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1年と1ヶ月ほど続けてきたこのブログですが、始めた当初、私はブラジルに来たばかりで他にすることもなく、色々な人のブログを見ては、「私もやってみたいなぁ。」と面白そうに思い、始めました。当初は、日本の家族や友達に、自分たちの生活の状況や、kohの成長の姿を見てもらえたら良いな。という目的で始めたのですが、結局私の家族、特に見て欲しかった母や妹はPCから縁遠い人で、なかなかこのブログを覗いてくれてなかったのです。そうこうしている間に、同じような状況の人と知り合う事ができて、こうして日本を遠く離れていながらも、日本人のお友達とオフ会なんかもできるようになり、本当に楽しい思いをすることができました。今、仕事を得ることができたのも、このブログをやっていたお陰だし、3回のラジオ出演もそのお陰だったと思います。たくさんの新しい経験が出来て、本当に楽しかったです。3日坊主の私が、こうして1年以上も日記を(毎日じゃなかったけど)続けられたのは、ここで知り合った楽しい人たちからのコメントがあったお陰だと思うし、本当に楽しく続けられました。ずっとずっと、いつかは、辞めようと思っていた私のこのブログですが、今日を最後にしたいと思っています。今まで つたない文章を読んでいただき、たくさんのコメントをいただき、どうもありがとうございました。これからも、ここで出会った縁は大切にしていきたいと思っていますし、同じようにブログをしていらっしゃる方のページには、遊びに行きたいと思っていますので、これからも宜しくお願いします。
2005年04月15日

熱も下がっていたkohは幼稚園に行った。昼間に飲ませるお薬も持参で。今日は遠足でサーカスに行ったのだ。お迎えは6:00。迎えに行くと、ピエロ顔にされたkohが嬉しそうに出てきた。ピエロの話や、マジックショーの話などしてくれた。この制服、本人は嫌いだそうで、毎朝無理やり着せてます。すごい色でしょ?で、今日はkoh4歳の誕生日。パーティは週末に、親戚を呼んで小ぢんまりとする予定にしているので、その時ケーキも作ろうかなと思っているので、今日は普通の食事の後、作っておいたストロベリームースの上に蝋燭を立てて、♪HAPPY BIRTHDAY♪の歌を歌っただけだった。「4歳になったからもう一人で寝れるの?」という私の質問には、もちろん NO!いつになったら、ひとりで寝れるかな?
2005年04月13日
今日は初めてのお給料日~!嬉しいな。最初の三ヶ月は見習い期間と言うことで、本来のお給料の半額をもらうことになっているんだけど、3月は半月しか働いていないので、半額の半額。それプラス、交通費と昼食費がもらえる。夕方社長さんから別事務所に呼ばれ、現金でいただいた♪ラララーン♪うれしー!大体、月初めの稼働日5日目がお給料日と決まっているらしく、この日はスリとか強盗も狙っているので、地下鉄で帰るのは気をつけたほうが良いと社長さんに脅かされ、何日かに分けて持って帰るか、したほうが良いと言われたので、急に怖くなって夫に迎えに来てもらった。家に帰ると、家賃の請求の手紙が来ていて、私のお給料はほぼ、そこに消えていくこととなった・・・。束の間のウハウハ気分でございました・・・。
2005年04月06日
さて、夫不在初日。kohを幼稚園に迎えに行き、帰宅後 洗濯と明日のkohのおやつの準備をしていると、夫から電話があった。夫:「どう?寂しい?」私:「うん。寂しいよ。」夫:「じゃあ、帰るわ。」そう、急な出張が急にキャンセルになり、帰ってくると言う。今週はもう行かないらしい。4日間、夕食手抜きでいいな。とちょっと楽なことを考えていて、今夜の夕食も明日、kohのおやつに持っていくミートパイだけで済まそうと思っていたのに、急遽、食事を作らないといけなくなってしまった。急な予定の変更が、うれしいような、残念なような・・・。
2005年04月05日
珍しく残業だった私。家に電話すると、いないはずの夫がいたので、kohの幼稚園のお迎えを頼んだ。ラッキー。家に着くと夫が「明日から金曜日までいないからね。」と言った。どうやら、暫く行ってない内陸の工場へ行かなければいけなくなったらしい。「えらい急だわねぇ。4日もいないの?」と夫が不在となれば色々と不便な事がでてくるなぁ。と懸念してぼやく私に「寂しいの?じゃあ、俺の写真置いておくよ。」とニタニタしながら言う夫につい、本音が・・・。「写真は、kohをシャワーに入れてくれないからねぇ。」もちろん、夫の鉄拳は飛んだ。
2005年04月04日
今日も暑くていい天気。近所に住んでいるおばあちゃん(厳密には従兄弟のおばあちゃん)の家に行った。おばあちゃんは、体を動かすことが大好きで、普段から水泳をしたり、旅行にでかけたり、散歩も娘より早く歩くくらい 元気なおばあちゃんだったのだけど、去年の7月から体調を崩し、ズンズン痩せていって今では話す声も震えるように弱弱しくなった。ソファーに座っていても知らない間に眠ってしまうようなことも度々あった。もうすぐ80歳なので仕方がないと言えばそうなのだけど、それでもこれだけ急激に弱っているので、家族もとても心配している。最近、電気によるお灸をする所に通院しはじめたのだけど、それがとても良いようで、食欲も出てきて なんだかお肉が食べたい気分になったようで、今日、急遽BBQをすることになったのだ。私たちにとっても、久しぶりのBBQだった。田舎に住んでいた頃は、BBQ好きのおじさんの家でいつもご馳走になっていたけど、こっちではあまり頻繁にBBQをしたりしないようだ。田舎は他にすることがないからね。ちょっと、田舎の生活、優しかった近所の人たちが懐かしくなった。食後のコーヒーを飲んでいるとき、献血の話になった。おばあちゃんの体は、うまく血液を作ることが出来なくなっていて、以前は週に1回くらい輸血を行っていたのだけど、輸血する血液があまりないため、輸血を受けたい人がいる場合、その家族が献血することによって、輸血を受けることができるというシステムになっているらしい。ただ、一度献血をすると再び出来るのは3ヶ月後だし、何週間以内に風邪を引いていてはいけないとか、歯の治療中はいけないとか、何かと制限があって、頻繁に輸血を必要としているおばあちゃんのような人にとっては、家族の血だけでは、足りないことになってくる。おばあちゃんと血液型は違うけど、直接私の血がおばあちゃんに輸血されるのではなく、知り合いが献血をしたことによっておばあちゃんにあった血が輸血されるということになるそうだ。そういう状況とか知らなかった私たちは、早速 献血をしてくれる場所を聞き、今週にでも行ってこようと思う。いつもお世話になっているこの家族に、こういった形で恩返しできるのは、とってもうれしいことだし、喜んで献血したいと思う。本当は、知り合いにそういう人がいなくても、誰かのために普段からすることは大事なことなんだけどね。夕方は、サンパウロFCとサントスFCの試合。この試合で勝つか、同点であれば、サンパウロFCのサンパウロ州選手権での優勝が決まる。スパーっと気持ちよく勝って欲しいところだったけど、何度か得点チャンスがありながらも、サントスの守りは堅く、結局0-0の同点で試合は終わり、サンパウロFCの優勝が決まった。外では花火があがり、叫び声が聞こえてきた。大音量でサンパウロFCの応援歌をかけて、サンパウロFCの大壇幕を飾り走り回る車もいた。彼らはきっと パウリスタ大通りまで行くんだろうな。ちょっと覗いてみたい気もしながらも、家で大人しくしていることにした。Kohはベランダから「サンパウロ チャンピオン!!」と叫んでいた。しっかりサンパウリーノな3歳児でした。
2005年04月03日
今日も暑くていい天気。近所に住んでいるおばあちゃん(厳密には従兄弟のおばあちゃん)の家に行った。おばあちゃんは、体を動かすことが大好きで、普段から水泳をしたり、旅行にでかけたり、散歩も娘より早く歩くくらい 元気なおばあちゃんだったのだけど、去年の7月から体調を崩し、ズンズン痩せていって今では話す声も震えるように弱弱しくなった。ソファーに座っていても知らない間に眠ってしまうようなことも度々あった。もうすぐ80歳なので仕方がないと言えばそうなのだけど、それでもこれだけ急激に弱っているので、家族もとても心配している。最近、電気によるお灸をする所に通院しはじめたのだけど、それがとても良いようで、食欲も出てきて なんだかお肉が食べたい気分になったようで、今日、急遽BBQをすることになったのだ。私たちにとっても、久しぶりのBBQだった。田舎に住んでいた頃は、BBQ好きのおじさんの家でいつもご馳走になっていたけど、こっちではあまり頻繁にBBQをしたりしないようだ。田舎は他にすることがないからね。ちょっと、田舎の生活、優しかった近所の人たちが懐かしくなった。食後のコーヒーを飲んでいるとき、献血の話になった。おばあちゃんの体は、うまく血液を作ることが出来なくなっていて、以前は週に1回くらい輸血を行っていたのだけど、輸血する血液があまりないため、輸血を受けたい人がいる場合、その家族が献血することによって、輸血を受けることができるというシステムになっているらしい。ただ、一度献血をすると再び出来るのは3ヶ月後だし、何週間以内に風邪を引いていてはいけないとか、歯の治療中はいけないとか、何かと制限があって、頻繁に輸血を必要としているおばあちゃんのような人にとっては、家族の血だけでは、足りないことになってくる。おばあちゃんと血液型は違うけど、直接私の血がおばあちゃんに輸血されるのではなく、知り合いが献血をしたことによっておばあちゃんにあった血が輸血されるということになるそうだ。そういう状況とか知らなかった私たちは、早速 献血をしてくれる場所を聞き、今週にでも行ってこようと思う。いつもお世話になっているこの家族に、こういった形で恩返しできるのは、とってもうれしいことだし、喜んで献血したいと思う。本当は、知り合いにそういう人がいなくても、誰かのために普段からすることは大事なことなんだけどね。夕方は、サンパウロFCとサントスFCの試合。この試合で勝つか、同点であれば、サンパウロFCのサンパウロ州選手権での優勝が決まる。スパーっと気持ちよく勝って欲しいところだったけど、何度か得点チャンスがありながらも、サントスの守りは堅く、結局0-0の同点で試合は終わり、サンパウロFCの優勝が決まった。外では花火があがり、叫び声が聞こえてきた。大音量でサンパウロFCの応援歌をかけて、サンパウロFCの大壇幕を飾り走り回る車もいた。彼らはきっと パウリスタ大通りまで行くんだろうな。ちょっと覗いてみたい気もしながらも、家で大人しくしていることにした。Kohはベランダから「サンパウロ チャンピオン!!」と叫んでいた。しっかりサンパウリーノな3歳児でした。
2005年04月03日
今日はとっても暑かった。良い天気だったので、昼食後、暫く行っていなかったお墓参りに行った。その墓地には、姑のお父さんと妹、そして13歳で亡くなった夫の兄のお墓がある。広大な芝生の丘に名前の入ったプレートが埋め込んである いつ行ってもお花畑のような墓地だ。とてもきれいに整備されていて、天気の良い今日のような日は、本当にキモチの良い場所だ。3人のお墓参りをしたあと、その足でイビラプエラ公園まで行った。大きな大きな公園の一角には、模型飛行機を飛ばすエリアや、ラジコンの船を浮かばせるプール、模型の鉄道を走らせる巨大な箱庭(すごいカワイイの)や、ミニカーを走らせるコースなどもあり、ミニカーを走らせるコース以外は、髭の生えたオジサマ方で賑わっていた。kohは、特にミニカーのエリアが気に入ったようで自分も走らせてみたそうだった。夫は小さい頃、よくここへ連れてきてもらって、ミニカーを走らせて遊んだそうだ。暫く覗いたあと、道を挟んだほうにある、公園のへ足を延ばした。大きな池のあるその公園には、沢山の人たちが来ていた。ジョギングする人、犬の散歩する人、ピクニックをする家族、サイクリングする人、木陰でチューチューしながら寝そべるカップル。私たちは、「日本館」へ行ってみた。そこは、別料金で大人R$3(約120円)を払って中にはいるのだけど、日本庭園や小さな博物館のようなコーナーがあったり、たくさんの錦鯉を眺めれる池があったりした。以前はお抹茶をいただけたらしい(?)けど、今日はやってなかった。去年も、何かの記念日に一度だけあったらしい。常にやってると思っていた私たちは、ちょっと残念だった。子どもの遊具があるスペースへ行くと、たくさんの遊具があって、そこではたくさんの子供たちが遊んでいた。暫く遊んでいたけど、もう5時半になったので、帰る事にした。少し歩いた所にあった出口を出て、公園の外を歩いた。どんどん歩いた。がんがん歩いた。まだ 駐車した所に着かない。薄暗かった空も、すっかり真っ暗になってしまった。仕方がないので、公園の中をショートカットで歩く事にした。しまいにゃ、kohは歩きつかれて 夫が抱っこをするはめになったのだが、歩いていると、どうも見覚えがある場所・・・。なんと、最初に出た出口は左に曲ればすぐだったのに、右に曲ってしまったがために、公園をほぼ1周しなければならなくなっていた。さすがに私も夫もグッタリ・・・。思わぬ長距離徒歩体験だった。家に帰る途中、どうしても「冷やっこ」が食べたかったので、家の近くの和食材店に入り、豆腐を購入。ついでに、足りなくなった調味料なども買っていると、夫が冷蔵庫で「手作り餃子」を見つけたので、それも買って夕食にした。「手作り餃子」は、ちっともニラが入ってなくて、ただ肉とネギがはいってるだけの「肉団子餃子の皮つつみ」だった。ちぇっ。ニンニクたっぷり餃子を期待していた私たちは、すんごくガックリきた。そんな不発な夕食を、もうすぐ食べおわる頃、電気が消えた。ベランダから外を眺めると、結構な範囲での停電だった。突然の真っ暗闇に恐くなったkohが泣きはじめたので、ロウソクを出して火をつけた。もちろんそうなると、「happy birthday」の歌を歌っちゃうのが本能(?)だと思うんだけど、家も例外なく 歌いだした。外からは、他の家からも子どもの歌声が聞こえてきた。すぐに電気は点くと思っていたのが、結構長引いたので、ロウソクをバスルームに持ち込んでシャワーを浴びた。ガスのシャワーで良かったわ。kohはロウソクの光だけの薄暗い部屋で、しかもたくさん遊んで歩いた後だったので、眠くなり、8時半にはベッドに寝転んでしまい、そのまま夢の中。すると、10分後、電気が戻った。約1時間くらいの長い長い停電だった。電気がないとする事もない。電気があるのが当たり前の生活をしている私たちは、もし電気がない生活を強いられることになったら、どうなるのかな・・・。と、たった1時間の停電だったけど、ちょっと恐くなった。
2005年04月02日

さて、昨日張り切ってサンパウロFCの応援にでかけた夫。 昨夜11時半頃 帰宅し、しょぼくれ顔でソファーに倒れこんだ。 2-1でポルトゲーザに敗北・・・。 スタジアムを埋め尽くすサンパウロFCサポーターは、昨日の時点でもう優勝が決まるものだと決め付けて かなりお祭りムードでしたが、世の中そう簡単には物事は運びませんね。 ただ、今日は負けたけど、断トツで勝っているため、優勝は間違いなさそうです。 できれば 夫がせっかく見に行った昨夜、気持ちよく優勝を決めて欲しかったと残念に思う優しい妻でありました。 *******************************************************************先日、いつものように朝地下鉄に乗り込むと、近くに座っていた男の子に目が行った。 げっ!ロナウジンニョ ガウーショじゃん! 見間違えるほど似ていたわけじゃないけど、あの馬のような口元と、長いカーリーな黒髪(これも馬を彷彿させる)は、結構似ていた。 そのロナウジンニョ似の彼、後から車内に乗り込んできた男の子を見ると、笑顔で彼の元へ。 そして 挨拶をかわした。 ちゅっちゅっ (ほっぺにね) ぎょえーーーー!! って、ことは ゲイ ?! にこやかに会話する彼らをコソコソと観察していると、やっぱり手首の回し具合や 足の置き方がおネエちっくなので、確信した。 ブラジル、結構ゲイ人口多いのよね。 ちなみに、本物のロナウジンニョ ガウーショは、ブラジル代表のサッカー選手で、現在はFCバルセロナに所属するかなり上手な選手。 一流サッカー選手になると ちょっとばかし不細工でも、浮いた話が何個か登場するものだが、彼の場合 一度もそんな話は浮上しない。 彼の場合、「ちょっとばかし」ではないのだよね・・・。 お気の毒~。 彼のお顔はこうよ! ↓
2005年04月01日
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