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岩谷堂山 多聞寺
真言宗智山派 愛宕山興性寺 兼務
開山:慈覚大師
本尊:毘沙門天
嘉祥3年(850年)慈覚大師開基、当初岩谷堂城本丸直近に建立。江戸時代(明暦年中・1655~1658年か)に南町現在地に移転(南町の地名は多聞寺の南なので南町と称された)。江戸時代は巡検使立寄の寺院として、また、末寺 重染寺・大麟寺・常光院の3ヵ寺を数えた。
平泉へ源義経のお供をしてきた鈴木重家が、文治5年(1189年)4月平泉を逃れた義経に随順し岩谷堂まできて、投宿のお礼に鎧をおき義経は北行を続けたと伝える。
明治8年(1875年)、組合病院として境内に建てられた建物は、昭和30年代まで町役場に転用されていた。菊田一夫の「鐘の鳴る丘」のトンガリ帽子の時計台のモデルがこの病院の三階の塔であったことは、菊田一夫が岩谷堂へ疎開当時の連想であると、本人によっていわれていた。
慈覚大師以来、 江戸初期まで天台宗系であったが、天和2年(1682年)から真言宗になった。
現在残っているものとしては、南北朝時代の聖天さまがある。上野の東京博物館で鑑定していただいたところ、現在のところ日本一古い金銅聖天像だとのことであった。筆塚は、 仙台藩大橋・養賢堂(東北大学前身)教授、当地出身 志村五城書である。
明治5年(1872年)11月23日、岩谷堂大火に類焼し、大檀那岩城家、岩谷堂町商家ともに、版籍奉還、大火による体力不足など時代による没落などにより再建がかなわず、大正11年(1922年)毘沙門堂のみ信徒により再建されて今日に至る。昭和62年には講中始め地域住民の絶大な支援により改修工事を行った。
平成12年開創1,150年。記念事業:講中 法被新調、講中 輪袈裟新調、講中 門先提燈新調、講中 旗立基壇設置。
【歴代住職】
・開基:慈覚大師
・江戸中期文化年間(1804~1818年)は宥潮
・明治初期:宮城義延
・大正年中(1912~1926年):白井憲阿
・昭和年中:司東眞雄
・昭和52年9月12日:現住 司東和光就任
【霊場札所】
・岩手三十三観音霊場三十二番札所
・江刺八十八ヶ所霊場奥の院
【年中行事】
・旧曆正月3日
・旧曆6月3日
・きうりこ天王



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