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どうも少し痩せたみたい、首が伸びたような気がする。いったん痩せて面長になった顔もだんだんと丸くなったきたように思う、縦が縮んだ、かー。私は体重の増減でみるみる顔が変わっていくもんで甲斐ありまくり、こういう何気なく減れているときがもっとも楽しい時期かなー。去年の夏のものすごいときの写真がとってあって、怖いもの見たさでたまに覗くんだけど、このときはこれが普通だったのが何よりおそろしい。これで彼氏もいたし、坂道を上ったり、空腹になったりもしてたんだもんなー。やろうと思えばできること、をむやみに後に回さないこと。そういえば、寝込んだときのお粥もよかったんだと思う、そう、お粥、食べつけないと本当に食べないけど、すーごく甘くてびっくりするほど美味しかった。食べ過ぎることもなく、熱々で胃も軽く、これはいい!ということになり、年に4回くらい季節の変わり目に数日間のお粥をしよう、ということになった。
2009.01.31
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「彼女について」読了。うわさには聞いていたものの、予想をはるかに超えたあまりのことに、度肝を抜かれる。泣くには泣いたものの、圧倒されているうちに気づいたら泣いていたという、泣きの情景がはっきりしない新しいパターン。いやー、恐れ入ったなー、よしもとばなな9-9-1-1、火と水両極の人。基本的に、本命であれ本質であれ、九紫火氣、には一目置いてるんだけど、またこれでさらに強めたという感じ。死に様、ということ。私の周りには、いわゆる畳の上で死ねなかった人たちがたくさんいる。謎や、悔いや、こちら側としてはひたすら納得しがたいままに宙ぶらりんになった想い。それを、この本は、すくい取っておさめてくれたように思う。ふと差した魔のなかで起こったとりかえしのつかないことと、日常の大半の人生、笑顔、風、おはよう、私は、それを信じる。
2009.01.30
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抗生剤をほぼ飲み終え、みるみる副作用が和らいできた。目が留まる、立っていられる、すばやく振り返れる、徐々に切れがよくなっていく身体と心。便通も少しずつ復活し、基礎体温も本来の波に乗ってきた模様、立春まえの浄化もそろそろ完了だー、ああー、こたえた、でも、すっきりした。そして、考えてみれば、身体も心もキツいときを肉親なしで乗り切った、という経験は、私のこれまでの人生そうはないことで、何だかものすごく自立が進んだような達成感もあるんだよね。それは、今の周りにいる他人様にいかにどれだけよくしてもらったか、そして自分でもそれに応えようとできたか、ということだろう。これが肉親だったら変なふうに甘えて当たったり、文句を言ったり、すねたりして、ちっとも変わりばえがしなかったろう。「彼女について」を読みはじめる。
2009.01.29
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副作用はつづく、だるく目が回りながらも徐々に生活ができるようになってきたのでうれしい。健康はつくづく宝だなあ。今は37歳だけど、そのうち更年期や還暦も過ぎればきっと、風邪でなくたってこのあたりくらいはだるいものなのかもしれない。今は元通りになれば痛くなくなるけど、腰だって、足だって、内臓だって、常時どっかしらおかしいというものなのかもしれない。おそろしいけど、おそらくそれが真実だろう。こういう身体的な生きにくさを何に変えていくか、理想とするもの、目指すたる力、ということ。人生は自分で描くものであり、自分の在りようでどのようにもなっていく、また、どう仕上がっても、いい。いつもきちんと暮らすこと、を渇望するあまり、過剰に執着して視野をせばめないようにしよう、と思う。そればかり追って今に居られないようなのは本末転倒、自分の状態を冷静にわかっていることだけが、きちんと、の意味だろう、と思う。
2009.01.28
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ついに37℃を下回る、も、今ひとつ焦点が合わないし、気分もちっとも爽快ではない。夫いわく、抗生剤の副作用だろうとのこと。めまいがして身体はだるく重く、熱は下がってもまだまだ現役の半病人だ、先は長い。そんな中でも好きなこと、読書を少しずつ進める。「小さなスナック」読了。最後が、占いの話、だったんだねー、なんとも感慨深い、ナンシーの最後のひと言にも「おお」と思った。ナンシー関は私と同じ二黒土氣、構成は2-6-1-4。亡くなったのは9年周期の仕上げ、前厄の離宮同会の年。月盤でいうと震宮、事象はすばやく、突然に。離宮かー、でも、私個人としては、離で逝くのはある意味切りもよく、自然な寿命をもっとも感じさせるときだと思っている。読んでもわかるように、ナンシーは毒舌ではないんだよね。感じることありのままをただ言ってるだけ、それを毒と捉えるならそれは受け手側の問題だろう。人は本当のことを言われると腹を立てる、そんな酷いこと言わなくたって、となる。
2009.01.27
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目覚めると、ゆうべ下げたはずの熱がきっちりと戻っていて愕然とする。終わりが見えないこと自体だけが人の希望を食うなあ、と思った。再加熱された身体の節と骨は増して痛く、なぜか咳まで出てきて、もんどりうって過ごす。夫の実家に預けられ、あれこれと面倒をみてもらう。清潔で、広く片付いたお部屋に、ふかふかのお布団に寝かせてもらって、早朝に順番取りをしてもらい医院にも連れていってもらって、ありがたい以外の言葉が見つかりませんです。今後の孝行をしずかに固く誓った。先生も患者も、どうせそうだろうけど一応検査してみると、意外にもインフルエンザ陰性だったのでおどろいた。妙に熱が出っぱなす、ふつうの風邪だった。本日の処方は、柴胡桂枝湯とクラリス錠、そして咳止めのリン酸コデイン散。マーズレンというまずーい胃薬もいただく。
2009.01.26
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発熱は続き、39℃弱をそのまま維持。一日中、ばったりと寝込む。夫に作ってもらったお粥が美味しくて、甘くて、大変にありがたい。結婚してよかったなー、としみじみ思う瞬間だ。昨日は雪の中、義父と義母が様子を見に来てくれてものすごくうれしかった。美味しいアイスやスープなど、あったらいいな、をたくさん差し入れてもらって本当にありがとうと思った。やっぱり実家の中間を取るのではなく、どちらかの親の近くに暮らして正解だったと思うよ。そして、私たちみたいな一人っ子同士は特に、どちらかの実家に住まうのがどう考えても自然であり、効率もよく、それが人の道だろうと今は心から思えるのだった。膜が一枚ペロンと張られたまなこで、トロリンと生きていた私だったが、夜になって解熱剤を使ったらギン!と焦点が合ってきたのでびっくりした。薬って効くなあ!夫が「(私が)帰ってきた」といってよろこんでいた。
2009.01.25
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それなりの完成をみた、と同時に発熱、39℃弱。ゆうべから今朝になってもまるで下がらず、どころか、身体が痛くてほとんど眠れず、久しぶりにツラく苦しい一夜を過ごす。前々から指折り数えて準備していたことも総倒れ、緊急連絡でお詫びしたり、月1待望の学校にも行けず、調べものを学友に頼み、夫にはすべての家事どころか会社まで休んでもらったりして、あーあー、申し訳ございません!私の日常が、ガラガラと音を立てて崩れていった。近所の大人気の医院へ、何とここの先生は漢方と抗生剤両刀使いなのだそうな、すごーい!東西医学を駆使するなんてもう理想的としかいいようがない。脈をみて、腹を押して、「鼻が出て、肩がこっていたら葛根湯です」うわー、チャングムみたい。解熱剤のコカール錠とともに処方される。
2009.01.24
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昨日から少し咳、喉がいがらっぽい。身体も重くかったるいながらも、さっと用事を済ませヨーガのレッスン、リラックスヨーガへ。あちこちのリンパ腺をくいーと伸ばし、ぎゅんぎゅんに流れが良くなっていくのがわかる。身体のことをよーく知っている先生なので、これが?という動きの効き方に無駄がないというか、上手な説明によっての効果も絶大で、あらゆる角度から意識ひとつのものすごさを知るという感じ。表面はさほどでもないのに中身がしっかり温まっている、末端まで均等に行き届いて、自分の身体と意識がぴったりと重なったような感触があった。途中で、具体的に何がということではなく「できた!」「わかった!」と思い、その衝撃に少し目が泳ぐ。体感として、次の段階に入るんだな、それなりの完成をみたんだな、を瞬時に知ったというか。帰りしな、先生に「いつもと顔がちがう」と言われ、逆に、やっぱりそうなんだという確認にもなった。やっぱり先生は、すごい。
2009.01.23
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家相についての相談があり、専門外なので丁重にお断りをする。鬼門と裏鬼門はどっちだとか、玄関はどこがいいとか、ものすごく基本的なことは知らなくはないけどとにかく、ややこしいんですよねー。風水をかじったときに少し触れたんだけど、玄関はどこにあってどっちを向いてるか、向くというのは口を開けてるということで、その方位によってどういう感じの家になるか決まってくるというのは、知っている。玄関が向いているのが「北」な家は、重厚、神秘的、一般的な交流をあまり望まないプライベートを守りたいような家、朝起きられない。「東」は、明朗、快活、郊外で勤め先が都内というような家、早起きできる。「南」は陽性、権威、自信、地方の名家や官庁関係の建物、公明正大、華やか、高貴、過度の陽気は乾燥させ人柄も薄くする。「西」は陽が沈む時間から活動、遊び、遊興、裏の働き、隠し事はバレない、お金も流通する。とはいえ、どれだけ理想的な家相だろうと、ほったらかしてたら同じ。常に手入れをして乾燥させ、きちっと管理できてさえいれば、何も恐れることはないということ。
2009.01.22
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頭を冷やせ、足を温めろ。本日より、陰ヨガもどきを開始する。鎖骨のところに手を置いて肩回し、頭を丁寧に転がすように首回し、足裏くっ付けて前屈。手始めはこの動きから、夫とともに行う。お風呂で温まってから寝るまえに行うんだけど、肩回しだけでホカホカー、それだけでうっすら汗ばむほどだ。私は、肩周りがものすごく硬くて、まともに後ろ手組むのがやっと、それをそのまま上に上げるなんてもうぜんぜんできない。肩立ちのポーズも、腹筋以前に腕が回らなくて腰がちゃんと支えられないんだよねー。そういえば、鍼と指圧を受けたときも肩甲骨周辺がツラすぎ、先生にも40肩予備軍だって言われたし、ヨーガなどをひたすら行って稼動範囲を少しでも広げていくしかない。瞑想はなかなかできないけど、バタフライで数分キープはこれに相当するんじゃないかなー。シャヴァアーサナでなくそのまま寝ていいなんて、至福・・。家ヨガの醍醐味を知る。
2009.01.21
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タイからタイパンツが届く。うおー、本場!しかもタイマッサージを施術する際に愛用しているのと同じものだそうで、タイづくし!どこから切っても本場!友だちから結婚のお祝いとして頂戴しました、ありがたいことです。夫用は紺、夫はまさに紺が大好きなので尚のこと喜んでおりましたよー。妻用はいい感じにくすんだピンク、部屋着にこれほどぴったりなものはない!いやー、実は意外とここ盲点でした。部屋着にストレッチ素材のパンツとか履くといずれ膝が出てガブンガブンになっちゃうから、もっぱら綿のたっぷりしたスカート履いてたんだよね。でもさすがにスカスカするし、寝転がるとめくれるし、ウエストがゴムで丈が長いから歩きまわるうちに裾踏んづけたりするし、どうもなー、と思ってた矢先だったのです。この色味も生地も大変好みで、履き倒した暁には、色違いを探して揃えていきたい所存ー。
2009.01.20
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そういえば、自分のを描くのをすっかり忘れていた。私のこの立春以降は、兌宮同会で相生、主語は九紫。九紫が兌宮相生になる、ということ。九紫の事象は、頭、ひらめき、鋭さ、先見性、記憶力、文筆化、文書、教育、精神、知識、書籍、高貴、表、装身具、美、を喜びにできる、収穫にできる。やったらやっただけ成果を得られるよ、と。兌宮は食べ物だから今年の美食運はもらった!安直に考えてたけど、占法に当てはめてみるとなるほど、キュッと精度が高まるという感じ。頭を使え、かー。この節分までの乾宮で何をしたかといったらそれは、結婚。今の私の運気の流れは間違いなく、結婚にまつわる、家庭、を軸に動いていっている、ので、その延長線上での、ということになるだろう。うん、ちょっとよく考えてみよう。
2009.01.19
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東京タワー、読了。読みやすくてスイスイ読めた、小説はいい、美味しい飴がとっといてあるみたいだ。これで完全に、本での活字中毒が復活した模様、本でのというのが意外と小さそうでいて大きな変化だと思う。しかし、これがあの「東京タワー」かー。正直、泣けはしませんでした。冷血だろうと、人でなしと言われようと、今ひとつ入れなかったものは仕方がない。たぶん私の場合は、動物モノ、が弱点だと思うよ。で、だってあくまでも、息子とオカン、の話だもんなー。同じ異性の組み合わせ、娘とパパ、の関係とも違う、何かもっと血とか肉とかそういう本能的なものが絡むものすごい関係、この世の男は間違いなく全員がマザコンだろう。でも、自分が親になったら初めてわかることがきっと、たくさんたーくさんあるんだろうねー。経験と学び、目の前のできることからコツコツとやっていくしかない。
2009.01.18
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夫の厄除け、お寺へ。ついにこの立春から本厄なので、きっちりと和尚にお加持をお願いする。祈祷が始まると、物がくっきり見えるようになって、身体の表面も中も炭酸みたいなシュワワーというふうになる。祈祷の肝の部分に入ってくると、滝がザザーと流れたような、何しろ爽快で、ただそこにいるだけでその場の何かが変わったのを体感できる。消化中の胃、もしくは小腹がすく数分前、今さらながら本当に不思議な感覚だと思う。私はお内陣に入れなかったので、初めて錫杖でお加持をしていただく。おお、これが錫杖加持というものか!左半身がジョワーンとしびれる。ご本尊が眉間のあたりに大写しになって、大丈夫大丈夫という心の奥がゆるんでいく感じ、信仰、自分のよりどころ、立ち返るところ。終わってから久しぶりに洞窟内をじっくり見学、梵字に囲まれてビンビンくる感覚に酔う。あの異界、少なくとも私にとっては確実に、大きな意味のあるものと繋がっている。
2009.01.17
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こないだ11月に行った美容室があんまりだったので、新年だし、やっぱりおのが希望に沿う形で短くしたい、肩上の長さを実現したい、で、目星をつけといたところに予約の電話を入れてみるとその日はいっぱいとのこと、あうー、萎えに萎えー。でも、今度こそ!決意は固い。自然乾燥するくらいの頭髪の軽さをぜったいに手に入れたいと思う。要するに、長めが合いそうな顔なんだろうかねー。時計はおろか指輪、ネックレス、ピアスはもちろんのこと、もはや顔の脇に髪がかかってるのすら我慢ならない私、爪も伸ばすと鬱陶しいのでマニキュアもつけない。華かー、華がある、ということ。この立春以降は、人生の華のとき兌宮に同会するので、通常より3割増程度には華やぐことになると思う。といっても所詮二黒土氣、推して知るべしなんだけどね。
2009.01.16
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注文した本も昨日無事到着し、よし読書をするぞ、となってから何となく生活に奥行きが出たような気がしないでもない。やっぱり、続きが楽しみな読みかけの物語、を持つことはいいものだと思う。冷蔵庫にプリンがあるんだった!とか、今度の日曜はケーキの日だ!とか、そういう楽しみの中のひとつ、くるはずの未来を夢見るための大いなる工夫という感じ。実家にいる頃は、実家の前に車が止まったり、玄関の前に誰かいたりすると、どの部屋にいてもすぐに感知できた。敷地全体自分の領域が拡がっているというか、まるで皮膚みたいに、たいがいの気配を察知できていたように思う。それが、ついにこの部屋でも稼動し始めた模様。あ、帰ってきた、階段上ってる、ああ、ピンポンくるくる、ピンポーン!時間はまちまちなんだけどねー、不思議ー。
2009.01.15
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こないだ襲撃された漫才の人は、本命六白金氣。この節分までは、真冬の坎宮同会、ご丁寧に暗剣殺までついている。軽傷だったからよかったものの、今回の事件なんて実に暗剣殺の見本のような・・、本当に、本当に気をつけるときなのです。年盤同会で離宮は前厄、坎宮は本厄、坤宮は後厄、それと五黄同会、この内に当てはまる人は大きく自覚を持って日々念頭に置いて、用心していっていただきたいと思う。転ばぬ先の杖、わかってさえいれば、ということ。何かが絶対にちがってくるはずと思う。だからこそ、先人の智慧として残っているのだろう。窮まる窮まる、ぎゅううう!残すところ今年もあと3週間を切ったかー。私の、乾宮同会、が終わろうとしている。天であり完全、充実、収束、決断力。本命の二黒土氣と相生しているので、祐氣の作用が出やすいときではあった。
2009.01.14
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ヨガマット、ヨガブロック、ヨガベルトまでこの場にあるというのに、こんなにも!痛いくらい肩が凝っていてはいけません。ということで、ヨガブロックで身体をほぐす。腰の下に置いて仰臥、背骨に沿わして脱力、くわー、効くー・・。一応公衆の面前であるスタジオで行うのと、さーすがに感触がちがう。考えてみればそれはそうだろう、家ヨガの醍醐味を知るという感じ。気が済むまで気持ちよーく伸ばしたら、痛みがだいぶ引いてずいぶんと楽になっていたのでよかった。痛いのはいやだけど、こうしてすぐに変化がわかるのは甲斐があっていいよね。どうせならその過程を味わおう、人生は過程でできている。いかんせん家ヨガを喚起するのは大抵が満腹時という、これからお風呂上りの就寝前をねらって、じっくりと陰ヨガから始めてみようと思う。
2009.01.13
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ゆうべは待望の満月、さっそくカリス成城の「満月」ブレンドをば、と、うおおー、これはサンダルウッド!!グレープフルーツ、ライム、そしてパチュリ、これで「満ちる」としたのかー、うえー、これ考えた人ってつくづく素晴らしいセンスだと思う。この「満月」によってどういう時間にするか、創れるか、すべてをこちら側に任されたというか、快適な瞑想部屋をポンと渡されたような感じ。下へ、深く、重心は低く、土に還るような、中心に向かって潜っていくみたいな感覚。癒しだとか、解放とかいうよりは、熟考という感じかも。地に足がついて、もっと低い低いところに照準が合ってくるというか。己が満ちる香り、なんだね。
2009.01.12
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何かの拍子に清水ミチコのことが頭から離れなくなってしまい、清水ミチコがゲストのYOUとピエール瀧のCLIMAXトークを見ているうちに今度は、リリーフランキーになってしまい、TOKYO MOOD PUNKSのライブやらリリーの姿をYouTubeで追っているうちに、ナンシー関も絡んできて、ああー、何てきゅんとくる人たちなのー。結局、よしもとばなな「彼女について」とナンシー関・リリーフランキーの「小さなスナック」、そして何と!「東京タワー」を購入!え、今?!自分でもまさか今頃になって買うことになるとは思いもしなかった。突っ込んで調べたら、大好きなほぼ日でも対談があってたりして、そうかそうか、と思う。リリーフランキーは、本命が一白水氣で本質が五黄土氣。根暗で一途で不器用で、どこまでも一定した自我。自己犠牲の水が五黄の執着を帯びたとき果たしてどうなるのか、まずは作品に触れてみよう。
2009.01.11
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成田山新勝寺へ。人生初!しかも、もはや真言行者であったりもするので尚更、ひたすらに圧倒される。でかー!御本尊は不動明王、お不動さまには我が家の十方除けでもお世話になっていることもあり、丁寧にご真言を唱える。三重塔の美しいこと・・、荼枳尼天出世稲荷と歓喜天聖天堂にもご挨拶、いつものこじんまりしたお寺もいいけど、大きなお寺ならではの世界平和というか、それぞれの力というより役割があるという感じ。ズラリと横並びの屋根ある易断所あり、吹きっさらしあり、お寺の中だと何となくありがたみが増すんだろうな、おみくじ感覚というか。築地へ移動、これまた人生初の試みであの独特の雰囲気に面食らいつつ、「井上」というラーメンも食らう。すっごいすっごい並んでて、でもさすがに並ばれ続けているだけのことはある美味しさだった。
2009.01.10
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糸井重里の「小さいことばを歌う場所」「思い出したら、思い出になった」のその次最新巻が出るらしい。あと「ブイヨンの気持ち」も、うわー、3月だってー、うれしいなー、わくわくしすぎて身震いがする。指折り数えて楽しみに待つとしよう。既刊の2作はきっちり2冊ずつ手元に置いてありまして大切に大切に、1冊は持ち歩きすぎてクタクタのボロボロ、もう1冊は実家でプチプチにくるんだまま保存。あー、宝物がまた増えるなー。このところ読書がうまくできていない、時間の使い方がヘタなんだよね。よしもとばななの「彼女について」も読みたいし、なんかもっとほかにもあった気がする。ここんとこ貧乏性というか実用書みたいなのばっかり読んでて、何かが明らかに足りないんだよねー。引っ張り込まれて、自分が誰かわかんなくなっちゃうくらいすごいのが読みたい。
2009.01.09
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本命がこの氣の人って例えばあの人みたいな感じかな、と言って調べたら、本当にそうだったときの快感よ。やっぱり氣学って、ある。有名人氣の構成調べ600人は、亀のように!遅々として進んでいますが、ま、そのうち終わるでしょう。いろんな記事とか読んでる折に登場した人物を即座に調べ、その構成を拠り所にして、またそれに戻っていく作業がむちゃくちゃ面白い。対談形式になってたりすると余計、その人物にも、その氣にも、その相性や空気感にまでも迫れる、という感じ。そして、あらためて、しみじみと興味深いのは、本質のところが五黄土氣の人ねー。もう最強よ、己のありどころが。大物というか、どこまでもブレない、どこで切っても一生涯その人!本命が五黄の人とどこがどう違うのか、を今後ますます注目していくつもり。
2009.01.08
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年末、どこをどう探しても、方位を観るときに使う円形の定規、が見当たらない。対面鑑定のときには必ず持ってくんだけど、おそらくそのときにシャッとかソファーの下に入ったんではないかと、さんざ書類広げてごっそりかき集めて退席するからそれで、きっとそう!もうありありとその光景が浮かぶよね、というか、だったらお店に訊いてみればいいじゃんて話だと思うんだけどー、寄付してみようかな、誰か便利に使うかもしれないし、いつもお世話になってるし、ということで、さっくり諦め、要するに、説明すんのが面倒なんですよねー。爽やかに捜索の旅に出る、と、瞬時に発見!製図測量用品専門店!ほー、それに安くなっててお得・・、今後のために2枚購入した。で、今日届いたんだけど、厚さが2ミリもあって分厚くこーれは頑丈!前のみたいにケースは付いてないけど、これはこのまま使いこんで文字とかかすれ気味ぐらいがちょうどいいかな、俺なりの美学。
2009.01.07
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バイトも始まりいつもの毎日、お天気も良く、午前中は主婦仕事、午後は「いらっしゃいませ」をする。合間合間に気の構成を調べるのをやったり、鑑定の着想が浮かんだり、身体をすばやく動かすと脳の回転もよくなるという感じ。吉方を案内するときにもっと具体的な通じ方というか、閃く、奮起する、集中する、見渡せるなど、そういう感じで説明したほうがいいように思う。かといって、そもそも吉というのは、100入る器に100入っている状態、10分で行ける距離を10分かけて行く、ということであって、別段幸運が舞い降りてくるわけじゃないんですね。ただ、やったらやっただけの成果はあるよ、それなりに、ということ。で、凶というのは、100入る器に60しか入ってない、10分で行けるところが工事してて迂回路で20分もかかったという状態。手間や損失はある、が、重要なのは、それさえ厭わなければ、目的はいずれ達成される、ということ。
2009.01.06
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正月明け、パワーヨーガ。本当はいつものように連続レッスンするつもりだったんけど何となーく止めといた、ら、レッスン中に視界がすこーしモノクロになって気持ーち耳が聞こえなくなったので、セーフ!と思う。しずかに2回ほど、チャイルドポーズでお休みをした。身体の声を聞く・・。とはいえ、最終的にはいつものとおり視界がくっきりして目が大きくなり、落ち着き、やっぱりヨーガは素晴らしい、いつでも!という感じ。交換した名刺がたくさんになってきたので名刺ホルダーを購入、姓が変わってからの名刺も思いのほか好評で、環境を整えるのはあらゆる循環を呼びますなー。私は自分より5年以上長く生きている人は観ない、ここを知らない人も観ない、対面鑑定のみ、など間口をせまくせまくして活動しているが、今のところ、これで良しという考えです。
2009.01.05
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有名人の生年月日および気の構成、約600人、入力作業。ジャンジャン打ってたら250人の時点でなんと気の構成が途絶えて、あー、こっから調べてないんだー、という感じ。過去の自分めー、やっとけ!ということで、今度はせっせと万年暦を繰ってコツコツと構成を調べていく。やっぱり、たとえどこかに同じ情報があったとしても、この手で収集したものこそが宝だと思う。自分でとったノートやまとめたノート、自分で立てた易の占例、応用力をつけるための勉強のノート、もっともっとできることがあるんだよねー。時間をうまく使っていかねば!終わってしまうよ、人生は。2月からの学校は、応用気学を教えてくれた先生のゼミに入ることにしました。
2009.01.04
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仏暦2552年、皇紀2669年、瑜伽会。和尚に教えてもらうまでその意味どころか存在すらあやしかったんだけど、和尚いわくは、西暦は便利だけど日本人としてこういう紀年法も覚えておくように、とのこと。たしかに、本当にそのとおりだと思う。年始ということで久しぶりの古参の方も多く、新参は来ず、全員が3回目以上という顔ぶれで坐禅。和尚を囲んで何となく丸いというか、通じるというか、皆まで言わずともというような空気があって、しみじみとこういうのはいいなあと思う。風息なる呼吸音もいつになく各々気持ちよく出せていて、和尚にもみんなで誉めてもらった。義務でもなく、約束もせず、誰に頼まれたわけでもなく、さほど交流もないまま、ただ淡々と毎月集ういつもの顔ぶれ。これぞまさに、出会い、というものだろう。お互いのことはほとんど知らないのに、ここにいる。何かのお導きとしか言いようがない。そして、ここがご縁で夫婦になったことを心から誇りに思う。
2009.01.03
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実家および本家へ、何十年ぶりに会う従姉や従姉の子ども、その夫の人など、あまりの大人数にすっかり酔ったようになる、でも、楽しかった。人って、変わらないもんだなー。そして自分も、こんな風に変わってないんだろう。少なくとも遠い人にはそう映ってるという、最大公約数的自分を意識するという感じ。くだらない諸事情によって確認しづらかった、祖父母の戒名、をやっと書き写すことができた。近いところまでの先祖のものも認識できたし、ずっと長いこと引っかかってたんだよねー、ああ、これで次にすすめる。心の奥の筋肉が少し緩んだような、と同時に、この家系を出た覚悟のようなものも少し芽生えたように思う。決別と自立、自立と決別。
2009.01.02
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ほぼ日手帳2009および、ほぼ日ホワイトボードカレンダー、満を持して始動!この瞬間が本当に楽しいんだよねー。2008から引き継ぐものとそのままにして保存するもの、覚書を写したり、夫の休日出勤日、学校の授業、バイトのシフト、坐禅会、ヨーガのレッスンなど、ひと通り済む頃にはうっすら年末気分2009という感じ。明けましておめでとうございます、本年もどうぞよろしくお願いします。美味しいお節とお雑煮をみんなでいただいてから、近所の大きな神社へ初詣。お札と鏑矢と黒目を描きこんだ達磨を納めて、また今年のを買って、こういうちゃんとした新年の手順を踏まない実家だったもんで、いやー、つくづく新鮮なわけです。お節のお重も新鮮なら、お雑煮も実家のとは全然ちがってこれまた新鮮、しかも、郷愁などを除けば断然こっちの家の方のが好みなんだよね・・。易の卦に、生家はあくまで学校というか教習所で本来もともとは婚家の人間なんだから、というのがあるけどこれ、本当だと思う。
2009.01.01
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