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2026年03月10日
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カテゴリ: 御朱印:福島県
温泉で名高いいわき市湯本。江戸情緒が残る古湯 さはこの湯 ​や、湯の神を祀る​ 温泉神社 ​など、まわり甲斐のある地域です。
そんな湯本の町から一駅北に進みますと、こんどは平安の昔が息づく歴史の町 内郷に到着です。中心地から更に西の山地に向かうと、奥州藤原氏とも関係のある白水阿弥陀堂が堂々と建っています。今回はそんな白水阿弥陀堂とその別当を一気に見てみたいと思います。

秋も深まる10月初頭、​ いわき市の式内社7社 ​を巡り、次いでこの古刹もめぐることに。境内を目指していると、名も知らぬ小川に赤く古めかしい橋が架かっております。この橋は阿弥陀橋と呼ばれ、これを渡ればもう阿弥陀如来のお膝元(白水阿弥陀堂の境内地)に到着です。土手にはこれでもかと咲き誇る曼殊沙華。秋ならではの絶景に、思わず笑みがこぼれます。



地図でそれぞれの位置を確認しておきましょう。阿弥陀橋の奥に阿弥陀堂、脇に別当(本坊)があるみたいです。周辺には不動堂や鐘楼堂もあるんですが、そちらの方は気づかずにまわり損ねてしまいました。ということで、まずは本坊の方から見ていきたいと思います。



2024.10.6
菩提山 無量寿院 願成寺


石造りの寺門が参道の起点になっています。奥には山門を臨み、そこに至るまでの道の両脇には数多の墓が立ち並びます。この地域の住民の菩提寺であることは言うまでもなく、まさに山号通りといった感じです。



六脚で切妻屋根を背負っています。木の色合いからしても、最近建立されたものだと思われます。



本堂です。
両脇に松や低木が生え、何とも風流な感があります。装飾は少なくシンプルな外観で、雰囲気は完全に禅宗です。



御由緒を見てみましょう。
菩提山 無量寿院 願成寺

真言宗智山派
開山:智徳和尚
開基:平成衡の妻 徳尼(藤原清衡の娘)
本尊:金剛界大日如来

 草創・開山の史実を知る資料はないが、菩提山護法録によれば古く白水寺が、阿弥陀堂建立の永暦元年(1160年)以前既に、天台宗比叡山延暦寺の直末であった。
 永承6年(1051年)、桓武平氏 平繁盛の孫に当る平成衡は、前九年の役に源頼義に従って陸奥にくだり、安倍頼時を討伐した。その軍功で康平5年(1062年)、後冷泉天皇より陸奥の国に岩城五郡を拝領し、岩城領主になり、岩城一族の祖となる。
 成衡没後、妻 徳尼(藤原清衡の娘)は永暦元年(1160年)に亡夫の冥福を祈り、時の白水寺住職智徳和尚に帰依し、私財を投じて阿弥陀堂を建立し、周辺を浄土庭園とした。此の時菩提山 無量寿院 願成寺と改号したと見られる。開山主として前述の智徳和尚を立て、徳尼は開基となった。文治年間(1185~1189年)に、後鳥羽天皇から勅願寺の宣を受け、建久元年(1190年)、源頼朝は征夷大将軍を拝命後、深く当寺に帰依し、寺領を授けている。慶安元年(1648年)、徳川三代将軍家光は、御朱印十石の寺領を与え、以後歴代将軍がこれを継続している。

 堂宇は願成寺棟札文の写しから、修造の年代を知るが、寺と阿弥陀堂の区別は不明である。正応4年(1291年)正月15日に再修理をしたが破壊し、元応3年(1321年)2月に修造する。また文和2年(1353年)11月15日に修理し、応永20年(1413年)2月15日に再々修理を加えた。
 次の修繕は文明18年(1486年)2月21日に実施したと記している。本堂の方は元禄年間(1688~1703年)火災の為全焼し、昭和14年(1941年)に再度火災にあって焼失している。現在の本堂は昭和19年(1946年)に再々建されたものであり、前住職 興栄和尚が当

 明治28年(1895年)赤井嶽山主旭 純栄師が当寺を兼務し、惨状救済の為内務省に修理を申請し修復した。明治36年(1903年)1月、暴風で半ば倒壊の状態になったが、既に前年7月国宝の指定を受けていたため、直ちに修築に着工し翌37年5月に竣工している。更に昭和10年(1935年)にも修理を加え、現在に維持されている。
 一方浄土庭園は、昭和37年往古の庭園の全貌が解明され、昭和47年(1973年)、復元に着手した。現在昭和53年(1978年)、内苑復元を完了したが、今後外苑復元に入る。現在境域も国指定の史跡である。

 願成寺本堂内に安置される本尊は、現宗派(真言宗)の大日如来像で作者不詳、江戸時代のものといわれる。当寺には市指定重要文化財である経文(法華経)の印刷用版木(下半分)が残されている。桜材・長さ84㎝、巾10.9~13.2㎝、厚さ1.9㎝のもので、楷書で彫ってある。末尾に刊記「印判藤原氏女」と刻まれ、後に同作版木から上に「当巻」の二字があった事が判明している。版式は中世に開版された春日版に属し、かつて陸奥国には印刷文化がなかったとされたものが、この版木で存在が明らかになった。製作は、元享3年(1323年)6月で、開版に重要な役割を果たした比丘善来(僧)は、住吉の保福寺・湯本惣善寺の仏像勧進者である。

 当寺の境外仏に、磐城三十三所観音霊場 第四番札所「吊しの観音」がある。白水川弥勒橋に近い川下の岩層の中段に石宮が置かれ、小さな聖観音像が祀られている。此の石宮(石祠・石堂)は相当年代の古い貴重なものである。
 阿弥陀堂バス停から隧道寄りに不動堂があり不動明王が祀られる。夜泣き症に功徳のある仏として信者が多い。犬に姿を変え幼児を救うといわれ、ぬいぐるみの犬が奉納される。この堂の後の途を昇ると、高野山遍照光院旧跡がある。
 弘法大師が東北巡錫の途時ここに立寄り一刀三礼(一彫毎に三度仏を拝む)の不動明王を祀ったと伝えられる。天正2年(1574年)、純諭僧正は大師堂・女人堂・賽の河原地蔵堂を造営し、多くの信者に応えたという。由緒の霊地高野山の再興を発願した興栄老僧と現住職一家は、枯山水の河原庭園・凝念の底など諸堂を造り整備を急いでいる。

 毎年8月24日の夜は、地蔵盆といい、水子万灯供養が実施される。万本の信者の燈明に霊地は、一層深い信仰への場と変わる。国宝指定の阿弥陀堂は願成寺の金堂として、平安時代後期浄土信仰の興隆にともなって建てられた。極楽浄土伽藍とも呼ばれ、貴族階級の寝殿造庭園をもとに、池泉と自然の風物を融合させた広大な庭である。流水を引き入れる遺水・中島・板橋・匂欄橋を取り入れ荒磯風の立石を配している。阿弥陀如来は極楽浄土の主であり、地嶽は地下に、極楽は水上にある連想を、現世に現わしている。
 堂の屋根は美くしい匂配に、ゆるやかな反りが調和した方形造(宝形造)。末端に行って心持ち競り上がりを見せ水平で深い軒下に組まれた斗拱(斗は桝・拱は肘木)は一手先組の出組で、美事な総体の安定感を見せる。桧の柿葺(手の平大の薄板)の屋根、扉は和様の板唐戸である。中に入ると内陣を仕切る4本の円柱の来迎柱(四天柱)があり、半球形の丸鋲と宝相華紋を配した飾金具が打たれている。
 黒漆塗の須弥壇上に国重文の阿弥陀如来・観音菩薩の三尊と持国天・多聞天の二天、5体が安置される。上を見上げると天井は折上小組格天井で、小格子の中に宝相華が絵描かれている。天井を支える内法長押の外部にも、宝相華唐草紋様が描かれていたが剝落がはげしい。正面の長押の下に建立当時の繧繝彩色を再現した電飾あんどんがあり往古を偲ばせてくれる。仏像背面の来迎壁には九品の阿弥陀来迎図が施されていたとされる。
 その他来迎壁裏側及四囲の板壁にも極楽浄土を表わす装麗極美の彩色絵が配されていた。
 本尊について菩提山護法録に、「 行基菩薩の作で平泉の如来と一作である 」、と記している。

奥州藤原氏の縁者による建立という事で、当初は天台宗だったようです。当時としては辺境の地であった奥州でも、天台宗は盛んに信仰されていたようです。山がちな地形が功を奏してか、天台系(熊野系?)の修験が入り込み、各地に霊場が開かれていきました。そうした霊場の多くは、慈覚大師や行基菩薩の開創譚をうたっており、彼らの影響力の強さを伺い知ることができます。
やはりというか、歴史の長い寺院は栄枯盛衰を繰り返すのが常ですが、この寺院もそうであり、幾たびもの修繕や援助を受けて現代まで命脈を繋いでいます。

本堂に懸かる寺号額です。陸軍大将 板垣征四郎によって揮毫されたものです。



堂内には本尊:金剛界大日如来を収めた荘厳な厨子が置かれています。護摩壇もキレイです。



本堂右手には不動尊と弘法大師。



斜めから。
真言宗の古刹、願成寺でした。白水阿弥陀堂の本坊として、威風堂々の境内です。奥州藤原氏関連の寺院は廃寺になっているものが多いんですが、こうして現存しているところもあります。ひとえに地域住民の方々・歴代の方丈さん達の努力のたまものでしょうね



今回貰った御朱印です。



次はいよいよ阿弥陀堂を見ていきましょう。
本坊の願成寺から徒歩数分、満面の水を湛えた池の上に、浮嶋がちらほら。それらを繋ぐようにアーチ型の橋がかかり、その奥に阿弥陀堂の屋根がチラ見えしていますね。
浄土庭園と言うと、奥州では平泉の医王山 毛越寺のものが有名ですね。あちらも現世に極楽浄土を再現せんとした奥州藤原氏によって建立されたものです。戦死者の鎮魂と、今を生きる人々の救済とを願い、こうした霊場が奥州各地に作られたんでしょうね。



橋を渡ると拝観受付があり、そこで御朱印をいただけます。



浜のすぐ側に丁度良い大きさの岩が配置されています。磯を表現していると聞いたことがありますが、どうなんでしょう。
池が凪いでいて、水面に鏡写しの様に色付いた木々が並ぶ様は風流の極みです。



白水阿弥陀堂が見えてきました。なんとも言えない色合いの木材が、時代の風雪を耐え忍んできたことを表していました。



途中にはこんな地蔵尊像も。石が幾重にも積まれており、賽の河原の風情が感じられます。



近くで阿弥陀堂を眺めてみます。説明書き通り、何とも言えない絶妙な角度の屋根です。阿弥陀如来から放たれる無量の光が、背の一点で収束するように、この屋根も頂部の粽部分に寄り集まり、日本建築の美とは何ぞやという問いに対する一つの答えを出しています。



堂内に入ると、中央須弥壇に黒く色あせた阿弥陀如来像が座しています。光背までもが輝きを失い、荘厳と言う表現をするには難しい状態でした。ですがなんでしょう、ジッと見つめていると、不思議と惹きつけられてしまうんです。その穏やかな表情のせいでしょうか、それとも数百年の歴史の重みからでしょうか、とにかく独特の色気ともいえるものが感じられます。
蓮台は幾重にも重なる花びらから成り、そこにどっしりと腰を据えて座している阿弥陀像を見ていると、日々の不安や焦燥が霧散していく感が味わえます。カタルシスのようなものでしょうか。直に見ることを強くおすすめします。

阿弥陀堂本尊や願成寺の寺宝などは、↓の書籍にてご覧になれます(カラー)。※ご覧になるには国立国会図書館デジタルコレクションのサービスに登録しなくてはいけません(無料)。ご覧になれるのは登録後1週間が経ってからですので、お早めにご登録ください。
・いわきの寺 70.71ページ

斜めから。
戦乱の絶えない時代に、浄土を再現した庭園と共に建立された白水阿弥陀堂。現世救済の願いを託された古刹は、幾度もの倒壊を乗り越え、今でも威風堂々たるその姿を見せてくれます。いわきを代表する古刹、まわらない手はありません



今回貰った御朱印です。



以上です。

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最終更新日  2026年03月10日 20時28分36秒
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