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2025.01.19
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稲荷山の中腹に石峰寺という古刹がある。此処
には
五百もの羅漢が仏道の悟りを求め、今日も空を睨
んで居られる。

しかし、これは表向きの話で
いわゆる丑三つの頃
になると、ぼそぼそ、そこいらで談話が始まる。

中には、向うの草むらから歩いて来られ、その座
に加わる羅漢も居られる。

折から山颪が来て、一斉に乾いた草木が泣き出す。
虎落笛(もがりぶえ)と言う季語がそれである。

寒さが厳しいから、星がよく光る。すばる星など
鮮明に見える
位である。

「ほほう、御坊が仏門に入られたのは、十九で御
座ったか。」

「はい、忘れることができませぬ。」

先に相槌を打ったのは、福禄寿のように頭の長い
羅漢であった。垂れんばかりの鷲鼻である。

これから正に告白しようとするのは、凡人っぽい、
それでいて若さの匂う羅漢であった。

羅漢は総じて眼玉が大きいが、この方のは、眼に
顔があるとい
った見事な眼玉であった。

「すると、女人から逃れて参られたかの?」

鷲鼻の羅漢が覗くようにして尋ねられた。額の皺
は六十の齢を見せつけるようであった。


「はい、高貴な御方に恋慕した訳で・・・・・」

恋慕と言う言葉が耳に入ったのか、八方の草陰か
ら、ぞろぞろと来られるわ来られるわ。

法話を拝聴する信心者のように、忽ち円座が出来
てしまった。


さすがに冷やかすような野暮なことはなさりはし
ない。
只、
にやけそうになる顔に神経を通わせ、静聴し
て居られる。

若い羅漢は苦行を乗り越えただけあって、此処に
至ってぐっと落ち着かれ、舌もよく回転し始めた。


「いかに高貴な御方とは言え、女人は女人と高を
括って居った其の上、

己を褒めるのもおこがましいが、容姿にも自信が
御座りました。
・・・若かったのですな。

平井保昌宜しく、紅梅一枝を肩に挿して、寝所に
忍んだので御座ります。」


「ふむ。」
鷲鼻の羅漢は味わうように、頭を上下させて聴き
入ってられる。

山颪も止んだらしい。

「偉い御方で御座りました。愚僧の参るのを知っ
ておいでで、諭すように、こう申されたので御座
ります。」


夥しい視線が若い羅漢の口許に凝集して、辺りの
空気は、一瞬、止まった。


「あなた様のお志、有り難う御座りまするが、物
盗りになる ような子供は、産みとうは御座りませ
ぬ。」


「それだけじゃったか?」
「はい、たったこの一言で御座りました。その方
からこれ以上の言葉の出る隙の無いことは、

血気盛んな愚僧にも感じ得たほど。
・・・・考えあぐんだ末、仏門に入った訳で御座
ります。」


福禄寿の羅漢が、静かに問われた。

「それで、答は出たかのう?」

「はい、今なおこうして考えて居りまする。」

円座の羅漢はそれぞれ尤もだと頷いて、それから
首を傾げながら、八方草蕪に戻られた。

鷲鼻の羅漢も腕組みして考え込まれた。當の羅漢
は、また、きいっと星を睨み返して居られる。

辺りは、やはり凍てるような寒さが根を下ろし、
草木は ますます干乾びて泣き止まない。

(この短編は、私が社会人2年目、24歳の折に
書いたそれはそれは古い作品です。)





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Last updated  2025.01.19 09:13:18
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