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ボランティア団体に正式登録して初めての仕事で、石巻に行ってきました。仙台に集合したときは、水産加工所の魚の仕分け、と言われていました。以前参加した人が、「すごいにおいできついよ~。」と教えてくれました。大型冷蔵庫の中で腐ってしまった魚を海にすてるのに、袋と中身を仕分けする作業で、家に帰ってもにおいがなかなか取れなかったそうな。覚悟して出かけました。三陸道も一般道も、すごい渋滞でした。GWになり、ボランティアの人が全国から来たらしく、また惨状を見に来た一般の人もいるのでしょうね。昨日の私たちのように。結局石巻まで3時間近くかかりました。そのおかげで、別の団体が加工所に行き、私たちは一般人の家屋の掃除に行くことになりました。一人暮らしのおばあさんのお宅でした。家の半分が床上浸水で、ドロや家具はある程度運び出された後の、掃除の仕事でした。10人で行ったのですぐ終わるかと思いましたが、こびりついた泥を落とすのに結構かかり、2時にやっと終わりました。本当はもう1軒行く予定だったのですが、今からでは遅いというので、今日の仕事は終了。3時間くらいしか働いていないので、何となく働いた、と言う実感が少なかったです。行けなかったもう1軒のかたに申し訳なくも思いました。でも、2次災害を恐れてか、ボランティアは2~3時頃には終了しているとのことでした。次会は14日。次こそは水産加工所かな。なにしろ、5億円分の魚がぎっしり冷蔵庫に入っていたとのことですから・・・。 写真は、我が家の庭のムスカリ。かわいい花です。
2011.04.30
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今日は、夫と二人で、被災地を回ってきました。まずは、先日友人宅の片付けで行ってきた亘理地区。夫が以前お世話になった方も被災しているのでお見舞いに行ってきました。ご自宅周辺は、かなりの被害を受けていて、がれきの山の中に、1階が破壊された家々が点在していました。初めて被災地を間近にした夫は、ことばをなくしていました。私も、先日来たばかりなのに、やはり涙が止まりませんでした。お世話になった方を探して、避難所を回ってみました。2ヶ所目で知人に会い、電話をしてもらって、奥様の実家に避難していることが分かりました。次に、夫の親戚宅が仙台市若林区にあるので行ってみました。家がどの辺にあったか分からないくらいにがれきの山々でした。撤去作業もしていたので、無事でいるのは確認できているのこともあり、邪魔にならないよう、家を探すのは諦めました。七ヶ浜には私の母の実家がありました。すぐ近くに仙台火力発電所があるのですが、大きな目印の建物がなくなっていたので、うっかり通り過ぎてしまうところでした。七ヶ浜地区の被害もかなりでした。家は、形は残っているものの、中は水没したようで、がらんとしていました。無事は確認できていますが、今どこにいるか分かりません。最後に、友人のいる松島町に行きました。一時避難していたというので被害が多き褐炭もかと心配していましたが、家に被害はなかったようで、元気にしていました。顔をみてほっとしました。気にはなりながらも、なかなか連絡をしないままにしていて、お見舞いと言ってもどんなことができるかも分からず、ただ回ることしかできませんでした。でも、被害の大きさをしっかり目に焼き付けてきました。あの惨状を決して忘れずにいたいと思います。 写真は、我が家の庭のクリスマスローズ。玄関への階段のところに咲いていて、帰宅したときいつも出迎えてくれます。ほっとするひとときを作ってくれます。
2011.04.29
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明日からいよいよ、GW。予定では、沖縄にダイビングに行くつもりでした。でも、仙台空港はやっと再開したものの、限定路線のみの航行。那覇行きは欠航。あきらめました。代わりに、被災地にボランティアに行きます。30日は、石巻に行きます。少しでも役に立つかな。夜は、被災した友だちを励ます会です。実は、ヘリコプターで救助されたという大変な体験をした友だちです。少しでも元気を出してもらえればと思います。秋のパラオ行きも、実はキャンセルになってしまいました。残念ですが、今年は仕方ありません。夏に、山形に日帰りで潜りに行ければいいな。志津川(南三陸町)の海には、当分潜れないですね。 写真は、我が家の庭に咲いたスイセンです。昨日、天皇・皇后様が宮城においでになって、被災者の方が、津波で流された自宅の庭に咲いていたスイセンを皇后様に手渡したニュースが報道されていましたね。植物は、すごい生命力ですね。津波にも負けません。
2011.04.28
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先日、同僚とすてきなカフェでランチをしてきました。富谷町にある、「Food Cultural Laboratory 風」です。風ランチセットは売り切れだったので、オムレツランチ900円をたのみました。トマトソースかデミグラスソースか選択でき、デミグラスソースにしました。卵はふっくら、ソースも美味しかったです。セットにはドリンクも付いていますが、プラス100円すると、アートカプチーノがたのめます。デザートと合わせてたのみました。シフォンケーキとイチゴアイスのかわいいセットです。他にもチーズケーキのセットやあんずタルトのセットなどがありました。そして、アートカプチーノ。クマですね。同僚のは、ウサギとキツネでした。他にも、ドラえもんとか、書いてくれるそうですよ。お店の雰囲気も良くて、お勧めのお店です。
2011.04.21
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先週末、仙台でサクラの開花宣言があり、今週に入って、仙台の北部に当たるこちらの地区でも桜が開花しました。津波に被災した地区で残った桜も開花したらしく、テレビのインタビューで、「町は壊滅したけど、桜は強いのですね。」と涙ながらに語っている女の人がいました。せっかく咲いた桜なのに、なんと今日は夕方から雪!桜が散ってしまわなければいいのですが。そして、この寒さで避難所の方が、体調を崩しませんように・・・。
2011.04.19
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3月11日の本震の時。その日の夜、職場から何とか自宅にたどり着いて中に入ると、もちろん停電で家の中は真っ暗。どこを探しても、心配していた姑がいません。隣の家の人に聞いたら、近くの集会所に避難したとのこと。様子を見に行って、無事を確認し、安心して帰ってきました。ふと、猫の妙(たえ)がいないことに気づきました。あちこちで名前を呼んでも出てきません。普段は、足音を聞いて玄関まで迎えに出てくるのに。姑が、地震の時に外に飛び出したと言っていたので、その時に外に逃げてしまったのだろうかと、不安に思っていました。そのうち夫が帰ってきて、姑の部屋の倒れたTVを直しに行ったとき、「妙がいたよ!」と教えてくれました。ベッドの下にずっと隠れていたようです。やっと茶の間に出てきたな、と思ったら、ひと泣きもしません。普段はうるさいくらいにニャアニャア言っているのに。よほど怖かったに違いありません。その後も、余震がある度に、すぐどこかに逃げようとします。最近は随分落ち着いて、以前のようにうるさくなくようになりました。でも、すごく甘えてきて、私が家に帰ると、すぐすり寄ってきて離れません。こたつにいると、すぐ膝にのってきます。そして、余震があると、逃げなくはなりましたが、びくっと顔を上げて構えた様子になります。猫も、人間と同じで、トラウマがあるのかなあ。
2011.04.13
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プロ野球が開幕し、大事な初戦を楽天が勝利で飾りました!それにしても、嶋はすごい!3ランホームランの力強さ!有言実行の選手会長として、存在をアピールしましたね。それに反して岩隈さん・・・。よく頑張ったと思うけど、完投目前でホームランを打たれ、ちょっと気を抜きすぎじゃないの?でも、楽天の勝利が避難所の皆さんに元気を与えたのは確か。これからも、どんどん勝利を重ねてほしいですね。
2011.04.12
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もう1ヶ月がたってしまったとは思えないいや、まだ1ヶ月しか経ってない、というべきかこちらはライフラインは全て元通り生活も何不自由なくできているその同じ県内で、まだ避難所生活をしている人まだ、身内が見つかっていない人がいる家も仕事もなくして、途方に暮れている人がいるいろんな人の苦しい悲しい想いをよそにどんどん時間が過ぎていく今日も大きな余震があってまた被害が増えているなんて過酷な運命なんだろう普通に生活できる幸せ家族や命のありがたさ仕事ができるよろこびこの1ヶ月でしみじみと感じたそして全国のみなさんの温かい支援を本当にうれしく思えた1ヶ月だった
2011.04.11
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今日は天気も回復したので、被災した友だちの家に片付けの手伝いに行きました。仙台東部有料道路を通って亘理を目指しました。途中、仙台東IC辺りから、徐々に被災した地域の様子が見られました。田んぼの中にたくさんのがれきや車が点在しています。有料道路の東側と西側では、全然様子が違っています。テレビではみていたものの、やはり実際に目にすると、ただ呆然として、涙が出てくるばかりでした。亘理では、まだ行方不明者の捜索が行われていて、所々で通行止めの検問が行われています。でも、災害復旧援助の通行証を友だちが用意してくれたので、検問を通過することができました。友だちの家周辺は、家自体は結構残っていて、1階が水没した家が多いようです。家の中は、15cmくらいドロが積もっていたので、まずはそのドロの掻き出しから始まりました。まだ水分が多いので、結構重くて大変でした。畳や家具なども全部運び出し、生活用品は廃棄しました。押し入れの中のものは、布団などが水を吸い込んでいてとても重くなっていました。結構人数が集まったので、3時頃には何とか終了。がれきの山がさらに高くなりましたが、家の中はだいぶきれいになりました。でも、ライフラインがすっかり止まっていて、復旧がいつになるかも分からないので、ここには住めません。結局、当分はアパート住まいだそうです。それにしても、あちこちに船は打ち上げられているし、車が信じられないところに逆さまになっているし、津波の威力をまじまじと感じました。まるで映画のセットの中のような、現実とは思えないような光景でした。近くでは、他県から来た消防署の方々が重機でがれきを取り除いていて、行方不明者の捜索をしているようでした。みんな見つかるといいなあ。家族に会わせてあげたいなあ。
2011.04.10
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やっと電気が復旧しました。7日の夜11時半、やっと眠りについたばかりの時に、あの大きな余震が起きました。11日の本震のような大きな揺れに、思わず、「どうして~~、もういい加減にして~~!」と叫びながら壁に身を寄せて、家具の転倒に備えました。揺れの途中で、前回と同じように電気が切れ、真っ暗な中で1階に降りていきました。暗いだけに、前回よりも怖い思いでした。幸い、水道は止まっていませんでしたし、家具の転倒や食器の割れもありませんでした。でも、暗いので全体的な被害はよく分かりませんでした。その後の余震もあり、茶の間に姑とともに寝ました。夫は職場に被害の様子を見に出かけ、大したことはなかったと帰ってきました。あまり眠れないままに、まず職場に行って散乱したものの片付けをしました。その後、ボランティアで避難場所周りをしに行く予定だった事務所の方に行ってみました。でも、事務所の中もすごい惨状だったので、まず事務所の片付けが先だと言うことで、避難所巡りは延期になってしまいました。今日のボランティアも雨のために明日に延期。やっと何かできるかなと思っていたのですが、余震のために邪魔されてしまいました。今回、あまり余震がありません。小さい揺れはあるのですが、思わず身構えるような大きな揺れがないのです。それが逆に不気味です。また大きな余震が来るのではないかと、心配です。もう、いい加減に余震だけは勘弁してほしいです!
2011.04.09
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内陸部に自宅があるので被害がほとんどなかった我が家。沿岸部の津波の被害を受けた人たちのインタビューを聞くたび、何もできないでいることに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。やっとガソリンも普通に手に入れられるようになったので、そろそろ私にできることをやっていこうと思います。明日は、石巻に行って、被災地の様子を見てきます。何が必要か、してほしいか、を確かめ、明後日以降のボランティア活動に活かしていきます。職場にも、両親を亡くされ、自宅の1階が水没した方がいました。近々、1階の土砂撤去の手伝いにも行きます。物資は全国から送られてきて、随分たりてきたようです。これからは人手です。掃除や移動作業に、少しでも貢献できたらと思います。それにしても、全国の皆さんからの応援、本当にうれしいですね。みなさん、ありがとうございました!
2011.04.07
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2日・3日と、いよいよ東京の専門学校に行く娘の引っ越しをしました。と言っても、小田原の姉のアパートに同居するので、荷物は衣類品と布団のみ。だから、車で行ってきました。ガソリンももう普通に入れられるので、安心して行ってきました。アパートは以前にも行ったことがあるのですが、車で行ったのは初めてなので、近所の様子が初めて分かりました。何と、近くに川があったのですね。娘は真剣な顔で、「津波がきたら、大変だ!」確かに、川岸からは200mくらいしか離れていないし、付近には大きな工場以外、高い建物はあまりありません。今回の津波から考えて、東海地震が来たら、かなり早い時間で大津波が来ると予想されます。4~5階建てのビルでないと、安心はできません。「あの工場に、避難させてもらえるように、今のうちから頼んでおこうかな・・・。」と本気で心配しています。当分は、災害の心配からは逃れられないようです。富士山噴火さえも、心配になってきます。
2011.04.05
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