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今日はしとしとと降る雨の中、猪苗代まで行ってきた。目的は、野口英世博士の偉業に触れるため。展示室を見てきたんだけど、僕にかかわりのある病気、狂犬病とか、レプトスピラ病の病原体も追っていたことがわかった。すげえ、野口英世博士。 医学で人を幸せにしたい。そんな想いが伝わってきた。僕も同じ気持ちだ。野口英世博士は、手を病んだ。やけどをしたのだ。それが原因でいじめられたりした。僕は目を病んだ。生まれながらにして。やっぱり、目が悪いことをからかわれた。それでも、前を向いて、目標を見つけて、世界で活躍した。僕はどうだろう。前を向いた、目標を見つけた。野口博士を追いかけている感じだ。世界で活躍できるかはわからないけど、僕も醫學に対して、獣医学に対してまっすぐでいたい。もしも、医学者としての精神っていうのがあったとしたら、僕は野口博士のその精神を受け継ぎたい。僕にできる形で、臨みたい。サイエンスを手のぬくもりに変える!そして、人を幸せに、笑顔にするんだ。さあ、行きますか!
2012年11月26日
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私は、幸せとは何かを、中学生の時に本気で考えました。幸せを脅かすものは何だろう?そうも考えました。そして、幸せを脅かすものとしては、戦争や災害、そして病気が思い浮かびました。戦争や災害は、私には止めることができませんが、戦争には反対の立場で、動物たちや大切な人たちを、再び戦場に送らないよう監視したいと思っています。 災害もまた、戦争とともに止めることができません。東北地方を中心に襲った大震災は、多くの命を奪いました。悲しみに暮れる人の立場になって考えると、非常に心苦しいです。そんな中、当院の院長は、東北から新潟へ避難してきた方が滞在する避難所を回り、動物の健康管理に奔走しました。素晴らしい活動だと思います。そんな院長とのお付き合いも、早くも10年近くになろうとしています。本当に感謝し足りないぐらいです。 病気なら立ち向かえるかも?そう思って、動き出した高校卒業後、私は診療放射線技師となるべく、新潟大学の門をたたきました。ここではよい学友とよい師に恵まれて、とても充実した学生生活を送ることができました。獣医学への興味も、病気に立ち向かうために必然的に進むべき道でした。獣医学部でも、よい学友、よい師に恵まれ、充実した大学生活を送ることができました。同時に、病気や体の仕組み、病気のからくりがわかってきました。 動物病院では、チーム医療の素晴らしさを学びました。スタッフが本当によく動いてくださり、いつも診療をサポートしていただき、とても感謝しています。一人の力では及ばないが、チームで事に当たると、難しいことが可能になる。すばらしいことだと感じます。 そんなチームを私は後にします。今後は、心をサポートするために必要な知識や技術を学ぶため、大学院へ進む予定です。本当に長い間、ありがとうございました。退職に当たり、温かい言葉やうれしい言葉を飼い主様からいただきました。感謝しております。 時に癒し、しばしば支え、 常に慰む を信条に仕事をしてまいりました。今後も、それを貫き、病気に立ち向かう人や動物たちに勇気の言葉をかけてあげられる人でいたいと思っております。また、一人の大人として、次世代を担う子供たちに、慈しみの心を伝えられる大人でいたいと思っております。 私は獣医師になって、初めて飼った猫を10年6か月守ることができました。最後は十分なことができたか後悔はありますが、一番弱そうだった猫の茶太郎君を、守ったことは、獣医師としての責務を全うしたと自負しています。また、飼い猫の茶太郎君からは、ゆっくりとものを見据え、ゆっくりとした視点でものをみる大切さを学びました。茶太郎君にも、感謝しています。穏やかな性格の優しい猫でした。その任を解かれた私は、職を辞する決断をいたしました。 また、私にはもっともっと先の話ですが、大きな夢があります。その夢を叶えるためにも、勉強しなければならないことを見つけました。確かに、小動物臨床獣医療も重要な項目ですが、私が注目したのは、一緒に過ごしていた動物を失った人の心のケアです。そして、終末期獣医療です。この壮大なテーマに向かって、少し歩みを進めるときかなと思い、辞す決意をいたしました。
2012年11月23日
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さあ、行こうか。来週の火曜日、新しい職場での入職時健診と契約があります。驚異のスピードで決まった就職先ですが、こんなに早く決まるとは思いませんでした。しばらくは失業保険かなって思ってたんだけど。仕事が決まった安心感が、僕を強くしてくれている。最近、心も安定し、音楽を聴くことができるようになってきたし、歌詞もまっすぐ入ってくるようになった。いい傾向だ。
2012年11月06日
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