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2021.11.06
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〇名にし負はば逢坂山のさねかづら
     人に知られでくるよしもがな  三條右大臣

逢坂山のさねかずらとは暗示的だね。きみに逢う逢坂山、
きみと同衾するさ寝、
それに蔓草であるツルをくるくるたぐり寄せるように、
人目につかずここへ来る術はないのかな

三條右大臣とは藤原定方のことで、父は高藤、母は山科
の豪族の娘。父母のロマンスが『今昔物語』にあって、

若き高藤が鷹狩に出かけ、山科で豪雨に遇い、近くの邸
で雨宿り、そこの娘と一夜を過ごしました。

数年を経て再びその邸に寄ると娘は更に美しく、可愛い
女児の母でもあったので、
二人を引き取り、他に妻を持たず、仲良く連れ添い、定
国、定方をもうけました。

高藤は凡庸でしたが、雨宿りにもうけた姫を源定省とい
う官吏と結婚させ、
この男は光孝天皇の皇子で臣籍に下っていましたが、崩
御を起点として皇族に復帰、宇多天皇に、姫は女御格に。

お産みになった皇子が醍醐天皇となられ、後年、母の里
思われ、
山科の豪族の菩提寺として建てられたのが勸修 寺なので
した。





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Last updated  2021.11.06 08:18:14
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