キリスト信徒やまひでの心の窓

キリスト信徒やまひでの心の窓

2008年01月13日
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カテゴリ: 信仰
ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
マルコによる福音書1章14~15

「時は満ち、神の国は近づいた」
怖がることはない。近づいているのは恐ろしい地獄の責め苦ではなく、恵みと喜びに輝いた天の御国なんだ。
キリスト様が、ボクたちが受けねばならない罰を、代わりに受けて下さった(十字架)ので、最後の審判の時の判決を、今から聞くことができる。「無罪」との判決を。

「悔い改めて福音を信じなさい」
無罪の判決文を手に入れるために、「罪の赦し」を得よう。
赦された者には「永遠の命」がついてくる。それがボクたちがこの世で得ることができる最高のもの。この恵みを得た人は、この世で本当に自由なものとなる。

洗礼者ヨハネやキリスト様のもとには、あらゆる人々が来た。
偉そうなファイサイ人や律法学者たちに混じって、ごく普通の人たち、それから当時は神様の恵みから遠ざけられていた収税人とか、罪深い仕事をしている女性、物乞いで暮らしていた人、障碍を持った人。
野良でのメッセージでは、分け隔てなくお話を聴くことができたし、信じることができた。けれど、信じなくても、悔い改めなくても、罪の赦しや永遠の命を受けられる特権が与えられた人はいない。

「悔い改め」とは何だろう?
ボクたちは(え?ボクだけか!)、自分に対する嫌悪感を感じる時がある。
自分の心はこんなに汚れていたのか!

いっぱしのクリスチャンとして生きていた青年時代、その鼻をへし折られる出来事もあった。自分だけしかわからない心の暗い闇、底知れない肉欲の強さを覗いた時。
「ああもうこれ以上は生きていけない、絶望だ」とさえ思った。死のうか?

キリスト様が招いていた。
「重荷を負って苦労している人はいらっしゃい」

お招きを改めて受けた。目を自分自身から離し、招いて下さるかたに目を向ける。
惨めな自分にはもう頼れない。
神様が下さる救いと赦しを受けようと。
キリストにある新しい自分となろう。自分の中に決してなかったきよいもの。それを神様の中に見つけたから。
神様が「それをあなたの手に渡そう」と待っておられたのだ。

「自分の魂を救おうとする者はそれを失い、失う者は永遠の命を得る 」。
こうして、近づきつつある「神の国」へ、どきどきしながら、ドアを開ける、あのかたの元へ。「悔い改め」を通して、そのドアをあける。





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Last updated  2008年01月13日 22時19分30秒
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