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サイハンシンレーレー❕今日はツアガンサル初日(19日)です。要するにモンゴルのお正月です。ウランバートルではマイナス30℃の中、長時間停電もあるやに聞いております。そんな中でも家族そろってよい新年を迎えられることお祈り申し上げます。
2026.02.18
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例によって中国の身勝手な歴史観丸出しのニュースが入ってきた。ニュース元はニューズウィークでまあまあフェアに書いているが、問題は歴史的事実を中国によって歪曲どころか大噓を言っていることである。ニュースの大筋は、砂漠化に苦しむモンゴルに対して中国が10億本の植樹をしてあげましょうというものだ。これだけなら怒ることはないが、問題はそこに至る背景である。ニューズウィークは中国の発信を元に書いているので仕方ないが、中国の砂漠化の原因は全てモンゴルにあるというものだ。それはこういうことだ。中国(イコール内モンゴル自治区のこと)は長年砂漠化に悩まされており、1978年に開始した緑の長城プロジェクトなどやってきたがなかなかうまくいかない。その原因について中国の科学者は隣国モンゴルが発生源だと考えるようになり、「モンゴルの環境問題は中国の問題」と認識するようになったのである。だが歴史的事実はこうだ。遊牧民は草原を大切にするが同時にそれを少しでも失った時の怖さも知っている。草原は広く雄大であるが実はその表面は薄く脆く、一度傷つけられると再生はせずむしろ砂漠化してしまうことを数千年の歴史から誰もが知っている。なので遊牧民にとって草原に鍬を入れることは大地を傷つけることであり、最も忌み嫌うべきことなのだ。他方、農耕民族にとっては広大な緑の大地を見つけたら鍬をもって耕さずにはいられない。しかしながら、一度耕された草原はいずれ砂漠となる。ここに遊牧民と農耕民族が対立する本質的な原因がある。草原を農地化するリスクについては内モンゴルの人々は当然声を上げたが、相手は無知な中国共産党なので聞く耳を持たなかった。その結果が、現在の中国における砂漠化となって現れているのでだ。清朝は賢かったので遊牧民と農耕民族が混在するのは無理だとわかっていた。なので、現在の内モンゴルにある草原で線引きをし、漢民族の草原への侵入を禁止し草原を守った。それに対して愚かな中国共産党はモンゴル自治区を支配するために大量の漢人農民を送り込み草原を破壊しまくった。ここまでの説明で現在の中国の砂漠化の原因はご理解いただけたと思う。問題は中国側の認識である。砂漠化の拡大に危機感を抱いた中国政府は、科学者らに原因究明と対策作成を命じた。さすがに中国の科学者はバカではないので原因はすぐに理解した。だがここで大きな問題に当たった。中国では全ての科学研究は中国共産党のためにあることと、中国共産党は現在も過去にも間違ったことは一切していないということが鉄則だということだ。中国共産党の政策に何らの間違いがなかったのに砂漠化したということは、原因は隣国モンゴルと気候変動にある、と結論付けたのである。そして今年8月に国連の「砂漠化対処条約国会議」が開催されるのを機に、中国がモンゴル各地に乗り込んで先進的なノウハウを教えてあげましょう、という構図になっている。ノウハウといっても植樹や太陽光パネル設置程度であるが、中には遊牧そのものを否定するものもある。将来的に最もよくないことは、砂漠化防止の大義の下に中国人が今以上にモンゴル各地にずかずかと入り込むことを許してしまうことだ。日本には既に100万人を超える中国人がいる。モンゴルで中国人が100万人になったら、、、悪夢でしかない。今も昔も漢人の最大の武器は人口なのである。
2026.01.22
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日韓モンゴルでICC国際刑事裁判所を支援するという記事を見て驚いた。日韓だけならスルーしそうな見出しであったが、見慣れた日韓の漢字2文字に対してモンゴルというカタカナ4文字のインパクトは圧倒的である。ひと昔前なら漢字つながりで日韓蒙と書く輩(やから)もいたかも知れないが、令和の今ではちゃんとカタカナ表記にしているのは嬉しい。驚いたというのは、国際刑事裁判所とモンゴルの関係である。モンゴルは国際刑事裁判所の決定に対する違反国第1号だからである。本ブログにも書いたが、2024年9月に国際刑事裁判所が指名手配中のプーチンをモンゴルに入国させてしまった。国際刑事裁判所加盟国は自国の領土に入ってきたら、プーチンを逮捕する義務があるというのにだ。世界中が見守る中、フレルスフ大統領は国際法など全く無視してプーチンを大歓迎した。普段は大してモンゴルを取り上げない日本のマスメディアも連日大きく報じたほどで、モンゴルは違反国第1号として欧米でも有名になった。そんなモンゴルが「戦争犯罪追及する国際刑事裁判所」を支援する学術団体を設立し、将来的にはアジア諸国に「助言する」のだそうだ。噴飯モノとはこのことだろう。とはいえ、実際に資金を出して運営するのは日韓であることは間違いない。で、以下はもう3年もモンゴルに行ってない私のつたない推測である。オランダのハーグにある国際刑事裁判所は中ロを念頭に、「法による世界秩序」をアジア諸国にももっと広げたいと日本に接触した。中国を念頭に「力による現状変更ではなく法による支配」をアジアで広めたいと思案していた日本はこれに乗った。接触の順番はハーグと日本で逆かもしれない。新しい学術団体なので、まずは小さく始めたいところだが日韓だけでは広がりがないのでもう1国追加したい。現在中国に対して脅威を感じている国がいい。そうなると海上で頻繫に攻撃を受けているフィリピンも有力候補だ。だが最終的には、現在国全体が中国に丸め込まれようとされとぃるモンゴルに決まったのかもしれないし、ロシアに逆らえずに違反第1号となったからこそ参加させたかったのかもしれない。いずれにしても、せっかく設立したのだからうまくいってほしい。私の二つの母校、卒業した日本の大学と教員生活を送ったMUIS、が関わっているので応援したい。さて次にプーチンが来ると言ったら、モンゴルはどうするだろうか。今の政権が続けば、、、間違いなく大歓迎するだろう。
2026.01.15
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ここまで読んでいただけると読者の方には、「なんで白鵬なのに貴乃花の話なんだ?」の理由がご理解いただけると思う。そして貴乃花退職の流れを見れば、白鵬の退職過程も見えてくるだろう。「え、見えない?」「退職理由がわかからない?」そうかも知れない。わかりにくいのはその通りだろう。わかるのは、相撲協会があることないこと適当に理由をつけて降格させたり、部屋を取り上げたりして追い出そうとした、ということである。言いたいのは、相撲協会は内部のことが外部から見えにくいので、前例や判断基準を公開しないで理事長の一存で決めることができる組織だ、ということがわかるということである。白鵬の場合で言えば理由はたくさんあるが、やはり宮城野部屋をいつ復活させることができるのかが見えないことが、最大の要因であろう。宮城野部屋復活時期が白鵬の、そしてファンの一番の関心事だとわかっていながら白鵬本人にも公の場でも理事長は一切話さない。親方衆の間でも過去の例から「一年程度で部屋は再開できるであろう。」と見られていたが、1年を過ぎても協会の議題にすら上がらない。いや、上げないのである。上げてしまったら、再開させない理由を明示しないといけない。元々ルールも基準もない嫌がらせでしかないので、世間の声は無視できる。というより、この千載一遇のチャンスを逃したら自分がやられる。貴乃花の時と同じように完全に追い出すまでは、手を緩めず相手のわずかな望みも消し去るしかない。そして八角理事長の狙い通り白鵬は自ら相撲協会を去った。これで八角親方を脅かす存在はいなくなり、理事長安泰の時代が続くのだろう。 来月のナーダムには日本から天皇皇后が行くとのこと。天皇の隣で白鵬がナーダムについて解説をする姿が見られればうれしく思うのだが。ただモンゴルでは白鵬の噂はないようである。(完)
2025.06.26
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急死した北の湖理事長は生前、自分と同じ大横綱であり改革志向の貴乃花親方を自分の後継者にと考えていた。実際北の湖は、貴乃花を若くして異例とも言える日本相撲協会ナンバー3のポジションに引き上げた。北勝海は名目上はナンバー2であったが、自分が理事長になれるとは思ってもいなかったに違いない。しかしながら、八角親方が理事長となった。従って八角理事長に最初に訪れた危機は、現役時代に若貴人気で史上最高の大相撲フィーバーを巻き起こした貴乃花親方であった。確かに貴乃花の進め方は急進的すぎた側面もあったが多くの国民は八角理事長を守旧派に見立て、貴乃花を改革派と見て熱烈に応援した。はっきり言って国民の多くは、貴乃花がどんな問題をどう変えたいのか良くわからなかったのではないかと思う。かく言う私も当時は結構相撲を見ていたが、よく意味も分からず貴乃花を応援していたように思う。つまり貴乃花のやることは常に善に見られ、それに対抗する理事長側が既得権益の守旧派と見なされる。恐れていたスーパースターの嵐がやって来たのである。1回2回は持ちこたえても、いずれやられてしまうに違いない。そんな時貴乃花親方が問題を起こしてしまう。例のモンゴル人力士による飲み会での暴力事件に、貴乃花の弟子が参加していたことに関係する。弟子は被害者であったが、その扱いで協会と対立した。八角理事長はこれを二度とこない大チャンスだと思った。やるなら中途半端な降格ではだめで、徹底的に叩き潰す。なんせ相手は国民的スーパースターであり、虫の息でも残しておけば必ず蘇る。なので最後は追い出さなければならない。できれば自ら辞めるように仕向けないといけない。あからさまに追い出したように見えては、八角理事長が世間を敵に回すことになるからだ。そして貴乃花は日本相撲協会を去った。当時の相撲ファンの多くは、なぜ辞めたのかよくわからなかった。弟子が被害者?貴乃花が内閣府に告訴状?貴乃花親方が理事から平年寄りに降格?あれ、貴乃花親方は被害者側なんじゃないの?ほとんどの人が理解できないのも無理はない。相撲協会は暴力事件からのことについて、日馬富士がすべての責任を負って引退すること以外の詳細についてはほとんど報告しなかった。その後の出来事についても国民に知らせず、降格や引退を唐突に発表した。相撲協会の不透明性を隠れ蓑にして、八角理事長は陰湿に攻めていった。貴乃花親方のプライドを切り裂きながらもあくまでも協会が追い出すのではなく、本人自ら辞めるように最後まで手を抜かずに攻めた。そして思惑通り、貴乃花は日本相撲協会を完全に去った。残るは史上最高の優勝回数を誇る大横綱白鵬のみである。(続く)
2025.06.19
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白鵬退職のもう一つの理由は相撲協会との問題であり、より根深く複雑であると思われる。私には相撲協会というよりは、理事長である八角親方と白鵬の対立のように見える。今日の内容は北勝海時代からの話で、読んでいる途中に「あれ、白鵬退職の話じゃないのか。」と思う方もいるかもしれない。白鵬の記者会見以降、多くの解説記事がネット上にあるが「功労者をそこまで追い詰める必要はあったのか」「まるで協会が白鵬を追い出そうとしていたのはなぜか」という疑問には、どれも答えていない。 八角親方は現役時代は横綱北勝海ではあったが、歴代最強の1人とも言われた兄弟子の横綱千代の富士の陰で目立たない存在であった。千代の富士が引退した後も、マスコミ的には人気者親方の北の富士よりも影が薄いほどだった。悪い意味ではなく、それだけ控えめな性格に見えたということである。それが変わったのは、2015年に北の湖親方の急死を受けて急遽八角親方が理事長代行になってからである。通常、理事長選挙は現理事長の退任が近づくと、政治家のように票集めに奔走する。政治家は派閥単位が基本だが、大相撲は一門が中心となって票集めに躍起になる。ところが現役理事長の急死で、各一門は誰を理事長候補にするかさえ話し合う時間もなかった。なので場所中であった現理事長の死後直後に、協会挨拶で代読をした八角親方がとりあえずの理事長代行となった。そしてそれからわずか1か月もしないうちに正式な理事長選挙となったが、各一門は候補者をまとめきれずに結局そのまま八角親方が理事長となったのである。各一門にとっても「あのおとなしい八角親方なら、扱いやすいだろう」と思われていたのだろう。ところが理事長になった八角親方は違った。超保守的で八百長問題などに対する外部の声にもほとんど対応せず、改革を求める声はほとんど無視した。八角親方には一種のトラウマがあったと思われる。現役時代は常にスーパースター千代の富士の陰に隠れて目立たなかった。目立たないだけならいいが、スーパースターの発信力は凄まじく北勝海が何を発信してもほとんどかき消されてしまう。八角親方が一種のトラウマになったであろうと思われるのは、ファンの熱狂的支持とそれによる世間をも巻き込むスーパースターの英雄化である。国民的人気を得たスーパースターには、ネガティブな話は表に出ないか場合によってはポジティブに変えてしまう力があることを目の前で見続けてきた。そして敵に回したら絶対に勝てないであろうことも知った。偶然に近い形で理事長になった八角親方は理事長職の意外なほどに「旨味」があることを知り、着々と周囲を歯向かわない親方たちで固めていった。潜在的にその地位を脅かす可能性があるスーパースターは、千代の富士と朝青龍が不在となった後にはあの二人しかいない。貴乃花と白鵬である。まともにやってはとても勝てないことは重々承知しているので、狙うとしたら相手の不祥事か何か問題を起こした時だ。そのワンチャンスを狙って徹底的に叩く。相撲はどんなに優勢でも、土俵を割るまでわからない。完璧に土俵の外に出さなければならないのだ。つまり親方として相撲協会に残してはダメで、追い出すまではどんな理不尽な手を使ってでも追い出さなければならない。中途半端に残しては「改革」の名の下にいつか自分がやられるだけである。(続く)
2025.06.12
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ここにきて、急にモンゴル関連の2本のニュースが日本のメディアを賑やかしている。それは白鵬が日本相撲協会から退職する話と、モンゴルにおける首相の退陣を求めるデモの話である。後者については半年くらい前から耳にしていたが、もう少し情報を整理してからここに書こうと思っていた。前者の方は私もネットニュース程度しか知らないのだが、今回は前者の方を書く。 白鵬退職については本人でないとわからない上に、その理由も複雑のようである。が、それを大まかに分けると2つあるようだ。一つは照ノ富士との問題、もう一つは相撲協会との問題だ。照ノ富士との問題は2017年のモンゴル人力士の飲み会で起こった暴力事件に遡る。日馬富士が引退する原因になった、あの事件である。日馬富士は一切の言い訳をせず、全ての責任を背負って身を引いた。同部屋の後輩力士であった照ノ富士は、内情を良く知っていた大横綱の白鵬が日馬富士を助けようとしなかったことを今も決して忘れていないという。この事件を契機に二人の関係は悪化していった。8年前と言えば、照ノ富士が飛ぶ鳥を落とす勢いで横綱も近いところにいた。大けがによる大関陥落この後であった。当の白鵬は引退後宮城野部屋の親方となったが昨年弟子の暴力事件の責任を負い、照ノ富士が所属する伊勢ケ浜部屋の部屋付き親方となった。要は相撲部屋のオーナー経営者から他人の部屋の現場指導員に格下げされたのだ。それでも人格者である元横綱旭富士の伊勢ケ濱親方のもと、白鵬は黙々と頑張ってきた。ところが照ノ富士が引退し、現伊勢ケ浜親方が定年退職してその後任に照ノ富士が新伊勢ケ浜親方になることが決まったのである。白鵬は当然そのようなことは予想はしていたが、去年2月の事件から1年を超えたくらいで再び部屋持ち親方に戻れるという希望を持っていた。周囲の一部にもそういう声があった。しかしながら、相撲協会としては白鵬の復帰は1年以上先になると言われ、白鵬の気持ちは折れたのである。これから1年以上も照ノ富士の下で仕事を続けることには、誇り高き白鵬は耐えられないと思ったのである。相撲協会を退職するということであり、親方ではなくなるということである。そして二度と日本相撲協会には戻れないのである。ここまでが、白鵬退職の第一の理由である。私は第二の理由の方が、理由としては大きいのではと思っている。続く
2025.06.03
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久しぶりに、出版社からの電話がきた。出版社というのは、私が2011年に出した「断捨離思考のすすめ」の出版社である。 話の内容は、テレビ局から私のブログに載っている葬儀の写真使用の許可が欲しいとのことであった。ブログの写真を使いたいという要望は過去何度か頂いたが、一番多いのがモンゴルの葬儀関連だというのが面白い。この写真も2018年にTBSで使われたようだ。 それは2010年4月3日「モンゴルでのお葬式(2)」にある霊柩車で、日本から輸入した中古車の写真である。そもそもこのような霊柩車は世界的に珍しいようで、しかもベンツの改造車だからインパクトはある。 早朝から15台もの車列が40キロメートルの距離をゆっくりと走って墓地まで行ったことは、おごそかな気持ちになったことと共に今でもはっきりと覚えている。 番組制作は大阪の読売テレビのようだが、東京では以下の放送予定である。2月23日(日)日本テレビ15時-16時半の「海を渡ったニッポンプライド」 以前の放送ではわずか1秒くらいで、あっという間だった。スマホによるビデオが溢れている時代に、素人の写真が数秒間も映されることはないだろう。ただクレジットで私の名前を付けるというのだけが、気になる。
2025.02.09
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東大名誉教授の猪口孝さんが亡くなられた。享年80歳。11月27日に文京区の自宅マンションで起きた火災によって焼死したと4日後の新聞に出ていた。猪口さんの報道を最初に知ったのは、11月27日夜のニュースだった。その時はマンションが燃えている中継だけだったが、その後二人が助かったと伝えられた。そして報道は、ローカルニュースから全国版に切り替わった。助かったのが猪口邦子参議院議員とその二女の二人と判明したからだ。「え、二人だけ?じゃあ、旦那さんの猪口さんは?」と思ったが、翌日のニュースでもなかなか残る家族のことは言わなかった。で、4日後に警視庁が正式に猪口孝さんとその長女の焼死を発表したのである。猪口さんは私の新潟高校の先輩である。高校の同窓会や新潟出身者の集まりなどで何度かお目にかかることはあったが、ひと回り以上も年上の先輩であり直接話すことはなかった。それが10年以上前だったか、とある論文誌の会合で一緒になったことがあった。私が時々寄稿していた論文誌に猪口さんも寄稿していたのである。私は当日の出席者名簿を見て猪口さんが来られることはわかっていた。その会場で猪口さんと何度か目が合い、私の方からご挨拶に行った。猪口さんは「どこかで見た顔だなと、思っていました。」と言い、その時初めて名刺交換をした。その後また忘年会パーティーみたいなので会ったりして、お話させていただいた。猪口さんは国際政治学者で故郷の新潟県立大学学長もやられたが、数ある功績の中でも顕著なのは、英語の論文数は日本人学者で最も多い中の一人だということではないだろうか。猪口さんに関して一番印象に残っているのは、時々送られてきた長文のメールである。とにかく長かった。私にも送ってくれたということは、名刺交換した人たちのほとんどを対象にしていたのだろうか。毎回メール上に縦横びっしりと並んだ文字数は、私が受信した中で一番多かったと思う。内容は主に、彼の近況やグローバルな時世についてのコメント、そして彼の論文についての解説などであった。特に論文に関しては、引用などで外国人研究者のが多く、とても読み切れるものではなかった。ご自身もご高齢になられても英語で論文を書かれていたのは、本当に凄いなと思った。そういえばここ数年、その長いメールも来なかったように思っていた。「猪口っていう参議院議員知ってる?」と嬉しそうに奥様の話をされた笑顔が懐かしい。「あれは私の妻なんだよ。」合掌。
2024.12.02
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異常気象の影響か、日本のスーパーでも100%オレンジジュースがあまり売られてない状況のようである。主要輸出国であるブラジルの農場の被害状況がテレビに出ていたが、回復にはかなりの時間がかかりそうだ。日本はジュースの輸入大国なのは承知しているが、少量ながら輸出もしている。牛肉でも米でも、価格競争力がなくとも付加価値で買ってくれる国があるということだ。この場合の付加価値は、美味しいということだろう。とはいえ日本産食料品の輸入先はほとんどが台湾、香港、シンガポール、中国などの中華圏とアメリカである。ネット上に日本の果汁輸出先ランキングがあったので見てみると、1,2,4,5位は、中国、台湾、アメリカ、シンガポールと順当であるが、3位がなんとモンゴルなのだ。何でモンゴル?正確にはわからないが、以下に私の推測を書く。まず日本から輸入したいと思う果汁とは何があるのだろうか。あるとしてもコスト高だろうから、大量のはずはない。実際の各国の輸入量を見ても、500kgから多くて3000kg程度と液体と考えると非常に少量である。日本の果実としては、みかんとりんごがアジアで人気があるという報道は何度か見たので、そのジュースが輸出されているのだろう。だがそういったジュースが圧倒的に人口が少ないモンゴルへの輸出量が3位というのは理解できない。ではどんな果汁がモンゴルに輸出されているのか。それは、カゴメの野菜ジュースやトマトジュースであると思われる。日本のスーパー、コンビニでお馴染みの小容量紙パック入りのジュースである。一昨年あたりから、何人ものモンゴル人に「カゴメのジュースがすごい人気」というのは聞いていた。実際に昨年モンゴルに行ってみると、確かにほとんどのスーパー、コンビニに売られていた。特定メーカーの日本産食品が、これほどウランバートルのどこにでも売られているのは見た覚えがない。日本産醬油は結構売られているが、メーカーはキッコーマンとヤマサに分かれている。人気の理由は、モンゴル人の健康志向である。私の知る過去のモンゴル人は肉食中心で、あまり健康を気にする様子はなかった。しかしながら、今はかなり違うようだ。若い世代はもうあまり肉を食べず、野菜が多いとのこと。韓流の影響は大きいようで、確かに今の若者はほっそりした男女が多く、かつての筋肉も贅肉もたっぷりの男性やふっくら系の女性は少なくなった。実際街を歩いても、ベジタリアンレストランは日本よりも多いように感じるほどだ。とにかく健康志向はまるで流行のようで、その象徴の一つがカゴメのジュースなのだろう。健康志向の大人だけでなく、お母さんたちが子供たちに買い与えている。何でこんなに人気が?と思ったが、カゴメのジュースを気にいったモンゴル人が地道に何年間も売り歩いたんだそうだ。こうなると心配なのは、真似して輸入する並行輸入による乱売だが、これはカゴメとちゃんと契約している模様。となると、競合は既にお茶の自販機販売でモンゴルに進出している伊藤園の野菜ジュースとなろうか。ただ現地でのカゴメのブランド力はかなり強く、当分は人気が続くだろう。この商品は単なるジュースの小型版ではなく、技術的な参入障壁がある。以前米系トマトジュース最大手の会社のアジア太平洋トップのアメリカ人と話した時に、日本のメーカーとの技術比較について聞いた。彼は自信満々に「ジュースの製造技術では絶対に負けない。」だが「一つだけ勝てない技術がある。」と言った。「それはカゴメの少量パック製造技術だ。あれは単なる少量パックだというだけではない。」と言った。モンゴルでなかなか定着しなかった日本のブランド。ソニーもパナソニックも資生堂も難しかったが、トヨタに次いでカゴメが定着してくれそうだ。
2024.10.18
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今週に入って2つのモンゴル関連のニュースがアメリカから届いた。共に中国を意識した防衛関係である点が興味深い。1つ目はニューヨークからである。恐らく国連総会の機会を使って8月にドタキャンした首脳会談を行おうと、日本側からの呼びかけ実現した岸田首相とフレルスフ大統領との会談である。会談内容は「防衛装備品の輸出入を可能にする協定に関して実質合意したことを確認し、早期署名を目指す方針で一致した。」とある。「実質合意」を「確認」し「早期署名」を「目指す方針」で一致した、とは結局のところ何も約束してないということなのだろう。共同通信の記事であるから政府関係者による発表通りに報道しているのだろうが、退任間近の岸田首相相手に超曖昧な単なる口約束するなどモンゴル人には挨拶しているようなものだ。以前の本ブログにも書いたように、仮想敵国である中国経由でしか防衛装備品を送れない矛盾をどう解決するのか。航空機で送ると言っても、日系航空会社はない。Miatがそんな危険物を引き受けるはずはなく、せいぜいヘルメット程度か。岸田首相は良く「法と秩序」というが、今月プーチンがモンゴルに来た時に逮捕せずICC違反となったことについて、フレルスフ大統領に抗議したのか。恐らくICC違反国となってモンゴル大統領が最初に会った先進国首脳が岸田首相であり、ICC違反をしても何の問題もないことを世界に示したことは重い。2つ目のニュースはハワイからである。そこで自衛隊制服組のトップがモンゴルとインドの両軍上層部と会談したとあり、この3か国の軍上層部による会談は初めてとのこと。「日本としては南北から中国を挟む両国軍との交流を深め、中国に対する包囲網を狭める狙いがある。」とある。モンゴルの置かれた状況がわかっているのか、モンゴル軍は中露両国軍と軍事演習をしていることを理解しているのか。日本側が勝手に思い込んで妄想するのは構わないが、こうたびたび日本側に一方的な報道をされては中国を刺激するこになり、モンゴルをいじめる材料にならないか心配である。そもそもこれらは全て日本側からの押し付けでしかない。インド太平洋戦略?モンゴルには海はなく、物資は全て陸路である。台湾有事?そんなことで中国に文句を言ったら、次はモンゴルが狙われてしまう。逆に、日本は何ができるというのか。ロシアや中国に攻められたら、日本はどうする?「我が国の憲法により出兵できない」と何もできない。要するにこれらの会談はほとんどが実効性のないプロパガンダなのである。モンゴル側はこれらをどう報じているのか。いくつかのニュースサイトを見たが、出ていないのだ。私の検索能力の問題はもちろんある。が、ニューヨークでのフレルスフ大統領の動向として、ブータンの国王に会ったとかハイレベル会合でフレルスフ大統領が演説したなどはある。しかしながら、岸田首相との会談については何もないのである。やはり防衛装備品のことなんか、危なすぎて報道できないというこなのかもしれない。何も決まってないことを大げさに発表したのは、岸田首相のプロパガンダであることは間違いないだろう。
2024.09.26
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やっぱり、プーチンがモンゴルに来てしまった。意外というか、思った以上に日本国内で報道されている。日経新聞など普段は大してモンゴル関連を扱わないのに今回はしっかり書いている。だが記事の分類はウクライナ関連である上にプーチンの訪問目的すら書かれてない。つまり関心事はただ1つ、国際刑事裁判所(ICC)から出ている逮捕状に従ってICC加盟国であるモンゴルがプーチンを拘束するかどうかだ。当然のことだが拘束なんてできるはずもなく、プーチンを大歓迎する様子がテレビやネ界中に広まった。単に放送されただけでなく、スフバートル広場でモンゴルはロシアが大好きであることを見せつける式典を含め、2日間にわたってNHKのニュースにモンゴルが出るなどとは記憶にない。大きく広まっただけではなく、ICC違反国第一号として認知されたことが問題なのだ。既にウクライナは怒っておりEUも懸念を表示している。多くの国にとっては、スフバートル広場での様子はベラルーシのそれと変わらず、ロシア側に立ったことの表明式に見えたであろう。今回の訪問の目的はハルハ河戦争85周年とか中露ガスパイプラインなどと言われているが、プーチンの代理でも間に合う話で代償はあまりにも重い。民主化後、歯を食いしばってコツコツと積み上げてきた民主主義国としての実績が崩れた瞬間にも見えた。フレルスフが「常に中立政策を維持」だって?だったらICCに加盟しなければいい。「いやいや、あの時はそう思ったんだ。だけど今はそう思わない、自分の気持ちに正直なだけなんだ。」と平気で噓をついたモンゴル人を思い出した。フレルスフは大変なことをしてしまったという自覚もなければ、大きな代償を伴う決断をするという認識もなかったのだろう。モンゴルの民主化後史上最悪の大統領と言える。ある意味この30年間でモンゴルが世界的に一番注目された時だということは、大変な皮肉である。今後のモンゴルが心配でならない。アメリカが余計なことを言わないのを祈るばかりだ。
2024.09.03
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日本は災害大国なんだとつくづく思う。テレビはパリ五輪報道を7月下旬から連日続けた後は、宮崎県の大震災をきっかけに南海トラフ地震をこれでもかと毎日放送した。その後は台風5号以来10号まで、情報番組の大半の時間が台風情報に費やされている。確かに我が国は地震大国であり、どこに住んでるいかに関わらず常に防災を意識しないといけない。だが南海トラフ地震関連となる普段は出ることのない地震学者らが、これでもかと国民に注意を与える。例えば「地震注意報が終わっても常に枕元には靴を置いて寝てください」。このありがたいご注意をいただいてからまだ1か月にもなりませんが、これを実行してる人はいますか?まあ我が国民はこんなことで目くじらを立てる人はいまい。私が問題にしているのは訪日外国人観光客である。今回の地震報道は必要なことだし、南海トラフ地震との関連性の有無もいいだろう。だが途中から各局とも地震学者が出るようになると南海トラフ地震の方がメインになってきた。これは当然のことで、現地の震災情報についてはテレビ局の方が詳しいので、学者は南海トラフ地震のことしか話せないのだ。私はあまり地震学者の話は信用してない、というか気にしてない、というか彼らは過去のこと以外に何も言わないのだ。以前ある日本の地震学の権威と言われた方、京大名誉教授?だったかな?、政府の地震予測プロジェクトのリーダーをされてた方が退任した時に言われたことを思い出す。「地震の予測なんてできないんです。政府から巨額の研究費を出していただきながら、予測については何も成果も上げられなかったのが残念です。わかるのは過去だけで、未来はわからないんです。」と涙交じりにも見えてしまうほど残念そうに語った。私は今回の地震で登場した各大学の諸先生の発言を注意して聞いたが、確かに予測はなくあるのは過去分析からの延長だけだった。「江戸時代からの記録を見るとXX年の周期で、、、考えられます」「今後30年以内に来る確率は、、、」など、過去からの分析結果だけで、数か月先の予測もない。それは仕方ない、研究費をかければ何でもできるわけではない。問題は南海トラフ地震の叫びすぎだ。諸先生らは予測ができないから「水や食料の備蓄が大切」とか「避難経路の確認」など、大学教授を呼ぶほどでもない当たり前の話をする。南海トラフ地震を叫び続けることでどんな悪影響があるのか?それは訪日外国人観光客つまり政府の掲げるインバウンド増加に大きな影響がある。日本国内での地震報道は適切であるし、その度に英語でも報道された。能登半島地震のよう大きな被害があった地震でもインバウンドへの影響は、全国的には限定的であった。しかしながら、南海トラフ地震は違う。日本地図の半分を覆うような被害予想図にはインパクトがある。これが今回の地震地域なのか数年以内に起こるのかもわからず、南海トラフというインパクトある名前と共に拡散していく。大学教授の中には「今後訪日を希望する外国人観光客には、地震対策備品を持参する旨告知したほうがいい」と言い出すものまで。やっぱり大学教授というのは、世の中のことがまるでわかってない。ま、「外国人が日本大好き」というテレビからの知識程度なのだろう。世界の旅行業界は競争しているのだ。現状では円安や安全、食べ物などで一種のブームになっているが、ブームなんてちょっとしたことで変わる。現に今は南海トラフへのネガティブな問い合わせが増えており、予約がなかなか確定しないという。特に欧米人への影響が懸念される。遠い日本に来る彼らには中南米、アフリカ、アジアと選択肢はいくらでもあり、日本は選ばれる立場なのだ。更に南海トラフを叫び続ける先生に聞きたいのは「so, what」、つまり「それはわかった。だから何?」です。つまり国民は明日から何をすべきなのか。備蓄や避難云々はわかるがそれは以前から言われていることであり、30年以内にXX%を発表した時と同じ内容である。つまり地震予測ができないのであれば南海トラフを叫ぶメリットより、インバウンドへのデメリットの方が大きいと言えるのではないかと思う。
2024.09.01
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モンゴルに関する確認できない情報が出ている。1つは中露ガスパイプラインに関する記事だ。これは欧州からの制裁で困っているロシアと天然ガスを安値で買いたい中国とその通過料が欲しいモンゴルとの思惑が一致して、ウランバートルを含むモンゴルのど真ん中にパイプラインを敷こうというものだ。記事はモンゴルの今後3年間予算の中にパイプライン建設費が入ってないとロシアが怒っているというものである。私はロシアが何で怒っているのかよくわからなかった。モンゴルが自前で建設費を出せるはずはなく、中露が出すのが当然のことだからだ。モンゴルもプロジェクトに賛成と書いたが、それを賄賂の収入源にしたい政治家のことで大多数のモンゴル国民は反対している。そんなもの作ったら未来永劫中露に頭が上がらない国となり、両国に支配されて続けるからだ。そんなところに、驚きのニュースが入ってきた。それは9月3日プーチンがモンゴルに来るというものだ。従来的発想ならパイプラインの件で怒ったプーチンが一喝に来るというものだが、今回はフレルスフ大統領からの招待だということで国民は一層怒っている。しかしながら、国際的関心事はそこではない。本ブログ2023年3月18日付け「プーチンに逮捕状!どうする、モンゴル⁇」の内容が現実になったのだ。ウクライナ外務省は8月30日に、モンゴルに対して国際刑事裁判所{ICC}の逮捕状に基づいて訪問したプーチンを拘束するように求めた、のである。モンゴル政府は一体どこまでバカなのだろうか?モンゴルはICCの加盟国なのを忘れたのか。フレルスフ大統領がプーチンを招待しておいて逮捕したら、翌日にはミサイルが飛んでくるかも知れず逮捕なんかできるはずない。モンゴルはプーチン逮捕状に関して、世界初の違反国になるつもりなのか。これはモンゴルが中露側に付き、民主主義陣営を離れたと見なされることになるが、それでもいいのか?モンゴルの細かい事情なんてだれも気にしない。ほとんどの国は「ああ、また旧社会主義国が中露側に入ったな」で終わりだ。どんな言い訳をしても、国際条約違反は事実なのだから。モンゴルはベラルーシみたいな国になりたいのか。そうなると、どうなるのか。欧米日との外交は大きく変わるだろう。まずアメリカはモンゴルを敵対国と見なすだろう。今後は援助どころか最恵国待遇の関税だってなくなるかもしれないし、ビザ取得にも影響があるかもしれない。欧州はモンゴルをICC違反国と見なし。何らかのペナルティを課すだろう。日本も今までのようにはいかない。モンゴルの事情をある程度理解しても、違反国であり欧米の目を気にする日本は何もできないだろう。このように窮地に陥ったいや自ら墓穴を掘ったモンゴルだが、問題はモンゴル政府にその自覚があるかどうかだ。私はノー天気な人民党にはないと思っている。一体どうなるのか。フレルスフ大統領が急病で入院し、会談ドタキャン。或いは、会談場所をロシア側にするかだ。
2024.08.31
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前回の記事でモンゴルから日本への売り方に問題がある、と書いた。「売り方」というぼんやりした言葉を書いたのは、それだけ範囲が広いからである。マーケティングでの4Pより広いが、きりがないのでここでは4Pをベースに考える。4Pとは、Product、Price、Place、Promotionの4つのPを切り口にマーケティングを考えるというツールである。対象はモンゴルから日本に輸出できそうな消費財とする。最初はProduct製品である。カシミヤのように既にモンゴルで作られているものから、はちみつのように新たに日本向けに作られるものもある。既存製品ではやはりカシミヤであろうか。ゴビカシミヤは過去対日輸出に力を入れていたと聞くが、日本での知名度はほとんどなくニッチな存在だ。売り先は中小零細企業が多く、日本にはマーケティング機能も総代理店もないようだ。しかも安定供給はできてない。冬用のシーズン前に、「今年はほとんど供給できない」と言ってきたりする。ゴビカシミヤは自社店舗中心で、日本への輸出には興味がないのだろう。カシミヤでは何と言っても日本にはユニクロがあり、あの品質と価格に太刀打ちできるものはないようだ。モンゴル産で「地球に優しい」とか「環境に良い」などのカシミヤを売りたいとの相談はあっても、それを証明する検査結果はなく製品の差別化は難しい。はちみつの場合も日本で「天然」や「純粋」とラベルに書くにもいろいろな基準がある。チャッツラガンや岩塩もそうだが、製品に関しては「モンゴル産」以外の差別化要因がないのが実情だ。更に言えばはちみつの入った瓶の蓋から中身が漏れて検品で不合格になったり、消費者からのクレームも多かったようで品質問題もある。次はPrice価格である。これが最大の問題と言えよう。私が見た製品のほとんどは競争の厳しい日本市場ではモンゴル製品は高い、というより非常に高い。日本は49か国からはちみつを輸入しており、市場の大半を占める中国品の輸入価格がkg当たり300円で全輸入品の平均値は500円である。この中でモンゴル品は一番高く5,580円と、北欧のプレミアム品よりも高い。私は輸入当初にスーパーの店頭を見てそんな価格では売れない、というよりスーパーでは扱ってもらえないと思った。そもそもそんな高い価格で日本で売れるとなぜ考えたのかがわからない。日本への輸出を検討した環境に良いカシミヤも、「輸入」価格がゴビカシミヤの「小売」価格よりも高く諦めた。岩塩も日本には北米中南米、欧州、アジアから輸入されており、モンゴル産の価格競争力は小さい。次はPlace売る場所である。上記のように商品差別化訴求が難しく、価格競争力がない場合は残念ながら大手スーパーで扱われるのは困難だ。例外的に以前チャッツラガンの飲料水を大手スーパーで売られたことがあり大いに期待したが、最初の出荷だけで終わってしまった。一つはチャッツラガンの良さを訴求できなかったこと。身体に良いことの裏付けがないと、大手スーパーでは宣伝できない。もう一つは価格だ。スーパーでは標準価格500mlで160円程度の飲料水が68円で売られてたりする中で、ml単価で10倍近く高いとなると厳しい。結局のところ現在日本で売られているモンゴル製品の多くは、中小零細企業による通販がほとんどで売上は小さい。そうした状況なので、4つめのPromotion販売促進に金をかけられないのである。あるカシミヤ企業は日本の展示会に日本語のパンフレットすら用意してなかった。当然ながら多くの場合はメーカー専任の輸入担当者やマーケティング機能を日本に持つことはできず、日本の輸入側にお任せとなる。4Pを見ても明らかだが、現状ではEPA締結後でも満足できるレベルの消費財輸出はなかなか見当たらない。またロットが少ない故に物流コストが割高になってしまうハンディも大きい。じゃあどうしたらいいのか、ということだ。現状では個別企業の努力だけでは難しいだろう。国際的基準の検査機関の整備、物流コストの低減は対日輸出には、最低限必要であろう。もう一つの可能性は、以前書いた薬草を求めた製薬企業のような要求に対応できる体制を持っていれば、日本側からのにニーズに応えることで大きなビジネスになる可能性はある。それがどんな企業かは、あるいはその有無については不明であるが。
2024.08.22
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モンゴルから日本へのはちみつの輸出に関する記事を見つけた。著者は西山亜希代氏でJICAの方だ。その記事を読んで過去の私の経験と重なる部分が多く、モンゴルから日本への輸出の難しさを再確認した。2016年に両国間でEPAが締結された。「日本はモンゴルの何が欲しいんだい?」モンゴル人ビジネスパーソンは気楽に聞いてくる。要するに、EPAは日本人が欲しいものがあるから締結したと思っているのだ。ここで気軽に「カシミヤかな、岩塩かな」などと言おうものなら、「OK、どのくらいの量を欲しいんだ?すぐに手配するよ。」と言いそうな勢いであった。私は日本へモンゴルからの輸出に関する相談を、モンゴル人と日本人から何度も受けた経験がある。日本人はモンゴルからの輸入は難しそうという前提で来るが、モンゴル人の多くは楽天的である。これは仕方ないこともある。モンゴルからの輸出品の多くは、相手国が望んだものを輸出してきたからだ。石炭などの鉱物資源は典型だ。資源開発のための資金と技術は外国企業がやり、産出物は中国が喜んで買う。それに次ぐカシミヤは製品ではなく、ほとんどが中国や欧州からの「原毛買付」なのだ。だがこれらの輸出のほとんどが低付加価値のままである。石炭は鉄になって、カシミヤはセーターになって高付加価値品となるのだが、そんなことはモンゴル側もわかっている。だがその売り方がわかっていない、のが現状なのかもしれない。売り方と書いたのは、日本への輸出方法から日本での流通やマーケティング全部のことであるが、それらがほぼ全部できてないのが現状のようである。これらは問題が多すぎるので別の機会に書くこととし、今回はモンゴル側の根本的問題を1つ書く。それは検査機関の問題である。ほとんどの輸入国には輸入品に対して品質基準などの要求事項がある。一定の条件下での成分量や原産地国の品質証明書などが必要となる。日本は60か国以上からはちみつを輸入しているが、全てに適用されている。しかしながら、モンゴルには国際的に認証されている公的検査機関がないのである。認証どころか、検査能力が十分ではない上に、輸出向けの経験もほとんどないようである。今回のはちみつの場合はアメリカや日本の検査機関にも依頼したようだが、その度に多大な時間とコストがかかったという。だがその後の関係者の努力もあり、モンゴルの検査機関が日本から認証されたようだ。しかしながら、日本に届いた検査表はモンゴル語であったという。。。検査機関には、そもそもの検査能力の問題がある。以前日本の大企業から漢方薬の原料輸入の相談があった。その企業は中国企業経由でモンゴル産を買っていたが、直接輸入して取引の拡大を望んでいた。モンゴル産の品質の良さが認められてのことなので、これは良い取引になると喜んだ。問題はモンゴル側の姿勢と検査能力である。薬の原料になるものだから検査は大切だが、そもそも検査機械がないとか、OO大学に機械を持ち込んでも使えないなどなど、できない理由はきりがない。「モンゴルの薬草は昔から使っているから、日本人にも安全だ」とか「日本人はうるさい。中国人はそのまま持って行く。」など輸出意識がないから、中国人に安く買いたたかれ「これはモンゴル産ですよ。」と高値で日本に輸出されるのである。結局その日本企業は「こんなにやってもできないなら、直輸入は諦めて中国経由で買います。中国なら簡単にできる検査なんですけどね。」と諦めた。EPA締結はいいけれど、こうした輸出に必要な基盤整備が必要だ。第1号案件で何年間もかかった結果が、今後の輸出継続は難しいという。モンゴル語ペラペラの日本人のIさんがやっても大きな壁がある。検査機関の整備は喫緊の課題である。JICAは企業同士のお見合いパーティーもいいけど、こうした問題の解決を優先してほしい。
2024.08.19
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小林製薬が揺れている、というか創業以来の危機と言える。起こってしまった問題についての技術的なことは不明なので、ガバナンスの側面を考える。小林製薬は製薬と名前がついているが、その歴史と事業内容において非常にユニークな会社だ。創業は明治時代の伝統ある会社で創業地は愛知県である。その後武田薬品など日本の有名製薬会社が集まる大阪の道修町に移転してきた。当初はメーカーではなく、薬問屋だった。メーカーと顧客の間に挟まれて薄利なのはいつの時代も同じである。「いくら働いても儲からんで、辛ろうて辛ろうて。」という状況を脱したく、自社ブランドを持とうと、大きく戦略を切り替えた。とはいえ薬品の開発は簡単ではないし、技術力もない。そこで目を付けたのがトイレタリー分野で、花王などの大手がやらないすき間分野であった。企画、販売は自社でやるが、製造は下請けとした。「ブルーレット置くだけ」「さわやかサワデー」「トイレその後で」など、耳に残るネーミングと上手いテレビCMで会社は急成長した。その企画からネーミング、CMまでほとんど一人の男がやっていた。それが1976年に社長になった小林一雅氏である。彼は正にスーパースターである。社長就任後も、ヒット商品を連発し続けた。彼がすごいのは、どこかのオーナー企業企業みたいに部下がやった仕事に余計なアドバイスしたり文句言ったりするのではないのだ。社長自ら商品企画からネーミングまでやりこなし、それが実際にヒットするのだ。そんなスーパー社長も世代交代を考え、2004年に社長を退任する。息子の小林章浩氏はまだ若かったので、実弟の小林豊氏が社長を継いだ。小林一族が経営陣に多いので、社員には一雅氏はKさん、豊氏はYさん、章浩氏はAさんと親しみを込めて呼ばれている。ここでもそう呼ばせて頂く。Kさんは会長になったのを機に、マーケティング機能を全面的に若手を中心とした部門に任せたいと思った。自分がいなくても、ユニークな商品開発が続いて欲しいと本気で願っていたのだ。だが実態はそうはいかず、若手が企画のアドバイスや判断を会長のKさんに聞きに行くのだった。まだ実質的決定権があったわけではないのに。企画担当者は言う。「Kさんに聞くと本当に納得できる答えが返ってくるのです。」「権限規定とかじゃなく、マーケッターとして私たちとレベルが全然違うのです。」本気で先輩に学ぼうとする姿勢は良いが、残念ながら追いつけない。この頃からヒット商品が出なくなった。ヒット商品が出にくくなったのには2つの理由が考えられる。1つは30年近く新商品開発を一人が担ってきたので、組織としての開発能力が低いこと。もう1つはニッチ市場にユニークなネーミングで参入した競合が増えたことである。ガバナンス面でも課題は続いた。30年近く会社を成長させてきたのはKさんのリーダーシップによるものであり、現在の小林製薬の実質的創業者であることは誰もがわかっていた。だから経営面でも社長のYさも含めて、重要な課題では皆がKさんの発言を待った。要するに、会社の生命線である商品開発と経営の重要事項の決定についてはKさん頼りから抜けられず、基本的構造は変わらなかったのだ。そしてそのまま2013年にKさんの息子のAさんが社長に就任した。今回の事件が起きた時の社長である。前社長のYさんは会長にはならず退任し、Kさんが会長を続けたところにもこの会社の本音が見える。息子のAさんは社長と言っても、とても父親の顔色を見ずには何も決められないだろう。今回の事件の調査報告書には、「Kさんの責任は重い」とわざわざ書いてある。だが、会長は退任するKさんは特別顧問になる。結局何があっても全てはKさん抜きでは、会社の舵取りができないということだろう。新社長は小林家に忠実な番頭さんのようだ。Kさんは、外部からの想像されるほどワンマン会長ではなかったと思う。しかしながら結果として半世紀もの間、経営の中心にいた責任は重い。中内氏後のダイエーを思い出す。カリスマ経営者の後はいばらの道が多い。小林製薬の行く末が心配である。
2024.08.10
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岸田首相のモンゴル訪問について、相手国のことを考えてないと言ったのでその理由を書く。日本の首相の訪問は、モンゴルはいつだって大歓迎だ。もちろん海部首相から安倍首相までいつもお土産を持って来てくれたのも事実だ。しかしながら、一方ではモンゴル側も少しずつ変わってきている。「日本との外交関係は非常に重要だが、もうそろそろ普通の関係になるべきではないか。日本がフランス行ったり韓国行くのにお土産がないと、訪問できないなんてないでしょ?モンゴル側もいつまでも、お土産を待つのは恥ずかしい。普通に行き来できる関係になるべきだ。」との声が出ている。もちろん、お土産というのは資金援助のことだ。とは言ってもモンゴルにとっての外交は非常に難しいものであり、日本首相にはある程度は理解してほしい。アメリカをはじめとする西側諸国が一番敵視するのは中露であるが、モンゴルはその2国に挟まれているのだ。どんなきれいごとを言っても、それは変えられない事実なのだ。で、今回の防衛装備品協定締結だ。モンゴルは岸田首相が唱えるインド太平洋なんちゃらの意義は理解しているが、はっきり言って内陸国のモンゴルには関係ない。台湾海峡が封鎖されても、モンゴルには物流としての影響は大きくない。モンゴルにとって航空路以外のすべての物流は中露からの陸路だけである。なので日本が何を言おうと生命線は中露であり、この両国には「法による秩序」など通用しないことは日本政府も知っていることだ。防衛装備品をモンゴルに供与するというが、どの敵国から防衛するのか。中露以外にありえないだろうが、モンゴルは中露と一戦を交える気は全くない。むしろそうならないように中露相手にバランス外交を取るのが最重要なのだ。岸田首相は「中露と接するモンゴルの防衛力強化」とあからさまに声を上げる悪影響をわかっているのか。「モンゴルは両国にエネルギー、物流で依存しすぎ」とその通りだが、日本が一体何ができるのか。中露はモンゴルにちょっとでも気に入らないことがあれば、なんでもできる。零下30度の真冬にロシアからの電力が来なくなる、ガソリンが来なくなる。中国から食品が来ない、対中石炭輸出がストップする。日本からモンゴルへの輸入品が天津港で動かない、など全部過去に起こったことだ。それに対して、日本は何もできないではないか。そもそもその防衛装備品はどうやって送るのか。仮想敵国中国に対する防衛品を中国経由で送るという矛盾がわからないのだろうか。モンゴル側としては防衛装備品はあった方がいいが、供与は秘密裏にやってほしい。どうせ無償供与してくれるなら、他の事業に使ってほしい。ODA対象国ではないのは承知しているが、空港拡張などの前向きな資金需要はある。岸田首相には相手国の事情やニーズなんか知ったことではない。例の使い道不明のまま大幅に増額した防衛費バラマキの一環で、日本やアメリカ向けに大きな声を出してモンゴルに協定を押しつけていのだろう。要は自己満足のパフォーマンスでしかないのだ。今回のモンゴル訪問の詳細は日本の外務省モンゴル課を飛び越えて、防衛省指揮下で決めたのだろう。だからモンゴル外務省も大統領のアポイントメントは取ったものの、訪問目的がわからなかったに違いない。9月には新しい首相に代わって欲しいという多くの国民の願いが実現すること祈るのみである。
2024.08.07
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岸田首相の動向が不明だ。政治の話ではない、今週モンゴルに来るのかどうか、だ。先週日経新聞に岸田首相が中央アジアを訪問するとあったが、お盆休みに親善外交かと感じたくらいだった。が、週末に来たモンゴルからの問い合わせは、「岸田首相はモンゴルに何しに来るのか」であった。私は、「中央アジア訪問は知っているがモンゴルについては書かれてない」と答えたが、モンゴル側の情報源からすると確かな情報に思える。で、ネットで調べてみると、6月に「8月にモンゴル訪問を検討している」という記事を見つけたが、それだけだ。アップデートされた記事はない。もしかして今週のモンゴル訪問は既に発表されたのかもしれないが、その場合は私の不明をお詫びする。モンゴル側の情報源からするとかなり正しそうなので、岸田首相は近いうちにモンゴルを訪問するという前提で書く。中央アジアのついでの表敬訪問なら、新聞を通じてそう発表すればいい。北朝鮮問題だということはわかっているが、それならいつも通りで「よろしくお願いいたします。」「わかりました。全面的に協力します。」で終わりだ。訪問を隠す必要はない。ギリギリまで言えない隠し玉があるのか。北朝鮮の動きからは、それはないだろうとのこと。モンゴル側からは、「やっぱり9月の総裁選に向けたパフォーマンスだけなのか」とのこと。と書いてたら2時間ほど前に、岸田首相モンゴル訪問とのニュースが流れた。目的は防衛装備品協定の締結とのこと。やっぱり岸田首相は自己チューで、相手国のことは全く考えられない頭悪い人だということがよくわかった。その理由はまた今度。
2024.08.05
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連日、テレビはパリ五輪を放送している。それを見ながら、オリンピック競技の国際性とローカリテイについて考えた。競技選びにはいろいろな基準がありその詳細について知る由もないが、大まかな推測は付く。それは新規参入と退出競技についてである。新規競技はX競技のように新しいスポーツで米欧日などで人気があるものが選ばれるのはわかりやすい。問題は退出競技だ。競技数全体では増えているとはいえ、今後も新規競技が増えることを考えれば青天井というわけには行かないだろう。野球が東京やロスアンゼルスの時だけなのに対して、ホッケーが定番競技なのは競技人口や地域的広がりに圧倒的な差があるからだろう。ここでは、柔道の地域的広がりへの貢献について考えてみたい。まず柔道が国際的と断言できるのはフランスのおかげである。今や柔道の実質的中心地はフランスだと思う。パリの街を歩けばそこここに柔道の道場が目に入るが、東京では見たことない。日本は学校でやるというとの反論もあろうが、あれは自学生だけの閉鎖空間でしかない。しかも、競技人口はフランスの方が多いのであり、オリンピック団体戦でもフランスが金だから、議論の余地はない。柔道に必要なのは、あとは地域的広がりだ。ここで注目したいのが中央アジア諸国である。私は柔道の試合ではモンゴル選手にも注目しているが、東京五輪からは中央アジア選手の活躍も見ている。まだ五輪期間途中であるが、モンゴルにカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンを加えた獲得メダル総数11個のうち柔道は8個である。しかもカザフスタン以外はすべて柔道のメダルなのだ。私はモンゴルと中央アジアの活躍には2つの意味があると思う。1つは、柔道の国際性の証明である。日仏で人気がある程度では、日米で人気の野球とかわからない。遠く離れた中央アジアからも多くのメダリストが出てくるほど、そこでは柔道が普及していると言える。これは地域的な広がりとしての国際性があると言えるのではないか。もう1つは、中央アジア諸国のオリンピックへの参加意欲である。国民にとっても、ただ参加するだけで勝てる競技が一つもないのでは興味もわかない。ジョージアなどのコーカサス地方を含めて、ユーラシア内部には多種多様な格闘技があり、強い格闘技選手は多くいる。だが、それぞれ地域に根差した格闘技種目ではオリンピック競技にはなれない。良い例が元横綱白鵬のお父さんのムンフバトだ。彼はモンゴル相撲ブフの大横綱だったが、いくら強くてもブフではオリンピックには出られない。なので彼はレスリングで1964年の東京オリンピックからなんと5回も連続出場し、メキシコオリンピックでは銀メダルを獲得したのだ。彼はは当時まだ社会主義体制であったモンゴル初のオリンピックメダリストとなった。このように、中央アジアやコーカサスで伝統的な格闘技で強い選手らには、レスリングや柔道はオリンピックで活躍できる貴重な競技種目なのだと思う。柔道がこれらの地域への広がりによってその国際性が証明されるのと同時に、これらの地域の格闘技選手にレスリング以外のオプションを与えたという意味では大きな貢献をしているのではないかと思う。それにしても白鵬のお父さんはすごい。大横綱の大鵬といえども、現役横綱のままレスリングでオリンピックで勝てただろうか。そう考えると驚くべき順応力だ。しかも最初に出た東京オリンピックでは、出場の数か月前に出るように言われたそうで、レスリングのルールを覚えるのに必死だったそうだ。その息子の白鵬が強いのは納得である。
2024.08.04
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旧日本電産、現ニデックのCMについてだ。ネット上には賛否両論いろいろ書かれているが、私の見る限りでは圧倒的に否定的コメントが多い。ダサい、川口春奈がかわいそう、など厳しいものが並んでいる。私も同感する部分も多いが、ここではそれに乗って論評するつもりはない。ネット上のコメントをいろいろ読んだが、ほとんどがCMの内容についてであって目的については全くない。目的を別の言い方をすれば、何のために高い金を出してテレビで流しているのか、である。テレビのCMのほとんどが消費者向けに自社商品を売ることが目的である。ではニデックは一体、誰に向けてCMを流しているのか?ネット上にはこの視点が全くないので、スポーツのルールを知らない観客が騒いでいるようにしか見えないのだ。偉そうに言うつもりはない。単に視点の問題だけだ。ニデックは小型モーター事業では世界一の会社であり、数多くの企業買収を成功させて成長してきた企業グループである。製品の販売先は自動車、電気、機械などの業界であり、消費者に直接売ることはほとんどないし、このCMは製品販売が目的でもない。。なので、広告のターゲットになっていないようなネット住民からの批判は、まあどうでもいいと言える。ニデックのCMの目的はおおまかに2つあると推測される。1つ目は、新社名を周知することである。社名変更による新社名の広告はよくあることだが、みずほ銀行やJTなどの消費者向け企業が多い。ニデックは旧社名の時から、企業規模の割には一般的な知名度が今一つだったことから、社名変更を機にCMを出したのだろう。2つ目はリクルーティングであり、こちらの方がより強い目的であろう。最近、b2b企業つまり企業向け販売を主力にする会社に広告を出す傾向が多く見られる。例えば日本製鉄やJFEなどの大手製鉄会社には、以前ならば黙っていても一流大学の金属関係の学生が応募してくれた。しかし今はAIやSDGs対応事業に必要な電子や環境など、今までとは違う学科の学生が欲しいという背景がある。更には、学生よりも即戦力としての転職者をより求める場合もあろう。つまり、リクルーティングのターゲットは、就職する学生と転職者なのである。で、ニデックのCMである。上記1つ目の目的は半分くらいは達成できたかもしれない。業界関係者以外には知名度が低かったが、変なCMの会社ということで多少は名前が知れただろう。なのでネット住民に多少内容を批判されても、騒いでもらって知名度が上がればそれで充分なのである。だが何をやっている会社かわからないので、イメージもなくすぐに忘れられるだろうが。だが、ニデックにとってより大事なのは2つ目のリクルーティングである。つまり、ターゲットは新卒者と転職者なのだ。ニデックを一代で世界的な企業にまで築き上げた現会長には、リクルーティング市場で人気がないことが永らく不満があるように見える。それは、「こんなに高収益でやりがいのある仕事がたくさんある立派な大企業なのに、なんで新卒採用や転職市場で人気がないのだろう」ということである。「本社が京都だからか、いやいやオムロンや任天堂は人気がある。」とすると、「やっぱり知名度が足りないのか。じゃあ人事部に作らせるか。」となる。普段は広告代理店とは大きな取引がないb2b会社なので、電通を呼んで会長直轄で作らせたのであろう、というのが私の推測である。広告素人のオーナー会長を説き伏せれば、あとは電通のやり放題で出来たのがあのCMなのだろう。広告に長けたサントリーが、電通に丸投げしてあんなCMを作るはずがない。以上の考察をベースにニデックの今流れているドライヤーを使ったCMを評価する。ターゲットは新卒者と転職者だ。まずはニデックを知らない人へ。私の周囲の一般人らに「これは何の広告か」と聞いた。一番多いのがドライヤーの宣伝で次が「わからない」。小型モーターの会社との声はゼロ。いくら社名を叫んでも何の会社かわからなければ、ターゲットは興味を示さない。なので評価は0点。次はニデックを知っている人で、これは重要なターゲットだ。ニデックの狙いは主として理系の学生や他企業で働いている技術者の獲得だ。「ニデックは世界一の小型モーターの会社らしいが具体的にはよくわからない」という人たちも含まれる。ターゲットの人たちの視点で考えよう。「ニデックのCMを見た。最初はよくわからなかったが何度か見ているうちに、全体像がわかってきた。社名を覚えてもらいたと同時に、自社製品を見せる広告なのだ。自社製品とはさすがにドライヤーではなく、その中で使われている小型モーターのことなのだろう。」「自分はドライヤーに使われるモーターの設計や開発に興味があるのか」と自問してみる。「ドライヤーメーカーの下請け会社なのかも。少なくとも世界一の小型モーターの会社で最先端の製品を開発しているようには見えない。ちょっと違うかも。」広告代理店側こう言うだろう。「いや、この前のCMでは電気自動車など多様な用途のモーターを見せたので、シリーズ第二弾はシンプルにしました」と。確かに前のはごちゃごちゃしてモーターの会社であることすら、ニデックを良く知る人以外には分かりにくい内容だった。ニデックの名前は知っているというターゲットに、そこで働いてみたいと思わせたか、が一番大事。少なくともモーターの会社だと伝わった可能性はあるが、国際的なEV向けモーターとかのもっとすごい会社だと思っていたがドライヤー向けモーターの会社なのか、との逆効果もあるので評価は10点。変なCMと多少なりとも話題になったのであれば、総合点でせいぜい30点か。CMとは別に、この会社は確かにリクルーティング市場で人気がないのは事実だが、理由は言うまい。
2024.07.30
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「佐渡島の金山」ユネスコの世界文化遺産に登録決定!とのニュースが流れた。私の生まれ故郷が世界文化遺産になることは、素直に嬉しい。無論本ブログで何度も書いているように、心配事は多いが。特にお祝いを伝えたいのは、長年招致活動をしてきた佐渡の地元の方々に対してである。長い間の招致活動は山あり谷ありで、決して平坦な道ではなかった。数年間の招致活動の後、2010年にユネスコの暫定リストに載ったところまでは良かった。その後は、後から申請した国内他所に先を越され続け、申請してもダメ出しされたりで、先の見えない招致活動が続いた。招致委員の方々は佐渡と東京を、一体何度往復したのだろうか。何度も挫折し、招致活動はもう中止かと思えた時もあったが、世界遺産になるまで死ぬに死ねないという覚悟を感じた方もいた。私が出席したような会合でも、佐渡からの嘆願活動を何回も見た。我々みたいなとこへ来たのは招致ではなく協力のお願いであるが、もちろん誰も何もできない。佐渡金山にはあまり関心を見せない首都圏在住の新潟市出身者らを前に、老骨に鞭打って頭を下げ続ける佐渡から来た方々を見て涙した。自分に流れている佐渡の血を感じた瞬間でもあった。佐渡に多少なりとも関心を持っていただける方は、本ブログ左にある新潟、佐渡のカテゴリー内の過去記事を読んでいただければありがたい。
2024.07.28
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パリ五輪体操女子代表で主将の宮田さんが、飲酒、喫煙をしたとのことで五輪代表を辞退したとの報道があった。19歳の大学生である。処分か辞退かは大きな問題ではない。ネットには賛否両論が追いきれないほどたくさんある。主なものは、法律は法律で守るべきもので、特にナショナルトレーニングセンター横は許されない、など。反対側は、確かに未成年者の飲酒は法律違反だが、罪と罰が釣り合わない、いくらなんでも重すぎる、というもの。各論それぞれなるほどと思え、どちらが正しいなどとは軽々には言えないが、各意見を読んでいて気になることがあった。それは、内輪話と周りを気にしての話では、やっぱり違うんだ!ということ。言い換えれば、日本人の本音と建前みたいなものだろう。私はX(旧ツイッター)はやらないが、自由になんでも言い合える空間だと思っていたが、ネットニュースに転載されるような人たちはやり自分に制限をかけているのだろう。宮田さんは19歳の大学生である。これを読んだ時「俺はこの年齢のときは酒もたばこもやっていたぞ!」と素直に思った。そう思った人は多いだろう。しかしながら、Xとはそんな心に思ったことを素直に書いていい場所ではないのだ。特にコメンテーターや先生などやっている人たちには。若い世代はいざ知らず、今の50代以上で19歳の年齢の大学生を経験した男性のほとんどが、少なくとも酒かたばこのどちらかはやったことはあろう。新歓コンパやクラスの飲み会など私の経験ではほぼ全員と言っていい。今では私を含めほとんどの同級生は喫煙しなくなったので、今の時代感覚とはかなり違う。なので対象を50代以上と言っている。宮田さんの辞退については大学や体操協会に加え、有識者と呼ばれる人たちがコメントを寄せているが誰一人として「実は私もやってました」とは決して言わない。協会幹部?バリバリの体育会のあの時代の新入生歓迎会で酒を飲まないわけがない。例えば橋下弁護士。いつもは何事にもわかりやすい評論をズバッとしてくれるので人気だ。子育て支援の話では自分の家族の話をするほどオープンである。彼は早稲田大学卒業とあるが、新入生のころ、高田馬場辺りで飲んだことないと言うのだろうか?誤解しないでいただきたいのだが、私はここで有識者らを批判する気は全くない。弁護士はテレビやXでは制限速度40キロの道路を時速60キロで走ったことがあるとは言えない。評論家諸氏も今回の問題で、私たちの頃はみんな飲んでたけど今は時代が違うからなあ、などとは言えないのである。要するに、自分の経験談が仕事に悪影響はないか、素直に思ったことを述べて自分に不利益にならないかを意識しないといけない空間だということだ。こうまとめると、当たり前過ぎてなんか違う。例えば話題が、大学生のクラブ活動はどうあるべきか?みたいな一般論なら、出演者は誰もが自分の経験談を気楽に話すだろう。しかし、飲酒の話となると自分が19歳だった時の話は一切せず、法律か罪と罰の話だけなので議論が薄っぺらで血が通っていないのだ。大人は全員19歳を経験しているのに。今回の件でもう一つ感じたこと。それは罪と罰に関してである。要するに19歳の喫煙とオリンピック辞退との比較である。辞退と処分は違うとの声もあるが、19歳の少女のオリンピック辞退の背景すら察せられない情けない大人の意見は相手にしない。目の前に迫ったオリンピック辞退なんて、我々凡人が想像できるはずもない。幼い頃から全てを投げうって家族と一緒に目指してきたものが、一瞬で失われるのである。比べられるものではないが、凡人なりに多少なりとも感じられるシーンを考えた。オリンピックのスポンサー企業の幹部や元高級官僚で組織委員に天下りしているような人たちを想像して欲しい。彼らは子供の頃から塾などに通い一生懸命に勉強して、いい大学に合格したのだろう。そしていよいよ就職だ。親にも子にも、いい役所や立派な大企業に入ることが今までのゴールとも言える。優秀な彼らには第一希望先から内定が出た。官僚希望なら財務省か、民間企業なら三菱商事あたりか。どちらにしても家族は喜び、友達にも鼻高々だ。新社会人としての新居も手配済みだ。4月1月の入社式まであと1週間と迫った3月下旬に1本の電話がかかってきた。見ると、就職先からなので電話をとる。「内定取り消しです」との声。理由を聞くと「あなたは19歳の時にお酒飲みましたね。それは法律違反なのです。」と。それを言われた時の感覚が想像できれば、彼女の痛みの100分の1くらいは理解できるかもしれない。
2024.07.25
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パリ五輪の開会式と閉会式で選手が着用するモンゴル代表の衣装が今大会で一番美しい!とのネットニュースが出ていた。記事のネタ元は米CNNとある。衣装は確かにモンゴルを感じさせる。全参加200か国を比べたわけではないだろうが、一番美しい!と報じられるのは嬉しいことだ。英語圏のSNSでセンセーションを巻き起こしているとあり、多くの称賛する言葉が載っている。他にも多くの写真が載っているので興味ある方は検索してほしい。デザインはミシェル・アマゾンカ(本社ウランバートル)によるとあるので、これは会社の名前なのだろう。高級既製服とあるので、モンゴルでは既に有名なブランドなのかも。モンゴルの伝統文化を現代の光で表現するとあり、全くその通りだと思う。記事には衣装の説明には伝統衣装がベースにあるとかベストやローブなども書かれているが、肝心のデールという言葉がない。せっかく世界に発信できる機会に残念でならない。ナーダムに合わせてデールテイ‐モンゴルも開催されたようだが、CNNや他のネットニュース、SNSへリプライをしてほしい。そしてデールテイ‐モンゴルなどの写真を添え、パリ五輪NO.1開会式用衣装はデールという名前であることを世界に広めて欲しい。
2024.07.19
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国によるオーバーツーリズムの先駆地域として、全国で20か所が選ばれた。京都、浅草や箱根に宮島、更にはニセコなど、昨今の報道でインバウンド増加による混雑ぶりや土地価格上昇が有名である。ここになぜか佐渡が入っているのだ。佐渡以外の19地域については、インバウンド増加が想像できる。あの大混雑している日光でさえ落選したというのに、なんで佐渡が?この発表と同時に次回の追加候補も掲示された。その数なんと51もあり、日光はここに入っている。更によく見ると今回の指定の目的は、オーバーツーリズムの防止や抑制のためだという。私はここで私の生まれ故郷の悪口を書こうと思っているわけではなく、佐渡の観光産業を大いに心配しているのである。本心から言えば、佐渡がオーバーツーリズムになっているくらいの方が嬉しいくらいなのだ。私が知らないだけなのかもと思って、佐渡のオーバーツーリズムについて調べてみた。検索してもほとんど出てこない。あるのは素晴らしい佐渡の隠れた自然が、観光客が増えたら心配だという内容であり、現在たくさん来て困っているというものではない。公的なサイトを見ても、観光名所の紹介中心で観光客が増えて困っていると示唆するものはない。というよりもむしろ、まだまだどんどん観光客に来てほしいのである。佐渡は他の田舎と同じように、いや離島ということもあり他地域以上に人口減少と高齢化が進んでいる。同じ離島でも移住者が多いトロピカルな石垣島とは違う。私が子供の頃は島の人口は10万人を超えていたが、今では半減以下の5万人である。実際に島に行けば、本当に高齢者の割合が多いことに驚く。私の親族、遠い親戚も含めて考えても、ほとんど島にはいない。島には若い人が働ける仕事がないというのは、他の田舎と同じだ。そこで観光産業に期待がかかる。佐渡には観光資源もある。オーバーツーリズムとは言わないまでも、今回指定されたくらいだ、一体どのくらい増えているのか期待してデータを見た。答えは激減である。資料を見ると、1990年代半ばの年間観光客数120万人くらいだったのが一昨年は40万人を切っているのだ。コロナ云々が理由ではない。過去30年間に渡ってずーっと減り続けてきたのである。元々佐渡の観光業にはハンディがある。県外客にとっては、新幹線とフェリーで時間と金がかかりすぎる。ジェットフォイルもあるがこちらはさらに高く、都会の人には安いパックツアーで行ける沖縄の方が魅力的だろう。で、佐渡のオーバーツーリズムである。今の3倍以上の観光客を受け入れてきた実績があるのだからいくら来ても大丈夫と言いたいが、現実は全く異なる。コロナ禍直前に佐渡へ旅行に行ったことは本ブログに書いた。その時昔の記憶にある良さそうな旅館、ホテルを探すがない。要するに廃業したのだ。ホテル以外で美味しいお店でもと探すが、ない。賑やかだった飲み屋街もほとんどやってない。タクシーは町に2台とかで、夜はやってない。島一番の観光名所である佐渡金山のある相川地区でこの状況だから、他はもっとひどい。観光客が120万人から40万人に減ったというのは、観光インフラの多くが失われてしまったということなのだ。私がコロナ直前に行った時の様子からも観光客分析を見ても、現実的にはインバウンドの増加はほぼない。新潟県や佐渡市としては、佐渡金山が世界遺産になれば、インバウンドが増えるだろうという皮算用での申請であろう。百歩譲ってインバウンドが増えたとして、どうやって増える観光客を受け入れるというのか?金山のある相川地区の人口減少は佐渡全体平均よりも激しく、ほぼ7割減少である。観光関連の働き手はいなくなり、残るは高齢者ばかりである。消えた旅館、ホテルの再生は大きな問題だが、働き手の呼び戻しや街の再生はもっと大きな課題となる。時間もかかる。宿泊施設がなければ、インバウンドは来ない。来ないのに飲食店や働き手は戻らない。簡単には解決しない、鶏か卵か、である。はっきりしてるのは、佐渡の問題は京都やニセコなどで有名になったオーバーツーリズム問題とは違うということである。
2024.07.05
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時代は変わった。このブログで変化という場合の多くはモンゴルについてであるが、今回は日本である。それも従来なら思いもよらない分野である。それは運転免許証の学科試験をモンゴル語でも受けられるようになったというのだ。但し、私が見たのは神奈川県が6月28日から実施するというものである。なんで日本全体ではないのか。細かいこと言い出すと日本人でもわからないことが多いので、簡単に書く。受験資格など大きな方向性は国が決めるが、具体的な実施要項は各都道府県の警察が決めるのである。私が簡単に見たところでは、神奈川県の他に茨城県、愛知県でも可能のようである。他県も近いうちに対応するであろう。今回の規制緩和の特徴は、1種免許に加えて2種免許も可能だということだ。つまりタクシー運転手やプロのトラック運転手、更にはバスの運転手にもなれるということである。外国人のタクシー運転手はニューヨークでは珍しくない光景だが、日本もそうなるのかも。超保守的な警察が積極的に緩和に動くはずはなく、深刻な運転手不足のために国が率先して今回の規制緩和に動いたようだ。私のモンゴルでの運転経験から言えば、モンゴル式運転マナーを日本に持ち込むことだけはやめてほしい。
2024.06.30
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モンゴルでは最近韓国系のコンビニが増えており、モンゴルではビジネスで韓国系が強いようだとのネットニュースを目にした。また、少し前にウランバートルで北朝鮮と日本の当局者が秘密裏に会談をしたとのニュースを目にした。この時は、なんでこんなニュースが一か月近くたってから韓国から流れてきて、モンゴルから漏れてこないのだろう?かと思った。モンゴルのマスコミが鈍感なのか日本への関心が薄れているのかのどちらか、あるいはその両方であろう。私は少なくとも後者については、あたっていると思う。モンゴル人の日本への思いはやや複雑に変遷してきた。民主化後1990年代のモンゴルは、社会的混乱や経済的困窮に大いに苦しんだ。そんな時に最大の援助国として日本が現れた。モンゴルは中国とは違って、日本が援助していることを国民に伝えた。それらのことで日本は大人気になった。大いなる誤解を含めて曰く、日本は世界一の経済技術大国である、日本人はいい人ばかりで噓をつく人はいない。笑い事ではない、モンゴル人は素直にそう思ったのである。そして日本からは偉い人や企大業がたくさんやってきた。もちろんモンゴル人は大いに期待したが、いつになってもSonyもPanasonic、資生堂も来ない。世界に冠たる五大商社さえ、あるのは営業活動ができない駐在員事務所だけ。たまに目にする日本企業は日本人の税金で支払うODAの建設関連企業くらい。2000年代いわゆる‘00年代まではおしんやトレンディドラマの影響もあり、弱まりながらも日本人気は続いた。その間に、当初は見向きもされなかった韓国製品がじわじわ浸透してきた。‘10年代になると、ビジネスや人的交流など全てにおいて韓国が圧倒していた。‘20年代?もう話にならない差である。本格的進出を噂されて10年以上経てから資生堂がしょぼい店を出した頃には、韓流コスメが溢れていた。モンゴル最大の企業グループのトップは私に、日本企業とはもう会いたくないと言った。日本企業は話すだけで何も進まないということである。冒頭に書いたこのネットニュースにはそんな背景があることへの洞察は微塵もなく、最近モンゴルに行ったら韓国系コンビニが増えてますね、という旅行者の投稿記事のような内容である。こんなに期待されなくなった日本企業でも、コンビニはやはり別格であった。コンビニをやりたいと考えた複数のモンゴル企業は、最初にセブンイレブンへ、そしてファミリーマートもローソンへもモンゴル進出のお願いに行った。このコンビニ3社は、三井物産、伊藤忠、三菱商事と関係があるから、それぞれの駐在員事務所にも行ったかもしれない。結果は全て断られた。理由は推測だが、いつものように市場が小さいとか国土が広すぎる、などであろう。私はかなり前の本ブログにモンゴル市場は北海道に似ており日本のコンビニ企業には有望だと書いた。札幌とウランバートルは似たような人口であり、全体としては人口減少が続く北海道は500万人でコンビニ3000店。人口増加が続くモンゴルは320万人で本格的コンビニはまだこれから。どちらが有望か?北海道内店舗数はセブンイレブン1000店、ローソン700店、ファミリーマート234店でさらに王者セイコーマートの1100店がある。この激戦地ではセブンイレブンでさえ店舗数を減らすほどで、追従2社には利益も成長もなく単なる負け犬である。モンゴルでのCUは2018年スタートのわずか6年で300店となった。今期売上は前期比48%増加である。韓国CUにとっては海外で初の300店舗達成とのこと。なぜ達成できたのか?それは競合がいない市場での先駆者だったからである。日本市場で300店もの出店余地はあるのか?海外?喜んで出ていった中国で利益出ているのか?店舗数じゃなく利益で。なんだか昔の電機業界を思い出す。どの会社も成功したと思っていた、しかしどこも似たようなビジネスモデルで競争激化となり自滅した。CUはモンゴルでの成功を踏まえて海外進出を加速化するそうだ。また一つ、日本企業がモンゴルでやれそうな機会がなくなった。あと残っているのはあの会社くらいか?
2024.06.27
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恒例のIMDによる世界競争力ランキングが出ていた。モンゴル62位?いつの間にランクアップしたのかと驚いて見直したら、私の大きな勘違いだった。世の中の世界のランキング対象国はだいたい160か国くらいと思いこんでいたので、これは凄いとぬか喜びしたわけだ。実際の調査国数は67か国だったというのであるから、私の記憶力も怪しくなったものだ。昨年までは30年間ほどこの調査に協力してきた。この調査が始まったばかりのころは、日本からの回答数が足りないとのことで催促メールが来たものだったが、この調査が有名になってからはもちろんない。10数年前にモンゴルも対象国になってからは、そちらも協力してきた。最初のランキングは確か最下位かブービーではなかったかと思うが、60数か国しかない対象国に選ばれたことが素直に嬉しかった。今年のランキングを見てみると。モンゴルはアジア12か国中最下位で全体では62位だ。日本はインドネシアやマレーシアよりも下のアジア9位で全体では38位である、日本はもう先生役なんかできないどころか、立派なアジアの劣等生である。日本がこのランキングで1位に戻ることはないと思うが、モンゴルにはぜひ更なる上位を狙って欲しい。私自身もこんな短文を書くのに数時間どころか三日もかかっている。書いている途中で保存が消えたり、話にならない。また書ける時があれば、書けるかも。
2024.06.22
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本ブログを始めて丸15年経ちました。モンゴルでの生活から日本に帰国して13年経ちました。長い間読んで頂きありがとうございました。本年7月に大きな怪我をしてしまい、現在入院しており、両手が不自由なため本ブログを書くことが出来ない状態です。この状態がいつまで続くか分かりませんが、少なくとも年内一杯は続くと思います。ですので、あまり心配なさらないでください。また元気になったら再開するつもりでいます。みなさん、お元気でお過ごしください。田崎正巳
2023.09.03
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ネプコに行った日に「明日はネプコのパーティです。あなたも参加してください・」と、突然言われました。今回のモンゴル滞在であらかじめ決まっていたのは、在モンゴル日本大使館の小林大使との食事会くらいで、他はほとんどモンゴルへ来てからです。私は何度も「まだ私の滞在中の予定は決まっていないんですか?」と日本出発寸前まで聞いていましたが、モンゴルではなかなか事前に予定を決めるという習慣がほとんどないのです。私が何度も聞くと「ここはモンゴルですよ。事前に何も決めないのは慣れているでしょう?わかっていますよね?」と逆に諭されるほどです。遊牧民の習慣と言ってしまえばそれまでですが、確かにそういう傾向があります。仕事だからと強くプッシュして予定を決めると、逆に寸前にドタキャンを食らう確率が高くなるのがモンゴルです。モンゴルで仕事をする人は、この辺を十分に勘案の上、余裕をもってお出かけください。私の場合は、結局は予定していたことはほぼ実現し、結果としてはかなり忙しい滞在になりました。で、パーティというのは、郊外キャンプで飲み会をやるということでした。当初の「午後1時ごろウランバートルを出発する」は「午後2時に延期」となり、結局3時過ぎても「ホテルで待っててください」というスケジュール感でした。ま、この辺りは私も慣れているので、1時に出発なんて期待していませんでしたが。場所は、ナライハ方面の先にある巨大なチンギス像周辺のキャンプ地です。こんな感じで、草原の中のキャンプ地です。本格的な大草原とは言えませんが、ウランバートルから車で1時間も走れば、草原気分は味わえます。そこにテントを建てて、パーティをやるわけです。パーティの主役は、もちろん「ホルホグ」です。羊一匹を解体して、熱い石などで蒸し焼きにする、草原では一番のご馳走です。味付けは塩だけですが、シンプルで美味しいです。まさに「肉を食う」って気分になります。テント内の隣のテーブルではカードゲームに興じていました。こんな感じで、モンゴル人は週末に郊外へ出てリラックスするのが好きなんです。もちろん、お酒もあります。中国系のアルコール度高いお酒で始まり、あとはビール、ウォッカ、ワインにウィスキーなどです。テントの外でも飲み会が始まりました。こうした郊外へ駆けつけるのは、ランクルが圧倒的に多いのがモンゴルの特徴です。お酒が進むと、一人の人がギターを取り出して歌いだしました。最初は、ギター好きの社員かと思っていましたが、かなり上手いのです。で、よく聞いたら、このパーティのためにプロのシンガーを呼んだんだそうです。確かに上手いわけです。モンゴル語の歌から、ビートルズまで幅広いジャンルの歌を上手に歌っていました。こんな感じで、夜更けまで楽しみます。ほとんどの人たちは、予約済みのゲルキャンプで宿泊するようでしたが、私たちは夜遅くにウランバートルへ帰りました。短い「なんちゃって草原体験」でしたが、楽しかったです。
2023.06.30
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今回のモンゴル訪問の一つの目的は、私の本「Монголын бахархал」(モンゴルの誇り)の発表会に出席することにありました。それが6月28日NEPCOのオフィスで開かれました。NEPCO(ネプコ)というのは17年前に設立された会社で、今ではモンゴル最大の出版社となっています。スフバートル広場から南に向かって伸びるメイン通りが、右に空港、左にザイサン方面と分岐する交差点近くにある、新しいビルにありました。ここはビル上部に大きく「YAMAHA」と書かれており、1階にはバイクやボートなどが売られてました。ネプコはこのビルの9階にありました。会場には私の本と名前が映し出されていました。そのオフィスに、メディア関係者などが20人程度集まって私の本の発表会がありました。次にネプコの発行人(編集の責任を持っている人)ボルドバータルさんが最初のあいさつをされました。その後、モンゴルで最も売れたと言われる「Mongolian History」の著者であるバーバルさんからも挨拶がありました。挨拶では、面白い紹介の仕方をされました。「外国人が最初にモンゴルのことを書いたのは、マルコポーロです。その後、ロシア人やフランス人が書いたりしましたが、一番最後に書いたのがタザキマサミです!」と。いやー!「凄い紹介の仕方だな!まさかマルコポーロと並ぶとは!」と思いました。後で聞いてわかりましたが、バーバルさんは超有名人のようで、私の友人らに聞いたら誰もが知っていました。そして私からも挨拶をしました。内容は、この本を書くことになった経緯や、中身のいくつかの紹介です。特に「フレーフレー!」については、誰もが知っている言葉なのに、誰もが知らない事実を聞かされて、会場の人全員が大いに盛り上がり、途中から「フレーフレー!」コールが沸き起こるほどでした。更にモンゴルで有名なコラムを書いておられるツェンドドゥーさんから、モンゴルに関する本を3冊頂きました。その後、軽食を食べた立食パーティになりました。その間、何人もの方から本を購入していただき、サインをさせていただきました。こうした方々の影響力で、少しでもモンゴル人の目に留まってくれたら、大変嬉しいです。早速ノミンデパート(旧国営デパート)にある本売り場に行きました。本売り場に女性店員が二人いたので、「この本ありますか?」と写真を見せると、いつものように「バフグイ」(ありません!)と即答です。この本屋はウランバートルでも結構大きい方で、本もたくさんありますが、この店員さんらは「すべてを知り尽くしている」自信があるのでしょうか?日本なら「少々お待ちください」と言って、パソコンで調べるなり、誰かに聞いたりしますが、ここモンゴルではそんな面倒なことはしません。彼女たち二人は勤務時間中ではありますが、楽しく談笑していたのに、わけわからない外国人に聞かれ、何の躊躇もなく「それはありません!」と言い切って、再び談笑を続けました。私が本に書いた内容が今も正しいという証明を得た気分になりました。広い店内を探していると、やっぱりありました。下段ですが、ちゃんとありました。よく見たら、その手前に平置きでもありました。恐らく新刊ということで紹介されているのでしょう。値段は35,499トゥグルグ(日本円で1400円ほど)とモンゴル物価からするとかなり高いですが、これは出版社が決めることなので仕方ないでしょう。より多くの方々の手に渡ることを祈っています。
2023.06.29
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今回の訪問では、教育関係の方々とも会っています。最初に日本的教育をベースにモンゴル有数の中等学校となった新モンゴル学園に行きました。場所はウランバートル市東部の街の中にありました。ここは2000年に日本の山形大学や東北大学に留学していたガルバドラッハさんが設立された学校で、今やそのグループの学校は9つにも及ぶそうです。その理事長さんであるガルバドラッハさんの学校設立の思いなどを伺いました。日本の教育の良い点を取り入れながらも、モンゴルらしさも生かした思いに、真面目で教育熱心な方なんだと思いました。そこで、日馬富士学校(新モンゴル学園のグループ校です)についても聞くと「今から連絡するから、会いに行けばいい。」と紹介してくれることになり、実際に行きました。場所は、新モンゴル学園が東部で街中にあるのに対して、新モンゴル日馬富士学園は西部にあり、広いキャンパスを持った立派な学校でした。元横綱日馬富士が学校を作ったというのは聞いていましたが、やはり実際に見ると大きくて立派でした。写真では全部を写すことはできませんでしたが、全部で3棟から成り立っています。2018年創立です。ロケーションは、市街地から新空港(及び旧空港)へ向かう途中にある場所で、渋滞がなければ中心部から車で30分もかからないところです。(但し、渋滞はいつもありますけど)10年前のこの辺は、まだ時折遊牧されてる牛や羊がいたほどの、のどかな場所でしたが、今では都市の発展と共にたくさんのマンション、ショッピングセンターなどが立ち並ぶ地域となりました。急なアポイントにもかかわらず、日馬富士不在ということで奥様でManagement Managerのバトトールさんと対外折衝担当の方が校内を案内してくれました。私はあまりモンゴルの中等学校(モンゴルは小中高一貫教育が基本です)を見た件数が多いとは言えませんが、今まで見たどの学校よりも広く快適そうな校舎でした。理事長室の前を通った時、「日馬富士さんは週にどのくらい来られるのですか?」と聞いたら「基本的に毎日です」と岩手大学出身のバトトールさんはきれいな日本語で答えました。「昨日も来ていましたし、本当に毎日来てます。子供たちのことを考えるのが好きなんですね。本当に今日はたまたまいないんです。」と。モンゴルではもう夏安みに入っていますから、理事長が不在だとしても不思議ではないのですが、日馬富士は基本的に100%教育に没頭しているそうです。私が「投資とか、ツイッターとかで忙しいあの横綱とは違うんですね?」というと、「横綱は教育だけです」と言ってました。ちなみに、バトトールさんは私たちとの会話では、日馬富士のことを横綱と呼んでました。大きな体育館を見せてもらいました。この写真ではわかりにくいですが、大きな平らな屋内スペースが少ないこともあり、企業がイベントなどで貸してほしいということもあるそうです。更に図書館にも行きました。なかなか立派な図書館でした。夏休みではありますが、スタッフの方々が本の整理などをやってました。本棚を見ると、モンゴル語の本とは別にかなり多くの日本語の本がありました。そのほとんどは、日本人からの寄贈だそうです。分野的には、いかにも子供向けの本から、普通の小説などもあり、中には「新潟県高校入試」という受験対策用の本もありました。これらは、恐らくいろんな日本人の方々が不要になった本を寄付したんだろうなという感じでした。「でも、本の数はまだまだ不十分なんですよ」と言ってた通り、大きなな図書館の本棚にはまだスペースが空いていました。うーむ、私は今まで何箱も処分のために超安値で古本屋さんで処分してきましたが、こういうところで読んでもらえるなら、その方がいいなあと思いました。本は重くかさばるので、輸送費の問題になるかもしれませんが、考えてみたいと思います。同時に、この学校の生徒らに私が書いた本を読んでもらいたいと思い、5冊寄贈することを申し出ました。日本の感覚では2018年設立と言えばまだ新設校で、評判はこれから徐々に高まるかもしれないという感じですが、現地のモンゴル人に聞くと「いや、もう人気校です。私の親戚の子もここに入れました」と言ってました。わずか6‐7年で今では1500人を超える生徒数だそうです。高校から入学した生徒らは既に卒業生も出ており、日本へ留学した人も多いそうです。先に訪問した新モンゴル学園と合わせて、生徒数は300人以上にもなる大きな姉妹校ということです。学校の案内や会議室でのミーティングを終え、帰るために入口ロビーに出てきたまさにその時でした。上下ジャージ姿の日馬富士が目の前を通りました。私たちが驚いていると、バトトールさんが簡単に紹介してくれ、横綱自らこちらへやってきて、挨拶と握手をしてくれました。急遽、名刺を差し上げてあいさつしました。間にいる方が、バトトールさんです。さらに、「じゃあ、写真撮るか?」と自ら申し出てくれて、一緒に写真に納まりました。3人で撮りました。驚いたことに、横綱は挨拶もそこそこにロビーにあるグランドピアノに歩いていき、そこでピアノ演奏を始めたのです。今は夏休みですし、私たちが今来た時もこのロビーには誰もいませんでした。つまり誰に聞かせるわけでもなく、自分一人でピアノ演奏を楽しんでいるようでした。学園内には、横綱のプロレベルの絵(東京で個展をやったこともあるほどの腕前)や書も飾ってありましたが、音楽もたしなむのを見て、やはり想像通りの芸術肌の人なんだなと思いました。夏休みのだれもいないロビーで上下ジャージ姿でピアノを弾く日馬富士を見て、本当に教育をこの学校を愛しているんだということがひしひしと伝わってきました。非常にすがすがしい気分になった日馬富士学園訪問でした。
2023.06.28
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街に出ました。暑くもなく寒くもなく、いい天気です。そこで見たものは、10年以上前から変わらぬ光景でした。休日ということもあり、街は比較的空いてました。スフバートル広場には、いろんな出店がありました。出店というのは、トレーラーに引っ張られた車体のようなもので、モンゴル流のファーストフードや飲み物を売ってます。これがモンゴル風屋台ですね。ホーショールはいくらかと聞いたら、2000トゥグルグ。確か昔ナーダムで買った時は800トゥグルグだったでしょうか?いずれにしても100円以下で買えます。おそらく、本当のホーショールのような肉たっぷりではなく、ひき肉をまるでマーガリンでも塗るようにうすーく塗っただけのホーショールでしょう。以前は、スフバートル広場の両脇の道路は駐車している車が滅茶苦茶多かったですが、今はすっかりありません。相当な取り締まりがあったんだろうと推測されます。ま、モンゴル人のマナーも良くなったのかな?と思った矢先です。道路上ではなく、駐車場に車が止めてあります。それで何が問題かと言えば、その止め方です。基本的にはこの写真右側の白や黒の車のように駐車するのが正しいのですが、それらの前面を塞ぐように通路に駐車している車が何台もあります。信じられない光景ですが、モンゴルではこれが普通なんです。そうすると、必ず聞かれます。「どうやって、出るの?」と。もちろん、秘密なんかありません。見た通りです。つまり「不可能」というのが答えです。誰が考えても「ここに止めたら、この車出られないでしょ?」と考えるのは日本人であって、モンゴル人は違うのです。「それはそいつが考えること、俺はここに止めただけ。」なのです。このブログでも私が時々「モンゴル人は3秒先のことまで考えられない」と書くことがありますが、それがまさにこれです。「なかなか駐車スペースが見つからない。路上駐車は警察の取り締まりが厳しいから、無理だ。あ、あそこの駐車場、まだスペースあるじゃないか!よし止めよう!」これで思考は終わりです。その先の「いや、でもここに止めると前の車に迷惑じゃないかな?」なんてもちろん、考えないのです。日本人の読者の方々は「なんかモンゴル人に悪意を持って書いてるのか?」「なんか特別な事情でもあるんじゃないか?」などと、私の書きっぷりに文句の一つも言いたくなるかもしれませんが、そうじゃないんです。私はモンゴルで2年間運転してましたが、こんなのは何回も見てますし、自分も被害にあってます。文句を言っても、誰も悪びれたり、「ごめんなさい」なんて言いません。これが本当に普通なんです。じゃあ、普通だから、特別な対処の仕方があるかと言えば、それはないんです。皆さんが懸念している通りの結果です。つまり動かせない、出られない。私が通りかかったちょうどその時、閉じ込められた車のドライーバーがやってきました。黒の車のオーナーのようです。私が興味深そうに見ていると、黒の車の目の前のシルバーの車を指して「これはお前のか?」と聞きますが、もちろん、違います。そうこうしていると、黒の車を邪魔している青の車のオーナーがやってきました。彼女も困った様子です。彼女は、加害者でもあり、被害者でもあるのです。ですが、どうにもなりません。他の車を塞ぐように止めている車のウインドウ越しに、電話番号がかかれており、そこへ電話しますがつながらないようです。仮につながったところで、困っている黒の車が出るには、一台、二台、、少なくとも四台は動かさないと出られません。本当にひどい光景ですし、どうなるかはもちろんわかりません。日本的感覚であれば、犯罪に近いひどさ(急用で出ようとしても出られない。急病の人を搬送しようにもできない)ですが、モンゴルでは「珍しくもなんともない、日常」です。最大の問題は、多くのモンゴル人は「他人に迷惑をかける」ことを気にしないというか「このままでは誰かが困るんじゃないか?」という先のことを考えない人が非常に多いということです。マナー以前の問題なんですが、残念ながら十数年前から何も変わっていないということです。20分後に歩いて戻ってきました。全く同じ光景のままでした。これがモンゴルです。上記の駐車場と別の駐車場の光景です。同じ場所ではありませんが、同じようなものです。つまりこれが普通で日常なのです。
2023.06.27
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今日は在モンゴル日本大使館へ行き、ランチをご馳走になりました。大使館へは何度かお邪魔したことはありますが、日本人の集まりのパーティのような時だったので、あまり良くは覚えていませんでした。ですが、今回は単独(実際にはモンゴル人と2人)でしたので、ゆっくり内部を見ることができました。内部はかなり立派で、確かに正式な晩餐会でもできそうなところでした。ランチとはいえ、メニューは立派な和食のコースでした。モンゴルにある和食屋さんはいくつか行ったことはありますが、どこも食材集めに苦労しているようで、さすがに日本の和食とは残念ですがかなり違います。ですが、大使館はさすがに食材調達ルートを持っているのでしょう、ほとんどモンゴルにいることを感じさせませんでした。ご覧の通り、立派な献立でした。小林大使がモンゴルに赴任されてから「今度お目にかかりましょう。」と知人を通じて連絡していましたが、コロナ禍で私は行けず、昨年モンゴルに来たときは大使の予定と合わず、今回が初対面となりました。私の小林大使に対する印象はなんといいますか、モンゴルを包み込むような優しさがあり、モンゴルに対して本当に愛情をもって接しておられるなという好印象でした。歴代の大使の方々(と言っても、全員良く存じ上げているわけではないですが)の中では、もっとも穏やかでモンゴルに対する知識や興味を一番持っている方なのではないかと思いました。もちろん、モンゴルという国の様々な問題は十分に理解しているうえで、批判よりも応援をするという姿勢に好感が持てました。大使の入省当時の話を伺った時に、なるほどだなと思うことがありました。外務省へ入られる方は当然、海外へ赴任をすることが前提です。その赴任先に大きな影響を与えるのが、語学の選択です。大使はせっかく外国へ赴任するのだから、いろんな国へ行って仕事ができるようにと思っていたそうです。入省時には一応希望の外国語を第5希望まで書けるんだそうです。できるだけいろんな国で使える言葉となると、当然ですが英語、フランス語、スペイン語などになるでしょう。大使は第5希望までモンゴル語とは書かなかったのですが、結局モンゴル語に決まったそうです。当時の大使を知る方によると、「突然決まったモンゴル語ではありましたが、当初からモンゴルに対し非常に前向きに取り組んでいたので、彼はこの仕事(外交官)にも、また、社会人としてもかなり広範囲に活躍できる人」だと感じられたそうです。通常は、その言葉の当該国へ留学するわけですが、当時はまだモンゴルは社会主義国でしたので、モンゴル語を学ぶためにアメリカにあるモンゴル語を教えられる大学に留学したのだそうです。ですが、当然アメリカの大学へ留学するわけですから英語も勉強しないといけないという状況だったそうです。それだからかどうかはわかりませんが、モンゴルへは以前に赴任してきたことは当然ありますが、今回、モンゴル大使としてモンゴルに赴任する直前はアメリカの領事館で仕事していたそうです。というわけで、モンゴル語と英語の達人のようです。モンゴル語に関しては、モンゴル人の友人が太鼓判を押していました。私の方からは、今回の本出版の経緯についてや、日本とモンゴルとの教育分野での交流をもっとできないか、などの話をさせていただきました。大使と話していて、当然ですが本質的な大使の任務は両国の友好関係を発展させることが第一優先だと思いますが、モンゴルのように比較的良好な関係を持っている国では、より具体的な交流も求められるのだろうと拝察しました。要するに、もっと経済交流を発展させるという使命です。経済交流には貿易もあるし、日本企業の進出、投資もあるでしょう。今回、モンゴルに来るにあたって乗ったMIATは満席でしたが、それは日本とモンゴルの往来が盛んだからだから、などとはとても言えないと思いました。MIATの東京便は、この6月でもまだ毎日は飛んでいません。週に5便だけです。それに対して、韓国は何便だと思いますか?聞いてびっくり、なんと毎日5便とかそれ以上で、週になんと65便も飛んでいるんだそうです。これはもう、差があるとかないとかというレベルの話ではありません。こういう現実を見ると「日本とモンゴルの関係は良好ですね!」なんて喜んでいられないということでしょう。日本企業がモンゴルに来ない理由は、私も長年関わっているので、痛いほどよくわかります。「市場が小さい」「信用できるのか?」「インフラは?」などいろいろありますが、これらは全て韓国にとっても同じです。以前より韓国パワーの凄さは感じていましたが、こうして具体的な便数の差を聞くと、言い訳ばかりの日本企業は少し情けない気がします。ビジネスでは難しいかもしれませんが、今年から来年にかけて文化的な盛り上がりは期待できそうです。民放やNHKなどで、モンゴルに関係する番組がいくつか予定されているそうです。この辺を起爆剤にして、せめて往来者数の増加と日本の航空会社の就航に期待したいと思いました。最後に3人で写真を撮らせていただきました。非常に心地よい、大使館訪問となりました。
2023.06.26
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昨日モンゴルにやってきました。昨年、バヤンウルギー県に行った時以来の1年ぶりです。本ブログでもお伝えしましたが、現在のMIATの航空機体はかなり小さいので、当然満席でした。入国審査もかなり簡略化され、入国前に記入する紙もなくなりました。確かに、毎回書かせるあの紙は一体何の意味があるのだろうと思っていました。名前、入国目的、モンゴルでの住所などを書かせますが、それをチェックすることはありません。私はいつもホテル名を書いていましたが、もちろん何の意味もないでしょう。高速でウランバートルに向かいましたが、高速代はどうやって払っているのでしょうか?確か去年は、高速に乗るときに支払っていましたが、今回はなしです。まさかETCみたいなのがあるとは思えません。帰るまでに、確認しましょう。高速からの風景は、確かに草原を突っ走っている感じはします。そこに突然、こんな風景が出てきたら、なんか草原の大都市って感じはしますね。土曜日だからか、思っていたより渋滞はひどくなかったです。途中の風景は見慣れたものでしたが、タバンボグドグループにあったフォルクスワーゲンのディーラーがあった場所に「Geely」の看板が出ていたのには驚きました。中国の民間自動車会社吉利汽車です。いよいよ中国メーカーもモンゴルに本格進出かと思ったら、またしても。確かここは韓国のヒョンデがあった場所です。そこにMGモーターと書かれた看板があります。MGはもともとイギリスのスポーツカーメーカーでしたが、今では上海汽車の傘下です。このMGのロゴは確かに、元イギリスのMGです。街はどんどん綺麗になり、一見は発展した都市のように見えます。が、やはりどうやらそれは見かけだけです。ハードは金をかければなんとでもなりますが、人の行動などのソフトの面は簡単には変われないのです。ホテルにチェックインすると「お客様は今回プレミアムルームになりますが、もしかして後日別の部屋に移っていただくかもしれません。」と言われました。要するに私が予約したスタンダードルームがいっぱいなので、アップグレードしたことを言ってるわけです。でも、滞在の途中での移動なんてまっぴらですから、素直に従うかどうかはわかりませんけどね。で、そのプレミアムとやらへ。このホテルは相当回数泊ってますから、基本的なことはわかっています。で、部屋へ。「あれ?カードキーが使えない?」荷物をもって、ロビーへ戻ってその旨を伝えると、そのカードキーを操作して再び手渡されます。で、また行くと「あれ?」。再びロビーへ。まあ、こんな程度はモンゴルでは当たり前のことですが、相変わらずのチェックインです。中へ入ると、確かに立派です。写真スイートルームで、ベッドルームの中に湯舟があります。ここに何十回も泊まりましたが、さすがにこんな部屋は初めてです。そしてトイレも!ウォシュレット?でもTOTOじゃないみたい。中国製かな?モンゴルのホテルでシャワートイレを見るのは初めてです。ですが、すぐに見掛け倒しだとわかりました。動かないのです。ハウスキーピングに言っても、誰も使い方わからないのか、修理しようともしません。朝食時です。8時半くらいにいつもの朝食場所に行くと、一人の女性スタッフが暇そうに手持ち無沙汰にしてました。暇なのはいいんです、ちゃんと準備していれば。まず料理を乗せる皿がないのです。「料理はどうやって取るんですか?」と言っても、何も反応しません。他の客も皿を待っているのに、暇そうにしているだけです。具体的に「皿を持ってきて」と言わないと動かないのです。スープがあります。「このスープはどこに入れますか?この皿ですか?」と皮肉っぽく言っても、反応しません。「スープのカップに入れろ」と言います。もちろん、そんなものはありません。言われてもなお気づかないのには驚きです。料理のほとんどがなくなっています。私が蓋を開けて、ないよと見せても反応しません。サラダボウルに本来はレタスが入っているのですが、空っぽのままです。私が「これはサラダですか?」と聞くと「いいえ、サラダではなくレタスです。」と奇妙な答え。空っぽなんですよ。それなのに、「すいません、すぐ持ってきます!」なんて言えるはずもなく「空っぽで何か?」みたいに動かないのです。具体的に「レタスを持ってこい」と言われて初めて「なるほどレタスを食べたいのか?」みたいな感じで動き出します。ジュースはあるけど、コップはなし。料理も空のままでも気にせず、問題にさえしない。このKYぶりは凄いと思いました。私はロシアのラブロフ外相を思い出しました。100%おかしなことでも、平然と「これは正しい」と言えるあの態度。この女性スタッフも、誰がどう見ても「あなたがやらなきゃならない仕事だろ?」ということでも、平然とやる気のない態度を続けられるのです。但し、彼女の弁護としていえば、彼女特有のことではありません。モンゴルでは「知りません」と「ありません」しか言わない店員は普通にたくさんいるのです。ま、平均的な店員さんと言ってもいいかもしれませんね。ただ、そういう習慣が全く変わっていないことが残念なだけです。こんな話はまだまだ続きます。
2023.06.25
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今日入ってきたニュースです。ロイターによりますと「ウクライナ南部ヘルソン州のロシア支配地域とクリミア半島を結ぶチョンガル橋の道路がウクライナのミサイル攻撃で損傷し、交通が別ルートの迂回(うかい)を余儀なくされていると、両地域の当局者が22日に明らかにした。」ということです。いよいよクリミア半島とロシア支配地域を断絶させる作戦に出たようです。せっかくの立派な橋で巨費をかけたのでしょうが、これは戦争でロシアをクリミアから追い出すためですから、仕方のないことです。ですが、私のこのニュースを見ての最初の反応は、戦争戦術ではなく、この言葉です。チョンガル橋です。なんかものすごくモンゴル語っぽいんですね。これがその地域です。クリミア半島につながる重要な通路です。wikipediaなどいろいろ調べてみました。英語版はもちろん、ロシア語版も。それによると、ここはチョンガル半島という地域の名前だということがわかりました。しかしながら、この地域については1900年以降のことしか書かれていません。ですので、今度はこの言葉の意味を探りました。が、どうやら「元々はロシア語ではない言葉」とあり、もちろん「ウクライナ語ではない言葉」であるように書かれています。こうなると、私の直感はいよいよ当たっているんじゃないかと思うわけです。で、まずは単純にモンゴル人に「チョンガルって何?」「英語でChongar」「キリル文字でЧонгар」はどういう意味?と。ですが、残念ながら、現代のモンゴル語にこの通りの言葉はないようです。ですが、モンゴル人から「クリミア半島はトュルク系が多かったから、トルコ語系かも知れない?」とのコメントをもらいました。なるほど、それは十分ありうるなと思い、グーグル翻訳やその他の手段を使ってトルコ語にアプローチしたら、なんと私が「Чонгар」というのをトルコ語翻訳に入れただけなのに「原語はモンゴル語」と出てくるではないですか!!わかったのはそこまでで、現在の意味は分かりませんでした。こうなると、いよいよ私の直感であるモンゴル語説が正しいような気がします。ですが、これ以上はわかりませんでしたので、あとは推定です。辞書を引いても、そもそもЧо(チョ)で始まるモンゴル語は非常に少ないのです。小さい辞書では「Чонo」(チョンヌ。日本人が普通に聞くとチョンに聞こえるが、よく聞くと小さなヌがある)狼(オオカミ)のことです。「Гар」(ガル)は手のことです。携帯電話は「гар утас」(ガル オタス)と言います。直訳すると「手の電話」です。私は「狼の手」が語源ではないかと勝手に推測しました。狼の手は「чонын гар」と書きます。読み方は「チョニンガル」です。モンゴルがこの地域を支配したのは800年も前のことですが、この地域には多くのモンゴル語が残っていることは有名です。800年もあれば「チョニンガル」が「チョンガル」に変遷しても少しも驚くことではなく、むしろ自然でしょう。この地域の地図をもう一度見てください。この地域が「狼の手」に見えたのではないでしょうか?800年もの年月を経て、ロシアという熊がこの「狼の手」を侵略しているのです。現代の戦争を見ていることで、モンゴルの歴史に思いを馳せることができるのです。と、ここまで書いて、このブログの読者である「カザフ人」さんからコメントいただきました。私の勘は半分は正しく、半分は間違っていたようですので、以下の通り正しい情報を追加します。正しい情報というのは、やはり私の直感であった「チョンガルはモンゴル語」ということです。間違っていたのは、残念ながら「狼の手」ではなく、モンゴル人であるカルムイク人の地であったということです。以下、カザフ人さんのコメントをもとに書きます。コメントからの引用「カザフ語版Wikiによると、「チョンガル(Chongar)」という名前はクリミア・タタール語でカルムイク人(モンゴル人オイラト族)を指す呼び名だとされています。17世紀から18世紀にかけて、ジュンガリア(Dzungaria)から移住してきたカルムイク人がこの乾燥した海峡を通過し、クリミア・ハン国を頻繁に襲撃したとされています。」本ブログでも以前に登場しましたが、清の時代に最後まで清の領土になることに抵抗したモンゴル人が、ジュンガルの人たちです。ジュンガルとは、現在のバヤンウルギー県の南部にある広大な地域で、今では中国の新疆ウイグル地域となっています。このジュンガルの人たちは大変強力な軍隊を持ち、清国も非常に苦戦したと言われてます。ジュンガル人に比べれば、ハルハ人ははるかに弱かったとも・・・コメントからの引用「「ジュンガル(Dzungar)」という言葉はモンゴル語で「左翼」を意味します。モンゴル語のハルハ方言では「ズーンガル(Zuungar)」と言います。モンゴル文字ではこれらの呼称の表記はは同じですが、キリル文字で表記する際には異なってしまうため、モンゴル国に住むモンゴル人(主にハルハ族)にとっては理解しにくいかもしれません。」左のことを現在のモンゴル語であるハルハ語では「ズーン」と言いますが、チャハル(内モンゴル)やジュンガルでは「ジュン」と発音します。なので、現代モンゴル語ではズーンガルですが、現地での読み方ではジュンガルとなるのです。このジュンガルに住んでいたのがオイラート族(モンゴル人)で、この人たちがチンギスハーンの時代に西へ遠征し、クリミア半島辺りに移り住んだのです。ですから、このオイラートの人たちは、その地でジュンガルと呼ばれ、それが800年でチョンガルになり、その土地もそう呼ばれるようになったのでしょう。なんだか、北海道日本ハムファイターズの新球場が北広島市にありますが、その名前の歴史にも似ている気がします。広島出身の人たちが「ここは北の広島だ!」と名付けたと聞いたことがあります。やはり、「モンゴル帝国の痕跡は現代に至るまで残っています。」というのは、カザフ人さんにも同意していただけました。カザフ人さん、ありがとうございました。
2023.06.22
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電通は長い間アジアに関する大型イベントの総代理店を務めてきました。国内外の他社がそれを切り崩そうにも、どこも電通に変わることはできませんでした。それは「電通の運営能力が素晴らしいからだ」という電通の言い分が嘘だったことは、一連の贈収賄事件で明白になりました。私は、モンゴル側から「今後窓口は電通ではなくなるのでしょうか?」「今後のことはどこと相談すればいいのでしょうか?」などを聞いて、確かにこれは単なる国内問題ではないのだと改めて気づかされました。電通のようなアジア総代理店を決定するのは、日本のJOCではなく、スイスにあるIOCです。かすかなつてを頼りに聞いてみたら「今後は電通を総代理店にすることはない」という事実でした。こうしたこともあり、私の専門分野とは全く関係ないのですが、少々首を突っ込んでしまいました。1つ明白なのは、「アジアの総代表を日本が務めるのは当然」などという常識はとっくの昔に消え去っていたにもかかわらず、電通が当然のようにアジアの盟主的活動を続けてきたことに対する、アジア内外からの潜在的反発があったようだということです。それが今回の電通退場劇で、明確化したということです。確かに全アジアのGDPの80%を日本1国で締めていた時代ならいざ知らず、規模では中国、一人当たりではシンガポールなど、今や日本がアジアでダントツという証拠は全て消え去っています。電通事件が明白になった後、日本は身動きできませんでした。通常であれば「じゃあ、博報堂がやるか」となりそうですが、博報堂も共犯だとわかり、更にADKを含む日本の広告代理店上位会社が軒並み共犯者であったことから、リーダーシップを取る企業も不在となったのです。現状はパリ五輪までは電通が行うことになっており、それが正式にキャンセルされた事実はありません。ですが、パリ以降の総代理店については白紙状態だと聞きました。モンゴルからは「日本がまごまごしているうちに、アジアの他国は当然その後釜を狙っているようですよ。」とも聞きました。先にも言ったように、ずっと日本に牛耳られてきたことへの反発もあったようです。結局、どこになるのか?どうやら9月の総会までには決まるらしいとも聞いていました。ですが、モンゴルからの一報で、つい先日決まったことが分かったのです。決まったのはアジア企業ではなく、スイスにあるInfront Sports & Media AGという会社です。その対象オリンピックは 冬季 Milano Cortina 2026, 夏季 Los Angeles 2028, 2030年冬季オリンピック、オリンピアードBrisbane 2032、そしてその期間にある Youth Olympic です。対象国は、Afghanistan; Brunei Darussalam; Cambodia; Chinese Taipei; Timor-Leste; Hong Kong, China; Indonesia; I.R. Iran; Kazakhstan; Kyrgyzstan; Lao PDR; Malaysia; Mongolia; Myanmar; Papua New Guinea; Philippines; Singapore; Tajikistan; Thailand; Turkmenistan; Uzbekistan; and Vietnamの22の国と地域です。モンゴルも当然入っていますから、これからはモンゴルはスイス企業と交渉せねばなりません。そして注目すべきは日本が含まれていないことです。(韓国もありませんね)これはトヨタやパナソニックなどの大スポンサーがいる日本だけは、日本企業に任せようという気持ちが残っているのではないかと推測します。この推測はサムソンのいる韓国も同じロジックなのでしょうか?一体、日本は誰が担当するのでしょうか?
2023.06.20
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私は蕎麦やラーメンなどの麺類が好きです。最近は面倒なので行きませんが、以前はよくネットの情報などを参考に都内や近郊各地に麺類の美味しい店を北関東辺りまで探しに出かけたものです。故郷新潟はラーメンや蕎麦は美味しいですが、それと同じ味を東京で求めようとは思っていませんでした。が、時々は故郷の味を懐かしんで行ったりすることもあります。東京には、もともと東京のお店をはじめ全国各地から有名店が進出し、「やっぱり新潟が一番」などと思うこともありませんでした。ですが、どうやらそんなことはなく、やはり新潟の麺類は東京でも堂々のナンバーワンだということを最近知ったのです。しかも、それらは有名になる前から。私は目をつけていた店でした。まずは、ラーメンです。新潟県には五大ラーメンという言い方があり、新潟西堀にある三吉(さんきち)に代表される「昔ながらのあっさり醤油ラーメン」、巻のこまどりに代表される「濃厚味噌ラーメン」、燕の杭州飯店に代表される「背油ラーメン」、お隣三条の「カレーラーメン」、そして長岡の青島食堂に代表される「生姜醤油ラーメン」があります。実家の場所の関係で、前者3つは良くいってました。三条カレーラーメンは、あの辺まで出かけると結局燕の背油ラーメンに行くので、行ってません。長岡はちょっと離れているので、頻度は多くはないですが、長岡市にある青島食堂には行ってました。さっぱりしてて、結構おいしいです。その青島食堂が東京にあることを知ったのは10年くらい前でしょうか?場所はわかりにくく、しかも暖簾も出ていない店でした。その頃は、行けば普通に食べれました。最初に行った頃は、並ばずに食べられたのですが、それから段々人気が出たようで、今ではご覧の通りすっかり行列が凄い店になりました。とはいえ、私の中ではまだ東京人にとっては「知る人ぞ知る」店だと思っていました。一風堂やラーメン次郎に家系の名店などなど、東京には東京人に人気があり、しかもマスコミにしょっちゅう出ているラーメン屋が山ほどありますから、青島食堂はそれらとは全然違う存在だと思っていました。が、どこの調査かも忘れましたが、東京のラーメン店のランキングで1位になっていたのです。もちろん、ネット上にはラーメンランキングなんて溢れていますから、どのくらい信ぴょう性があるのかはわかりません。ですが、それでもこのマスコミに出ない青島食堂が1位になったのには驚きました。もう一つの驚きです。私が蕎麦好きなのは、本ブログで時々書いています。圧倒的に好きなのは、新潟の小千谷や十日町にあるへぎ蕎麦の店です。へぎ蕎麦なら食べたことあるとおっしゃる方は随分いらっしゃると思います。なぜなら、東京には想像以上にへぎ蕎麦の店が多いのです。ある時期私は東京にある相当数のへぎ蕎麦屋さんに食べに行きました。週刊誌の片隅のグルメ記事に出れば、そこへも足を伸ばしました。100店とは言えませんが、数十店はいきました。ですが、結論から言えば「全敗」でした。関係者がいたら怒るかもしれませんが、まともなへぎ蕎麦を食べさせてくれる店はゼロでしたと言い切れます。多分、ほとんどが小千谷か魚沼辺りにある製麺工場から購入しているだけの店のようです。先日、長年の友人に聞かれました。「昔新潟で食べたへぎ蕎麦が忘れられないんだ。東京にもいっぱいあるでしょ?どこが一番美味しいの?」と気楽に聞かれました。私は冷たく「新潟の味が忘れられないなら、残念ですが東京にはありませんよ・」と答えました。「なるほど。でも、その中ではどこ?」と聞かれたときに答えたのが、新中野にある桂屋というどこにでもありそうな町の蕎麦屋って風情の店を言いました。ここは小千谷のわたやレベルとは言えませんが、東京ではトップだと思ってます。昨年、仕事で新中野周辺を昼間うろうろしてランチ先を探していた時に偶然に見つけたのです。へぎ蕎麦なんて書いてありますが、もちろん全く期待してませんでした。値段も、とても手打ちとは思えない町の蕎麦屋さんの値段です。この通り、高級蕎麦店には見えませんね。で、ランチの天ぷらそばセットを頼んだら「えっ!なにこれ?ちゃんとしたへぎ蕎麦じゃない!」と心で叫んだのです。要するに美味しいということです。で、大将に「この蕎麦はどうやって手に入れてるんですか?向こうから送ってもらってるんですか?」と。すると「私が毎日、この地下で打ってます。蕎麦打ちのために新潟県に修行に行きました」とのことでした。なるほど、だから都内にある「小千谷などにある普通の製麵工場(乾麺やうどんも作っている工場)から仕入れて茹でるだけ」の店とは全然味が違う理由がわかりました。そして最近、東京の美味しい蕎麦ランキングというのがネットに出てました。当然、ランキングはいくつもありますし、信頼性も色々です。でも蕎麦好きの私としては、そういうのがあると必ず見ます。確かに最近は、美味しい蕎麦屋さんが東京にも増えました。私の心の中では「新潟のへぎ蕎麦にかなう店はない」と思いながらも、現実的には東京で美味しい蕎麦屋さんも探しているわけです。そのランキングは、例によって有名な店、有名な師匠の弟子による店などがランクされてました。総じて最近の高ランクの店は、和食屋化してます。どういうことか?いくら美味しい蕎麦を作っても、単価はせいぜい1000円前後。天ぷらをつけても2000円程度。なので、蕎麦以外の料理に力を入れてます。江戸時代には蕎麦屋が現在の居酒屋の役割をしていたから、それは問題ないですが、そういうご立派系は「安い居酒屋風」ではなく「高い和食屋風」になっているのです。コースで7000円とかで、お酒も高いから夜はすぐに1万円を超してしまいます。これは正常な蕎麦屋ではないと思います。で、そんな高い有名な蕎麦屋が、第10位から第2位まで続いて第1位で出てきたのがこの新中野の桂屋なのです。そのランキングで第2位の店を食べログで見ると、夜の予算は6,000-8,000円です。第4位の店に至っては食べログで10,000-15,000円です!ですが、この桂はなんと食べログで夜の予算は1,000-2,000円なのです!素晴らしい!!一番美味しくて、一番コスパが良いなんて、大したもんです。同時に、私が偶然とはいえ「見出した気になっている店」がちゃんと一般の東京人からも最高の評価を受けていること知り、嬉しい気持ちになりました。新潟頑張ってます。私もさらに発掘したいと思います。
2023.06.17
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霧馬山改め大関霧島がモンゴルから帰ってきました。今月5日にモンゴル・ウランバートルへ行き、7日には車でドルノド県の故郷セルゲレン・ソムに行き、大歓迎を受けたとの記事が載っていました。その霧島が14日にモンゴルから日本に帰国したとのことです。10日間の滞在と聞くと何となくのんびりできそうですが、実際の期間を考えるとかなりハードなスケジュールです。到着日は夜なので、その日は活動できないし、出発日は早朝なのでこの日も活動できません。なので、これだけで実質8日です。しかも今回は彼の故郷のソムであるセルゲレンに帰っています。それをなんと700kmもの距離を車で移動です。私がドルノドへ行ったときはさすがにチョイバルサン(県庁所在地)までは飛行機を使いましたが、彼は敢えて車で行ったのでしょうか?そうなると、これまた片道で1日潰れますから、往復で2日間活動できません。もちろん高速道路なんてないですから、一般道を延々と走り続けるのです。それでも昔(と言っても私が知っている程度の昔)は舗装道路がなく大変でしたが、今ではウランバートルからチョイバルサンまでは舗装道路となっているので、その日のうちには到着できるでしょう。彼は6月7日にドルノドへ行き、日本への帰国が14日です。ウランバートルで挨拶等もあり帰国前に最低限1日滞在するとなると、帰国日の前々日の12日にウランバートルに帰る(移動する)必要があります。従って、彼が故郷で過ごせるのは8日から11日までのわずか4日しかありません。この中には地元の名士や政治家などによる歓迎会もあったことでしょう。さらに驚いたのは、彼はナーダムにも参加したというのです。モンゴルをご存じの方ならよくわかると思いますが、ナーダムは7月上旬に行う、モンゴル最大の祭典です。普通は、まずウランバートルで7月11日あたりから3-4日間やって、その後地方の各地でもナーダムを行います。地方によっては7月下旬というところもあります。そのナーダムになんで6月に参加できるのか?それは霧島の帰国に合わせて、その地域のナーダムのスケジュールが変更されたということなのです。ナーダムの予定を変更してまで霧島を歓迎するのは凄いですが、ここまでやってもらうとなれば、最低2日間程度はお付き合い(イコールお酒をたくさん飲む)が必要でしょう。こうやって時間をどんどん削っていくと、一体彼は故郷の家族らとのんびり過ごせたのはどのくらいなんだろうかと思います。良くてせいぜい2日間程度ではないかと思います。もちろん、それだけ地元から愛されているということでしょう。そういえば、ウランバートルのテレビ局もドルノドまで取材に出かけてました。私が「霧島は必ず横綱になるから、その時のドキュメンタリー番組のために今からできるだけ撮影しておいた方がいいよ!」というと「もちろん、それを意識しています。だから、今回はニュースで流す分とは別に将来のことを見据えて取材します!」と言ってました。4年ぶりのモンゴルで英気を養った霧島に来場所は期待しましょう。
2023.06.14
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まだ正式な発表はありませんが、この夏はMIATの東京ーウランバートル間の便が、1日2便になるとの情報が入りました。「おう、それは便利になるな」と思われるでしょうが、必ずしもそういうことではないのです。具体的には、現在ウランバートルから朝7時45分にOM501便というのが飛んでいますが、この20分後、恐らく8時5分(?)にOM7501便という飛行機が成田に向けて飛ぶというのです。ですので、確かに1日2便になるのですが、たったの20分差では利便性の向上というわけでもなさそうです。ですが、メリットはあります。それはキャパの増加、つまり客席数の増加があるので、予約がとりやすいということはあるでしょう。帰りの成田発も同様の措置となります。なぜこのようなスケジュールになったのか?詳細は発表を待つしかありませんが、現時点での推測は以下の通りです。MIATは飛行機のキャパを増やすべく、現在の160人乗りの機体から260人乗りの機体に変更する予定でした。一般的には、リース会社から航空機リースで調達します。そしてそれを前提にこの夏の予約を受け付けていました。つまり260人分の予約を入れていたということです。ですが、リース会社との契約上の問題から、その260人乗りの機体がモンゴルに来ないことが判明したのです。このままでは、既に260人分の予約を受け付けていることから、モンゴル内外で大混乱になることが予想されます。今月下旬から7月上旬のナーダムにかけては、一年で一番混む時期でもあります。このトラブルを回避するため、MIATは急遽、入手しやすい160人乗りを手配し、1日2便でわずか20分差での運航となったのです。恐らく、チケットを予約済みの人に対して、OM501便とOM7501便に分乗して載せるような案内が届くことでしょう。私も既に予約している便がありますが、それがどうなるかはわかりません。ただ、出発時間が20分程度の差であれば、乗客にとっても大きなスケジュール変更とはならないでしょう。なので、これが発表されれば、既に満席となっている便でも空席が出ることが予想されますので、モンゴルを訪れるチャンスとなるでしょう。というわけで、今夏のMIATはキャパシティアップとなりそうです。ちなみに、これは東京便だけでなく、他のルートでも2便制にする空路はあるようです。
2023.06.09
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クイーンというイギリスのバンドは、1970年代前半デビューでしたから、今の若い人たちには全くピンと来ない名前だと思っていましたが、映画「ボヘミアン ラプソティ」が世界的に大ヒットしたので、それでごぞんじの方も多いのではないでしょうか?もちろん、この映画の題名でもある「ボヘミアン ラプソティ」は世界的に大ヒットした有名な曲です。その曲名は、元々は「モンゴロリアン ラプソティ」だったのが、歌詞の修正を経て原題名になったというのです。クイーンのメンバーです。ガオディアンというイギリスのネットメディアによると、「サザビーズでオークションにかけられるクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』の初期草案から、これまでバンドのファンや研究者には知られていなかった、1975年のヒット曲の別の仮題が明らかになった。」というのです。そしてニューヨーク・タイムズ紙によると、「このロック・オペラの初期草稿15ページのうちの1ページで、ソングライターのフレディ・マーキュリーは上部近くに「モンゴル・ラプソディ」という言葉を書いたが、最初の言葉を取り消し線で消し、その上に「ボヘミアン」と書いたという。」のです。どういうことか?フレディ・マーキュリーの所持品がサザビーズのオークションにかけられることになり、その中に『ボヘミアン・ラプソディ』の初期草案が見つかったというのです。「ボヘミアン - またはモンゴリアン - ラプソディの歌詞は、マーキュリーの落書きの中に、廃業した航空会社ブリティッシュ・ミッドランドの便箋に書かれていました。」と関係者は話しています。これが実際の原稿の写真です。確かにこの便箋にはブリティッシュ・ミッドランドと書かれています。非常に見にくいですが、この写真をよく見てください。上部には1974年のカレンダーが赤文字で書かれています。そのカレンダーの9月の下を見てください。太い二本線で消されている文字があります。この消されている文字が「Mongolia」なのです。そしてその消された線の上には「Bohemian」と書かれています。つまり元々は「Mongolia」だったのを、フレディ・マーキュリー自身がそれを消して、「Bohemian」に書き直したのです。もちろん、今まで音楽の専門家でも知らなかった事実ですから、本当の理由はわかりません。ですが、推測はできそうです。それは「ボヘミアン ラプソティ」の意味を探ることです。Rhapsodyというのは、「自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現した楽曲」という意味です。なるほど、映画でのフレディ・マーキュリーのイメージそのものですね。Bohemianというのは、「世間の習慣など無視して放浪的な生活をする人。」という意味です。元々は、自由な移動生活をするジプシーの人たちを指していた言葉で、そのジプシーがチェコのボヘミア地方に住んでいたので、こう呼ばれるようになったのです。つまり、最初はある人間の集団の生活していた地方を指していたのが、段々とその意味するところが放浪的な生活をする人、となっていったのです。こう考えると、フレディの頭の中では「移動民族?」「自由奔放?」それは英語で言えば「nomadic」と同じような意味となりますから、最初に「nomadic」が浮かんだのかもしれません。そしてnomadicと言えば、ヨーロッパ人の頭の中で一番最初に浮かぶのがMongoliaまたはMongolianだと思うのです。本ブログでも度々触れているように、「現在のモンゴル国」というのは残念ながらあまり注目はされていませんが、ヨーロッパ人にとっては歴史的に「モンゴル」という存在は非常に大きなものがあり、学校教育どころか、おばあちゃんが孫の躾(しつけ)をするときにも使うくらい、浸透している言葉なのです。なので、当然、フレディの頭には「自由奔放な放浪生活」を言い表したいときに、nomadicの代表であるMongoliaが浮かんだのでしょう。歌詞の内容は、ボヘミアンにもモンゴルにも直接関係ない言葉で綴られています。要すれば「ふらふらと適当に生きて来た少年が殺人を犯してしまい、最初はどうだっていいなんて思ったけど、悪魔やら神様のような存在に裁かれるときになって、やっぱり行きたい、逃してほしい、と本心が溢れて来たけど、時すでに遅し」という感じです。とにかく、世界的な大ヒット曲の題名にこんな秘話があったとは驚きです。曲名や映画名が「Mongolian Rhapsody」だったら、なんか、観光客が増えそうな気がするんですけどね。ヨーロッパ人にとってのMongoliaの存在の大きさを再認識しました。
2023.06.02
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霧馬山がいよいよ大関になりました。モンゴルのご両親もお喜びのことでしょう。霧馬山の出身地や霧馬山の名前の由来については、本ブログの本年3月30日付け「霧馬山、ドルノド出身だけど、内モンゴル人も気になるのはなぜ?」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/202303300000/)を書いたので、そちらをご参考に。そのブログで、彼がドルノド県の遊牧民の息子だったことは書きました。おじいちゃんが内モンゴルからやってきたウゼムチン族です。ネットの記事によれば家畜が1500頭もいたとあります。ちょっと信じられませんが、この数字が本当だとすると相当に大規模な遊牧民と言えます。遊牧民にとっての家畜の数は多ければ多いほどいいというものではないからです。近代的な牧畜業やアメリカ的な企業経営であれば規模は大きいほどいいでしょうが、家族経営の遊牧の場合はそうとも言えないのです。地図中央にあるのがチョイバルサンというドルノド県の県庁所在地です。セルゲレン・ソム(郡)はその北約60kmのところです。地図の右に赤い線で書かれているのがハルハ河です。日本名ノモンハン事件、モンゴル名ハルハ河戦争のエリアです。私も詳細を知っているわけではありませんが、大体こんな感じのようです。遊牧民とそして専業でやっていくには、最低でも300頭程度は必要です。もちろん、家畜の種類のミックスで多少の違いは出ますが。まあまあの中規模で500頭くらい。1000頭ともなるとかなりの規模です。私は以前遊牧民に聞いたことがあります。「今、1000頭もいるけど、将来的には2000頭とかそれ以上を目指すんですか?」と。それに対しては、きっぱりと「それはできない」と言われました。いくつも理由があると思いますが、大きく2つあると思います。1つは、えさの問題。えさとは草、つまり草原ですが、1500頭にもなると、自宅ゲル付近の草原の草はあっという間に食べきってしまう可能性があるということです。単純計算で、300頭で3か月くらい過ごせる場所が、その5倍となると単純に3週間足らずで食べきってしまいます。3か月ごとに移動しているとすると、3週間ごとに移動しないといけないということです。いくら遊牧民と言えども、これは簡単ではありません。もう1つが、管理の問題です。500頭くらいまでなら、家族(お父さんと子供数人)で家畜の移動などの管理ができますが、1000頭となると家族だけでは難しいです。親戚の子を呼んだりします。ですが、1500頭だと、家族内ではもうお手上げで、外部の人を雇う必要も出るようです。そうなると、賃金かどうかはわかりませんが、かなりのコストが発生してしまうということなのです。家族だけでやるとなると、せいぜい7-800頭が限界のようにも聞きました。その観点からしても、1500頭というのは相当な規模です。まあ、情報源が日本のスポーツ紙なので、数字が正確かはよくわかりませんけど。ですが、いずれにしてもかなり大規模な遊牧生活をしていた両親のもとに生まれたのでしょう。逸ノ城と同じように、本物の遊牧民の子として小中学校まで草原で育ったとのことです。草原に立つ霧馬山の少年時代です。良い体つきですね。確かに親方が霧島だったころにも似ているような筋肉質の体系です。師匠である元霧島の陸奥(みちのく)親方の指導も良かったようですが、モンゴルの先輩である部屋付き親方である鶴竜親方の指導やアドバイスが良かったようです。おそらくナーダムの時の写真でしょう。やせっぽちだった霧馬山に対して「どんぶり飯3杯!」を義務とさせられ「日本で一番いい」食べ物として納豆を勧められたそうです。日本食が大丈夫なモンゴル人でも納豆が苦手な人は結構いますから、食に関してはちょっと大変だったと思います。元白鵬の宮城野親方は「組んでよし離れてよし」と彼を絶賛しているそうです。恐らく、千代の富士、霧島系の帰任肉質を保ったままの強い力士になっていくのではないかと期待しています。新聞などではモンゴル出身で6人目の大関とあります。驚くべきは、5人、つまり朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜そして照ノ富士の5人全員が横綱になっているということです。当然、大関霧島も横綱になってくれるものと期待しています。そして来場所には豊昇龍にも大関になってもらいたいと思います。その下には北青鵬もいますので、再びモンゴル出身力士が横綱大関をにぎやかす時代が来そうです。モンゴルがらみで一つ追加です。モンゴルと関係している方々及びモンゴル人の方々にはちょっと気に留めておいてほしい力士がいます。それは狼雅(ろうが)という十両力士で、まだ24歳と若いです。彼はロシアのトヴァ共和国出身のモンゴル人なのですWikipedeiaによれば、国籍はモンゴルだそうです。よくご存じない方のために簡単に言えば、トヴァとはモンゴル人居住地域でしたが、ロシアに盗まれて今はロシア連邦になってしまったところです。居住地だけでわかるのか?という方もいるかもしれませんが、彼の本名がアマルトゥブシン・アマルサナーと聞けば、100%モンゴル人だとわかります。(お父さんはブリヤード人、お母さんはロシア人)狼雅です。彼が14歳の時にモンゴル国へ移住し、モンゴル国籍を取得したそうです。これはとても良い判断だったと思います。なぜか?彼がまだトヴァにいたら、率先してウクライナに送られたであろう、ロシア内では差別を受けている地域なのです。モスクワの若者は「戦争なんて関係ない!」という生活を送っていますが、ロシア連邦内のトヴァ共和国やブリヤード共和国にいるモンゴル人は大量にウクライナに送られているからです。(もちろん、たくさん戦死している)彼もモンゴル人力士として、応援したいと思います。ただ、相撲の紹介では「ロシア出身」ということになっているようです。ま、出生地は確かにロシアですから。
2023.06.01
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先週出版した私の本「The Pride of Mongolia」(モンゴル語名「М О Н Г О Л Ы Н БАХАРХАЛ」)のプロモーションのため6月にモンゴルに行くことになりました。それで早速予約を取ることになりました。私は長年JALグローバルクラブの会員であり、JAL便を海外で使う場合は何かと都合をつけてくれるので、重宝しています。今までならモンゴルとJALは無関係でしたが、昨年からJALがコードシェアをするようになりました。コードシェアは、名前の上ではJAL1234便などと便名が付きますが、飛行機もスタッフも全部従来通りのMIATが運航します。昨年夏にモンゴルへ行ったときに、JALの担当者に聞いてみましたが、マイレージは使えないし、特別な優遇もないとのことでした。なので、もちろん、MIATで発券しました。今年はコロナ明けということもあり、どうやらかなりMIATは混雑しているようです。「なかなかチケットが取れない」という声も耳に入ってきます。なので、JAL便なら席に余裕があるかもしれないとのほのかな期待をもって検索してみました。昨年JALで買わなかったのは単に高かったからです。で、今回はどうなっているのかという興味もありました。検索すると、確かに6月はかなり混雑しているようですが、取れないわけではありません。しかも昨年のイメージからするとJALで買っても安い!と思えるほどでした。最近のモンゴル行のチケットのイメージは往復で10万円前後。コロナ前は8万円前後でしたから、それよりはかなり上がっています。なのでJALだと相当高いんだろうと思いました。ですが、JALの予約サイトを見てみると、片道ですが40,000円とか、36,000円という日もあります。「おー、これはMIATよりも安いのか?」と期待させます。往復で72,000円!もうこれで決めようかと思って、帰国便を探すと軒並み6万円以上で、8万円前後も多いです。結局日程調整をして、往復10万円程度の便で決めようと思ったら、支払額はなんと135,000円くらい。税金や燃料費などを別にしているので、ネット提示額の3割以上高い値付けになるのです。他方のMIAT。相変わらず、MIATの東京支店はやる気なく、なかなか電話はつながりません。もちろん、メールしてますが、金曜日に出しても月曜日には返事は来ません。今までもすぐに返事が来ることはありませんでした。メール出してから電話するというパターンですね。午後2時から電話受け付けると言っても、もちろんモンゴル時間ですから、2時5分でも電話には出ません。で、なんとかつながってメールのことを話します。すると、数日前のメールをようやく今見たという感じで、予約案内をしてくれます。こんだけやる気がなくても、MIATで買うと10万円を切りました。JALとの差は見た目はほんの数千円の差のようですが、MIATの提示は込々ですから、やはりJALの方が40%くらいは値段高いです。というわけで、結局、今回もMIATで参ります。JAL会員でもJALで買う気が起きない価格差。一体だれがJALで買うのでしょうか?そんなシェア便のことより、昨年聞いた「2022年秋からJAL本体がモンゴル便を飛ばす」という噂はどうなったのでしょうか?私以外でも、JALが直行便を飛ばすという噂は耳にした人いるようですから、完全なガセネタではないと思うのですが。どなたかご存じの方がいたら、教えてください。
2023.05.29
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本ブログで、昨年のある時期に私がモンゴル人向けの本を書いているようなことを書いたと思いますが、あれから半年以上を経てようやく発刊となりました。今日はモンゴルで有名なブックフェアがスフバートル広場で行われました。今日と明日の二日間の予定です。発行会社はNEPCOという、モンゴル最大の出版社です。これがNEPCOのブースです。このブースに私が書いた本先ほどが届いたということです。(午前中には届いていませんでした)昨日ギリギリまで印刷製本をしていたので、モンゴルではまだどこの書店でも売られてはいません。来週以降に、本格的にモンゴルの書店に並ぶことでしょう。と言っても、ウランバートルの大型書店と言えば結構限られています。ウランバートルホテルの裏辺り(教育大学の向かい当たり)、ノミンデバート内、そしてシャングリラにある書店が有名のようです。本の装丁は緑色で、デザインは馬頭琴です。内容的には以前書いたように、「モンゴルの若者たちにモンゴルのことをもっと知ってほしい」という動機から書いたので、歴史のことが多く書かれていますが、歴史書ではありません。チンギスハーンを詳しく書こうなんてことは学者でもなければできないです。私が書いたポイントは、「現在のモンゴルでよくわかっていないこと」「現在のモンゴルと世界との接点」に対して、これらがなぜ起こったのか?どういう経緯があって、そうなったのか?などを書いたのです。なので、必然的に歴史的経緯も書きましたが、それは歴史のための内容ではなく、「今のモンゴルを知るため」にモンゴル人の若者に是非とも知ってほしいことです。幸いゲラの段階で、読んでくださったモンゴル人の方々からは好評で「こういう事実は誰も教えてくれなかった」「モンゴル人は皆こうしたことを知るべきだ」「外国人の視点で書かれているので、非常にユニーク」などの感想をいただきました。いずれこの本については、現地での評判なども含め、この場で皆さんにご報告させていただきます。ちなみにこの本は「日本モンゴル国交樹立50周年事業」に公式に認定されています。写真の本の右上に50の数字が見えます。前回のダンシャリが40周年事業であったことを思うと、あれから10年たったのかと時の過ぎる速さを感じています。日本語での出版は?などについて聞かれることもありますが、これはモンゴル人のために書いた本ですので、日本人が同じように興味を持つかはわかりません。そうした声が怒れば嬉しいですが。まずは出版できた事実をご報告します。
2023.05.27
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そして本年4月26日の国連総会です。ここで大きな動きが出たのです。その前に、その決議案をチェックする必要があります。安保理ではもちろんロシアによって否決され続けていましたから、決議案提案国にとってはなんとか賛成派を増やしたいのです。そのために、決議の文言をマイルドにするということは試されたようでした。ですがこの4月の決議は、実は「ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議」ではなかったのです。この時は「国連とEUでこれからも協力していきましょうね」という何ともぬるい決議だったのです。それじゃあ、ウクライナとは関係ないじゃないかと思っていましますが、そこには仕掛けがあったのです。まずこの決議ですが、実は国連総会にて毎年採択されている国連と欧州評議会の協力に関する決議なのです。要するに「お決まりの決議」なのです。当然、ヨーロッパ重視の中国も今までは当たり前のように賛成してきたことでしょう。ですが、今回の決議には特別な文言を滑り込ませてあったのです。それは、冒頭部分(2ページ目)に、「ロシア連邦のウクライナ、およびそれ以前のジョージアに対する侵略に続く欧州が現在直面している未曾有の挑戦、並びにロシア連邦の欧州評議会の加盟停止は、(中略)国連と欧州評議会の間の協力強化を求めるものであることを認める」と書かれていたのです。つまり毎年「国連と欧州評議会は協力しましょうね」という表現で決議されていたものに、ロシアによるウクライナとジョージアに対する「侵略」の文言が含まれたのです。これに賛成するということは、自動的に「ロシアによるウクライナへの侵略がある」という事実を認定することになるのです。どうする中国?どうするモンゴル?「欧州と仲良くしましょうね!」という決議に反対する理由はありません。今までもずっと賛成してきたことでしょう。当然ですが、各国ともこの侵略の文言が入っていることは十分承知しています。で、結果はどうなったのか?中国、インドが賛成に回りました。つまりロシアによる侵略があったことを認めたのです。そしてモンゴルも賛成に回りました。みんな賛成かというと、そうではないのです。ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンは棄権です。トルクメニスタンは相変わらず欠席です。そして中央アジの最大国カザフスタンもモンゴルと同じく賛成に回ったのです。つまり今まで対応はほぼ一致していたこれらの国で、対応が割れたのです。私は、この対応の変化にはいくつかの要因があり、それらによって少しずつ変化が起きているのではないかと思います。一番大きい要因は、ロシアの劣勢でしょう。当初の作戦失敗はともかく、その後も攻めあぐね、ロシア内部は分裂でも起きそうなほどいろいろ問題がありそうです。そしてNATOによる強力な武器協力がかなりととのってきたことで、反撃が近づいていることが、多くの国にとって「ロシア弱体化?」「ロシアは周辺国を威嚇している余裕なんかないのでは」と感じてきたからではないでしょうか?ここで欧州評議会との協力を正面から否定したら、今後の情勢次第ではさすがの中国、インドといえどもロシアに全てをかけるわけにはいかないという判断が働いたのではないでしょうか?モンゴルとカザフがなぜ賛成票に回ったのかは聞いていませんが、恐らく「中国が賛成するらしい」との情報を得たのではないでしょうか?それを聞いて、この機会を逃したら、ロシアの呪縛から逃れられないと思ったのではないのでしょうか?この決議を機会に、ロシア周辺国でのロシアへの忖度行動が減っていくような気がします。今、G7サミットに対抗して中国が中央アジア5か国と集まって会合やってますが、この決議一つとってもたった6か国が集まっているだけなのに、賛成2か国、棄権3か国、欠席1か国と対応がバラバラです。中央アジア各国からすれば中国を盟主にしようなんて気持ちはさらさらないでしょうが、習をおだてて何がしかの資金を得られれば上々と考えているのではないでしょうか?モンゴルもこれを機に、ロシアの呪縛から逃れることができるといいのですが。(完)
2023.05.18
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ロシアによるウクライナへの違法な侵略戦争が始まって1年半近くになります。世界の平和を守るためという名目で戦後「戦勝国によって作られた国際連合」は、当然のことながら全く機能していません。最大の原因は「戦勝国というのは、絶対善で敗戦国は絶対悪」という基本概念から始まったからでしょう。それが5大国の拒否権として諸悪の根源となっているのです。絶対善は「絶対に悪いことはしない」という前提が崩れたわけですから、国連が機能しないのは当然です。少なくとも安全保障理事会は全く機能していません。そこで「決議されても強制力はない」ものの、国連加盟国の総意を得るために国連総会でロシアを非難する議決というのを何度もやっているのです。これは記名式です。もし無記名だったら、99%が非難に賛成するだろうともいわれていますが、ロシアなどの反対で記名式となっています。つまり、その国がロシアを非難する決議に賛成したかどうかわかるのです。こうした仕組みがあるので、「誰が見てもロシアが悪いに決まっているような話」でも、実際の決議となると、ロシアの報復、プーチンの顔が浮かんでなかなか「当たり前の態度」を取れないのが現実で、その一つがモンゴルなのです。モンゴルの人の多くは、一部の偏狭なロシア大好き人を除けば、多くの国民は今回のウクライナ侵略がいかにひどいことかわかっています。開戦当初はいろいろな見方がありましたが、さすがに「ウクライナの惨状」「隣のブリヤードモンゴル人への徴兵、戦死」などを見ていれば、ほとんどのモンゴル人は我々と同じ感覚でロシアに対して嫌悪感を持っています。ですが、いざ国連で投票しようとするとプーチンの顔が浮かんでしまいます。顔だけではなく、具体的な報復は実に簡単なのです。モンゴルへのガソリン供給をストップさせる、あるいは減らすだけで、あっという間にモンゴル経済は麻痺してしまいます。モンゴルの西部地域を中心にロシアから電力供給を受けていますが、それだって簡単に止められます。鉄道だって、或いはヨーロッパから来る鉄道の輸入荷物だって、どうなるかわかりません。モンゴルの場合は、単なる「タラ・レバ」の脅しではなく、実際に何度もそうしたいじめ被害は受けてきた経験があるのです。そうなると、なかなか「正しい選択」ができないのが、頭の痛いところです。ところが、今年4月下旬の国連総会で、遂にモンゴルがロシアを批判する決議に賛成票を投じたのです。これは画期的であるとともに、ある意味「ロシアはかなり追い詰められている」とも言える現象ではないかと思います。その辺を一緒に見ていきましょう。ウクライナへの侵攻があってから半年余りたった2022年10月の「ロシアによるウクライナ侵攻に対する非難決議」では、35か国が棄権をし、10か国が投票を欠席しました。この時の棄権国のうち、モンゴルとも関連しそうな国を拾ってみます。新聞でも報道された中国とインドは当然この棄権組です。気になるのは、旧ソ連であった中央アジア各国の動向です。結論としては、日米欧のように賛成した国はゼロです。カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスとモンゴルは棄権。ちなみにタイとベトナムも棄権国でした。トルクメニスタンとイランは欠席国でした。それが侵攻から1年余り経った2023年3月の決議では若干変化しました。ですが、必ずしも「良い傾向」に変化したわけではありません。上記の注目国で言いますと、ウズベキスタンが棄権国から欠席国に変わりました。もっと消極的になったということなんでしょうか?逆にイランは欠席国から棄権国に変わりました。欠席と棄権でどの程度ロシアへの忖度度合いが違うのかはわかりません。そして棄権で意外だったタイが賛成国になりました。軍事政権とも関係あるかはわかりませんが、とりあえずはまともな国になってくれました。ですが、それ以外の上記の国々は半年前と同じ態度でした。もちろん、モンゴルも棄権でした。(続く)
2023.05.17
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モンゴル滞在の著名作家、中国の警察が拘束?という記事を見て、一瞬、また「モンゴルと内モンゴルの違いも良くわからない海外の記事」かと思ったのでした。ですが、ちゃんと読むと全然違います。「中国の警察当局」が、「モンゴルに滞在」していた「内モンゴル自治区出身の」著名作家であるラムジャブ・ボルジギン氏を拘束し、中国に連れ戻したとあるのです。つまり、中国にとってはモンゴル国内も中国国内と同じように、自分たちの警察権が行使できる場所だと思っているということです。これに関する日本での情報が限られているので、モンゴル国内での批評に関しては分かりませんが、モンゴル政府はこのようなことを許していいのでしょうか?記事は「ボルジギン氏が首都ウランバートルで、車両2台に分乗した中国の警察当局者4人に拘束されたとしている。」「陸路で中国に連れ戻され、現在は自治区のシリンホトにいるとの見方が出ている」とあります。これはまさに警察権そのものです。日本の警察だって、フィリピンに滞在中の犯人たちを捕まえたいと思っても、自ら警察権の行使を外国ではできないため、フィリピン政府にお願いしてなんとか逮捕にこぎつけたのです。逆に言えば、警察権の範囲が、その国の管轄権の範囲ともいえるのです。ウランバートルの非政府組織(NGO)関係者はボルジギン氏が今年に入って中国から出国し、ウランバートルに滞在していたと明かしました。この関係者が4月上旬に電話で話した際、「中国には戻りたくない。自由な国で本を書きたい」と新たな書籍の執筆意欲を語っていたと言います。ボルジギン氏は中国で2019年、中国の「文化大革命」(1966~76年)に関する著作を問題視され、中国の裁判所で有罪判決を受けた、のだそうです。一種の亡命なのかもしれません。私はこの記事を読んで、徳王(モンゴル名デムチュクドンロブ(Дэмчигдонров)のことを思い出しました。本ブログの2022年10月25日、26日付けで書いたものです。それによると、内モンゴルとモンゴル人民共和国の南北統一を夢見たと内モンゴルの徳王は、1949年徳王を主席とする「モンゴル自治政府」を内モンゴルで発足させました。そして当時すでに「独立国」であった(はずの)モンゴル人民共和国のトップであったチョイバルサンと接触し了解を得て、遂にモンゴル人民共和国に亡命し、ウランバートルに到着したのでした。ですが、結局、中国やソ連にの干渉によって徳王は中国に連れ戻されたのです。当然、国家分裂を企てた徳王は有罪となり、中国で禁固刑となりました。どうですか?「ボルギジン氏がモンゴル国という自由な国で作家活動をしたい」「徳王が南北統一のためにウランバートルへやって来た」のに、結局は中国に連れ戻されたという事実は、何も変わっていないのです。徳王の時代は社会主義ですから仕方なかったと言えるかもしれません。ですが、それから70年以上もたった自由主義のモンゴルも結局は中国に逆らえないということなのでしょうか?モンゴルは本当に独立国なのでしょうか?モンゴル人は「内モンゴルとは違う!我々は中国には干渉されない!」と言いますが、本当にそうなのでしょうか?かくいう日本だって、中国警察が既に日本国内にあるとの話もあります。陸続きではないので、身柄拘束してそのまま連れ去るのは簡単ではないでしょうが、北朝鮮のように海岸から拉致することはできます。日本政府も、この問題をもっと掘り下げて問題意識を持ってほしいと思います。モンゴルも最早安全な場所ではないのでしょうか?ちょっと怖い気がしますね。
2023.05.16
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基本は新潟県産コシヒカリなのです。ところが、「新潟と言っても広いよ。うちの米は特別だから一緒にされてはかなわない」と個別ブランドとして名乗りを上げたのが「魚沼産コシヒカリ」です。にいがた和牛の例に倣うなら「地域別にいろいろ要望はあるでしょうが、ここは新潟県を一つにしましょう!」となるとことなのに、なぜか魚沼産だけが特別扱いされている。実は新潟には、魚沼産以外に「岩船産コシヒカリ」「佐渡産コシヒカリ」も東京の市場で正式に存在しているのです。魚沼産が名乗れるなら、岩船も名乗らせろ!いやいや佐渡産だって美味しいぞ!なるところです。本来ならそんな争いごとを避けたいなら、にいがた和牛の例のように「ここは新潟産コシヒカリ一本でいきましょう!」となるところなのに、結果は魚沼産だけが取り上げられています。相当魚沼からのゴリ押しがあったと思われます。新潟サミットのレセプションのメニューです。ところがその上を行くゴリ押しがあるのです。それは一番最後にある「塩沢産コシヒカリのムース」です。塩沢産?県外の方には耳慣れない名前でしょうが、これは魚沼産コシヒカリの中の一つの地域の名前なんです。つまり式でいえばこうなります。日本のコシヒカリ>新潟県産コシヒカリ>魚沼産コシヒカリ>塩沢産コシヒカリ、となります。ちなみに塩沢産コシヒカリは東京の相場では正式なブランドにはなっていません。つまり正式なブランドである岩船産、佐渡産を差し置いて、超小さなエリアの地域名を公式の場でブランド米として出しているのです。これには岩船や佐渡も黙っていなかったと思いますが、どこかの政治勢力で決着したのでしょう。ちなみに新之助はまだ新潟県産としてアピールするのが精いっぱいで、地域対立もありません。というか、どうも新之助は県主導で作られたブランド米で、思ったようには人気が出ていないようなのです。そんな大した人気もない米に地域が頑張って地域ブランドを作るほどの熱意もメリットもないのでしょう。次に怪しいのは、しろねポークです。実は新潟県にはブランド豚が非常に多いのです。朝日豚、甘豚、越後あじわいポーク、越後米豚越王、越後村上岩村豚、越後もちぶた、北越後パイオニアポーク、越乃黄金豚、佐渡島黒豚、純白のビアンカ、しろねポーク、津南ポーク、妻有ポークの実に13種類ものブランド豚があるのです。もちろん、県外どころか県内でも知っている人は少ないでしょう。そんな中、「しろねポーク」だけが、このサミットに取り上げられたのです!これではまるで、県が「にいがたで一番美味しいのはしろねポークだ!」と宣言しているようなものです。これには他のブランド豚も黙ってはないでしょうが、これまた政治の世界で決着ついたんじゃないかと思います。肉ついでに言えば、鶏肉もあります。ここでは「越の鶏たれカツ」に使われているブランド「越の鶏」が採用されています。が、これまた翠鶏(みどり)、にいがた地鶏、越後ハーブ鶏などがある中で、越の鶏が選ばれています。じゃあ、越の鶏は他の鶏より美味しいと県知事は言うのか?となります。同じ話の繰り返しですね。肉以外でもあります。県産珍味に佐渡一夜干しイカがありますが、これは新潟県内では一目置かれるおいしい珍味ですから、問題ないでしょう。その次の「サケの酒浸し」があります。これは確かに美味しいのですが「越後村上が生んだ味の芸術品」ともいわれるくらいに村上であることが有名なのに、なぜか村上の名前がありません。村上は、村上茶(日本のお茶栽培の北限地として有名)でも名前が載っていますが、なぜか酒浸しには「村上サケの酒浸し」とはなっていません。もしかして、村上以外で作っている業者から「村上だけじゃないぞ!」という声が上がったのかもしれません。笹団子に至っては、新潟には老舗ブランドが多いですが、その中でどこか特定のブランドを書いたら、収拾付かなくなるのかもしれません。ここには書かれていませんが、佐渡産のえごも入っていたようです。私はこれが大好きなのですが、実は新潟産(佐渡ではなく、新潟市で作ったもの)もありますから、これまた産地名で揉めるかもしれません。もっとも、佐渡産のは新潟産とはとは比べ物にならないくらいに美味しいですけど。当然、これらのメニュー以外に、メニューに載せたい有名な食べ物はたくさんあったことでしょう。代表的なのは「加島屋の鮭製品」や日本トップクラスの生産を誇るかまぼこ(堀川など)や米菓などもアプローチがあったに違いありません。こうしたメニューは少なくとも半年以上前から検討を重ねて来たことでしょう。当初はシェフを交えて、純粋におもてなしメニューとして最高のものを!と考えたことだと思います。でも、そんのことは恐らくあっという間に政治家ら関係業者らによって蹴散らされたことでしょう。はっきりしていることがあります。「特定のシェフが最高の料理を作るために考えに考えたメニューを作る」という視点、つまり「世界から来られるVIPのための最高のおもてなしと」という視点ではなく、そうした視点は建前上はありながらも実質的に「県内業者、県内政治家による対外向け宣伝、プロパガンダを第一優先にした新潟県物産展的発想のメニュー」だということです。しかもブランド間の扱いの不平等さを見ると、とても「オール新潟が一丸となって!」とは全く感じられないメニューだなと思いました。VIPたちの本当の感想を聞きたいです。「ニューヨークやパリで一流日本人シェフによる美味しい和食を食べたが、やはり本場の和食を堪能したい。ものすごく楽しみにしてきた!」というVIPの舌を唸ならせることができたのでしょうか、この新潟物産展で?(完)
2023.05.13
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新潟に来ています。私はここ数年は、お正月やお盆の「民族大移動時」の帰郷は避け、5月や11月頃に帰るようにしています。先月新潟に来たばかりですが、あの時は日帰りで実家にも寄っていませんでしたので、今回はちょっとのんびり過ごしています。実家で食事したり、ゴルフに行ったりしています。偶然でしたが、この時期は新潟でサミットが開催され、私の帰郷とちょうど重なりました。市内の道路には「(サミット会場である)万代地区には立ち入らないように」という看板が出ており、実際、あの辺を走った車は結構検問を受けているようです。安倍さんに続き、岸田さん襲撃の直後ですから、新潟県警はピリピリしているようです。当然ですが、サミット開催中に何か事故でも起こったら、まあ、最低限、新潟県警のトップの首は飛ぶでしょうからね。聞くところに寄れば「新潟にこんなにたくさんの白バイがあったのか!?」とか「とんでもない数の機動隊の車」や「県外ナンバーのVIP輸送車(民間リムジンサービス会社の車、アルファードなど)がおびただしい数ある」ところが先月私が行った、会場となっている「朱鷺メッセ」付近にいるそうです。新聞によれば「千葉や茨城などから応援が来ている」とのことです。なので検問等が厳しいため、わざわざ万代周辺に出かける人はいないようです。実家では、日経新聞と地元紙新潟日報を取っていますが、今朝の一面は全く違うものでした。日経新聞は郵便局の統廃合に関するニュースがトップでしたが、地元紙はさすがに「新潟サミット一色」です。一面以外にも関連記事として3面、10面、27面にも特集が載っているほどの力の入れようです。まあ、新潟日報としては10年に1度あるかないかの新潟での世界的会議開催ですから、当然でしょう。とは言っても、サミット会議が行われるのは新潟市だけではなく、仙台市で科学技術相会合が、富山市・金沢市で教育相会合が、そして保健相会合が長崎市手予定されています。とはいえ、新潟市のは財務相・中央銀行総裁会議ですから、ちょっぴり格上のような気がしないでもありません。普通なら、新潟はせいぜい農業相会合がせいぜいでしょうから、きっと今回は頑張ったのでしょう。サミットの内容は関心がある方なら、ネットなどで情報は見られるでしょう。私が注目したのは地元紙ファードなど)がおびただしい数ある」ところが先月私が行った、会場となっている「朱鷺メッセ」付近にいるそうです。新聞によれば「千葉や茨城などから応援が来ている」とのことです。なので検問等が厳しいため、わざわざ万代周辺に出かける人はいないようです。実家では、日経新聞と地元紙新潟日報を取っていますが、今朝の一面は全く違うものでした。日経新聞は郵便局の統廃合に関するニュースがトップでしたが、地元紙はさすがに「新潟サミット一色」です。一面以外にも関連記事として3面、10面、27面にも特集が載っているほどの力の入れようです。まあ、新潟日報としては10年に1度あるかないかの新潟での世界的会議開催ですから、当然でしょう。とは言っても、サミット会議が行われるのは新潟市だけではなく、仙台市で科学技術相会合が、富山市・金沢市で教育相会合が、そして保健相会合が長崎市手予定されています。とはいえ、新潟市のは財務相・中央銀行総裁会議ですから、ちょっぴり格上のような気がしないでもありません。普通なら、新潟はせいぜい農業相会合がせいぜいでしょうから、きっと今回は頑張ったのでしょう。サミットの内容は関心がある方なら、ネットなどで情報は見られるでしょう。私が注目したのは地元紙ながらの記事です。それは歓迎レセプションでのメニューです。これを見た最初の印象は、これはシェフが作ったメニューではなく、「政治家らが争ってできたメニューだな」ということと「食べる人の気持ちを考えたのではなく、単に新潟のことしか考えてないメニュー」だということです。そもそもこれがコースのメニュー書きなのか、単なる料理の羅列なのかはわかりません。さすがに最初にいきなり「にいがた和牛鉄板焼き」が出るとは思えませんね。なので、順番は関係ないものとしてみましょう。「政治的」と言いましたが、その理由の一つに「名前(ブランド)」があります。いくつか見ていきましょう。最初は「にいがた和牛」です。面白くもなんともない名前ですが、現在はこの名前で売り出しているようです。ですが、新潟にはこれとは別に「にいがた和牛むらかみ牛」というブランドもあるのです。これはにいがた和牛の中でも特に美味しい村上や岩船で飼育された牛のブランドです。つまり全体としては「にいがた和牛」ですが、中でも特に美味しいのは「にいがた和牛むらかみ牛」だというわけです。どうでもいい話ですが、この2つの名前のうち「にいがた和牛」を採用したのです。個別ブランドよりも新潟全体ブランドが優先ということです。なるほど、それが全体のポリシーならわかります。では、おにぎりを見てください。これは「魚沼産コシヒカリ、新之助食べ比べ」とあります。まずは魚沼産コシヒカリを考えます。ご存じのように新潟県のコシヒカリは日本でもっとも有名な米で、値段も一番高いです。なので、基本は新潟県産コシヒカリなのです。(続く)
2023.05.12
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日本企業の現地法人が多い国ランキングが東洋経済に出ていました。当然ですが、大市場である中国やアメリカが多いに決まっており、ランキングとあるくらいですからモンゴルがそのリストに載っているとは思ってもいませんでした。ですが、そのランキングは138位まであるのです。そうなると、モンゴルのことが気になります。そこには「現地法人数」「進出日本企業数」「5年前の現地法人数」「5年前の進出日本企業数」が国別に載っているのです。現地法人数と進出企業数が違うのは、例えばトヨタは中国で第一豊田と広汽豊田の現地法人を持っているので、この事例だけを取り上げれば「進出企業はトヨタ1社」で「現地法人は合弁2社」という計算になるのでしょう。日本からの進出法人数上位30か国を対象に平均値を出すことで、日本企業の進出の様子をデータで見てみましょう。進出日本企業1社に対して、現地法人は平均1.55社です。つまり、日本企業は平均的に進出先で1つか2つの現地法人を持っているということになります。この5年間は色々なことがありました。特に大きな影響は、コロナとウクライナ戦争でしょう。そうした厳しい環境下にもかかわらず、上位30か国での現地法人数は7.71%増え、進出日本企業数は7.57%増えています。残念ながら日本国はこの5年間でわずか5%程度しか成長していませんから、やはり日本企業の多くは成長を海外に求めているのだと思います。現地法人数第一位の国は、やっぱり中国で6,862社で、進出日本企業数は3,149社です。これは進出日本企業1社あたり平均2.18社ですから、上位30か国平均よりはかなり高いと言えます。ただ、第2位のアメリカも平均2.09社とやはり高いですから、これは大市場に進出した日本企業は複数の現地法人を持つ傾向にあるということでしょう。上位10か国で、現地法人数も進出日本企業数も唯一5年前よりも減少しているのが香港(第7位)です。これはわかりますね。もう自由な香港はなくなったのですから、撤退する企業が出てきたことは当然でしょう。撤退の意思決定には時間を要しますから、今後撤退をする企業もまだまだ出てくるでしょう。他方、上位10か国で一番増えているのはベトナムで、ランキングは5位です。現地法人数(1,467社)は38%増、進出日本企業数(1,185社)は35%増とともに大きく伸びています。他方中国はそれぞれ2%、3%の伸びとかなり低いことから、やはり中国からベトナムへシフトしていることがわかります。中国への不安がベトナムシフトをさせているんでしょうね。上位30位以内で目立つのはミヤンマーで、ランキングは25位です。現地法人数(170社)は41%増、進出日本企業数(120社)は35%増とともに増加しています。軍事政権下でも、最後のフロンティアと言われたミヤンマーへの進出は増えているのでしょう。「新興国」という言い方が出てきた2000年代にはベトナムもそうでしたが、モンゴルも新興国として将来の発展を期待されていました。そしてその多くの新興国に日本企業は進出したのです。ではモンゴルは現在どうなっているのでしょうか?ランキングでいえば、71位で、現地法人数は11社、進出日本企業数は10社とかなり少ないです。しかも5年前と比べて、それぞれ1社減、5社減となっています。進出日本企業数はもともと15社と少なかったのですが、33%も減ってわずか10社となりました。ここまで少ないと、企業名を数えられるような気もします。ハーンバンク、モビコム、ソフトバンクのエネルギーや新潟クボタなど、固有名詞が出てきます。他にも住宅や農業などあるようですが、ほとんど増えていないと思ったら、逆に3分の2に減ってしまったということです。世界の多くの国々で日本企業の進出が増えている中、もともと少なかったモンゴルはさらに減少しているということになります。非常に残念ですが、肌感覚と合っているだけに残念です。もっと私の知らないところで、意外な企業がどんどん進出しているという期待がありましたけど、そうではないようです。日本企業は大消費地が好きですから、モンゴルに難しいのはよくわかります。ですが、人口1,000万人以下の主要国(シンガポール、ノルウェー、パナマなど9か国)の平均をとると、現地法人数は216社、進出日本企業数は161社で5年間でそれぞれ共に9%程度は増えています。ここからわかるのは、・日本企業の多くが、海外進出に積極的で、ほとんどの国で進出企業は増えている。・人口が少ないからと言って、極端に法人数が少ないわけでもなく、また過去5年間で法人数を減らしているわけでもない。人口そのものは、理由にはならない。ということです。つまり、日本企業の進出や法人数が少ない、或いは減っているというのはかなり、モンゴル固有の事情だということがわかります。とまあ、こんな数字の分析なんかしなくても、皆さん肌感覚ではわかっていると思います。日本企業の進出がない、せっかく進出して来たのに結局撤退した、それに引き換え中国や韓国企業の進出は活発だ、などです。こうした現象に対する理由は私なりには理解していますが、結論としては、日本企業のモンゴル進出は10年以上前から叫ばれていますが、全く活発ではないということと、モンゴル側も最早日本企業の進出に過度な期待は持たなくなっているという事実です。私はモンゴルと日本の交流は、企業任せだけではなく、もっと根本的なところから変えていかないといけないのではないかと思っています。
2023.05.08
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