しぐれ茶屋おりくの部屋

しぐれ茶屋おりくの部屋

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

しぐれ茶屋おりく

しぐれ茶屋おりく

Calendar

Comments

やすじぢい @ Re:鈴鹿野風呂『續俳諧日誌』刊行(02/17) こんばんは この「鈴鹿野風呂『續俳諧日…
やすじ2004 @ Re:爪相、手相(01/24) こんばんは 手相についての記事、参考に…
やすじ2004 @ Re:塩をめぐるライバル同士(01/11) こんにちは 歴史的なエピソードが面白か…
やすじ2004 @ Re:かわった町名「弁慶石町」(12/05) こんばんは 町名の由来や歴史がとても興…
やすじ2004 @ Re:大念寺の阿弥陀さん(11/13) こんばんは お寺の歴史や由来に触れると…
2026.01.27
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

芸術新潮編集による「国宝」(国宝大百科)には
興味を

そそる記事が多々あります。ほぼ丸写しになってし
まいそ
うですが・・・。

<「門」というのはいわば建物の「顔」であるわけ
だか
ら、本体と一蓮托生かと思いきや、

これまた平気で門だけ
が引っ越したりする。> から
名文が流れ出すのですが、


<お寺の門が売買されるというのは昔はとりたてて
珍しい
ことではなかったようだ。

国宝ではないが、現在南禅寺の塔頭・金地院にある
明智門は、
最初は大徳寺にあったのを明治22年に買い取った
ものである。

売った側の大徳寺はどうしたか、空いた門の場所に
寺内の別な場所から門を移した。つまり自前で調達
したわけだ。

それが現在の国宝・大徳寺唐門である。一方、現在
豊国神社に構えられた国宝・唐門も、実は転校生。

かつて二条城にあったそれがまず金地院に移され
(明智門とは別門)、
さらには明治時代に豊国廟の再興にあたって豊国神
社が建てられた際、金地院から移された。

しかもこの門、

もともとは伏見城の遺構だった可能性もあるという
のだから、
あるいは三度引っ越しているのかもしれない。>

 いつもなら、自分の文章でまとめるのですが、な
かなかの名文、
調べが似ていますので、ほぼ全文頂戴しました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.01.28 17:37:53
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: