仕事ですが、この寒い時期に自分の気力、時間をうちこめる仕事があることに幸せを感じ、感謝をしています。仕事を理由に家事をおろそかにしていることには後ろめたい気持ちもありますが、テレビの連ドラも特番も見る気にはならず、好きなサスペンスドラマは録画し、終わった後の楽しみとしておきます。この仕事は自分ひとりだけでは成り立たず、仲間たちとお互いに校正しあいながら納品日にあわせて完成させていきます。仕様の確認、疑問点を確認し合いながらの仕事なので何回かするうちに仲間も増え絆みたいなものが出てきているようにも感じます。若い方達は入力も早くミスも少ないのですが、どうも私はというと・・・・。入力は遅くはないと思いますがどうも入力ミスが多い。頭と手と目が連動しない。どうして???こんなミスをするの!!というものが多い。校正されてきた数字をみて毎回へこんでいる自分がいます。年齢、老化のせいにはしたくない。やはり自分の注意が不足しているだけなんだと思います。めざせ ミス件数1桁!!! (ミス0でないところが私らしい)今週はお彼岸です。仙台から帰ってきてから荷物の整理が何もできていません。母の確定申告も死亡日より4ヶ月以内にしなければなりません。冬物の整理、ベランダの掃除、家の中の整理整頓、やることがたくさんありまたまた頑張るしかない一週間になりそうです。
2008.03.17
コメント(4)
久しぶりの更新です。ご無沙汰しておりました。おかげさまで母の納骨も無事済み、2月、3月は仕事が忙しくなります。9日に帰る予定でしたが、切符を確認するとなぜか仙台発のはずが札幌発になっています。あ~あ、またやってしまった。ドジ!! せっかく旅割の安い切符を買ったのに、これでは何にもなりません。高い取消手数料(7450円)を払って、切符は当然片道切符の割引無し、自分のドジさに腹が立って仕方がありませんでした。というわけで前日の金曜日に帰ってきました。いつもの仕事があるのでスクールに何の気なしに電話をするとスクールが大混乱、連休最終日に納める大量入力データが入っていてフル動員でやっていました。当然すぐにきてぇ~の声に荷物を片付ける暇もなくスクールにいき、仕事をもらってきました。それからが大変でした。9日、10日、11日、と掃除、洗濯をする時間も惜しみ、食事も簡単なもので済ませなんとか落ち着いたのが12日でした。それからいつもの入力の仕事に入り、今日まで家事最小限の生活をしています。その合い間をぬって、母の葬儀、法要の際にお世話になった方への香典返しを考え、デパートに行ってものを選んでいる暇もなく、どこの家でもタオルやタオルケットなどの香典返し向きの品物はたくさんあるので、お花券を利用する事にしました。どこの家にも仏壇がありますのでお花券ならば場所もとらず、送る手間も簡単でいいと思ったからです。北海道ではあまり香典返しの風習はありませんが、本州ではほとんど49日過ぎたころに香典返しをします。特にたくさんいただいた方にはそのまま何もしない、というわけにはいきません。母の確定申告も書類を用意して計算し、税務署に尋ねると、遺族が代わって申告をする場合、附表というものが必要だそうで、それは税務署に行かなければならない。ということです。亡くなってから4ヶ月以内に手続をすませなければなりません。4月中頃までということでこの仕事が落ち着いたら税務署に行き附表をつけて申告を済ませてこようと思っています。母の密葬、葬儀、納骨はすべてこの寒い時期にしては雪もふらず天気にめぐまれました。晴女だったのでしょうか。帰ってきて雪祭りが終わってからずっと寒く吹雪く日が続いたりしています。昨日の夜も大変な悪天候で千歳空港では欠航が相次ぎ空港の会議室で一夜を過ごされた方がたくさんいたようです。雪がふらなければ困る方も沢山いますが、もう十分です。早く暖かい春が来るのが待たれる今日この頃です。
2008.02.24
コメント(2)
久しぶりの更新です。母の死後から気ぜわしい毎日でしたが、ようやく落ち着いてきました。葬式終了後一旦気が抜けたような状態になりましたが、その後の方がたいへんなのが良くわかりました。相続関係で集めなければならないものが沢山あり、(除籍謄本、戸籍謄本、印鑑証明など)面倒くさく大変でした。戸籍謄本は本籍が道内の別の都市にありその都度郵送で依頼しなければならず大変です。また香典返しもしなければなりません。仏壇をどうするかも気が重い問題です。位牌は父と母と並べて作ってもらい立派な位牌ができました。母の49日は2月5日です。納骨をしなければなりませんが、姪の一周忌の法要が2月2日に行われますので、そのときに一緒にしようかと思っています。いつも不幸はつづいてきます。主人の母は祖母の49日の法要を済ませてすぐに亡くなり、私の姉が亡くなって半年ちょっと経って父親が亡くなりました。そして今回も姪が2月に亡くなり母が12月になくなりました。ここ何年か法事ばかりやっていたような気がします。我が家は父と姉と姪が一緒のお墓に入っています。そのお墓に母も入ります。一人ではないので寂しくはないでしょう。私と姉の二人姉妹だったので両親は嫁に行っても誰でも入れるようなお墓にしてくれました。私もみんなと一緒のお墓に入ろうと思っています。主人と仙台に行って納骨を済ませてくれば一区切りがつきます。落ち着いてみると死ぬのは早すぎたな、もっと色んなところに連れて行けたのに、もっと早く病院に連れて行けばよかったのか、といろいろなことが気持ちの中に浮かんできます。後悔はしていないのですが、もっとやりかたがあったのでは、という気持ちがあることも確かです。2月、3月はいつも伝票入力の仕事が来ます。今年もいつもの年より早く来ました。法事に1日から行くので、帰ってきてからゆっくりとしようかな、とも思いましたが、やはり、皆が仕事をしている、と思うと落ち着かず、仙台に行くまでのわずかな間仕事をすることにしました。仕事をしていたほうが余計なことを考えないですみ落ち着きます。帰ってきたらまた頑張ります。仕事が来ると気持ちは仕事の方へ全面的に傾きます。食事の支度も二の次になりますので、また夫や子供からクレームがくるかもしれません。なるべく食事の支度もやりますので協力お願いしますね
2008.01.29
コメント(2)
お正月も無事終わり、また通常の生活に戻ります。暇さえあれば居眠りの正月を過ごしてしまいました。まだ疲れがとれない感じがします。でもいつまでもこんなことをしていられません。今年はまず自分の体を十分に元に戻し色々なことに挑戦していこうと思います。母の介護をしているときは、今ここで私が倒れれば母の介護をする人がいなくなる、夫や息子に多大な負担をかけると思うとちょっと調子がわるいくらいでは弱音を吐くことができませんでした。これから少子高齢化の時代に入り、親が体調をくずした場合子供が面倒をみられるとも限りません。施設を利用するにも負担金は徐々に増し、親が自分で負担できればいいのですが、年金もだんだん少なくなり、負担できるとも限りません。子供も少ない給料でぎりぎりの生活をしています。自分たちの老後の安定はまずは健康であるべき、ということでしょうか
2008.01.04
コメント(0)
仙台での葬式も主人、親戚の助けをかり終わらせてきました。さすがに疲れました。気を抜くと倒れてしまいそうでまだすっかり気を抜くことは出来ません。帰ってきてからも親戚・ご近所に挨拶に行ったり、まずは家の中の整理をしたりでゆっくりは休めませんでした。翌日は病院の支払、相続に関する各会社への連絡など喪主になるとやることが次から次へと出てきます。体も頭もまだパニック状態なのできちんとできているかどうかは自信がありません。でもここできちんとしておかないと、今後の親戚関係が円満にいくかいかないかの問題になりますのできちんとやろうと思います。去年から姪のがん発病、子供たちの世話、そして葬式、母を引き取り介護、その母も入院して二ヶ月で亡くなってしまい、今年の私の漢字は「亡」でしかなかったように思います。来年はぜひ明るい年にしたいと思います。家を空けても心配がなくなったので、旅行もいいかなと思っています。これからは夫婦、子供たちとの生活を大事にして生活していこうと思います。母の介護は気ぜわしかったり、面倒くさかったり、嫌なことを言われて悔しかったり、情けなかったりといろいろありましたが、これは実際に介護に携わった人しかわからないことなのだ、ということが身にしみました。終わってみれば、もうすこし優しくしてやればよかったという思いも起きてきます。病院の方々にも大変やさしくしていただき非常にうれしかったです。一度は家につれて帰りたかった、というのが心残りでした。まずはゆっくりとしながらやるべきことをやっていこうと思います。来年もよろしくお願い致します。みなさま良いお年をお迎え下さい。
2007.12.31
コメント(2)
母がついに亡くなりました。19日夜10:37分でした。土・日と元気になって喜んでいましたが、やはり燃え尽きる前の一瞬の輝きだったようです。月曜日に仕事を届けにスクールにいくと(前日の元気な様子に安心していました)病院からすぐ来るようにと連絡がありました。急遽授業を受けずに病院に行きました。そこには意識もなく眠っている母がいました。手も足も力がなくだらんとしており、点滴の針をさしてもピクリともしません。ただ酸素マスクをして呼吸しているのみです。あぁ、もうダメなんだ、と思いました。毎日車に乗ってドライブすることが楽しみだったのに、もう無理なんだなぁと悲しくなっていました。予断を許さない状況なのでその日は病院に泊まりました。朝方3時ごろ突然手が動き出し、それからは苦しそうなうめき声を出しながら手をバタン、バタンとずーっと動かしています。目も開けるようになりました。夜が開け先生が様子を見に来てくれましたが、手が動いている状況を見てちょっと驚いた様子でした。小康状態になったみたいだね、といわれましたが、苦しむ母を見ていると、”どうしてそんなに頑張るの、もう楽になっていいんだよ”と思わざるを得ません。3時間ほど眠ることができましたので頑張れましたが、先生からは自分の体を気遣いながら看病して下さい、と言われましたので、火曜日は帰りました。帰ってみると家の中は散らかって大変なことになっていました。急いで片付け晩御飯の支度をして、ホッと気が抜けて気づいてみれば髪の毛が伸び放題です。仙台に行く前にカットをしたので二ヶ月が経っていました。あれからずっと看病していたのです。小康状態だし明日の朝のうちにカットをしてこようと思いました。水曜日朝カットをして帰宅すると病院からまた呼び出しがありました。いよいよかな、今日は父親の命日だ、(父親の命日も19日)迎えにきてしまったのか、と思わざるを得ません。着いてみると母は月曜日の状態に戻っていました。もう本当にがけっぷちでいつどうなるかわかりませんので心残りのないように側を離れないように、と看護師長さんから言われました。主人もずっといてくれましたが面会時間もきてしまい、主人と長男は一度帰宅して自宅で待機してもらいました。だんだん指先が冷たくなっていっています。10時半過ぎ、看護師さんが痰を取りにきてくれましたが、心臓に手を当てています。母の様子を見ると今までスースーと呼吸をしていたのに、口元が全然動いていません。先生も来てくれましたがダメでした。結局胸膜炎はありましたが、急性心不全としか病名はつけられませんでした。それからが大変でした。夫と子供たちに連絡し、葬儀屋さんの手配をしました。夜も遅いし家も狭いので会館に直接遺体を運びそこで身内だけの通夜をして密葬を行い、火葬を行い、本葬はずっと帰りたがっていて、自分の兄弟がいる仙台で行うことにしました。会館につれていって正解でした。遺体もゆったりと設置することができ、私たち見守る方も広いところでゆったりと見守ることが出来ました。やっと落ち着いたのは朝方4時頃でした。子供たちを寝かせ、私は線香番をしながら朝になり、近くのコンビにで朝食を調達して11時の湯潅までに病院に行き死亡証明書をもらい、区役所に行き、埋葬許可証をもらいに行き、家に寄り皆の喪服の準備をして戻りました。湯潅が終わり、仙台の義兄に本葬の手配(お寺の都合、会館の手配、戒名の依頼)等をお願いし、ご近所、親戚に連絡、夜のお料理、翌日の朝ごはんの手配、布団の手配、用事があり出かけていた長男を迎えに行くついでに、足りなかったものを取りに自宅により会館に戻りました。次男は午前中に車で動いてくれて本当に助かりました。主人の親戚も来てくれささやかに通夜をしました。仙台にいたら叔父さん、叔母さん、ご近所さんも来てくれにぎやかにしめやかにお通夜をできたのにと思うと、かわいそうでなりませんでした。明日のこともあり眠りましたが12時に目が覚め、また朝方5時ごろまで線香番をしていました。結局4時間ぐらいは寝ることができたので大丈夫でした。10時に出棺し火葬場に行きました。新しく出来た火葬場ですのできれいで良かったのですが、食事をするスペースが狭く、ロビーでは沢山の方が待っていました。控え室を利用すると23000円かかるので節約するのは我が家ばかりではありませんでした。骨になった姿を見て愕然としました。頭蓋骨、あばら骨も姿はなく、足首から下の骨もありませんでした。認知症、骨そしょう症が進むと骨も弱くなり燃え尽きてしまうそうです。背骨もカスカス状態で、骨壷が一杯になり押さえつけるとすぐに崩れてしまいます。父親、姉、姪の時には考えられないことでした。骨になった母親を抱きかかえて帰宅しました。あす本葬をするために仙台に向かいます。24日午後から本葬し、すこし後始末をして帰ります。正月は出来なくなりましたがやはり年末には変わりなく、帰ってきてもゆっくりできそうもありません。まずは子の務めを果たしてきます。
2007.12.21
コメント(0)
昨日、今日と母の顔を見に病院に行って来ました。一週間前とは大違い、表情にも明るさが出てきて、自分から話しをするなど会話が戻ってきています。食事管理表(あまり食べないので、一日の食べた量と水分摂取量をかいてあります)を見ますと、食事は半分から全部食べているようです。今寝たきりで食べさせてもらっている状態なので、無理やり口に入れられるそうです。見ていると上手に食べた頃を見計らって口にご飯を入れてくれています。嫌だ、といってももう少し、もう少し、と励ましながら口に食べ物を運んでくれます。すこしかわいそうな気もしますが、これがきっといい結果をもたらしているのだろうと思います。握手をして握り返してくる力もまえより増してきました。一週間前、医師から何かあっても延命処置はどうしますか?と決断をせまられたことがうそのようです。このまま元気になって立つ練習、歩く練習ができるようになり帰ってこれるかもしれない、と思ってしまいます。でも、片方では、これは人生終わりになる前に元気になって輝くときがある、というのも聞いた事があり、今まさにそれではないか、との不安もあります。でも、元気になったので、「苦しかったときに、おじいちゃん迎えに来た?」と聞いてみました。(本人も一週間前は苦しくてもうだめかと思っていたみたいです)「全然、夫も娘(私の姉)も孫も迎えには来ない」と言っていました。まだまだお迎えは来ないようなので安心しました。やはりまだまだ頑張って歩けるようになってもらいドライブに一緒に行きたいと思います。頑張れ!! おばあちゃん!!
2007.12.16
コメント(2)
昨日、札幌にもついに雪が降りました。しかし温暖化の影響でしょうか、いつものさらさら雪とはちがい、雨まじりのべとべと雪です。傘が必要な状態です。本州の雪とかわりありません。北海道の冬はなぜいいか。それはきりっとした寒さ、さらさらとした雪、降り積もった雪を踏みしめるキュッ、キュッとした音、ぜんぶ真っ白になった景色、それがあるからいいのです。近頃の北海道もだんだん本州化してきたなぁと思っているのは私だけではないと思います。仕事の方は目標どおり昨日仕上げ納品してきました。そして住所入力の仕事を請けてきましたので、土・日は家事の合い間を見つけ、仕事です。月曜日の朝、納品です。仕事をもらった帰り、母のところへ行って来ました。看護師さんが一生懸命ご飯を食べさせてくれているらしく、冷蔵庫にあった牛乳、乳酸飲料がきれいになくなっていました。早速、近くのスーパーでジュース、乳酸飲料、牛乳プリンを購入し冷蔵庫に追加してきました。しかし、母に話すと「プリンはいらないから持って帰ってちょうだい」と言われてしまいました。あまり会話にはなりませんでしたが、それぐらいの意思表示はまだ出来るようです。しかし、水曜日に行ったときのようなスムーズな会話にはなっていませんでした。やはり一進一退を繰り返している状況には変わりないようです。
2007.12.14
コメント(0)
今日は仕事です。昨日夢見が悪く、朝早く病院に行ってきましたが心配するほどでもなく、今日は仕事だから来れないよ、と言ってあります。できるだけ頑張って早く仕上げ、様子を見に行ってあげたいと思います。今日の仕事は、スクールからの依頼で、イラストレーターでテキストデータを流し込み50ページぐらいの会報誌に仕上げていく仕事です。テキストデータを流し込み、ポイント、行間、字間などを体裁をみながら冊子らしく仕上げていく仕事です。こういう仕事が一番性に合っていると自分では思っています。月曜日の納期ですが、金曜日目標に頑張ります。
2007.12.13
コメント(0)
昨日の夢見が悪かったので、朝一番に病院に行ってきました。母は昨日とはまるで違った表情をしていました。昨日の夜から少し食事ができ、水分もとれるようになってきたようです。私との会話もかみあっています。「昨日の夜、私に会いにこなかった?」って聞いたら「知らないよ」とあっさり言われてしまいました。「今日・明日は用事があるからこれないからね」と言うと「わかった。行ってらっしゃい」と明るく言ってくれました。すこし安心です。でも看護師さんに「すこし食べられるようになったんですね」といいますと、「できるだけ食事で栄養をとってもらうように努力します。点滴もだんだん血管がもろくなってできなくなることもありますから」と言われてしまいました。やはり、少しぐらい食べられるようになってもあまりよくない状態には変わりないようです
2007.12.12
コメント(0)
昨日、夫と一緒に母の見舞いに行ってきました。夫は母の姿をみて呆然として声も出ないようでした。私のこともまだ認識でき、夫のこともまだわかっていたのでちょっと安心しました。でも私の問いかけには何も答えられずわけのわからないことを言っています。ちょっといて「もう帰るから」というと手でバイバイをしてくれます。ちょっとかわいらしい一こまです。夜、買ったばかりの地デジのテレビをあれこれいじり、ビデオを見られるようになりました。しかし、地デジのクッキリ、スッキリ画面を見てしまうとアナログの画面は本当に見劣りがします。今までは何にも思わなかったので慣れるということは恐ろしいことです。12時近くに床につきました。私は横になって目を閉じるとすぐに眠れる性格ですが、自然に目を閉じて眠っていたのでしょう。私の目の前に、きちんと着替えて薄い黒いレインコートを着た母が玄関から入ってきて私が寝ている部屋のテレビの横でにこにこ立っているではありませんか。私はびっくりして「どうしたのぉ、歩けるようになったんだ、よかったねぇ、でもその薄いレインコートでは寒いから風邪ひくよ」と言っていました(夢の中でです)でも夢の中でも えっ、そんなはずはない、母は病院のベットの上で動けないはずだ、おかしい これは夢だ と思い、目を開けました。やはり夢でした。それからでもどうしてこんなにはっきり母の姿が見えたんだろう。私に助けを求めてきたのだろうか。それにしては表情はすごく和やかでやさしい顔をしていました。しかし悪い方にばかり考えがいきます。なにか急変があったのだろうか、大丈夫だろうか、と。しかし、病院からは何も連絡が来ないので大丈夫なんだろうと思います。でも不吉な感じです。明日、早くまた病院に行ってみたいと思います。
2007.12.11
コメント(0)
朝、主人や息子が寝ている間に母のところへ行ってきました。受付をすませると「いくつか検査をしたので先生からお話がありますから」と言われました。今日もご飯を食べた様子はなく、点滴をしていました。水も飲まなく(飲めなく?)なったため口の中が乾いて苦しそうでした。看護師さんが口の中のネバネバが肺に入ると肺炎を起こすからといって指をつっこんだり、吸引器を使って口の中を清潔にしてくれていましたが、母はとても苦しそうで嫌がっていました。そして「昨日から血便が出ているので血液検査とCT検査を受けました。午後には結果がわかるので夕方また来て下さい。」と医師から言われました。母は苦しそうにあえいでいました。私が来たことはわかりうれしそうにしていましたが、話しかけてもあまり会話にはなりません。腕や足も肉が落ちてしわだらけになっています。これではもう歩けないだろうなぁと思ってしまいます。夕方休みだった息子を連れて先生の話しを聞きに行ってきました。・血便が出ているのでCT、血液検査をしたが、貧血がひどくなっている。また胆のうがはれているがそのせいだけで状態が悪化しているとは思えない。・胸水がたまっているが、胸水の溜まる一つの原因として癌の末期症状が疑われるがレントゲン等からも末期と思われるような腫瘍は見当たらない。・消化器等の癌も考えられるが今の呼吸状態ではバリウム等を飲んでの検査は難しい。・循環器、消化器専門の病院に転院して詳しくみてもらう手段もあるが、患者も家族もひどい思いをして転院検査しても、そこの病院で原因が分からない場合は、強制退院をさせられ、受け入れ先がなくなってしまう場合もある。80歳の高齢を考えれば転院による治療・手術等をした場合のメリット・デメリットを考えるとデメリットの方が大きい。・今のままこの病院にいる場合は苦しくなれば酸素の補充、食べられない場合は点滴等はするが、管をいれて呼吸を確保したり、心臓が止まった場合の心臓マッサージ等の延命処置は行わない。・重篤な症状があらわれている臓器も見当たらないが症状はあまりよくない。様子をみて少しは回復するかもしれない。「非常に宙ぶらりんな状態」です。と言われました。以上のようなことを考えてどうするか決断して欲しい。と言われました。 以前から治らない状態になったときは延命治療はやらないでほしい、と言われてきたので、いまのまま病院にまかせることにしてきました。まさか自分でそういう決断を下すことになるとは夢にも思っていませんでした。自分の親ならば一日でも長く生きていて欲しい、と思うのが常なのかもしれませんが、苦しい思いで病院のベッドの上でただ寝ているばかりの母はかわいそうでなりませんでした。あとはこまめに病院に行き、顔を見せてやるよりほかはないようです。
2007.12.11
コメント(0)
昨日、母のところへ行ってきました。いつものように部屋に行くとベットの上に母がいません。また、何かの検査、それともお風呂、急に動けるようになるわけはないし、頭の中でいろいろ考えました。看護師さんの詰め所に行き、「また部屋かわりましたか?」と聞くと、「はい、一人部屋に移りました」って、「えっ、どうして? そんなに急にわるくなったの?」と悪い方向にばかり考えがいきます。これで3回目です。先日行ったときにも息切れが激しく「はっ、はっ、はっ」と苦しそうでした。近くにいた同室の人に「すみません。うるさいでしょう?」と聞いたら、人のよさそうなおばあさんでしたが「うるさくて、夜全然眠れないのよぉ、でも病院だからしかたないけれどね」と言われてしまっていましたから、苦情がきて移されなのだなと思いました。部屋に行くとリハビリ中でした。相変わらず息切れはしています。でも酸素を鼻から吸っていました。昼食も看護師さんに食べさせてもらっています。普通のご飯からおかゆにかわっていました。テレビも時々見ていたのに、テレビも見なくなっていました。個室になったのでもっとこまめに行って世話してあげなければならないのか、と思ってしまいます。これではいつになったら帰ってこられるのだろうかと、だんだん不安になってきます。せめて杖をついてでも歩けるようになって欲しい、との願望でリハビリの病院に転院したのですが、転院しないで家につれて帰ってきたほうがよかったのかな、と思ったりもします。そうすれば寝たきりに近い生活には変わりないけれども、テレビをみたり、車いすに乗りお散歩ぐらいはできていたかもしれない。息切れはひどくなるかもしれないが私のそばで暮らしたほうがよかったのかな、といろいろ考えるばかりです。 そういえば、「帰りたいコール」はあまり言わなくなりました。言えなくなっているのか、諦めたのかは分かりません。あまりよくなっているとは思えません。なんとか体力、気力をもう少し取り戻し、家に帰ってきて欲しいと思います。母がいつ帰ってきてもご飯を楽に食べられるようにと思い、食卓テーブル&椅子を注文していましたが、昨日搬入されました。おもったより大きく存在感がありすぎです。でも広々として気持ちがいいです。いままでテーブルが狭く、母にはいつも先に食べてもらっていましたが、これからは一緒に食べることができます。でもお正月には戻れそうもないような雰囲気です。かわいそうです。
2007.12.09
コメント(0)
今日の風は本当に冷たくまさに真冬日でした。二日ぶりに母のところへ行ってきました。入院してから一週間、血圧が安定しないということで寝巻きのままずっと寝ていましたが、今日いくときちんと普段着に着替えさせられていました。(ここはリハビリ病院なので朝6時になると着替えなければなりせん)作業療法士さんがベットまできて足の筋肉がこれ以上落ちないようにとリハビリをしてくださっていました。リハビリをしながらも血圧と血液中の酸素飽和度を常に気にしながらの作業です。すこし強くすると酸素飽和度がすぐに下がります。すぐに息切れがひどくなります。見た目はものすごくひどそうなのですが、本人はさほどではないと言います。他の方は何にも気にせずリハビリをしていますのでどんどん段階を踏んで歩けるようになっていますが、母の場合はかたつむりのごとくの早さです。こんな調子で歩けるようになるのだろうかと不安になります。あまり悪いことは考えずに見守りましょう
2007.12.05
コメント(0)
昨日は夫が以前勤めていた会社の退職者の集まりの忘年会で近郊の温泉にお泊りでした。いいなぁ、私も忘年会をしたいよぉ夫はいませんでしたが、近くに住んでいる長男がご飯を食べにきました。失業中で職業訓練中の身です。12月末で職業訓練が終わり、そろそろ就職活動をしているようですが、この不景気の中、ましてや事務職希望で働くところが見つかるかどうか非常に不安です。次男も帰りは夜中になるということでゆっくりと静かに夜を過ごしました。たまにはいいですね!!少しずつですが、年末に向けての大掃除にむけて動き始めました。夫の身の回りの書類を一つ一つ確認しながら処分していきます。ゴミ袋三つ分ぐらい処分しました。すこしずつですがスッキリしていきます。もう少し若い頃は大掃除も2,3日で一気に出来たのですが、近頃は気力、体力がもたず少しずつやるしかないのにやっと気がつきました。私も夫も整理整頓が苦手で物は溜まる一方です。でも老後にむけて生活用品、衣類、本などもダイエットが必要ですね。
2007.12.03
コメント(1)
コンサドーレ札幌がJ2優勝しました。来年はJI復帰です。またサッカー観戦の楽しみが増えました。東京ベルディが引き分け、京都サンガも引き分けの棚からぼた餅みたいな優勝ですが優勝は優勝です。おめでとう!!昼食後に母の顔を見に行きましたら、ちょうどコンサの試合がテレビで中継されていました。0-1で負けています。おまけに京都が1-0で勝っています。このままでは3位転落で入れ替え戦を戦わなければなりません。すぐに帰ろうと思いましたが、帰るに帰れなくなりました。ハラハラドキドキの後半戦でした。札幌が引き分けになり、まずは一安心、ベルディが引き分けになり、優勝の可能性も出てきました。でも負けたら何にもなりません。草津が後半45分で同点に追いつき、コンサの2位以上が確定。草津よ、よくやった!ベルディが引き分けになってしまい、勝てばコンサドーレの優勝確定です。ついに2点目のゴールが入り、優勝です。久しぶりにサッカーの中継で興奮しました。本当におめでとう!!昨日病院に行ったとき、母から「アンパンが食べたい」と言われました。あまり食が進まなくほんの少ししか毎食食べていないので「小さいのが5個入ったのでいいね」といったら、「大きいのがいい」と言われていましたので、早速届けたしだいです。はじめは食べないといって、「帰りたいコール」の連発です。無視してテレビを見ていました。コンサの優勝を見届けたので帰ろうとしたら、「おなかがすいたからアンパン食べる」と言い出しました。さっそくアンパンを半分渡し、牛乳も飲ませました。すごい!!、食べるときは食べるんだ。と驚き、早速看護師さんに報告。看護師さんもビックリです。ただ息遣いが激しく、本格的なリハビリにはまだいたってません。私としてはハァ、ハァの息遣いも慣れたせいかあまり気にならず様子をみながら立って歩く訓練をしてくれればいいのに、と思うのですが、先生には先生の考えがあるのでしょうから、2,3日様子を見てみようと思います。月末にはカンファレンスが開かれ、そのときまでにどの程度動けるようになっているのでしょうか。正月には一時帰宅、と言われても、あの頑固な母のこと、一度病院から家に帰ったら、二度と病院には戻らないと言い張る光景が目に浮かんできます。きちんとご飯を食べ、体力と筋力をつけ杖をついてでも歩けてトイレを一人で出来るようになってほしいものです。よかれと思って、そして元気で動けるようになって欲しいと思って、リハビリ専門の病院に転院させたのですが、母の思いと全く逆なことばかりしているのではないか、という思いが日増しに強くなっていきます。母は動けなくても私の家が良いようです。私に全部してもらう気持ちがありありです。あと一ヶ月、母がどれだけ頑張るか、母の気力と努力にかけるのみです。
2007.12.01
コメント(0)
昨日、今においてあったソファーベットを処分しました。大型ゴミの収集日だったので思いきりました。我が家は居間に座卓を置き、そこで食事等すべてをしています。でも母が腰を悪くして今リハビリに頑張っています。が、今までのようにきちんとお座りをして食事をするのはもう無理でしょう。とかいって、いつまでもベットの上で介助しながらの食事というのも本人のためにはなりません。で、座卓を食卓テーブルにして腰掛けてご飯を食べられるようにしようというわけです。20年弱お座りの生活をしてきたのですが、母のことを考えるとしかたないだろうと思います。ソファーベットが無くなってすこしスッキリしました。でもなかなか片付きません。私にとってはあまり必要のないものばかりなのですが、主人にとっては必要なものばかりのようですこしずつ聞きながらの書類等の処分になります。みなさんのお宅ではどのようにしていますか?でもまだ食卓テーブルは注文していないのです。息子と下見だけはしているのですが、やはり夫の了解も必要かと思い、一緒に出かけなければなりません。今年中になんとか形になればよいと思います。今日はパソコンスクールに行ってきました。今はPhotoshopの基礎を勉強しています。写真の修整や合成をするソフトですが、勉強して驚きと感心ばかりしています。デジカメで撮った写真は本当にどうにでもできるようです。背景はどうにでも変えられるし、色、明度も変えられるのです。ですから朝に撮った写真でも夕方のようにするのは簡単なんですね。デジカメでとった写真はアリバイ写真にならないわけがよくわかりました。母は転院したときは緊張もあったのかと思いますが、血圧が安定せず息切れも激しかったのですがだいぶ落ち着いてきました。母の息切れは毎度のことで毎日接していると慣れてしまっていましたが、今度の病院の先生はなぜだろうと、いろいろ調べて下さいました。心電図、レントゲン、血液検査をみたところでは特別に異常はないけれども、血圧を安定させる機能がおちているが原因は分からない。肺気腫や心不全もあるがさほど心配するほどのものでもないので、様子をみながらリハビリ(呼吸を楽にする。太ももの筋肉の強化、腹筋、背筋の強化、歩行の練習)等をしていくとのことです。看護師、理学療法士さんも決まった方が退院まで担当してくれるということなので安心してまかせられます。今まで歩いて3分、家の目の前の病院だったので毎日顔を見に行きましたが、今度は車で15分なので毎日は無理です。行けば「帰りたいコール」の連発で甘えますので、2,3日に一度ぐらいにしてみようかと思います。
2007.11.29
コメント(0)
![]()
私の母は目下整形外科へ入院中です。先月仙台へ連れて行った時に骨粗鬆症から腰の圧迫骨折をしてしまいました。しばらく家で寝たきりになっていました。そんな訳で今月初旬からレントゲン検査等で入院してリハビリをしていますが入院先が救急指定整形外科の為長期での入院はさせてくれません。先週からリハビリ専門の病院へ転院してもらうからと言われていましたが私の留守中に明日転院して欲しいとの電話があり主人が受けました。今日は暖かでしたが明日は真冬並みの寒さになるというのにどうせなら今日にして欲しかった等とぼやきも出てきます。明日9:00迄に整形外科に行かなければなりません。主人も同行してくれるとは言ってくれてますが毎晩ポイントサイトに明け暮れてすっかり夜型人間になり当てにはなりません。しばらくは特技のパソコンワークどころではなさそうです。こちらも必要でしょうね。床ずれしたら可哀想だからね!人にやさしい介護用品、かかとの褥瘡(床ずれ)ガード!かかと褥瘡予防具「フワガード」
2007.11.26
コメント(0)
![]()
特技はパソコン操作(ワード・エクセルはプロ級?アクセスはセミプロ級?)と勝手に自認しております。母の介護に追われる毎日で少々疲れております。早々と定年生活に甘んじているダメ亭主・失業中の長男・勤務時間が不定期な次男の面倒迄みている肝っ玉母さんです。趣味はうたた寝(これが至福の時)、どんなにいびきをかこうがダメ亭主は何も言えない。こんなんで年を越せるのか?何とかなるやろ(大阪在住経験もあり)とお気楽にも構えていられなくなってきました。更新するよりうたた寝を優先すると思いますがよろしくお願いします。目がかすんでいます。挨拶代わりに買ってけらい(仙台弁にて失礼します)!ブルーベリー200粒分のアントシアニンが1日たった1粒でとれる超特濃仕様【レビュー書き込みで送...
2007.11.25
コメント(3)
全36件 (36件中 1-36件目)
1