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2010.04.20
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カテゴリ: ガイド奮戦記
 ”大山崎ふるさとガイドの会”のY・Kさんご案内の”洛中ウォーキング”は今年で丁度10年になり、

新人も含めた30数名が京都駅に参集。先ずは龍谷大学へ向い、明治12年に建造された瀟洒な学舎や

アームストロング社製の門扉など校庭から眺めました。こんな素敵なところで学べる竜大生は幸せ。

次に西本願寺へ寄り国宝の唐門の豪華さを確認したあと、そもそもここにある阿弥陀堂と

方広寺への1直線上を故意に遮らせる為に家康が建てた東本願寺・枳殻亭(渉成園)などの謎を探るウォーキングとなりました。

道すがら薮内流のお屋敷を教えていただき、燕庵のことや古田織部のこと、織部の墓がその夫人のよりも小さい理由なども。

現在の京都駅建築に反対の意思を表すものとして、境内の地下を掘って建造した東本願寺の映写用のホールを実際に入場体験しました。

 豊国神社のある方広寺の境内は元は三十三間堂の南大門から北へ伸びる広大なところだったようで、

神社の石垣が何処まで続いているのか、住宅地を巡り、確かめました。

秀吉の創建来、5代目となっていた京の大仏さんは父に連れられ1度観たような記憶がありますが、

昭和48(1973)年3月27日に焼失してしまいました。一方、問題の鐘の文字は双眼鏡を持たないと判読できないほど小さな文字でした。

また城や大仏堂の大きさを低いもの順に並べると、大阪城天守<安土城天主<現東大寺大仏殿<方広寺大仏殿となるようです。


家康の執念に触れると、当初は現在の京都市立美術大学の地にあった今日吉神社を、太閤廟への参拝を遮る為に参拝道へ移し変えた経緯があります。

秀頼の兄で早逝した鶴松君の菩提として秀吉が建てた祥雲寺に紀州根来衆に与えたのが現在の智積院で、

豊臣家にたいする徳川家の執拗なまでのこだわりには特筆に価します。

太閤秀吉の廟は阿弥陀ケ峰にあり、石段は凡そ500段ありますが、今回の参加者の大半が登りました。

実に50年ぶりと言ってよい程、久しぶりの参拝ですが、ここはやはり木の葉の舞い散る晩秋がお薦めですね。









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Last updated  2010.04.20 11:35:55
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