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2021.02.17
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〇亡くなったのが1968年1月だからこの人物の顔は
微かに覚えています。
本名・伊東亀太郎、明治34年、材木職人の家生れの初
代柳家三亀松。

おさな馴染みの浪曲作家・室町京太郎によると、彼は子
どもの時から女風呂を覗いていた好きもの。

 深川の幇間・太鼓持ちになったのは桜川梅平に弟子入
りした18歳のときで、桜川木場平、寿五六、揚羽家二
三平などと称しました。

幇間が芸者に手をつけるのは厳禁とされていたのに彼は
どこでもその掟を破り、追放されました。

柳家金五楼と並ぶ人気者で、初代柳家三語楼の門下とな
り、晴れて柳家三亀松と名のりました。

浪華で名を挙げ、宝塚歌劇の髙根喜代子と結婚、その式
場から逃げ出し、行方不明。もと付き合った女性の許へ
別れの挨拶、何と1週間後に新妻の許に戻った由。

吉本興行に入り、坂東妻三郎や大河内傅次郎の形態模写
を取り入れた映画漫談は好評、
一方お色気の音曲漫談は発禁されるほどきわどいものだ
ったようです。





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Last updated  2021.02.17 08:03:40
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