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人類が堕落していない善の本性の父母を通して生まれていれば、「神様がいるか、いないか。」という論議は必要ありませんでした。生まれながらにして、自動的に分かるようになっているのです。
赤ん坊が腹の中で、お乳を飲む方法を学んでから出てくるのではないのと同じように、人間先祖の堕落がなかったならば、人間はだれでも自動的に神様を父として待って暮らすようになっていたのです。
人間先祖としてつくられたアダムとエバを、神様ご自身の実体として立てるために、神様の男性性稟はアダムの心の中に、そして女性性稟はエバの心の中に定着して、永生するようになっていたのです。
だからといって神様が二つに分かれるのではなく、アダムとエバの心の中に臨在しながら、二性性相の中和的存在として、愛を中心とする統一的存在として永存されるのです。
一休さんのような機知(トンチ)ではありません。
奇知=人とは異なる知恵
すなわち神様の知恵
世界平和を願う 奇知の外の凡人
が徒然なるがままに書く日記です。
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