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ウランバートルが寒い?この時期に?「そんなの当たり前でしょ」という声が聞こえそうです。もちろん、この時期モンゴルが寒いのは当たり前のことです。当地では「11月にしては寒い」という声も聞きますが、東京から出かけて行った日本人にとってはマイナス18度も25度も大した差はありません。寒いに決まっていますから。私が感じたのは、外気ではなく室内のことです。モンゴルに住んでいた時に日本に戻ると「モンゴルってそんなに寒いの!」と驚かれますが、私はやや得意げに(?)「室内は暑いくらいなんだよ。」と解説していました。アパートは「これでもか!」というくらいにパールで暑くなるのです。パールというのは温水を使った暖房設備のことなんですが、これが暑いのです。一部の日本人は「まるで熱帯夜」という人がいるくらい、かなりパワーがあります。実際、私はモンゴルの自宅にいたときは短パンTシャツなど、真冬でも真夏のような恰好をしていました。外はマイナス40度でも室内はプラス28度なんてこともありました。暑いのは暖房だけではありません。シャワーなどの温水も熱いのです。ウランバートルに住む多くの日本人は経験したでしょうが、とにかくシャワーのお湯が半端でなく暑いのです。まさに熱湯になっているんじゃないかと思うこともあるほどです。温度調整が上手くいかないときは、気持ちよくシャワーを浴びていると突然やけどしそうになった、なんて経験はウランバートルに住む日本人は誰もが一度はあるでしょう。その暑さ、熱さがどうも今年は違うようなのです。最初に感じたのは、ホテルのシャワーでした。いつものように「熱すぎるシャワーをちょうどいい温度にしよう」と恐る恐る水に触れたのですが、冷たいままです。朝だからかな?ですが、一向に温かくなりません。もしかして壊れているのでは?と思い、フロントに電話しようとさえ思ったほどです。ですが、5分ほどでようやくちょっとぬるくなってきました。結局、「熱いシャワーを身に浴びて」なんてできず、ぬるーいお湯でなんとか我慢して浴びました。初日だけだと思ったのですが、結局ずっとそうでした。しかも悪いことに部屋が寒いのです。温度調整で6段階の最高の6にセットしたにもかかわらず、です。なので、ぬるいシャワーから出てくると、身体が鳥肌が立つほど寒いのです。このホテルは何度も泊まっていますが、もちろんこんなことは初めてです。結局、温度の方も「暑く」なることは一度もありませんでした。実は、オフィスでもそれを感じたのです。ウランバートルの多くのオフィスは、アパートの室内同様「暑い」のが普通で、上着なんかもちろん不要です。ですが、今回は違いました。上着はもちろん離せませんでしたし、スタッフの女性は日本のOLさんみたいにひざ掛けがないと寒いと言ってました。レストランも似たように感じました。ホテルもオフィスもレストランもお湯も、もう暑く(熱く)はないようです。この話をモンゴル人にしたら「そういえば、今年はどこも全般に温度が低い」という人が何人もいました。私の推測では、発電所で沸かすお湯か途中の保温システムかはわかりませんが、要するにエネルギーを節約しているんじゃないかと思います。新潟の実家の話では、温度を数度下げるだけで冬の間を通じてセントラルヒーティングの光熱費は何万円も違うと言ってましたから。数度の違いで大きなコスト差になるということです。でも、これはいいことでしょう。ようやく「普通」になったんじゃないでしょうか?寒いと言っても以前に比べてというだけで、ほとんどすべての国よりもある意味エネルギーを無駄遣いしていたわけですから、今くらいが適正なんだと思います。モンゴルの冬にまだ来たことない方へ。「モンゴルはホテルの中もすごく寒いの?」なんて誤解しないでください。日本の感覚では「普通」ですから。今までが暑すぎただけですから。ただ、いい意味でのエネルギー節約ならいいのですが、単に「お金の節約」だと、再び戻ってしまうかもしれません。好景気になってからのパールが気になります。
2015.11.24
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ここまで読んでいただけると読者の方には、「なんで白鵬なのに貴乃花の話なんだ?」の理由がご理解いただけると思う。そして貴乃花退職の流れを見れば、白鵬の退職過程も見えてくるだろう。「え、見えない?」「退職理由がわかからない?」そうかも知れない。わかりにくいのはその通りだろう。わかるのは、相撲協会があることないこと適当に理由をつけて降格させたり、部屋を取り上げたりして追い出そうとした、ということである。言いたいのは、相撲協会は内部のことが外部から見えにくいので、前例や判断基準を公開しないで理事長の一存で決めることができる組織だ、ということがわかるということである。白鵬の場合で言えば理由はたくさんあるが、やはり宮城野部屋をいつ復活させることができるのかが見えないことが、最大の要因であろう。宮城野部屋復活時期が白鵬の、そしてファンの一番の関心事だとわかっていながら白鵬本人にも公の場でも理事長は一切話さない。親方衆の間でも過去の例から「一年程度で部屋は再開できるであろう。」と見られていたが、1年を過ぎても協会の議題にすら上がらない。いや、上げないのである。上げてしまったら、再開させない理由を明示しないといけない。元々ルールも基準もない嫌がらせでしかないので、世間の声は無視できる。というより、この千載一遇のチャンスを逃したら自分がやられる。貴乃花の時と同じように完全に追い出すまでは、手を緩めず相手のわずかな望みも消し去るしかない。そして八角理事長の狙い通り白鵬は自ら相撲協会を去った。これで八角親方を脅かす存在はいなくなり、理事長安泰の時代が続くのだろう。 来月のナーダムには日本から天皇皇后が行くとのこと。天皇の隣で白鵬がナーダムについて解説をする姿が見られればうれしく思うのだが。ただモンゴルでは白鵬の噂はないようである。(完)
2025.06.26
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先日たまたまNHKのワイルドライフ「モンゴル 大平原 珍獣マヌルネコ 狩りの“妖術”を見た」を見ました。私が見たのは再放送のようですので、既にご覧になった方もいるかもしれません。まずはこの写真をご覧ください。凄いでしょ!NHKの番組の写真とは若干違いますが、テレビに出ていたのはスフバートル県のマヌルネコでこんな感じでした。マヌルネコを調べていると、なんとびっくり、日本にもいるではないですか。上野公園にいるそうです。 それがこんな感じです。「同じネコなの?」と思うくらい違います。こっちのは痩せてて普通の猫に見えますね。私はNHKのこの番組を見るまで、マヌルネコって聞いたこともありませんでした。それで調べてみると、アゼルバイジャンからイラン、インド、ネパール、中国、ロシアもちろんモンゴルに広く生息しているようですが、このマヌルはもちろんモンゴル語です。これが英語でも正式名称ですからすごいね、モンゴル語の力は。意味は「小さい野生ネコ」だそうです。モンゴルでは東部の平原に生息し、スフバートル県、ヘンティ県、ドルノド県辺りに多いようです。なぜスフバートルのマヌルネコと上野動物園のとはこんなに違うのか?その秘密は、マヌルネコ自身の気候対応性にあります。マイナス30‐40度にもなるモンゴルの草原で、しかも隠れたりする木々もほとんどない草原ではその寒さが直接身体に響くので、冬は毛足は長く、脂肪もたっぷりつくんだそうです。 しかもこのポーズ、ベターっと伏せるようにしてずっと動かないんです。それは天敵(ワシやきつね)に対して「草原の小岩」と思わせるような一種の擬態みたいにして身を守るんです。この写真ではわかりにくいですが、遠くから見ると確かに大石というか小岩のように見えるから不思議です。なので余計な突起物がありません。耳は上に立っているのではなく横についており、目は普通の猫よりも額近く上の方についてます。これはこうして低い姿勢のままでも遠くが見えるようにしているからなんです。冬にたっぷりついた脂肪のままでは、灼熱の草原の夏は耐えられません。なので、夏には体重はほぼ半減するのです。だから全く違う猫のように見えるほど痩せてしまうのです。上野動物園のマヌルネコは常に「夏仕様」ということなんでしょう。東京の冬なんて、モンゴルの10月中旬程度ですからね。このマヌルネコはもちろん肉食です。草原のネズミやリスを食べてます。なので、いざとなれば肉食獣の顔を見せます。 すごいですよね。でも子供はやっぱりかわいいです。 まん丸の目が本当にかわいいですね。マヌルネコ、モンゴルに行けば簡単に見られるわけではないでしょうが、いつか東部へ行ったときにはこのネコもお目当ての中に入れておきたいです。
2018.11.21
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白鵬退職のもう一つの理由は相撲協会との問題であり、より根深く複雑であると思われる。私には相撲協会というよりは、理事長である八角親方と白鵬の対立のように見える。今日の内容は北勝海時代からの話で、読んでいる途中に「あれ、白鵬退職の話じゃないのか。」と思う方もいるかもしれない。白鵬の記者会見以降、多くの解説記事がネット上にあるが「功労者をそこまで追い詰める必要はあったのか」「まるで協会が白鵬を追い出そうとしていたのはなぜか」という疑問には、どれも答えていない。 八角親方は現役時代は横綱北勝海ではあったが、歴代最強の1人とも言われた兄弟子の横綱千代の富士の陰で目立たない存在であった。千代の富士が引退した後も、マスコミ的には人気者親方の北の富士よりも影が薄いほどだった。悪い意味ではなく、それだけ控えめな性格に見えたということである。それが変わったのは、2015年に北の湖親方の急死を受けて急遽八角親方が理事長代行になってからである。通常、理事長選挙は現理事長の退任が近づくと、政治家のように票集めに奔走する。政治家は派閥単位が基本だが、大相撲は一門が中心となって票集めに躍起になる。ところが現役理事長の急死で、各一門は誰を理事長候補にするかさえ話し合う時間もなかった。なので場所中であった現理事長の死後直後に、協会挨拶で代読をした八角親方がとりあえずの理事長代行となった。そしてそれからわずか1か月もしないうちに正式な理事長選挙となったが、各一門は候補者をまとめきれずに結局そのまま八角親方が理事長となったのである。各一門にとっても「あのおとなしい八角親方なら、扱いやすいだろう」と思われていたのだろう。ところが理事長になった八角親方は違った。超保守的で八百長問題などに対する外部の声にもほとんど対応せず、改革を求める声はほとんど無視した。八角親方には一種のトラウマがあったと思われる。現役時代は常にスーパースター千代の富士の陰に隠れて目立たなかった。目立たないだけならいいが、スーパースターの発信力は凄まじく北勝海が何を発信してもほとんどかき消されてしまう。八角親方が一種のトラウマになったであろうと思われるのは、ファンの熱狂的支持とそれによる世間をも巻き込むスーパースターの英雄化である。国民的人気を得たスーパースターには、ネガティブな話は表に出ないか場合によってはポジティブに変えてしまう力があることを目の前で見続けてきた。そして敵に回したら絶対に勝てないであろうことも知った。偶然に近い形で理事長になった八角親方は理事長職の意外なほどに「旨味」があることを知り、着々と周囲を歯向かわない親方たちで固めていった。潜在的にその地位を脅かす可能性があるスーパースターは、千代の富士と朝青龍が不在となった後にはあの二人しかいない。貴乃花と白鵬である。まともにやってはとても勝てないことは重々承知しているので、狙うとしたら相手の不祥事か何か問題を起こした時だ。そのワンチャンスを狙って徹底的に叩く。相撲はどんなに優勢でも、土俵を割るまでわからない。完璧に土俵の外に出さなければならないのだ。つまり親方として相撲協会に残してはダメで、追い出すまではどんな理不尽な手を使ってでも追い出さなければならない。中途半端に残しては「改革」の名の下にいつか自分がやられるだけである。(続く)
2025.06.12
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急死した北の湖理事長は生前、自分と同じ大横綱であり改革志向の貴乃花親方を自分の後継者にと考えていた。実際北の湖は、貴乃花を若くして異例とも言える日本相撲協会ナンバー3のポジションに引き上げた。北勝海は名目上はナンバー2であったが、自分が理事長になれるとは思ってもいなかったに違いない。しかしながら、八角親方が理事長となった。従って八角理事長に最初に訪れた危機は、現役時代に若貴人気で史上最高の大相撲フィーバーを巻き起こした貴乃花親方であった。確かに貴乃花の進め方は急進的すぎた側面もあったが多くの国民は八角理事長を守旧派に見立て、貴乃花を改革派と見て熱烈に応援した。はっきり言って国民の多くは、貴乃花がどんな問題をどう変えたいのか良くわからなかったのではないかと思う。かく言う私も当時は結構相撲を見ていたが、よく意味も分からず貴乃花を応援していたように思う。つまり貴乃花のやることは常に善に見られ、それに対抗する理事長側が既得権益の守旧派と見なされる。恐れていたスーパースターの嵐がやって来たのである。1回2回は持ちこたえても、いずれやられてしまうに違いない。そんな時貴乃花親方が問題を起こしてしまう。例のモンゴル人力士による飲み会での暴力事件に、貴乃花の弟子が参加していたことに関係する。弟子は被害者であったが、その扱いで協会と対立した。八角理事長はこれを二度とこない大チャンスだと思った。やるなら中途半端な降格ではだめで、徹底的に叩き潰す。なんせ相手は国民的スーパースターであり、虫の息でも残しておけば必ず蘇る。なので最後は追い出さなければならない。できれば自ら辞めるように仕向けないといけない。あからさまに追い出したように見えては、八角理事長が世間を敵に回すことになるからだ。そして貴乃花は日本相撲協会を去った。当時の相撲ファンの多くは、なぜ辞めたのかよくわからなかった。弟子が被害者?貴乃花が内閣府に告訴状?貴乃花親方が理事から平年寄りに降格?あれ、貴乃花親方は被害者側なんじゃないの?ほとんどの人が理解できないのも無理はない。相撲協会は暴力事件からのことについて、日馬富士がすべての責任を負って引退すること以外の詳細についてはほとんど報告しなかった。その後の出来事についても国民に知らせず、降格や引退を唐突に発表した。相撲協会の不透明性を隠れ蓑にして、八角理事長は陰湿に攻めていった。貴乃花親方のプライドを切り裂きながらもあくまでも協会が追い出すのではなく、本人自ら辞めるように最後まで手を抜かずに攻めた。そして思惑通り、貴乃花は日本相撲協会を完全に去った。残るは史上最高の優勝回数を誇る大横綱白鵬のみである。(続く)
2025.06.19
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今日はちょっと疲れました。午前中からクラス準備とかしてましたが、午後1時から90分ゼミの第1回目。10分間で、マイナス25度の徒歩5分ほどの別棟まで移動し、そこで90分のモンゴル語。10分休んで、また90分のモンゴル語授業。終わったのは、5時50分でした。なんとも疲れる日程です。今後はこんな日が何度か出てきそうです。とはいえ、本当に忙しいビジネスパーソンに比べれば、遊んでるようなものですが、ただこの「先生業」というのは、かなり自分との戦いというか、誰も何も私の教える内容には干渉しない(干渉できない?)ので、どこまで準備するかとか、は完全に自分次第です。もちろん、私は好きでモンゴルにまで来てるので、わざわざ「サボろう」という意識は全然ありませんが、「きとんと計画を立ててその通りに実行する」という作業が最も苦手なので、いつもスケジューリングに苦労します。毎日、2人の先生からモンゴル語の宿題が出されすので、なんとなくそれを優先していると、あっという間に自分授業のことが疎かになってしまう、という具合です。とはいえ、今日は金曜日。ちょっとリラックスムードです。来週は、モンゴルのお正月である「ツァガン サル」です。モンゴル人はなんとなくそわそわしているように見えます。この時期になると、ボーズという小龍包に似た肉を小麦粉で作った皮で包んだモンゴルの代表的な食べ物をどの家庭でも作ります。ある家庭では、今頃から1000個作ります。友人の家は2000個作るのだそうです。見た目より、ぎっしり肉が詰まっているので、肉が多い小ぶりの肉まんのようにも見えます。これらをお正月に一人数十個も食べるというので、半端な量ではありません。私も是非お正月を体験したいと思い、今まで通訳をやってくれてたSSさんのお宅にお邪魔することにしました。どうなることやら。酔い潰れないようにしないといけません。またその模様は、アップできると思います。金曜なので、これからちょっと出かけようと思います。
2009.02.20
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上位ランクの中では、2つの集団が見られます。100万人当たり5~7人というのが、ベトナム、マレーシア、スリランカの3国です。それより多いのが、10~13人のタイ、台湾、韓国です。絶対数の多いインドネシアは、3人程度です。そしてモンゴルです。ここはなんと75人です!!!桁違いです。モンゴル国内でいかに文科省国費留学生が認知されているかが、想像できるというのもです。なんでこんな数字を引っ張ってきたかというと、新モンゴル学園の実績を見て驚いたからです。最近の実績を聞いたら「国費留学生が16人だった」というのです。しかも在モンゴル駐日大使館からの推薦留学生(当然試験はある)のほとんどは新モンゴル学園出身者だというのです。文科省全体で9400人ですから、学部生、院生(こっちが多いかも)、高専生などを多用にありますので、1学年辺りがどのくらいかわかりませんが、高校出て日本の大学に入れる枠は、せいぜい1000人~1500人くらいなんじゃないでしょうか?そこに学生の2割近い人数が国費で入り、私費も入れるとその倍の人数が日本に留学するのです。しかも、それ以外にもアメリカや韓国へも行くといいますから、モンゴルでは一種の「エリート校」となっているのではないかと思います。というか、もしかして「日本の文科省国費留学生を送り出している高校としては、世界一かもしれない」とも思いましたね。受験競争というほどではないでしょうが、やはり「自然体」だけでは、中国や東南アジアのライバルには勝てません。夏には日本語の「特訓セミナー」もあるそうです。これは単に日本語が上手になるためだけではなく、日本語の試験で高い点を取るための対策セミナーのようなもので、日本的思考を相当教えるとも聞きました。いやはや、まさにエリート進学校って感じです。恐らく子供を持つモンゴル人の親の中では「新モンゴルには入れれば、日本の一流大学へ留学できる」というイメージが相当浸透しているのではないかと思います。なので私は意地悪な質問をN校長に投げかけました。「モンゴルのことですから、うちの子を入れてくれ!というプレッシャーが大きいのではないですか?」と。「政治家ルート」「お金持ちルート」「親戚縁者ルート」さまざまです。「そうなんです、そこが一番大変なところです。でも、そこはきちんとしないといけません。」と言ってました。小学校からの学校ですから、イメージとしては慶応?でもあそこは大学までですから、むしろ麻布や開成みたいな存在になっている、あるいはなりつつあるんだろうなと思いました。これからの新モンゴル学園に大いに期待したいと思いましたが、それは同時に今後の難しさを示唆しているようにも思えます。それは日本のいわゆる一流大学と言われるところに毎年相当数のモンゴル人学生が進学します。国費留学生は、日本企業にとっても「一流の証」ですから、有名大企業には人気があります。実際、今回も卒業生の就職先として日本の有名大企業の名前をいくつも聞きました。彼らの思い描く姿は「日本企業で勉強して、遠くない将来にモンゴルへ帰る」というものです。ですが、モンゴルに帰ってそれを生かせる職場があるのか?日本企業進出がほとんどないモンゴルで、給料も含めて彼らが満足できる仕事先があるのか?清水建設で最先端の土木工学を学んだ30歳の若者が活躍できる建設会社がモンゴルにあるのか?現地の建設会社の実情を知っている身としては「難しい」としか言いようがありません。N校長先生も「帰国後のフォローをどうするかは、大きな課題です」と言ってました。国際的な大仕事を手掛ける醍醐味を味わった若者が、日本に残るという選択肢も大いにありなのかとも思います。でもそれでは何のための「国費留学生」なのか、という疑問も残ります。個人のキャリアと国の発展は、相変わらずモンゴルでは難しい問題なのです。(完)
2019.04.03
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クイーンというイギリスのバンドは、1970年代前半デビューでしたから、今の若い人たちには全くピンと来ない名前だと思っていましたが、映画「ボヘミアン ラプソティ」が世界的に大ヒットしたので、それでごぞんじの方も多いのではないでしょうか?もちろん、この映画の題名でもある「ボヘミアン ラプソティ」は世界的に大ヒットした有名な曲です。その曲名は、元々は「モンゴロリアン ラプソティ」だったのが、歌詞の修正を経て原題名になったというのです。クイーンのメンバーです。ガオディアンというイギリスのネットメディアによると、「サザビーズでオークションにかけられるクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』の初期草案から、これまでバンドのファンや研究者には知られていなかった、1975年のヒット曲の別の仮題が明らかになった。」というのです。そしてニューヨーク・タイムズ紙によると、「このロック・オペラの初期草稿15ページのうちの1ページで、ソングライターのフレディ・マーキュリーは上部近くに「モンゴル・ラプソディ」という言葉を書いたが、最初の言葉を取り消し線で消し、その上に「ボヘミアン」と書いたという。」のです。どういうことか?フレディ・マーキュリーの所持品がサザビーズのオークションにかけられることになり、その中に『ボヘミアン・ラプソディ』の初期草案が見つかったというのです。「ボヘミアン - またはモンゴリアン - ラプソディの歌詞は、マーキュリーの落書きの中に、廃業した航空会社ブリティッシュ・ミッドランドの便箋に書かれていました。」と関係者は話しています。これが実際の原稿の写真です。確かにこの便箋にはブリティッシュ・ミッドランドと書かれています。非常に見にくいですが、この写真をよく見てください。上部には1974年のカレンダーが赤文字で書かれています。そのカレンダーの9月の下を見てください。太い二本線で消されている文字があります。この消されている文字が「Mongolia」なのです。そしてその消された線の上には「Bohemian」と書かれています。つまり元々は「Mongolia」だったのを、フレディ・マーキュリー自身がそれを消して、「Bohemian」に書き直したのです。もちろん、今まで音楽の専門家でも知らなかった事実ですから、本当の理由はわかりません。ですが、推測はできそうです。それは「ボヘミアン ラプソティ」の意味を探ることです。Rhapsodyというのは、「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲」という意味です。なるほど、映画でのフレディ・マーキュリーのイメージそのものですね。Bohemianというのは、「世間の習慣など無視して放浪的な生活をする人。」という意味です。元々は、自由な移動生活をするジプシーの人たちを指していた言葉で、そのジプシーがチェコのボヘミア地方に住んでいたので、こう呼ばれるようになったのです。つまり、最初はある人間の集団の生活していた地方を指していたのが、段々とその意味するところが放浪的な生活をする人、となっていったのです。こう考えると、フレディの頭の中では「移動民族?」「自由奔放?」それは英語で言えば「nomadic」と同じような意味となりますから、最初に「nomadic」が浮かんだのかもしれません。そしてnomadicと言えば、ヨーロッパ人の頭の中で一番最初に浮かぶのがMongoliaまたはMongolianだと思うのです。本ブログでも度々触れているように、「現在のモンゴル国」というのは残念ながらあまり注目はされていませんが、ヨーロッパ人にとっては歴史的に「モンゴル」という存在は非常に大きなものがあり、学校教育どころか、おばあちゃんが孫の躾(しつけ)をするときにも使うくらい、浸透している言葉なのです。なので、当然、フレディの頭には「自由奔放な放浪生活」を言い表したいときに、nomadicの代表であるMongoliaが浮かんだのでしょう。歌詞の内容は、ボヘミアンにもモンゴルにも直接関係ない言葉で綴られています。要すれば「ふらふらと適当に生きて来た少年が殺人を犯してしまい、最初はどうだっていいなんて思ったけど、悪魔やら神様のような存在に裁かれるときになって、やっぱり行きたい、逃してほしい、と本心が溢れて来たけど、時すでに遅し」という感じです。とにかく、世界的な大ヒット曲の題名にこんな秘話があったとは驚きです。曲名や映画名が「Mongolian Rhapsody」だったら、なんか、観光客が増えそうな気がするんですけどね。ヨーロッパ人にとってのMongoliaの存在の大きさを再認識しました。
2023.06.02
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