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2026.01.15
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〇小倉百人一首の43番目、あひみてののちの心
にくらぶれば
昔はものを思はざりけり>

菅原道真公を大宰府に追いやった張本人・藤原時
平(藤原北家)の

次男・藤原淳忠が、或る女の許に遣った和歌が此
れですが、淳忠本来の恋人は
藤原南家の右近少将季縄の娘(一説に妹)右近で

<わすらるる身をば思はず誓ひてし
     人のいのちの惜しくもあるかな>

と恨みがましく詠んでいます。

しかし彼女自身も、元良親王、淳忠、藤原師輔、
藤原朝忠、源順らを渡り来た恋多き女性。

 『大鏡』によれば、淳忠は自分の家系の多く
が短命(道真公の恨み?)であること感じて居
て、

悪名高い父時平39才、兄・保忠、姉その夫たる
保明親王らも若くして死んでいた事情もあって、


るだろう。そして私の死後、

其方は家令の文範と再婚するだろうと予言して亡
くなりました。事実、文範と再婚しました。


すが、

時平の妻となる前の夫は、年配の大納言国経。余
りにも若い嫁を貰って自慢げにしていました。

時平大臣を自邸に招き饗応した折、幸せの絶頂に
居て、酔にまかせ、有頂天になってうっかり口走
った

「妻が引き出物」の言葉通り、時平が奪って持ち
帰ったという話は『今昔物語』の一節にあります。





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Last updated  2026.01.15 08:35:56
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