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2010.08.03
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カテゴリ: 亡父のこと
 父の日記を度々紹介していますが、日記というものは世相を反映しているので、興味深いものがあります。

<昭和10(1925)年8月1日>の日記はこの一文で始まります。

 <午前六時半起床、折からのラヂオは1940年オリンピック開催地として東京が選ばれた旨を報ずる。

永い争奪戦の後なので殊更うれ。しさが込み上がってくる(日本36票、ヘルシンキ27票)。

・・・(略)・・・水野(男爵・白川のこと)から電話があり、今日逢ふ場所を打合わせる。>


 この年の7月30日に京都の高辻通烏丸西入の木綿問屋店兼自宅から東京へ。家族や丁稚のほか、

野風呂先生も京都駅まで見送りに来て下さっている。丁度8時間後に東京駅に到着。


 蓮咲いて尾州となりし車窓かな すばる


中央公論初代社長であった遠縁の麻田駒之助宅に宿泊しています。従姉妹が大勢いるので父は毎年大磯で過す夏休みが大好きでした。

さて話を1日に戻して、麻田駒之助と一緒に丸ビルへ行き、ほととぎす発行所で虚子と会っています。

その後、駒形橋・厩橋・柳橋・両国橋・永代橋など都内の橋を巡回見物した様子。

<8月2日の日記>

 <朝6時半に起床、11時駒之助に連れられ”武蔵野探勝句会会場:渋沢氏旧邸”へ。

既に水野白川氏あり。炎天の広い庭を歩く。参加者40名、投句選句各10句である。

 庭守は夾竹桃の下に住む

 一風に噴水の虹ふいと消え

虚子先生の選には洩れたが、互選には6点入った。>とあります。

日記には当日のオリンピックにおける日本選手の水泳に触れ、2次予選で吉岡・鈴木・佐々木の3選手総退却>と。

3日は叔父宅で10通ほど暑中見舞いを書き、4日は西洋料理に舌鼓を打ち、観劇も。5日もご馳走。

<8月6日の日記>

 <小林氏からの書状を開封すると帝人は大卒を採らぬ旨、就職に際して話たきことある旨書かれてあり、

自分にとっては一身上の一大事であるのであるから叔父(麻田)も相談の上、午後1時半の汽車で帰ることにした。>

翌日の俳句会を断念、また水野男爵ご好意による東京見物も断念して、急遽、京都に戻っています。











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Last updated  2010.08.03 08:46:30
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