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2015.04.04
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Michel Pastoureau, Jesus chez le teinturier. Couleurs et teintures dans l'Occident medieval
~Le Leopard d'or, 1997~


ミシェル・パストゥロー による、中世における様々な色彩と染色に関する研究書です。
 本書の詳細な構成は次のとおりです(節番号はのぽねこ補足)。

ーーー
序論

第1章 イエスからルナールへ―染色の虚偽
 第1節 ティベリアドの染め物屋
 第2節 ヨセフのチュニック
 第3節 狐の策略と色
 第4節 色、それは隠すもの
 第5節 染め物師の王
 第6節 赤の染め物師
 第7節 染料から媒染剤へ
第2章 煮沸鍋から桶へ―染め物屋の仕事
 第1節 区分され、争いあう職人たち
 第2節 混色のタブー
 第3節 調合手引き集
 第4節 中世染色の困難
 第5節 緑―化学から象徴へ
 第6節 軽蔑される職業
 第7節 語彙の証言
 第8節 黒い聖人と白いキリスト
第3章 布から服へ―色の役割
 第1節 青の桶
 第2節 昇進した青
 第3節 青対赤
 第4節 色の新しい秩序
 第5節 青対青
 第6節 奢侈条例と衣服の規則
 第7節 禁じられた色と規定された色
 第8節 昇進した黒
 第9節 ユダの色
 第10節 黄色の桶
 第11節 全ての色の桶

結論

付録
参考文献案内
索引
ーーー

 パストゥロー氏の研究は面白いなぁと、あらためて実感できる一冊でした。後にもふれますが、本書の白眉は第3章。新約聖書外典に、子供時代のキリストが染め物師のところに徒弟奉公に行っていたある日のこと、別々の色に染めないといけない布を、すべて同じ色の桶に入れてしまい、その後奇跡を起こして色をなおす、というエピソードがあります。その、あやまって入れてしまう桶の色が、時代を下るにつれて変わっていく。青から黒、そして黄色へ。それはそのまま、それまで忌避されていた色が桶の色とされていたのが、その色が高い価値をもつようになり、桶の色も別の忌避される色に取って代わっていく、という、色彩への価値観の転換と歩調を合わせている、というのですね。

 以下、章ごとに簡単にメモしておきます。

 序論で語られる、色彩の歴史を研究するにあたっての困難や論点については、ミシェル・パストゥロー「中世の色彩を見る」( 『ヨーロッパ中世象徴史』 所収)の前半でも語られていますので、そちらの記事に譲ります。

 第1章は、上にふれたイエスの徒弟時代のエピソードを要約した後、染色という生業に対して、中世には否定的な視線が向けられていたことを論じます。たとえば、『狐物語』の中で、主人公・狐のルナールが、黄色の桶にはまって体毛の色がかわってしまったとき、ある染め物師に、自分は染め物師で、パリでの最新の技術を持っていると偽り、無事に逃げ通したというエピソードがあります。ラテン語のcolor=色は、celare=隠すに通じると考えられたということもあり、色や染色は、物事を偽ることだ、というイメージがあったというのですね。

 第2章は、染め物師の生業の実践や、彼らの社会的地位を見ていきます。

 実践面としては、仕事柄水を汚してしまうことが避けられないため、彼らは都市の外に住むように規定されていたこと、染め物師は染色できる色が決められていたこと(たとえば、赤の染め物師は、黄色に染めることはできても、青、緑、黒に染めてはだめ)、調合手引き書の性格、色を混ぜることはタブーとされていたこと(混ぜることは、秩序を乱すこととされた)、白や緑に染めることが技術的に難しかったことなどが紹介されます(実は、白や緑に染めることを除き、この叙述の大部分は 『青の歴史』 に再録されています)。

 社会的地位については、結婚が難しかったこと、たとえばフィレンツェでは政治的生活から排除されていたこと、布に関わる仕事は女性の仕事とされており、女性がしばしば劣った存在とみなされたことから、同じく布に関わる仕事である染め物師も否定的に見られたという説などが紹介されます。

 一方、染め物師側も、否定的に見られることに甘んじていたわけではなく、守護聖人(聖モーリス、さらには徒弟時代のエピソードからイエス)を設けることで、自分たちの価値を高めようともするのでした。

 第3章は、時代による色への評価の変遷をたどります。12世紀頃から青が圧倒的な人気を誇るようになっていったこと、次いで14世紀頃には奢侈条例などの影響もあり黒の評価が高まっていくこと、また青、黒、黄に向けられていた否定的なイメージなどが紹介されます。上にも書いたように、徒弟時代のイエスが間違えて入れてしまう桶の色は、時代により代わっていくのですが、桶の色が黒とされた時代には、既に青は社会的な地位が向上していて、黄色の桶のエピソードが確認できるのは(写本は俗語の一点のみのようですが)、黒が社会的向上を遂げた後、という流れが、とても興味深かったです。

 1997年までの、色彩に関する諸論文の成果を総合したのが本書とするなら、本書の内容をベースに、この後、『青の歴史』、 『黒の歴史』 、さらには『緑の歴史』(英訳書入手済)といった、各色に関する一冊の本が生み出されていっている、といえるでしょう。青、赤、黒、緑、黄など、いろんな色の染色に関する技術や社会的意味についてまとめられた本書は、ある意味では、パストゥロー氏による色彩の歴史に関する研究の集大成といえるのかもしれません。

 良い読書体験でした。





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Last updated  2015.04.04 10:49:29
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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