2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1
「ざ・鬼太鼓座」の前に書こうと思っていたものの一つは、「やわらかい手」である。数日前の夜、脚本家のT・Iさんから電話があった。「きょう、『柔らかい手』見てきたんだけど、見た?」「え?いや…」「以前ビデオをくれた『あの胸にもう一度』の女優さんが主演の…」「ええッ、マリアンヌ・フェイスフルが?」「そう、年取ったけど」うかつだった。マリアンヌ・フェイスフルの映画が来てるなんて。次の日さっそく渋谷の「ル・シネマ」に行ってきた。見てよかった。すでに熟年となっていて、ふっくらとした体形になっていたが、あのマリアンヌ・へイスフルに間違いが無かった。「あの胸にもういちど」というのは、1969年に封切られたフランス映画である。どうい話かというと…、本屋の娘レベッカ(マリアンヌ・フェイスフル)は、婚約者とスキー旅行に出かけた。その夜、ベッドに忍び込んできた男がいた。彼女は夢うつつの中で、フィアンセだと思って許したのだが、途中で違うと気付いた。だが男の愛撫の心地よさに、抵抗せず受け入れてしまう。男は本屋によく現れるダニエル(アラン・ドロン)だった。旅行から帰ると、ダニエルはオートバイを駆って平然とやってきた。レベッカはダニエルに誘われるまま、彼のオートバイの後ろに乗った。そして、モーテルでダニエルに抱かれた。情事のあと、彼女は、オートバイの乗り方をわった。結婚すると、ダニエルから、お祝いにハーレー・ダヴィドソンが届いた。レベッカは、それに乗って会いにおいでという謎であると、すぐにわかった。ある朝、ようやく小鳥がさえずり始めたころ、レベッカは夫に気づかれないように、そっとベッドを抜け出し、素肌に黒のつなぎを着て、ジッパーをしめた。そして、ダニエルの住む街にむかってハーレーを疾駆した。レベッカは、その振動に身をまかせ、ダニエルとの情事を想うのだった…。ともかく、マリアンヌ・フェイスフルは初々しかった。この映画を見たのは、ぼくがまだオートバイに興味を持つずっと前である。助監督になって3年ほどしたころ、先輩に紹介されて、この映画のシナリオの採録をした。映画雑誌に掲載するためである。字幕をつけるために台詞だけののテキストはあったがト書きはなく、しかもフランス語だった。大学ではロシア語専攻だった先輩は、ぼくが第2外国語にフランス語をとっていたと知って、おしつけたのだった。このころはビデオなど無い頃のことである。せっせと試写室に通ってメモをとり、シナリオ化した。そのおかげで、まだシナリオを書いたことはなかったが、1本の映画のボリュームが分かって面白かった。その後も3本ほど採録をした。さて、そこで、「やわらかい手」である。ロンドン郊外に住むマギーは、夫に先立たれ、息子夫婦と孫だけが生きがいである。だが最愛の孫は難病で、特別な手術を受けなければ死ぬといわれている。なんとか孫を助けたいと思ったマギーは、風俗の仕事にありついた。それは日本の風俗にヒントを得たものだという。壁にあいた丸い穴の前で、彼女は柔らかな手を動かす。壁の向こうで男たちは絶頂を迎える…。彼女の手の人気は高く、その前は長蛇の列となった。 2007年のベルリン国際映画祭正式出品作品で、イギリス・フランス・ベルギー・ドイツ・ルクセンブルグ5カ国の合作である。熟年のマリアンヌ・フェイスフルは素敵だった。そして、監督も相当なものである。一歩間違えば喜劇にもなる題材なのに、そんなことはまったくなく、淡々と話を進めている。そして、彼女のよさをじっくりとひき出している。T・Iさんに教えてもらって本当によかった。また「あの胸にもういちど」が記念に上映されている。祝祭日の前の日だかのレイトショーだが。これも絶対に見に行かなければ、と思っている。
2007.12.30
コメント(2)
ここんとこ続けて面白い映画を見たので、そのことを書こうと思っていたら、きょう友人が「鬼太鼓座」(監督・加藤泰)が新春に上映されるという案内をくれたので、それをまず書くことにする。2008・1・5~1・14まで、「進化する映画×リアリティ」という特集が、シネセゾン渋谷で催される。「ドキュメンタリー&ノンフィクション、その技法の過去・現在・未来」という副題がついていて、31本の作品が上映され、その中の1本として上映される。上映は2回ある。 1月10日 THU 19:00~ 1月13日 SUN 11:00~ 「ざ・鬼太鼓座」は、1981年に完成してから13年も上映されなかったので幻といわれた映画であり、加藤監督唯一のドキュメンタリー(ノンフィクション)である。だが、不思議なことに、この映画には脚本がある。そう、これはドキュメンタリーであって、ドキュメンタリーではない。ぼくは、その脚本を書き、完成まで足かけ4年、助監督としてかかわったのである。(案内には脚本家の名前は載っていないのが残念だが)これは、公演中の鬼太鼓座の舞台を記録したものではない。演奏は鬼太鼓座そのものだが、それを舞台の外で演奏させたのである。ある時は現実の風景の中で、ある時は創られた巨大なセットの中で…。鬼太鼓座は、1970年、田耕という人が若者達を佐渡に集めて結成した民族芸能集団である。若者たちは佐渡に住みつき集団生活をしながら、太鼓や三味線に取り組んだ。しかも、そのためには強靭な肉体が必要であるという田氏の思想に導かれて、連日30キロも走り続けた。そして、1974年、彼らは海を渡ってボストン・マラソンに参加し、ゴールに飛びこむや否や太鼓を打ち鳴らし、人々の度肝を抜いた。それを見ていた小沢征爾はジョイントコンサートを企画、世界中に鬼太鼓座の名を知らしめた。現在、ソロの太鼓奏者として知られている林英哲が、その中心にいた。だが、映画が出来ると、英哲は鬼太鼓座をでてソロで活動をはじめ、残る座員も田氏と別れて「鼓童」を結成した。田氏は新たに第2次鬼太鼓座をはじめたが、彼もこの世を去った。今はその遺志を継いだ第3次鬼太鼓座が活動をつづけている。だから、この映画の中に描かれている鬼太鼓座はもはや存在しない。そして…、監督の加藤泰さんも、キャメラマンの丸山恵司さんもいない。この映画は、まさ70年後半から80年代初頭にかけての、ひとつの時代の記録であったといえるかもしれない。快作ならぬ怪作といわれている作品だが、一度は見てほしい映画である。
2007.12.29
コメント(7)
「ライナー・タイ」って何だ?初めて聞いた事なので、友人がHPに書いているのを紹介しよう。 今をさる数千年前のある時期、東アジアから東南アジアの大陸部にかけての民族分布は、大雑把に言って、北の黄河中上流一帯に漢民族、華中から華南にかけてタイ系民族の祖先、その南にモン・クメール系民族、さらにその南、インドシナ半島の北部から南部にかけて、マレー・ポリネシア系民族が、住んでいたのだそうです。 中国の殷・周時代以前に、黄河中流域に伝説上(?)の「夏」 という国が、あったそうですが、この国はタイ系民族の国だったという説もあるそうです。 殷・周時代には、すでに、漢民族は黄河下流域にまで移動してきていて、そこころには先住民族だったかもしれないタイ系民族などは、南下せざるを得なかったものと思われます。 その後も漢民族の南下は続き、それにつれて、タイ系民族、モン・クメール系民族なども南下し、南のインドシナ半島部のマレー・ポリネシア系民族は、東南アジアの島嶼部に押し出されていったようです。現在の海洋民族・ポリネシア民族も、その祖先はアジアの大陸部を住みかとしていた人たちだそうです。 南西方面に移動していったタイ系民族も、時代が変わるとともに、大タイ、小タイなどさまざまな民族に分かれていったようですが、やがて、現在のタイ国のあたりに、北タイ系、東北タイ系、中央タイ系の三つのグループが出来ていったようです。 その北タイ系の人たちによって建てられた国が、「ランナー国」、中国史に登場する「八百息国」で、西暦の12世紀ころ、平安時代の末ころのことだそうです。 「ラン」とは、「百万」という意味で、「ナー」とは、「稲田」を意味します。「百万の田のある国」で、豊かな稲作文化の国をあらわしているようです。 都邑(みやこ)は、現在のチェンマイ県の北部の「チャイプラカーン」あたりにあったようです。メコン川の支流、「コック川」 をさかのぼったところです。当時は、このあたりまで、クメール帝国の勢力が及んでいたそうですが、その版図の辺境の地に、かろうじて建国できたようです。 その後、「ランナー国」は、「アユタヤ王朝」、「ミャンマー王朝」 など近隣諸国の属国になったこともあったようですが、100年ほど前まで、ともかくも王朝だけは維持されてきたようです。 現在のタイ国に併合されたのは、20世紀初頭になってからのことで、現在も、ランナー王朝の王族の子孫は健在だそうです。 現在では、当時の、この「ランナー国」を「ランナー・タイ国」とよび、往時の勢力圏だった、チェンマイとその近郊を「ランナー・タイ」と呼んでいます。 タイは、「多民族国家」 で、しかも、その多民族の混交した社会です。南タイの一部を除けば、「民族問対立」 はありません。 『タイで生まれて、タイ語を話せばタイ人』、じつにすばらしいことではないでしょうか。 かつてシャムで王様になった山田長政の物語を考えた事があるのだが、こういう歴史(民族史)まで考えていなかった。改めて考えると面白そうだ。いつかまとめる事にしよう。それまで、大事にとっておこう。
2007.12.14
コメント(2)
ひょんなことで、ぼくの名前が出ているサイトを見つけた。何の縁も無いのにと不思議に思って見てみたら、なんと20年近くも会っていない大学時代の友人のものだった。しかも、タイに住んでいて、HPをやっているのだった。確かに学生時代は、いろいろとつるんでいた仲間の一人ではあったが、卒業後は2,3度会ったきりで、ずーっと音信不通だった。やつは、30年も前の80年代半ば、初めてタイに行った時に出会った女性に一目惚れし、妻と離婚してその女性と結婚してタイに渡った。だが、数年して日本に戻ったと風の噂できいていた。タイに行くとき、前妻と分け合った全財産の半分を持っていったのだが、そのおかげで使用人付きの大邸宅に住めて、しかも、何の仕事もしなくても優雅に暮らせたという。最初はそれでもよかったが、次第に暇をもてあますようになり、あまりの退屈さに日本に舞い戻ったときいていたので、またタイに戻っているとは知らなかった。5年前に戻ったそうだが、どうやら、タイ人の奥さんとはずっと続いているようだ。家族や一族の写真が載っていて、元気そうである。何をしていたかと、彼のプロフィールを見ると、なんと大学の同級生の欄にぼくの名前だけが書かれていて、他の人間は出ていない。(これがサーチにひっかっかったらしい)ぼくよりもっと親しかったはずの、丹後ちりめんのの若旦那や、佐渡出身で裁判官になった男やら、学習院高校出身なのにギャンブルが大好きで滅法強い男やら、東映に行った大酒のみの男のことは書かれていない。何十年も会っていないのに、彼の中に、ぼくだけが記憶されているのだろうか?妙な気持ちである。早速連絡してみようと思うのだが、なんと言葉をかければいいのか迷っている。だが、音信不通だった男と、こういう風に再会できるとは、まさにネット時代のおかげだ。そう思うと、今の時代、決して悪くないと思う。…というのは、ノー天気すぎようか。 http://lanna-thai.jugem.jp/
2007.12.13
コメント(2)
ひょんなことから知った「新旧スイーツ対決」なるサイトで、お菓子をうたった歌が2曲紹介されている。その「旧」になっているのが、なんと「くいしんぼうのカレンダー」である。それも歌詞だけでなく、1975年の最初の「みんなのうた」の映像が丸ごと放映されている。だが、NHKの提供ではなく、どうも私的なサイトのようだ。再放送が何回かあったようだから、その時に録画しておいて使っているのかも知れない。(制作は、07年11月22日となっているのでごく最近のことだ)この歌は、ぼくの処女作だ。ある酒席で紹介された女性が「みんなのうた」のディレクターで、しかも高校の後輩と知って、あの歌がいい、この歌がよかった、と言い合って大いに盛り上がったのだった。ちょうど子どもが幼稚園に行っているころだったので、家中でよく見ていたからだ。楽しく言い合っているうちに、あなたも作詞してみたらといわれて、すっかりその気になった。それから、暇だあると(というより暇があろうとなかろうと)毎日のようにぶつぶつと言葉を書いたり消したりして、ようやく2曲ほどまとまった。そこでいそいそと連絡をしたのだが、なんと彼女は配置転換で違う部署に異動するのだという。せっかく苦労してつくったのに…とがっかりしていると、「後任に引き継いでおいたから」と言ってくれた。だが、その後まったく音沙汰が無い。すっかりあきらめていたが、半年ほどして、突然、男のディレクターから電話があった。2曲のうち「くしんぼうのカレンダー」をやるので、作曲は中田喜直に頼んだという。「ええッ、中田って、あの中田喜直…」「そうです」しばらくしてメロディ譜が送られてきた。なにやらきれいな音符が並んでいる。だが、ぼくが読めるはずはない。かみさんがピアノをたたいてくれたのだが、どうもイメージがはっきりしない。何日か後の曲の録音の日、中田喜直さんに初めて会った。中田さんは、温厚な笑顔を浮かべた白髪まじりの人だった。で、初めて楽士さんたちが演奏した曲を聴いてびっくりした。「いったい、誰のうた?」といいたくなるほどきれいな旋律である。詞もまったく直しはなかったが、最後の一節だけリピートされていた。なるほど、その方が調子がとれる。半年前、詞を考えながら、いったいどんなメロディになるのか見当もつかず、ただ呪文のようにブツブツ唱えていたのを思い出して、不思議な気持ちになった。やっぱり作曲者はすごい!それが、ぼくにとって初めての「表現」だった。(「歌」だけでなく、あらゆる意味での処女作であった)映画への道はまだまだ遠く、ぼくは歌をつくる楽しみにしばらく夢中になった。おかげで、「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」「ひらけポンキッキ」などでいくつか歌ってもらえることができた。もしこの歌が実現していなかったら、今、ぼくはここにいるのだろうか?そんなことを思いながら、昔の映像に、懐かしさ以上のものを感じている。本当は、著作権の問題があるのだけど…。 http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/20071122
2007.12.09
コメント(6)
「リアル」の第7巻が発売された。井上雄彦の車椅子バスケットのマンガである。1999年に「週刊ヤングジャンプ」で連載が始まったのだが(ぼくが車椅子になった年だ!)、力作すぎて断続的に連載されている。コミックスとしては、2001年に第1巻が出たのに、今やっと7巻目だ。だが、次は来春というから、すこしずつ早まっているようだ。バイク事故で女の子を車椅子にしてしまった野宮朋美と車椅子の戸川清春と車椅子になってしまった高橋久信、この三人の葛藤のドラマである。飛び飛びに読んでいると脈絡がたどりつらくなるので、新しい巻が出るたびに前を読み返している。今回は新しい人物が登場した。水島亮という男が登場した。「東京車椅子バスケットボール選手権大会」での争いがメインのドラマだ。だが、「東京タイガース」の中心の戸川に敵チームのスカウトが手をのばしてくる。果たして…。車椅子バスケットは、障害者だけでなく健常者が加わってもいいことになっている。関西には「リアル」という名のチームが実際にあるそうだ。そのチームには女性もいるというが、座ってバランスの取れない選手は1点、健常者は5点…というように持点があって、1チーム5人の合計が14点以下ということになっている。だから、健常者だけでチームを組むこはできない。その組み合わせがチームの力を決める。先日、偶然、車椅子バスケット連盟の顧問の上田裕彦さんと知り合った。19歳のときにバイク事故にあって以来46年も車椅子という人だが、さすがに身が軽い。もちろんコートではなく日常の場であったが、上田さんの鮮やかな車さばきを見ていると、ぼくも車椅子バスケを味わってみたくなった。いまや年に7つの全国大会があるそうだから、そのうち見に行こうと思っている。そして、「リアル」を映画に!
2007.12.06
コメント(2)
先日放映されたドラマ「点と線」は、いま思っても傑作だったと思う。脚本の竹山洋が友人だった事もあって、肩入れしてみていたのは確かだが、それを差し引いても評価は変らない。その後、あるパーティで竹山さんに偶然会ったので、話はおのずから「点と線」におよんだ。そのとき、原作ではビートたけし演じる初老の鳥飼刑事は九州にいるだけで上京していないといわれたので、いったいどんな風だったか気になって文庫本を購入、読みふけった。読み終わって、「点と線」をドラマにしようと思ったとき、この初老の鳥飼刑事を主役にしようと考えた企画陣は、すばらしいと思った。原作では若い三原刑事が全面的に活躍しているのだから。こういう風に、原作では裏に隠れている人物を掘り起こして形象するのは、竹山洋は実に上手い。昭和32年という設定ゆえの鳥飼が戦争での過酷な体験を、銃弾が体内に入ったままの肉体であらわしているのが説得力があった。ともすればあざとくなるだけの設定だが、さすがはタケシである。短いシーンだが、捜査に不熱心な上司がかつて関東軍にいたと聞いて激怒するところが良かった。「日本人を見捨てて逃げた関東軍は許さない」という趣旨のセリフは小気味良かった。敗戦直後の満州で関東軍が自分たちと家族を最優先して住民を置きざりにしたという事実を、こういう形で指弾したドラマはなかった。それが、短いシーンだっただけに印象的だった。こういところをちゃんと抑えているのがにくい。鳥飼は、香椎の海岸で発見された男女の情死体を、殺されたのではないかと疑い、そのことを東京からやってきた若い刑事三原にいう。あとは若い三原刑事が活躍することになっている。死んだ男が汚職事件で騒がしい某省の課長補佐だというのは、いま防衛省事件が毎日ニュースになっている最中とあって、なんとも生々しく、昔の話だと思えないところもプラスだったかもしれない。情死の片割れの女(とき)の母親市原悦子も説得力があった。鳥飼とのシーンも濃密だった。だが、もう一人忘れてはならないのが、汚職事件の当人である実業家安田の妻亮子の夏川結衣である。以前女医さんを演じているのをみて好きになったのだが、今回も彼女の魅力がドラマを色濃くしてくれていた。肺病で鎌倉で療養しているという設定だが、鳥飼刑事の追及にまともに答えずにうっすらと笑いを浮かべるだけのその表情には、えもいえぬしたたかさが見えて、よかった。登場しただけでこれはただじゃすまないぞと思っていたら、案の定、事件の主役の一人となっていた。松本清張原作には、社会はミステリーといわれるジャンルを確立したという緊張感があり、渇いた心地良さがあるが、竹山洋脚本にはドラマたりうる「情」がある。亮子(夏川結衣)の書いたエッセイも、原作と違ってなぜ香椎海岸なのかが分かるようになっていて巧みだと思った。4分間の秘密、ということのみが大宣伝されていたが、そのトリックにとどまらない人間ドラマになっていた。ともあれ、前後篇を続けて見てしまったが、納得の二晩であった。
2007.12.05
コメント(4)
全7件 (7件中 1-7件目)
1

![]()
