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ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 http://himitsu.…
まさ@ あついな~ おもろい中国ビジネス楽しみにしてますよ…
2005年02月03日
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カテゴリ: 中国への想い
日記というか、コラムなのかよくわかりませんが、
やっとこさ、これまで内に秘めて悶々としていた自らの
中国への想いを発散する場所を得ましたので後は
好きなように書き捲くるぞ。

さて、何から書こうかな?

まずはなぜ中国が好きになったかだなぁやっぱ。
ランク付けするとこんな感じでしょうか。

【1】中国人の彼女ができたから。これは人生最大の喜びであり奇跡だ。
【2】中国に行って、圧倒的な“生活エネルギー"に触れたから
【3】日本でも中国でも、これまであった中国人は心温かい人が多かったから
【4】中国人は色んな意味で面白いから
【5】中国はビジネスチャンスがありそうだから
【6】悠久の歴史に惹かれたから
【7】食事がうまい!

もっともっとあるけど、こんなところからスタートだ。

【1】中国人の彼女ができたから。これは人生最大の喜びであり奇跡だ。

彼女は中国遼寧省出身で一つ下。自慢じゃないが容姿端麗で熱情的な女性だ(自慢だ)。
以前勤めていた先で知り合って、後少しで付き合って3年だ。
そして私の中国への想いは3年前、彼女と出会った事から始まった。。。


正直、彼女と付き合う事には初め相当迷った。
誰しもそうだと思うが生まれてこの方、国籍が違う異性(しかも文化や考え方が大きく異なりそうな国の方)と付き合うなんて考えた事は無かった(それは彼女も一緒だったとのこと)。
また、自分は真面目に付き合う人間なので年齢的にも最後の女性になると思った。かなり慎重だった。


勤め先の会社で初めて彼女を見たときは月並みだが、ドキッとした。でも、その当時付き合っていた人がいたのでそれ以上は意識しなかった。
それはあるプロジェクトを任されて、アルバイトだった彼女と一緒に仕事をする時間が増えた時。そこから徐々に彼女に惹かれて行った。

会社で働き初めて3ヶ月が過ぎ、突然それはやってきた。実家の経済状態が悪化し家族離散の危機に陥ってしまったのだ。住んでいる家を出なくてはならず、仕事も続けられるかわからない。
同時にそれまで付き合って来た(元の)彼女との間もうまく行かなくなっていた。元々わがままだったのが爆発したのだ。「沖縄に住きたい」の次は「イタリアに行く」。私の精神状態などお構い無しだった。
精神的にかなり弱って、もう何もかもどうでもよくなってしまっていた。。。

それでも何とかやれたのは同じ職場で働く中国人女性(現彼女)の存在だった。鮮明に覚えているのは昼休みに何気無く置いて行ってくれるお菓子やコーヒー(周りのみんなにもあげていたけど)。何気無く置いて行く彼女に救われたような気がした。仕事も的確でスピーディな彼女のお陰で頑張れた。働いている時は社外の様々なトラブルを忘れられた。

そんなある日、事件は起こった。担当するプロジェクトは苛烈を極め、同じプロジェクトに拘っていたSさんが突然痙攣を起こして意識を失い、直立不動のまま床に倒れた。顔面を深く切り、大量に出血した。救急車に運ばれその時は一命を取り留めたが、後日自宅で同じ発作を起こして冷たくなってしまった。
その人とは共にプロジェクトを遂行し会社に泊り込んだりもした。私はあまりにもハードな運営管理に対し、スケジュールの見直しを訴えた矢先だった。彼女は丁度現場の真横に居たらしく、私が駆けつけた時には倒れたSさんを抱え、服に血を付けたままどうすればいいかわからず怯えていた。

こんなショッキングな出来事があってから、私はこれまで支えて来てくれた彼女に対して、今度は自分が心のケアをしてあげる番だと思った。同時に彼女とプロジェクト完了の為にどうすれば良いか相談し、時には休日返上で共に働いた。

その後仕事も落ち着いた頃にはお互いに尊敬し合うようになり、パートナー以上として意識するようになった。その時から急激に惹かれるようになった。“寝ても覚めても"状態に入った。彼女を恋愛対象として見ていることに気づくのは早かった。(後から彼女に聞くと彼女もそうだったようだ。正直に書き綴っていると「のろけ」になっているような感じが・・まぁ順番があるからね。)


しかし!


ある会社帰り、二人が雰囲気良く歩く川辺の小さな公園で、ほのかな告白タイムが訪れた時に、私はとんでも無いことに、彼女に対して「付き合えない」と言い放ったのだ。(今でも彼女からこの事で怒られるけど)

川辺の小さな公園
モノレールの上から見た、川辺の小さな思い出の公園

その時の気持ちを整理すると、家がゴタゴタしていて精神的に新たな恋愛をするような状態ではないという事と、その当時付き合っていた彼女とは、愛がもはや無いにしろ形上は付き合ってた事が要因だった(瞬間的にでも二股になってしまうのはどうしても嫌だった)。

ところが、その直後、彼女の言葉によって私は電撃に打たれたのだった。確かに背筋にビリビリッと電気が走った。

彼女「それでも待つ」 私「えっ?何を?」 彼女「付き合えるのを」 (電撃走る) 私「えっ?でも、もしかしたら3年、いやもっと先かもしれないんだよ?」 彼女「それでもいい。待つ」

正直、「もしかして私を試してる?揺さぶり?」「そんなに私が魅力的?いやみてくれ良くないし」「財産?いやそんなの無い」etc

瞬時に頭の中で、これまでのつたない恋愛経験や知識の引き出しをひっくり返してみたが、このような返事が返ってくるパターンは無かった。びっくりした。泣いた。嬉しいのか、悲しいのかわからず泣いた。

「付き合えない」とついさっき口にした自分がとてつもなく愚かしく感じたのと、何だかわからない生暖かい空気に巻き込まれてしばらく呆然としてしまった。
そして3度聞き返した後で、彼女がこれまでの事や現状、全てを慮った上でこの言葉を口にした事がわかった瞬間、心の底から救われた気がした。人生最大の喜びが沸き起こり、目の前の奇跡に感謝して空を見上げた。モノレールがガタンガタンとうるさく響いて祝福してくれた。

それから間もなくして、私はケジメをつける為に前の彼女とお別れをした。そして中国人の彼女とお付き合いがようやくスタートした。
付き合う前には二人で色々と真剣に相談した。言葉の問題、国際結婚の難しさ、両方の親の事、文化の違い、そして後悔しないのか・・・。でも、彼女の誠実さ、愛の深さ(こんな表現を使って恥かしいがこれしかない)に国境なんて関係無なった。これらの事は確かにそれぞれ重要で難しいかもしれないが、奇跡の人と巡り会えた事に比べれば些細な事だった。

長くなったが、私が中国に対して熱い想いを持つようになったのは間違いなく彼女の影響だ。昨今は日中・中日間の意識があまり良くないようだが、私自身「中国」に対してこのような入り方が出来たことを幸せに思う。そして彼女に感謝したい。ありがとうね。
我愛ni!

【人生最大の喜びであり奇跡】終わり





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最終更新日  2005年02月04日 21時06分47秒
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