全14件 (14件中 1-14件目)
1
もうすでに消滅しているはずの当ブログ、まだぶちぶちと淵のほうにおります。フリーページのほうが終わればそれまでなのですが、まだまだ続きそうです。大晦日のこの日は是非楽しい事をしてみましょう。欧米では友達たちが集まって夜通しのパーティーをすることがあります。クリスマスとは違って家族だけの集まりではありません。零時におめでとうを言い合ってお開きになります。年内にめでたくない事があった場合もあるでしょう。オニオンは二人の母親を亡くしました。長い間付き合っていた人との別れもありました。また再会もありましたが、その別れも続きました。せっかく出会った人だったのだけど、二度とこの世では会う事のできない場合もあります。いろんなシーンがあったことでしょう。でも今を感じることができる幸せにありがとうございます。オニオン自身も大きく変わったように感じます。精神的な変化ですけど、そのうち目に見える変化となって現れてくることでしょう。光に満ちた平和な新年を世界の皆がほほ笑んで迎えられますように祈りますこの先どんなことが起こってもあなたはあなた、オニオンはオニオンなのです。
2012年12月31日
コメント(4)
昨夜、会社のディナーでした。そこで、いろいろ普段話をしながらオニオンの今までのレジュメみたいな事を語りました。場所はインドネシアのレストランで、なんと踊りも付いていて雰囲気よかったのでか、どんどん話は進みました。(インドネシアの料理を出すブリュッセルのレストラン)その夜、それまでの自分の人生をおさらいしてみました。すると、今までの自分がとても愛おしくなってきました。なんだかんだと言いながら、常に難儀な道を選んでいるのは自分でした。もちろん全ての責任は果たしています。親から本当の自由の観念をもらっていたおかげです。辛いことも、今まで本当に辛いと認識したことありませんです。辛いの次に来るのはその反対であると信じていましたから。。辛いという観念も持ちません。選択肢がある時、楽な方を選ばないでわざとそうでない方を取ることによって、自分だけの生き方を模索していたのではないでしょうか。。過去において、いつも自分の心が向かないモノには一切手をつけていませんでした。結構潔癖症だったのか、汚れた世界は避けました。見かけは良くても、精神的にクリアーでない処へ入っていません。(一度だけ、芸術系に進みたかったのですが、教師に言われて普通科へ行きました。でもそのおかげで語学が出来ました。)昔昔子供の頃、巷で当時は物的所有が裕福さを決めるが、いつか精神的な富が優位に立つと囁かれていました。子供心に、オニオンはとてもリッチになるぞと思いました。目に見えるモノの豊かさで無く、目に見えない心の豊かさなら一銭もかからないと。。夢を見るのはタダであります。だれでも想像できるのです。そのうち人の想像力を操ることが出来るようになるかもしれませんが、今のところ皆好きなことを想うことができるのです。心は自由なのです。今までの選択を一度も惜しいとは考えても思ってもいません。どっちみちどちらかを選ばなくてはならないのなら、どっちを選んでもいいのです。自分の心の声のする方を選んでいるのですから、それ以上の最良の道はないのです。この道のみなのです。若かったからでしょうか。。一見無謀な選択もやってきました。いえ、今でもやりますよ、ことさらに自分の心の向くままに生きることを選択しましたから。。人があこがれる、無難なモノというものは避けてきたような気がします。2012年の「愛」絶対的な愛ということでしたが、なんと、その愛は自分に返ってきました。亡き父の言っていた「すると、される」ってのがどこから聞えてきました今年最後の満月をお楽しみあれ
2012年12月28日
コメント(0)
その時、日本を出てやっとのことでドイツへ行くことになっていた。しかし、それは年が明けてからであり、年末は昔住んだスイスへ寄ってみようと決めた。スイスへ着いて、クリスマス前なので知人と会いたくなって電話をかけた。しかしながら、その夫人はクリスマスには家族だけで過ごすからということで断られた。次にかけた相手は、まるで他人のように冷たくあしらわれた。外も寒かったが、それよりもヒンヤリしていた。別に泊めてくれと言うのではない。会いたいというだけだったのだが。。そして、また最後にかけた相手にもなんとも冷たく断られた。会いたいだけなのに。。一人で駅の近くのホテルに入った。小奇麗な部屋で以前に長期で滞在したことのあるホテルである。安くて親切な本当に簡単なモノだけの部屋だが、そこに入ると落ち着いた。教会のすぐ横なので鐘が鳴り響くのである。時計が無くても充分何時だかわかってしまう。そこで、目の前のデパートに入り、スイスのシナモンのクリスマスクッキーやヨーグルトを買い込んだ。飛行機からずっと風邪気味のように頭が痛かったので、教会の鐘を聞きながらクッキーを食べてラジオを消して布団を被って寝たのである。クリスマスなんて一日だけだ。一日過ぎれば何てことない。あとはドイツへ向かおう。とは思ったものの、もう一人の知人のところへ直接出かけることにした。会いたくなくても行ってしまえばもう何も言えないだろう。電話番号も無かったので行くしかなかった。店をやっているので、特に年末は31日の夕方まで仕事をすることはわかっていた。なつかしいトラムで揺られていくと、湖の大噴水の近くの店が目に入った。まだあった。よかった。彼は毎年のように仕事をしていた。ジュネイヴを離れていたのは一年ほどだから、全てまだ記憶にあるままだった。きれいな店内に彼はいた。私を見るとすぐにあの柔らかいほほ笑みを投げかけてくれた。しばらくと言っても一年ほどだから、さほどではないが、懐かしく、話ははずんだ。話しているうちに何となく、その夜のことになった。そして、自然に彼の方から前の時のように大晦日のパーティーに誘われたのである。その時は、家族と友達が集まって楽しい時を過ごしたものであった。その時も同じように友達を呼んで盛大にやるという。誘ってもらいたくて出かけたのではないが、ドイツからスイスへ戻って来るとは限らないし、その前に一目だけ会っておきたかったからである。彼は、フランス人であったが、スイスについてとても苦労したようである。口数少ないが、気持ちはよく通じて、外国人である私をよく親切に扱ってくれた。奥さんはスイス人だが、オープンでおもしろい気さくな人だ。そこで大晦日を過ごし、年を越してからドイツへ行ったのである。ヨーロッパでは、クリスマスの前夜と大晦日の夜に会食パーティーをして盛大に過ごす場合が多い。盛大でなくても家族が寄って会食、ダンス、プレゼントの交換などするのである。一人で過ごすのはみじめなようである。しかし、この世にはひとりで過ごす人も多いのである。いくら家族がいても、迎え入れらない場合や拒否する場合もある。クリスマスだからというのではないが、クリスマスだからそんなこと考えてみるのである。キリスト教だからとかいうのでなく、家族の事を考えるチャンスである。オニオンは、今例年のように巻きずしをたくさん作り、おなか一杯になり、デザートのブッシュが食べられないくらいになって、ウーロン茶を飲んでいる。雨も降らないし、ちょっと気温は高すぎる(10℃近くもある)がヒーター燃料代の節約になっている。ロシアでは寒すぎ、南ヨーロッパでは暖かすぎるようだが、ベルギーはちょうど真ん中である。冬至の日より太陽の出番が少しずつ多くなっている。やっぱり明るいほうがいい
2012年12月25日
コメント(2)
怒りの感情は否定しなくていいのです。「愛」にはポジとネガの全部を含みます。つまり全てなのです。裏と表のように切り離せられないモノです。どんなときでも静かな人もいますが、もしあなたがしょっちゅう腹立ち、フェアーでないという不満を持っている場合、それはそれで自然なのです。押し隠すこともないし、恥に思うこともありません。何故怒りが発生するのかは自分で見ることにして、とにかく表現することです。紙に書いてもいいし、それを焼いてしまうか、水に流すか。。最近は焼却炉ってのがないでしょうから、そういう儀式だけでもいいし。。水に流せない場合もあるでしょうから、想像して入浴時に溶かして水抜きで一緒に流れていくことを想像すればいいのです。オニオンがシャンタルのところでやりたかった瞑想のアトリエは(結局キャンセルしましたが。。)あなたの一番嫌な思いや人、苦手なモノをA4の紙に書き、それを折っていって六角形にしてそれぞれのスぺースに「ありがとう!」って書き、同時に心からありがとうを実践することでした。そうすることによって、本人の潜在意識が辛い記憶を許してくれるのです。つまりあなたの心のどこかで手放すことが出来ないでいるから辛いのです。それを自分自身に放すことを許す儀式です。書いた紙はあと燃やすかちぎって再利用しないで捨てるのが一番です。持っているべきではありません。そうやってどんどん浄化されれば、今まで気が付かなかったものが見えてきます。
2012年12月22日
コメント(0)
皆さん、21日の瞑想はいかがでしたか冬至のユズ湯に入って瞑想しませんでしたか。。オニオンは12日から21日までふつふつと沸き立つある感情を思いっきり放ちました怒りというより、発散させたと言うべきか。。すっきりしました。本当に冬至の日、アセッションの日に溜まっているモノを吐き出したというところです何にせよ、我慢しすぎるとおかしくなりますから、そこそこで圧力を抜いておいた方がいいです。普段抜けておかないと、ある日突然大爆発となります。今まで社会や家庭のシキタリってものに縛られて、無理に無理を重ねてきた方もおられるでしょう。仕方ないんだと自分に言い聞かせて、子供のため、家族のため、会社の為にどれほど一生懸命頑張ってきたことでしょう。楽しくない時、苦しい時が続いてもうくたくたになっているのではないでしょうか。。もういいかげんにやめませんか。。あなたは自由なのですよ、怒りを放散するのでなく、愛を放散することにしませんか決めるのは、選ぶのはあなたです。自分の人生は自分の責任下です。誰にもとやかく言われることはないのですクリスマスが近いですが、この時期に街がイリュミネイトされて素敵です。人間はやはり明るいところが好きなのでしょうね。
2012年12月22日
コメント(0)
命は何かと聞かれてすんなり答えは出てこないだろう。哲学でもやってなければ、そんなことどうでもいいことだし、知らなくっても生活できる。オニオンの妹などにとっては、何をばかばかしいと言うことになるだろう。しかし、ここ数年その年のテーマを選んでいるオニオンは2013年のテーマを「命」とすることにした。(2010年変更:習慣を変える‐2011年自由:自分の心の解放‐2012年愛:絶対的なひとつの愛、そして。。命:)命とは、すなわち生きることである。生きて生きていき抜くことである。この世の命が絶えてもそのあとの命もある。。有(形)の体が無(形)に戻り、また有(形)が生まれていく。短命、長命というのはひとつの人生の区切り間においてであり、「命」というものが生まれてからのことではない。短くも長くもないのだ。生きている今(その瞬間)を繋ぐものである。ちなみに2012年はオニオンにとって、本当に出来ごとのオンパレードであった。1月3日あたりから立て続けにそれらはやってきた。出会いも別れもあり、まさに今年は楽しかった。心臓が一番ドキドキ、ワクワク、パコパコした。2012年は確かに区切りの年である。21日にシャンタルたちとの大瞑想会では、また新しい出会いもあることだろう。味噌クッキーを焼いて持って行く予定。世の中では、世の終わりだと言って大災害を心待ちにしている。これでは自ら引き寄せているようなものだ。聞かないで、言わないで、見ないで欲しいネガティヴなことは。。耳を閉ざすと、心のささやきが聞こえてくる。心臓のパクパクも。。口を閉めると、心がざわめいてくる。どこかで自分はしゃべっている。目を閉じると、何も見えない。しかし、次第に真実が見えてくる。今の命に、あ り が と う ご ざ い ま す。
2012年12月18日
コメント(2)
ここからご本人に承諾を得ないでコピーしてしまいました。全てが始まりますよ。。 最後の世界 (作詞者 南高節)遠い空へ飛んだ僕の小さな命が一人で泣いた僕が死んだときに車のライトが目にまぶしくついたとき痛くはなかったけれど一人ぼっちになった高い雲のみねで君の名前を呼べど楽しかったあの日は車のライトに消された恋人よ幸せに 恋人よさようなら大きなむなしい夢が星とともに砕けた指が凍りつく夜空を天国求めてさまようここは車もない ここが天国だろうかおかあさんどこにいるのおかあさんさようならああ ああ 目が痛い ああ全てが終わるああ全てが終わるああ全てが終わる これはデヴュー曲だから、音源が手に入らないらしいけど、もう一曲、まだ入手可能なのが「地球の最後の日」森田公一とトップギャランの歌です。リンクは見つかりませんでしたのであしからず。。オニオンが日本を留守にしていた昭和の50年代のフランス生活時代のこと、日本人のクラスメイトのカセットを録音してもらってオニオンの知らない「日本の歌なんやぁ~~」と何度も何度もテープがよれよれになるまで聞いたのです。もちろん他の曲もありましたが、これが一番お気に入りです。フォークソングって聞かせてくれるので好きです。シンガ―たちは皆長髪で時代を挑発するような格好でしたが。。でもはるか離れた土地で、冬重かったブタンガスボンベのストーヴ一個だけで全然温まらない学生用の部屋の中、足踏みしながら体を温め「地球の最後の日」を流していたオニオンを想像してくださいねまさに、「青春時代」そのものを過ごしましたよ。。
2012年12月14日
コメント(0)
12日の半日瞑想会はなんとか終了しました。参加者がばたばたとやってきて、落ち着いて瞑想どころではありませんでしたが、それも主催者のシャンタルらしかったです。ときに、今のこの時はエゴを放さなくてはならないと聞きますが、エゴもある程度必要です。ただありすぎると、バランスがとれないと相手を支配したり支配されたりしますので注意が必要です自分勝手になってしまうと、大事なことが見えなくなるのでしょうね。。また、人に振り回されていても同じことです。怒りも愛の別の表現らしいですけど、見返りを求めないことです。あげっぱなし、ってやつです。もらったものは拒否しないで、相手にしなければいいだけのことです。ネガなものを消そうとしないで変えていくのです。またお金があれば別ですが、さほど遠くへ旅立たなくても今ここに全てがあるのです。ずっと前にのせましたが、収容所のようなところで思うように動けない、食べ物も制限されている。それでもそこに心の自由を見出すことは可能なのです。どんな身分の人間も自由な心を持っているはずなのです。それに気付きさえすれば、あなたは本当の自由を得たと言えるでしょう。どんな夢でも自由に見ることが出来るのです。来週21日の全日瞑想会、会場が森林公園の中ですが、果たしてうまくバランスを保つことができるでしょうか。。オニオンは12日にとても貴重な心の勉強をさせてもらいました。そこには、頭での理解を越えたモノであふれていました。そして新たなる気づきをもらいました。ありがとうございます。寒い路上で夜を誰も不本意で過ごすことがなくなりますように、祈ります。
2012年12月13日
コメント(4)
この世に不可能なことはないようです。何でも思い通りになるようになっているのです。だから、ちゃんとした思いは叶うのです。叶ってしまうのです。気をつけてください。形になるまでにタイムラグがあります。でも発した思いはいつかどこかで形になります。一度失敗してもそれは決して無駄ではないのです。ネガにならないように気をつけましょう。全てうまくいくのです。自信が無くなりかけた時は、あなたのマントラを唱えましょう。歌を歌ってもいいのです。たとえば、この「すべてうまくいく」です。自分で自分を立ち上がらせるのです。だってあなたが主役なのですから。。
2012年12月10日
コメント(4)
昨夕帰りのトラムで路上生活者のカルロスと出会った。彼がコロンビア人で今は路上生活していて、随分酔っているようだったということが10分ほどの間にわかった。なぜ暖かいコロンビアから来て、ここに生活しているかはわからなかった。オニオンの横に所帯荷物を入れた二個の大きな袋と一緒に座っていた。最初は黙っていたが、彼の方から食べる為のお金をいくらでも良いからくれという請求があった。そういう時は大抵大衆の場なので財布は出さないから、用意している場合を除いては払わないことにしている。ところが、昨日は気持ちよくコインを出して彼に渡してあげた。あっさりとオニオンが出したので拍子抜けしたのか、大きな声で叫んでいた。。オニオンはお金を出したからというのでもないが、彼が足を向かいの座席に置いているのを注意した。まるで子供にするように、「迷惑になるから、おろしましょうね」とである。なぜそこまでオニオンが言ってしまったのかはわからないが、彼はまたまた叫んでいた。その度に他の乗客は肩をすくめて知らん顔をするのであるが。。オニオンとて、万が一危なくなれば(酔っているはずみで暴力行為もあるだろう)自分の身を守ることくらいは心得ているから気にもしなかった。ただし、酔っている相手だと注意しないと、こけさせたりすると怪我させるかもしれないと気にはなった。動物の様に叫んだあとは、素直に足を下ろして何かをつぶやき、オニオンの前の席にやってきた。そして最後まで彼は、オニオンに「私は路上で生活しています」というタイトルのビデオを見せてくれていた。誰か知らないが、ドイツ人の人が映っていて、おそらくカルロスのためにドイツ語でビデオを録音したのだろうか。。音はカルロスがイヤーフォンで聞いているので何を言っているのかわからなかったが、それを言うと自分の耳からオニオンへそのイヤ―フォンを渡してくれそうだったから黙って、揺れるトラムの動画を見ていたオニオンだった。オニオンは最後まで黙っていたが、彼一人でスペイン語やフランス語や片言のドイツ語でしゃべりまくっていた。もしトラム会社の人が乗り合わせていれば、すぐに連行されて行っただろう。。でも幸い暖かいトラムでのオニオンとの出会いは無事に済んだ。途中彼がどこから来たのか、名前とかは独りでしゃべっていたのでわかったのだ。最後にどこから来たのか聞かれたので、日本だと言うと、日本語で「OK」ってどう言うのか聞かれた。だから、同じ「OK」だよって教えてあげたら喜んでいた。そして叫びはしなかったが、人間的な言葉で他の乗客を笑わせていた。ほんの少し、ほ~~んの少しだけ、それも酔いが覚めたら忘れているだろうが、嬉しそうだった。夕方からずっと気温がマイナスで雪が降り出していた。夜はちゃんとした保護施設で眠ってくれていると願っている。オニオンも夜は耳カバーをして出かけた。オニオンも表面だけの笑顔で無く、心の笑顔でなんとか応えることができた。笑顔で接すれば害されないという文章を休み時間に読んだばっかりだった。だからまるでその成果を試すように、カルロスがオニオンの前に現れたのだろう。何点くらいだったろうか。。来週はイタリア語のテストがあるが、それよりも点数の重さがあるように感じるオニオンである。こういうのをシンクロ二ティーって言うんだわ。。やって来る時は待ったなしでどんどんやってくる。構えていてもやってこない。構えを下ろした時に、それはやってくる。
2012年12月07日
コメント(2)
サン・ニコラ:子供たちにおもちゃを届けてくれる聖人。今夜は前から気にかかっていた近所のレストランへ息子と食事に行きます。5日の夜はトラムが衝突事故で開始時間には遅れてしまいましたが、題名がわからないフィンランドの核のお話のドキュメント映画をフランソワーズと見てきました。もちろん、上映後の話の話題はフクシマのことになって、フクシマで人が住めなくなった面積はベルギー位だよとコメントありました。映画の後暖かいものでも飲んで帰ろうかと思いましたが、フランソワーズが急いでいたのでそのまま、会場が冷え切っていたのですが、トイレだけ行って途中まで送ってもらって、雪交じりの雨の中20分以上トラムを待ちました。帰宅後は息子のオニオン・パイを味見しました。クリスマスまで20日ほどですね。自分へのプレゼントお忘れなく。。いつものクリスマスマーケット、今年はジャムおばさんはやってきませんが、ニンニク屋さんは来るでしょう。それにビスケットやパンを買いましょうか。。シュト―レンやスペキュロース、それにクーニィオ。。チョコレートは気温の変化で味がころりと変わってしまうので避けますわ。。年内に雪が少ないと年明けてぐっと寒くなるのではないかと感じます湿気ると特に寒く感じます。感じるだけで風邪をひきやすいので、コーラやコーヒーなど体を冷やすものは避けてしょうが湯とか、白酒、ポトフ―などで体暖めてくださいね。体を冷やしても食べる柿と牡蠣は欠きません
2012年12月06日
コメント(0)
先々週から慌しかったことの結果がそろそろ出てきています。会社で今年はどうするかギリギリまできめなかったクリスマスカードの注文が終わり、年末に引っ越される顧客のプレゼントを選び、今週引き取りです。ちなみに、一応年内はオニオン家は「喪中」になるので「めでたい」言葉は避けるためカードは基本的に出さない予定です。でも年を越えると年賀状ってのは出しましょうかね。。年内に書いてしまったら年賀状ではないでしょう。やっぱり新年、新しく気を入れて墨をすって書くのが年賀状ではないかと。。こちらでは最初より、最後がパーティーや花火なんかして楽しく過ごし、年始はひっそりと過ごします。不景気風が吹いているので今年はどんなでしょうか。。週末にはブリュッセルの初雪、でもほんのちょっとの超薄いヴェールでしたが。。外での生活は辛い時です。今の気温自体はさほど低くないのですが、来年にはもっと厳しい寒さが待っているかもしれません。温暖化なんて地球の軸の変化でなるのだから、自動車の排気ガスを云々してもどうなるものでもないはずですが、それでもそのおかげで新しいクリアーなエネルギーに関心が向けられているのはいいことです。寒くて、ガス代や電気代が払えなくて生活できないなんておかしいです。どこか狂っています。毎日が流れる川のようにどんどん過ぎていく12月ですが、皆様、ご自愛ください。エコであってもエゴにはならないで、ニコニコして生活しましょう(*^_^*)と。。ただニコニコするにしても、ニコニコ出来ない状況の中でのニコニコが一番価値があります。ポケットに残ったたった一枚の銀貨のほうが、ツボに詰まったたくさんの金貨よりも光るのです。。
2012年12月04日
コメント(0)
リンクタイトルは直訳です。英語の訳も直訳です。この作品のコメントはしないほうがいいかも。。お気に入り度は、なんと85点です大人の映画ですね。監督さんも超大人。演劇の好きな方なら気に入られることでしょう。役者さんは皆うまい人ばかりです。ローマ法王を演じたミッシェル・ピコリが楽しんでいるようでした。先月あたりにお友達と行きたかったのですが、その日は上映されずに別の映画を見ました。今思えば、一人で見るべき映画でした。連れがあると、その人に合うかどうかを考えてしまうのですね。。自分で見たい映画は一人で見ることにしていますちなみにここでは全部アップしていません。オニオン的でない作品はパスしています。
2012年12月02日
コメント(0)

冬至まで3週間となりましたね。ブリュッセルにもそろそろ白いモノが来そうです。巷ではアセッションのことを誰もが気にしているようですが、まだまだ何のことかわかっていない、また知らない人が多いようです。日常の生活がどうなるこうなるというものよりも、我々たちの生活への態度が重要なのです。その日に地球が爆発するんじゃないか、大災害が発生するんじゃないかとネガティヴなモノへ向かわないでください。古いモノが壊れれば新しいモノが必ず生まれます。ネガティブなモノを望まないことです。あなたがそれを望めばそれは実現します。それはネガティブな事を否定するでもないのです。ただポジティヴな望みを発信続けることです。詳しい事は今更書きませんが、ひとりひとりのカルマ=業は各自が消していかないとならないのです。他人本願ではいけないのです。「するとされる」といいます。自業自得とも。。自分のしたことは自分で責任を持つことです。これは真理のようなものです。人生は自分が主役のストーリーを各自が演じているのです。役にはまりきっていて、自分が書いたストーリーを忘れているだけなのです。カーテン緞帳=がひかれるまで演じ切るしかないのです。
2012年12月01日
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1

![]()
![]()