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2019.06.04
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カテゴリ: 独生女考
お父様の「元祖・独生女論」(その3)

真の父母様の生涯路程(10) 』から 。

一片丹心、絶対純潔の生活

 洪氏おばあさんも、三代の中に組み込まれて自分の意識で行動したのではないのです。自分が考えて行動しているのではありません。天がそのようにさせたのです。ですから、持って生まれた何かがあるのでしょう。それゆえに、世の中からどれほど多く迫害されたか分かりません。

 ただひたすらに天のためには何でもすることができるという背景があります。年齢がどうであろうと、何がどうであろうと問題でないのです。洪氏おばあさんのような人は、信仰??道のために男性であろうと女性であろうとすべてほうり投げてふろしき包みをまとめ、主に出会うために歴史的な受難の道を歩んできた人です。ですから、お母様もそのような訓練をした歴史があるのです。それは最も簡単なことでしょうか。み旨のために行く夫の道であり、熱烈な精誠を尽くす夫の道であるならば、より熱烈な精誠を尽くすことを願う心をもった家門が必要です。それで、先生はお母様を選んだのです。

 人間世界の情を知らず、天情の道理を受け継がせるために、一片丹心、身骨が溶け出すことも意に介することなく、一片丹心に神様の前に絶対服従し、絶対従順する道を行ったのです。それを悪魔はできないようにするのです。お母様の容貌は良くないですか。お母様の顔は美しいのです。娘のころ、容貌は悪くなかったはずです。ですから、誘惑がなかったでしょうか、あったでしょうか。ありとあらゆる誘惑があったはずです。そのようなお母様に接するようにさせてはいけないので、天が聖別生活をさせました。皆さんはそれが分かりますか。

 学生時代、お母様は、嫁に行かないで修道院に入り、果樹園を追って独りで生きようと思っていたのですが、「十八歳でもう嫁に行ってしまった」と言っていました。それは私が作った話ではありません。私がお母様から聞いたのです。アメリカでは十七歳になると成人とみなしますが、韓国ではそうではありません。ですから、お母様自身、愛というものが何なのかを知らなかったのです。異性に対する何の考えももたなかった人でした。

​真のお母様のみ言​

 復帰摂理路程において、女性の役割はとても重要です。特に母の使命を準備することに対して、天は、人間が知らない中で、サタンの讒訴を受けない限度内において大変な苦労の路程を導いてこられました。

 趙元模おばあさんと洪順愛大母様は、再び来られる主を迎えるための準備と信仰で生涯一貫した生活を送られました。世の中と妥協されず、安逸な家庭環境の中で型にはまった信仰をすることなく、二十四時間をすべて天の前に奉仕し、主を迎えるための準備に限りない精誠を尽くされました。そのような信仰生活で、大母様はほとんど家にいらっしゃらなかったので、私は、幼い時には主におばあさんと多くを過ごしました。それで、その趙氏おばあさんを通して自然に、当たり前に信仰を受け入れるようになったのです。

 外祖母は、私に対する天の何かのみ旨を知っていらっしゃったのか、私が世の中に染まらす、とにかく純粋に育って天の前に用いられることができる貴い娘として成長するように多くの精誠を注がれました。外祖母は、絶えず私に「お前のお父さんは、天のお父様だ」と言われました。その記憶しか思い出しません。「天のお父様がお前のお父さんだ」と言われていました。

 それで、父親と言えば、肉身の父のことを思わず、いつも天のお父様のことを思ったので、神様を思うと常に心温まる感じをもったのであり、外的に見れば人々がすぐには理解し難い環境で育ちましたが、特別な不平不満はありませんでした。いつも何かが私を包んでくれているような温かい感じがして、常にゆとりのある心で過ごしました。大母様やおばあさんにも、肉身の父親に対してや、またお二人がどうしてこのように暮らされるのかなどといった質問は全くしませんでした。ただそのままその生活に満足しながら暮らしていました。肉身の父母に対する恨みや反発感といったものは、私の人生には全くありませんでした。

 二千年前のイスラエルの国においても、主を迎えるための内的な準備が多くあったように、解放前の韓国においても、再臨主を迎えるために準備した団体が数多くあり、復帰摂理歴史を内面的に歩んできた団体も数多くあったのですが、おばあさんと大母様は、そのような団体を探して歩きながら世の中と一切妥協することなく、ただひたすらみ旨だけのために、ただひたすら主おT人に出会うその日だけのために生きてこられました。結局、そのような信仰が私をこの位置まで導いたようです。

 絶えず深い信仰生活をされました。絶えず分別され、清潔な生活、清い生活をされました。私は、生活の大部分を大母様から学びましたが、趙氏おばあさんもそうであられました。

 趙氏おばあさんは、真のお父様と私が聖婚したのちに亡くなられましたが、霊界に行かれても、仏教系の霊通する信女(在俗、女子の仏教信者)である尹清浄心氏に現れて、「時になったので昔の君主が王位に就く時に着る服を作りなさい」と言ったことがあります。結局、尹清浄心氏はこれを果たすことができずに逝きました。また、おばあさんは、真のお父様を「王の王だ」と言われ、時局が変わるたびに、その位置がお父様の位置であると証されたりもしました。

素晴らしい性稟と資質

 お母様は、本来おとなしい方です。今、四方にすべて目を注ぐことができるのは、私に会ってそのように訓練されたからです。事実、おとなしい女性です。青坡洞に行ったり来たりする時も、一つの道だけを行くのです。いつもきちんとその道を行くのです。(笑い)私が注意して見ていました。一度来る時もそうであり、二度来る時に見回してみてもその道をきちっと行くのです。次に来る時もまたその道を来るのです。(笑い)きちんとした道を通うので、「ははあ!」と思いました。

 また、お母様を見るとき、女性として非常に端正だというのです。きちんとしています。お母様がしとやかにしている時は誰にも劣らない、尊敬することができる内的な性稟をもっています。また、伝統的に「ため」に生きる愛をもった代表的な女性を探してみると、お母様がすべての面において一致するので選んだのです。文総裁の目は偽物ではありません。

 顔が美人だからといって素晴らしいのではありません。心が美しいので、顔が美しいのです。心が美しいので、声も美しく、姿も優雅なのです。壇上でも、とても自然です。壇上で初めて歌を歌った時はいつかというと、十六歳の時です。高校二年生の時です。さっと歌うと、とても有名になりました。先生がいようと誰がいようと、壇上に上がっていけばチャンピオンのように堂々としていたのです。

 見掛けはおとなしく見えますが、度胸があるのです。見ればすぐに分かります。手を見れば分かるのです。お母様の顔は優しそうに見えますが、手を見れば違います。分厚く、腹が据わっています。壇上に立っても少しも動揺しません。それゆえに先生は、お母様として迎えたのです。「今はなんだかんだ言うが、見ていなさい」と思ったのです。




一休さんのような機知(トンチ)ではありません。

奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵

世界平和を願う 奇知の外の凡人 が徒然なるがままに書く日記です。
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Last updated  2019.06.04 14:40:18
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