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衣替えを始めてみるもどうにも気分が乗らず、やめ、ひさしぶりに部屋で音を楽しむ、をやってみる。ハシケン、やっぱり天才だと思う。またしてもぞんぶんに泣かされてしまった、だって本当にいつどこで聴いてもきっちりおんなじところに連れていってくれる、私のいちばんいきたいところへ。基本的に私は音楽を聴かない、音といえばライブでしょう!渋さとかもうどうやって部屋で聴いたらいいのかさっぱりわからない、音量とか、その気分とか。それが唯一ハシケンだけは、ライブももちろんよし、部屋でもよし、しかも、それぞれにちがったうまみまである。こころに残る言葉がちがうのだ。ハシケンは五黄の人、安定し、継続する、そびえあり続ける竜巻。おなじ天才でも、ひらめきというより職人技とか実績とか、土っぽい裏づけという感じ。自信を最終的に保証してくれる根拠なんてない、身震いするほどそのとおりだと思う。世の中にはつくづくうまいことを言う人がいるものだ、と同時に、そんなすごい人がどうしてそんなすごいことが言えるのかといえば、経験しているから、だろう。信じられないけど、事実そうなんだろうと思う。今ある自分とありたい自分、100%を目指しがちな人生、自分について考える時間が長すぎる。孤独と不安のレッスンでつよくすすめられているのは「ひとり暮らし」だ、私にはまずこれがない。ここが、痛い。
2007.03.31
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考えると悩むはちがう、あまりにも本当にそのとおりで衝撃を受ける。夢の中でまで誰かつかまえてはその話をする。鴻上尚史「孤独と不安のレッスン」読了、最後の一行で泣きに泣いた。この一行が、とっても美しくて透けるふろしきのようになって包み、そして、そのふろしきは、おなじものを私も持っていたという感じ。ああ、これかー、ここからの話だったのか。私がこのふろしきをもらったのは忘れもしない9年前の秋、これをどうするか、その手法、この本は、いとしいシンクロとともに私の背筋を伸ばしてくれ、また、大きなヒントをくれたと思う。僭越ながら、鴻上氏のそのもっていきかたの質がわかりすぎる、すごく似てると思ったら、隠れた本質が彼も私も「震」、なるほどー、だからだ。上へ、とにかく上に!まっすぐ上に引っ張り上げる力、純度の高さ、おのずと高まる勢い、本来「震」は男子特有というか、男子向きの質だと思う。女子が持つと、「むすめ」というより「せがれ」という感じでたいそう味気ない。
2007.03.30
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春のせいか、折れ曲がりたい衝動にかられまくる。起きぬけに前屈、化粧は開脚、トイレでも立って前屈そして伸び、がうー、気持ちいー。変身願望?身体が緩みたくてたまんないみたいだ、そういう季節。気持ちがいいことをすればいい、いまのこの感じは身体の声を聞いてというよりもっとはやい、身体の方がもう勝手にしたいようにしてるという感じ。もうダメだ、と思ったときがチャンスだという。自分の限界の柵を超え、目の前の可能性の門をさあ今!なかなかそんなようには思えない、たしかにそれはそうなんだろうけど。伸び縮みしない生地の、しかもサイズぴたぴたのワンピースを着てるみたいな、雨合羽を5枚くらい重ね着してフードもびっちりかぶってるような、そういう感覚。なぜか。その、奥に、つながり広がる大海原までまもなくかもしれない。いま読んでる本がそのあたりのでっかいヒントを言ってる気がする。孤独、かー。
2007.03.29
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レッグウォーマー、こんなにいいものだとは思いもしませんでした。さほど期待しなかったものがよかったときの喜びたるや通常の5倍は超えると思う。もういくつか補充したいので、今日はそのことばっかり考えた。ふとした出会いから3ヶ月、大げさでなくほぼ毎日装着する日々、もうレッグウォーマーなしの人生なんてぜったいに考えられない。足のスネと足首が暖かい、歩くとき足をこう振り出してもヒヤッとしない、やさしく守られてるというか、弱ってるときなんかうっかりすると抱きしめられてるような気すらすることもあったりして、ああー、とりこになるとはまさにこれという感じ。冬はもとより夏場もきっと手放せないままだろう、誇らしげに丸出しで歩く。いつの間にやら公園にちょうちんが、桜かー、あとちょっとで咲きそう、つーか春だったのか。今年は絵に描いたように余裕がなく、クロッカスも見逃してしまった、ふきのとうも!日本の四季は、易経の三義であるところの「不易」そのもの、変わり方は変わらないということ。冬が窮まれば春がきて、春が窮まれば夏しかり、四季は巡る、でも、その順番は変わらない。どんだけの絶望も窮まればいずれ春がくる、その、変わり方は変わらない、ぜったいに、だ。
2007.03.28
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役割というのは与えられるものなのでは、と急に思った。自分で選別して飛び込んだつもりでいても実は、呼ばれて、ズズズ、引っ張られて、今ある人生がある、のかもしれない。そもそもが、そうやって、この世にうまれてきたではないの、忘れてた!自分の人生は自分でどんなのにもできる、たしかにそれはそうだと思う。問題は、いかに謙虚に、傲慢にならずに在れるかということだ。最初と最期は人まかせ、どんだけ完璧に遂行しようとしたところで所詮、そんなものなのだ。ざっくりと行こう。2004年の10月に作った印鑑、そう、あの、知ってる人には超有名な、それまで使ってた印鑑でこれまでの人生をリーディングしてくれ、かつ、改善策を盛り込んだ印鑑を木製手彫りで作ってくれた、その印鑑を日常的に使う気になった、ので使っている。しかし、いつなんどき眺めても本当にかわいくて、そのたんびうれしい、作って本当によかったと思う。たとえ、まったく結婚していなくても!銀行印は、できたすぐさま変更したんだけど、ふつうの認印はなんかもったいなくてあんまし使ってなかったんだよね、どうかなー。
2007.03.27
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なんでこうバカなんだろうと毎日思う。センスが露ほどもないのに、どうしてかやることになってしまうこの因縁、うらめしやー。よその人がみな天才に見え、誰もがおのおのにすばらしい適職に就き、天職に就き、相応の磨き粉でより良く、かつ、効率良く、暮らしているように見える。一日ごとにきっちりとぺしゃんこになって帰路につき、部屋にかえってまた易経でふくらます、心、要は復元力ということ。しなやかを学ぶ、にしても、こういうのでなくもうちょっとこう別の道程はないものかと思う。が、身体はこの方法で行く気満々みたいだ。体調がすこぶるいい。6月から風水学の勉強にも入ることにした、ほぼ同時に相学も開始する。相学の、手相から、順に人相へと入る予定。うわーい、はやく、はやく!とはいえ、いま学んでいる易経や占術でももうすでに両腕いっぱいいっぱいで、この大きく出た感じはまさに、五黄な俺という感じ。こないだの氣学応用の講義によれば、五黄中宮は極み、波の頂上、直角に交わる変化線。なにしろ、でかいのだ、なにもかも。それも、いちばん痛いところをついてくる。
2007.03.26
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ゆうべは興奮冷めやらず、真夜中までかかって資料の整理やら何やら、洗濯物まで干した。姓名学のノートは手書きより入力向きで、深夜、自室で、作業のミスも少ないままに出力を終え、と、ぜんぜん苦じゃない。好きってすごい、ハマるというものすごい原動力におののく。おもしろがる心、何かこの世のひとつにおもしろがれればもう、あとは応用、展開でいけるのだと思う。仕事をおもしろがる、わかる、できると思う、でも、何かこう引っかかるような、これっていったいなんだろう。そういう風にだけわかったあとの空しさというか、そこまでで満足はしないぞ、という感じ。2013年、伊勢神宮の式年遷宮が行われる。今は東の米座で、今度は西の金座へ、20年ごと、第62回め。内宮と外宮の屋根に付いている「千木」なるものに開いてる穴の数から、乗っかってる俵みたいなものの数、そういうむかーしから脈々とつづく行事の、その仕組みは、すべて気学というか易経、陰陽で、できている。そういえば、2013年て、ほかにも何かなかったっけ。そういう、符合。
2007.03.25
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ヨーガのレッスン、やっぱりヨーガはすばらしい。背骨をひとつひとつ丁寧に立てていく、という意味が突然矢のようにわかってびっくりした、うれしくて何度も立てた。今まで、その立てるというのは、個々の背骨を上から落とすようにカチッカチッとはめてくイメージでやっていたので、どうもやりづらいというか、できない?ゆっくり起こしていく途中のまだ斜めの体勢のときはいつも動きが雑になって、はやく上体を起こしきってカチッをせねば、と思っていた。おかしいだろう!今日で無事に、斜めの背骨をひとつずつはめていく、が、わかったのだった。気学応用、面白すぎ、命をもうるおす。河図洛書、後天定位盤というのは宇宙そのものを凝縮して指し示す、おそろしくうまくできていて古代の人の知恵の結晶だ。真顔でこわい。一度ハマったら死ぬまで、先生が自嘲気味に笑ってたけど、この符合はもう笑いごとじゃないというか笑うしかないというか、大げさでなく大変なことを知ってしまったという感じ。男どころじゃない。
2007.03.24
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うたた寝、起床、23時、起床、4時半!部屋の明かりはもちろん、それまでやってたすべてのものが途中のままに、なんかもう暴力的に落とされた眠りというか。またそのみた夢もすごかった、間違いなく、あのなかで生きたと思う。視覚だけでない夢って本当に、ときに重くさえ感じるほど。引っ張られる夢というのはたいがい、匂いと聴こえかたが半端ない、これがあるから忘れないでいられるというか。あちらからこちらを見ている人がアナタにもあるでしょう、ふいにラジオから聞こえてきた。なんか、うわー、と思った。そういえばそうだ、なんで今まで気づかなかったんだろう。こちらからあちらを見てるように、あちらからもこちらを覗くまなざしがあるだろうということ。そういうこと。
2007.03.23
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丹田に意識、背筋を伸ばして両肩の力を抜いて歩く、というのがわりかしうまくいった今日だった。しかし、毎度のことながら、生理中はなにもかもが安定する。それこそ、気だったりオーラだったりするものも、さぞいい状態だろうと思う。感覚的にも、みっちり詰まって満ち足りたような充実感や、それでいておきあがりこぼしのようなバランスのよさ、大げさでなく生きやすいったらない。月にいっぺん、ありがたいことです。結局、瞑想しかない。座禅や瞑想を日常的にするということ、たとえ散漫でも5分でも10分でもその時間を設けるそのあり方ということ。今日はできるだけ仕事中に完全呼吸を心がけてみた、のどを絞ってツーの音を聞きながら、吐く息で余分な力を抜いていく。と、ふわっと浮いてくような、瞑目してみると闇の遠近感が宇宙そのもの、よしよし、できてる感じ。仕事中に瞑想、通勤徒歩で瞑想、電車で瞑想、バス瞑想、もうなんでもありだ。自分のことは人に聞いてもわからない、答えは、自分が知っている。そして、仲間からの声はすなわち、自分の内なる声と同義だということ。
2007.03.22
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濃厚かつ不可欠な情報がわんさと入ってきて、その、現実とのはざまというかもはや、あの世とこの世のはざまと言ってしまっていいと思う。戻ってこれるかな、これないだろうな、でも行くんだろうな、いずれ、というような最初から腹をくくってるようなこの感じ、確実になつかしい手ごたえがある。右手に年盤、左手に地図、そのほか気学グッズをずらっと駆使して、ようやっと今年の修行?にまつわる方針をぼんやりと決定。手はじめに方位南の洞窟座禅を無事予約した、ら、なんと月盤の節入りで来月の南は暗剣でやんの。出鼻をくじかれような、いや、でも年盤で吉方だし、そもそも泊まりじゃないのでまあいいんだけど、問題は、いつもの滝が年で暗剣方位だということ。そのほか行ってみたい宿坊が揃ってその方角。でも、行ってみたいなら、自分で検証してみるか。暗剣が、どんなもんだか。今日はこうしてうずうずしながらも、たくさん昼寝して、犬や猫にあそんでもらった。人生は過ごし方ひとつ。なんかこのごろちょっと何か考えてるとすぐ日が暮れてしまう、比喩でなく本当にそう、回転がおかしい。
2007.03.21
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調べ物をしていてうたた寝、そして朝。むちゃくちゃ寝苦しくて、なんか脳天の方がすんごい明るくって眩しく、熱く、頭の皮がヒリつくような感じで。うなされながら寝返るんだけどそれでも逃れられず、でも起きれず、さまざまなくるしい夢をみながら、ようやっと起きた。で、そうそうハロゲン、ハロゲンのヤツをつけっぱだったしょと思って見やるも、ついてない。そのかわりに、寝入りばな読んでた地図がひろがったまんまべろっとこちらに、脳天に対してうまい角度で在っただけだった。何の反射だ!太陽電力かっていう、あの放射、どっから、そしていったい、自家発電にしては寝苦しかったのは、尿療法と似た仕組みということか。気分もいいし、なんのかんのいっても寝不足ではなく、わりといい感触かも。またやろう、わざと。父が死んだ夢、あのえぐるような痛みはどっからくるんだろう。夢ってつくづく不思議なものだと思う。向こうの部屋から、ごうごうといつものいびきが聞こえたとき、ひさしぶりに本気で「うわー、夢だったー!」鳥肌がたつほどの、ものすごい気分転換。異界に通じる回路はいつだって、どこにだってあるということ。
2007.03.20
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センスとか向き不向きを思うとき、かならず引っ張り出してくるのが、ソンディテストの資料。職業とは衝動を解放する手段であるということ。刃物好きなら外科医とか肉屋、火が好きなら消防士や溶接工、博愛ではなく個人愛欲求が強い場合なら美容師などわりと密な接客業という感じ。で、私が無意識に肯定している深層の欲求・遺伝子は3つあって、獲得遺伝子(探求と執着)の+の方「新しい対象、変化欲求」好奇心の権化、情愛遺伝子(情愛のあり方・愛情欲求)も+の方「個人愛欲求」感情的かつ主観的、所有遺伝子(外的対象との関係)は-の方「適応、抑圧価値の否定」とあってあきらめやすかったり抑制的で平たく言えば協調性がある方ということ。これらをすべて満たせる職種はただひとつ、販売だ。にくらしいほどうなづける結果に悶絶・・、7年遅い!これをどう今に応用していくか、その気が大事。仕事における大義名分というか根っこのところ。私みたいに職安に駆け込んでかたっぱしから条件検索するような選び方では、そんなつじつま合わせなんて容易じゃあない。これはまさに見合結婚!でも、最後に決めたのは自分なんだものという感じ。納得と妥協、時間と時給、摩擦による熱、炎、燃焼!!しかし、考えようによっては、仕事で個人愛欲求などすべての欲求が解放されたら、はたして私は易者であり続けられるだろうか、気が済んじゃわないだろうか。いろいろ思う。ひさびさにやってみよう、ソンディ、今の俺。【診断結果】性衝動 +*タイプある特定の個人を愛するが、その人に従うか、積極的になるか迷う愛情表現不能型。普通の積極的感覚による性欲求を持っているが、相手によって受け身にもなる。同性愛の場合は、男役、女役の両面を持っている。 発作衝動 00タイプ感情が爆発した後の解消状態である激情皆無型。台風一過の静かな無風状態を示している。この反応の前にはたいてい感情が氾濫し、後に来る潮が引いたような無感情な状態であることが多い。一般に感情激変のしるし。 自我衝動 0+タイプ宇宙への無限な空想発展型。自我拡大、夢見がちで未来思考。極端な場合では色情狂、宗教妄想者もでるが、詩人、哲学者にも多い。思春期に一時的に見られることもある。 接触衝動 +*タイプ失った対象に未練があるが、それを再び求めようとしない離反憂うつ型。現実にはないまぼろしにいつまでもとらわれて、二度と新しい対象を探そうとしない。いつも失われたものを求めて不幸でメランコリーな人。
2007.03.19
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ふつふつと煮えたぎるような、この、渦巻く、なんだろう?まさに、ざわついてるという感じ。物悲しく、困り顔で、眉間に皺して暮らす。そういう時期だ。わかっているし、いるし、持っている、でも、ここを抜けるには踏まないといけない手順があるということ。ひとりで、その時間と過程。ひとまず具体的に、身体ともっと向き合ってみようと思う。書物からでなく、入り口だけでもなく、目に見える結果を出してみたい。みんなを見ていると、お料理だったり、作品だったり、新生児だったり!結果というとものすごくアレだけども、「な?」と見せれる、自分の人生をぎゅっとしたような方法を持っている、すばらしい。私のそれはきっと、場。なんだと思う。場を作る、具体的でないようでいて実はこんなに具体的なことはないという、その場を作る私はもう外から内から、丸裸になるということだ。この殻が邪魔、自ら固めた決め事の泥田に足をとられる。
2007.03.18
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ヨーガのレッスン、ひと月ぶりの!これくらいの間はこれまでだってあったはずだろうに、身体がもう考えられないくらい硬くなっていて、ぞっとした。身体が正式にダメ出しをしていたという感じ、身体の使い方はもちろん、精神活動を、そういう人生を。浄化の呼吸法をいくつかしただけで、ありありとすっきりしてきて、ここは山の上かと思った。いっそこのために詰まらせてたのかもとまで思う。硬さの醍醐味は脱力時の浮遊感なんだけど、そこまではやっぱりある程度の時間その姿勢を維持しないと到達できない。というかもう、力を抜くこと自体がかなりむずかしいことになっていて、身体に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この精密な、この身体を使って、私は生きている。入っている、乗っている。時間がないことを思い出す。センスがあるのは向いているということ、これを使うといいよということだ。センスがないということは、このやり方じゃないという合図だ。って、当たり前だろう!もっとも楽しいことだけを選別したところで変易、ときは指間からさらさらとこぼれ落ちていく。選別しても、だ。目の前にふつうに転がる、とっくに持っていたはずの方法をまじまじと眺め、手に取る。私は、これでもって、縁あるみんなと共に夢を見る。これが私にとっての池に落とす石ころ、役割、できることだし、やるべきことなのだろう。
2007.03.17
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まずい、限界を超えた。心が確実にすり減った痕跡が、命をも削る、自力で!これはおべんちゃらでも大げさでもなく、今回の人生は恵まれていると思う。にしてはいろいろあるが、それはひとえに自分の恐れを知らない好奇心の賜物、蒔いた種。で、にしては、登場人物がかならず、いい人なのだ。もっとひどいことにいくらでもなっていい状況下で、もっとも幸いな着地点に立つ。裏を返せば、自分はそれだけ弱いということ。いや、そう持っていけるのは強いからか、卵か、にわとりか。社会に出るということは、私という存在なんか別に明日いなくなったってかまわない、という他人たちと、意思疎通不可欠の込み入った共同作業をするということだろう。無理で当然、ここを立脚点にすれば少しはマシなような気がする。すばらしき出産の便りが相次ぎ、さらには、懐妊の便りまで!ここへきて命、命、命、本当にどうもありがとうと心から思う。子どもは全人類の宝だ。そして、母たちのみなぎる力が溢れかえっていて眩しく、これまた命、なのであった。人間、ダメなときは何をやっても見てもダメ、そんなときにこの命のお知らせは反則レベルでうれしく、しみじみと深呼吸した。
2007.03.16
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なんか部屋とか服とか本とか、身の回りのもの全般またしても淘汰する必要が、だいたいにおいて、こないだの一斉淘汰は今と状況がちがったのだった。ぽかぽかしてきた時期の季節がかなり苦手、うすら暑い、まなぬるい、外の陽だまりでぼうっとするぶんにはいいけどねー、そういうときの淘汰作業や衣替えは実につらい、ので、今度の休みは春物などを引っ張り出すことにしようと思う。ヨーガにも行くつもりだし、髪も切る、土曜日の日運は節目、これまたちょうどいいのであった。しかも、うまい具合に生理にぶつかるのでよかった、ひと月でもっとも掃除に向く数日!これからは週休二日が確保されるし、平日もほぼふつうに帰れる、うれしい・・。今まで当然の権利だったものが、ほんの少しでもそうでなくなると、そのありがたみに倒れそうになる。よーし、仕切りなおしで五黄中宮、棚からぼたもちの方向で、かっ飛ばしていきたい。具体的に、臨時収入もあったし。
2007.03.15
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回転をはやくする、その効能。裏付けのような一文に出会う。なんでも実験によると、円と楕円の区別ができるようになった犬は正方形と長方形の区別も早く身につく、のだそうな。つまり、理解の仕方を覚えればもうあとはその応用だということ。これを心理学用語で「学習の転移」というのだそうな、へー!さらに、その転移の効果は学習のレベルが高くなればなるほど大きくなる、使えば使うほどに使い勝手がよくなる、脳!万歳!易経を軸に理解を深めて、いずれ人生全体に転移をおこす作戦。なんとはなしに後ろ手に腰をさすったら、ん、毛が、髪が腰まで伸びていてびっくり、いつの間に!髪を伸ばすとあらゆる勘がよくなる、というのがあって、やっぱり易者だしと思って伸ばし気味にしてたのだけど、腰までなくてもいい気がする。ある時点から髪がおもしろいように乾かなくなったり、髪を踏みがちで寝にくかったり、いろいろとサインはあったという感じ。切ろう、軽くしてもらおう。
2007.03.14
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骨をひとつひとつ丁寧に立てていったら、ポキポキポキポキ、上半身のあらゆるところから音がしたのでびっくりした、うんと中の方のまで鳴った。気づけば全身をこわばらせてたり、歯を食いしばってたり、「黒を着ると気分が楽」とおんなじ仕組みになっている。防御の姿勢。そろそろ身体としてももう伸びるしかないところまできたのでは、この週末はやっとヨーガのレッスンに行ける予定でうれしい、きっと飛べるはず。今日は朝からなんとなく世界が白っぽいというか、明るくなったような、まぶしい感じ。ふと見上げると、前方に、真っ白なでかい山がどかーんとあった、いつの間に!なに山だろう、今の今までぜんっぜん気づかなかった。歩きながら眺めると、そのうちでかーい人が横になってるような、それか、でかーい顔かあるような、そんな風に見えてきてすっかりおもしろくなってしまった。逃避もここまでくれば本物だと思う。とにかく、山が呼んでいる。はやくまた巨木に囲まれて、ちっぽけ感にみっちりひたりたい。
2007.03.13
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実は、ずっとめそめそしている。仕事中はもちろん電車の中とかバスとか、もう抑圧に抑圧を重ね能面のようになっている。うっかり噴出したら最後、取り返しのつかないことをしでかしそうな、何もかもすべて放り出しそうですごいこわい。ヨーガもできない。さっき古城といるときに、うまい強さで泣けそうな気が、と思ったとたんに勝手に滂沱の涙が、大げさでなくとめどもなく溢れてびっくりした。涙は、排泄するものなのかもしれない。こんなに孤独なのは自分だけなんじゃないかとか思う。ものすごい高い塀で自分の八方を囲ってるような、黙りこくってせっせとこしらえているような、そういう感じ。そろそろ山に行こう、あきらかに山切れだ。頭頂部が開くどころか、べこっと凹んで黒くなってる感じ。凹んだ拍子に首をおかしくしてまっすぐ顔すら上げられないような、押えつけられてるような感じ。自力で不調!自分、自分、自分のエネルギーを持て余すあまりに自分の首を絞めてみる、という暇つぶし。目標を決めないとこういうことに、放出の先を、まさに五黄中宮、陰の側面の見本という日々だ。ああー、いつもの山は方位がよくないのよねえ・・。五黄中宮だし、ちょっと慎重になっておこうと思う。
2007.03.12
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駅の本屋になんとはなしに入った、ら、「天国からのラブレター」本村洋・弥生著が矢のように飛んできたのですぐさま購入。よせばいいのにそのまま電車内で読みはじめ号泣、眼鏡に涙を溜めつつ、1時間の車内を一瞬にしてすごす。生年月日の掲載があったので粛々と観させていただいた。正義の竜巻、正義の自己犠牲、離の作用による今年に入っての映画化。暗剣の年のエネルギーがもっとも弱まる月に遭ってしまって、いた。過去が、未来をつくる。未来の運勢を観るのもそれはそうなんだけど、でも、過去に実際に起こった事象の意味をおさえた上で、それでそれがどうなるか、どうするかなんではと思いつく。現実を易に当てはめる、占術は信じるものではなく使うものなんだということ。そういう意味で「これから何が起こるでしょうか」の前に、ぜったいに「あの出来事は自分にとってどんな意味があったのでしょう」がくるべきだろう。履歴書だってそう、転職だって、過去の実務経験で先が決まってくる、そういうことだ。たしかに明日は常にあたらしい、でも、今までも厳然として在るんだということ。なしにはできないということだ。過去とつきあうのはツラく厳しい、だからこそ、過去は、未来への原動力になりえるのだと思う。
2007.03.11
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仏というのは、そもそも「ほどける」が語源なんだそうな。と、いま読んでる本でまたしても「からだをほどく」という言葉にぶつかった。ほどき、について。もうとにかく、いかにして力を抜くかしかない、というりきみ、という感じ。私のような気の毒なほどの完ぺき主義にとって、そういうのは、とかくいたちごっこになりがちだ。ひとまず身体から具体的にほどいていく、をしたいと思う。でも、りきみどきというか、りきまざるをえない、無理もない自然なりきみというのもあるのでは、それもひっくるめて「ほどき」なんではとも思う。なんかきっと理由があるんだろうし、どこまでがという線引きはむずかしいところだ。どこまでここまでとか考えてること自体のすみずみまでがきっと、手のひらで転がされてるだけなのかもしれないし、というかそういう意味ではそもそも人生そのものが手のひらの上なのだった。取寄せておいた朝日カルチャーの講座案内が到着、ああー、めくるめく学習意欲に火が。わりと土日単発で講座があってありがたく、こんな方と直にお会いできるなんて!付箋くつける手が思わずふるえます。エニアグラムの鈴木秀子氏、治療所れらはるせの田中美津氏、玄侑宗久氏と甲野善紀氏の対談、やさしい中医学なんてのもある。しびれる。ここんとこずっと限度いっぱいりきんでる日々で、たしかに背中には鉄板が入ったけどでも、ちゃんとうんこは出るし、ひどい落ち込みもわりとすぐ戻ってくるし、ヨーガの効能かなと思う。余裕がなくてちっともできてないのに、ヨーガをある程度真剣にやるとちいさなコツが沁みこんでくるのかもしれない。
2007.03.10
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クランキーの塩キャラメルを、月曜からこっち5日連続で食べている、うまい。いちいち新鮮にうまい。ちゃんと塩も効いていて、キャラメルもくどすぎず、かつ、クランキーだけに圧倒的な軽さ、が、毎日手が伸ばさせるのよねー。考えた人すごい、きっと九紫の人にちがいないと思う。それから、スターバックスのホワイトチョコレートモカもうまい、自分への励ましで土曜の朝、出勤途中に飲むことにしてるんだけど超絶うまい、これから仕事なのにうまいなんて!飛べるうまさだ。とにかく甘いものばっかり食べてる、食べても食べてもとまらず、食べるたびにちゃんとうまい。今日は、うっかりして腹巻なしレッグウォーマーなしで活動したら、思いのほか寒くて大失敗!すっかり下腹が張ってしまう。ほんの数年前まで夕方になると自動的に張る仕組みになってたっていうのに、いつのまにか治ったみたい。結局なんだったんだろう、やっぱり冷え?すくなくとも今日の張りについては冷えだと思う。この張り感、まだ易経を知らなくて、軸もなく、ひとりぐらんぐらんしてた頃を思い出す、ホメオパスにかかったのだって「下腹の張り」をどうにかしたかったからだ。と、なんか今ってこれ以上ないほどライコポディアムどんぴしゃな気がする。ヒットどころか大ホームランかも、休みの前の日にしよう・・。
2007.03.09
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ふいに目が覚める。と、ものすごい無音、痛いほどの静けさに一瞬、ついに俺のそのときがきたのかと思った。生きてた。なんとはなしに手のひらを、つむったままのまぶたに乗せてみる、ふたをするともう本当にまっくらで、そこには、気のせいでなくどっかりと俺がいるという感じ。この目をそらせない感じ、俺と俺、これはたしかナタヨーガの靴直しのポーズの、先生にお手伝いをしてもらってるときの感覚だ。この闇が、おそらく真実の世界なんだろうと思う。目にうつるものすべて、聞こえるものしかり、この世は波動そのもの、夢、まぼろしだ。そして、だれの闇ともつながってるんでは、きっとこれはおんなじ闇にちがいないと確信にちかく思っている。おなじところから生まれて、おなじものを見ながら、おなじところに還る。人生、そういう営み。そういえば、ダイヤログ・イン・ザ・ダークって大まかこういう意図なんじゃないかな、次回はぜったいに行こう。
2007.03.08
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中国五術というのがあって、本来ならこれらをすべてやって一人前といわれている。卜(ボク)、命、相、山、医。そのうち、山は気功で、医は中国医学、運命学としてのくくりはそれ以外の三つということになる。卜(ボク)はときを観る占術をいい、周易や断易、タロットもそう。命は生年月日で観る占術、気学や四柱推命、占星術全般もこれね。相は、そのまま人相手相、骨相という感じ。で、命の占術でだったら、やりようによっていくらでもいろいろできるので近々にどうにかしたい、メール鑑定とか、今月の運勢とか。観察、経験、説得力、裏づけ、私はまだまだ場数が足りない。持ち前の想像力でどんなに飛べても、生身でない以上、シンクロニシティは起こりにくいのかもしんない。自分に厳しい。「響きあう」にしても、乾宮ならこう、震宮ならこう、というだけでは足りない!かなり前から考えてるんだけど、いまひとつまだまとまらないでいる。だって、日ごろグズな人が動きが出てくる運気に入ればとってもよさげだし、せっかちな人がせっかちな運気に入ればちょっと待ったという、そういう、当たり前のことだ。我々はきっと、音叉のようなものだと思う。
2007.03.07
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おそろしいもので、自分の自信が不安なときはもうなにもかもがおかしくなる。今日も昼休みにゆったりと万年暦を繰っていたら、突如として、気学の同会と被同会がごちゃごちゃに!わかってたはずのことが突然さっぱりわかんなくなるのって魔そのものを見たような気がして、どきどきする。そして、だいぶ前に完成させて飾ってあったデカいパズルがパッカーン!こっぱみじんに砕け落ちるという感じ。で、さっそく先輩に質問メール、解答を頂戴し、やっぱり最初に素直に考えたとおりのが正解だったという、なーんだー。しかし、いきなり「年盤二黒の上に月盤一白がのった場合に」というのが、すぐさま通じるというこのありがたさったらない。学校っていいなー、ここまでこんなにも、どこまでもすばらしいなんて思いもしなかった。本日より晴れて、乾宮さらに三碧同会へ。同会するというのを「響きあう」ともいうんだけど、なんかすごいこの響きあうって表現がいいよねー、いつも思う。乾の天と三碧の雷、笑っちゃうほど方向「上」、見つけたから上を見るのか、上をただ見たいから何かしら見つけて見るのか、とにかく上を見ることになりそう。ああー、未来の自分に焦らないでと言いたい。うん、でも「天へ動く」だから、少なくともいろんな意味で落ちはしないはず、曖昧でもないし、停滞でもない。ひとまずやりすぎに注意かな、動きすぎにも注意、完璧は目指すなということ。
2007.03.06
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さあ、さあさあ!明日の午前8時18分、月の、節が変わります。ようやっと、二黒土氣としてはダブル五黄中宮から抜け出せます、ああー。とにもかくにも、こうしてときは巡るのであった。生きてさえいればねー。明日からは乾宮に入っていくので、事象としては「天」、目的や方針が固まったりして、このぐだぐだに芯ができてけるかもしんない。その気が大事。あまりにあこがれて、いつもおそるおそる開けては閉じる大駱駝艦のサイトに「野口体操」の文字があってびっくり。今まさに、野口体操の本を読み始めるとこだった。てっきりずっと野口整体の親戚だと思い込んでて、ちがうんだねー、ついこないだ払拭されて、ますます興味が、さっそく「身体感覚をひらく」羽鳥操・松尾哲也著を購入。朝日カルチャーで習えるみたい、無理かもしんないけど一応資料請求したりとか、なんかもっと、からだとの対話、をしたい。うずうずする。ヨーガのほかに、やっぱり気功も要るような気もしてきたし、その野口体操とか、操体法とか、知りたいことが山ほどある。
2007.03.05
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二黒土氣のみなさん、お元気ですか。ちなみに、大人気ブログ「富士丸な日々」の父ちゃんは私とおない年で二黒土氣。この、猛烈なあがりっぷりは五黄中宮の好例だと思う、いいほうのね。どっちに転ぶ、か。いずれにしてもえらいふり幅で、自分で思ってたよりもっとずっとすごかったというのが五黄中宮です。そして、いちばん肝心なのは、突如としてぽっと出た事象なんだということ。五黄の五黄もあともう秒読み。かるく歯が痛いけどどうかこのまま、だましだましでこの繁忙期を乗り切りたい。五黄って、他人からというよりも自ら追い込むんだよね、なんかすごいここんとこむやみに人にあやまってる気するもんなー。自虐、自分で自分の首をしめるというか、天につばするというか、そうだからなおのこと、すべてにおいて自分次第、なのよねえ。
2007.03.04
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育毛剤は経費にはなりません。そういえば、こないだの姓名学で「頭に怪我をしやすい、またはハゲやすい人」というのがあって、先生自らが即座に裏づけとなっていた。必死にこらえる。育毛剤の人の画数もやっぱそうなのかなー、名前だとわざわざ聞かなくてもいいからいいなと思ってたけど、いざ学びだすとこれがなかなかどうしてという感じ。一生分の電卓をたたく。今週のたたきもようやっと終了、基本的にこの6年くらい電卓をたたきがちな日々だが、にしても!確実に、いきおいづいて俺の電卓人生が終わり、びゅんびゅんと飛び去っていく、あーあー。仕事ってなんだろう。扶養もなく独身の、親と同居の、はたらく動機づけを想う。今のこの繁忙期でろくろく休めなくて時間がなくて、その、もし今、いのちに万が一のことがあったらと思うとぞっとする。いつだって納得づくというのを常時意識してきた俺にとって、今のこの感じはもっとも避けたい状況だ、どうにかしてはやいとこ、うまい落しどころをみつけたい。切実。
2007.03.03
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いのち。友だちが無事、出産。なんてめでたい!くるしいほどうれしく思う、しびれるうれしさ、ジーーーン。あともう少しでの友だちもいるから、このしあわせ感がしばらくつづく予定、ありがたいことです。全身全霊をもって祈ります。子どもはいいなー、あのまっすぐな、甘いにおいがなつかしい。でも、ちいさい人たちとともにあったあの日々がなかったら、ここまでのうれしみはなかったろうと思う。知ってしまったかなしみというのもなくはないが、それもまたよし、こういういったりきたりが人生の幅というのかもしんない。ざっくり見といてー、見た?もう見たね?んじゃはい、次いってみるよー、と強引に取り上げられたような、で、今はまた、図ったように同年代の独身女子の世界で日常をこなしている。なにやら、大きな意図を感じて、どきどきする。
2007.03.02
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一陽来復。ひょいと気づくと、ああそうなんだったとか思う。大げさでなく、このひと月、自分がいま何してんだかわかんなくなるときがあった、ああー、怒涛ー、さすが年と月のダブル五黄中宮。転職って、ほんとーうにいちいち世界が変わる、笑っちゃうほど何もかも変わる。かるい転生というか、でも、これって実は私にとってはかなり有用な経験なんではと思う。今回の飛び方が勢い余ってあまりにも高く、しかも遠く、この振り切った感じがうすら爽快でちょっとクセになりそうな気さえしてきた。覚えたものが根こそぎ不要になっていく小気味よさ、もういっさい何の用もない、なんていうかー、そう、この感じが人生なんだった。所詮手ぶら、どこまでいったって手ぶらには変わりやしないのだ。みんな全部、過去も未来も、ただの気のせいなんだよね、きっと。人生はいつだってくやしいくらいひとつの方向にだけしか進んでいない、やり直せなくて、おなじじゃなくて。どこにでもあるけど、どこにもない日常がそこここにあった。「続 めのろ日記」また、はじめます。
2007.03.01
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