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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2012年4月22日くしくも世界でアースデイ「地球の日」と呼ばれる日。地元の友人たちと始めた「未来のたね」として、鎌仲ひとみ監督『ミツバチの羽音と地球の回転』自主上映会を主催しました。開催予告へhttp://blog.livedoor.jp/mirainotane/archives/18052060.html終了後の報告へhttp://blog.livedoor.jp/mirainotane/archives/18052066.html当日は、ミニ手づくり市で子どもたちもお手伝いしてくれました。私たちは何のバックも持たない一市民、普通の主婦(それぞれは「普通」じゃないですが^^;)の集まりで、上映までの道のりは簡単ではありませんでしたが、(特に、会場側との交渉の過程で受けた精神的屈辱は忘れられない・・・)さまざまな方から応援してもらって、無事に開催することができました。終わってみれば利益分の13万円分も「放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク」へ寄付をすることができました。2012年の年の瀬に原発事故を振り返ってみると、もうなんだか過去のことのような雰囲気さえありますが、今もなお進行形であることを忘れないようにしたいと思います。
2012.11.07
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2012年4月三女のミーちゃんが、ついに、とうとう、入園です。2年保育にしたので、7月生まれのミーちゃんは5歳近くまで家にいたことに。もう最後の子だと思うので、寂しさの方が先にたちます。だけど、家で私と過ごす生活だけでは、もう物足りない年頃です。保育園で新しい世界を広げて、新しい友達を作って、心も体も育ってね。入園直後は楽しんで行っていたものの、1ヶ月もすると、やっぱり家にいた方がいい、ママといた方がいい、お姉ちゃんたちと遊んだ方が楽しい、と言って、登園時にぐずるようになってしまって、大変でした・・・夏も、お姉ちゃんたちが小学校はお休みで家にいるから、8月は3分の2くらい休んでしまいました。秋になって、ようやく、渋々ながらも保育園に行くのが当たり前、という意識になってきたようです。それでもなんだかんだと理由をつけては、朝の支度をのんびりやったり脱線したり、マイペースなので、いつもぎりぎりか遅刻です(汗)でも保育園に行ってしまえば楽しいみたいで、早めにお迎えに行くと「早く来すぎ!」と怒られます。男の子とふざけあっていることも多いみたい。親子サークルのときには、同じ年齢の男の子ばかりのなかに紅一点だったのにぜんぜん気後れしないでリーダーシップを発揮することもよくあったから、性格が男勝りでサバサバしているところがあるみたいです。
2012.11.06
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2011年2012年4月22日に『みつばちの羽音と地球の回転』自主上映会を行うことになった「未来のたね」。親子サークルの一環で講演会なら主催したことがあったけれど、映画の上映は何もかもはじめてのことだらけ。チケット代1000円という点で、利益目的じゃないの?と思われたり、高すぎると思われたりしましたが、映画の上映権が10万円かかること、配給元から1000円以上のチケット代設定を条件とされていること、など、自分たちもやってみて初めて分かったことばかりでした。予算、集客の規模にあったキャパ、駅からの距離、入場料を集める有料企画のため、会場選びが難航し、映画上映には向かない会議室でやることになったのは苦渋の選択でした。利益はすべてチャリティーにすることにしたので、公共の施設を借りることができました。タダの企画なら人が集まっても、「前売り1000円のドキュメンタリー映画なんて見る人いないよ」と何人にも異口同音で忠告されて、かなりメゲたりもしました。でも、応援してくれる人もたくさんいました。
2012.11.05
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2011年5月~8月親子サークルを発展させるにしても、なにか仕事をするにしても、保育士の資格があると便利かもしれない、と、数年前から少し考えていたのですが、来年度(2012年)になると一番下の子が入園して手が空くのにあわせて、2011年に試験を受けてみようと思っていました。ところが3月の大震災があって、あまりのショックに試験のこともすっかり忘れていて、気づいたら、締め切り1週間前!あわてて大学で卒業証明書を取って締め切り2日前に郵送しました。それから猛勉強、しようと思ったものの、日々の家事、子育てに追われてなかなかはかどらず・・・このままではマズイ!とあせった私。試験前最後の2週間は、子どもたちに添い寝なしで寝てもらおうとしたけれど、末っ子が泣いてしまうので、仕方なく、同じ部屋にいてランプに布をかぶせて勉強しました。試験日は、8月4日、5日。上の子ども二人を夫がディズニーランドへ泊まりで連れていき、末っ子は義理の両親が見てくれました。結果は、筆記試験10科目中、9科目合格、1科目不合格・・・あと少しのところだったのに・・・でも筆記試験に全部合格するのに数年かかるのもザラらしいので、1年目で9科目合格は、かなり良いほうらしいです。でも、もう少し努力していれば一発合格できたんじゃないかと思うと、自分の踏ん張り不足がふがいないです。
2012.11.04
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2011年8月地震と原発事故に衝撃を受けたことが中心だった2011年ですが、もしかしたら、大震災の悲劇よりももっと涙が流れた出来事が、JFLの松本山雅FCの松田直樹(元横浜マリノス)の危篤のニュースそして突然の死・・・マリノスのサポーターだったのでマツは身近な存在でした。今でも信じられないけど、楽しそうにフィールドを駆けるマツの顔はいつまでも心に残っています。
2012.11.04
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2011年親しかった友人のEさんは、ご両親が数十年前から反原発活動に関わっていたことから、すぐに原発で起きていること、起こりうることの情報を知らせてくれたけれど、そのときの私は、その情報の意味さえまだよく分からないほど無知で、ピンときていなかった、というのが正直なところでした。目に見えない恐怖よりも、毎日の計画停電をどう乗り切るか、そのことばかりに目が向いていた気がします。友人は、3月11日の時点でいち早くメルトダウンの可能性を把握していて、すぐに西日本に避難していたと後で知りました。私が主宰している親子サークルでも、小さな子どもをもつ母親たちは誰もが放射能汚染への不安をかかえていました。けれども、そのことを誰かに話す機会も、情報も不足し、原発事故について口に出すことすらためらわれる雰囲気さえある中で、Eさんが避難したことを知ると、私も、みんなも動揺しました。そこで、私なりに原発事故の現状、放射能の危険性、対処法など情報を調べ、情報源も載せたプリントをみんなに配りました。その後、私が原発事故と放射能汚染に関心を持っていることを伝え聞いた元サークルメンバーのSさんから、メールが来ました。彼女は、放射能汚染への不安と同時に、今まで原発について何も知らずにいた自分たちの無知、無関心であったことを悔やみ、これから何ができるか考えていました。二人で情報交換しているうちに、やはりサークルの元メンバーだった友人の中から何人かに呼びかけて、輪が広がっていきました。そして9月にひらいた座談会から、「未来のたね」の活動が始まりました。最初の目標は、2012年4月に『みつばちの羽音と地球の回転』というドキュメンタリー映画の上映会をすること。原発建設予定地の向かいに位置する小さな瀬戸内海の島が舞台です。私が親子サークルをやってきた知識と経験をSさんに伝えつつ、なによりSさんの熱意と汗と人柄とでたくさんの人が協力してくれたおかげで、次第に、映画上映会の形が整っていきました。原発事故に振り回された2011年でした。
2012.11.04
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ブログ休止中の出来事を振り返って・・・2011年次女チーちゃんが小学校に入学しました。入学式直前の春休み、私の実家に帰省中に公園のブランコから飛び降りたときに左手人差し指を骨折!右手ではなかっただけ幸いでした。左手が使えない状態での入学は不安でしたが、天真爛漫という言葉がぴったりのチーちゃんにはすぐ友達もできて、友達がいろいろと手伝ってくれたみたいです。保育園は行きたがらなかったけど、小学校は勉強するのが楽しいと、毎日張り切っていました。ところが、ある日しょんぼりとした声で、隣の席の女の子が意地悪するから、早く席替えしないかな・・・と言うのです。入学早々いじめにあうとは!?教科書に落書きされたり、物を隠されたりするそうです。自分で解決したり乗り越えたりすることも必要だから、親が介入しすぎるのもよくないかな、とも思ったけれど、悩んだ末に先生に電話して、席替えをお願いしました。それで一件落着、かと思ったら、人のいないところで脅されるような言葉を言われたらしく、私が不在中に夫が激怒して先生に電話したのですが・・・相手は「そんなこと言ってない」と突っぱねたため、先生も事の真偽には触れず「これからは仲良くするように」と握手をさせて終わらせたとのこと。。。でも、参観日とかでその親御さんから、あからさまに睨まれました・・・その後にもいろいろあって、今も尾を引いています。いじめ問題は対応が難しい・・・と実感しています。
2012.11.03
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ブログを休止していた間を振り返って・・・2011年の出来事といえば、3月11日、東日本大震災が起きて、生活が一変しました。その日のことを友人に当てたメールに書いてあったので、修正してこちらにも記録しておきます。-----------------------------------------------------------あの日、私の住んでいる埼玉北部では震度5強で、ガラスの食器が割れたくらいの被害ですみましたが、心理的ショックが大きかったです。私はちょうど、二女をピアノの先生の家に送るために庭で車に乗り込んだとき、車がユサユサとはげしく横揺れしました。最初、子どもたちがふざけて車のなかで暴れているのかと思って後ろを振り返ったけど、庭の木が枝を振り乱し、根元から狂ったように揺れていて・・・。風で揺れるのとは明らかに違う揺れ方に、ゾッとしました。すぐには何が起きているか分からなかった。二階の窓ガラスが波打っているのを見て、やっと地震だ!と気付いて。それでもピアノに行こうかと思っていた呑気な私だけど、さすがに余震が続いているなかではできませんでした。家の中にいた人たちの方が、きっと、もっとすごい揺れを感じたと思う。長女は泣いておばあちゃんにしがみついていたそうです。地震と同時に停電してしまい、テレビもインターネットも見られず、ラジオを通して、とんでもない巨大地震が起きたことだけは分かったんだけど、夫がその日に限って東京へ出張していたので、安否が分からず本当に心配でした。東京の被害状況も分からないし、東京の実家にもなかなか電話がつながらないし・・・。夜10時過ぎに、やっと夫の携帯につながって、数秒で切れちゃったけど、生きてることだけ分かって、ホッとして涙が出てしまいました。その日は出張先の会社の床で寝て、翌日の昼ごろやっと帰ってきた。実家ではタンスや仏壇が倒れて片づけが大変だったそうです。深夜に電気が復旧してからテレビを見たら、火の海と化した気仙沼の漁港、想像を絶する津波の映像で、言葉を失いました・・・これが本当に今、日本で起きている出来事なのか?と・・・ガソリン不足や、原発事故もおきて、放射性物質が埼玉にも飛散しているし、計画停電で毎日の生活が振り回されて、いろいろ大変です。来年の夏までも、計画停電があるかもしれないとのこと。でも、もとはと言えば都市文明を享受している私たちのために原発が存在したのだから、これもしっぺ返しかと思います。みんなで頑張っていかないと。--------------------------------------------------------------------これを書いたのが3月23日でした。放射能汚染の問題も、この時にはまだまだ認識が甘い部分もありました・・・地元の友達はお子さんを連れて西日本に避難して、そのまま移住してしまいました・・・もう、3.11以前の日本には戻れないです。
2012.11.02
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すっかりこちらのブログを放置しておりました。また改めて更新していこうと思っています。ブログを休止していた間のこと・・・2010年の関心事といえば、長女ピーちゃんの宿題問題。のんびり屋さんでマイペース、一日中本を読んでいるのが好きな子なので、宿題を後回するのが悪い癖・・・。特に夏休みは1日中、ピーちゃんの宿題に私が振り回されていました。今から思えば、やらなくて困るのは自分の責任だから、と突き放してもよかった。6月には長瀞で行われた「てのひら祭り」に初めて参加。ヒッピーの流れをくむイベントで、インドを思い出して懐かしい反面、すっかり一般人になっている私たちがちょっと場違い?な気もして寂しかった。あと、ワールドカップ。8強まであと一歩で惜しかったけど、すごく盛り上がりました。11月には、ミーちゃん、3歳の七五三のお祝いをしました。風邪を引くと喘息様気管支炎になりやすかったミーちゃんも、少しずつ丈夫になっていって、悪化することが減ってきました。本当によかった。
2012.11.01
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