ミヤ、エタチバナの件がようやく理解できたので、夫とオトタチバナとの関係がどうだったのかを確かめることにしました。
「オトタチバナさまとは、普通に結婚された夫婦だったのですか。」
「タチバナ家の姉妹と私たち兄弟は、幼馴染のような関係だったのだ。それで、良家の話し合いで、許嫁となって結婚したから、普通に結婚したと言えばそのとおりだろう。」
よくある話なので、納得したミヤだったが、オトタチバナのためにと彼女を東征に伴った理由がわかりませんでした。
「亡くなったオトタチバナ様のために、彼女を東征にともなってきたということでしたね。彼女はあなたのお妃さまだったのですよね。わけありのエタチバナさまと違って、彼女とはうまく行っていたのですよね。」
話を戻すと、イソタケルは首を傾げた。
「そうだなあ。うまく行っていたと言えば行っていたのだが、姉も私の妃になってから、少しぎくしゃくしだしたのも事実だ。その上、彼女も事件に巻き込まれることになってしまった。」
イソタケルは更に恐るべき事を話し始めました。
「サイは、私がヒュウガに行けば殺されると踏んでいたのだろうが、無事ヒュウガから戻ってきた上、クマ討伐の殊勲者になり、皇太子としての立場を確固たるものとしてしまったので、今度は自分が殺されるのではないかと邪推した。そこで、軍事大臣のミナカタを篭絡して、私を殺させようとしたのだ。ところが、オトタチバナが、サイとミナカタの密談を聞いてしまったのだ。だから、ことを穏便にしたままで彼女を守るために、私は姉のエタチバナと二人の王子たちとともに、オトタチバナをクマに連れて行こうと考えたのだが、思いがけず東国遠征の大将にされてしまったので、オトタチバナだけを同行させることにしたのだ。私を東国征伐に出すようにすすめたのも、サイとミナカタなのだ。」
「サイ王妃様は、もしかしたら、あなたがいない間にオトタチバナさまを暗殺する積りだったのでしょうか。」
ミヤは、今までの話しから、あり得そうなことと思えたので聞いてみました。
「おそらくその計画だったろう。だから、私は彼女を連れて出た。しかし、彼女は殺されてしまったのだ。」
オトタチバナは病死したと聞いていたので、イソタケルの言葉は衝撃だった。
「えっ、オワリに渡る船中で、病気で亡くなられたのではなかったのですか。」
「違ったのだ。同行していたミナカタの部下のワニが、私を暗殺しようとしたのだ。しかし、彼女が彼の刃を私の身代わりに受けて死んだのだ。」
怒れば超人的な武勇を発揮する彼のことですから、そのワニを八つ裂きにしたであろうことは知れました。
「それで、あなたは犯人のワニを殺してしまったのですね。」
「ああ。私は怒ると自分でも信じられないような力を出す。ワニは剣の名人だったが、私が素手でその剣を受け、ねじまげた上に手足を引きちぎったのだから、全て白状した。私は、ワニに全てを話させた後、彼の首をねじ切って殺した。」
「誰かそのことを見ていた証人はいないの。」
証人がいれば、国王に訴え出られるとミヤは考えました。
「今回は、見せしめを兼ねて、軍の上官全員の前で処刑してやったから、皆証人になるだろう。しかし、空しいものだ。私は、守るために連れて行ったオトタチバナ一人守れなかったのだから。」
確かに、その後彼は腑抜けになっていて、それで父のオワリノカミが反逆しようかと考えたぐらいだったのですが、ミヤは、自分も同じ状況になれば彼のために命を投げ出すであろうし、逆に彼のために死ぬことができたオトタチバナは、そのことを誇りに思ったであろうと考えました。
「いいえ、オトタチバナさまは、イソタケルさまのためにご自身の命を投げ出されたのです。誇りに思われたでしょう。」
イソタケルも、そのとおりだと思っていました。
「確かにそうだろう。彼女最後に私の手を握って、「あなたのためにこの命を役立てることができました。幸せでした。」と言ってくれた。」
イソタケルが涙を落としたので、ミヤもつい涙が出てきましたが、問題が解決したわけではないので、気を引き締めて更に確かめました。
「イソタケルさまは、私のことが大切ですか。」
ヤマトに残してきたエタチバナは、妹よりも美女であったが、元は弟ハツセの妃であり、彼の子供がお腹にいるにもかかわらず、国王命で、妹とともにイツセの妃にされた当初は、夫を殺した彼を恨んでいました。
しかし、事情を知ると、憐みのような情から彼に尽くすようになり、子供ももうけることになったのですが、どこか醒めたところがある彼女でしたから、イソタケルも心底愛することができなかったのです。
最愛の妃だったオトタチバナの手前、彼女も大切にはしていたのですが。
そのオトタチバナ亡き今、彼の生きがいはミヤ一人であることは偽らざる気持ちで、そのために強引に敵の領地を縦断して圧倒し、手早く講話を結んできたようなものでした。
「今は、お前が一番の生きがいだ。」
イソタケルが正直に答えると、ミヤは素直に喜びました。
「そう言っていただけて、うれしい。でも、私との幸せを望むなら、オトタチバナさまが殺されたことの証人となる者を父上の元に遣わしてくださいませ。それでなければ、サイ様はまたあなたを殺そうとされるでしょうし、エタチバナさまと私が狙われることになるかも知れません。」
ミヤの申し出はもっともなものでしたが、イソタケルはそれにも問題があることを見抜いていました。
「しかし、その証人が無事に父上の下にたどりつけるだろうか。そちらの方が難しい気はする。」
確かにそのとおりであることは、賢明なミヤは理解できましたが、それ以外の対抗措置は考えつきませんでした。
「それでは、あなたはどうすればよいとお考えです。いや、どうしたいと。」
イソタケルは、予てから考えていたことをミヤに打ち明けました。
「私は、殺されたことにして消えてなくなるのだ。お前もついてくるなら一緒にだ。」
今や、押しも押されぬヤマトの皇太子なのに、夫は何を考えているのか、と一瞬呆れたミヤでしたが、よく考えてみると、たとえ血のつながりは無いとは言え、亡き弟の恋人だった義母を自ら手にかけるよりは、むしろ自分がどこかに消えてしまうことを選ぶ彼の気持ちも理解できました。
「どこに行かれるのです。私は、どこまでもご一緒したいと思いますが。」
イソタケルは、ミヤの答えに微笑みました。
「ミヤにそう言ってもらえて嬉しいな。しかし、今の私の軍勢の上官の恐らく半分ぐらいの者には、母サイとミナカタの息がかかっているだろう。私は東国遠征の殊勲者ともなっているから、このままヤマトにすんなり戻れるとは思えない。途中で必ず襲われるはずだ。私の暗殺に失敗し、ワニとオトタチバナが死んだことは、既に母上とミナカタには伝わっているはずだからな。私が無事に帰れば、二人は身の破滅なのだ。」
「それならば、敵も巻き込んで一芝居打って、私と一緒に消えることにしませんか。」
ミヤは、機転を利かせて持ちかけました。
「そうできれば、言うことはないが。」
イソタケルも、ミヤだけはついてきて欲しかったのです。
「あなたは、自分の腹心の中で一番信頼しているのは誰ですか。」
「アサヒコだが、彼はサイの従兄弟だ。」
アサヒコは、若いながらも有能な将軍であり、今回の遠征でも彼の機転には救われることが多かったから最も信用はしていたのですが、義母サイの従兄弟であり、彼女から何らかの密命を帯びている可能性も高かったのです。
「では、彼に私とともに消えようと思っていると打ち明けて見るのです。もし、アサヒコ様が裏切り者なら、悩むでしょうし、本当にあなたの腹心として仕えてくれるつもりなら、止めようとするか、あなたに同調するか、態度が分かれるでしょう。ですから、止めようとするなら、彼とともに軍勢ごとヤマトに帰し、自分は死んだことにしてしまうのです。」
「どうやって私が死んだことにするのだ。」
イソタケル、それが問題だと考えていました。
「それは、オワリの軍勢に命じ、正体不明の敵に襲われる場面を作ります。」
ミヤは、いざとなったら父に泣きついてでも偽装させる覚悟でした。
「なるほどな。では、アサヒコが裏切り者だったら。」
「恐らく、イブキあたりでヤマトのミナカタさまから命ぜられたイノカミの一派が襲撃してくるでしょうから、その直前にそろそろ襲ってくる頃だから、私は敵と話し合ってくると彼に打ち明けるのです。それで彼がどうでるかで考えればよいでしょう。思い直してくれるなら、その敵とうまく和睦してから、ヤマトに帰りたい者だけ帰し、自分たちは襲われて死んだことにしてしまうのです。」
「もし、皆一緒に行くと言い出したらどうする。」
ヤマトの軍勢一同、サイ王妃とミナカタ大臣の陰謀を知ってしまったわけですから、たとえ彼らの一派だったとしても、二人が健在なら次は真相を知る自分たちが危なくなってしまいます。
しかも、ツクバまで一緒に進軍した仲間なのですから、寝返って自分に同調する可能性の方が高いと思われました。
「そうなったら、やはりあなたには死んだことになってもらって、あなたが白鳥に姿を変えて飛び去ったので、皆それを追いかけて行ったことにします。」
「死者の魂を追って行ったことにするのだな。」
死者の魂は、空を飛ぶ鳥になってトコヨノクニに旅立って行くと言う信仰があり、東国のニギハヤヒ及びエミシの間では、白鳥は死者の魂をトコヨノクニに連れて行くために渡ってきて帰っていくと言われていたので、ミヤはそれを利用しようと考えたのです。
イソタケルは、ミヤの機転に感心しながら、彼女を抱きしめました。
「どうも、一番後の方法を取ることになりそうだが、そうなったらどこに消えることにしようかな。」
ミヤは、ヤマトに加担しながらもニギハヤヒ一派とも密かに親交のある父から、ニギハヤヒの首領オオヒコが、夫のことを大変気に入って、ヤマトにもまともな王子がいたと評価していることを聞いていました。
「あなたのことは、戦いぶりからニギハヤヒの首領のオオヒコが大層気に入ったと聞いています。むしろ彼を頼ってみては如何でしょう。お父上のハヤミ国王も、あなたが死んだとあっては、ニギハヤヒに直ぐには手を出せないでしょうから。」
イソタケル、それは名案だと感心しました。
「それはよい。イセの姉上を頼る手もあるが、ヤマト、オワリの双方から近過ぎて正体を隠しにくくなるだろうしな。ヤマトを横切ってクマソのヒュウガまで行くのも大変な冒険だしな。」
しかしミヤは、海路が使えるので、それも一つの選択肢であると認めました。
「ヒュウガなら、いざとなれば、海づたいに行く手はありますね。」
「それは、アサヒコに相談してからに考えることにしよう。」

あるサヴァン症候群の男のお話148 レクエ… Feb 14, 2026
あるサヴァン症候群の男のお話136前世記憶… Dec 4, 2024
あるサヴァン症候群の男のお話 124 May 23, 2023
Calendar
Comments