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この前、年明けしたと思ったら もう2月になっちゃうのね・・・。年取ると、時間の流れが早いと言うけど、本当ですな(涙)。ブラジルに来た当初は、「ブラジルの時間の流れってなんてスローなんでしょう。」と感激さえしたのに、今ではすっかりこっちのペースにも慣れ、「やっぱり時間の流れは万国共通だなぁ」と当たり前のことを思い知った。1月最後の今日は、とっても良い天気~♪ひっさしぶりに良い天気なので、洗濯物も楽しい。この前洗ったリビングのカーペット・・・。ちょっとした晴れ間に洗ったんだけど、夕方から雨・・・。そのまま連日雨・・・。生乾きで仕方なくリビングに戻ってきたその子は、日が経つに連れいやぁ~な臭いを放つようになった。でも、雨続きなので洗う事も出来ず、やっと今日、再洗濯が出きる日がやってきた。大物なので 普段は洗うの億劫なんだけど、こうやって「洗いたい。洗いたい。」と思っていたので、やっと洗う事が出来て今日は本当に気持ち良く洗えた。青い空ってなんてきれいなんだろうね。
2005年01月31日
今日は、土曜日にも関わらず、用事で一人出かけてしまった夫。夫抜きの休日は、休日らしくなく、kohと二人で相変わらず雨が降り続いている外を眺めてお留守番。夕方、帰ってきた夫がDVDを借りてきた。残念ながらkoh向けのではなく(別に見てもいいけどね。)、kohが寝てから二人で見た。タイトルは「jackass」で今回借りてきたのはその2本目。1本目も既に見たけど、これ知ってる人いるかな?MTVでやってたらしいんだけど、ほんと、あきれちゃうくらいバカなの。ドッキリ風にイタズラをするのとか、バカな挑戦をしたりするんだけどね、バカな中にも「コレするの、勇気いるよね。」とか「結構、うまいじゃん。」と感心するのもある。流血したり、グロい映像もあったりして、ちょっと気持ち悪かったりもするけど、なーんにも考えずに「コイツらアホだよねぇ~。」って呆れながらも 笑いたい時には 格別の作品(?)だと思う。
2005年01月29日
先日の日記に書いたとおり、「ツキノモノ」の調子が悪い私。皆さんのコメントの中に、「基礎体温を計ってみては?」というアドバイスがあり、今月は計っておいて、病院にかかるのは、来月にしようと思っている。でも、まず 妊娠している可能性を心配していた。やっぱり、正常じゃない場合や切迫流産の可能性とか、妊娠と知らずに無理な行動をしたりしないように、ここはハッキリさせておこうと思って、薬局で妊娠検査薬を買ってきた。アメリカ製のそいつは、約16real(約640円)で、小さなビーカーと検査のスティックが入っていた。朝一番の尿をビーカーに入れて、その中にスティックを浸し、線が2本出たら陽性、1本だったら陰性という 日本に売ってるのと変わらないタイプのやつだった。(日本のだったらビーカーなんかに入れないけどね。)そやつは、でもなかなかの優れもので、なんと月経予定日を1日過ぎただけでも、判断ができるというものだった。しかも、的中率は99%!頼りになります。早速、やってみたが、線は1本。陰性です。そういう訳で、やっぱりホルモンの関係かな?と少し安心した私と夫でした。
2005年01月27日
月曜日、親愛なるひーさんが4ヶ月ぶりにブラジルへ戻っていらっしゃったので、本日は午後から夫に仕事をサボらせ、サンパウロ市まで昼から行ってきた。ひーさんご夫婦はブラジル一ハイソなデパートでお食事中ということだったので、そちらまで行った。入り口近くのcafeで、やっぱり昼間っからワインなどたしなみながらお食事するお二人を発見。ニコニコ顔で再会。ひーさんは、日本滞在中に体調を崩していて、ブラジルに戻ってくるのを延期した経緯があったので、「ゲッソリ」してたらどうしよう?と思っていたのだけど、「病気で痩せた分は、回復したらあっという間に戻っちゃったよ!」なんて笑っていて、元気そうだったので安心した。(元気そうに見せてくれたのかな?)急に会社に呼び出された夫は、途中から仕事へ、ひーさんとがみちょんさんはお買い物へ、私とkohは おもちゃ屋さんめぐりに それぞれでかけた。kohは、ねんどで遊べるところでしばらく遊んで、わたしはさっきひーさんからもらった本を早速読んだ。本は3冊いただいて、そのうちの一冊は以前から「ayaさんに見せてあげたいわ」と言っていた西原りえこ氏の「鳥頭紀行」のアマゾン編。もう一冊は「新選組」にはまったひーさんがセレクトした「幕末維新」がわかるキーワード事典。残りの一冊は私の大好きな森博嗣の最新刊だった。もう、この作家が大好きで、そんなこととは知らなかったひーさんは、私の喜びぶりに驚いていた。貧乏なので、文庫が出てからしか買わないんだけど、これはリッチなノベルズ版で、まだ文庫に出てないようなやつで喜びもひとしおだった。大事に読ませてもらおう。1時間後に待ち合わせして、タクシーでパウロスタ通りまで出た。今日はサンパウロ市の451回目の誕生日で、お祭りしているので見学に行った。雨が降り出したけど、ライブがやっていてすごい人だった。横道からパウリスタ通りに出るためには、ボディーチェックや荷物検査などしなくてはいけなくて、さっき買ったばかりの折り畳み傘もカバンにしまっとけと言われた。やっとパウリスタ通りに出たのに、どしゃ降りの雨になり、特にライブ以外はメボシイものもなかったので、途中雨宿りしながら、雨が小降りになるのを待って、ひーさんご夫婦が泊まっているホテルまで戻った。kohは、もうベタベタに濡れていてホテルのドライヤーで服を乾かしていたんだけど、酷使し過ぎてドライヤーちゃん、潰れちゃった・・・。乾かないのでひーさんの「ハーレーチビTシャツ」を借りてkohに着せた。「チビT」と言えども、3才児にはデカく、kohも最初は落着かない様子だったけど、すぐ慣れた。夫が仕事から戻ってきたので、一緒にリベルダージ(東洋人街)まで行って、「korea hause」という焼き肉屋さんに行った。わたし、ブラジルで焼き肉食べるの初めてだったんだけど、うまくて感激した。「韓国万歳!!!」って感じ。昼間のワインもすっかりさめたひーさんご夫婦と、「焼き肉にはビールでしょ!」という夫(この後130km運転しないといけないのに!)は、ビールで乾杯。kohもがみちょんさんにお酌をしてもらったファンタ、私はコーラで乾杯した。途中、ひーさんご夫婦は「ジョニ黒」へ移行。ロックで頼んだソレは、ロックグラスになみなみに注がれていて、「サービス満点」だった。途中、ひーさんご夫婦がマジマジと私たちの顔を見て「らしくなってきたね。」と言っていた。ひーさんたちと初めてあったときから比べると、私たち夫婦が「夫婦らしく」なってきたそうだ。そうかな?でも、仲良し夫婦のお二人に言われると、何だか嬉しいお言葉だった。貧乏aya一家を心配して、常に奢ってくれる金持ちひーさんご夫婦は、今回もご馳走してくださった。「出世ばらいということで・・・。」などと笑って言ってくださったがみちょん先生・・・。夫は頑張りますよ!必ずや、必ずや ご恩をお返しイタシマス!!!楽しい時間もすぐにたち、8時半頃ホテルへお送りして、お別れとなった。kohのバットマンTシャツがまだ乾いていなかったので、ひーさんのハーレーチビTを「これ、ayaさん使ってね。」といただいて、何から何までお世話になった再会だった。時差ぼけ&長旅&病み上がりで疲れているであろう体を酷使して、私たちとの時間をつくってくれたひーさん、どうもありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしております♪
2005年01月25日
昨夜Aさんの家でお泊りしたkoh。昼頃に電話をすると、「さっき皆起きたところ」とのことだったので、3時近くにアイスクリームを持参して迎えに行った。久しぶりに晴れた日で暑かったのでアイスクリーム屋さんは長蛇の列。私は車で待ち、夫が並んで買ってくれた。Aさんの家に着き、チャイムを鳴らすと「だ~れ?」とkohの声。そして門もkohが開けてくれた。一晩顔を見ていないのに特に感激するでもなく、「凧上げしたい。」とばかり言っていた。家に入り、皆でアイスクリームを食べ、暫くお話したりして過ごした。昨夜のkohの様子とかも聞いたけど、奥さんいわく「全然手がかからなかったよ。」とのことだった。さすがに寝付くのには時間はかかったようだけど、グズりもしないし、起きてからも 特にやんちゃをするわけでもなく、とっても楽だったそうだ。良かった。夕方6時過ぎ、帰り支度を始めるとkohは「帰りたくない。今日も寝る。」とほざきやがった。ヤツは特にママ&パパが恋しくはないようだ・・・。少しずつ、成長していくのが嬉しい反面、少し位寂しく思ってくれてもいいのになぁ。と複雑な気持ちだった。
2005年01月23日
今朝aya一家は 10時に起床。夫とkohは、朝食もとらず毎週恒例のサッカーへでかけた。昼もそちらでBBQだということで、帰ってこず 私は朝からネット三昧~♪朝食も昼食もとらないで・・・。本当はやるべきことがいっぱいあるにも関わらず・・・。夕方4時すぎ、さすがにお腹が空いたので軽くパスタを食べ、再びパソコンにむかう。4時半をすぎた頃、酔っ払った夫が帰宅。kohは、友達の家に置いてきたという。夫はそのまま眠ってしまい、私は相変わらずネット。夫や子どもがいないと、することはそれぐらいしかナイのだ・・・。夜8時ごろkohを預けていた友達一家と一緒にpizzaを食べに行った。まだお酒がぬけず、しかも気分の悪い夫と 夕方に昼食をとった私は ジュースやお水でお付き合い。kohも子供たちと遊ぶ方に気が向いていてほとんど食べなかった。さんざん友達と遊んだにも関わらず、「今日はFおばさんの家で寝る。」と言ってきかないkohは、pizza屋さんの帰りにお泊りセットを家にとりに戻り、そのまま友達の家に泊まりに行ってしまった。家に残された私たち夫婦。いつ電話がかかってくるかな?「帰りたい」って泣いてないかな?なんて気にしながら グロッキーな夫とつまらないTVを見て数時間を過ごしたけれど、一向に電話もかかってこないし、結局そのまま寝た。こんなに一日中kohがいなかった日は今までなかったし、予定をしていたわけじゃなく 突然子どもがいないと、夫と二人 どう過ごそうかと戸惑うね。夫がグロッキーじゃなかったら、どこかに行ったりできただろうけど・・・。
2005年01月22日
仕事の帰り、夫がDVDをレンタルしてきてくれたので、kohが寝てから夫とDVD鑑賞。今回借りてきたのはブッシュ政権を激しく非難して話題だった「華氏911」ブッシュ在任中にこの映画を作製するところは、なかなかこの監督、チェレンジャーである。ポル語での鑑賞であったことで、なかなか全てを理解することはできなかったけど、やっぱり一番の話題は「イラク攻撃」だ。爆弾などで負傷したり死亡した子どもや女性などの一般人の姿、イラク人に攻撃され焼かれた米兵の死体など、生々しい映像もたくさんあり、かなりショッキングだった。でも、普段見る事のないこういった映像が、戦争の本物であって、ニュースなどで見る「どこどこが攻撃されました。」という街が焼かれるだけの映像を見ても、本当の戦争でどんなに傷ついた人がいるのか、どんなに苦しい思いをしているというのか伝わってはこないため、実際に戦地にいっていない人たちにとってただの情報として、だんだん麻痺してきてしまうのではないかと思う。戦地で戦っている米兵の中でも、どうしてこんなことをしているのかと疑問に思ったり、これ以上こんなことをしたくないと思っている人も多いし、徴兵されて嫌々戦争をしなければならなかった人たちがたくさん戦死していることも事実。残された家族がとても苦しい思いをしている事も・・・。この映画をみて私は、イラクへの攻撃をしかけたブッシュへの不信感とかすごい大きくなったけど、今年再選をしたブッシュ。アメリカ人はどう考えているんだろう。過半数がブッシュを支持していることがとても疑問に思えた。映画を見終わって寝る。とても寝つきの良くなる映画ではなかったけど、これが現実なのだから・・・。
2005年01月21日
年が明けてからすぐ、もうブラジル人の頭の中は、次の連休「カーニヴァル」のことで頭がいっぱい。TVでは毎日カーニヴァルについての話題や、各サンバチームのPRCMみたいなのがやってる。出てくるお姉ちゃんたちはもちろん、すごい衣装。「こんなん・・・。裸体と一緒じゃん・・・。」と絶句してしまうけど、素晴らしくしまったbodyのお姉ちゃんたちが、華麗なステップで踊っているので、「いやらしい」という感じではない。でも、TVの前でkohはかぶりついて見てるけど(苦笑)。ブラジル人 = カーニヴァル大好き♪ という印象があるけど、意外な事に「カーニヴァル嫌い」という人は多い。そして、ブラジル人は誰でもサンバを踊れるわけではない。カーニヴァル事体を楽しむ人より、それによって連休となるので、バカンスを楽しむ人が多い。カーニヴァルが近づくと、1年かけて準備してきた衣装や山車のレポートなどのニュースも多いけど、「STOP THE AIDS」のニュースも多くなる。しきりに「コンドームを使用しよう」とキャンペーンがはじまる。なぜなら、カーニヴァル時期は、開放的になった若者(だけじゃないかな?)が「一夏のアバンチュール」や、「火遊び」を行い、AIDS感染や望まない妊娠をする確率が高くなるからだ。まさに「情熱」のカーニヴァルだ。
2005年01月20日
先日の日記に 「妊娠したかも?」騒動を書きましたが、その2週間遅れでやってきたツキノモノは なんとその後2週間も続いたの。普段は1週間で終わるのに、量的には多くないんだけど、細々と・・・。で、今月は 周期的には大体良い感じでやってきたんだけど、やっぱり出方がおかしいの。現在開始から10日目なんだけど、やっぱりまだ終わってない。30歳過ぎたら色々不調も出てくる頃なんだろうけど、今までこんなことなかった私としてはちょっと心配。ホルモン関係なのか、それとも他の病気なのか・・・。そんなこと病院に行ってみないとわかんないけど、やっぱり病院って行きたくない場所だよね。しかも婦人科。その上ブラジル・・・。保険もまだ作ってないし・・・。はぁ。でもいかないとね。この前の週末一緒に過ごした夫のイトコは現在2男のママ。長男の妊娠のときは、既に妊娠していたにも関わらずツキノモノが1回きたらしい。更に次男の妊娠時には3ヶ月もツキノモノがやってきたそうな。私の生理不順は、もしかしたら妊娠じゃないのか?と彼女は心配していた。妊娠としたら 正常じゃない場合もあるし、妊娠と気付かず無理をして流産してしまう可能性もあるので、早めに病院へ行った方が良いと言っていた。もちろん、そのほうが良いに決まってるけど、どこの病院が評判が良いとか、色々情報収集をしたいじゃない?でも、誰に聞いたらいいものか・・・。そして頼りの夫は仕事が忙しいし・・・。とても一人では行けないし・・・。ブラジルに来て、軽い風邪にはかかったことはあったけど、病院へかかるようなことがなかった私。やっぱり日本じゃないから、勝手が違うし 何かと心細い・・・。こういう事があると、「やっぱ日本がいいなぁ。」と更におもうよなぁ。
2005年01月18日
金曜日の午後から 夫の叔母の海のマンションへ行った。午後7時過ぎにサンパウロ市を出て、結構道が混雑したため、到着したのは午後10時過ぎだった。翌土曜日は快晴。皆(叔父・叔母・夫のイトコ・その長男9歳・次男2歳とaya一家)で早速マンションの目の前の海岸へ。子供たちは夏休み、そして快晴の土曜日とあって 海岸はとても人がいっぱいだった。kohは、相変わらず 「波恐怖症」で砂遊びばっかりしていたが、以前に比べて自分から波打ち際までは行けるようになって 少しずつ克服しつつあるようだ。午後は マンションのプールで遊び、夕方はマンションのジャグジーで泡に打たれてリラックス。kohも「お風呂だね」ととても気に入っていた。夜はkohが眠ってから夫と二人で散歩。海岸でライブがあったので、そこへいく人たちで夜道はとても賑やかだった。私たちは別にライブには興味なかったので、とりあえずミニ市場がやっているところまで歩いてみようと、どの辺にあるかも知らないまま海岸を波に打たれながら歩いた。途中、移動遊園地みたいなのがあったので、中を覗いて絶叫マシーンを見ながら「下が砂地だから、安定が悪そう。別の意味でコワイよね・・・。しかもブラジルじゃ、あまり管理しっかりしてなさそうだし・・・。」と、二人で後ずさり。遊園地を過ぎ、かなり疲れた私は、かなりグチって歩いたので 普段怒らない夫が恐い顔で「歩きたくないわけ?」と睨んだ。ムカっときつつも、同意の上での散歩だったので、逆ギレするわけにもいかず、「もう少し歩いても市場に到着しなかったら帰る。」ともうちょっと頑張ってみた。ラッキーなことに、その後200mくらいで到着したのでブラブラ見学。しかし、めぼしいものもなく5分も見ずに帰路へ・・・。結局、二人とも疲れていたので、アイスクリームを食べてバスに乗って戻った。3kmちょっと歩いたかな?普段歩きなれてないから、こんな距離でもすんごく疲れた。せっかく夫婦水入らずで行った散歩も、ちょっとぱっとしないものになってしまった・・。翌日、日曜日は朝からどんより・・・。でも海岸へ!雨が降り出したけどパラソルを開けて まだねばった。本格的に降りそうだったので部屋に戻った。いつ帰ろうかと悩みながら、結局午後7時過ぎに出発。大渋滞~!2時間経ってもまだ高速道路まで行くことができなかったので、結局逆戻り・・・。月曜日の早朝5時に再度出発し、それでも結構車はあって、「考える事はみんな同じだなぁ。」と思った。サンパウロ市で仕事がある夫は、私とkohをサンパウロ市の隣町にある叔母の家におろし、仕事に行った。私とkohは2度寝・・・。結構しょっちゅう行く海だったのだけど、普段は日曜日の昼頃戻るので、こんなにひどい渋滞に巻き込まれたことがなかったので、驚いた。今度からは 今まで通り 昼には帰ろうと心に誓った。
2005年01月17日
今朝は、提出書類用のkohの顔写真を撮りに行って、そのまま願書を出しに行った。希望していた幼稚園で、他の公立の幼稚園の願書も受け付けているので、そこに行った。日本生まれのkohの出生証明書は、ブラジルのと少し違うようで、受け付けの女の人も「日本で生まれたんだ!かっこいい!」と意味不明なことを言っていた。やっぱり、そこの幼稚園の受け付けは終了していたので、とりあえず遠いけど 公立の幼稚園に入園することにして、希望の幼稚園の空きを待つことにした。新学期は2月のカーニヴァル明け。それまでに、色々と文房具などを購入し 名前を書いたりしないといけない。ま、日本のように おはじきとか、なんとか細かいものはないので、大した事はないでしょう。kohと同じ学年になる子は、2000年7/1生まれ~2001年6/31生まれの子。2001年4/13生まれのkohは、月齢的には低くなる。日本じゃ4月生まれの子は、月齢が高いのにね・・・。ポル語もイマイチ片言なので、皆についていけるかな?と心配もあるけど、幼稚園なので 特別高度な勉強もないだろうから、楽しくみんなと仲良く遊んでくれたらいいなぁ。と思う。
2005年01月13日
悶絶のサンタカタリーナ旅行記後編、左ページにUPしました。写真はまた後程・・・。*******************************************************今日は、夫が午前中家にいたので、kohの幼稚園の入園願書を出しに行こうということになった。こちらの新学期は大体2月からなので、4月生まれのkohはもしかしたら、入園できないカモ?と思い、書類や写真を準備する前に 確認のために 夫に幼稚園に聞きに行ってもらった。前回、幼稚園の視察に行ったとき、kohが気に入った広い公立の幼稚園、そこは評判もいいし 家からも一番近いので そこに入れたいと思っていた。夫が聞きに行くと「もう、締め切りました。」と言われた。何でも、今週月曜日に入園願書を受け付けはじめたそうなのだけど、すぐに長い列ができ 1時間後には定員になってしまったそうだ。そんなことになるとは思っていなかったので、のんびり構えていたけど、あぁ・・・。ショック・・・。違うところを探さないと・・・。ただ、私は 車がないので できるだけ近い幼稚園がいい。でもこの近くには もう私立の幼稚園しかない・・・。あぁ、どうしよう。そこの受け付けの人の話では、とりあえず他の園に入園しておいて、泣いたりして登園しなくなる子が必ず出てくるので、それを待って 途中から 転園する手もあるそうだ。それを狙っても、確実に入れるわけでもないし、他にもきっと同じように待っている人がいるだろうから、kohまで順番がまわってくるかわからない。近くの私立に入れるか、遠くの幼稚園に入れるか・・・。空きを待つか・・・。悩みどころである・・・。
2005年01月12日
暫くスッキリしない天気が続いたため、旅でたまった洗濯物はなかなか片付かず、日曜日やっとすべての洗濯が終了し、私のキライなアイロンがけの時間がはじまった。しかも、大量の・・・。スッキリしない天気だけど、ムシムシ暑くて アイロンがけ 余計したくない。でも、しないわけにもいかず、汗をカキカキ頑張りましたわ。今日で全部片づけたさ。ふゥ~。さて、悪夢のサンタカタリーナ旅日記ですが、前編を書き終えましたので左ページにUPしました。なかなか長いので時間があったら読んでみてください。まだまだ 本当の苦しみは後編に続きます。
2005年01月10日
この前の、津波はとんでもない被害になってますね。津波では命をおとさなくても、その後の非難生活の厳しさ(衛生面でも)で、病気などで 命を落とす人が出てくるのではないかと心配しています。あの 状況では なかなか完全復旧には時間がかかると思いますが、被災者のかたがたが、安心して生活出きる日が一日も早く来る事を願うだけですね。丁度お正月のバカンスシーズンに重なったあの津波ですが、海外からの旅行客で被害に逢われた方も多いようですね。その中のあるアルゼンチンの方は、運良く命は助かったそうですがその人はスゴイ過去を持つ人でした。普段、バカンスシーズンになると外国へ旅行するその人は、もっぱらブラジルで過ごす事が多かったそうです。ある年、「毎年ブラジルでは芸がない」と、メキシコへ。すると、あの被害が大きかった「メキシコ大地震」に遭遇!その後、NYへ行けば あの9/11のテロに遭遇!そして今回は 津波に遭遇!と、歴史に残る大災害に3個も遭遇してしまったスゴイ人なのです。運が悪いというか、何というか・・・。「もう、ブラジル以外へ行こうと思わない。」と言ったそうだ。ブラジルへ災害を持ち込まないでね!と願うのは私だけではないはずだ。
2005年01月09日
あけましておめでとうございます。さて、1/4に無事長い長い旅から戻りました。なかなか苦しい旅となりましたが、HP的にはネタには困らない美味しい旅ともなりました・・・。そのハチャメチャ年越し旅行の旅行記は、そのうちUPいたします。旅行から戻ってからも、家の大掃除、大量の洗濯物との戦いなどでなかなかバタバタしております。旅の後は、なんだか通常より忙しいですね。PCを触れる時間がなかなか取れないので、スローペースな更新になるかと思いますが、今年もどうぞ宜しくお願いします。
2005年01月06日
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