2006.01.30
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今だったら、どうしたら良かったのかが分かる。

僕が出会ったひとの中で、いちばん強くていちばん弱くて、

そしていちばんしっかりしていていちばん幼くて、

いちばん笑っていちばん泣く年上のひと。

そのひとに、僕がどうするべきだったのか今だったら分かる。





僕らが出会ったことが偶然だろうと運命だろうと、

そんなことを考えることは決してしなかった。

彼女は僕にいちばん笑ってくれたから、

それだけで僕は彼女の笑顔をもっと見たいと思ったし、

彼女は僕の前でいちばん泣いていたから、

それだけで僕は彼女のそばに居たいと思っていた。

僕は泣いたり笑ったり怒ったりするのがひどく苦手だったから、

彼女がいつもくるくると感情を表に出すのが羨ましかったのかも知れないし、

憧れに近い感情を持っていたのかも知れない。





可愛いものや綺麗なものを見たとき、それが例えどんなに小さなものでも。

彼女は(僕から見れば大げさに見えるほど)嬉しそうな顔をして、

指をさして僕に見せてきて。

ペットボトルについたオマケのストラップ。

UFOキャッチャーのぬいぐるみ。

車の窓から見える夜景。

雑誌に載っているかばん。

店先に並ぶ安物のピアス。

僕にとっては景色の一部に消えてしまうもので、見えていないもの。

それらのひとつひとつに笑顔で僕に見せてくれたから、

僕は彼女のとなりでゆっくりと歩くようになっていた。





彼女は僕との共通点をひとつひとつ見つけては、大げさに喜んで見せた。

「わたしたちって似てるね」と笑って。

僕は、彼女が僕にないものをたくさん持っていてすごく遠くに感じることもあったから、

そうやって一緒だと言われることがとても嬉しくて、

でもその度に胸を痛めたりもした。

僕はきっと、不安だったんだと思う。

彼女があまりにも眩しすぎて、そしていつか、消えてしまうことを思って。





僕は彼女に「好きだ」と言って彼女は僕に「好き」と言って。

でも僕はお互いに触れ合うことを怖がっていた。

触れ合えばもっと彼女が欲しくなることを知っていたから。

僕は不安を振り払いたかった。

いつか消えてしまうものを手に入れるのが恐くて、

そしてそれよりも彼女自身がいますぐ僕の目の前から消えてしまうことの方がもっと恐くて。

僕は近付くことも遠ざけることも出来なくてそれでも彼女と一緒に居ようとしていた。





「もう、会えません。ごめん。ごめんなさい」

メールが僕の携帯に入ってきたのは、冬がもうすぐ終わってしまうころで、

少し前に風邪をひいた彼女がその直後に風邪をひいた僕をちょっと心配しながらも

「また一緒だね」とメールしてきてから1週間後だった。

メールには彼女が不安だったこと、その不安に耐えきれなくなったこと、

それから最後に僕が本当に幸せになれることを祈っていますと書かれていた。

メールを読んで、僕は胸の中にいつもとどめておくしかできなかった感情が、

一気に溢れ出しそうになるのを感じて、それはすぐに形となって。

僕の頬へと溢れていった。





僕が見ていた彼女はいつも感情をストレートに表に出していたはずだったのに。

耐えきれないほどの不安をいつも僕と居るときに感じていて。

そしてそのことに、一瞬でも気付くことは出来なかった。

その時の僕は不安の意味もそのつらさも、分かりすぎるくらい分かっていて、

「わたしたちって似てるね」そう言った彼女の言葉の本当の意味を知った。

僕らは本当は同じで、

手に入れたいのに失ったときの悲しさを知っているから近付くことを恐れて、

失いたくないから遠ざけることも出来ずに居た。

そして僕の方が弱かったから。何も出来ずに居ただけで。

彼女が僕にメールを送ったときのことを考えると、ずっとずっと胸が痛んだ。

きっとすごく恐くて苦しくて悩んで迷って、

その中でメールの文字をひとつひとつ打ったことを考えると、

口から漏れ出す嗚咽を抑えることが出来なかった。





そのメールの文字をひとつひとつ、

何度も読み返しても僕はそれに対する返事を持っていなかった。

悔いて謝ることも言い訳をすることも怒って怒鳴ることも全部意味を成さないと思えたし、

その時ほど言葉や文字が全て本当の意味を伝える手段としては、

とてもとても弱すぎると思ったことはなかった。

携帯の画面にぽたぽたといくつも涙だか鼻水だか分からないものが流れても、

国道をバイクで飛ばして会いに行くことも、

リダイアルの一番上にあるはずの電話番号にかけることも、

メールのただ一文字も打つことも出来ずに僕は何度もそのメールを読んだ。

それから、メール画面を閉じて電話帳から彼女の番号とアドレスと、

彼女の名前を消した。





今だったら、どうしたら良かったのかが分かる。

僕が出会ったひとの中で、いちばん強くていちばん弱くて、

そしていちばんしっかりしていていちばん幼くて、

いちばん笑っていちばん泣く年上のひと。

そのひとに、僕がどうするべきだったのか今だったら分かる。

きっともっと簡単で単純で、でも僕には恐くて難しくて出来なかったこと。

彼女を抱きしめること、手を繋ぐこと、笑っていること。

「好きだ」って言った後に「ずっと側にいる」って言うこと。

僕が欲しかった「安心」を手に入れるためにはそういうことをすれば良かった。

彼女に「安心」をあげることが出来れば良かった。

今だったら分かる。今だったら。





そうして戻らないものを時間を笑顔を声をあの人の全てを、

取り戻したくてもやり直したくてもどうにも出来ないことを、

繰り返し繰り返し思い出す度に胸の辺りを締め付けるけれど。

僕が彼女に出来ることはもう無いって思って、

だからその分彼女が誰かと凄く幸せになって笑っていて欲しい、

その誰かに「安心」をもらって笑っていて欲しいって。



















電車で綺麗な女のひとを見ると、その人相手にそんな妄想をよくしてる。





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Last updated  2006.01.30 21:52:17


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