しぐれ茶屋おりくの部屋

しぐれ茶屋おりくの部屋

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

しぐれ茶屋おりく

しぐれ茶屋おりく

Calendar

Comments

やすじぢい @ Re:鈴鹿野風呂『續俳諧日誌』刊行(02/17) こんばんは この「鈴鹿野風呂『續俳諧日…
やすじ2004 @ Re:爪相、手相(01/24) こんばんは 手相についての記事、参考に…
やすじ2004 @ Re:塩をめぐるライバル同士(01/11) こんにちは 歴史的なエピソードが面白か…
やすじ2004 @ Re:かわった町名「弁慶石町」(12/05) こんばんは 町名の由来や歴史がとても興…
やすじ2004 @ Re:大念寺の阿弥陀さん(11/13) こんばんは お寺の歴史や由来に触れると…
2025.09.06
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

三十五歳にして辞世の一首を残した吉川経家。

       末の世までと残し置くかな

中国攻めの大軍二万余に包囲され、鳥取城主山名
豊国は前年九月に投降していたものの、

秀吉が一旦姫路に下ったすきに、残った家臣らが
毛利方へ新たな城将派遣を願い、

やってきたのが経家で、標高二六四米の久松山の
要害を頼りに籠城。

しかし、秀吉方が法外も無い高値で米を購入、城
内には兵糧米が底をつき始めていた。

城内の兵千四百余のうち、半分近くが逃げ込んで
きた農民、兵力にもならず・・・。


それもなくなってしまうと、

牛馬、それが尽きると・・・恐ろしい光景が。

二百日間の飢餓地獄は漸く幕を閉じることになった。
戦国史上、最も悲惨な戦であったと思われる。​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025.09.06 08:20:29
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: