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2023.01.07
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〇日本女性史を語る上で、林屋辰三郎氏は<裏から歴史を
動かす存在であった>とされています。

紅という字も紺という字も、色は糸によって表され、糸は
女性によってつくられて来ました。

政治と女性との関係を見ても大河ドラマ「鎌倉殿の13人」
からもよく解るし、

経済面でも稼ぐのは男の役目、その出し入れの実権は主婦
が握っている場合が大半ではないでしょうか。

先ほど紅と紺を挙げましたが、近代日本という観点に立て
ば、京の「女紅」についても触れる必要があります。


あり、知事・植村正直によって

4つの中学及び64区の小学校のほか、同じく女紅場とい
名の芸妓たちへの学校も建てました。

女学校には、新島襄夫人の八重子や志士梅田雲浜の妻千代
などが教壇に立っていました。 





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Last updated  2023.01.07 09:02:52
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