しぐれ茶屋おりくの部屋

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2025.03.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類

京の東山一帯はやさかのみやっこという氏族が
住んで
いた地域で、古代から文化の発達した所で
した。


八坂の塔で有名な法観寺は飛鳥時代の寺院の跡地
で、清
水寺が平安期の物語に再々登場します。

 牛頭天王を祀った祇園社(感神院)は御霊信仰
と結びつ
いて早くから賑わっていました。

桃山時代には社前に茶店などがずらり並び、参詣
人の休
憩場所となっていて、これが茶屋と呼ばれ
ました。


元和・寛永期には茶立女或いは茶汲女も現れ、そ
の色香
が人を集め、祇園町にお茶屋が結びついた
次第です。

またこれら茶立女・茶汲女がのちの祇園芸妓の祖
となり、
同じころ、四条河原に阿国歌舞伎が発生
し、


都へ上った諸国の人々は、四条河原へ、東山へと
物見遊
山に出かけ、

祇園社頭から四条河原の方へ家が立ち並び
祇園町
が形成されました。


とは謂えど、太閤殿下没後、高台寺で暮らされた
北の政所・ねね様をお慰みする芸能一派でした)





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Last updated  2025.03.06 08:23:26
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