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世の話題は新型コロナウィルス(covid-19)一色である。イランとアメリカの対立も、米中の貿易問題も、北朝鮮の挑発行為も何もかも脇に押しやられた感がある。世界中の政治が単なるショーでコロナに主役を奪われてしまうと他の役者はパフォーマンスをしても注目を集めて点数を稼ぐことができないので大人しくしているしかない。さてと、80年前に戻るか。日本は英米ソに屈服したように思える。弱きを助けて強きを挫くのが大和魂であり、国粋ではなかったか。また大言壮語、薄志弱行は武士の恥ではなかったか。もちろん、今日の結果は、過去三十数年間にわたる国民の己惚れと弛緩とが原因である。己惚れることが愛国的であり、他国を軽蔑することが国粋のような安易な道を歩んで来た結果である。阿部氏は真に御気の毒である。p.292 昭和15(1940)年「近々抄」『近きより2』第4巻第1号<新年号>独ソ不可侵条約が結ばれ、親独派の面目が潰れた頃は親英米に舵を切る好機だったが、結局英米との関係修復は果たせなかった。新型コロナをネタに、中韓を揶揄する愚劣、80年を経て不変。□この激変期にめぐり会わせた阿部内閣は甚だ御気の毒であるが、来るべき時代のため、万難を排して推進力の歯車からベルトをすっかりはずし、そして静かに退場して欲しい。それだけがこの内閣への期待だ。p.301 昭和15(1940)年「編集後記」『近きより2』第4巻第1号<新年号>阿部内閣は4カ月の短命、安倍内閣は7年も続いている。支持率も高止まり。「このコロナの騒動にめぐり会わせた安倍内閣は甚だ御気の毒であるが、来るべき時代のため、万難を排して推進力の歯車からベルトをすっかりはずし、そして静かに退場して欲しい。それだけがこの内閣への期待だ。」という方も少なくはないだろうが、おぢさんはあと20年くらい終身総理で宜しいじゃないかと思い始めた。聴くところによると、安倍氏でないと日本は持たないそうだ。日本も馬鹿にされたものだとも思うが、列島住民にはお似合いの総理かもしれない。自民党CM 「進む、総裁」篇(30秒)(2013/07/02)「元気で 強く 安全な 日本へ!」「日本を守る」「成長の実感を、その手に。」7年近く前から日本を前に前に進めているそうだ。ご苦労様なことだ。日本国民はさぞかし、成長の実感をかみしめているのだろう。自民党CM 「この道を。力強く、前へ。」(2016/06/25) 日本は今、前進しています。 雇用も、所得も。 全国で大きく改善しています。4年前にも日本は力強く前へ進んでいたらしい。何か、空しい。にほんブログ村
2020.02.22
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鏑川上中流域を対象として土器の編年作業を行ってきたが、雄川以西に限定するとS字甕の調整がハケ目からケズリに移行する段階(暫定編年4期)以降の例が少なく、時期的に限定されてしまう。古墳前期の後半は実際にこの地域の人口が希薄だったのかということ自体も興味深いが、古墳前期全体をカバーする編年を行いたいので鏑川流域全体に範囲を広げて検討を行うことにした。今回は鏑川流域内で最東端に位置する竹沼遺跡の土器を検討する。竹沼遺跡は鏑川の支流鮎川の左岸に営まれ、吉ヶ谷式土器が分布する埼玉県の児玉地方と神流川を挟んで隣接している。同時期の児玉地域の吉ヶ谷式との比較もしてみたいところだが、それは今後の課題とする。 鏑川流域の遺跡地図 鏑川流域弥生~古墳前期集落 分類結果 「竹沼」 土器分類の類型(在来系は「おぢさん」シート、外来系は「成塚向山」シート参照) 鏑川上中流域弥生後期4期~古墳前期土器分類古墳前期の遺構で発掘調査報告書に詳細な報告がなされているのはEH-20号住居のみ。そのほかに五領式期の住居1軒がEH-20に隣接し、和泉式期の住居と詳細時期が触れられていない住居それぞれ一軒の計四軒で集落内一支群を形成していたと報告書は見ている。以下EH-20号住居の土器を見ていく。EH-20号住居出土の甕EH-20号住居の土器は殆どが床直上または覆土でも床面に近いところから出土しており、一部を除き一括出土品と見られている。上に示したような甕をおそらく併用していた。横刷毛がないか、あったとしても低い位置のS字甕はおそらくF3タイプ。41の甕は頸部がまっすぐ立ち上がり密な輪積みを持ち、胴部には文様がなくヘラミガキが施されている。43は無節縄文Rが施されている。竹沼遺跡の壺壺1は折り返しの口縁部と肩部に二条の単節縄文LRが施され、胴部は球形を呈している。やはり折り返し口縁の壺40は文様を持たない。これらがF3のS字甕の時代に併存していた。竹沼遺跡の鉢、器台等鉢38が輪積痕を残すところは吉ヶ谷式寄りか。小型壺の頸部は短く屈曲している。同住居から出土した小形台付甕もやはり屈曲する短い頸部を持っている。赤彩で折り返しであるところは鞘戸原Ⅰ-8号住居鉢19と共通する。器台は2点出土しており、既に確立していたことが分かる。権現堂Ⅲ区153号住居器台6、南蛇井増光寺C59号住居器台59などがやや似ているだろうか。竹沼遺跡の高坏高坏2点は片方は強く湾曲した杯部を持ち、もう片方は広く広がる杯部をを持つ。いずれも樽式の系統から脱却している。阿曽岡65号住居の高坏の様相に近いように見える(下図)。器台も高坏も脚部穿孔を施すものと、施さないものが一点づつであるのは、古墳前期でも時期的にやや早いことを示しているのだろう。参考文献 群馬県藤岡市教育委員会 1978 『竹沼遺跡』にほんブログ村
2020.02.11
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