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森の声

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2026.05.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日は「〝ゆるめる〟とは気持ちがいい状態にすること」ということを書きました。
3週間前ぐらいには「〝ゆるめる〟ということは力を抜くことではなくつなげること」ということを書きました。
そして、しつこいですが、今日もまた〝ゆるめる〟ということについて書きます。

なんで、こんな風に同じテーマで何回も書くのかというと、一つの物事には多様な側面があるからです。さらに、どんなに言葉を尽くして説明しても「一面」しか語ることが出来ません。「言葉」では全体を語ることが出来ないのです。それが「言葉」の限界です。
「全体」は様々な「一面」を受け取った人が、自分の頭や心やからだの中で合成するしかないのです。

で、今日書きたいのは〝ゆるめる〟の別の側面です。それは「〝ゆるめる〟とは自由に動ける状態にすること」ということです。

「力」を入れれば当然のことながら「力」は出ます。
ですから、重いものを持ち上げたり押したりするときには「力」を入れる必要があります。強い力を出すためには強い筋肉が必要です。だから、力と力がぶつかり合うようなスポーツとしての格闘技では、筋トレなどをして筋肉を付けます。そうしないと戦えないからです。
そして観客は、力と力のぶつかり合いを見て楽しみます。

スピードも必要ですが、「力を出す筋肉」と「スピードを出す筋肉」は別の筋肉です。ですから「力を出す筋肉」を付けすぎると、スピードが落ちたりします。

この「強い力を出すためには強い筋肉が必要だ」というのは分かりやすいですよね。でも、日本の武術などでは「筋トレなんか必要がない」と言われています。時代劇なんか見ていても筋トレをやっているシーンは一切出てきませんよね。ストレッチもやりません。時代劇で「これから戦いだからストレッチをしよう」などというシーンはあり得ないのです。
なぜなら、スポーツでの「からだの使い方」と武術での「からだの使い方」は全く異なっているからです。

スポーツでは腕にかかる負荷は腕で受け止め腕で処理します。だから腕の筋肉が必要になるのです。そしてこれが現代の普通の人のからだの使い方でもあります。でも、武術などでは腕にかかる負荷を、からだの構造を変えて腕ではなく腹や足で受けたりするのです。

すると、力を入れている時には筋肉が固まっているので自由には動かせなかった腕が、力を入れる必要がなくなって自由に動かせるようになるのです。それが「緩める」という状態でもあります。

「え!そんなこと出来るわけないじゃん」などと思うかも知れませんがそれが出来てしまうのが「からだの不思議」なんです。
ただし、緩めるためには力を抜くだけでなくからだの構造を変える必要があります。筋肉ではなく骨格を使うのです。だから「姿勢」が重要になるのです。筋肉ではなく姿勢で力を処理するのです。

ただし、この方法は「受け」には使えますが「攻撃」には使えません。これは日本の武術の特徴でもあります。武術の技は攻撃してくる相手には使えるのですが、攻撃してこない相手には使えないのです。
ですから、武術は基本的に「自分の身を守るための技」です。
そこで大切になるのは「どう逃げるか」「どう避けるか」ではなく「どう受けるのか」ということです。システマでも似たようなことを言われました。

でも、西洋で生まれたスポーツでは「受け」よりも「攻撃」の方が重視されます。相手が攻撃してくるのを待っているだけだったら指導を受けてしまいます。お互いに相手の攻撃を待っていたら何も始まりません。だから合気道なんかでは攻撃役と受け手を分けて練習しているのです。





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Last updated  2026.05.06 09:44:41
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