しぐれ茶屋おりくの部屋

しぐれ茶屋おりくの部屋

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

しぐれ茶屋おりく

しぐれ茶屋おりく

Calendar

Comments

やすじぢい @ Re:鈴鹿野風呂『續俳諧日誌』刊行(02/17) こんばんは この「鈴鹿野風呂『續俳諧日…
やすじ2004 @ Re:爪相、手相(01/24) こんばんは 手相についての記事、参考に…
やすじ2004 @ Re:塩をめぐるライバル同士(01/11) こんにちは 歴史的なエピソードが面白か…
やすじ2004 @ Re:かわった町名「弁慶石町」(12/05) こんばんは 町名の由来や歴史がとても興…
やすじ2004 @ Re:大念寺の阿弥陀さん(11/13) こんばんは お寺の歴史や由来に触れると…
2025.07.10
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

花の小枝を手折って瓶に挿し、室内に飾り自然の美を
取り入れた風習は

既に平安期の文献にあるようですが、この瓶生花は元来、
仏への供華から始まっており、

仏教の伝来とセットで小野妹子が関わっていた模様。
        +   +
  武家社会の鎌倉期になると、人を殺めることへの無常
観から野辺の草花にまで心を寄せるようになりました。
         +   +
 室町時代、銀閣寺で著名な足利義政の頃、相阿弥真相が
華道に秀で、村田珠光の茶道と時を同じくして
         +   +
 元服の花、出陣の花、祈祷の花、三具足の花などという
形式を固めて行き、

その伝を受けた六角堂の執行・池坊専応が池坊流派を興
すに至りました。

秀吉の時代には茶人として名を成した千利休は、茶道と
一体化した華道家として注目するに値する人物でした。
        +   +
再び時代を遡ると、嵯峨・大覚寺において、平安期に嵯
峨天皇が臨幸され、

境内にある菊島に小舟でお渡りになり、枝ぶりのよい菊
をひと株おとりになって花器にお飾りになった。
        +   +
 華道でいう、天地人三才のありさまを見事に表現なさっ
たとか。

これをきっかけに大覚寺では、華道としての免許を天皇
から授かった由。
        +   +
 千利休、細川三齋(忠興)、古田織部(重勝)、小堀
遠州(政一)、近衛信尹といった茶人はこぞって、華道
にも優れていました。

のちに広口の花器も出ましたが、いずれも銅製のもの、
明治時代になって初めて陶器の花器が出ました。
    (参考・日置昌一著「ものしり事典」)






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025.07.10 08:29:14
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: