仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2011.07.05
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カテゴリ: 東北
高野長英がもともとオランダ語で書いた物を約した言葉である。

人は学ぶためには、食わねばならない。しかし、食うために学んではならない。

学ぶには生活が必要で、金が必要になる。しかし食うために学ぶ、つまり何か利益を得るために学んではいけない。

蛮社の獄で終身禁獄となりながら、江戸伝馬町獄舎の大火に乗じて脱走した。その理由は自分の能力を十全に発揮して、翻訳などにより鎖国を解いて外国を知り、日本の国力を高めることにあったのだろう。最後は火薬で顔を変えて再び江戸に入ることまでやっている。

逃避行を続けたのは、もちろん生きるためだが、それは何のためかと言えば、自分が食い続けるため、生活を豊かにするため、というのではない。自分の命を永らえるために学ぶという意味ではない。

むしろ、命を賭して学びを続ける。自分の学びは食うためではなく国のため。

そういうことだろうか。

参考:齋藤孝『「決めぜりふ」』世界文化社、2009年
関連する過去の記事  高野長英と兄弟たち (2011年6月28日)





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最終更新日  2011.07.06 00:12:54
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