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2026.01.22
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〇漕ぎ出でぬと 人には告げよ海夫の釣り舟>
掲題部分から続くこの和歌の作者は参議篁。  

新院、位におはしましし時、海上遠望というこ
とを詠ませ給ひけるに詠める。

と但し書きがあって、崇徳院、保延元年(11
35)4月29日内裏歌合せの歌。

百人一首かるたの絵札に長々と法性寺入道前関
白太政大臣と書かれているから印象の残ってい
筈。
漱石の『吾輩は猫である』文中、苦沙弥先生が
奥さんに

細君はいう。
「前の関白太政大臣でせう」
百人一首ではまだこの上に、「法性寺入道」が
ついているから長々しい。

天皇家の政治面で、最も動乱期にあった時代。
保元の乱では、彼が勝者、弟は敗死し、父は隠
遁しました。

なお、崇徳院の<瀬をはやみ岩にせかるる滝川
の われても末に逢はんとぞ思ふ>

は、上方落語でも米朝師匠、枝雀師匠の熱演が
今も脳裏に残っています。





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Last updated  2026.01.22 09:34:11
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